104年後からの今   作:requesting anonymity

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32.掛け違えたボタン

 かつて、魔法生物規制管理部に勤めていたライアル・ルーピンという魔法使いが、人狼の疑いがある1人のゴロツキに対し取り調べを行った。

 フェンリール・グレイバック。この当時はまだ「それ」を包み隠して生きていたこの人物は、しかし当時から凶暴で危険で、そうでありながら社会に紛れられるほどに狡猾だった。どこにそんな証拠があるんだと嫌疑を否定し続け、尋問に対しても口を割らず言質を取らせる事もなかったグレイバックに対する取り調べは、結局空振りに終わった。

 しかしこのライアル・ルーピンが取調べ中に「狼人間は死以外の何にも値しない」と口走ったのが良くなかった。グレイバックという個人に対して放たれたその面罵は、人狼全体に対する侮辱として受け取られた。そして怒りに震えるフェンリール・グレイバックは冤罪でもなんでもないれっきとした事実に基づく嫌疑が晴れた後、速やかに復讐に走った。

 ライアル・ルーピンが幼い息子の寝室に大慌てで向かった時には全てが完了していた。

 そしてその当時生まれたばかりだったライアル・ルーピンの息子は、リーマス・ルーピンは狼人間になった。両親は幼い彼を幾人もの癒者に診せたが、治療法は見つからなかった。

 

 だから幼い頃にリーマス・ルーピンが抱いていた「人生最大の夢」は、友達を作る事だった。

 もしいつか人狼症が治ったら僕もホグワーツに通えたりするだろうかと、毎日毎日考えていた。

 

 そして忘れもしない1971年、夏の終わり頃。今回も運良く誰も傷つけず傷つかずに満月の夜を乗り越えたルーピン一家の元に、その魔法使いは現れた。

 その時の父と母の驚きようを、リーマス・ルーピンは未だにハッキリ思い出せた。

 

「ダンブルドア先生…………お久しぶりです……。本日はどういったご要件で?」

 偉大なりしアルバス・ダンブルドアは、至って気軽にかつての教え子2人に挨拶した。

「久しぶりじゃのライアル。ホープ。そして、はじめましてミスター・リーマス・ルーピン。儂はアルバス・ダンブルドアという名前の年寄りじゃ。本日はきみに、手紙を持ってきたのじゃ。きみさえ良ければこれを受け取ってくれると、儂はとても嬉しい」

 

 ダンブルドアが息子に渡した「手紙」が何なのか、リーマス・ルーピンの父ライアルと母ホープは、一目で理解した。

 自分も11歳の時にそれを受け取ったのだから。

 

「ダンブルドア先生、これは、これは受け取れません! 息子は――」

「ホグワーツでは助けを求める者には必ずそれが与えられる」

 

 ダンブルドアの説明は、簡潔だった。

「リーマス・ルーピン。治してやる事はできん。すまんの。じゃが、生徒として受け入れる事ならできる。ホグワーツにはその準備がある。理事たちは説得した。先生方は賛成してくれている。あと必要なのは、きみ当人の意思確認だけじゃ。きみは、ホグワーツに。入学を望むかの?」

 この時壊れたおもちゃのように首を振り続けた自分の頭がちぎれて飛んでいかなかったのは幸運だったと、リーマス・ルーピンはひとりで酒を飲む度に思うのだった。

 

 そしてこの時父と母にダンブルドアが言った「グラップホーンやヒッポグリフの家族をカバンに詰めて持ち歩いている7年生や、ろくに授業にも出ずにホグワーツの周辺にある村落を飛び回って闇の魔法使いや指名手配犯やそれに賛同するゴブリンたちを殺戮して回っている5年生が居た頃を思えば、月に1度配慮が必要な夜が来る生徒のひとりくらい、なんでもないというものじゃ」という言葉が誰の事を言っていたのか、リーマス・ルーピンはいざ入学したその日に理解させられた。

 

「チャールズ? ねえチャールズ? 何をぼーっとしてるの? メニュー選べない?」

 メニュー表を見つめたまま微動だにしなくなったリーマス・ルーピンに、ニンファドーラ・トンクスが問いかける。ダイアゴン横丁にあるフローリアン・フォーテスキューのアイスクリームパーラーで、2人は今まさに不死鳥の騎士団の重要任務に臨んでいた。

 

 今やっているのはその第二段階、食べたいアイスを選んで注文するという任務である。

 目立たずここに来るために必要だった第一段階「あたかも想い合っている恋人未満の2人が関係性を発展させるために予定を合わせてダイアゴン横丁に来たかのように振る舞うべくお洒落する」という困難な任務は、2人それぞれに友人の手を借りてどうにか達成していた。

 

「ああ、ごめんよ。ちょっとボーっとしてたよグレタ」

 この任務の間は偽名で呼び合うという予め取り決めたルールをどうにか口を開く前に思い出せたルーピンはしかし「咄嗟に思いついた仮の呼び名がお互い同級生の名前」という自分と彼女の共通点に気づいて嬉しくなってしまい、珍しくふんわりしたシルエットのワンピースを着ているニンファドーラ・トンクスが視界に入ってしまったのも合わさって。

 

「フッフフフフフ…………」

 リーマス・ルーピンは、こみ上げる笑いを抑えられなかった。

 

「えっ何チャールズ。あたし何か変?」

「違うんだ。きみはきれいだ。いつもきれいだけど、今日はより一層ね。だから僕、なんか嬉しくなっちゃってね……自分はなんて幸運なんだろうって思ったんだけどさ。『幸運』だなんて傲慢だよ。自分が幸運だったから今日があるなんて……いろんな人に助けてもらって今があるのにさ」

 ほんの一瞬だけ驚いたように目を見開いたトンクスは、一点を見つめて何やら考え込み始めた。

「あのすいません。この桃とオレンジのパフェひとつと、アフォガードひとつ」

 ルーピンの注文に、店主の男性は「はい只今」とだけ答えた。

 そしてルーピンは再び思考の渦の中へと深く沈み込み、今度は不死鳥の騎士団と世間、そしてホグワーツ引いてはハリーが直面している目下の情勢へと意識を向けた。

 

 結果としてルーピンとトンクスが向かい合って座るそのテーブルは傍から見れば、別れ話をどちらから切り出すのか探っているようにしか見えないピリついた雰囲気を放っていたが、この時はルーピンもトンクスも、自分たち2人を客観視する事には意識を割いていなかった。

(シリウスはあんな家で育ったんだな)

 そりゃ反発もしたくなるよなと、ルーピンは改めて思っていた。

(そういえばホグワーツの寮対抗クィディッチが再開されて、全英クィディッチ競技者組合のストライキも終わったんだったな。魔法大臣どのは一体、あのアンブリッジ上級次官を何とひきかえに納得させたのやら。権限強化じゃないといいんだが。それに例のあの人は――)

 例のあの人がいま何を狙っているのか、なぜ「水面下でコソコソ」するに留まっているのか。ルーピンには自信をもってこれだと言えるほどの材料が無かった。

 しかしダンブルドアは何か御存知で、それに対応するために僕ら「騎士団」を動かしているのだろうと、ルーピンは思っていた。

 そしてぐるぐると考え込んでいたルーピンは、トンクスにも意見を聞きたくなる。

 

「ねえ、ちょっと訊きたいんだけどさ――」

「ねえリーマス子供は何人欲しい?」

 

 膨らみきった妄想がついに口から漏出してしまったトンクスは、一気に耳まで真っ赤になった。

「ちっ違、ちがちが違ちちががってね!!! もし!! 将来! 誰かと! あなたが! 結婚して子供ができることがあるとしたら! 何人くらい欲しいのかなって! 深い意味はなくて!!」

 店の外まで響き渡る大きな声で苦しい弁明をしたトンクスとは対照的に、その言葉に対するルーピンの解答は至って静かで、端的だった。

 

「僕は誰とも結婚をしないし、子供も決して作らないよ」

「いいえ。アナタは私と結婚するの。これは譲らないわ」

 

 動揺させられたトンクスだったが、ルーピンが頑なにそう主張し続けている理由を瞬時に思い出して、冷静にそう反論した。

「ねえリーマス。この服、誰が選んでくれたかわかる?アナタも良く知ってる私の友達よ」

 そんなヒントだけで候補を絞りきれるはずがないと思っているルーピンに、トンクスは言う。

「キアラよ。キアラ・ロボスカ。覚えてるでしょ? ていうかアナタの友達でもあるはずよね?」

 偽名で呼ぶという取り決めが頭からスッ飛んで消えているトンクスは、ルーピンを見つめる。

 

「あの子わたしとアナタの事、『応援してる』って言ってくれたのよ。無事に取り上げるから安心して! なんて。気が早いんだから……」

 毒でも飲まされたかのように表情を歪めたリーマス・ルーピンは、トンクスから視線を逸らす。

「ダメだ。…………絶対に。……ダメだ…………きみの、気持ちは、嬉しい。けど……ダメだ」

 

 ルーピンもトンクスも、お互いを見つめながら、泣きそうな顔をしていた。

 フルーツパフェとアフォガードを持った店主が、2人のところに歩いてきた。

 

「僕の店は、どちらかといえば。友人同士の何気ない休憩とか、初々しい恋人たちの楽しいデートの場とか。そういうのに選ばれたいんだけどね。痴話喧嘩の戦場にじゃなくてさ」

 フローリアン・フォーテスキューはそう言いながらルーピンの前にアフォガードを、トンクスの前にオレンジと桃のフルーツパフェを置く。

 

 先に笑ったのは、トンクスだった。

 

「おや、申し訳ない。勝手な思い込みを――」

「いーのよ。でも、そう。私がこっち。で彼がパフェ。ほらリーマス! じゃないやチャールズ! いつまで拗ねてるの。せっかく2人で来られたんだから……前から食べたかったんでしょ?」

「きみと居るのが幸せで幸せでたまらないからこそ辛いんだよ、ニンファドーラ」

 リーマス・ルーピンの表情は、そう保とうと努力しているかのように頑なに、暗いままだった。

 

「そんな事言うとキスするわよリーマス・ルーピン。皆が見てる前で舌入れてやるんだから」

 

 実のところトンクスとて、「それ」が。リーマス・ルーピンが人狼だという事に、人狼相手に恋愛感情を抱いて関係性を発展させる事に、不安が何ひとつ無いというわけではなかった。

 自分が感染する可能性、そしてそうなった時にリーマスがどれほど己を責め苛むか。将来的に子供ができたとして、生まれてくる子が人狼症に罹患していたりはしないか。

 

 ウェアウルフであるという事が人生にどれほどの苦難を齎すのか、自分が今までの人生で散々体感したからこその不安を彼は抱いているのだと、トンクスには解っていた。

 そして、トンクスに言わせれば――この見解に関してはシリウスも同意してくれたのだが――リーマス・ルーピンという男は、それでも自分の事を「幸運だった」と思っているのだ。多くの人に助けてもらえるという幸運に恵まれたと、アルバス・ダンブルドアが生きている時代に生まれるという幸運に恵まれたと、そう考えているのだ。そして、我が子が自分と同じ幸運に恵まれるとは限らない、とも。自分が「人狼症罹患者としては」幸運だったと思うからこそ、他の狼人間たちはもっともっと遥かに苦労をしていると知っているからこそ、恋するとか愛するとかいったことに、彼は臆病になっているのだ。

 そしてだからこそ、少なくともリーマスの前では、自分はそういう不安について「大丈夫よ」と励ます側で居なければならないと、ニンファドーラ・トンクスは考えていた。

 

 そうし続けられないのなら彼と一緒になる事などできはしないと思っていたし、彼女自身がそうしてあげたいと強く望んでいた。

「ありがとうフォーテスキューさん。これ美味しいわね」

「お褒めいただき光栄です」

 マッド‐アイの紹介で引き合わされた「不死鳥の騎士団」の会合で初めて会って、話して、境遇を知って。疲れ切った彼の目を見ながら「この人を傍で励ましてあげたい」と思ったのも、今考えればもしかしたら、恋をするきっかけだったのかもしれなかった。

「ほらリーマス。美味しいわよ? そのパフェもきっと」

 トンクスのこの気持ちを以前「あのオオカミさん疲れているわブラッシングしてあげなきゃ」と魔法省の秘密部署「稀少・不透明・交絡事件局」に勤める友人が表現したが、当のトンクスはそれを言われて「脱狼薬をキチンと服用していればできるよね、変身したリーマスにブラッシング」と呑気にひとつ将来の夢を増やしたのだった。

 

 それかもしかして一目惚れしたのかな私、とトンクスは、桃とオレンジのフルーツパフェを漸く食べ始めたルーピンを見つめながら思っていた。

 

「どう? 美味しい?」

「……うん。とても」

 

 何故か自分が褒められたように思えて、トンクスは満足気にニンマリした。

 そしてゆっくり時間をかけてパフェを食べ進めるリーマスを観終えたトンクスは、フローリアン・フォーテスキューがサービスだと言って紅茶を持ってきてくれたことで、やっと自分たち2人が今日ここに来た本来の目的を思い出した。

「ねえフォーテスキューさん。あなたに話があるんだけれど………その、ダンブルドアから」

 聞こえるか聞こえないかの声量でそう囁いてきたお若いお嬢さんに、フローリアン・フォーテスキューは「他のお客様が皆お帰りになられましたら、続きを聞かせてください」と囁き返した。

 

 ダイアゴン横丁にある人気アイスクリームパーラーで秘密の地下組織への新たな人員の勧誘という試みが行われたのと同じ日。ホグワーツでは、ひとつの試みが破綻を迎えていた。

 

「出ていけ! 出るんだ! この研究室で、二度とその面見たくない!」

 

 ハリー・ポッターを自分の私室から追い出した後で、スネイプはぐったりと椅子に腰掛けた。

 閉心術を敢行する事で無理やり心を落ち着かせたスネイプはしかし、椅子から動けなかった。

「リリー…………、僕を、許してくれ……」

 今更もうどうにもならない事くらい、百も承知だった。

 自分が今やるべきはポッターを呼び戻して閉心術の訓練を続けさせる事だとも、解っていた。

 しかしそれは絶対に嫌だと、学生時代の自分が声高に訴えていた。

「リリー……、僕を許してくれ……」

 ジェームズの奴にも自分は謝罪するべきだと、スネイプは心の底では理解していた。なにせ自分のせいで奴は死んだのだから。しかしそんなのは自業自得だざまあみろと、思える筈だった。

 リリーさえ助かっていれば。

 その時は自分はきっとそういう思いを抱いただろうという確信が、スネイプにはあった。

 

 スネイプは他の誰よりも、それこそジェームズ・ポッターの事よりも、自分の事が嫌いだった。

 

 しかしそれはそれとしてシリウス・ブラックの事もリーマス・ルーピンの事もハリー・ポッターの事も、なんなら他のほとんど全てのグリフィンドール生の事も、彼はしっかりと嫌っていた。

 

 闇の帝王の事も。

 

「やあセブルスくん。きみ、アルバスに報告しなきゃいけない事があるんじゃないかい?」

 その魔女がいつからそこに居たのか、スネイプには全く判らなかった。

「…………出ていってくれと頼んでも、出ていってはもらえぬのでしょうな」

「おや、良くわかってるねぇ僕のこと」

 闇祓いの制服に身を包んだその背の高い魔女は、曲線が幾つも組み合わさった細かい模様が刺繍された深い青色のマフラーを首に巻いて、いつも通りに笑顔を浮かべていた。

 

 そのまま10分近くどちらからも何も言わなかったが、やがてスネイプが観念して口を開いた。

 

「…………吾輩は、もう、ポッターに。『閉心術』を。…………教えたく、ありません」

「……そっか。アルバスには僕から伝えておくよ。……よく頑張ってくれたねセブルスくん」

 そこら中に散らばってるもの早く棚に戻さなきゃダメになっちゃうよとだけ言って、その魔女は扉から出ていった。

 (よく頑張ってくれたねセブ)

 脳内に構築したあの頃のリリー・エバンズを視界に投影して、スネイプは彼女がそう言ってくれるところを何度も何度も繰り返し、見ていた。

 思い浮かべているのではなく見ているのだと信じなければ、全て放りだしてしまいそうだった。

 

「親ってものが、決して完璧な存在じゃなくて、自分と同じ単なる普通の生き物で失敗もするし欠点だってあるんだって事に気づくのは、子供が大人になる過程の大切な一歩らしいけどさ。でも、だからってすんなりと受け入れるなんてことは不可能だ。そのへんどう思いますラッカム先生?」

 

 先生方どころかダンブルドアすら知らないホグワーツの地下深く。グロウプが普段過ごしている大空間のさらに奥に位置する「地図の間」で、目の前に並んでいる大きな4枚の肖像画に、1人の小さな男の子が話しかけていた。

「だからといって、ジェームズ・ポッターを責めるのは、酷というものだ」

 数百年前にホグワーツで占い学の教授を務めていたパーシバル・ラッカムの肖像画は、そう言って小さく溜め息をついた。

「まあジェームズくんは、セブルスくんの事をいじめてたのが、巡り巡って自分の破滅を招いたからね。それも自分だけじゃなく妻子ごとだ。因果が応報し終えているとも言えるだろうさ…………息子ハリー・ポッターを勘定に含めずジェームズ・ポッター当人だけを見るなら、だけれど」

 小さな身体を全部使って不死鳥を抱きしめたまま、星空のようなものが投影されている床をゴロゴロと転がって寛ぎながらそう言った男の子は、迷惑だとでも言いたそうな表情をしている不死鳥に思いっきり頬ずりする事で愛情を発散していた。

 

「ところで例のあの人は、何を狙っているのです? ダンブルドアが教えてくれないのですが」

「予言だと思いますよフィッツジェラルド先生。トムったら前半しか知らないらしいし」

「ダンブルドアがそう言っていたのですか?」

 パーシバル・ラッカムと同じ時代にホグワーツの校長を務めていたフィッツジェラルド先生の肖像画のその質問には、少しだけ不服そうな響きがあった。

「ううん。言ってないけど、アルバスわかりやすいから。嘘ついてる時と、言いたくない事訊かれた時と、図星突かれた時。ぜーんぶ顔に出るんだよね。ぜーんぶ表情も振る舞いも違うの。ホントにわっかりやすくって面白いですよ。めっちゃかわいい」

 

「ダンブルドアくんを相手取ってそんな方法で見透かせちゃうのはアナタだけだよ」

 男の子の傍で床に座り込んでニーズルにブラッシングしている小柄な魔女が、そう言って笑う。 

「そのマフラー似合ってるね」

 そう言った小柄な魔女と、そう言われて嬉しそうに微笑んだ男の子は2人とも、100年以上前に死んでしまったあるホグワーツの先生の事を思い出していた。

「…………どうしたの?」

 その小柄な魔女は、わかった上でそう訊いた。

 

「だっこ」

 

 空気を読んで場所をあけたニーズルにとってすら、それは見慣れた光景だった。

「先輩、先輩。あ、スウィーティング先輩こんにちは」

「こんにちはダンブルドアくん。どうしたの?」

 自分の膝の上でごろごろと甘えている「男の子」の代わりに、その小柄な魔女がラッカム先生の肖像画の中に現れたグリフィンドールの制服を着た小さな男の子に訊ねた。

 

「ハリーが先輩の事を探してます。このままだとアンブリッジ先生と出くわしかねません」

 

 11歳の小さなアルバス・ダンブルドア少年にそう言われて、その「男の子」は飛び起きた。

「今のハリーの精神状態を考えると、今のハリーがドローレスくんに出くわすのも、正直ちょっと見てみたい気はするな…………」

 あろうことかまた寝ようとしたその「男の子」の腿を、不死鳥が嘴で鋭く突いた。

 

「あの、あなたは誰ですか? あなたも、先生のご友人なんですか?」

 

 記憶が正しければディークという名前だと聞いたと思う屋敷しもべ妖精に呼び止められて連れ込まれた部屋で、11歳の頃の姿をしたダンブルドアの肖像画に「連れて来るから待ってて」と言われてしまった以上もうどこにも行けないハリー・ポッターは、その部屋の壁をほとんど覆い尽くしている幾つもの肖像画の中で、真正面にあったそのひとつに、なんとなく話しかけた。

「そうだよ。僕が5年生だったとき、あの先輩は7年生だった。君と直接話すのは初めてだね。こんにちは、ハリー。…………『こんにちはハリー』『ハリー』……なんとも不思議な気分だよ――」

 そのクシャクシャの髪に丸メガネのグリフィンドールの男子生徒が、なぜ急に笑い出したのか、ハリーには全く判らなかった。

 もしハーマイオニーが今この場に居たら「ハリー貴方なんてニブいの……」と呆れた事だろう。

 

「――ははっははは……いや、ゴメン。ごめんねハリー。……ハリー、ポッター。逢いたかったよハリー・ポッター。僕はずっときみに逢いたかった。僕はヘンリー。ヘンリー・ポッター。親しい友人からは『ハリー』って呼ばれてた。僕はきみの、父親の、父親の、父親」

 

 餌が欲しい魚みたいに口をパクパクさせる事しかできないハリーに、その肖像画は言う。

 

「ジェームズの事、がっかりしたかい」

「御存知だったんですか」

 

 ハリーはその肖像画を睨みつけてしまったが、額縁の中の曽祖父は気にしていないらしかった。

「うん。昔ね、マクゴナガル先生とダンブルドアくんが相談してるの聞いちゃったんだ。ほら、この部屋、あの先輩以外はホントに人が来なくってさ……だから僕ら暇でね……よくブラック校長のところとかウィーズリー先生のところとかお邪魔するんだよ。あ、校長室と変身術の教室ね」

 

「僕、こんなところに部屋があるなんて、知りませんでした」

「そりゃまあ、ふつう入ってみようなんて思わないもんねぇ。『あの入口』は」

 

 ハリーは、初めて見たこの曽祖父の肖像画に、同じ額縁の中へと来たスリザリンの生徒と視線を交わして穏やかに笑っている学生時代のヘンリー・ポッターに、率直な気持ちをぶちまけた。

 

「父さんが、あんな人だったなんて」

「それはちょっと違うよハリー。前から知ってた情報よりも、後から知った情報のほうがより正しいと考えてしまうのは誰しもよくある誤謬だけど。ジェームズは『あんな人だった』んじゃない。『あんな人だった頃もあった』んだ。……だって終生『そんな人』だったら、リリー・エバンズが生涯のパートナーとして、ジェームズ・ポッターを。選んでいなかった筈だろう?」

 

 そう言われてもハリーには、まだ納得できるほどの心の余裕が無かった。

 

「父親ってのは、欠点だらけなもんだよ。俺の父も困った人だった」

「あなたの父親は魔法界でもかなり特殊な例だよオミニス先輩」

 一言だけ発してすぐ床に横になって寝息を立て始めたそのスリザリン生を、なぜ曽祖父が親しみをもって見つめているのか、ハリーにはわからなかった。

「スリザリン生と、友達なの?」

「そうだよ。僕らの頃は――というか『先輩たちの頃』は――お行儀よくできるなら、他の寮の談話室に入ったって先生たちも、その寮の生徒も追い返したり邪険に扱ったりしなかった。スリザリンの談話室にもしょっちゅう遊びに行ったし、グリフィンドールの談話室にだっていつも他の寮の生徒が居た。みんな仲良しだったんだ………あの頃は、ね」

 100年以上の昔から今を見据えて、ヘンリー・ポッターの肖像画は少し寂しそうに笑った。

 

「やあハリー」

 

 部屋の隅にある蛙の石像からなんの前触れもなく吐き出されたその小さな男の子が誰なのか、ハリーは一瞬わからなかった。

「あ、先生。………あの先生、僕、シリウスと話したいんです。父さんの事で――」

「うん。行ってらっしゃい、ハリー」

 えらくもっちりしたお顔の小さな男の子になっている先生がそう言ったとたん、ハリーの目の前の空中がオレンジ色の火を吹いて、そこに不死鳥が姿を現した。

 ハリーはすぐに理解して、その不死鳥に手を伸ばす。

 

「帰る時はソイツに言うんだよ、ハリー。…………あんまり責めないであげてね」

 

 不死鳥とともに姿をくらましたハリーを見送った後で、その「小さな男の子」は、壁の肖像画のひとつにニッコリと笑いかけた。

「どうアルバス! きみに変身してみたんだけど!」

 11歳のアルバス・ダンブルドア少年は、8歳の弟と7歳の妹が左右から自分の頬に落書きしているのを無抵抗で受け入れたまま、その「先輩」を見つめる。

「そっくりなんだと思いますよ。僕そんなにまるいですかね……それに背だってもう少し――」

 弟と妹に顔中を落書きで埋め尽くされつつあるダンブルドア少年に、その「先輩」は言う。

 

「アルバスはちっちゃくてまんまるだよ。はしるよりころがったほうがはやい」

「どうにかして呪いをかけますよ先輩」

「ゴメンゆるしてアルバスならほんとにできそう」

 

 そしてグリモールド・プレイス12番地に現れたハリーの目の前には、探していた人物が居た。

「おや、どうしたのかなハリー」

 不死鳥とともに現れたという点から「誰に送り込まれて来たのか」をすぐ理解したシリウスは、たぶん何か緊急の用事があるんだろうと考えてそう訊いた。

 

「父さんとシリウスがスネイプをいじめてるところを見たんだ」

 

 シリウスは一気に険しい表情になって、上の階に居るルーピンを大声で呼びつけた。

「何なにどうしたのシリウス、大きい声出して」

「なんだいシリウス…………どうしたんだいハリー」

「ジェームズの事で、話を訊きたいそうだ」 

 その説明ですぐ理解したルーピンとは対照的に、トンクスはキョトンとしていた。

 

 そしてハリーもトンクスを見て、キョトンとしていた。

 

「……その服、ステキだね? トンクス。いいことあったの?」

「ありがとハリー。でも、あなたが来たからいいことできなかっ」

 

 なぜルーピンが大慌てでトンクスの口を塞いだのか、なぜトンクスが責めるような視線を自分にぶつけてきているのか、なんでトンクスが珍しくふんわりしたシルエットのスカートを履いているのか。ハリーには何ひとつサッパリ判らなかった。

 

「…………もうちょっとで押し切れそうだったのにさ」

 

 今からかなり深刻な話をするんだがと言いたいシリウスと、それどころではなくなってしまったルーピンが、2人してトンクスに「今すぐ口を閉じてくれ」と視線で訴えていた。

 しかしトンクスに察してほしい内容こそ同じでも、シリウスとルーピンの表情はまるで違った。

 

「どうしたのルーピン。何かしてたの?」

「断じて何もしていないよハリー!!!」

 

 これほどまでに慌てているルーピンを、ハリーはそれまで見たことが無かった。

 




 
【キアラ・ロボスカ】
 ゲーム「ハリー・ポッター:ホグワーツの謎」に登場する心優しいハッフルパフの女子生徒。
 ニンファドーラ・トンクスやチャーリー・ウィーズリーの同級生。
 7歳の時にフェンリール・グレイバックに噛まれて狼人間になった。
 ホグワーツ卒業後は聖マンゴで癒者をしている。

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