104年後からの今 作:requesting anonymity
その日は満月だった。
リーマス・ルーピンが、そして立場を彼と同じくする多くの狼人間たちが、1ヶ月の内で最も憂鬱になる夜。
フェンリール・グレイバックが1ヶ月の内で最も心を踊らせる夜。
どれだけ忌まわしく思っていても1ヶ月に1度必ず変身してしまうし、どれだけ待ち焦がれていても1ヶ月に1度しか変身できない、厄介な『病』。
グリモールド・プレイス12番地の屋敷、その中の一室に引きこもりながら、リーマス・ルーピンは今からくるいつもの最悪な夜がもっと最悪にならない事を祈りつつ、まだ喉に残っている脱狼薬の不快な苦みと戦っていた。
「そこに居るな、ムーニー」
扉越しに親友の声が聞こえて、ルーピンは縋るようにその扉に耳を押し付けた。
ダンブルドアが手ずから保護魔法を大量追加したこの部屋は、まさにこのために、リーマス・ルーピンが満月の夜にもできるだけ孤独を感じないようにと準備された部屋だった。
「居なかったら大問題だよ、パッドフット」
「なあムーニー、お前、会ったんだよな。先生に」
それが訊きたいから来たんであって、きみを慮ったわけではなくて、だから何も負い目を感じる必要は無いんだムーニー、というシリウスの声がルーピンには聞こえたような気がした。
「どうだった? 元気そうだったか?」
僕の事を心配してくれているのも、先生の話を訊きたいのも両方が本心なんだろうと、ルーピンはシリウスの声色だけで理解していた。
「なんにも変わってなかったよ。誰だか解らない誰かの見た目して、あの変なゴーグルして、あの変なメガネもして。楽しそうで、魔法生物たちと仲良しで、騒がしくて、法に触れててさ」
「法に触れてたのか」
「うん。でも、知ってるだろう? あの人がいくら法を犯してもそんな事は問題にならないって。それで『被害』が、正確には『先生の部署で対処できないほどの被害』が出ない限りは、だけど」
それは、彼らが1年生の時に1度だけ話してもらえた、「あの先生」の、職業の話。
「あ。やっぱり居た。ねえシリウス、リーっ、ルーピン! に。食べ物とか持ってきたんだけど。もう入っちゃだめかな。私、一緒に居てあげたいんだけど…………」
そこへやってきたのは、ニンファドーラ・トンクスだった。彼女だけは、彼女本人だけは未だ、「騎士団」でただ1人だけ、自分とルーピンとの「仲」が、誰にも知られていないつもりでいた。
「それを決めるのは私じゃない」
そう言ったシリウスの背後の扉から、その縋るような声は聞こえてきた。
「……ダメだ。ダメだトンクス。…………入って、来ないでくれ。お願いだ」
脱狼薬を1週間キッチリ服用しきっていても、それで拭い去れるのは変身した後の攻撃性だけで、人である彼の不安や恐れは、脱狼薬ではどうすることもできないものだった。
それをどうにかできるのは、ダモクレス・ベルビーではなかった。
脱狼薬を開発するところまでが、ダモクレス・ベルビーの才能だった。
狼人間たちが抱える不安、恐れ。疎外感。そして心の傷。
そういうものをどうにかできるのは、魔法界にただ2人だけ。
フレッドとジョージにとってはずっと、そういうものこそが自分たちが打ち倒すべき敵だった。
「「スネイプ先生、できました」」
明くる日のホグワーツで、その2人は誰よりも早く課題を終わらせていた。
彼らが真面目に授業に取り組んでいる姿を見るのは、リー・ジョーダンですら初めてだった。
しかしここのところずっと、フレッドとジョージは全ての科目に真面目に取り組んでいた。
「…………グリフィンドールに2点」
フレッドとジョージが提出してきた「真実薬」と「真実薬の解毒剤」を検分して、セブルス・スネイプはそう告げた。
皆、何年も前から「真面目にやったら成績優秀なんだろうなあ」とはうっすら思っていたし、グリフィンドールの7年生たちはどんな科目であれ、判らないところや上手くできないところがあれば他の誰でもなくフレッドとジョージに助けを求めるのが常だったが、それでもまさかここまでとは、誰も、先生方ですら想像だにしていなかった。
ただ1人マクゴナガルだけが、一切驚きもせず嬉しそうにしていた。
「どういう風の吹き回しかね、ミスター・ウィーズリー&ミスター・ウィーズリー」
皆を代表するかのように、セブルス・スネイプがとうとう訊いた。
生徒が授業に真面目に取り組んでいる事を訝しく思うというのは教師にあるまじき事だったが、それでも訊かずにはいられなかった。
「俺たちはただ、俺たちに必要な事をやってるだけですよ」「いつもそうです」
アルバス・ダンブルドアが3歳の時に悟った「親に指図されずに我が道を行きたい奴にこそ学校の成績は重要」という当然の事実に、彼らは最終学年も半ばを過ぎてやっと気づいたのだった。
つまりママに自分たちの商売を認めさせるには、「利益」と「N.E.W.T.試験の成績」をセットで示すのが一番よく、つまりはマクゴナガルあたりの「ママが思うマトモな大人」を味方につけるべきだと、すると授業には真面目に取り組む必要があると、彼ら2人は話し合って決めていた。
「全部終わってから事後報告して、それで今うまく行ってるからってなし崩し的に認めさせるより、まず先に俺たちの商売を認めてもらってからにしようって、そう思ったんですよ」
フレッドとジョージのどちらかがそう言い、スネイプは怪訝そうに双子を見つめる。
「もう何年か早くそう思っていれば、監督生にも首席にもなれただろうに」
「そいつぁご勘弁願いたいね」「パーシーお兄様とお揃いだなんてさ!」
「グリフィンドールにもう2点。解毒薬も完璧な出来栄えだ。これらは簡単な薬ではない」
最後にそう付け足したスネイプを見て、その場に居る少数の7年生たち全員が驚いていた。
そして授業の最初に示された「真実薬とその解毒剤に取り組む制限時間」が過ぎ、まだ作業を続けていた者たちが悔しげな唸り声を上げつつ手を止めた。
「さて、時間内に終わらなかったという事はつまり、どこかの手順が間違っていたか、どこかで時間を無駄遣いしていたという事になる。であるからして――」
スネイプは煩わしそうに杖を振り、時間内に薬を完成させられなかった数人の大鍋の中身を綺麗さっぱり「消失」させた。
「零点だ。残念ながら、且つ当然の事としてな。そして一応完成させた者たちも、何人かは………ミスター・モンタギュー。きみのこれは、まあ、『何か?』と問われれば『真実薬だ』と返す事はできるだろう。しかし…………実用に足るとは言えん。煮込む時に火加減を間違えるとこういう、白ワインのような色の液体が完成する。残念ながら、得点はやれない。どれだけ僅かな失敗でも、不完全な魔法薬が齎し得る害は、如何な既存の毒薬も及ばぬものだ。肝に命じ給え」
グリフィンドール生が同じものを作っていたらスネイプは厭味を言いつつ減点しただろうと、アンジェリーナ・ジョンソンは確信していた。
「さて、月相1周分の醸造期間を必要とするこれらの薬を、全段階通してではないとはいえ、君たちは挑み、何人かは完成させたわけだ。そして最後に少し、次回の授業から取り扱う薬について話しておこう…………教科書の879ページを開き給え」
そこに書かれていたものこそ正に、フレッドとジョージが予てから作れるようになりたいと考えていた魔法薬だった。
「さて誰か、この。『脱狼薬を服用せんとする者が注意をするべき点』を、答えられる者は?」
また、フレッドとジョージの2人が揃って、他の誰よりも早く手を挙げた。
「言ってみたまえ、ミスター・ウィーズリー」
「はい。脱狼薬は、満月の夜が来るまでの1週間毎日と、満月の夜当日に。欠かさず飲み続ける必要があり、1度でも忘れると効果が発揮されません。また、酷い味ですが、だからといって砂糖を混ぜる事も、薬効を消し去りますので推奨されません」
双子のもう片方が、続いて答える。
「また完璧に服用された脱狼薬は、『変身しても正気を保っていられる薬』であり、狼人間が満月の夜に変身してしまう事それ自体を防ぐ効果はありません。つまり、フェンリール・グレイバックのようなタイプの狼人間はこれを必要とせず、仮に飲んでも何も変わりません」
「グレイバックについての意見を求めた覚えはないが、概ねその通りだ」
そう言っただけでフレッドとジョージを褒めもしないスネイプは次の瞬間、彼にしては極めて珍しい事に、ニヤリと笑った。
「諸君らの中に、癒者を志している者は居るかね? いや答えなくていい。身の丈に合わぬ夢を持つ事こそ学生の正道というもの…………聖マンゴでは、新人癒者の研修で、まさに脱狼薬をはじめとする幾つもの『不味さ』で有名な薬を、試飲させるのだ」
自分たちが今から何をやらされるのかを理解して、7年生たちは辟易した。
フレッドとジョージの2人以外は。
「もちろん正確には『同じ味にした水』を飲まされる事になる……。さて、あえて希望者を募ろうか。諸君らの中にこの『脱狼薬と同じ味の水』を。飲んでみたい者は居るかね?」
フレッドとジョージが真っ先に手を挙げ、それにリー・ジョーダンとアンジェリーナ・ジョンソン、さらにスリザリンの2人、エイドリアン・ピュシーとグラハム・モンタギューが続いた。
そして他の生徒たちもしばらく悩み葛藤した末、結局全員が志願した。
「これを飲もうが飲むまいが、それは諸君らの評価に何ら影響せんという事は、明言しておこう」
スネイプはそう告げながら片手を振って皆に1杯ずつゴブレットを配り、魔法薬学の教室でN.E.W.T.レベルの授業に挑んでいる少人数の7年生たちは、意を決してその中身に口をつけた。
スネイプの背後の薬棚の上に居たワタリガラスが、楽しげに一声啼いた。
「ゐぅえ゙ぇ゙」
妙な鳴き声を漏らして動かなくなったアリシア・スピネットのみならず皆が皆、スネイプが見ている事など気にもせず顔を顰め悪態をつく中で、勇気が足りずに「試しにほんの一口だけ」飲んでみたアンジェリーナ・ジョンソンは、私も一気にいけばよかったと顔面蒼白になっている。
「砂糖を混ぜると薬効が無くなるから砂糖を混ぜるな、ってのはつまり――」
「混ぜなきゃ飲めたもんじゃあない、って事だな…………やっぱり、ただ知ってるだけなのと自分で経験するのとは大違いだな……そりゃ振る舞いが野性的にもなるだろうさ。これを1週間飲み続けるかケダモノになるかの2択を生涯迫られ続けるんじゃあな…………」
スリザリンの男子2人、ピュシーとモンタギューはそう話しながら、同時にもう一口飲んだ。
「「ゔぁ゙っ……!!!」」
そしてまた2人揃って顔を顰めたピュシーとモンタギューを見ながら、フレッドが笑う。
「お前ら2人、今おんなじ顔してたぜ」
「お前らほどじゃあないぞウィーズリー」
ピュシーにそう言われてなぜか得意げなフレッドは、隣の相棒と一緒になって、スネイプに質問を投げかける。
「スネイプ先生、狼人間が変身するのって、めちゃくちゃ痛いんですよね?」「チャーリーの友達から聞いた話なんですけどね」
「リーマス・ルーピンの証言を信じるなら、『寝られたもんじゃない』だそうだ。そして奴の性格を考え合わせるに、吾輩はかなり控えめな表現を聞かされたのだと思われる」
事も無げにそう答えたスネイプに、双子はさらに訊く。
「狼人間って、変身している間は普通、本人の意識は無いんですよね?」「なのに人に戻った後は変身している間の事を全部ハッキリ思い出せると来てる」「『悪意』を。感じるんですがね」
「悪辣で凄惨な物事だからといって、必ず何某かの悪意があるというものではないぞウィーズリー。『酷い話』に、きっかけも因果も何も無いという事も、あるのだ。何某かの悪意が介在しているとしか思えないものが、何者の手にも因らず自然発生する事は、あるのだ」
きみとジェームズくんとリリーくんの間に起きた事はきっかけと因果にまみれてるけどね、などと言われた気がしたスネイプは背後の薬棚に振り向くと、その上に佇むワタリガラスを睨んだ。
「どうしましたスネイプ先生?」
モンタギューが訝しんだが、スネイプは答えなかった。
「諸君らが知っておくべきは、この脱狼薬は、制作の困難さと必要とする材料の値段、そしてそれに因る脱狼薬自体の値段が原因で、そも入手する事すら叶わぬ者の方が、そうでない幸運な者より遥かに多いという事だ。必要な量を毎月必ず入手できる果報者は、そう居るものではない」
この点についてスネイプは、リーマス・ルーピンに恩着せがましい物言いをした事がなかった。
薬棚の上から授業を眺めているワタリガラスの好意により材料をタダ同然の価格で入手できている事も理由のひとつだったが、ルーピンの奴に対しては恩着せがましい物言いなどしない方が奴は恩を感じてくれるだろうという打算も、スネイプには大いにあった。
自分は学生時代の意趣返しをしているつもりなのかもしれないと、自己分析する事もあった。
「んもう!! そんなわけないだろ!」
「そんなわけあるのよ、ロン」
今日もまた学年と寮の垣根を越えて「地下聖堂」に集っている生徒たちの一角で、ハーマイオニーに宿題を見てもらっていたロンが爆ぜた。
「神秘部って魔法省自体より古いのよ。正確にいつ頃できたのかは不明なんだけれどね。だから、つまりあなたが書き上げたこのエッセイは、全部書き直し」
O.W.L.試験がいよいよ間近に迫ってきて、ハリーたちのみならず5年生は皆が皆、程度の差こそあれど精神を摩耗させていた。
今まさにそのエッセイを書き始めようとしていたハリーは肝を冷やして参考資料を読み直し始めたが、ロンにそんな集中力は残されていなかった。
「いつできたのかわかんないんなら魔法省より後かもしれないじゃないか!」
「あのね、まず今のイギリス魔法省ができたのが1707年。けれど神秘部にある研究記録の、機密指定がすでに解除されてるものの中に、少なくとも1672年にまでは遡れるものがあるの。だからつまりその頃すでに、神秘部は神秘部として活動していたって事になるのよ。わかる?」
「なんできみがそんな事知ってるのさ!!」
「図書館で読んだのよ。神秘部に関する古い記録が載ってる本は何かないかって訊いたらピンスが持ってきてくれたの。『禁帯出』だって30回は繰り返しながらだったけれど」
その説明で納得してしまったことで、ロンはとうとう限界を迎えた。
「パーバティ!!」
「なあに?」
「僕もそっち混ざっていいかい!!!」
「…………いいわよ?」
愉快そうにクスクス笑いながらロンを自分たちのグループに招き入れたパーバティ・パチルが双子の姉妹のパドマや友人のラベンダー、それにルーナやグリーングラス姉妹と共に呪文の練習を再開したのを見ながら、ハリーは「せめてシェーマスとかネビルの方に混ざりに行ってほしかった」と、恐る恐るハーマイオニーのご機嫌を伺いながら内心で歯噛みしていた。
「ねえハリー」
「なっ、なあにハーマイオニー」
「ロンなんかほっといて私たちは私たちの勉強をしましょう。私いま、とってもとってもあなたの宿題を手伝いたい気分なの」
それはありがたいけどきみも素直にロンと一緒に向こうに混ざりに行けば良いのに、という言葉が心に浮かんでしまったものの、ハリーはそんなこと口が裂けても言えなかった。
「「おーぅやってるな! 元気かお前ら!」」
そこへ、今の今まで魔法薬学の授業を受けていたフレッドとジョージを始めとする7年生たちが合流してきた。
「ん? どうしたモンタギュー。何かあったのか?」
クラッブとゴイルの成績を上向かせるという難行を僅かながら成しつつあるセオドール・ノットにそう訊かれて苦々し気な笑顔を浮かべたのは、今この「地下聖堂」に入ってきた全員だった。
「俺たち次回の授業から『脱狼薬』をやるんだがね」「親切にも体験させていただいたのさ」
「「味をな」」
フレッドとジョージの説明でハーマイオニーとザビニとノット、そしてハリーほか数人が理解して納得したが、他の皆はキョトンとしていた。
「脱狼薬ってなんだっけ。ビンズ先生が魔法史で何か仰ってたと思うんだけれど。あたしあの人の授業、どうしてもねむくなっちゃうのよね…………変身しなくて済む薬だったかしら?」
ギュッと眉根を寄せて考え込み始めたアストリアを横目に、ハーマイオニーはロンに問う。
「あなたはもちろん答えられるのよね、ロナルド坊ちゃん?」
ハーマイオニーが「何故か」ご機嫌ナナメな事だけはそのトゲトゲした口調から察したロンは、その質問を侮りと受け取ったらしく、ハーマイオニーと同程度には不機嫌になった。
「わざわざきみにお教えいただかなくたって、僕だってそのくらい知ってるさ! 脱狼薬ってのは狼人間が『変身しても普段通りの精神状態でいられる薬』だ! 満月までの1週間毎日飲まなきゃいけなくて、1日でも忘れたり、満月のその日に飲むのを忘れたり、砂糖を混ぜて飲んだりすると効果が無くなっちゃうからそのまま飲まなきゃいけなくて、それで――」
「「「ひでえ味なんだこれが」」」
声を揃えたフレッドとジョージとリー・ジョーダンを余所に、ハリーは口喧嘩を始めた親友2人からそっと離れつつ「機嫌の悪さで競い合うのはやめてくれよ」と言いたいのを我慢していた。
「で俺たち、物は試しだと思って頼んでみたら、スネイプの奴お見通しだったみたいでな」
フレッドとジョージのどちらかが、どこからともなく幾つもの携帯用薬瓶を取りだした。
「ほら、お前らも試してみろよ『脱狼薬と同じ味の水』。いっぱい貰ってきたんだ」
「なんでいっぱい貰ってくるんだよそんなもん…………」
2人並んで眉間にシワを寄せて全く同じ表情になっているロンとハーマイオニーの横を通って、真っ先に「ひとつくれ」と進み出たのは、ブレーズ・ザビニだった。
正気かお前とでも言いたそうな表情をしているドラコの方を見もせずに、ザビニは言う。
「ただ知ってるだけなのと、実際に経験したことがあるのとじゃ大違いだろ。俺は今まさに狼人間の行動規範に関するレポートを書いててね。まあ控えめに言って、もっとマシな結論が要る」
魔法史の宿題の出来栄えに満足していなかったザビニにとって、これは渡りに船だった。
「あたしも、あたしも飲んでみたい! ねえ私にもちょうだい! あ、もうひとつちょうだい!」
元気に駆け寄ってきたアストリア・グリーングラスが追加で貰っていったもうひとつをどうするつもりなのかを察せたフレッドとジョージは、目配せし合ってニヤニヤしている。
「ねえねえドラコぉ。一緒に飲んでみましょ? これって本当に酷い味らしいの!」
アストリア・グリーングラスがなぜこんなにも楽しそうなのか、ドラコには全く判らなかった。
「…………いいだろう」
マルフォイの奴アストリアには何か甘いよなと、フレッドとジョージを始めとする一部のグリフィンドール生たちは察しつつあったが、彼らはすぐにそんな推察を忘れ去った。
気難しいマルフォイ坊っちゃんの心の機微なんぞ、彼らにはどうでもよかったのだ。
「僕も、僕も飲んでみる」
そう言ったネビルに続いて、ハリーとロンとハーマイオニー、そしてパーバティとパドマのパチル姉妹が友人たちの分までその携帯用薬瓶を貰っていった。
「わ゙ぁ゙あ…………、こっ、こんなの飲まなきゃいけないのね狼人間って……」
ウェッと舌を出してそう呻いたアストリアの隣で、ハリーとドラコが全く同じ顰めっ面をしているのを、フレッドとジョージがニヤニヤしながら見つめていた。
「そいつは違うぞアストリア」と、スリザリンの7年生男子エイドリアン・ピュシーが口を開く。「飲めたらラッキーなんだ脱狼薬は。脱狼薬にありつける狼人間は、脱狼薬を欲している狼人間の中の、ほんのほんの極一部なんだ。材料に高価な品が含まれる上に、調合もクソ難しいからな」
「…………こんなもの、砂糖なんぞ混ぜたところで何か改善されるとは思えないね。多少甘くなったところで飲めたもんじゃないのは変わらないだろう……それに、僅かでも砂糖を混ぜると効果が無くなる上に『一週間欠かさず』飲まなきゃならないんだったよな? つまり1度でも砂糖を混ぜて飲んだらその時点で『飲むのを忘れた』のと同じってわけだ……」
自分の薬瓶の中の残り半分をチャプチャプ揺らしながらそう呟いたドラコが何と言いたいのかを察した上で、ザビニは言う。
「それでも、脱狼薬は革命的な大発明なんだ。満月の夜に変身した狼人間は、人を見るなり襲いかかる。それが我が子でも親友でも他の誰でもな。脱狼薬がクソマズかろうが服用が手間だろうが高価だろうが、それでも『正気』には替えられない。個人的な意見を言わせてもらえれば、ダモクレス・ベルビーの奴がまだ勲一等のマーリン勲章を貰ってない事は、間違いなく魔法省の落ち度だ」
魔法史の宿題の結論部分を思いついたらしいザビニがスタスタと広げっぱなしの羊皮紙の元へと戻っていくのを横目に見ながら、ハーマイオニーはフレッドとジョージに訊く。
「ねえ、脱狼薬を習うって事は、7年生の教科書にレシピが載ってるのよね?」
「「ほら、これ。879ページ」」
フレッドとジョージが渡してきたその分厚い本をハーマイオニーが開き、その周囲にハリーとロンを始めとする5年生たちが寄ってくる。その隣ではスリザリン生たちもまた同じように、モンタギューとピュシーの教科書を借りて「脱狼薬のレシピ」を確認していた。
「これ、こんなの。『満月の夜までの一週間欠かさず』? 『毎月』? 無理よ!」
ハーマイオニーほどにはパッと見で理解できなかったハリーにもひとつだけ、見間違いかと思ってしまう材料があった。魔法生物飼育学で習ったかどうかを思い出せなくとも、ホグワーツに入学するまで魔法界の事を何ひとつ知らなかったハリーでも、安価なわけがないと断言できた。
「『ドラゴンの血を3滴』って、どこから入手するのそんなもの?」
ハリーが誰にとも無く発したその疑問に答えたのは、セオドール・ノットだった。
「魔法薬の材料を扱う店に、『入荷したら知らせてくれ』と予め言っておくんだポッター。店頭に並んでる事なんかまず無い。まあ運良く買えたとしても、ほんのごく小さな瓶詰めひとつの為に、『父上と母上のご友人を大勢呼んで盛大に夕食会を開けるくらい』のガリオン金貨が要るがね」
ノットのその説明でなんとなく想像がついたらしい何人かが呻き声を上げた。
「ねえねえ、この『オカミーの卵』ってなあに? これも値が張るものなの?」
「オカミーはわりと攻撃的な魔法生物で、気軽に飼育できるようなものじゃあない。然るべき知識と魔法の腕前、それになかなかの設備投資が要る。そしてオカミーが産む卵の殻は純銀製だ」
ノットの説明の最後の部分でロンが「うぉっ」と大きな声を出した。
「他の材料も、決して安いものじゃあないわね…………催眠豆7種類のジュース、マートラップの触手、ムーンストーン、ヘレボルスのシロップ……それにマンドレイクとトリカブトの葉」
「トリカブト?? 猛毒だよ!??」
皆の背中に阻まれて本がほとんど見えていなかったネビルがそう声を上げて、僕にも見せてと言いながらぐいぐいと身体をロンとハリーの間に割り込ませてきた。
「ああ。だからレシピを安易に改変したり、単に醸造をミスったりすると酷ぇ事になるんだとさ」
リー・ジョーダンがそう言い、ネビルは「だろうね」と返した。
「ねえ、この『ムーンストーン』って、月長石?」
本の記述の中に知っている単語を見つけたデニス・クリービーが訊く。
「そうだけど、違う。マグルも知ってる月長石じゃなくて、魔法の力を宿したやつが別に……というか普通の月長石に紛れてたまーにあるのさ。ま、マグルに対しての僕ら『マグル生まれ』とか、普通の木材に対しての『杖に使える木材』ぐらいの割合でね」
そのジャスティンの説明で納得したデニスは「つまりこれも高価なんだね」と呟いた。
「うん。まあ、ただでさえ宝石だからねムーンストーンって」
「こんなに温度調節が厳密なんじゃ、2人でやりたいわね……火加減を見るのと材料を扱うので」
パドマ・パチルがパーバティの方をチラチラ見ながら言う。
「俺たちもそう思ったんだが、スネイプは『1人ひとつ醸造したまえ』ってさ」
フレッドとジョージのどちらかがそう言った事で、ハリーは唐突に気づいた。
「あ、そっか。フレッドとジョージって、別に2人でひとつの試験用紙に解答するわけじゃないんだ。『N.E.W.T.』も2人一緒にじゃなくて、それぞれが受けるんだ」
急にものすごくマヌケな事を口走ったハリーに、ハーマイオニーが驚愕の眼差しを注いでいる。
「当たり前だろ何言ってんだハリー」とロンが言ったが、その周囲ではシェーマスもネビルもディーンもパーバティとパドマも、「言われてみれば確かに」という顔をしていた。
皆なんとなく、フレッドとジョージは2人でひとつだと思っていたのだ。
「ま、そのお気持ちは、俺たちも理解できるぜ」「俺たちO.W.L.の時、カンニングを疑われたんだよな試験官に」「マクゴナガルが『貴方がたのカンニング防止呪文を掻い潜ったと仰るなら証拠をお出しなさい』って庇ってくれてな」「俺たちカンニングなんかしてないんだぜ?」「でも、疑う気持ちもわかる」「だって俺たち、全教科の全ての問題の解答が完全に同じだったんだからな」「そりゃ普通ならカンニングしたと思うだろうさ」「結局その後、監視付きで俺たちそれぞれ別の部屋に閉じ込められて『W.O.M.B.A.T.』解かされてさ」「それもまた全部同じ解答だったんだ」
「同じとこ間違えててな」「マーチバンクスの婆さんが『アンタたち本当にソックリだね』って笑い飛ばしてくれたから事無きを得たんだ」
そんな話を初めて聞いて半信半疑のまま笑っているハリーたちの中で、フレッドとジョージのO.W.L.の評価を見たパパが声を上げて笑っていたのを思い出したロンとジニーは数年越しの謎が解けて目を丸くしていた。
しかしその「フレッドとジョージは2人でひとつ」という、当の本人たちですら当然の事として受け入れている評価に、納得していない人間が1人だけ居た。
そして、そんな友人の「浮かない顔」を、見過ごすフレッドとジョージではなかった。
「おや、どうしたアンジェリーナ?」「そういう表情も魅力的だけど、笑顔の方が似合うぜ」
2人の顔を間近に見ながら、アンジェリーナ・ジョンソンは話し始めた。
「フレッドはジョージを引っ張って動く事が多いし、ジョージはフレッドのブレーキ役になる事が多いわ。それにフレッドの方がジョージより冗談を飛ばす頻度だって多いし、ジョークの好みもフレッドとジョージじゃちょっと違うの。それにわざとやってるのかどうか知らないけど、いつも向かって右がジョージで左がフレッドよ。あとフレッドの方がちょっとだけ顔が丸くって、ジョージだけ首の横にほくろがあるのよ。もっともホクロはよく変身術で消してたり揃えてたりするけど」
「「どうした急に」」
突如として劇的に早口になったアンジェリーナの勢いに気圧されているフレッドとジョージに、アンジェリーナは心底不満そうに言う。
「フレッドはフレッドで、ジョージはジョージよ。なのに一緒くたにするなんて、失礼よ」
アンジェリーナの意見は全面的に正しいのだろうと思えるけれどフレッドとジョージの見分けはまるでつかないハリーたちもスリザリン生たちも、誰も何も言えずにいる。
「「……飴やるよ」」
声を揃えてそう言ったフレッドとジョージが2人してアンジェリーナの頭をわしわし撫で始めたのを、リー・ジョーダンとアリシア・スピネットがすぐ傍から両親のような表情で見つめていた。
【W.O.M.B.A.T.】
魔法使い魔法及び基礎適性試験(Wizards' Ordinary Magic and Basic Aptitude Test)
ホグワーツの5年生が受けるO.W.L.や7年生が受けるN.E.W.T.とは別にある、イギリス魔法省魔法試験局が提供する「就職の為の試験」。ただしWOMBATは筆記試験のみ。
……という設定の、かつて原作者の公式サイト上で提供されていたクイズコンテンツ。
原作者の夫は、原作者がこれ(の最初のやつ)を作問して答えを声に出しているその同じ部屋にずっと居たにもかかわらず合格ラインスレスレの点数しか取れなかったそうな。どうして。
【フレッドとジョージの見分け方】
外見の差異と立ち位置に関しては、実写映画版のみに基づく。なぜなら立ち位置がいつも同じなのは映画を視聴する観客への配慮であり、顔の形の僅かな差とホクロの有無は映画でフレッドとジョージを演じたジェームズ・フェルプスとオリバー・フェルプス兄弟の見分け方なので。