104年後からの今 作:requesting anonymity
ホグワーツ魔法魔術学校を守る数多の保護魔法を素通りして、その人物はいきなり現れた。
その人物は正門を通り、勝手に開いた扉をくぐって校内に入る。
その人物と最初に遭遇したのは、変身術の授業を終えたばかりのマクゴナガルだった。
「直接会うのは久しぶりだねミネルバ。ウィリアム・トパーズ・マクゴナガルの詩集を読み返してみるといい。それかダルシベラ・フィルバートかもしれないが。まあそのどっちかだろ」
その小さな老婆が誰なのかがわからないハリーたちグリフィンドールの5年生は、マクゴナガル先生がなぜ狼狽し始めたのかも理解できずにざわざわと戸惑い始めていた。
「…………お会いできて、光栄ですわ、トレローニー、先生……」
この老婆が以前いきなり現れた時は既にホグワーツを卒業してしまっていたマクゴナガルはこの老婆の授業を受けた事など1度も無かったが、それでも「先生」と。呼ばずにはいられなかった。
「おいネビルロングボトム」
「はい!」
知らないお婆さんがぐりんと首だけ動かしてこっち見てきた事で怯まされたネビルは、この人ちょっとばあちゃんに似てるなあと思いながらもどうにか返事をした。
「お前さんには特に何も言う事は無いよ。お前さんは何も迷ってないからね」
やっぱりばあちゃんに似てるなあと、ネビルはその老婆の目を見ながらぼんやり思った。
「おいハリーポッター」
「なっ、何ですか」
ハリーも、ネビルと同じように怯んでしまった。
「シリウス・ブラックに貰ったクリスマスプレゼントの包みをすぐに開けな」
「えっ、なんで知って……」
ハリーの問いには答えずに、その老婆はスタスタと歩いていってしまった。
そして、まだ絶句しているマクゴナガル先生と並んで、その老婆の背中が遠ざかっていくのを呆然としたまま眺めながら、ネビルは気づいた。
「あのお婆さんなんで僕の名前知ってたの????」
その老婆と次に廊下で鉢合わせしたのは、セブルスくんの私室の薬品棚にお菓子やぬいぐるみをいっぱい紛れ込ませるイタズラを完遂した直後の、燃えるような赤毛にそばかす顔の7年生くらいに見える女生徒だった。
「あ。カッサンドラくん久しぶり。会えるような気がしてたよ」
「もう何ヶ月かしたら体調を崩してそれっきりになるからね私は」
どこに行くのかも訊かず、言わずに、その2人は並んで校内を歩く。
「そういえばカッサンドラくんさ。きみ1年生の時。後々旦那さんになる同級生に初めて会った時、その同級生になんて声かけたか覚えてるかい?」
「こちとら四六時中未来が見えてんだよ。過去なんか覚えてられないね」
「…………相変わらず嘘が下手だねえカッサンドラくん。そういうとこアルバスにそっくりだよ」
「私がアルバス・ダンブルドアに似てるんじゃなくて、オマエがお気に入りの生徒を観察してアルバス・ダンブルドアとの共通点を探すクセがついてるだけだろ」
そして気まぐれな大階段の途中で、その2人は別れる。
「じゃ、僕校長室に行くから。シビルくんを元気づけてあげてね」
「そんな事をするために来たんじゃないよ私は」
その老婆が教職員棟へと向かうのだと、その「赤毛の女生徒」には解っていた。
そしてその老婆は一切の迷いが無い足取りで、忍びの地図でも見ているかのように正確に闇祓いたちやアンブリッジとの遭遇を回避して、曾曾孫の元へと急いだ。
「ねえマクゴナガル先生、さっきのお婆さんはどなたなんです? トレローニー先生、って……」
ラベンダー・ブラウンが訊く。
「今の方はマダム・カッサンドラ・トレローニー。トレローニー先生のひいひいおばあさまです」
マクゴナガルの端的な説明で、ラベンダーは息を飲んだ。
「マクゴナガル先生、なんであのお婆さん僕の名前……」
そのネビルの疑問にマクゴナガルは答えたが、その話をするマクゴナガルの表情は、ハリーたちが2年生の時に「秘密の部屋」について訊ねた時と同じだった。
それはマクゴナガルが、己の経験に因らない、「聞いた知識」を語る時の顔。
果たしてこの話はどこまでが真実なのだろうかと、半ば疑っている顔。
「普通、予見者というものは、何を見るか、いつ見るかということを、コントロールできません。不意に、いつかどこかの何かが見えるのだそうです。だからこそ『占い学』に真剣に取り組む必要があるのだと、『ダンブルドアの学生時代の先輩だというあの先生』が、仰っていました。ゲラート・グリンデルバルドは予見者だったそうです。シビル・トレローニー先生も予見者だそうです。そして『あの先生』も、予見者だそうです。『あの先生』は『時々夢で見る』そうです。そして皆、いつ何を見るかを自分で選択できません。ですが『あの先生』曰く、彼女だけは違う――」
マクゴナガルは先日聞いたばかりのその話を、まだ信じきれていなかった。
「――あの方は、マダム・カッサンドラ・トレローニーは……『ずっと全部見えてる』そうです」
自分が31歳だったあの年の、9月2日の朝の事を、その「先生」は今でも鮮明に思い出せた。
今年度だけ占い学の教師を代わってほしいとオナイ先生に頼まれて久しぶりに戻ってきたホグワーツで、その1年生の女の子が、同じ1年生の男の子に話しかける場面に出くわした事を。
「おはようトレローニーくん。私ヴァブラツキーよ! 若い頃の貴方ってそんな顔してたのね!」
「えっ何……、だれ……?」
「わたし貴方と結婚するのよ! 知らないの?」
トレローニーくんが怯えるのも当然だと、その「先生」は今でも思った。
後に結婚してカッサンドラ・トレローニーとなるカッサンドラ・ヴァブラツキーがホグワーツの生徒だった7年間、占い学の授業は実質、カッサンドラ・ヴァブラツキーが受け持っていた。
カッサンドラが1年生の時だけ代理で占い学を教えていたそのおかしな先生も、その翌年にホグワーツに戻ってきたムディワ・オナイも、占いに関してカッサンドラに意見を求めたのだから。
自分たちより星を読むのに長けた子が到来すると知っていたから群れに迎え入れたのだと、ある日カッサンドラが一晩森から帰ってこなかった理由を訊かれたケンタウルスたちが答えたのを、その「代理で占い学を教えていた先生」はハッキリ覚えていた。
まさかきみたちカッサンドラくんにアドバイスを求めたのかいと訊いた時の、そのケンタウルスたちのバツが悪そうな渋い表情も。
そして自室に引きこもって昼間っからシェリー酒を呷っていたその人物の元に、カッサンドラ・トレローニーはとうとう現れた。
「まーたそんなもん飲んでるのかいシビル。目が曇るよ。飲むならワインにしな。それかコレ」
部屋に入ってくるなりそう言った老婆はテーブルの上にグラスを置き、その上に渡すように凝ったデザインのスプーンのようなものを置き、その上に懐から取りだしたボトルの中の、緑の液体に浸かった角砂糖をひとつ取りだして乗せた。
そして老婆は杖を振り、角砂糖の上に水を浮遊させて配置する。
「……おばあさまこそ、またそのようなものをお飲みになるんですわね。身体に障りますわよ」
「私が来ても驚かなかったね。『見た』のかい?」
「なんとなく、いらっしゃるような気がしてましたの。占ってはいませんわ」
シビルがそう答える事も、カッサンドラは一昨日見て知っていた。だからこそ、カッサンドラ・トレローニーは今日ホグワーツに来たのだ。
曾曾孫を助けてやるために。
「ねえカッサンドラ・トレローニーって誰だっけ」
相変わらずマクゴナガル先生の後について歩きながら、ロンは小声でハリーに訊いた。
しかしハリーが何を言うより先に、ラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルが憤慨した。
「「嘘でしょロン、マダム・トレローニーを知らないなんて!」」
ビクリと怯んだロンはしかし「知ってるわけないだろ」とでも言いたげな表情で2人を見る。
しかしそんなロンをすぐ隣から、ハーマイオニーも睨んでいた。
「この間の魔法史の授業でビンズ先生が話題に出してらっしゃったじゃない」
ハリーは女子3人に詰問されるロンを見ながら「なんでハーマイオニーは僕らが魔法史の授業で毎回寝てるから何も話なんか聞いてないって事をいつも忘れちゃうんだろう」とか考えていたが、ハーマイオニーに今そんな質問しようものならとんでもない惨劇の幕が上がる事間違い無しだと思えたので、ただロンが視線で飛ばしてくる救援要請も無視して静かにしていた。
なにせハリーには、というか同学年の全員にだが、カッサンドラ・トレローニーが誰でどんな人なのかよりも重要で差し迫った試練があるのだから。
「では、今の貴方たちのその列の順番で、1人ずつ名前を呼びますから。呼ばれたら部屋に入ってきてください。『邪魔よけ呪文』がかかってますから聞き耳を立てても無駄ですよ」
O.W.L.試験を前にしての、寮監と1対1での進路相談である。
1対1だと、そう聞いていたはずだった。
「ハリー・ポッター。入りなさい」
いつものアルファベット順でなく、今たまたま移動しながらなんとなく形成された列の順番で呼ばれるというのはつまり、マクゴナガルの隣に居たハリーが最初に呼ばれるということだった。
「やあ。ハリー。運が良かったね」
「あ、こんにちはキングズリー」
マクゴナガルの隣に居たのは、ハリーが「現役の闇祓いの中じゃ一番優秀なんだろうな」と、なんとなく思っている不死鳥の騎士団の一員、キングズリー・シャックルボルトだった。
「アンブリッジ上級次官はきみたちの、というか主にはきみの面談を傍聴したがったが、アンブリッジ上級次官は面談がアルファベット順に行われるものだと聞いており、そのつもりで今はスリザリン生の面談を傍聴している。私は『相手はあのダンブルドアの先輩なのだから』と言ったら、警備を担当させてもらえた。他の3寮の面談にも、闇祓いが1人ずつ立ち会っている。……トンクスに今度会ったら労ってやってくれ。彼女は今回貧乏くじを引いたから」
トンクスがアンブリッジと一緒にスネイプの隣でドラコの進路相談に立ち会っているところを想像したハリーはまずトンクスに同情し、次にドラコの表情が思い浮かんでニンマリした。
「では、よろしいですか。まずハリー・ポッター。貴方は何か、ホグワーツを卒業した後に、この職業に就きたいと、考えているものはありますか?」
真っ直ぐに自分の目を見据えたマクゴナガルが厳粛な表情でそう質問してきたことで、ハリーの顔から気の抜けた笑みが消えた。
「はい、先生。僕、僕は…………闇祓いに。なるにはどうすればいいのかって。考えています」
「まず呪文学と変身術、そしてもちろん闇の魔術に対する防衛術と、更に薬草学と魔法薬学の最高成績が求められます。これは『満たしている事が望ましい』というものではありません。闇祓いになるためにまずパスしなければいけない、大前提の条件です。ホグワーツに入学するには魔法力を備えていなければならないのと同じくらいの大前提です。そして卒業する時点での最高成績ですから、もちろんN.E.W.T.レベルに進めなかったのではお話にもなりません」
マクゴナガルの回答は、簡潔で具体的だった。
「その条件を満たさずに闇祓いになった人を1人だけ知ってるけど、その人は正式配属されたばかりの私の目の前で、暴れ狂うヘブリディアンブラックを、魔法を一切使わずに制圧してみせたよ」
キングズリーが懐かしそうな表情をしてそう言った「その人」が誰なのか、ハリーには察せた。
つまり「あのくらい」とんでもない人以外は、闇祓いになるには1つの方法しかないのだ。
「勉強を頑張る事です、ハリー・ポッター。貴方はきっと素晴らしい闇祓いになれますよ。貴方は入学以来毎年それを証明していますから。何か訊きたい事があればいつでもいらっしゃい。生徒の将来のために時間を割くことを喜びと考えない教師はホグワーツには居ません。ですから皆が寝静まった後でも、わたくしが寝静まった後でも、訊きたい事や教えてほしい事があれば、叩き起こしに来ていただいて結構です。必要なら毎日でも、あなたが闇祓いになるために個人教師をします」
予想の10倍くらい応援されてハリーは感激を通り越してちょっと面食らっていたが、それでも嬉しかった。マクゴナガル先生の事はもちろん信頼しているが、それでもハリーはマクゴナガルから「このままの成績では少々厳しいですね」とか、そういった「要改善」の点を指摘する言葉がまず飛んでくるものと思っていたから。
そう予想していたのは他でもない、ハリー自身が不安に思っているからでもあった。
「あの、僕、『魔法薬学』が…………その……」
「まあ今のままの成績ですと、N.E.W.T.レベルに進むのは難しいだろうと言わざるを得ません。ですがハリー・ポッター。あなたが苦手なのは魔法薬学という教科ではなく、スネイプ先生個人だとわたくしは推察しているのですが。……違いますか?」
「たぶんそうだと自分でも思いますけど、でも、だからって成績は変わりません」
ハリーが挑戦的にそう言うと、マクゴナガルはピシャリと告げた。
「ええ。ですから貴方は、『お勉強』を。頑張らなければいけませんね」
それでハリーの進路相談は終わり、入れ替わりにネビルの名前が呼ばれる。
「あっ、あの。マクゴナガル先生。ばあちゃんと友達だったって本当ですか? 先生が生徒だった時、ばあちゃんも生徒で……その、マクゴナガル先生にちょっかいかけてたスリザリン生の指を何本かへし折ってやったって、ばあちゃんが言ってたんですけど」
入ってくるなりそう質問したネビルに、マクゴナガルはハッキリと言う。
「違いますよ。どちらも違います。オーガスタがそう言ったのですか? 友達『だった』のではありません。今でも友達です。ずっと。ホグワーツでわたくしにできた最初の友達なのですから。それに『指を何本かへし折ってやった』? まさかそんな! オーガスタはヤックスリーの杖腕の指を1本ずつ全て引きちぎったんですよ! オーガスタがヤックスリーの喉を喰いちぎる前にダンブルドアが駆けつけたのは幸運でしたけれど、わたくしは今でもハッキリと覚えています。あなたのおばあさまは、わたくしが最初に尊敬した魔女のオーガスタは、ダンブルドア先生の目を見て宣言したのです。『あたしの大事なルームメイトをいじめる奴は何人だってひねり殺してやる』と」
驚愕しているキングズリーをよそに、ネビルはいつものぼんやりした表情のままだった。
「あー。ばあちゃんなら言いそう」
ネビルがいつものゆったりした口調でそう言った事で、キングズリーはさらに驚愕した。
「本ばかり読んでいたわたくしを杖十字会に誘ってくれたのもオーガスタです」
「杖十字会ってなあに? マクゴナガル先生」
「ダンブルドア主催の決闘クラブです。『秘密の』決闘クラブだとダンブルドアは言っていましたが、一体アレのどこが秘密だったのかは、わたくしには今でもよくわかりません…………それで、ネビル・ロングボトム。あなたの進路の、というよりは成績の話ですが。あなたは、あなたが受講を希望している幾つかの教科において、N.E.W.T.レベルの水準を今のところ、満たしていません」
まあそうだろうなあと、ネビルは思っていた。
「こんなことを訊くのは、あなたに失礼でしょうけれど、ミスター・ロングボトム。わたくしには、あなたが特段『変身術』を。楽しんでいるようには見えないのですが。どうして6年生以降も変身術を続けたいのですか?」
ネビルは一気に真っ赤になって、何やらゴニョゴニョと口ごもった。
「えっあっ、それは、その…………ばっ、ばあちゃんがその…………『取れ』って……」
マクゴナガルはその回答を聞くなり、一気に厳しい表情になった。
「……では、『呪文学』を。どうして選んでいないのですか? フリットウィック先生はアナタを喜んで6年生以降も授業に迎え入れてくださいますよ?」
「ばぁちゃんが…………『呪文学なんて軟弱な選択肢はやめなネビル』って……」
マクゴナガルはますます厳しい表情になった。
「まったく! オーガスタはこれだから……自分の考えをしっかりと持っているのはオーガスタの素晴らしいところですけれど、それを本当に全く決して曲げないのは、1年生のときからずっと治らない良くないところです! 『自分が』呪文学のO.W.L.試験に落ちたからといって、それで教科そのものから価値が失われるわけではないでしょうに!」
憤慨したマクゴナガルを見ながら、ネビルはびっくりしたような表情で固まっていた。
「ネビル・ロングボトム。あなたは『自分が受講したい教科』を。もう一度、わたくしに教えてくださいますか? わたくしがオーガスタに手紙を書きますから」
ネビルとマクゴナガル先生のそんなやり取りをすぐ傍で聞いていたキングズリーは、自分が新人闇祓いだった頃の事を再び、ふと思い出した。
「『母さんに知れたら殺される』って、何か失敗して落ち込んでる時のフランクの口癖だったな」
それが自分の父の話だと気づくのに、ネビルは3秒かかった。
「この子たちは私の誇りだよって、ばあちゃん今でも言うんです」
ネビルがおずおずとそう口にすると、マクゴナガルがネビルに言った。
「あなたの事だって、オーガスタはきっと誇りに思っていますよ。もし今そうでないというなら、きっとすぐにオーガスタは考えを改める事になります」
マクゴナガルのその言葉にネビルが少しだけ自信を貰った頃、教職員棟の自室で曾曾祖母と対面しているシビル・トレローニーは、俄に落ち着きを失い始めていた。
とうとうアブサンをボトルから直にグビグビ飲みだしたおばあさまに慄きながらも、シビルは頑張ってそのおばあさまの目を見つめ返す。
「私が持ってるものの中で、あんたが持ってないもの。何だか解るねシビル」
アブサンを1瓶一気に飲み干したカッサンドラが訊く。
シビル・トレローニーは、何も答えられずにいる。
「私が持ってるものの中で、お前さんが持ってないものはひとつだけだよシビル」
内なる目と占いの才能だとシビルはどんより思い浮かべたが、それを言う事はできなかった。
「私が持っててお前さんが持ってないもの。それはね、シビル。『才能に恵まれた曾曾孫』だよ」
やたら分厚い大きな丸眼鏡の奥で、シビルの両目はじっとりとおばあさまを睨んだ。
「昔っから言ってるだろシビル。お前さんには才能があるって」
「おだてられるだけでできるようになるなら、苦労はしませんわ」
シビル・トレローニーが、誰に慰められても蒼く落ち込んだ表情のまま改善しない理由が、これだった。他の誰よりもシビル・トレローニー自身が、シビル・トレローニーの占いというものを信じていないのだ。才能も実力も無いと、そう考えている。
だからアンブリッジに「水準を満たしていない」と言われた時、何も言い返せなかったのだ。
自分以外のホグワーツの教師たちが皆、とてもとても才能にあふれている事も一因だった。
そして事実ダンブルドアはシビル・トレローニーを「保護するために」雇ったのだ。
シビル・トレローニーの占いの才能を信じて疑わないのは、世界でただ1人だけだった。
しかしそのたった1人は、魔法界の誰もが認める史上最高の予見者だった。
そしてそのたった1人は、自分の事を「史上2番目に能力のある予見者」だと思っていた。
「お前さんより才能のある予見者なんて、世界のどこを探したって居ないんだよシビル」
その目で今まで見た全ての事と同じように、カッサンドラ・トレローニーには確信があった。
「私にはずっと全部見えてる。初めてヴォルデモート卿が滅びるところを見たのは『防衛術』の、筆記のO.W.L.試験を受けてる最中だった。『誰だこのハゲチャビン』って思った。グリンデルバルドがダンブルドアに負けるところも見た。赤ん坊が緑の閃光を浴びても生きてるところも見た」
そこで、カッサンドラの表情は少しだけ変わった。
「知らないオヤジが道で転びそうになるところも見た。綺麗なお嬢さんがパンを買うところも見た。『コワルスキー』って店だ。食べた事ないけどオススメだよ。美味しいからね。ホグワーツの生徒がキスしてるところもよく見る。喧嘩してるのもしょっちゅう見る。私の目の前に本人が居れば、ソイツに関する事を『今まで見たもの』と『今見えてるもの』から探せるが、それでもね。私にはずっと全部見えてるんだ。これはつまり私が『二流の予見者』って事だよ。なんてったって、いつもどうでもいいものが山程見えてて、どれが重要なのかを探さなきゃいけないんだからね」
私が一度「見た」ものをずっと忘れないでいられるのは本当にラッキーだったよと笑う曾曾祖母に、シビル・トレローニーは衝動的に反論した。
「おばあさまが『二流の予見者』なら、『一流の予見者』なんて。世界のどこにもいませんわ!」
「居るよ。1人だけ居る。私の目の前に座ってる」
カッサンドラ・トレローニーは、ずっと確信していた。
「…………何を根拠にそうおっしゃいますの」
「だってお前さんは、『本当に重大な物事だけ』を見るだろ」
尊敬するおばあさまが一体何を言っているのか、シビル・トレローニーには全く解らなかった。
「いいかいシビル。お前さんには才能があるんだ」
シビル・トレローニーは、その言葉から自信をもらう事ができなかった。
「私がお前さんに嘘を言ったことがあったかい?」
「…………アルバス・ダンブルドアは目から火を吹くから気をつけろと、あたくしがホグワーツに入学する年におばあさまはおっしゃいましたわ」
「あれはあの頃のお前さんが何でもかんでも信じてくれて面白かったんだからしかたないだろ」
曾曾孫にじっとりと睨まれて、カッサンドラ・トレローニーは悪びれもせずにそう言い放った。
「エルフィンストーン・ウルクアートがなんで死んだか。お前さんはミネルバ・マクゴナガルから聞いて知ってるね?何年も前に、湖の傍を散歩してるミネルバに質問をしてたろお前さんは」
それもあたくしが生まれるより前に「見た」んですのねおばあさま、とシビルは思っていた。
「…………エルフィンストーンは、マクゴナガル先生の愛した旦那様は、結婚3年目に、毒触手草に噛まれて亡くなられましたわ。そう、教えてくださいました。それでマクゴナガル先生はホグズミードのコテージを売り払って、結婚する前と同じようにホグワーツで暮らすようになった」
「そうだよ。毒触手草さ。…………シビル。マクゴナガルが、そしてダンブルドアが。毒触手草に噛まれた奴に対処する事ができないと、そう思うかね?」
「簡単に…………治してしまえるはずですわ……」
「そうだね。それにホグズミードにはあのおバカも住んでるんだ。毒触手草に噛まれた程度、どうとでもなる、はずだった。どうとでもなるはずだったんだ。けど、エルフィンストーンは死んだ」
カッサンドラ・トレローニーは、シビルを見つめて言う。
「毒触手草に噛まれた時、エルフィンストーンは1人だった。ミネルバが気づいた時には手遅れで、ダンブルドアが駆けつけた時にはもう事切れていた」
「何が、仰りたいんですの。おばあさま」
カッサンドラ・トレローニーは、シビルを真っ直ぐに見つめている。
「いいかいシビル。お前さんは私にも無いほどの、すばらしい『目』を持ってる。私が保証する。けどねシビル。どんなにすごい才能があったって、能力があったって、たとえダンブルドアでも、間に合わなきゃ何もできないんだよ。遅れて駆けつけたって、遅れちゃなんの意味も無いんだ」
カッサンドラ・トレローニーは立ち上がり、テーブルの上に広げた色々をしまい始めた。
「占いが占いとして成り立つのは、信じてる誰かが居るからだよ。お前さんがお前さんの占いを信じてなきゃ、なんで的中なんかするもんかね。『なのに』占いが当たるって事が、お前さんに誰よりすごい才能が有る事の証明なんだよ。ハリー・ポッターが3年生の時にお前さんはグリムを見たけれど、あれは単なるグリムじゃない。もちろん死の危険が迫ってる事の暗示ではあったけど、シリウス・ブラックに関する暗示でもあったんだ。お前さん、見る『目』は誰より確かなんだから、もっとちゃんと自分を見てやりな。そしたらシビル、お前さんに見えないものなんかなくなるよ」
そのまま部屋から出ていこうとしながら、カッサンドラは最後にもう一言だけ付け足した。
「さっさと目を開きな、シビル。お前さんのお気に入りの生徒を生きて卒業させたいならね」
そして曾曾孫が自分に質問したいのを察していながら構わず出ていこうとしたカッサンドラ・トレローニーは扉を開けた途端、入ってこようとしていた2人の生徒と鉢合わせした。
「おや、ラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルだね。シビルに用かい?」
「「ごきげんよう、マダム・カッサンドラ・トレローニー…………」」
眼光鋭いその老婆に、ラベンダーもパーバティも気圧されていた。
しかしそれでも、ラベンダーは言う。
「あの、あの私たち、トレローニー先生にお花とお菓子を持ってきたんです。その……元気だしてほしくて……あの! もしよかったら、カッサンドラさんも、ご一緒にどうですか?」
「それは、私が決める事じゃないね」
そう言いながら、カッサンドラ・トレローニーは立ち去ろうとしたテーブルに再び瓶を置いた。
「入ってくだされば、あたくし嬉しいですわ、2人とも……おばあさまも。どうぞ座って」
その2人の姿を見たシビルが少し笑顔になったのに気づきながら、カッサンドラ・トレローニーはラベンダー・ブラウンをじっと見つめ続けていた。
そしてその日の夕方、ホグワーツから帰る前にカッサンドラは、最後に校長室を訪れた。
「居るねアルバス・ダンブルドア。それとお前さんはガウェイン・ロバーズだね」
「えっカッサンドラくん僕は?」
「オマエは自分で見りゃいいだろおバカ」
ガウェイン・ロバーズに膝枕してもらっている1年生の女の子にだけやたら投げやりな態度のカッサンドラ・トレローニーは、天気の話でもするように、肖像画のダンブルドア少年に言った。
「お前さんに会うのはこれが最後になるから、一応教えといてやろうと思ってね。こないだのクリスマスの話だけど、ヴォルデモートとベラトリックス・レストレンジがうちに来たよ」
ガウェイン・ロバーズの膝にヨダレを垂れ流して微睡み始めている1年生の女の子以外、壁に並んだ歴代校長の肖像画も含めた皆の目が、驚きと衝撃によって大きく開かれた。
同じ頃、私室の書棚から取り出したウィリアム・トパーズ・マクゴナガルの詩集の途中のページから、何年も前に失くしたと思っていた亡き夫と自分のツーショット写真が床に落ちて、ミネルバ・マクゴナガルは慌ててそれを拾い上げたのだった。
「ごめんなさい、ごめんなさいエルフィンストーン……こんなところに居るなんて、私……」
エルフィンストーンの事も、若い頃恋したドゥーガル・マクレガーの事も。自分がその時その場に居れば守ってあげられたのにと、マクゴナガルは未だに時々そう思ってしまうのだった。
ドゥーガル・マクレガー(Dougal McGregor)
ミネルバ・マクゴナガルの若い頃の恋人で、1人目の夫(正確には『婚約者』止まり)
マグルの農家の息子。ミネルバとは両思いだったが、ミネルバは彼に魔法界の事を一切話していなかったため、彼と結婚するというのはつまり魔法省でのキャリアを捨ててマグルの農家で魔法を隠して生きていく事になると気づいて、しかたなく一度は受け入れた婚約を断った。
ドゥーガル・マクレガーは後に別の地元農家の娘と結婚したが、1970年ごろ、ヴォルデモート卿の支持者によるマグルへの大規模無差別攻撃に遭い、妻子もろとも殺された。
エルフィンストーン・ウルクアート(Elphinstone Urquart)
ミネルバ・マクゴナガルの2人目の夫。
若い頃の恋人であるマグルのドゥーガル・マクレガーに未練があったマクゴナガルが、ドゥーガル・マクレガーの次に愛した男性。純血の魔法使い。ドゥーガル・マクレガーがまだ生きていると知っていたマクゴナガルはずっとエルフィンストーンのアプローチを断り続けていたが、1982年になってやっとエルフィンストーンのアプローチを受け入れた。
(前の夫に操を立てたらしい)
エルフィンストーンとミネルバの間には子は無かったが、2人が暮らすホグズミードのコテージには甥や姪もよく訪ねてきてとても幸せな日々を過ごすことができた(この時期ミネルバは職場であるホグワーツにホグズミードから通っていた)が結婚3年目に、エルフィンストーンは毒触手草に噛まれて亡くなった。ミネルバ・マクゴナガルは夫と2人で暮らすために購入したコテージに独りで住み続ける事に耐えられず、コテージを売り払って再びホグワーツ城に住み始めた。
最初「こんなに書いてるのに『0文字』ってなんだおかしいぞ」と思ってたら
本文のつもりで前書きに3000文字書いてて草生えた
そりゃ前書きに全部書いてたら本文は0文字って表示されるわな……