104年後からの今 作:requesting anonymity
「アレスト、モメンタム。」
その魔法使いは慌てず騒がず、向こうの方から吹っ飛んできた闇祓いを「クッション魔法」で優しく受け止めた。
「こんな夜中に何をしてるんだい? それも今はO.W.L.の天文学の実技試験中だろう?」
その魔法使いに助けられながら立ち上がって「すぐに戻らなければ」などと焦っていた闇祓いは、走り出す前に助けてもらった礼を言おうとして、やっと気づいた。
自分が誰に助けられたのかを。
「あ、なたは……内部監査局、の…………」
「おや、僕なんかの事を知ってるのかい。ところでいま何をしてたのかって訊いてるんだけど?」
「それは……」
正直に言わなければ処分が重くなるだけだと理解して、その闇祓いは速やかに全部喋った。
自分たちが今アンブリッジ上級次官の隷下にある事。アンブリッジ上級次官がルビウス・ハグリッドのホグワーツ追放を独断で決定したが、彼女にはそうする権限がある事。そのために自分を含む闇祓い4人が動員されていて、今まさにホグワーツからの追放を執行している最中だという事。そして「かの手配犯どの」の邪魔が入ったためにどうやら追放は無理そうだという事。
更には自分含む4人が「職務妨害を試みた」ミネルバ・マクゴナガルを「制圧」した事。バジリスクとアンティポディアン・オパールアイ種のドラゴンが敵方に居る事。
断頭台まで自分の足で歩かされる死刑囚の気分で全ての事情を報告し終えたその闇祓いの目の前で、その魔法使いはニヤリと笑いながら自分のノドに杖を向けていた。
「ジョン・ドーリッシュの班が森番の小屋前で例の手配犯を発見、現在交戦中!! アンブリッジ上級次官とルビウス・ハグリッド氏が戦闘に巻き込まれている!! 至急援軍を送られたし!!」
目の前の魔法使いが「ソノーラス」まで使って何を急に叫んだのかが理解できないその闇祓いは幾つもの闇祓い局の同僚たちの足音がそこら中から近づいてくるのが聞こえているのに、何をしようとも決断できずに突っ立っていた。
ハグリッドのパンチの衝撃が全身にまだ残っているから、というだけの理由では、なかった。
「ルビウスくんは優しいねえ」
そう呟いた魔法使いは満足気に笑いながら、茫然自失としている闇祓いを見ている。
「…………どこがですか局長。前に馬車に轢かれそうになった時より衝撃が強かったんですけど」
ジロジロ見られている事に気づいたその闇祓いは、地位も年齢も社会的立場も上だともう知っているその魔法使いを、果敢にも訝しげに睨んだ。
「だってきみまだ人間の形してるだろう。盾の呪文が砕かれただけで、全身どこも怪我してない。『うっかりスカグルソープ卿』みたいになってもおかしくなかったって、思わないのか?」
そう指摘されて初めて、その闇祓いは気付いた。
確かにあの時ハグリッドは、怒り狂いながらも間違いなく、手加減してくれたのだと。
「さて。そんな事する権限は僕には無いんだけど。でも、命令だ。きみも戦いに戻るんだ」
「貴方は、どういう任務でここに居るんですか……内部監査局局長どの」
「それをきみが、僕から。教えてもらえると思ったのかい、お嬢さん? ほらもう行くんだ。早くしないと自分だけ生き残った挙げ句、同僚の死体を独りで運び出す羽目になるぞ?」
意を決して走り出していった若い闇祓いの魔女の背中を見送ってから、その魔法省内部監査局の局長を何十年も勤めている魔法使いはホグワーツに通っていた頃の記憶と今見えている風景を比較しながら「近くに休憩できて戦いを眺められる位置のベンチは無かったっけかな」と、至って気楽に移動を開始するのだった。
一方、そのハグリッドの小屋の前。いきなり現れた巨大なバジリスクが何故か目を閉じたままである事に気づいて少し安心したドーリッシュだったが、それでもまだ、彼が今まで経験した中で最も命の危険を感じた戦いに比類するほどに、状況は緊迫していた。
ハリー・ポッターが生まれる少し前の、闇祓いがどこに赴いても味方の十倍近い数の死喰い人と戦う必要に駆られていたあの頃と同じくらいに。
「今度はきみ、僕と戦わないなんて言わないよねジョンくん?」
ジョン・ドーリッシュは解っている。この質問にどう答えても、それはこちらが先手を取れるか相手にそれを譲るかが変わるだけで、この人と戦闘する事それ自体はもう避けられないと。
なぜならこの人は今、自分がこれまで見たことも無いほどに虫の居所が悪いのだから。
「今ちょっと暴れたい気分だから、悪いけど君たち付き合ってもらうよ」
〈ほどほどにしとかないと後で怒られるぞ〉
杖を取りだそうとしないその人物に、覚悟を決めたドーリッシュが呪詛を放った。
「――バジリスクだって?!! そんなまさか!!」
信じられないといった様子でシェーマスが叫ぶ。ホグワーツ城で最も高い塔の上にある天文台で「O.W.L.」の天文学の実技試験を受けていたがそんなことはもうどうだってよくなった5年生たちは、今や試験官のトフティ教授まで一緒になって眼下の戦いに注目していた。
「確かなのかポッター?」
「見間違えるもんか!!!!」
それもそうかと納得したノットの視界の端ではマルフォイもまた望遠鏡で地上を覗いており、ハグリッドの小屋の前で開始された戦いをつぶさに観察しようとしていた。
「おや。城中の闇祓いが集合してきてないか? …………お手並みを拝見できそうだ」
いま続々と集まってきている闇祓いたちに包囲されているその青年を望遠鏡越しに見下ろしながら、ザビニはどこか楽しげにそう言った。
「地下聖堂」での共同自主学習や今年度初め頃の「防衛術」の授業で「あの先生」に皆で挑んだ時は、あの先生は「本気」や「全力」とは程遠かったという事くらい、ザビニは重々承知だった。
「なあ、みんな、そんなに! ……バジリスクだろ?!! 見てて良いのかよ?!」
恐慌状態に陥りつつある一部の5年生を代表するかのようにそう言ったザカリアス・スミスに、自身の経験とそこからの推測を材料にして、ハリーが反論する。
「スリザリンの怪物は、僕とは会話もしようとしなかったし、こっちにもそんなつもりは無かったけど……トム・リドルを攻撃しなかったし、リドルの言う事を聞いてた。それに多分だけどあのスリザリンの怪物は、サラザール・スリザリン当人にも攻撃なんかしなかったと思う。だから――」
「スリザリンのバジリスクは、何か言ってたのか?」
ハリーの発言を遮って質問を投げかけてきたザビニに、ハリーは端的に答えた。
「八つ裂きにしてやる……殺してやる……引き裂いてやる……って、ずっとそればっかり」
「おーぅ。そりゃまた茶目っ気たっぷりだな」
そう返して肩を竦めてみせたザビニの向こうから、パドマ・パチルが言う。
「ヴォルデモートの言う事聞くのも頷けるわね。…………そりゃあ気が合うでしょうよ」
「バジリスクって危ないやつなのか?」
間の抜けた質問を投げかけてきたゴイルに、ドラコが呆れながら説明を始めた。
「バジリスクは魔法界で最も危ない蛇だ。直接目が合った相手を睨みつけるだけで殺せるんだからな。直接じゃなく間接的に、つまり『鏡に映って見えた』みたいな場合でも、目が合った相手を『石化』させられる。『全身金縛り』じゃないぞ。そのうえ牙にはとんでもない毒があるし、当然の権利のようにほとんどの呪文が効かない。『失神呪文』なんか、撃つだけ無駄だ。……だったなフィンチ=フレッチリー?」
「そうだよマルフォイ。あの黄色い目は、たぶん僕一生忘れないって思う」
そう言って肩を竦めたジャスティン・フィンチ=フレッチリーは、2年生の時にスリザリンの怪物の被害を受けた者たちの中では2番目にバジリスクの目をはっきり見てしまった人物だった。
なにせ彼はあの時「ほとんど首なしニックの半透明の身体越しに」バジリスクの目を見たのだ。
直接バジリスクの目を見たけどゴーストだから2回は死ねないほとんど首なしニックと、かつてバジリスクの目を見た事が死因である嘆きのマートルを除けば、ジャスティンは今ホグワーツに居る中では最もバジリスクの目玉を仔細に観察した経験を持つ人物だと言えた。
しかしどうやらそれには「あの先生に次いで」という但し書きが付いていたらしいと、ノットは自分はそんな経験はごめんだとも思いながら、ぼんやりと考えていた。
「……そんなのをなんで育てるんだ?」
「敵を攻撃させるためだ」
すぐ横から質問を投げたクラッブにノットが望遠鏡を覗いたまま端的に回答したが、クラッブはその説明では納得できないらしかった。
「目が合ったやつを殺せるんだろ? 目が合っただけで。そんなの、卵から出てきたその瞬間に、その『飼い主』が睨み殺されるだけなんじゃないか」
「そうだそうだ。自分は攻撃されない、なんて。なんで思えるんだ」
2人して「なんでそんなもん育てるんだバカなんじゃないのか」と言い始めたクラッブとゴイルに、ノットとドラコが対応している。
が、クラッブとゴイルの素朴な疑問に答えている内に、ノットの中にも疑念が生まれていた。
「『パーセルマウスじゃないのにバジリスクを飼おうとして睨み殺されたマヌケ』…………僕が知らないだけで、何人も居たんだろうって気がするな……」
ザビニは「居ただろうな」と同意しながら、見知らぬ過去の馬鹿共を思い浮かべて鼻で嗤った。
そして「それを言うんなら」と、クラッブが続く。
「なあマルフォイ。お前はポッターを攻撃するだろ。ポッターだってマルフォイを攻撃するだろ。お前ら言葉が通じるのに。『ヘビの言葉が話せさえすればヘビには攻撃されない』なんて事はないんじゃないのか? ポッターお前、2年生の時。スリザリンの怪物に殺されそうだったんだろ?」
クラッブの発言の直後に近くの誰かがゴクリと唾を飲んだ音が、ハリーの耳に届いた。
安全ではないのかもしれないとは思いつつも、皆、眼下の戦いから目を離せずにいる。
「結局、僕ら魔法族と同じなんじゃないか」と、ノットが望遠鏡を覗いたまま誰にとも無く言う。「つまり『如何な環境で育ったのか』。その者の精神性を形作るのは常にそれだろう」
あの先生が育てるかスリザリンその人が育てるかで、果たしてどれほどの違いが生ずるのだろうかと、セオドール・ノットは遙か下方で行われている戦いを望遠鏡越しに眺めながら考えていた。
「あの先生が育てた」「バジリスク」か、と思いながらハリーたちが見つめる先、ハグリッドの小屋の前で。その大きな身体をうねらせながら、バジリスクは行動を開始していた。
バジリスクはスルスルと動いて自分の飼い主を太く長い胴体で囲い、四方八方から次々撃ち込まれる呪文を飼い主の代わりに防いでいる。
「ヴィペラ・イヴァネスカ!!」
知ってる中では効きそうだと思えた「蛇消失呪文」がまるで風呂掃除を終えた時の水のようにあっさりと弾かれて薄く広がってかき消えたのを見届けたジョン・ドーリッシュは、バジリスクにも有効だという可能性が最も高いあの呪文を思考するまでもなく即刻選択肢から排除しつつ、周囲にどんどん集まってきている同僚たちと共に、無言のまま呪文を撃ち続ける。
「アバダ・ケダブラ!!!」
ドローレス・アンブリッジがそう叫び、慌てて身をかがめた闇祓いの頭が今の今まであった場所を通過して、緑の閃光がバジリスクの太く大きな胴体に命中した。
「とうとうやりやがったあのババア……」
ホグワーツ城で最も高い位置にある天文台の上で、シェーマスが望遠鏡を覗きながら毒づく。
ロンがポケットから取りだした「フレッドとジョージの最新改良版」だという「伸び耳」のお蔭で地上の音声も聞けるようになったハリーたちはトフティ教授と一緒になって息を飲んだが、彼らが何を思うより先に、ハリーたちからちょっと離れた位置で望遠鏡を覗いているドラコが言った。
「なんだ。あの蛇ピンピンしてるじゃないか。まさか死の呪文まで効かないのか?」
ドラコのその発言を受けて、ダフネ・グリーングラスは去年の「防衛術」の授業を思い出した。
「去年ムーディ先生が……じゃなかったんだったわねあの人。誰だっけ。えー、クラウチジュニアが。言ってたじゃない。私たちがアバダ・ケダブラを撃ったってあの人にはかすり傷もつけられないだろう、って。あれが、この事を言ってたんじゃないの? つまりただでさえだいたいの呪文を弾いちゃうバジリスクに、それもあんなおっきなバジリスクに、アンブリッジのアバダ・ケダブラじゃあ、何ていうんだろ……『足りない』って事、なんじゃないの?」
ダフネ・グリーングラスのその見解に、同意を示したのはハリーだった。
「僕、ヴォルデモートがバカのひとつ覚えみたいに雨あられと撃ちまくるのを見たし、死喰い人も皆あたりまえみたいに『禁じられた呪文』を使うから勘違いしてたけど。フレッドとジョージたち7年生がさ。あの先生に習ったらしいんだ。『連射』なんて本来、できるわけない呪文なんだって。ヴォルデモートの魔法力がとんでもないだけで、1発でも撃てるなら『強力な魔法使い』って呼んでいいものなんだって。それに、クラウチジュニアが去年僕らに言った事も正しいみたいなんだ。つまり、それこそ僕らが今年苦戦した『消失呪文』とか他のいろんな呪文と同じように、死の呪いが相手を確実に死に至らしめるのは『上手くできたら』の話なんだって」
ハリーの意見を聞いて「そっか」と、ネビルが何かひらめいた様子で口を開いた。
「そりゃそうか。ベラトリックスだって、クラウチジュニアだって、アバダ・ケダブラも『磔』も、散々練習したんだ、昔。それがいつ頃でどのくらい苦戦したのかはわかんないけど、あいつらだって練習したこともない呪文をいきなり実戦で使ったりなんて、しないんだ。ヴォルデモートとかベラトリックスが皆みんな『その手の呪文』の達人なだけで、そのへんの魔法使いが練習も無しにいきなり試してうまくいくような呪文じゃないんだ、『死の呪い』も」
そしてネビルの言いたいことを、ノットが誰よりも早く察して的確に言語化する。
「確かにアンブリッジは、黙々と呪文を自主練習するようなタイプには、見えないな……アバダ・ケダブラだって、呪文の唱え方と杖の振り方を、知識としてだけ知ってたんだろうよ」
「あのガマガエルババアが例えば昔コッソリ誰か気に入らないやつに『アバダ』をやった事があったとしても、僕ぁ驚かないけどな」
ザカリアス・スミスがそう混ぜっ返したが、ハリーたちはその意見にも口々に同意した。
「アバダ・ケダブラ!!!」
明らかにさっきより細く弱々しい緑色の糸くずのような光がアンブリッジの杖の先から放たれてゆらめきながら飛んでいき、バジリスクに届くかどうかという位置でほどけて消えた。
100人近い闇祓いたちに包囲され数え切れない数の呪詛を撃ち込まれ続けながら、そのバジリスクも青年も慌てる様子すら無く、どころかその傍で臥したままの真っ白なアンティポディアン・オパールアイ種のドラゴンに至っては居眠りを始めている。
「ほら起きてアミット。きみもたまには運動しなきゃ」
そして、青年がドラゴンにそう言ったのと同時に。
どこからか飛んできた不死鳥が、バジリスクの頭の上に止まった。
「じゃ、そろそろこっちの番って事でいいよね?」
青年がそう言った途端、バジリスクがまたスルスルと身体を動かして、何重にも層を作って自分たちを包囲している闇祓いたちの只中へと突入を開始し、不死鳥も翼を広げて再び飛行し始めた。
「こんなのどうすればいいんだろう」と、包囲網を形成している闇祓いの1人は思っていた。
そして「あいつ眠そうだな」とクラッブとゴイルにすら察せる緩慢な動きでのっそり起き上がって翼を広げて大きく口を開けて一声吠えたドラゴンは、バジリスクが突っ込んできたのを避けるように散開した闇祓いたちの方へと視線を向けた。
「「「「「プロテゴ・マキシマ!!!!」」」」」
ドラゴンが今から何をするつもりなのかという事と、「自分は『範囲内』だ」という事を瞬時に察した10人ほどの闇祓いたちが一斉に盾の呪文を唱えた瞬間、真っ白いドラゴンが口から噴射した真っ赤な炎がバジリスクごと周囲の闇祓いたちを飲み込んだ。
未だに杖を取り出そうとしない青年が指先をくるりと回すと、ドラゴンが噴射していた炎は一瞬で全て、数え切れないほどのワタリガラスの群れに変わる。
羽音と鳴き声が背後からも聞こえてきた事でそちらに振り向いたハグリッドが見てみれば、自分の住む小屋を覆い尽くしていた炎までもが幾羽ものワタリガラスの群れに「変身」していた。
口の中からこぼれ出てきた数羽のワタリガラスが飛び去る前に喰らいついて食べ始めたドラゴンは、ドーリッシュの目には、あまり戦闘に興味が無さそうに見えた。
そしてまた居眠りを試み始めたドラゴンを望遠鏡越しに見ながら、ザビニが呆れる。
「あいつ寝てばっかりだな……あんな怠け者のドラゴン居るのか……」
一般的に最も温厚な種類だと言われるアンティポディアン・オパールアイの中でも更に穏やかなこの「アミット」が一番好きなのは星空の下を飛ぶ事で、次に好きなのが寝る事だった。
あのドラゴンはそこまで気にしなくていいらしいなと、ドーリッシュが脳内で「ドラゴン」と「不死鳥」と「かの手配犯どの」と「バジリスク」の脅威度を比較していた一瞬で。
「ん? あれ先生どこ行った? どこにも居ないぞ??!」
アーニー・マクミランが驚きの声を上げるが、100人近く居る闇祓いたちに同じくらいの数のワタリガラスの群れが一斉に襲いかかっているのを天文台から望遠鏡越しに眺めながら、ハーマイオニーは先生が何をしたのかを、すぐに見破っていた。
「あの先生は『動物もどき』よ! ワタリガラスの! だから炎を変身させたあのものすごい数のワタリガラスたちの、どれかに変身した先生が紛れてるのよ!!」
そしてグレンジャーの見解が正しいと直感したからこそ、ノットは唸った。
「ややこしい事思いつくもんだなあの先生は……あれじゃあ見分けなんかつかない。不死鳥とバジリスクとドラゴンに注意しつつ、飛び交うワタリガラスの中からワタリガラスを見つけるなんて」
激しく飛び交い獰猛に襲いかかってくるワタリガラスたちに頭上を覆われた闇祓いたちは、しかし判断が迅速だった。
「「「「インセンディオ!!!」」」」
一斉に火炎を放射してワタリガラスの群れを焼き払いにかかった闇祓いたちに、ドラゴンの火炎放射をノーガードで浴びても火傷すらしていないバジリスクが迫る。
そしてバジリスクに迫られてもそちらに注意を向けない事など、闇祓いたちには不可能だった。
「えっ、わあ!!」
見上げるほど大きなバジリスクの頭突きは、そのバジリスクとしては「エリエザー」などに遊んでもらうときによくやる冗談だったのだが、闇祓いにはそれでも充分な脅威で、恐怖だった。
どれだけ手加減しても普通の魔法使いには自分の些細な振る舞いのひとつひとつが恐怖を与えてしまう事も、だからこそ自分は今ここに居るだけで大好きな飼い主の役に立てる事も、そのバジリスクはちゃんと解っていた。
〈めっちゃ呪文浴びさせちゃってるけど、痛くないかいオミニス〉
〈平気だ〉
顔の横を飛んでいって闇祓いの1人に嘴で攻撃しているワタリガラスと蛇語で会話しながら、バジリスクはその全身に絶え間なく多種多様な呪詛を撃ち込まれ続けている。
10羽近いワタリガラスから猛烈な攻撃を喰らっているドローレス・アンブリッジは、なぜか統率が取れているワタリガラスたちの対処に苦戦させられている。
隣に居た同僚がいつの間にやら倒れている事に、その周囲の闇祓いたちが気づいた。
「やあミスター・ロバーズ」
急に視界に割り込んできたワタリガラスが青年の姿に戻ってそう言いながらガウェイン・ロバーズの眼前に突きつけてきたのは、マンドレイクの鉢植えだった。
そしてロバーズがそれに如何な対処をするよりも早く、青年はマンドレイクを引き抜く。
耳を劈く大音量の悲鳴が響き渡り、フレッドとジョージが伸び耳に施していた改良のお蔭で難を逃れたハリーたち天文台の上の5年生が見下ろす中、「防音呪文」が間に合わなかった闇祓いたちが、そこに居る闇祓いたちの半数近くが地面に倒れた。
頭上を覆い尽くしていたワタリガラスたちも一斉に気絶して墜落したが、バジリスクとドラゴンと不死鳥は全くもってへっちゃらな様子だった。
「これ見ての通りまだ若い株だから、みんな気絶してるだけだよ。……ああーごめんね寒いよね」
「あなたはなぜ平気なんですか」
「ステューピファイ」
会話に応じるかと思いきや指先を眼前に突きつけてきた青年からガウェイン・ロバーズは慌てて身を躱したが、青年は単に人差し指をこちらに向けてステューピファイと「言った」だけで、呪文を唱えてなどいなかった。
「やーだぁガウェインくんかっこわるーい」
口調だけは気軽にそう言ってガウェイン・ロバーズの尻を撫でながら、青年は背後から呪詛を飛ばしてきていた闇祓いたちの1人にもう片方の手を向けて、その闇祓いを赤い樽に変身させる。
そしてそのまま、そちらを見もしないまま、赤い樽を操って「投擲」し、バジリスクに挑んでいた別の闇祓いたちにぶつけてまとめて爆破した。
同僚たちを巻き込んで爆発したのと同時に人の姿に戻ったその闇祓いは、地面に倒れて立てないまでもどうやら意識はあるらしく、折れたらしい脇腹を抑えて呻いている。
「エクスペリアームス!」
「プロテゴ。ステューピファイ」
飛んできた武装解除呪文を青年が防ぐとなぜか周囲の闇祓いたちがまとめて吹き飛ばされ、すぐ立ち上がったガウェイン・ロバーズの隣で起き上がろうとしていた闇祓いが「失神」させられた。
四方八方から絶え間なく撃ち込まれる呪詛を青年は躱し、防ぎ、何ひとつ効かない様子のバジリスクは特にいい反応を返してくる若い闇祓いの魔女を脅かして遊び始めている。
「ステューピファイ!! ステューピファイぃ!!!」
泣きそうになりながらもバジリスクに対処しようと頑張っているその若い闇祓いの魔女は頼みの綱の失神呪文を何度も何度も撃ち込むが、まるでフレッドとジョージにマクゴナガルがお説教をした時と同じように、バジリスクに対してなんの影響も与えられていない。
何かの気まぐれで目を閉じたままなこのバジリスクが何かの気まぐれで目を開けたら自分は死ぬと、その若い闇祓いの魔女は思っている。
「オブスクーロ!!」
「ドン゙グズぜんばい゙!!」
城の真反対に居たので到着が遅れたニンファドーラ・トンクスは、なんで誰もこれをやらないんだと思いながら杖を振って呪文を唱え、バジリスクに「目隠し呪文」でアイマスクを装着させた。
「私の方が一個下なんだから先輩はそっちだって、いつも言ってるでしょ」
「だっ、だっであだじ、訓練でつまづいて4年半ががっだがら、正式配属ぁドン゙グズぜんぱい゙の方が先でずもん……」
「いまはまだ泣いてちゃだめだって、あなた解ってるでしょ」
「わがっでまず……」
安心した人間には、隙ができる。
「アクシオ」
バジリスクの目に覆いが施された事とニンファドーラ・トンクスの姿を見た事で緊張の糸が切れてしまったらしいその若い闇祓いの魔女の手から、杖が勢い良く逃げていった。
呼び寄せたその杖をキャッチした青年は、即そのまま握力に任せて杖をへし折って捨てる。
カラス共が気絶したと思ったら今度は不死鳥に襲われているアンブリッジがもはや何か別の生き物のような、おそらくは罵声なのであろう聞き取れない怒鳴り声を上げながら杖を振り回しているのを横目に、その青年は背後に向けた片方の腕だけで周囲から飛んでくる呪詛に対処しながら、つかつかと若い闇祓いの魔女に歩いて迫る。
「ヒッ……」
ハグリッドはずっと戦闘に参加しようとしないまま、つきっきりでファングの看病をしている。
「クルーシオ!!!」
アンブリッジが青年に背後から「磔」を浴びせたが、青年はそれにすらなんの反応もしない。
〈静かにしててもらって〉
〈わかった〉
バジリスクはくるりと向きを変えてアンブリッジの方へと顔を近づけ、その頭の上に舞い降りた不死鳥が翼を広げて一声鳴くと、バジリスクの目を覆っていたアイマスクが炎上した。
目隠しが焼け落ちて消えていくのを、アンブリッジは呆然としたまま見ている。
そして、バジリスクが目を開けた。
ドサリとつまらない音をたてて、アンブリッジが倒れる。
腰が抜けて立てない若い闇祓いの魔女は、それでも頑張って立ち上がって、杖は無いけれど何か皆の役にたたなければと自分の中にまだあるはずの勇気を奮い起こしている。
しかしそんな若い闇祓いの魔女に、青年が掌を翳す。
同僚が恐怖に怯え竦んだ表情を浮かべたままニフラーくらいのサイズに縮小されてポケットにしまい込まれるのを、トンクスは呪文を全て防がれながら見届けてしまった。
トンクスが周囲を見てみれば、今ここに100人近くは居ると思われる同僚たちのほとんどは地面に倒れていたりうずくまって呻いていたりと戦闘不能であり、まだ立っているのは自分を除けば数人だけだった。
ガウェイン・ロバーズとジョン・ドーリッシュ。そしてもう何人かのベテランたち。
「――アラスターくんかっこいい!!」
その場に居ない教え子を、青年は手を叩いて褒める。
まだ立っているのが皆アラスター“マッド‐アイ”ムーディから直接教えを受けた闇祓いたちだという事に、その青年は気づいていた。
「…………で。きみたちは僕を逮捕しろって命令されてるわけだけど。まだ、やるかい?」
ガウェイン・ロバーズもドーリッシュもトンクスも、誰も、何も言えない。
その時。
「レヴィオーソ!!」
遠くから鋭い声がして、青年の身体が宙に浮き上がった。
青年はすぐに杖を取りだして自分にかけられた「浮遊呪文」を解除するが、呪詛はまた同じ方向から次々と飛んでくる。
それらをひとつひとつ盾の呪文で防御する度に、その青年はどんどん笑顔になっていく。
絶え間なく呪詛を撃ち続けながら、その魔法使いは倒れている闇祓いたちの間をゆったり歩いて青年へと迫ってくる。
一体誰が来てくれたのか、闇祓いたちは1人また1人と気づき始める。
「局長」
「局長……」
「あなたは内部監査局の……」
「いらっしゃってたん、ですか」
その魔法使いの姿を見た闇祓いたちの顔に安堵の色が浮かぶ。ああこれで助かったと、その場のほとんどの闇祓いが思っていた。
イギリス魔法省魔法法執行部内部監査局局長。現役の魔法法執行部職員の中で最も腕の立つ者のひとり。それが彼らの知っている、その魔法使いの肩書きと評判だった。
「「エクスペリアームス!!」」
その魔法使いと青年が同時に武装解除呪文を放ち、二筋の閃光は正面衝突してバチバチドボドボと激しく飛び散りながら押し合う。
闇祓いたちはその光景を、固唾を飲んで見守ることしかできずにいる。
武装解除呪文で力比べを続けながら、その魔法使いと青年はどんどんお互い前進して、みるみるその距離を縮めていく。
そして互いの杖の先が触れ合いそうな距離にまで接近したその2人は、同時に武装解除呪文を引っ込め、杖を仕舞って抱き合った。
愕然としたまま状況を飲み込めずにいる闇祓いたちが戸惑う事すらできない中、青年はその魔法使いに抱きつきながら、嬉しそうな声で言った。
「セバスチャンひさしぶり!!」
それで、ドーリッシュは漸く、事情を察した。
「お知り合い、だったんですか…………。サロウ局長……」
「5年生のときからね。同級生なんだ。ホグワーツの。……もしかして僕、言ってなかったかい?それとお前。そろそろ神秘部に出勤してこいよ。皆待ってるぞ」
「そうなの? じゃあそうする」
内部監査局局長が今した発言は、ガウェイン・ロバーズに違和感を抱かせるものだった。
「サロウ局長、あなたは魔法法執行部の所属では。なのになぜ今、『神秘部』の『皆』と――」
「そりゃ僕も僕の部下もみんな魔法法執行部になんて所属してないもの。ついでに言えば『魔法省内部で行われた魔法省職員による違法行為の取り締まり』も、一切してないよ。僕らの職務じゃないから。きみたちが知ってる『内部監査局』に関する話、ほとんど全部嘘なんだ。ゴメンね」
その場の全員が信じられないという顔をしているが、セバスチャン・サロウは同級生の青年に抱きしめられたまま、その青年の頭を撫でながら悪びれもせず笑っている。
「いい機会だから教えてあげよう。僕はセバスチャン・サロウ。『“神秘部”内部監査局』局長。ホントの職務は神秘部に関する機密漏洩の阻止。それと、このおバカの首根っこ掴んどくこと」
「僕おバカじゃないよ! だって僕かしこいもん!」
「お前まさか誰も殺してないだろうな??」
「あったりまえでしょう! だってそんな事したらアルバスに怒られちゃうもの!」
そしてセバスチャン・サロウは、寄って来たバジリスクと目が合った。
〈ミゃあポミニふ。ヒサシでゅりらね〉
〈お前は相変わらず俺たちの言葉がヘッタクソだなセバスチャン〉
サロウ局長とバジリスクが視線を交わしながら何やら話しているらしいのを呆然としたまま眺めていた闇祓いたちのひとりは、急に気づいてヨタヨタと立ち上がり、アンブリッジ上級次官の傍までどうにか寄っていった。
「アンブリッジ上級次官、息がある…………気絶してるだけだ、この人……」
驚いた様子でそう言った闇祓いに、やっとセバスチャンから離れた青年が言う。
「スリザリンの怪物の目を。トム・リドルもサラザール・スリザリンも、1回も見てないって君たち、そう思うのかい? 腐ったハーポが世界で初めてバジリスクという生き物を孵化させた時、そのバジリスクに即刻睨み殺されたって、そう思ってたのかい君たち? 違うだろう?」
青年が言わんとしている事を察したらしい闇祓いたちに、セバスチャン・サロウも言う。
「この『オミニス』を。こいつは僕らが6年生だった頃にオミニスと一緒に保護して、それからずっと飼ってるんだぞ? バジリスクは『目が合った相手が死んでしまう』んじゃない。『目が合った相手を殺せる』んだ。判るだろ? 『殺さない事もできる』んだ。殺すと決めてる対象の範囲がめちゃくちゃ広範だったろうスリザリンの怪物や、いわゆる『普通のバジリスク』に関しちゃそんな希望的観測はするだけ無駄だと思うけど、こいつはね。この『オミニス』は要するに、アラゴグと同じなんだよ。君たちだって友達を殺そうなんてしないだろう? 友達がダメだって言ってるのにそれでも誰かを殺そうとなんて、まさかしないだろう? それと同じだよ。コイツらも」
片方の手で青年の頭を、もう片方の手でバジリスクの口元を撫でながらセバスチャン・サロウがそう言った時。とんでもない音量の怒号が響き渡った。
「さっきからバンバンバンバンやかましいんだよバカチンども!!!!!!!!」
神秘部部長と神秘部内部監査局局長が、同時にビクっと怯んだ。
蛇に睨まれた蛙のように凍りついたその2人を、その小柄な老婆は叱り飛ばす。
「そんなに試験の邪魔がしたいのかいバカチン!!!!」
「ヒェー……ゴメンナサイグリチャン……」
「報復はもっと静かにやりな!!! O.W.L.を妨害するんじゃないよ!!」
怒髪天を衝く様相のグリゼルダ・マーチバンクスに叱りつけられているその青年の隣で、セバスチャン・サロウもまた竦み上がっている。
そしてグリゼルダ・マーチバンクスと一緒にやってきたキングズリー・シャックルボルトは、まだ気絶しているドローレス・アンブリッジに杖を向ける。
「上級次官をマダム・ポンフリーのところにお運びします」
そう言いながらキングズリーが杖を一振りすると動かないアンブリッジの身体は浮遊し、ひとりでに宙を漂って医務室へと運ばれていった。
そしてキングズリーがハグリッドに声をかけてファングの看病に参加し始めたのを横目に、グリゼルダ・マーチバンクスはぐるりと首だけ動かして闇祓いたちを睨みつけた。
「お前さんたちもお前さんたちだよ!!!! なーにをやってんだいバカチンども!!! ミネルバが死んじまってたらお前たち責任が取れたのかい!!!!」
ガウェイン・ロバーズにとって、その小さな老婆の眼力は、お説教に巻き込まれたくなくて頑張って存在感を消そうとしているらしいバジリスクのそれよりも、よっぽど恐ろしかった。
「いつまでも這いつくばってないでさっさとハグリッドの家を直しな!!!! さもなきゃお前さんたちの残りのアバラも私が全部折っちまうよ!!!」
その場の全員をまとめて叱り飛ばしてから急にこちらを見たその老婆と望遠鏡越しに目が合った5年生たちは全員大慌てで望遠鏡を再び夜空の星々に向け、ロンは慌てて「伸び耳」を片付けようとした拍子にネビルの望遠鏡を倒してしまった。
グリゼルダ・マーチバンクス
英国魔法省魔法試験局局長。アルバス・ダンブルドアのN.E.W.T.試験も担当した古株。
私の妄想の中ではレガ主のO.W.L.とN.E.W.T.も担当した。
何歳なんだろうね。
うっかりスカグルソープ卿
うっかりトロールに椅子取りゲームを挑み、うっかり棍棒で叩き潰された騎士。
ゲーム「ホグワーツ・レガシー」において、ホグワーツ城内に鎧が展示されている。
神秘部内部監査局 ※この部署の存在自体私の妄想です※
公式には影も形も無いが私の妄想の中には確固として存在する幾つかの組織のひとつ。
神秘部に関する機密漏洩を阻止するのが仕事の、要するに神秘部専属の忘却術士部隊。
神秘部外に対しては「魔法省職員による違法行為を取り締まる魔法法執行部の下部組織」だとする事で、自分たちの職務内容も含む「神秘部の機密」を守っている。
なのでホントはセバスチャンは自分が神秘部所属だって闇祓いに言っちゃダメ。