104年後からの今 作:requesting anonymity
その若い闇祓いの魔女は、未だ囚われの身だった。
暖炉の火の傍に置かれたハッフルパフカラーの高級そうなソファに、小柄な魔女が座っている。
同じソファに並んで座っている青年は、壁にいくつもかかった肖像画と何やら話している。
青年は、自分の正面で直立したまま動かない若い闇祓いの魔女を、一切見ない。
そして小柄な魔女は、その若い闇祓いのお嬢さんにひとつの質問をする。
「あなた、魔法生物飼育学は好き?」
若い闇祓いの魔女は「だ大好きです!!」と震える声で即答した。そう答えなければ命は無いと思い込んでいたから。正直、学生時代は「闇祓いを目指す上で比較的役立ちそう」という、言ってしまえば占い学とマグル学と比較しての消去法で選択し、O.W.L.もギリギリ合格点だったが6年生以降は選択していない、その程度の興味と熱意と成績だった。
「あんまり興味なかったんだ?」
「ころさないでください……」
目に涙を溜めてそう懇願してきた可愛らしいお嬢さんを見て、その小柄な魔女は笑った。
しかしすぐに笑うのをやめて、すぐ隣に居る青年を見つめる。
「アナタ、この子をどれだけ脅かしたの?」
「だっ、だって、ルビウスくんとミネルバくんにイジワルしたんだもん……」
ビクリと反応して隣に向き直りそう言った青年を見て、肖像画の中のスリザリンの男子は笑っているが、一方でその答えを聞いた小柄な魔女は、ポピー・スウィーティングは笑っていない。
「それがどうしてアナタがこの子にイジワルしていい理由になるの? ミネルバくんとルビウスくんがやり返すなら理解できるし、あの夜のあの場ではアナタはやれる限りの事をしたと思うけれど、今はルビウスくんとミネルバくんがもう闇祓いたちを赦しているって、あの2人の意思確認ができているんだよね? だったらアナタの行いは、勝手な暴力じゃ、ないの? アナタが今、まだこの子にイジワルして脅かすのは、フィグ先生に褒めてもらえると思う?」
その青年は、できる限り小さくなろうとしているかのようにソファの上でぎゅっとその身を縮めたまま、恐る恐るといった表情で隣に座る小柄な魔女を見た。
「褒めてくれないと思う…………」
「じゃあ、どうするべきか判るよね?」
青年は外見通りの、叱られたティーンエイジャーそのものの畏れに満ちた表情で、若い闇祓いの魔女を見る。そして数秒を要して、ゆっくりとソファから降りて床に座った。
「ごめんね」
そう言ってきたこの人に、闇祓いとしての大先輩でもあるらしい121歳の神秘部部長にどう返せばいいのか、何を思えばいいのか。許せないとは言えないし、「許す」などという物言いはあの夜自分が何をしたかを考えれば傲慢が過ぎるだろうと考えた若い闇祓いの魔女は、叱られて萎れきっていても自分はまだ怖いと感じてしまうその青年を、どうにか真っ直ぐ見据える事に成功した。
「わっ、わ私は、あ謝ってもらうような立場ばには、あり、ありません…………」
「それは私もそうだと思うわ」
若い闇祓いの魔女の背後から聞こえてきたその声は、彼女が職場で何度か聞いた、そして何度か直接見かけた事もある魔法省の高官のものだった。
その姿を見るなり、ポピー・スウィーティングは笑顔になった。
「あ、いらっしゃいネリダ。来てたんだね。久しぶり!」
「久しぶり。コイツにお説教してたのねポピー?」
「ちょっとだけね。もう済んだよ」
なんでこの人がここに居るんだと思った若い闇祓いの魔女は、事情を察するのに10秒かかった。
「おっ、おぉ知り合い、なんですか。ロバーツ部長……」
「そうよ。私と、そっちのおバカと、あとまだ現役の魔法省職員なのはセバスチャンと、……オミニスはどうだったっけ? それとこのポピーも。とにかく同級生なの。もちろんホグワーツのね」
「オミニスがまだ神秘部で働いてるのは部外秘の機密だよ」
「それならあなたそれをなんで私に言っちゃうのよ」
「えーだってネリダはともだちだもん」
親しげに会話を始めた神秘部部長と魔法生物規制管理部部長、そして神秘部部長の個人的な助手だという小柄な魔女を、若い闇祓いの魔女は自分に今なにをする事が許されているのか判断できないまま、ただ直立不動で見つめ続けていた。
「――神秘部の職員にはねえ。3種類居るの。神秘部でどんな仕事してるのかって事を話すことだけが禁止されている職員、いわゆる『無言者』と、神秘部に所属している事も言っちゃいけない秘密の神秘部職員と、あと僕みたいなの。それでオミニスも僕と同じなんだよ。いいでしょ」
いつも通りの気軽な笑顔でそう言った青年に、ネリダ・ロバーツは訊く。
「……あなたそれ神秘部職員じゃない私に言っていいの?」
「んー? いいよネリダはともだちだから」
ケラケラ笑いながらの青年の発言を、ポピー・スウィーティングは横からすぐに訂正した。
「もちろんダメよネリダ。それにホントは私にも秘密にしてなきゃいけないはずなの」
ポピーにそう言われて、ネリダ・ロバーツは眉間にシワを寄せて同級生の青年を見つめる。
「昔っから何度も言ってるけれど、アナタ。職務規定上の機密保持義務をなんだと思ってるの?」
「メンドクチャイと思ってぁ痛いイタイいたいいたいゴメンナサイゴメンナサイユルシテ」
ポピーとネリダに左右から頬を引っ張られても、その青年は笑顔だった。
「それに『ともだちだから』って言うなら、こちらのお嬢さんが今の話を聞いてるのはいいの?」
そう言った魔法生物規制管理部のロバーツ部長と、その隣の神秘部部長の青年とポピー・スウィーティングさんの3人が、一斉に若い闇祓いの魔女を見つめる。
そして「ダメなんじゃない?」とポピーが言い、「ホントだダメだ……」と青年も続く。
「ころさないでください…………」
スッと杖を取り出したロバーツ部長に、若い闇祓いの魔女は震えながらそう懇願したのだった。
「おや、お前まだ勤務時間中じゃないのか?」
ホグズミードの一角、あまり子供たちを連れて来たい場所ではないと評判の古くからあるパブ「ホッグズ・ヘッド」で、バーテンの男性はその客の姿を見るなりそう声をかけた。
「やあアバーフォースくん。いいのいいの。ウチほど融通の効く部署なんて無いのさ」
「……言い逃れなんか自由自在だろうな『お前さんのところ』は」
「そう。ただまあ、今日は元々非番なんだけどね僕は。それに『ウチの部署』は非番なのに出勤してきて1日中ただ入り浸ってる職員とか、そもそも住み込んでる奴も多いけど」
それを聞いて、バーテンの眉が少しだけ動いた。
「そんなやつが居るのか。……『お前の部署』に? 日給1000ガリオンでもお断りだ!」
「居るのさ。聞いたことあるだろ? 異動したっきり行方不明の職員の噂。もちろん本当に事故に遭った職員も居るけど、単に初出勤の日から1度たりとも外に出てないだけの奴も居るんだ」
「…………監禁してるって意味か?」
「さあ、どうだろうね?」
研究に夢中になっているだけだと言いたいがそれは機密に触れる事になるなと口を噤んだその魔法使いは、ずっと片手で持っていた旅行カバンを床に置いて、杖で小突いた。
「ほら、着いたぞホッグズ・ヘッド。出てこい」
「わかった! 運んでくれてありがとねセバスチャン!」
カバンの中から聞こえてきたその声にホッグズ・ヘッドのバーテンであるアバーフォース・ダンブルドアは聞き覚えがなかったが、それが誰なのかはすぐに理解した。
「やあやあアブくん。久しぶりだね」
「ああ。昨日の夜以来だな。ようこそホッグズ・ヘッドへ」
青年の後に続いて、2人の魔女と1人のお嬢さんも次々にカバンから出てきた。
「こんばんはアバーフォースくん。久しぶりね」
「うげ、何しに来たんだネリダ・ロバーツ。俺はお前に睨まれるような事は何もしてないぞ」
「それを判断するのは私じゃなくてウィゼンガモットよ。それに今日はお酒飲みに来ただけよ」
かつて自分を逮捕したこの魔女が、アバーフォース・ダンブルドアは未だに苦手だった。
「こんばんはアバーフォースくん。オノリアは元気?」
「ああ。お陰ですっかり良くなったよマダム・スウィーティング」
親しげな老人たちを見て、その若い闇祓いの魔女は思わず訊ねる。
「ホッグズ・ヘッドのバーテンさんとも、あのその、その、お知り合い……なんです?」
「そだよ! 昔っからね。それこそアルバスと同じくらい昔。同じ『くらい』って変だけど」
返答してきたのが神秘部部長の青年だった事で若い闇祓いの魔女はビクリと怯んだが、バーテンが挨拶してきた事で、恐怖は心の中の奥の方へ一旦しまい込まれた。
「お前さんは初めてだな。……ようこそホッグズ・ヘッドへ」
「そこはちゃんと名乗ってあげなよアバーフォースくん」
グリューワインのグラスを傾けてそう言ったセバスチャン・サロウに視線でも促されて、恰幅の良いホッグズ・ヘッドのバーテン、立派なヒゲを蓄えたアバーフォースは仕方なく再び口を開く。
「アバーフォース・ダンブルドアだ。見ての通りホッグズ・ヘッドでバーテンをしてる。兄の話はしたくないし、兄について質問されても無視するからな。わかったらさっさと空いてる席に座れ」
若い闇祓いの魔女は、その老人が言う「兄」というのが誰の事なのか、一瞬ピンと来なかった。
しかしそれでも「ダンブルドア」というファミリーネームから連想するのは1人だけだった。
「ダンブルドア先生に、ご兄弟がいらっしゃったなんて……全然知りませんでした…………」
「完全には仲直りできないって事も、家族にはあるのさ」
カウンター席の空いている位置、セバスチャンの右隣に既に座っている青年はそう言って笑っていたが、その表情はどこか寂しそうだった。
「…………ごめんねアブくん。あの時、僕、間に合わなくてさ」
「何回その話をするんだ。お前には感謝してるんだ。バカな兄を導いてくれたし、俺たち兄妹も導いてくれた。それにあの頃のお前にはそんな暇は無かった。できる限りの事をしてくれた。悪いのは俺と兄とあの野郎で、お前じゃない。それに、お前は息子に良くしてくれた。決して忘れない」
若い闇祓いの魔女には疑問が幾つも浮かんだが、そのどれも訊いてはいけないと直感していた。
「ねえねえアブくん僕チャーハンと醤油ラーメンが食べたい」
「いいぞ。ちょっと待ってろ」
長年この大恩人の無茶なリクエストに応えている内に、ホッグズ・ヘッドの「裏メニュー」は、店内に掲示されている正式なそれよりも遥かに多くなっていた。
「私バタービールとアリホツィーのファッジ」
「僕はグリューワインがもう1杯ほしい」
「私もバタービール。それとアップルパイが食べたいな」
「わかったからちょっと待ってろ」
店の奥に引っ込んでいって1分足らずで注文された全ての品と共に現れたアバーフォースを見て、若い闇祓いの魔女は「本当にこの人はダンブルドア先生のご兄弟なのだ」と実感していた。
ガンプの元素変容の法則が「食べ物を無から出現させる事はできない」と証明している以上は、アバーフォースはどうにかして「料理」をしたはずで、それがどうしてこんなにすぐ終わるのか、どんな魔法を使ったのか、若い闇祓いの魔女には皆目検討もつかなかった。
まさか単に手際が良いだけだとは、若い闇祓いの魔女は夢にも思っていなかった。
「お前だって酒場の主人を何十年も続ければ、このくらいは当然にできるようになる。バタービールもグリューワインも注げばいいだけで、アリホツィーのファッジは作り置きしてあるやつを盛るだけだ。アップルパイはよく出るメニューだから常に最高の状態で待機させてる。そんでもって醤油ラーメンとチャーハンは、あらかじめどの段階まで作って保存しとくかって事さえ確立させればそんなに手間のかかるもんじゃない。昔コイツの無茶な注文に応えるためにニホンから取り寄せたレシピ本に『マグルの作り方』と『レシピのどの部分を魔法で端折れるのか』が懇切丁寧に書いてあったからな。とっくに作り慣れた。何十年前だったか、『満漢全席ってやつが食べたいんだ』って言われた時は顎を殴った気がするが、まあアレだって結局は楽しい挑戦だった」
「いつも迷惑かけてごめんねアバーフォースくん……」と本人に代わって謝罪したポピー・スウィーティングにも、アバーフォースは「気にするな」と、どこかぶっきらぼうな態度だった。
しかし何か言いたい事があるわけでもなく、ただそれがアバーフォースの素の態度なのだと、ポピーもネリダもセバスチャンもよく理解していた。
「それで、お前もいい加減座れ。他の客が来たら迷惑だ」
ちょっとビクリと怯んでから若い闇祓いの魔女はネリダ・ロバーツの左隣に、ロバーツ部長とサロウ局長の2人を挟んだ「席を空けない範囲で神秘部部長の青年から最も遠い位置」に座った。
その途端ホッグズ・ヘッドに老夫婦が来店し、慣れた様子で店内の隅の席に座る。
「おお、お前さんたちは本当に久しぶりだな。……いつものやつか?」
「はい。僕と妻にバタービールを……あ、あと前来た時にいただいた『ショウユラーメン』ってのがもう一度食べたくなりまして。あの、また作っていただければ嬉しいんですけど……」
「よし。ちょっと待ってろ」
神秘部部長の青年が長年に渡ってよこし続けている無茶な注文の成果物である膨大で多種多様な裏メニューの数々は、一部の常連客たちがこの薄汚いパブを「三本の箒」よりも好む理由のひとつにもなっていた。バーテンの機嫌さえ良ければ他所の国の珍しい料理が色々喰える、と。
「ん? どうしたんだいモーラー」
傍らに寄り添っているニーズルに話しかけ始めたその老魔法使いを、バーテンのアバーフォースは咎めようともしない。それはカウンター席で醤油ラーメンをすすって幸せそうにしている青年が長年もっととんでもない振る舞いを散々している事だけが理由では無かったし、ホッグズ・ヘッドの店内がそもそもあまり清潔ではない事とも、関係が無かった。
「アブくんアブくん次はボルガライスとファラフェル食べたい。あとフーゴ・デ・ラナ飲みたい」
「いいぞ」
食べ終わった醤油ラーメンの丼を脇に置いたままでチャーハンに舌鼓を打っている青年は早くもおかわりを注文しだしたが、アバーフォースは「食べ切れるんだろうな?」などとは訊かない。
しかしアリホツィーのファッジをポピーとシェアしながら食べ進めているネリダ・ロバーツは、最後に付け足すように注文されたドリンクだけは聞き流せなかった。
「あなたフーゴ・デ・ラナって、私たちみんなで行った世界一周の卒業旅行で、マルフォイが泣きそうになりながら完飲したあれよね? あなたアバーフォースくんにあんなもの作らせてるの?」
クスクス笑いが止まらない様子のネリダ・ロバーツにその青年は言う。
「あんなものってなんだいネリダあんなものって。美味しいんだよ? 元気出るしさ」
「俺はその意見には賛同できないし、お前以外がこれを注文した事は無い」
巨大紫ヒキガエルに杖を向けて無言で〆ながら、アバーフォースはそう吐き捨てた。
そしてアバーフォースさんの作業風景を観察してしまったせいで「フーゴ・デ・ラナ」というドリンクがどういうものなのか、そしてその名前を英訳するとどうなるのかを理解した若い闇祓いの魔女も、信じられないものを見る目でふたつ隣に座っている神秘部の部長を見る。
色々なスパイスと鶏の卵と巨大紫ヒキガエルのミックスジュースを嬉しそうに受け取ったその青年は、若い闇祓いの魔女の目には今や得体の知れない怪物かのように映っていた。
そしてポリジュース薬みたいな汚い色のその液体を一気に飲み干した青年は、続いて配膳されたボルガライスとファラフェルに箸を伸ばす。
「あの、あのすいませんロバーツ部長。あのひとが使っているあの、棒のようなものはなんですか。なんであちらの御夫婦みたいにフォークをお使いにならないんですかあの人」
「あれは箸よ。ふっふふふ……ごめんなさい。あのね、東アジアの人たちはあれで食事をするの。それでアイツが言うには、ラーメンは箸で食べたほうが美味しいんですって。麺を啜るのもそう。ふっふふふふふふ………そのほうが美味しいらしいわ。私も初めて見た時は本当にビックリしたけれど、『こう食べるものだ』ってシマヅくんとリュウサキさんがウドン啜りながら言ってたのよ」
「あっ、あの、そのシマヅくんとリュウサキさんというのはその、どなたですか?」
「私たちがホグワーツの7年生だった時にマホウトコロから来てた交換留学生の2人よ。3年生の始めから4年生の終わりまで、つまり私たちが卒業した次の年までホグワーツに通ってたの。今は2人ともマホウトコロの先生をしてる…………あっはははははは!!!」
知らない単語について質問したら知らない単語が増えた若い闇祓いの魔女は、そんな試みが過去あったなどとは全く聞いたこともなかった「マホウトコロとの交換留学」について、笑いが止まらなくなったらしいロバーツ部長に質問し始める。
「シマヅくんは厳密には先生じゃないよ。武術指南役。今も毎朝の訓練欠かしてないんだってさ」
ボルガライスをもう完食したらしい青年は、ファラフェルをひとつふたつと次々口に運びながら懐かしそうにそう言った。
「あっはっははは!!! …………ねえねえあなたも食べてアリホツィーのファッジぃ!」
「わかったわかったよ食べるよポピーちゃんありがとね」
椅子から転げ落ちそうな勢いで身を捩って笑っているポピーに右隣からぐいぐいとお菓子を口に押し付けられて、観念したらしい青年はどこか嬉しそうに、その食べると笑いが止まらなくなる効果のある魔法のお菓子をひとつまるごと口に入れた。
直後、青年はスルリとワタリガラスに姿を変えて目の前のカウンターの上に飛び移る。
そしてグアーグアーと騒がしく啼きながら頭を振って尾羽根も振って全身をブンブンと揺さぶりながらチョコチョコとカウンターの上を跳ね回り始めたワタリガラスの間の抜けたダンスを見ている内に、アバーフォース・ダンブルドアもまたこらえきれずに笑い始めてしまった。
「ねーえ。ねえねえねえねえ。アナタもひとついかが? アリホツィーのファッジ」
ロバーツ局長に勧められた若い闇祓いの魔女もまた、差し出されたそのお菓子を口に含んだ。
「つかまえた!!」
ワタリガラスが目の前に来た瞬間に鋭い両腕の動きで捕獲したポピーが大笑いしながら心底嬉しそうにワタリガラスのおしりをつつき始めたのを、セバスチャンが見つめている。
「変わんないねえきみたち2人も」
そう言って微笑んだセバスチャン・サロウは、グリューワインのおかわりを注文した。
「――そういえば、僕らが7年生の時にホーウィン先生が鳥の総排泄腔の話した時も、ポピーきみソイツに変身させて確認しようとしたよね」
「あー……ふっふふ。あったわねえ。けどあれはどっちかって言うと『比較対象が要るでしょう』なんて言ってナティに変身させようとしてたサチャリッサの方が問題行動だったでしょ」
セバスチャンとネリダは2人して、100年以上も昔の学生時代を思い起こして笑っている。
「それでサチャリッサはギャレスにお説教されたんだっけ」
「そうだったそうだった。で、ナティがクレシダの背中に隠れて出てこなくなっちゃったのよね」
そんな風に言い合いつつひとしきり笑った後で、その3人とワタリガラスは急に静かになった。
「また皆でお墓参り行きましょ」
穏やかな笑顔を浮かべたまま、ネリダ・ロバーツがそう呟いた。
そして「仲良しなんですね皆さん」という準備していた言葉を投げかけるタイミングを逃した若い闇祓いの魔女は、察するに皆さんの共通のご友人なのであろう、どうやら既に亡くなっているらしいその人が今名前が挙がった中のどれなのかを判断できず、さりとて訊くこともできず、注文したバタービールのジョッキを凝視しながらひたすらに無言でそれを呷るのだった。
「…………アバーフォースさん、このバタービール味がしません」
「それは俺のせいじゃない」
若い闇祓いの魔女にピシャリとそう言ったアバーフォースは自分もグラスとワインを呼び寄せ、さらに軽食を見繕い始めた。
「――そういえばアリホツィーのファッジって、人によってはアレルギー出るんでしたっけ?」
「よく知ってるわねえ。ええ。40年くらい前にウィルヘルミナ・タフト魔法大臣がそのせいで、厳密にはアレルギーを持ってる事が発覚するのが遅すぎたために在任中に亡くなってらっしゃるわ。ウィルヘルミナはとっても陽気で楽しい子で、皆に好かれてたのだけれどね」
「あれ厳密にはアリホツィーという植物に対するアレルギーだから、ウィルヘルミナくんはアリホツィーから作られる全ての品でアナフィラキシーを起こしたはずなんだけど、いつも笑顔だったウィルヘルミナくんは、人生で『アリホツィーの水薬』とか『大盛り上がり薬』」なんて必要としたことが一度も無かったからね……発覚するはずがなかったし、本人も知らなくて当然だった」
ネリダに続いてそう言ったセバスチャンは、そのまま若い闇祓いの魔女にも言葉を投げる。
「で、きみ。闇祓いの訓練期間中にやっただろ? 魔法薬のアレルギーテスト」
「はい! 材料のひとつに軽いアレルギーがあるからゴキブリゴソゴソ豆板をたくさん食べるのはやめたほうがいいと言われました。私あれ好きじゃないからいいんですけど……」
「そのアレルギーテスト用の試薬とアレルギーテストの手順が神秘部の研究成果で、研究を始めた時のウチの職員の動機がウィルヘルミナくんの一件なんだ」
それを聞いてちょっと驚いた若い闇祓いの魔女の心情は、顔に全部出ていた。
「神秘部って、実はちょくちょく研究成果を世に出してるんだよ。『これ僕らの成果物です!』なんていちいちアピールしたりしないから知られてないけど」
そう言ってグリューワインをまた飲み干したセバスチャンに、ファラフェルをもう1皿注文した青年がすぐ配膳されたそれをポピーとシェアしながら言う。
「『よしできた! 次は何をしようかな!』って子ばっかりだもんねウチは。もうちょっと自己顕示欲ってやつがあってもいいと思うんだけどな僕としては」
「部下たちにもう少しでも自己顕示欲とか名誉欲ってやつがあったら、とうに失脚してるだろお前は。たまーに出勤したと思ったら非番とか休憩中の子たちに混ざって遊んでばっかりなんだから」
「えっ、それはさ、それはだって皆が遊んでくれるんだもん…………」
おそらく部外秘の機密をどこかに含んでいるだろう会話を始めた神秘部の高官2人の会話を、若い闇祓いの魔女だけができるだけ聴かないように覚えないようにと努めていた。
客の秘密を聞いてしまう事など日常茶飯事なアバーフォースも、勝手知ったる同窓生のネリダ・ロバーツとポピー・スウィーティングも、そして隅の席で仲良く醤油ラーメンを食べきった老夫婦も、神秘部の機密を自分たちが耳にしてしまう事について、何も危惧していなかった。
「アナタ、神秘部の職員たちにも、皆で飼育してる手のかかるペットだと思われてるんでしょう」
「えっ、えそうなの? そうなのセバスチャン? 僕そんけいされてないの?」
ネリダ・ロバーツの指摘を受けて、その青年は慌てた様子でセバスチャンに訊く。
「間違いなく尊敬はされてるよ。それも大いにね。けれどその事と、きみがとびきり元気いっぱいで目が離せないおバカな大型犬だと思われている事は、別に相矛盾しない。だろう?」
セバスチャンにそう言われて「僕おバカじゃないもん」と頬を膨らませたその青年を横から見て、魔法生物規制管理部の部長を長年務めているネリダ・ロバーツは、しみじみと言う。
「ほんとうになんにも変わんないわね、アナタって」
その途端、青年の髪がざわざわと揺らめいて伸び始めて色も変わり、背格好も大きく変化し始める。そして10秒足らずで青年だった神秘部部長は20代そこそこに見えるストンとした体型に腰まである真っ直ぐな黒髪の、鋭い目鼻立ちの若い娘になった。
「ほんとうになんにも変わんないわね、アナタって」
今日もまたまるで別人になったその友人を見て、ネリダ・ロバーツは同じ事をもう一度言った。
そしてそのまま穏やかでリラックスした時間が流れていたホッグズ・ヘッドに、また1人常連客がやってくる。
しかしその大きな身体の男は、息も絶え絶えで疲労困憊だった。
「ここにおった!! よかった!! 先生! 大変なんですだ先生!! ハリーたちが!!」
どうやらホグワーツからホグズミードまで全力疾走してきたらしいルビウス・ハグリッドの表情が、その場の皆に緊急事態を知らせていた。
「ハリーたちが行っちまった!! シリウスを助けに行くんだと、本当かどうか確かめるべきだって言ったんだが、ハリーは聴かんかった! 俺ぁ、俺ぁ止めんにゃならんかったのに! 行かせっちまった! 例のあの人が神秘部でシリウスを拷問してるってハリーが言うんだ!! 俺は止められんかった! 絶対に罠だと解っとったのに! そう言ったのに! 俺ぁハリーたちと、先生がアイツのために用意してくれたあの場所で、グロウピーの相手をしとったんだ。そしたらハリーが急に苦しみだして、その後ハリーが、俺ぁハリーたちを、俺ぁ――止めんにゃならんかったのに!」
ダンブルドア先生様の所在は知れず、マクゴナガルは聖マンゴに入院中。ホッグズ・ヘッドに行ってくるよとあの先生が言っていたという憶えだけが、ハグリッドの頼みの綱だったのだ。
「ここに来る途中で、キングズリーの奴に出くわしたんですだ……キングズリーの奴は『騎士団』に招集をかけると言っとった。『騎士団』も、もう神秘部に向かっとる筈だ! 先生、お願いですだ。ハリーたちと騎士団の皆を助けてやってくれ! 全員死んでもおかしくねえんだ!!!」
それを聞いてすかさず杖を取り出したセバスチャン・サロウは、その自分の杖に叫ぶ。
「スキャマンダーくん起きてるかい!!」
「はい。なんですか局長。部長の居場所なら知りませんよ」
セバスチャン・サロウ局長の杖が震えてそこから知らない男性の声がした事に驚けるだけの心の余裕は、若い闇祓いの魔女には無かった。
「ハリー・ポッターとご友人たちがそっちに行った。『例のあの人』に誘い出されたと思われる。つまり『例のあの人』もすぐそっちに行く! 今すぐゴドリックとサラザールを起こしてくれ!」
「了解しました局長。すぐに」
セバスチャン・サロウ局長の杖からした知らない声が神秘部で勤務中の「スキャマンダーさん」という名前らしい職員の声で、つまり今のは自分が知らない通信手段なのだろうと、若い闇祓いの魔女はそれだけはかろうじて理解できた。
「アバーフォースくん今日はありがとねこれお代ネリダとポピーはカバンの中に入ってセバスチャンは一緒に来てそれとニュートンくんとポーペンティナくんきみたちの息子は安全だから心配しないで。――それと、ルビウスくん」
カウンターに数枚のガリオン金貨とたくさんのシックル銀貨、そして少数のクヌート銅貨を積み上げて支払いを手早く済ませながらそう言ったさっきまで青年だった黒髪の魔女は、ルビウス・ハグリッドの巨木のような両腕を左右からがっしりと掴み、その目を真っ直ぐに見る。
「知らせてくれてありがとねルビウスくん。いいかい? きみはできる限りの事をした。大丈夫」
「俺ぁダンブルドア先生様を探さねえと――」
まだ気が動転している様子のハグリッドに、黒髪の魔女は「それも大丈夫」と言い切った。
そして黒髪の魔女は、仲良しの屋敷しもべ妖精を夕食に誘う時のように、同居人のポルターガイストやピーブズに対してそうするように、確信を持って口を開く。
「アルバス!」
「はい、先輩」
ホッグズ・ヘッドの空中が火を吹き、2羽の不死鳥を伴ったアルバス・ダンブルドアがどこからともなく「姿現し」した。
【アリホツィーのファッジ】
イギリス魔法界のお菓子。アリホツィーの葉には摂取した者を笑わせる効果がある。
【ファッジ】
イギリスのお菓子。ソフトキャンディというか、キャラメルの親戚というか、そういうやつ。
【フーゴ・デ・ラナ】
ペルーの街頭で売られている健康ドリンク。大きなカエルと各種スパイスなどをミキサーに入れてスイッチオン。できたてを提供してくれる。本当に健康に良いのかどうかはわからない。
私の妄想の中では、南米の魔法界に古くからある飲み物。