104年後からの今   作:requesting anonymity

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39.神秘部へ

 ハグリッドに改めて教えてもらった「ホグワーツ所有のセストラルたちの飼育場所」へと急ぎながら、ハリーは未だ納得していなかった。

「君たち、本当に来るの? 死ぬかもしれないんだよ!!」

「鏡を見たことが無いらしいわねハリー・ポッター!! アナタ独りで行って何ができるの? アナタが夢で見たことがあるのは廊下と入口の扉だけでしょう??」

「シリウスが拷問されてるのを見たんだ!! あれは夢なんかじゃない!!」

 森の中を急ぎながら、ハリーはハーマイオニーにそう怒鳴り返した。

「解ってるわよ、そこに反論してるんじゃないの! でも、いい? もう一度言うけれど、何度だって言うけれど! D.A.の目的は! 2つよ! 2つ! 『防衛術』の実技は目的の片方――」

 

 さっき言った事を再び繰り返そうとしたハーマイオニーの横から、落ち着いた声が飛んでくる。

 

「まさにこういう時に、お前を独りぼっちにしないために。D.A.に参加したんだぜ、俺たち」

 

 焦りと緊張に包まれたハリーたちの中で、ただ2人だけいつもと変わらないように見えるウィーズリーの双子の片方がそう言って、笑顔を浮かべて見せる。

「いいか、ハリー。みんなで行くか、お前も行かないかだ。『お前ひとりで行く』は無いんだ。さっきハグリッドの小屋で寛いでた時にお前が『それ』を見たんだからな。これがあのスリザリンの奴らに貸してもらってる『地下聖堂』に居る時だったら、そりゃ『誰が行って誰が残るか』って話し合いが必要だっただろうさ。けど、さっきあの場には、元々のD.A.のメンバーだって全員は揃ってなかった。一刻を争うんだろ? だったらお前、ちょっとでも成功率を上げるべきだ」

 

「それはそうだけどさ、でも僕きみたちを――」

「それは僕らだってそうなんだって、きみまだ解んないのかよ、ハリー?」

 

 ハリーの隣を早足で急ぐロンが、心底からの不安を隠そうともせずに言う。

「1年生の時も、2年生の時も、去年もだ!! 毎年恒例なのかってくらい『例のあの人』に殺されかけてるきみを、僕らは毎回最後の最後には、独りで行かせてたんだ!! 心配なのに!!」

「い、今から僕ら、だっ、誰か死ぬかもしれないけどさ。ハリー」 

 木の根で危うく躓きそうになりながら、ネビルが口を開いた。

「自分が死にたくないからって、それできみを独りで行かせるような事がもしあったら、その時は僕、ばあちゃんに殺されるよ。絶対。だってさ、死にたくないのはきみだってそうだ。みんな死にたくない。シリウス・ブラックだってきっと死にたくない。それで僕は、ヴォルデモートとかベラトリックスに殺されるのと、ばあちゃんに殺されるのだったら、ばあちゃんのほうを避けたい」

 どうやらネビルは場を和ませようとしているらしいと、ハーマイオニーだけが察せた。

 

「言ってる間にほら、着いちまったぜ。ハリー」

 

 双子のどちらかがそう言った事で、驚いたのはハーマイオニーだった。

「フレッド、ジョージ。アナタたち、セストラルが見えるの?」

 しかしハーマイオニーの予想に反して、「いいや?」と双子は声を揃えた。

 

「けど、ここは見ての通り地面に草が生えてるだろ」「で、今そこに妙な凹みができてるな?」「アレはつまり見えない四つ足の何かが草を踏んでるわけだ」「3匹こっちに来たな」「それで俺たちセストラルの外見と、だいたいどのくらいのサイズかって事は授業で習った」「だからつまり今この辺に…………」「ほらな? よーしいい子だ。友達を助けに行かなきゃならないんだけど、お前手伝ってくれないか?」「このへんだよな? ちょっとかがんでくれないかお前――」

 

 見えない何か、おそらくはセストラルなのだろう透明なそれに跨ったらしいフレッドとジョージが2人並んで宙に浮くのを、ロンもハーマイオニーもパーバティとパドマもラベンダーもジニーもジャスティンもディーンもシェーマスも、みんな呆気に取られて眺めていた。

 そしてネビルとハリーは2人して、「フレッドとジョージは本当にセストラルが見えないのか」という事を疑ってしまっていた。

 その場でただひとりルーナだけが、全くびっくりしていなかった。

 

「なにやってんだよ、ほらハリー早く」「お前らも、周りをよく見りゃだいたい察せるから!」

 

 無茶言うなよと思っているロンにハリーが助け舟を出し、ネビルとルーナも手伝って手際よく各々セストラルに跨ったハリーたちは、魔法省へ向けて飛び立つ。

 その瞬間。ほんの刹那。ハリーの心の中から焦燥が消え去った。

 こんな速さで空を飛んだ事は無いと、そりゃ競争したって勝てないわけだと驚いているハリーを乗せて、セストラルは更に力強く羽撃いて速度を上げる。

「ラベンダー! アナタ、すごく勇気があったのね!!!」

 ハリーの背後から、パーバティ・パチルがそう叫ぶ声が聞こえてくる。

「気味が悪いよーーーーー!!」

 そしてロンのそんな情けない声を聞いたハリーとネビルは、皆が何に耐えているのかを悟った。

「僕はどこに掴まっているの?!! 翼の動きを邪魔しちゃってないよね?!! 翼が生えてるんだよね!! ハグリッドが授業でそう言ってたよね?!!!」

 心の中をそのまま声に出しているらしいロンのその大声は、ハリーとネビルとルーナとフレッドとジョージ以外の、今こうしてハリーと並んで各々セストラルに跨って魔法省へと急いでいる皆の、この移動手段に対しての感想を代弁するものだった。

 見えない何かに身体を預けて空の上をこれほどの高速で飛ぶというのは、まあ、言われてみればたしかに快適な空の旅とは言えないかもしれないと、ハリーは思った。

 

 しかしフレッドとジョージに次ぐくらいには、ラベンダー・ブラウンもまた、傍目には落ち着いているように見えた。

「私たちを運んだら、すぐホグワーツに戻ってね。危ないから」

 ラベンダーは自分を運んでいるセストラルの姿を想像しながら、おそらく顔があると予想される辺りに話しかけている。

「もうちょっと高度を上げるべきだと思うぜハリー!」

 いたって普段通りの声色で、フレッドとジョージのどちらかが言った。

「言えてるぜジョージ! なにせ俺たち今、違法行為をしてるんだからな!」

 双子のもう片方がそう言ったのを聞いて、ハーマイオニーが以前受けた授業を思い出した。

 

「2人の言う通りよハリー! 雲の上か、せめて雲の中を飛ばなきゃ! だってマグルの目につく場所に連れてく時ってセストラルには『目くらまし呪文』を施さなきゃダメで、そもそも勝手に移動手段に使うのもダメなのよ! だからせめてマグルに見られないようにはしなきゃ!」

 

 ハグリッドが授業でしていた説明をうっすら思い出した事でハーマイオニーの意見が正しいと理解したハリーは、周囲の皆に叫ぶ。

「雲と雲の間を縫って飛ぼう!! こんな気温で雲の中なんか飛んじゃダメだ! びしょ濡れになって凍え死ぬ!! そうじゃなくたってかじかんだ指で死喰い人を相手にはできない!!」

 ハリーの意見を理解したかのように急上昇したセストラルの首に必死で掴まりながら、シェーマスもディーンも「今もう既に結構寒いけどな」と軽口を叩きそうになった自分に驚いていた。

 

 そして暫く頬を裂く強烈な凍気に耐えたハリーたちは、セストラルが一斉に急降下し始めた事で、自分たちがロンドンに到着したのだと気づいた。

「もう?!! ホントに速いのねセストラルって!」

 驚いた声を上げてしまったパドマを、パーバティが「静かに!」と咎めている。

「マグルが聞いてたらややこしい事になるわよ――」

「マグルが聞いてたら、いくらなんでも飲みすぎたかなって思った後ですぐ忘れるさ。ほらみんなこっちだ。僕、今年の始めに来たから覚えてる」

 パーバティの言葉を遮ってそう言ったハリーは皆を先導して幾つか路地を通って交差点を曲がり、その古びた公衆電話ボックスの前へとやってくる。

 

 どう見たって1人用、無理しても2人が限界に見えるその電話ボックスに、ハリーたちは当然のように全員、余裕を持って収まる事ができた。

「ハーマイオニー、受話器を取って『62442』を押して」

 ハリーは電話機に一番近い位置に居た人間に指示を出し、ハーマイオニーはそれに素早く従う。

 そしてハーマイオニーから手渡された受話器を受け取って、「何をしに来たのか伝えるのだ」と、ハリーは通話の向こうにオペレーターが居るのかそれとも自動ガイドなのか判断できない声とマニュアル通りなのだろうやり取りをしながら、セストラルの速さのお蔭でホグワーツへ置き去りにしてきたはずの焦りが自分の心に追いついて来るのを感じていた。

 

「――お名前は?」

「ハリー・ポッター」

「本日はどういったご要件で?」

「シリウスを助けに来たんだ!!」

 

 それで通話は終わり、釣り銭が出てくるはずの箇所からジャラジャラと出てきた通行証らしきバッジに「救出任務」と印字されているのを確認する余裕も無く、ハリーたちは各々それを律儀に身に着けたりポケットにしまい込んだりしながら、自分たちを収容している電話ボックスが地面の下へと沈んでいくのを眺めていた。

 

 訪問者用入口が業務時間外になぜ未だ機能しているのかを、ルーナだけが疑問に思っていた。

 

 広々とした魔法省のロビーを皆の後を追って横切りながら、マグル生まれのジャスティン・フィンチ=フレッチリーは「魔法界には残業って無いのかな」と束の間よそ事を考えてしまったが、それはすぐ復活してきた緊張と焦燥を抑え込もうと努める中で、そしてハリーに置いていかれないようにと急ぐ中ですぐに忘れ去られていった。

 そして記憶を頼りに先を急ぐハリーと、何度か来たことがあるので案内できるロンとフレッドとジョージに先導されて、皆は駆け足でエレベーターになだれ込む。

 

 こんな時でもエレベーターの中では皆静かにするんだな、などと考える余裕があったのはフレッドとジョージだけだった。

 

 程なくして開いたエレベーターの扉の向こうには、ハリーが何度と無く夢で見たそのままの景色があった。この廊下の奥のあの扉の先だと確信して、皆に何か言いもせずにハリーは駆け出す。

 ロンもハーマイオニーも他の皆も、明らかに冷静さを失っているハリーに文句ひとつ言わない。

 諌めるべきだとジニーとルーナは思っていたが、緊張と緊迫感でそれどころではなかった。

 

 しかし唯一心に少々の余裕がまだあるフレッドとジョージが何を言うよりも先に、その扉をくぐった途端、ハリーは急停止した。その部屋を見たことがなかったからだ。

「ねえハリー、…………どの扉?」

 周囲の壁に12個並んだ扉を見ながらジニーが訊く。しかし質問をしたジニー当人も、ハリーが答えを持ち合わせていないと察していた。

 

「ひとつずつ開けていくしかないわ――」

 

 そう言ったハーマイオニーのみならず皆が皆、誰に指示されるまでもなく既に杖を構えている。

 それは確かに、D.A.の成果だった。

「アベルト!」

 ハーマイオニーが杖を振り、とりあえず自分の正面の扉を開く。

「コロポータス!!!」

 途端にとんでもない勢いで大量の水が溢れ出てきたその扉を、ハーマイオニーは慌てて閉じた。

 

「なんだ今の?」

「そんな事を考えてる暇は無いぜ、ディーン。あの扉は開けるべきじゃないって事だけ覚えとけばいい――フラグレート!」

 フレッドとジョージのどちらかがそう言いながら大きく杖を振って、今ハーマイオニーが閉めたばかりの扉に大きくバツ印を焼き付けた。

 

「アベルト! ……無理か。アロホモラ!」

「さっきの扉こそ鍵を閉めとくべきじゃないの?」

 ジャスティンが開けた扉の向こうを覗きながら、ネビルが呟いた。

「こんどは、少なくとも部屋に入っても溺死はしなさそうだな?」

「行こう。全部の扉を試してる時間は無い。進める方向に進むべきだ――なんだいルーナ?」

 あらぬ方向を眺めていたルーナが流石に気になって、ハリーは訊いた。

 

「……12個ある扉のうちひとつにバツ印をつけた、その扉があれだよね? で、いまあたしたちの目の前で扉がもうひとつ開いてる。なのになんで残りの扉の数が12なのかなって思ってたんだ」

 

 絶対に今はそんな事どうでもいいと解っているのに、皆、いくらなんでも気になってしまった。

「言われてみれば…………増えてるね……」

 改めて数えてみたらしいジャスティンが唸る。

「……ホグワーツと同じくらいには魔法まみれの場所らしいな、ここは」「つまりこの扉が今すぐ消えてもおかしくないわけだな」「先を急ごうハリー」

 フレッドとジョージの言葉で、ハリーの心は神秘部の不思議さからシリウスへと戻った。

「うん。行こうみんな」

 

「こんどはえらく殺風景な部屋だな」「なんだあの石のアーチ?」

 

 かなり広々とした部屋の中央に、一個の石から削り出して造ったように見える、全く装飾の無い大きなアーチが鎮座している。それを見た途端、何故かハリーはそのアーチの前まで近寄ってみたいという気持ちになった。

 

「誰か居る…………父さん?」

 

 ハリーがそう言った瞬間、ロンもハーマイオニーも「この部屋に長居してはいけない」と直感する。理由は自分でも良く解らないながら、ネビルもジニーも他の皆も、同じ思いを共有していた。

「行きましょうハリー。この部屋じゃないわ。戻りましょう――」

「でも誰か居るよ、声が聞こえるんだ」

「ダメよハリー。誰も居ないわ。アナタが探している人が居るのはこの部屋じゃない」

 パーバティ・パチルにも、不思議な確信があった。

「でも、あたしにも聞こえるよ。向こうから母さんの声がする」

 そう言って不気味な石のアーチを指差したルーナの手を、ジニーは大慌てで引っ掴んだ。

 

「戻りましょう。戻るわよハリー! 別の扉を試してみないと!」

 

 なんで名残惜しいのかもわからないまま、ハリーは皆に急かされながら元居た扉だらけの部屋に戻ってきた。

 そしてパドマの提案に皆が賛同した事で、今後開けた扉は閉じないという方針に変更される。

「言えてるね。少なくとも、逃げる先を確保しておくべきだ」

 ディーンはそう言いながら扉に杖を向けて、勝手に閉じないように接着している。

 

「おい。みんな――」

 シェーマスが指さした先を、皆が見る。

「あの扉には、まだ誰も何もしてないよな。…………開いてるぜ」

 

 なぜ独りでに開いたのかわからないその扉の向こうを覗いたハリーは確信を得る。

「ここだ! この部屋の向こう。僕が見たのと同じ部屋だ!」

 そう言ったハリーに続いて全員がその暗い部屋の中へと進み、ひたすらに水晶玉が並んでいる高い高い棚の間を縫うようにして歩きながら、名前を連呼して本格的にシリウスを探し始めたハリーを見失わないように、皆から孤立しないように気をつけている。

 

「シリウス! 聞こえてる? シリウス!」

 

「何なのかしらこの部屋。水晶玉ばっかり…………水晶玉……予言?」

 パーバティ・パチルは、双子の姉妹のパドマの手を握りたいとか考えてしまう心細さと恐怖を、フレッドとジョージを常に視界に入れ続ける事でどうにか抑え込んでいた。

「神秘部には今までの予言全部が保管してある部屋があるって噂、聞いたことあるぜ俺たち」

「それがここ、なのかしら……」

「その通り」

 ビクリ、と全員の動きが止まる。

 

 その男が死喰い人だという事だけは、全員が理解していた。

「おや、誰かと思えばラバスタン・レストレンジさんじゃないですか」「俺たちちょっと急いでるんで後にしてもらえませんかね?」

「そういうわけにはいかんのだウィーズリー」

 その男が発した「ウィーズリー」という単語は、明らかな侮蔑の感情が乗った声色をしていた。

 まるで「ウィーズリー」という単語自体が口汚い罵りかのように、その男はフレッドとジョージを、そしてロンとジニーの事も睨みつけていた。

 

「シリウスをどこに隠したんだ! シリウスを出せ!!」

「きみは、そろそろ夢と現実の違いを学ぶべきだな」

 

 声がした方をロンが見てみれば、棚と棚の間にルシウス・マルフォイが居た。

 いつの間にやら30人以上の死喰い人たちに包囲されていた事に、ハリーたちはそこで気付いた。

 

「まさか本当に来るとは」

「良く言えば勇敢だな」

「うすらバカとも言えるね」

 

 別に時間や状況に余裕が有るわけではない死喰い人たちはしかし、心底から呆れていた。

「シリウスを返せ、マルフォイ!!」

「シリウスヲカエセ!! シリウスヲカエセ!!」

 ベラトリックス・レストレンジが囃し立てて嗤った。

「不可能だ。グリモールド・プレイスがどこにあるのかを誰も思い出せない以上、そこで退屈しているだろうシリウス・ブラックを貴様の前に今つれてくる事はできない。……まだわからんか?」

 

「クルーシオ!!」

 

 咄嗟にルーナを突き飛ばしたネビルが、代わりにベラトリックスの「磔」を浴びた。

「おやおや、ネビル・ロングボトム。お父上はお前を誇りに思うだろうね?」

 ベラトリックスはバカ笑いしながら「磔の呪文」を引っ込めて、ネビルがよろよろと立ち上がる様を見物している。

「もう理解しているだろうポッター。お前は闇の帝王にまんまと騙されたのだ。シリウス・ブラックはここにはおらん、それどころか奴はそもそも何ら危機に陥ってなどいない。己のマヌケさを理解したのなら、少し我らを手伝ってはくれんかね?」

 自分たちの3倍以上の数の死喰い人たちに完全に包囲された状態では、ハリーに選択肢は無かった。加えて自分ひとりだけならヤケにもなれるが、皆が居るのでそれもできない。

 

「言うこと聞いちゃダメだ、ハリー」

 ゼエゼエ息をしながらネビルがそう言ったのが、ハリーにとっては決定打だった。

「そこの棚にある予言をこちらに渡してくれればいいのだポッター」

 そう言われて始めて、ハリーはすぐ傍の棚の一番目に付く位置に置かれた水晶玉のすぐ下の札、予言の説明だと思われるそれに、自分の名前が書いてあることに気づいた。

 

「我らはその予言を欲しているが、予言された当事者しか棚からそれを持ち出せない。つまりポッター、お前か、闇の帝王かだ」

 普段一緒に自主学習しているスリザリン生たちがそう呼んでいた事を思い出さずとも、闇の帝王というのが誰のことを指しているのかなど、パーバティ・パチルにも理解できていた。

 

「クルーシオ!」

 

 ベラトリックスが今度はパドマに杖を向けてそう唱えたが、またしてもネビルは普段からは考えられない敏速さでパドマとベラトリックスの間に飛び込み、磔の呪文を代わりに浴びた。

 

「ダメだ。ハリー…………」

 

 ネビルが立ち上がろうと頑張っているのを見て、ハリーは棚から予言を取った。

 

「どれだけ痛めつけられたって、それでお前の事が怖くなったりはしないぞ。ベラトリックス」

「試してみるかい?」

 杖をネビルに向けたベラトリックスに負けじと杖を構え直したネビルに続いて、皆も周囲の死喰い人たちの誰かしらへと杖を向けて備えているが、心の内ではパーバティもパドマもラベンダーも、シェーマスもディーンもジャスティンも、怖くて怖くてたまらなかった。

 一見なんともなさそうなルーナだって本当は怖いはずだとハーマイオニーは思っていたが、フレッドとジョージに関しては果たして心の中がどうなのかなど、察せるのは当のフレッドとジョージだけだろう、とハーマイオニーのみならずロンとジニーまでもそう考えていた。

 

 そしてそのフレッドとジョージは、事ここに及んでもまだ本当に平常心のままだった。

 臨戦態勢ではあれど、ベラトリックスの所業に怒ってこそいても、恐怖はまだ心の底の深くてすぐには出てこられないところに、充分抑え込めていた。

 さっき通った棚の向こうの辺りが何やら色とりどりに光っている事に、ジニーは気づいた。

 それはすぐに劇的に激しくなり、幾つもの火花が空中を飛び交い始めて、心底煩わしそうにラバスタン・レストレンジが杖を振る。

 

 その瞬間、火花と光は10倍になった。

 

 ワールドカップの決勝かと見紛うほどの音と光に視界を覆われた死喰い人たちの包囲網が少し形を崩したのを、ハリーは見逃さなかった。 

「走って! 部屋の外へ!!」

 いつもホグワーツで呼吸のような頻度でやっていることをフレッドとジョージはここでもやっていたのだと、ロンとジニーはそこで気付いた。

「ステューピファイ!」

 ハリーが一番狙いやすい位置に居た大柄な死喰い人に失神呪文を放ったのと同時に、皆が一斉に駆け出した。

「追え! 捕らえろ!!」

「レダクト!!」

 

 逃げながら背後へ唱えたジニーの呪文は部屋の奥まで飛んでいって、棚のひとつに直撃する。

 

 轟音と衝撃はビリビリと空気を揺らして部屋中に響き渡り、奥の方から水晶玉がギッシリ並んだ棚が全て、大崩壊を始める。

 ハリーたちは死喰い人に追い立てられながらその部屋を出て、また扉だらけの部屋を通って、開けっぱなしにしてあった不気味なアーチの部屋へと繋がる扉を全力疾走で通り抜ける。

 最初に神秘部へと入ってきた時に通った扉には印も何もしていない事を、みんな忘れていた。

 どこから来たのかわからないのでこのままでは帰れないという事に、誰も気づいていなかった。

 

「なぜ行き止まりに逃げ込む?」

 

 走ってもいないルシウス・マルフォイが、死喰い人たちの後に続いて悠々と入室してきた。

「予言を渡すのだ、ハリー・ポッター」

 ルシウス・マルフォイは注意深く杖を構えたまま、反対の手をハリーに差し出す。

 

「ステューピファ――」

 ネビルが失神呪文をルシウス・マルフォイにぶつけようとしたが、唱えきる前にルシウスの払いのけるような煩わしげな杖の一振りで阻止された。

 

「予言を、ポッター。それともご友人方が何人か死ぬのを見学してからでないと渡せないかね?」

 30人以上の死喰い人たちが自分たちを包囲するように広がっていくのを見ながらも、唯一の出入り口である扉の前にベラトリックス・レストレンジが陣取っている以上、ハリーたちはそれを見届ける以外に何もできない。

 そして水晶玉をルシウス・マルフォイに手渡しながら嘘のように冷静さを取り戻し始めたハリーは、今夜の自分がどれだけ大マヌケだったのかを、ようやく自覚していた。

 

「聞きしに勝る利口さだ、ハリー・ポッター」

「私の息子に何してる」

 

 思い切り殴られたルシウス・マルフォイがよろめくのを、ハリーは呆然と見ていた。

「シリウス!!」

「無事で良かった、ハリー」

 ルシウスが飛ばしてきた呪詛を防いで反撃しているシリウスの向こうでは、マッド‐アイ・ムーディが死喰い人たちを3人いっぺんに吹き飛ばしてパーバティとパドマを保護している。

 

 不死鳥の騎士団が到着したことで、その謎のアーチの部屋は混沌とした乱戦の舞台となった。

「デパルソ!! どこから来たのさキングズリー!」

 ロンがラベンダーを杖で狙っていた死喰い人に呪詛を飛ばしながら訊く。

「私たちが大急ぎで通った扉があったはずの場所には壁しかないが、それは今重要じゃない」

 キングズリー・シャックルボルトはロンとジャスティンとシェーマスを守りながら、オーガスタス・ルックウッドともう2人の死喰い人を相手にしている。

 

「おやカワイイかわいいニンファドーラお嬢ちゃん。もう夜ひとりでトイレに行けるのかい?」

 

 トンクスとベラトリックスの決闘は、誰がどう見てもベラトリックス優勢だった。

 

 ベラトリックスの奴が誰かと1対1で戦っている時は絶対に加勢をしないのが、死喰い人たちの間で共通認識が形成されている暗黙のルールだった。

 それはひとえに、他ならぬベラトリックス当人のご機嫌を損ねない為のルールである。

「私のニンファドーラは夜ひとりでトイレに行けない!!」

 唐突にとんでもない事を口走ったルーピンは、しかし見事にベラトリックスに隙を晒させた。

 フレッドとジョージのどちらかがベラトリックスにでっかい花火を投げてよこし、それは火花と光をめちゃくちゃに撒き散らしながらベラトリックスの鼻先に迫る。

 

「ステューピファイ!」

 

 双子のもう片方が失神呪文でベラトリックスを狙い、トンクスとルーピンも無言で呪詛を放つ。

 ベラトリックスは即座に閉心術を使う事で無理やり怒りを抑え、集中力の要る魔法を行使した。

 ぶちまけられた悪霊の火をフレッドとジョージとルーピンとトンクスは4人がかりで抑え込もうとしているが、オレンジ色の炎はドラゴンの形になって翼を広げ、フレッドとジョージの花火すら飲み込んでしまった。

 

 ベラトリックスの悪霊の火は、何人がかりだろうが抑え込めないのではないかと思えた。

 盾の呪文から「パーティス・テンポラス」に切り替えたのが功を奏してまだギリギリ防御できているフレッドとジョージがなぜか急に笑顔になった事に、トンクスは気付いた。

「コンフリンゴ!!」

 全く同時にそう唱えた2人の声を、ロンとジニーは死喰い人と戦いながら正確に識別できた。

 家族の声なのだから、当然だった。

 

「パーシー!!」

 

 ウィーズリー兄妹の3男は、父と並んで真っ直ぐベラトリックスを狙っていた。

 

「今日こんな時間までかかるほど仕事が溜まっていた事を、魔法大臣閣下に感謝しなければ」

 アーサー・ウィーズリーはそう言いながら次々呪文を放ってベラトリックスの集中力を削ぎにかかり、パーシーは今や1人で6人を相手にしているマッド‐アイの加勢に入った。

 

「ペトリフィカストタルス!」

「サルビオ・ヘクシア!!」

 

 ハリーがドロホフに放った全身金縛りは防がれたが、その隣でシリウスはルシウス・マルフォイの呪詛を保護呪文でひん曲げて叩き落とした。

 ハリーとシリウスは不気味な石のアーチを背にしたまま、ルシウス・マルフォイとアントニン・ドロホフと戦っている。

 次々に加勢が現れてもまだ、ハリーたちは数で負けていた。

 ネビルはラバスタンとロドルファス・レストレンジの2人を相手にして半ば遊ばれながらも、まだギリギリ自分とルーナの身を守っている。

 

 いつの間にやらロングボトムの小僧の背後に扉が現れている事を、ラバスタンもロドルファスも気にしている余裕は無かった。

 それぞれ不死鳥の騎士団の面々に守られているD.A.の皆も、しかし必死で杖を振るって大人たちの背中を守っている。

 ハーマイオニーとラベンダーは2人でお互いを守りつつ3人の死喰い人と戦っていたが、そこに部屋の反対側からパーシーが無言で呪詛を撃ち込んでラベンダーの目の前の死喰い人を失神させた。

 

 それと同時にニンファドーラ・トンクスが悲鳴を上げて吹っ飛び、意識を失って床に転がった。

 悪霊の火を完璧に制御するための集中力を保ち続ける事が厳しくなったと見るやいなや悪霊の火を即座に引っ込めて鋭く呪詛を放ったベラトリックスは、かわいい水の精ニンファドーラちゃんを黙らせてもまだ4人を同時に相手しているが、それでもなお優位を保っている。

 フレッドとジョージは父とルーピンと一緒になって、倒れたトンクスを守りながらベラトリックスを半包囲して4人がかりで絶え間なく呪詛を撃ち込んでいるが、それらは全てベラトリックスの見事な杖捌きに阻まれていた。

 

「わーお、噂以上だなこりゃ」「なんかコツとかあるなら教えてもらえませんかね?」

 

 この期に及んでまだ冗談を飛ばすフレッドとジョージは、それもベラトリックス・レストレンジ相手に冗談を飛ばすフレッドとジョージが、いつの間にかD.A.のみんなの心の支えになっていた。

 

「予言を渡せ、ポッター!」

「ほしいなら代金を払えルシウス!!」

 

 フレッドとジョージの2人と同じように、シリウスも冗談を飛ばしながら戦っていた。

 ハリーの隣で戦えるからだと、マッド‐アイもキングズリーも察していた。

 不気味な石のアーチの周囲で続く乱戦の中でキングズリーとマッド‐アイによって何人かの死喰い人が倒されたが、それでもまだ不死鳥の騎士団とD.A.の混成部隊は数で負けている。

 他の面々が複数人の死喰い人を相手にしてくれているお蔭で複数人でベラトリックスに挑む事ができ、局所的な人数有利を確保できているフレッドとジョージとアーサーとルーピンはしかし、目を覚まさないトンクスを守りながら戦っている事もあって形勢は不利なままだった。

「ステューピファイ!!」

 フレッドが放った呪詛は弾き返されてジョージに迫り、それを防いだフレッドとジョージは同時に武装解除呪文を放つが、上半身だけ反らして最小限の動きで躱したベラトリックスはルーピンとアーサーの呪詛もいっぺんに防いで反撃する。

 ベラトリックスが飛ばしてきた呪詛を、ルーピンとアーサーは2人がかりで防ぐ。

 そこにさらにベラトリックスは呪詛を飛ばし、フレッドとジョージは同時に盾の呪文を唱えながら大きく横に跳んで身を守った。

 

 子供たちを守るためには自分が可能な限りの大人数を相手にするべきだと考えているマッド‐アイは、その子供たちやパーシーにも援護されながら、10人の死喰い人と呪文を撃ち合っている。

「エクスペリアームス!」

 乱戦の隙をついてジャスティンがキングズリーと戦っている死喰い人のひとりを武装解除した向こうでは、ラバスタンとロドルファスに追い立てられながらルーナを守ろうと頑張っていたネビルが、ちゃんと逃げる先を見て選んだ冷静さの成果として、キングズリーとロンとジャスティンとシェーマスのすぐ隣までたどり着く事に成功していた。

 

「エピスキー」

 

 どうやらどこかのタイミングで口の中を切っていたらしいネビルの真っ赤に染まった口の中にジャスティンが杖を向けて止血した。

「あでぃがどジャずティン」

 ルーナが防ぎきれなかった呪詛を何回か代わりに浴びたネビルは、まだその影響が残っていた。

「お前それ何くらったんだネビル? ――コンフリンゴ!!」

 ロンたち3人は不気味なアーチの周辺だけ床が少し高くなっている事を利用して、その段差に隠れつつキングズリーの背中から一瞬だけ顔を出して死喰い人たちに呪文を撃ち込んではまたすぐ身をかがめて庇護下に収まるという行為を繰り返している。

 マッド‐アイとキングズリー、そしてアーサーとルーピンが戦い続けながら試み続けていた慎重な位置取りによって、その4人の間には仮初めの安全地帯が形成されていた。

 しかしそれは未だ揺るがぬ数の差によって、ジリジリと狭くなっていく。

 その安全地帯の端を守るアーサーとルーピンはフレッドとジョージと協力して、ベラトリックス・レストレンジをギリギリ抑え込む事に今のところは成功している。

 「アクシオ」

 小声でそう唱えたジャスティンは、気を失ったままのトンクスが着ている服に「呼び寄せ呪文」をかけることでトンクスを自分たちのすぐ傍まで回収した。

 

「リナベイト! …………ダメか」

「2人でやろうジャスティン」

「アバダケダブラ!!!」

 

 フレッドとジョージとアーサーとルーピンがそれぞれに防御で手一杯になった瞬間、ベラトリックスはポッター小僧の隣、ドロホフの奴の呪詛を防ぎそこねた従姉弟に緑の閃光を放った。

 

 その一瞬、不死鳥の騎士団とD.A.の、みんなの時間が止まった。 

 

 1秒前に飛ばした冗談の笑みを顔に浮かべたまま、シリウス・ブラックは真横に吹っ飛ぶ。

 急に吹っ飛んだシリウスの奴を捉えそこねた自分の死の呪いが、あの妙な石のアーチをくぐった瞬間に溶けて消えたのを、ベラトリックス・レストレンジは確かに見た。

 

 ドロホフの呪詛を喰らった直後に視界が緑色に染まったところまでは把握しているシリウスは、なぜ自分がまだ生きているのかを理解できていなかった。

 自分は「アバダ・ケダブラ」を浴びなかったらしいと、シリウスはようやく気づき始めていた。

 ブラック家の従姉弟2人、殺そうとしたベラトリックスと殺されそうになったシリウスは、全く同じ疑問に支配されていた。

 

 ――いま、何が起きた?

 

 何かを見つけたらしいネビルが大きな声で何事か叫んでいるが、ネビルはルーナを守ろうとして浴びた呪いの影響が身体に残っているせいでまともに発声できておらず、周囲の誰にも何を言っているやら聞き取れない。

 そしてネビルから一瞬遅れて、シリウスも状況を理解した。

 今の今までシリウスの中にあった疑問は、綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「ダブルドー!! ダブルドー!!」

 

 ネビルが何を言っているのか、ハリーたちにもやっとわかった。

 

「やあシリウスくん久しぶり。背伸びたね?」

「すまんかったの、シリウス。今回の事は全て、儂の落ち度じゃ」

 

 アルバス・ダンブルドアと、橙と緑のド派手なゴーグルをした黒髪の魔女が2人並んで、シリウスの目の前に立っていた。

 アントニン・ドロホフの呪詛の影響で今まさに死にかけているシリウスはしかし、派手なゴーグルの魔女が何やら手に持った瓶の中身を一気飲みしてジェームズ・ポッターの姿に変身したのを見ながら、自分の身体の現状とは真逆の事を考えていた。

 

「お久しぶりです、先生。…………私がホグワーツの、1年生だった時以来ですね……」

 

 助かった、と。

 

 




 
 次回、ヴォルデモート卿 VS アルバス・ダンブルドア&神秘部部長、in神秘部。

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