104年後からの今   作:requesting anonymity

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4.マクゴナガルの楽しみ

「さあ。皆そのまま。まず『杖の構え方』の話をしよう」

 

魔法大臣によって送り込まれてきた「高等尋問官」なる肩書きを名乗るドローレス・アンブリッジを押しのけて縁故採用された今年の「闇の魔術に対する防衛術」担当教授である、その自分たちと余り変わらない年齢の青年にしか見えない「ダンブルドアの学生時代の先輩」だという魔法使いは、自分のカバンの中に生徒たちを招き入れてその中で授業をし、更にカバンは屋敷しもべ妖精たちや自分と長年共にある不死鳥などに任せて場所を移すという方法で「高等尋問官」の査察を今のところは逃れていた。

 

「『杖の構え方』?僕ら5年生だぜ先生?それにそんなの、何だっていいだろ?」

 

暖かな陽光に包まれた草原で、マンティコアやらグラップホーンの群れやら火蟹やらニフラーやら鳥たちやらヒッポグリフやら様々な魔法生物たちが遠巻きに見守る中で、グリフィンドールの5年生たちはその今年の「闇の魔術に対する防衛術」の先生に杖を向けていた。

「5年生だから、この話をするのさ。ミスター・フィネガン。仰る通り基本的には何だっていい。ただ『やめたほうがいい構え方』がある………ミス・パチル。ちょっとそのまま動かないでね」

ドラゴン皮のマントを羽織った派手なメガネの青年はそう言ってパーバティの傍に寄ると、自分も杖を取り出して見本を見せつつ優しくその構えを矯正し始める。

 

「呪文学の授業や変身術の授業、それに普段ちょっとした事に杖を使う時と『戦う時』で杖の構え方が違う子は多い。なんなら僕だってそうだし、大なり小なりみんなそうだ。で、こちらのミス・パチルみたいに賢くて優しい子が時々やりがちなんだけど、これ。良くない。杖を持った手を自分の顔の傍に持ってきてもう片方の手も添える、つまり『杖を両手で構える』これはダメだ」

 

「なんでですか?狙いが定めやすい持ち方では?」と言ったディーンに、青年は言う。

「君は呪文を唱える時両手で杖を持って振るのかい、ミスター・トーマス。確かに狙いは定めやすい。マグルの警官なんかは銃を構える時そうするからね。けどマグルの警官が銃を構えるのと、僕ら魔法使いが杖を構えるのとでは決定的な違いがある……引き金を引けばそれでいい上に狙った場所に当てるには動かしちゃいけない銃とは違って、杖は少なからず振らなきゃいけない。杖を振るのは片手でやるだろう?その時に杖を両手でガッチリ固定して構えてたら、ほら、片手で気軽に持ってる奴と比べてほんの一瞬だけど、確実にほんの一瞬遅れるわけだ。これは、致命的な事だ」

その青年は、パーバティに杖を片手で構えるように、もっと力を抜くように促す。

「そう。良くなったよミス・パチル。『友達の後ろ髪にゴミが付いてる、取ってあげなきゃ』そんな感じに構えるんだ。力を入れずに、注意を怠らずに…………いいよミスター・ポッター。それでいい。いま君だけが、僕が歩き回るのに合わせて杖の向きを修正してた。常に杖の先を僕に向け続けてた。不意打ちを警戒してるね?僕が『そういう奴』だって事に、君だけはもう気づいてるね?それでいいんだ。それがいいんだ」

 

褒められたハリーはしかし、確かに不意打ちを警戒しつつも頭の中では全く別の事を考えていた。

脳裏に浮かぶのは去年のあの光景。三校対抗試合の最後、セドリック・ディゴリーの最期の瞬間。

ハリーの記憶に鮮明に残るその瞬間のセドリック・ディゴリーもまた、杖を両手でガッチリと顔の傍に構えて、まっすぐ奴らに突きつけていた。

 

セドリックがこの先生の授業を受けていたら。そう思わずには、いられなかった。

 

「先生、去年はどちらにいらっしゃったんですか」

 

ハリーはそう訊かずにはいられなかった。この人は何も悪くないと頭では解っていても。

 

そしてそんなハリーの心の内も察して、青年はハリーの目をまっすぐに見つめる。

「ホグズミードに居たよ。ハリー。君の目の前でセドリック・ディゴリーが殺された時、僕はホグズミードの僕の店で、お菓子食べながら仕事してた。君らに何が起きたかはアルバスからの伝言で知った。ああ、そうさ。君が思ってる通りさ、ハリー。僕があの時その墓場に居ればセドリックは助けられただろうとも………だから僕は今、ここに居るんだ。いいかい、望んだって仕方がない事は、望んだって仕方がないんだ。大切なのは『これから何をするか』だ。過去に囚われるんじゃなく、過去を踏まえて『じゃあどうするか』だ。僕は来た。君はどうする?ハリー・ポッター」

 

ハリーは悟った。この先生もあの時自分と同じように己の不手際を悔いたのだと。どうやればセドリックを助けられたかを何度も何度も考えたのだと。そして、ハリーは答える。

 

「先生の授業に、全力で取り組みます。………エクスペリアームス!」

 

ハリーが急に飛ばしてきた武装解除呪文をスルリと躱しながら、その青年は優しく微笑む。

「それでいいんだよ、ハリー。僕もそうする。さあみんな遠慮せずに……インパービアス!」

呪文を唱えようとした瞬間「防水呪文」を口の中に投射されたハーマイオニーが咳き込む。そしてロンが反撃しハリーも呪詛を飛ばし、ハーマイオニーは自分に杖を向けて呪文を解除し復帰する。

「ヴォラーテ・アセンデリ!!」

そうしてハリー達3人が戦い始めたのを合図に、その今年の「闇の魔術に対する防衛術」の教授である「ダンブルドアの学生時代の先輩」とグリフィンドールの5年生全員との決闘は幕を開けた。

 

「コンフリンゴ!!」

 

ロンが去年さんざん苦労してやっとこさ覚えた「爆破呪文」は、青年の蝿でも払うかのような気軽な手の動きでピシャリと地面に叩き落され不発に終わる。

「ほらミス・グレンジャー、君にプレゼントだ」

パーバティが飛ばした呪詛をするっと躱しながら青年が手渡してきた一通の赤い手紙を、ハーマイオニーは思わず受け取ってしまった。それはハーマイオニーの手に触れるやいなや自動で開封され、速やかに折りたたまれて人の口の形になってハーマイオニーの眼前に浮く。

 

「ハーマイオニー・ジーン・グレンジャー!!」

 

その声が草原に響き渡った瞬間。見たこと無いほどにハーマイオニーがビクゥ!と怯んだのを見て、ハリーはそれが誰の声なのかを察した。ハーマイオニーのその顔が、モリーおばさんに叱られている時のロンの顔と全く同じだったから。

「お手紙で使い方と使用目的を伝えて、一式同封してご協力いただきました!……知ってたかい?吠えメールってあくまでもインクと便箋が特殊なだけだから、魔法使いじゃなくても使い方さえ理解すれば使えるんだよ。あ、ミス・グレンジャー。きみのお母さんはただ君のフルネームを手紙に書いて送っただけで、別になんにも怒ってないから安心してね」

 

そう言った青年に猛烈な勢いで呪詛を連射し始めたハーマイオニーを横目に見て、ロンはニヤニヤと笑っている。パーバティもラベンダーも青年を杖で狙いながらクスクス笑っている。

「ほら、ミスター・ウィーズリー。君にもプレゼントだ!」

てっきり自分もママが書いた「吠えメール」を渡されるのかと身構えたロンだったが、違った。

そしてロンの真横で杖を構えていたネビルは、それが何なのかを一目で識別した。

 

「噛み噛み白菜だ!飛び跳ねて噛み付いて来るんだ!ロン、先にコイツを黙らせなきゃ!」

それが何で、どういう物で、どう扱えばいいのか。スプラウト先生の言葉を速やかに思い出したネビルはそのガチガチと牙を鳴らしている玉のような植物に飛びついて掴みかかりどうにか押さえつけようとしながらそう叫ぶ。ネビルに応えて、ロンもその凶暴な白菜―ロンの目にはどちらかと言えばキャベツに見えたが―の処理にかかる。

 

「素晴らしい!ミスター・ロングボトム、素晴らしい!咄嗟に必要な知識を思い起こせる、それでこそホグワーツで教師をやる甲斐があるってもんだ!スプラウト先生は君を誇りに思うだろうさ、ミスター・ロングボトム。いや、ネビル!君はグリフィンドールに10点を齎したよ―」

四方八方から次々飛んでくる呪詛を全て杖を持っていない方の手だけで凌いでいる青年は言う。

「―だからもう1個あげよう。ファイトだ!」

青年が気軽に杖を振ると、そのドラゴン皮のマントの内側から「噛み噛み白菜」がまた1つ、先に投げよこされた1つ目を抑え込んでいるネビルに飛来する。

「うわぁ、やらせるもんか!」

それがネビルの背中に噛み付くより先に、ロンがガッシリと受け止める。

 

「イモビラス!エクスペリアームス!ステューピファイ!!」

先生に絶え間なく呪詛を放ち続けているハーマイオニーを筆頭に、女の子たちは猛烈に攻撃を続けているが、先生は心底楽しそうな笑顔のままその全てを軽々凌いでいる。

「ディーン、シェーマス!こっち手伝ってくれ!コイツを抑えるのには両手が要る!けど黙らせるには杖が要る!コイツは僕らじゃ1人1個担当するのは無理だ!」

ロンの要請に応じて、2人は先生を呪文で狙うのを中断して凶暴な白菜の処理に加わる。しかしそこに他ならぬ先生が追加で白菜を3つ投げてよこし、ディーンとシェーマスは一気に表情から余裕が無くなった。

 

「ステューピファイ!ステューピファイ!」

 

3つの内2つを失神呪文で撃墜する事に成功したハリーはディーンとシェーマスの感謝の言葉を聞きながらも頭の中は暢気にも「白菜が失神するとは」という素朴な驚きでいっぱいだった。

「クルーシオ。」

気軽な口調でそう言いながらハリーの横っ腹を思いっきり抓った青年は四方八方から飛んでくる呪詛に軽々対処しながら「何ボーッとしてるんだい?」と言って笑う。

「痛!!―エクスペリアームス!!!」

ハリーがかなりムキになって唱えたその武装解除呪文もまたさらっと避けた青年は言う。

 

「君たちみんな、なかなか攻撃が上手だね。だけど教科書通りだ。……プロテゴ!!」

 

丁度飛んできたパーバティの呪文を青年が盾の呪文で防ぐと、不思議なことに周囲に居た全員が勢い良く吹き飛ばされた。

「エクスペクト、パトローナム。」

青年がそう言って杖を一振りすると辺り一面に白く光る霧が充満し、ハリーたちはすぐ近くに居る数人以外の状況が全く解らなくなった。

「ルーモス・マキシマ!」

「わああ!!」

白菜をやっと全て黙らせた直後のロンたち4人は、ネビルの杖が急にかなり眩しく光り輝き始めたのを見て思わず目を覆う。しかしロンもディーンもシェーマスも「何やってんだよネビル!」などとは言わない―今のがネビルの声でないと、3人はちゃんと解っていた。

「ネビル、『ノックス』だ!君の杖なんだ、君が消灯できる筈だ!」

「『ルーモス』で他人の杖を光らせるなんて!器用なんてもんじゃないぞ!」

周りにみんなが居ると解っていて視界が塞がれている以上、ロンも他の皆も闇雲に呪文で反撃するわけにはいかなかった。

 

「この呪文は僕の『幸福感』からできている。『幸せな気持ち』。幸せだな、っていう『感情』。それってほとんど僕そのものみたいなもんだ。僕には君たちの位置が手に取るようにわかるよ」

 

これが守護霊呪文だと察せているからこそ、ハリーにはその発言が信じられなかった。守護霊呪文にそんな機能は無い筈だ。

「ほらパーバティおやつの時間だよー」

「むー!んーーー!!」

光る霧の中からいきなり現れた青年に取り押さえられ、抵抗虚しく百味ビーンズを箱から直に口の中へと流し込まれて、パーバティは悶絶する。

「あーあー吐き出しちゃダメだよパーバティー。はいはいもっと入るでしょー」

「んーーー!んんーーー!!」

聞こえてくるやり取りから壮絶な拷問が行われている事だけは察したハーマイオニーは、落ち着いて本で読んだ内容を思い出す。呪文の唱え方、杖の振り方、注意すべきポイント。

 

「ホメナム・レベリオ」

 

初めて使って成功したのが内心結構嬉しいハーマイオニーは、しかし落ち着いて狙いを定める。

しかし。

「先生消えちゃった?そんな馬鹿な………私、呪文失敗した?」

「いいや!うまくできてたよハーマイオニー!僕が対処法を知ってただけさ!」

どこからともなく青年の声が響く。

「うわあ!なんだコイツ急に!どっから来たんだこの、デパルソ!」

その直後、いきなり飛来して猛烈に襲いかかってきたワタリガラスにロンが反撃し、ネビルが噛み噛み白菜の葉を1枚ちぎって差し出し、釣ろうとする。

「ほら、美味しいよ。………たぶん……」

途端にそのワタリガラスはネビルの方にぐるんと首だけ向き直り、その手の葉っぱを掻っ攫ってまた白く光る霧の中へと消えていった。

 

「アクシオ。」

「きゃあ!デパルソ!!」

 

制服のスカートの裾を「呼び寄せ」られたラベンダーは悲鳴を上げ、引っ張る力が加わっている方向に杖を向けて呪詛を飛ばす。

 

そして皆を覆い尽くして視界を奪っていた守護霊呪文の霧は何の前触れも無く消え、口の中にパンパンに詰まった大量の百味ビーンズを霧がある内にこっそり吐き出して呪文でどうにかしようか、はしたないからそれは止すべきかと葛藤していたパーバティの顔が蒼くなる。

 

「ステューピファイ!」

 

ハリーが青年に失神呪文を飛ばすが、青年はそれを躱しつつ「エクスペリアームス~」と楽しそうに言いながら、両手で必死に自分の口を抑えているパーバティの手から杖を掠め取った。

 

その後もグリフィンドールの5年生たちはその青年に必死で応戦するも散々に弄ばれ続け、暫く経った頃にはみんなヘトヘトになっていた。

「じゃ、この辺にしとこうか。さーあここからが大切だよみんな!」

まだ立っているのがハリーだけなのを見て、青年は言う。息が上がっている様子すら無い青年を、肩で息をしながら杖を持っていない方の手を膝についてどうにか立っているハリーは驚愕しながら見つめていた。―どんな体力してるんだこの人は。

 

「さ、まずは―ごめんねパーバティ。この中に」

 

青年が手渡した携帯用大鍋を受け取ったパーバティは、皆に背中を向けると盛大に嘔吐した。

「……先生、パーバティに何したんですか」

怪訝そうな顔をしてそう訊いたラベンダーに、青年は百味ビーンズの空き箱を持ち上げて示す。

「そりゃいくらなんでもひどいよ先生………」

ロンが抗議するも、青年はさらりと言った。

「僕じゃなくてあの『ヴォルデモート卿』だったらこの程度じゃ済まない。だろう?」

パーバティには悪いが先生の言う事は正しいと、ハリーは思った。

 

「ハリー。ハリー・ポッター。君にあって、他の皆にほとんど無いもの。グリフィンドールの5年生の中じゃ君が一番持ってるもの。なにか解るかい?」

「僕、ぼくよくわかりません、先生」

本心でそう言ったハリーを、ロンもハーマイオニーもネビルも他の皆も、信じられないものを見る目で見つめている。

「本気で言ってんのかよハリー。きみともあろうものが!」

「そうよ、ハリー。先生の仰りたい事、本当にわからないの?」

ロンとハーマイオニーが言う。

「―じゃあ、誰かハリーの代わりに答えてくれるかい?ハリーにはもう充分過ぎるほどあって、君たちには少し足りていない、けれど安全にそれを増やせるならどれだけ増やしてもいいもの」

そして控えめに挙手していたネビル・ロングボトムを、青年は指名する。

「ほらネビル、遠慮しないで」

「………実戦経験、だと思う、思います。ハリーはその、これまでずっと、僕らより、大変な目に遭っています。だから、僕らの中じゃ一番ハリーが、杖を振るのが速い。ちょっとでも速く動かなきゃ死ぬって状況が、今までハリーには何度もあったから。ロンとハーマイオニーの2人もハリーと一緒に何度も大変な目に遭っているけど、でもハリーほどじゃない」

ネビルは、そう言いながらハリーを見つめる。

 

「僕、ハリーの助けになってあげたいんだよ。僕なんかじゃ迷惑かもしれないけど、それでも助けになってあげたいんだ。ハリーは大変な目に遭ってきた。それでこれからもそうだって事が、あのヴォルデモートがくたばらない限りずっとそうだって事がわかりきってる。だから、僕、がんばるよ。ハリーの為なら僕なんだってするよ!ばっ、ばあちゃんには、怒ると怖いから逆らえない……けど。けどヴォルデモートとなら戦うよ!だって、ヴォルデモートは、ばあちゃんじゃない。それなら僕、怖くない。ヴォルデモートなんか怖くない!ばあちゃんが怒った時の方がずっと怖い!」

 

頼もしいのか情けないのかよくわからないネビルの、その力強くもネビルらしい発言で皆は確かに感銘を受けつつも可笑しくなってしまってクスクスと笑い始めていた。

「どんななんだよお前のばあちゃんは………」

ロンが言い、ネビルはごにょごにょと口ごもる。

「ご両親は、フランクとアリスの2人は。あの子たちもきっと、君を誇りに思うだろう。ネビル」

ハリーはネビルを見て、その体が少し震えているのに気づいた。ネビルが今どういう気持ちでいるのか、ハリーには想像することしかできなかった。

「オーガスタくんだって君を誇りに思うさネビル。あの子は勇ましい子だった!今もそうかい?」

青年の言葉に控えめに頷いたネビルの顔には、祖母への畏れが現れていた。

 

「さてハーマイオニー。君も素晴らしい動きだった。特に『人間の存在を明らかにする呪文』は良かった。あの場ではアレはすごく有効だ。だから君に5点あげよう。そしてハーマイオニー。君にちょっとした宿題だ。期限は無し。……僕はあの時どうやって君の『ホメナム・レベリオ』の影響から逃れた?解ったら教えてね。次にロン。君も良かった。呪文は全て正確だった……これはつまり、うまくやれるかどうか怪しい呪文は使わないようにしてたね?それはすごく賢い判断だ。簡単な呪文でも有効で強烈なものはたくさんある」

青年は皆を順番に、その目をまっすぐ見つめながら具体的に褒める。

「シェーマス、そしてディーン。助けを求められて一切逡巡せず即応じたね?素晴らしい。状況を理解してから実際に行動するまでが速いってのは、人の命を救い得る才能だよ。これは意識的に練習したってなかなか改善されるものじゃない。君たちも素晴らしい戦いぶりだった」

そして青年は、パーバティ・パチルに向き直る。

 

「さてパーバティ」

「ヒッ……は、はい」

 

パーバティはちょっとビクッと怯みながらも、青年の目を見つめ返す。

「杖の構え方。ちゃんと改善できてたね。呪文も僕を正確に狙って飛んできた。その調子だ。それと、さっきはゴメンね。お詫びにこれあげるよ―アクシオ!」

青年がポケットの中から「呼び寄せ」て取り出し、パーバティに手渡したのは、1冊の本だった。

「こういうの興味あるかと思って」

その表紙の飾り文字を読んで、パーバティは目を丸くする。

「『それぞれの美しさ:サチャリッサ・タグウッドから全ての女の子と男の子に』?先生、これ本物?!!ミセス・タグウッドの本はいくつも持ってるけど、こんなタイトルの本知らない!」

魔法族の女の子なら知らない人は居ないその魔女の、聞いたことも無いタイトルの著作を渡されてパーバティは驚き、その周囲には私にも見せて私も私もと女の子たちが集まる。

「そりゃまあ、それ非売品だからね。サチャリッサがホグワーツの6年生だった時、一時期あまりにも恋愛相談されすぎてサッちゃんパンクしちゃってね。翌月同級生全員に配布したのがコレ」

青年のその解説は、女の子たちを色めき立たせた。

「先生、学生時代のサチャリッサ・タグウッドを知ってるんですか?!!」

「うん。だって同級生だし。しょっちゅう一緒に居た皆の中の1人がサッちゃんだよ」

そして、暖かな陽光が降り注ぐ草原の中で、青年はグリフィンドールの5年生たちに言う。

 

「君たちが5年生でさえ無ければ、もうちょっとゆっくり楽しい思い出話を聞かせてあげられるんだけど。けれどあいにくそうはいかない……君たちは今年『O.W.L.試験』を控えてる。試験には筆記と実技があって、まあどっちか完璧でももう片方が酷いと来年その教科を続けられるかわからんわけだね。だから、僕としては誠に遺憾ながら、ここばっかりはアンブリッジ先生に同意せざるを得ない………つまり、『座学』を完全無視するわけにはいかないんだ。というわけで向こうに家が見えるね?あの中へ行こう。そこで僕が予めグリちゃんに貰ってきた『過去問』をやってもらう」

露骨にテンションが下がったハリーたちに、青年は言う。

「取り組んでもらうのは去年実際に、今年6年生になってる子たちが解いた問題。ただし本来は5年生としての学びを終えてから挑むもので、一方君たちは5年生になったばかりだ。だから全員で1枚の答案を埋めてもらう。いくら相談してもいい。お菓子と飲み物もある。全部埋めたら答え合わせだ。全問正解じゃなかったらやりなおし、但し2度めの挑戦からは、あの家にある本とか、君たちが今持ってる教科書とかを読んで調べながら解いていい。授業時間内に全問正解できたらご褒美をあげよう―さあ行こうか!」

 

全員で1枚埋めるならまあ、とハリーとハーマイオニーの背中を見ながら一同は草原の向こうにある家まで移動し、その1階の広々としたリビングの中央のテーブルに答案用紙を広げ全員で囲む。皆を代表して羽根ペンを持ったのがハーマイオニーである事に、異議を唱える者など居なかった。

 

「『狼人間によって傷を負わされた者に対する正しい対処を述べよ』解る人、居る?」

全員で1枚を解くという事の要旨がどこにあるのかを理解しているハーマイオニーは、答えが解っていながらまず皆に問いかける。

「普通の治癒魔法じゃダメなんだよな、それぐらいは知ってるけど………」

シェーマスが唸る。

「『ハナハッカのエキスと銀の粉末』。ルーピン先生が言ってた。これを傷口に塗る事で傷を塞ぐ事ができる。この治療を、失血死するより早く施す事によって犠牲者は死の運命から逃れ、新たな狼人間として生きていく事ができる。またはそうする羽目になる。死ぬことを選ぶ人も居るって」

ハリーが言い、ハーマイオニーは解答欄に『ハナハッカのエキス』『銀の粉末』と記入する。

「次よ。『次の魔法の反対呪文を述べよ。“コロポータス”“ステューピファイ”“愛の妙薬”』」

「愛の妙薬って呪文で解除できるものなの?」とハリーが訊く。

「フリットウィック先生が何か仰ってたのは覚えてるんだけど、なんて呪文だったかしら……」

ハーマイオニーが必死で記憶を辿っている中、他の皆は残り2つについて相談する。

 

「コロポータス、ってアレだよな、あの扉を閉じちゃうやつ」

「ただ閉じるんじゃなくて接着するんだよな。鍵も閂も無い扉が、この呪文にかかると突進したって蹴っ飛ばしたって開かなくなるんだ」

「じゃあ………『アロホモラ』で開いたりするのかな」

ディーンとネビルの話を聞いていたパーバティが、急に立ち上がった。

 

「待って、試してみればいいのよ。だってこれは実際の試験じゃないんだし、先生はそうしちゃダメとは仰ってないわ。だからこの部屋の扉で実際にやってみるべきよ!」

それを聞いて、問題に取り組んでいる皆を部屋の隅で動物たちに給餌しつつ静かに見守っている青年は嬉しそうに笑った。

「ねえ、『鍵を開ける呪文』って、もう2つくらいなかった?魔法史で習った気がするんだけど」

そう言ったラベンダー・ブラウンに、シェーマスの隣の女子生徒が「オープンセサミ」と伝える。

「もういっこ、たしかにあった気が……『ポータベルト』!……でもどう違うのかしら」

ラベンダーは首を捻り、ロンは「フレッドとジョージが前に……」と記憶を辿っている。

 

「思い出した」とロンが言う。

「フレッドとジョージがウチの扉で試してた事があるんだ。『オープンセサミ』は扉が爆破されてバラバラになった。『ポータベルト』は錠前が吹き飛んで扉が焦げた。『アロホモラ』は、まあ、知ってるだろ。で、2人が扉を直すより早くママがやってきた。……どれが反対呪文なんだ?どれでもいいのか?」

ハリーは杖を取り出して、部屋の扉に向かう。

 

「コロポータス!」

 

バチンと扉が閉まり、押しても引いてもビクともしない事を力いっぱい確認したハリーは、ラベンダーに場所を譲る。

「じゃあまず………オープンセサミ!」

ラベンダーの呪文は正確に扉を捉え、大きな衝撃と爆発音が部屋を揺らすが、扉に変化は無い。

「ハズレね。次―ポータベルト!!」

扉に変化は無い。

「じゃあ、アロホモラ!」

その呪文によって一瞬光った扉は特に変化が無いように見えたが、ハリーはその扉を押してみる。

「開いた………決まりだね。アロホモラはコロポータスの反対呪文としても使えるんだ」

ハイタッチするハリーとラベンダーを見ながら、ハーマイオニーは遂にその呪文を思い出した。

「『サージト』!『幻滅呪文』よ!まったく、私なんで忘れてたのかしら!フリットウィック先生が授業で前に仰ってたのに!」

ここまでにハッキリ決まった答え2つを解答欄に書き入れながら歯噛みするハーマイオニーを見て、そんな呪文を聞いた覚えが全く無かった他の皆は揃って苦笑いしていた。

 

「失神呪文の反対呪文は?知ってる?」

「『リナベイト』。蘇生せよって意味の呪文だけど、もちろん死人は生き返らない」

 

ネビルの問いにハリーが答える。

「よしこれで3つ埋まった。次は―おおう。『守護霊呪文が吸魂鬼に効く理由を述べよ』」

その問いを読み上げたロンは表情で「さっぱりわかんない」と表明した。

ハーマイオニーも含めた全員がハリーを見るが、ハリーとて理屈はよくわかっていない。

 

「ディメンターってさ、幸福な気持ちを吸い取っちゃうんだよね?で、守護霊呪文は幸福な気持ちの塊なんだって、一昨年ハリーが教えてくれたよね。……そういえばなんで効くんだろ?」

ぼんやりとそう言ったネビルの疑問が、皆の脳内に、そしてハリーの頭の中にも響いていた。―言われてみれば確かに、むしろ格好のごちそうではないのか。

「守護霊呪文は、幸福感の塊だ。そういう精神状態でなきゃうまく唱えられないんだからその筈だ。で、ディメンターは人の幸福感を貪る。………?????????」

問われて初めて妙だと思ったハリーも皆と一緒に首を捻る。そして数十秒後にハーマイオニーが百味ビーンズの大ハズレを引き当てたような顔で言った。

 

「わからない問題はさっさと飛ばして次に行くのも筆記試験のコツよ」

 

その方針に、皆が賛同を示す。

「いいわね?この問題は後。次は―『アクロマンチュラに特に有効な呪文を述べよ』」

「「『アラーニア・エグズメイ』。蜘蛛退散呪文」」

ハリーとロンが即答した。実体験が知識を身につける上で如何に有効なのかを、ロンは改めて噛み締めていた―たとえ自分が年老いてボケても、決してこの呪文だけは忘れないだろうと。

 

そしてその後も何度か全く手も足も出ない問題を飛ばしつつ最後まで辿り着いた皆は先生にその答案を提出し、案の定不正解部分に印をつけられて返ってきたその答案に、今度は参考資料を遠慮なく紐解きつつまた皆で挑む。

「あー、なるほど。ディメンター同士でなんで共食いしないのかも説明つくんだ!」

ほら見てよこれとディーンが指し示した分厚い本の中の記述を皆で覗き、なるほどそういう原理かと納得して答案にそのまま書き込む。

「………これってつまり、ピーブズにもディメンターは何もできないのかな?」

ハリーの素朴な疑問に、ネビルは賛同の意を示しつつも当たり前の指摘をする。

 

「そうだと思う。けど…………ピーブズがディメンターと遭遇する事って、ある?」

 

そんな調子で時間いっぱい、ドーナツやらポップコーンやら食べつつ答案に挑んだグリフィンドールの5年生たちは、見事時間ギリギリで全問正解を勝ち取ったのだった。

 

「素晴らしかったよみんな。さあさあ次の授業に遅れちゃったら他の先生方に申し訳が立たないからね。ほら1列になって、カバンの外に出るんだ。忘れ物をしないようにね!」

部屋の隅にひっそりと置いてあった「万眼鏡(オムニキュラ-)」を回収しながらそう言う青年に促されるまま、一同は入ってきた時と同じように1人ずつカバンの外へと出る。

 

「おや、ミスター・ウィーズリー。授業はどうでした?」

そこに居たマクゴナガル先生に問いかけられて、ロンはビクリとした。

「最高でした。でもマクゴナガル先生、どうしてここに……あれ?元の教室じゃない!」

「ええ。私のオフィスです。あなた達が授業を受けている間に、カバンはここへ運び込まれました。アンブリッジ先生の介入を避ける為かと思われます」

 

ロンの後ろからは次々と他のグリフィンドールの5年生たちが現れ、皆、同じようにそこがマクゴナガル先生の部屋であることに驚いた後、笑顔で今受けた授業の感想を話しながら次の授業へと向かっていく。それを当のマクゴナガル先生は面白そうに笑いながら見送り続け、全員が出ていった後で、青年はマクゴナガル先生に「万眼鏡」を渡す。

 

「さっきあの子達がみんなで1つの『O.W.L.』の過去問を相談しながらやってる所を撮っといたんだけどさ。見るかい?ミネルバくん」

「是非拝見したいですわ、先生……ところでこの後はどちらに?」

「万眼鏡」を受け取りながらマクゴナガルは青年に訊く。

「次の僕の授業、スリザリンの5年生の子たちの時間まで暫くあるからね。どっか他の授業でも見学してるよ。あ、ミネルバくんこれあげる。アメリカに住んでる友達が送ってくれたの。親子3代でやってるめちゃくちゃ美味しいパン屋があるんだよ。保存魔法のお蔭でまだ焼き立て!」

ニフラーとボウトラックルであろうイラストが描かれたその紙袋を喜んで受け取ったマクゴナガルがお礼を言おうとした時には、もうそこにその「青年」は居なかった。

 

「慌ただしい人ですね。さて、拝見しましょうか……」

 

まだ今日は自分が担当する変身術の授業まで結構時間があるマクゴナガル先生は、自分のオフィスでひとり「万眼鏡」を覗きながら、時々巻き戻しやら拡大やらを駆使してその自分の寮の5年生たちの様子をクスクス笑いながら見物しつつ、いただいたパンに舌鼓を打つのだった。

 

「おや、面白い形のパンですこと。これはエルンペントですか」

 

「万眼鏡」を覗き、パンを見て、パンを食べる。この日、数時間後にマクゴナガルの授業を受けたレイブンクローとハッフルパフの6年生達は、いつもより目に見えて機嫌がいいマクゴナガル先生に面食らう事になるのだった。

 

 





※「守護霊呪文が吸魂鬼に効く理由」はググればすぐ出てきますが
 この話で取り扱うのは結構後になります。
 一方「106年前」の方で取り扱うのはもうすぐです。

【万眼鏡(オムニキュラー)】
 クィディッチワールドカップでハリーが買ってたやつ。
 見た光景を後で見返したり拡大したりスロー再生したり色々できる
 便利な魔法の双眼鏡。発明された年も、製品としての耐用年数も不明。

※杖の構え方の話は「炎のゴブレット」を見てて思いついたものです。

 それと「吠えメール」が紙とインクに魔法がかかってるだけだから
 マグルでも使えるってのは私の妄想です。
 ロンのあのシーンのハーマイオニー版を見てみたいなって。

【吠えメール】
  差出人の本来の声量の100倍のボリュームで内容を読み上げる
  魔法のお手紙。届いたらさっさと開けないと爆発する。
  主にお説教用。 

    
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