104年後からの今   作:requesting anonymity

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41.危機一髪

「先生、今なんて言った?」

 

 聞き取れなかった者と、聞き取れたが理解できなかった者。そして聞き取って即理解できてしまった者が、同様にうろたえている。

 

「戦艦? クイーンエリザベス級だって? なんでそんなものがここにあるんだ」

「ウィンストンくんに昔もらったのさ。僕が魔法大臣してた頃にね」

 いつの間にか隣にいた神秘部職員らしき上品な佇まいの老人がそう言っても、その聞き捨てならないはずの発言に驚いている余裕はジャスティンにも、ロンにもシェーマスにも無かった。

 

「首尾はどうだい? ファスティディオ艦長」

 ロンの目の前で、その老人は自分の杖に話しかけている。

「アバダケダブラ1発で艦の保護呪文がほとんど剥がされた! 聞いてた以上だなコイツ!」

 老人の杖から響いてきた嬉しそうな声に、フレッドとジョージは聞き覚えがあった。

 

「ファスティディオ? 今のファスティディオだよな?」「アイツここに居るのか?」「ポルターガイストって自分が棲んでる建物から出られるもんなのか?」

 そんな2人に、起き上がれるようになったシリウスを支えながら「ここはいいから、きみは部長のところに行ってあげて」と傍らの不死鳥を送り出して、その神秘部職員の男性は言う。

「きみたちは部長のお家に行ったんだろう? だったらファスティディオ本人から聞いただろう? 彼は警備主任。『神秘部警備主任』。神秘部部長のオフィスは、ホグズミードにある部長のお家と、厳密にはその地下にある部屋と古代魔法で繋げられている。だからファスティディオはこっちにも来られる…………そうでなくたってカバンに入って一緒に旅行したりもしてるそうだけど」

 

 ピーブズもやろうと思えば城から出られるんだろうかとか考え始めたフレッドとジョージのみならず、D.A.の子供たちは皆いつの間にやら恐怖がいくらか薄れていたが、自分が安堵していることに気づけるほどの余裕は彼らには未だ無かった。

 

 しかし、そんな子供たちとは対照的に。

 

「全砲門一斉射!!」

 

 大破した2番砲塔を「レパロ」一発で元通りにしてそう叫んだその魔法使いは、ポルターガイストと一緒になって心底楽しそうに笑っている。

「ひゃー、砲に保護呪文してなかったらバターになってるよね僕ら」

 とんでもない音と衝撃に襲われながら、しかしそれが砲に施した魔法で大いに軽減されていると理解しているその魔法使いはビリビリと全身を揺らす余韻に包まれたまま、気楽にそう言った。

 

「私は平気だぞ?」

「ポルターガイストだもんねぇ」

 

 100年以上もの時を共に過ごしてきたその「2人」は、アルバス・ダンブルドアとヴォルデモート卿の決闘という誰も想像すらできないはずの頂上決戦に絶え間なく横槍を入れ続けながら、D.A.の子供たちと不死鳥の騎士団の面々、そして避難させている神秘部の職員たちも守らなければいけない緊迫した状況にも拘らず、ずっと満面の笑みを浮かべ続けていた。

 

「アバダ・ケダブラ!!」

 

 見えもしない遥か彼方へとヴォルデモート卿が放った緑の閃光は、水面を引き裂いて到来する。

 それは空中で何かに衝突し、15インチ連装砲に負けない程の大音響が戦艦を揺らした。

「あーらとうとう完全に剥がされたね保護呪文。じゃあ引き続き艦を任せるよファスティディオ」

 

 自分たちが居る戦艦サラザール・スリザリンの周囲にあった透明な何かがガラス窓のように砕き割られて散ったのを眺めながら、その魔法使いとポルターガイストは尚も長閑な態度だった。

「おや、今度はお前が休憩かいゴドリック」

 入れ替わりに甲板へと着陸した巨大なマンティコアにも、ポルターガイストのファスティディオは気楽な口調で話しかけた。

 

「いやはや、私相手に効果を発揮する『磔』とはね……そう言えば、『ヘルガ』は大丈夫なのか」

 戦艦サラザール・スリザリンの甲板に来るなりそう訊いてきた巨大なマンティコアの顔の周りを漂いながら、ファスティディオは質問に答える。

「スキャマンダーの坊っちゃんが他の奴らもまとめて18番水槽に避難させたそうだ。心配ないよ」

「ならよかった――来るぞファスティディオ!」

 

 マンティコアは翼を広げて飛び立ち、再び眼前に迫った緑の閃光に対して回避も防御もしようとしないポルターガイストの周囲では、幾つもの砲や対空機銃が滑らかに動いて狙いを定めている。

「15インチ連装砲を盾の呪文で防げるやつが居るとはね。私はビックリだよ!」

 誰の耳にも届いていないと知りながら、ポルターガイストのファスティディオは言う。

 

「戦艦が生きてる? 生きてるように振る舞う魔法がかかってる? 違う違う。そうじゃあない。この『サラザール』に命が宿っていないと断言はしないが、今これが動いているのは別の理由だ。古代魔法感情専焼缶24機がゴキゲンに吠えてるのは、単に整備が行き届いてるからだ」

 誰にとも無くそう言いながら、ファスティディオはくるくると甲板を漂う。

 

「『だったらなんで誰も居ないのに動くんだ』だって? 私がここに居るからさ。砲手も観測手も他のどんな乗組員も要らない。でも遊び相手なら大歓迎だ! 私はポルターガイストだから!」

 

 ティーカップやスプーンに対していつもそうしているように、ファスティディオはそうした。

 クイーンエリザベス級戦艦が空へと浮かび上がるのを、ただ1人だけが視界に捉える。

 

「ふははははははは! どうだいウィンストンくん! 僕ねえこれがやりたかったの!!」

 

 巨大なマンティコアの背の上でそれを見届けたその魔法使いは、嬉しそうに大笑いしていた。

 

「お前のご友人は、くだらんガラクタに随分自信があるらしいなダンブルドア?」

 何の助けも無く宙に浮かんでいるヴォルデモート卿と、それを初めて見て即真似してみせたダンブルドアは、空中で絶え間なく魔法を撃ち合いながら言葉を交わしている。

「当時のレオナルド・スペンサー=ムーン大臣がこの事を知っとったのか、大いに気になるのう」

「プロテゴ」

 15インチ連装砲4基8門の一斉射を、ポルターガイストによって操作され、速度を犠牲にすること無く軌道を曲げて全て同時に到来したその砲弾を、ヴォルデモートは単なる盾の呪文で防いだ。

 

「なぜ砲弾が炸裂せんのかと思うとったが。お主、着弾する瞬間に変身術で炸薬もろとも単なる鉄に変えておるのか。相変わらず、まっこと驚くべき反射神経じゃの」

「……おや、目はまだ見えているらしいなダンブルドア。まっこと驚くべき若々しさだ」

 

 杖の先で弄んでいた融けた金属の塊を気軽に消失させたヴォルデモートが次の瞬間放った緑の閃光に、ダンブルドアは黄金の閃光を撃って対抗する。

 しかしヴォルデモート卿とダンブルドアは数秒で呪文の押し合いを止め、同時に飛び退く。

 

 杖を頭上でぐるりと回して発生させた青白い雷をヴォルデモートはダンブルドアへと放つが、ダンブルドアが杖を持っていない方の手を一振りすると雷は全て白い毛糸に変わった。

 

 シュポンと軽い音がして、ヴォルデモート卿とダンブルドアの視界の端に、その艦が現れた。

 

「おや、皆様お揃いで。よく来てくれたね神秘部に」

 

 遠くの空中に巨大な船らしきものが現れた途端どこからともなく響いてきたその声に、ネビルは反射的に「こ、こんばんは」と挨拶してしまった。

「それは、これは…………なっ、何が、何がどうなってる!!」

 パーシー・ウィーズリーのその動揺した声は、死喰い人たちの心情すら代弁するものだった。

「ん? 何が不思議なんだ? 私はポルターガイストのファスティディオ。コイツは何十年か前に私の友人がこっそり買ったおもちゃで、クイーンエリザベス級戦艦って言うんだ。いいだろう?」

 どこからか響くその声は、そこに居るほとんどの者にとって、なんの説明にもなっていない。

 

「『ポルターガイストだから』あんな巨大な物を浮かせられると? それはいくらなんでも――」

 そう言ったパーシー・ウィーズリーを、その声は笑い飛ばす。

「おや、お前さんが私たちの何を知っているんだい? ピーブズが本気を出したらどうなるか、経験したことがあるのかい? ポルターガイストに『限界』なんて退屈なものがあるとでも?」

 ポルターガイストのファスティディオはそう言うが、誰も全く納得できていない。

 

「いいや、無いね」

 

 キングズリーすら困惑を隠せない中、フレッドとジョージだけがそう言い切ってニンマリした。

 

 そしてまた凄まじい衝撃が皆の全身を叩き、神秘部職員2名を除くその場の全員が耳を塞いだ。

「撃つ前に合図をしてほしかったんだけどファスティディオ? もし間に合わなかったら――」

 向こうの空中から少しずつ近付いてきているようにも見えるその戦艦に杖を向けている神秘部職員の男性は相変わらずシリウスに肩を貸したままそう抗議するが、ファスティディオは聞かない。

「お前さんの保護呪文が『もし間に合わなかったら』? そんな可能性は考慮するだけ無駄だ!」

 

 そういや俺たちこの人の名前まだ聞いてないなと、フレッドとジョージはシリウスを助けてくれたその神秘部職員の男性の背中を眺めながら気づいた。

 

「おやベラトリックスくん。まだ居たのかい」

 

 いつの間にやら隣に居た誰だか解らんジジイに話しかけられたベラトリックス・レストレンジは条件反射で「アバダケダブラ!!」と叫んで杖を振った。

「おー、ほんとに凄いねえ。でも、それでもきみじゃあ『あっちの3人』には混ざれないって解ってるだろう? 今の内にこっそり帰っちゃいなよ。それとも『我が君』の邪魔がしたいのかい?」

 無言の失神呪文でベラトリックスの死の呪いと力比べを続けながら、みるみるベラトリックスの死の呪いに押し込まれながら平然とそう言ってきたこの魔法使いも只者ではないと、少なくともドロホフの奴と同じくらいには「やれる」奴だと、ベラトリックスはそう見て取った。

 

「僕らブリテン島をでっかい1個のチョコマフィンにしたいんだけどさ、トムくんはどう思う?」

「クルーシオ!!!」

 

 ガンプの元素変容の法則を完全無視した物言いをする先輩がどこまで本気なのか、ダンブルドアには未だによく解らなかった。

 しかしそれは「先輩はいつも大真面目にこういう事を言っている」という11歳の時の気付きから、100年以上もの間ずっと目を背け続けているだけなのかもしれなかった。

 

「できたらアルバスも一緒に食べようね!」

「人が住めなくなってしまいますよ、先輩」

 

「僕ら」ブリテン島をでっかい1個のチョコマフィンにしたいという発言が引っかかりながらも、アルバス・ダンブルドアは目の前のヴォルデモートに意識を集中させ続けている。

 

 また飛来した戦艦の砲弾を、ヴォルデモートは煩わしそうに杖を振って消失させた。

「いい加減に不愉快だな……アクシオ!!」

 ヴォルデモート卿が一体何に杖を向けたのか、ダンブルドアはすぐ理解した。

 

「何?!! どこまでデタラメなんだアイツ!!」

 

 排水量3万トンを超えるクイーンエリザベス級をたった1人で「呼び寄せる」のかと、ファスティディオは驚きを隠せない。

 しかしそれでも、ファスティディオは吊り上がるように笑ってみせた。

「……15インチ連装砲を防げるんなら、どこまで防げるのか試してやろうじゃあないか」

 ファスティディオがそう呟くと「クイーンエリザベス級」6番艦はその姿を大きく変えていく。

 ホグズミードにある店の地下室にそうしているように、ファスティディオは戦艦にもそうした。

 

「魔法が使えないからってマグルを下に見るのは止めたほうがいいと思うね私は。なにせ、ほら」

 

 ファスティディオの意思に従って見違えるほど肥大したその『船』が、一体何を模しているのか。一目で理解したのは以前一緒に「その映画」を見た3人の神秘部職員だけだった。

 

「46cm三連装砲、3基9門。撃ちーかた始めー」

 

 これ1回言ってみたかったんだよと呟きながら、ファスティディオは笑う。

 

「プロテゴ・マキシマ!!」

「おおー。すごいすごい。トムくんほんとにとびっきりの魔法力――」

「エクスパルソ!!!」

 

 遠くの空中にあった「船のような何か」が前後真っ二つに割られて燃え上がったのが、ハリーたちからも見えた。

 化け物と言っていい威容の戦艦を独力で破壊したヴォルデモート卿は、怒りを杖の先へと注ぎ込み、それを不愉快極まる不審な魔法使いへとぶつけようとする。

 

 しかしそれは、ポルターガイストと「遊んだ」事が無い者がやりがちな油断だった。

 

「ッ!!!」

 

 空気を割って飛来した徹甲弾を、ヴォルデモート卿は鋭い杖さばきで爆炎も衝撃も防ぎきった。

 何種類もの艦をツギハギにしたような奇妙な姿になっているその戦艦は前後真っ二つに割られたまま、艦のあちこちから上がる火の手を放置したまま、相変わらず宙に浮かんでいる。

 相変わらず砲塔は旋回し、相変わらず対空機銃が唸っている。

 

「僕と僕の部下たちが山程の魔法をかけたお船を、ファスティディオが動かしてるんだよ?」

 

 真っ二つにされた程度で動かなくなるわけないでしょと言いながら、その魔法使いはヴォルデモートに落雷をお見舞いする。

 同時にダンブルドアの背後の高い位置からヴォルデモートを猛火が襲い、ドシンと轟音を響かせて巨大なマンティコアの「ゴドリック」が、口から火炎を吹きながら戦闘に復帰した。

 

「つくづく鬱陶しい奴だ!!」

「ハリーだってきみにそう言いたいだろうさ!!」

 

 ヴォルデモートが放った死の呪いを、その魔法使いは姿くらましで躱す。

 絶え間なく撃ち込まれ続けている対空機銃を自分に据え付けた保護魔法の強度に頼って完全無視したまま、ヴォルデモート卿はアルバス・ダンブルドアともう1人の魔法使いと戦い続けている。

 ヴォルデモートが優雅に杖を振って呼び起こした「悪霊の火」はダンブルドアに迫るが、ダンブルドアがそれに対処するよりも早く、マンティコアのゴドリックがその大蛇の形をしたオレンジ色の猛火に飛び込む。

 

「アバダケダブラ!!」

 

 悪霊の火を維持したまま、杖を持っていない方の手で放たれた死の呪いを、マンティコアのゴドリックは巨体からは考えられないほど素早い身のこなしで躱す。

 ヴォルデモートは次いで襲ってきた落雷と4個の噛み噛み白菜を煩わしそうに悪霊の火で迎撃し、ダンブルドアに死の呪いを放った。

 アルバス・ダンブルドアが躱した死の呪いが飛んでいくその先に居た神秘部職員の男性はシリウスに肩を貸したまま、飛んできた死の呪いを無言で放った失神呪文で迎撃した。

 ヴォルデモートは的を外した死の呪いをすぐに引っ込め、鞭打つような杖の動きで紫色の閃光を呼び起こすと、それを尾の先でこちらを狙っていたマンティコアの巨体にぶつける。

 

「プロテゴ・マキシマ!!」

 

 マンティコアのゴドリックを庇ったその魔法使いと、46cm三連装砲の徹甲弾を防がんとしたヴォルデモートが、同時に同じ呪文を唱えた。

 ヴォルデモートが防御に集中力を割いた隙に、ダンブルドアは暴れまわっていた悪霊の火を杖の一振りで夥しい数のムカデの群れに変えた。

 

「そこは蝶とかにしとこうぜ校長先生……」

 空中で暴れていた炎が変身した脚の多い虫の洪水が向こうから迫ってきたのを見て、フレッドとジョージは思わずそう呟いた。

 

「オパグノ!」

 

 しかしムカデの洪水はマンティコアの背の上に立っているその魔法使いの呪文によって一斉に向きを変え、ヴォルデモートへと襲いかかった。

 

 異常な大きさを誇るマンティコアの尾とダンブルドアの呪文、そして撃ち込まれ続ける46cm砲と幾つもの対空機銃による鉄のカーテン、更にはもうひとりの魔法使いの千変万化な横槍すら全て1人で防ぎ切りながら、ヴォルデモートはこの鬱陶しい奴らが自分の目を何から逸らさせようとしているのかを、よく理解していた。

 ハリー・ポッターがどこに居るのかを、ヴォルデモート卿は視界の端で常に把握していた。

 

「ファスティディオ! アレやろう『アレ』! ロウェナに遊んでもらった時のやつ!!」

「最高のアイデアだ!!」

 

 その声に誰よりも早く反応したのは、フレッドとジョージとシリウス・ブラックとを守り続けている神秘部職員の男性だった。

「何言ってるんですか部長!! あんなの屋内でやるものでは――」

 しかし、その「神秘部部長」を学生時代から知っている者たちは、注意深く杖を構えたまま、鷹揚に笑っていた。

 

「大丈夫さ。ダンブルドアくんが居るからね」

 

 アルバス・ダンブルドアは「トムの相手で手一杯なのですが」と抗議しようとして、やめた。

 

 真っ二つのまま浮遊していた「戦艦」サラザール・スリザリンは、またしてもその姿を変えていく。視界のかなり遠くの方で行われているその変化は、ハリーたちからはよく見えなかった。

 怪訝そうな顔をしていたハーマイオニーに、神秘部職員らしき老人は言う。

「……『グスタフ』と『ドーラ』って、知らないかい?」

 その発言に反応できたのは、キングズリー・シャックルボルトとジャスティン・フィンチ=フレッチリーの2人だけだった。

 2人の表情から「先生がまたとんでもないことしようとしている」とだけ察したハーマイオニーは、杖を握る手に再びより一層の力を込める。

 

「みんな、姿勢を低くして、杖を降ろさないで。盾の呪文を続けるんだ。あと口を閉じないこと」

 

 杖を一振りして「騎士団」とD.A.の全員に耳当てを装着させた神秘部職員の男性が発したその指示にすぐ従って、一同は全員で盾の呪文を構える。

「ベラトリックスくん、僕なんかに構ってていいのかい? ほら、80cm列車砲が来るよ?」

 ベラトリックス・レストレンジと決闘を続けていた神秘部職員、内部監査局局長セバスチャン・サロウがそう言った直後。

 

「プロテゴ・マキシマ!!」

 

 フレッドとジョージの傍でシリウスに肩を貸している神秘部職員の男性がそう叫び、ダンブルドアとヴォルデモートが同時に「姿くらまし」してお互いから大きく距離を取った。

 お互いをお互いの盾の呪文で何重にも守り合ってなお、「騎士団」の面々もD.A.の子供たちも、獣のような反射神経で防御を間に合わせた死喰い人たちも、広大なその空間もろとも吹き飛んだ。

 

 何もかも吹き飛んだ爆心地で、大崩落を始めた天井から降り注ぐ瓦礫の雨など気にも留めずに、その魔法使いはぴょんぴょこ飛び跳ねて大喜びしている。

 

「ありがとな、えーーっと俺たちアンタの名前知らないけど……」

「お気になさらず。いつもウチの部長と遊んでくれてありがとね」

 そう言った神秘部職員の男性のすぐ後方では、「クッション呪文」で助けてくれたパーシー・ウィーズリーに、ネビルとルーナがお礼を言っている。

「僕らもっと固まってるべきだな。……というか別の部屋に避難するべきだと思うんだけど――」

 アーサー・ウィーズリーはそう言いながら、パーバティ・パチルを助け起こしている。

 

「怪我してないかい?」

「はい。大丈夫です」

「次弾装填急げー!」

「馬鹿なんですか部長!!」

 

 最初に異変に気づいたのは、80cm列車砲の至近弾すら平気な顔で凌いでみせた巨大なマンティコアのゴドリックだった。

「おい、『ヴォルデモート』はどこに行った?」

 そして何が起きているのかを、我が君が何をしたのかを誰よりも早く理解して、ベラトリックス・レストレンジは湧き上がるように笑いだす。

 

「ハリー!!」

 

 ロンとハーマイオニーは駆け寄ろうとして、キングズリーとマッド‐アイに制止された。

 粉々になった床の上で、自分たちのすぐ傍でのたうち回っているハリー・ポッターに何が起きているのか、「騎士団」の面々もD.A.の子供たちも、薄々察し始めていた。

 アルバス・ダンブルドアがうろたえているのを見て、アントニン・ドロホフが笑っている。

 

 そしていきなり静かになったハリーは、ギラギラとした攻撃的な笑みをダンブルドアへ向ける。

 

「見たか、老いぼれ」

「クルーシオ!!!」

 

 今度こそ、D.A.の子供たちと「騎士団」の面々は正しく理解した。

 アルバス・ダンブルドアが恐れる唯一の魔法使いが、なぜヴォルデモートではないのかを。

 

「守護霊呪文を使う時の事を思い出すんだ、ハリー・ポッター!! 幸福な気持ちで心を満たすんだ!! それが一番効くはずだ!! 僕程度の『磔』なんか、単なる時間稼ぎだ!!」

 ハリー・ポッター相手にすら躊躇いなく攻撃したように見えるその魔法使いが今なにをしているのかを、学生時代からの友人2人ともうひとりの神秘部職員、そしてアルバス・ダンブルドアだけが正しく理解していた。

 

 当のハリー・ポッターは、磔の呪文を浴びせられた事になど全く気づいていなかった。そんな事で変化が起きるわけもないほどの、空前絶後の苦痛に耐えるのでハリーは精一杯だった。

 ハリーの身体から靄のような何かが出てきたのを、それが何やら顔のような形をしているのを、D.A.の子供たちは目撃した。

 そしてハリーではなくその靄のほうに先生は杖を向けていると、ハーマイオニーは気付いた。

「あーーーくそ、限界!!」

 別に何も人並外れてなどいない普通の魔法力で「磔」を維持するのには制限時間があったその魔法使いはゼエゼエ言いながら杖を降ろし、顔の形をした靄は再びハリーの中へと引っ込む。

 

「ハリー!!!」

 

 何が起きているのかを理解したD.A.の皆が、一斉にハリーに駆け寄る。

「騎士団」の大人たちはそれを制止するが、子供たちは構わずにハリーに声をかけ始める。

「頑張れ、ハリー!! そんな奴に負けるな!」

「ハリー!! 頑張って! どう頑張るのか解らないけど、頑張って!!」

「ハリー!!!」

 先程までとは正反対に全く動かないハリーに、「騎士団」の大人たちも声をかける。

「頑張るんだ、ハリー!!」

「ヴォルデモートはきみの身体を乗っ取ろうとしている。ダンブルドアに自分諸共きみを攻撃させるためにだ! きみの身体だ、きみが一番強い支配権を持ってる筈だ! 頑張れハリー!!」

 今のハリーの耳に自分の言葉が果たしてどれほど届いているだろうかと考えてしまいそうになりながら、シリウス・ブラックもハリーに呼びかけ続けている。

 

「ハリー!!!」

 

 ジニー・ウィーズリーが精一杯の大声でそう叫んだ直後、クリスタルの小瓶を咥えた不死鳥が、どこからとも無く飛来した。

 

「ジニー・ウィーズリー。髪を1本貰えるかい。厳密には誰でもいいんだけど、たぶんきみだ」

 さっきまでハリーに、ひいてはハリーから出てきた靄に磔を浴びせていた先生にそう言われて、ジニー・ウィーズリーはほんの少し警戒しながらも、しかし言われた通りにした。

「先生、それは…………」

 不死鳥が持ってきた薬が何なのか、ハーマイオニーは一目で見抜いた。

「そ。アモルテンシア。世界一強力な愛の妙薬。フィグ先生のマフラーの匂いがする薬」

 

 受け取った髪をクリスタルの小瓶に入れたその魔法使いは、小瓶に杖を向けて何やら呪文を唱えると、中身をハリーの口の中に流し込んだ。

 

「さ、て。ジニー。眠りに落ちたお姫様ってのは王子様のキスで起きると決まってるんだよ?」

 

 ベラトリックスもドロホフも、そこでまだ生きている死喰い人たちは皆、目の前の巨大極まるマンティコアと遠くの空から狙っている2門の80cm列車砲に睨まれて、何もできずにいた。

「確かにジニーはお姫様っていうより王子様って感じだな」

「パンチの狙いがいつも正確だもんな」

 この期に及んでまだ冗談を飛ばすフレッドとジョージを、ジニーは睨みつける。

 

 そして、ジニー・ウィーズリーはハリーの傍に駆け寄った。

 

「……やあジニー。きみなんだか前よりもっと美人になったって気がするね」

「サージト」

 

 ジニー・ウィーズリーは目を開けるなりそう言ってきたハリーに杖を向けてハッキリとした発音で呪文を唱え、アモルテンシアの影響を解除してみせた。

「おや、4年生でその呪文を使えるとはね。グリフィンドールに10点」

 

「気分が優れんようじゃの、トム」

 

 いつの間にやらそこに居たヴォルデモート卿は、再びダンブルドアと睨み合っている。

 しかしヴォルデモート卿は、ダンブルドアの背後に現れた人物の方に声をかけた。

 

「おや、これはこれは魔法大臣閣下。ここ1年間のお力添えに感謝申し上げなければ」

「ヴォルデ、モー……ト…………」

 

 言葉を失くして立ち尽くしているコーネリウス・ファッジの左右で、ジョン・ドーリッシュとガウェイン・ロバーズの2人はヴォルデモートに真っ直ぐ杖を向けている。

「今日のこの時間に神秘部に行けばダンブルドアがそこに居るよ」という昼頃いきなり届いたカッサンドラ・トレローニーからの手紙の本意がどこにあったのか、ファッジは今やっと理解した。

 

「アバダケダブラ!」

「ステューピファイ」

 

 ヴォルデモート卿が哀れなコーネリウス・ファッジに放った死の呪いを、失神呪文で迎撃したのは他ならぬアルバス・ダンブルドアだった。

 赤と緑の閃光は正面衝突して、バチバチドボドボと激しく光を撒き散らしながら押し合う。

 その押し合いがほんの少しだけヴォルデモート優位に傾き始めた瞬間、ベラトリックスを筆頭とする死喰い人たちと同時に、ヴォルデモートはどこへとも無く「姿くらまし」した。

 

 いつの間にやら自分たちの周囲がまた元通りに無機質な黒いレンガの壁になっている事と、いつのまにやら消えていた部屋の真ん中の不気味なアーチも元通りにそこにある事、しかし死喰い人たちの死体と大きく崩落した天井の大穴から8階のロビーが見えるのはそのままだからさっきまでのは幻とかではないという事まで、ルーナはすぐに察した。

 たぶんファッジが来たから「神秘部の機密」を隠したんだろうなと思いながら、ルーナもまたハリーに声をかける。

 

「ハリー、大丈夫?」

「うん。大丈夫。ルーナ、ごめんね。みんなも。僕のせいだ」

「それは違うわハリー」

 ジニー・ウィーズリーはハリーの目を見て、ハッキリと告げる。

 

「ヴォルデモートのせいよ」

 

 上半身だけなら起き上がれるようになったハリーの視界の隅では、まだ全身が痛いらしいニンファドーラ・トンクスが、リーマス・ルーピンに心配されている。

 

 誰も無傷ではなかったが、皆生きていた。

 

 




 
 次回、ヘルガの餌やり。

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