104年後からの今 作:requesting anonymity
「みんな無事か!! 怪我してないか!! みんな、みんな、誰も……生きっ、生きてるか!!」
戦闘は終了したのだと、自分たちは生き延びたのだとD.A.の子供たちが理解したのと同時に我に返って誰より早くそう叫んだのは、パーシー・ウィーズリーだった。
「誰も死んでないよ、パーシー。お前も、ハリーも、皆も。無事で良かった」
アーサー・ウィーズリーが優しくそう言うとパーシーは途端に声が小さくなり、何やらゴニョゴニョと口ごもってから、ハリーの方を向いた。
「……すまん。ダンブルドア」
「ハリー、ごめん。僕は間違ってた」
パーシー・ウィーズリーとコーネリウス・ファッジが、全く同時に同じことを言った。
「良いのじゃ、コーネリウス。子供たちは無事じゃ……皆、無事じゃ。少なくとも、今日のところは。誰も死んでおらん……」
「助けに来てくれてありがとうパーシー。今夜は僕、トロール以下の大マヌケだった」
そう言ったハリーの後ろから、いつもと変わらない双子の、気軽な声が響いてきた。
「誰も死んでないってのは語弊がありませんかね校長先生?」「新聞で見た気がするぜコイツら」
うつ伏せで倒れていた死喰い人の亡骸を2人して杖も魔法も使わずにそっと仰向けにしながらそう言ったフレッドとジョージの周りにも、皆の周りにも幾つも、10体以上の亡骸が転がっている。
全て、ヴォルデモート卿の命令で侵入してきた死喰い人たちのものだった。
「さて、私たちは私たちの仕事をするぞドーリッシュ」
ガウェイン・ロバーズとジョン・ドーリッシュ、そしてキングズリー・シャックルボルトはすぐに闇祓いとしての職務を、つまりそこらに幾つも転がっている死喰い人の亡骸が、それぞれどれが誰なのかの照会を開始した。
「コイツは死喰い人じゃあない。単なる殺人犯だ。例のあの人の部下じゃない。……はずだ」
死体のひとつの顔を見るなりそう呟いたドーリッシュに、背後から声がかかる。
「従うならここから出してやるって、アズカバンで声かけたんじゃないの? まさにこういう場面で使い捨ての手駒にするためにさ。脱獄囚ではあるんでしょ?」
床に転がっている全員を殺した張本人は、またしてもまるで別人の姿になりながらそう言って白に近いぼやけた色の空飛ぶ絨毯のようなものを取り出すと、その上に乗って座り込んだ。
「ハリー、それにD.A.の皆。特にネビル。君たちは今すぐホグワーツに帰るべきだけど、そうはいかない。アルバスと『騎士団』の皆も、もう暫く帰すわけにはいかない……パーシーくんもね」
マッド‐アイとシェーマスの背後の壁に、いつの間にやら扉が現れていた。
「あれ? トム・マールヴォロ・リドル氏はもう帰っちゃったんですか?」
「あ! ホントに部長が帰ってきてる!! やったあ見てほしい研究成果があるんです部長!」
「おや、お久しぶりですダンブルドア校長。採血していいですか?」
その扉の向こうからどやどやと騒がしくやってきた数人は、どうやら神秘部の職員らしかった。
「トムが帰ったから君たちの避難指示が解除されたんだよ」
「避難指示が出てたんですかフォーリー局長? 全然気づきませんでした!」
上品な佇まいの老人は、そう言い放った年若い部下に「しかたない子だね」と返して苦笑する。
「皆、この子たちはヴォルデモート卿本人を含む死喰い人の集団と戦った。処置が必要なのか、それともこのまま帰っていいのか。検査してあげてほしいんだ。アルバスも含めてね。あとブロデリックくん、悪いけど『マグル技術局』の全員を叩き起こして。『サラザール』がトムくんと戦って粉砕されちゃってね、あの子たちすぐ検証したいだろうからさ」
そう言われた神秘部職員は、すぐにはその指示に従わなかった。
「部長、今回はとんだご迷惑を…………危ないところを助けていただいて…………」
深々と頭を下げた部下に、その魔法使いは相変わらず空飛ぶ絨毯のようなものに乗ったまま、いつも通りの気楽な笑顔で言う。
「気にしないで。きみが無事で良かったよブロデリックくん」
そのやりとりを眺めていて、ファッジは急に、それが誰なのかを思い出した。
「ブロデリック・ボード!! そうだな? 無言者の! 聖マンゴに入院していたはずではないのか? いや、そもそもなぜ聖マンゴに……どうしてここに? …………お前は本当に……?」
首を捻るファッジに、先程「フォーリー局長」と呼ばれた神秘部職員の老人が事情を説明する。
「忘却呪文。神秘部にいくつもあるセキュリティのひとつ。誰がそうしたのかを誰も知らない、少なくとも現役の神秘部職員の誰よりも古い保護魔法のひとつ。神秘部の機密を守るために、神秘部では、『機密の情報そのもの』に対して、忘却術を施すことができる。そうされた『情報』は、人々から忘れ去られる。ウチの部長が管理している『例外指定名簿』に載ってる人たち以外からね。だからきみは今の今まで『ブロデリック・ボード』って名前を忘れてたのさ。それとヴォルデモート卿と、ダンブルドアくんと、あとゲラートくんもだね。判明している範囲では彼らは、この『情報忘却』の影響を受けない。おそらくは、その身に宿す魔法力があまりにも強すぎるが故に」
「そんな事は、そんな馬鹿な……そんな話は、全く聞いたことがない…………」
「そりゃ機密だからね。今聞いた話だってきみ、このフロアを出たら忘れるよ――なんだい?」
その上品な佇まいの老人は、自分をじっと見ていたお嬢さんに視線を向ける。
「あなた、もしかして――すいません。もしかして、ヘクター・フォーリー大臣ですか?」
「おや、僕なんかの事を覚えてる子がまだ居るとはね。いかにも、むかーし昔に魔法大臣をやってたヘクター・フォーリー本人で間違いないよ、聡明そうなお嬢さん」
質問を投げかけたハーマイオニー以外にも、パーシーやキングズリーまでビックリしているのをよそに、ハリーもロンも全くピンと来ていない。
「誰? 有名なの?」
「さあ? 歴史オタクの間じゃ有名なんだろ」
ハリーとロンのヒソヒソ話を、ハーマイオニーは聞き取ってしまった。
「ビンズ先生が授業で4回は仰った事よ!!! アナタたちったらいつもいつも――」
起爆してしまったハーマイオニーのお小言を頭から浴びながら、ハリーは「今なら閉心術ってやつを少しは上手くやれるかもしれない」と、何の根拠もなく思った。
今なら心を無にするのがいつもより上手くいくかもしれないと。
「ファッジの、ああいえごめんなさいファッジ『大臣』の、前の前の前の前の前の前の前の前の魔法大臣よ! ゲラート・グリンデルバルドの活動が本格化し始めた頃の英国魔法大臣で、当時グリンデルバルドに対して特段の対抗策を採らなかった失策で有名――あ、ごめんなさい……」
本人がすぐ傍に居るのにとんだ失言をしたと思ったらしいハーマイオニーの声はすぐ小さくなったが、当のヘクター・フォーリーが視線を投げた相手は、ハーマイオニーではなかった。
「…………ごめんねヘクター。僕のせいで」
「いいって言ったろ。友達なんだ、政治生命ぐらいあげるさ」
魔法史上に残る汚名をその身に背負っているはずの元魔法大臣ヘクター・フォーリーがなぜ誇らしげにその話をできるのか、知っているのはかつての同級生たちだけだった。
そして「その話」を、一切伝えられていないダンブルドアはしかし、すぐに気づいた。
「……やはり、先輩の差し金だったのですな? あの時フォーリー『大臣』が、儂の再三の進言を一切取り合って下さらなかったのは」
「そだよ。僕がヘクターに言ったの。悪いけどなんにもしないでって。ゲラートくんの事はアルバス以外が解決しちゃいけない問題だからって」
ヘクター・フォーリー元大臣は、鷹揚に笑う。
「それで約束通り僕はグリンデルバルドの活動と、それに対抗しろって声を無視し続けた。お蔭で魔法大臣を辞める事になったけど、コイツは約束通り僕を神秘部で雇ってくれた」
「それじゃあフォーリー元大臣さんは、神秘部でどういう仕事をしてるんだ?」
シェーマス・フィネガンがそう訊ね、ヘクター・フォーリーは答える。
「僕は神秘部財務局局長。研究資金を管理するのと、無駄遣いしてないか見張るのが仕事。特にコイツ。ちょっと目を離した隙にすーぐ変なおもちゃ買うんだから…………」
「サラザールは変なおもちゃじゃないよ!」
神秘部部長の、ホグワーツの同級生で現上司の口答えにも、ヘクター・フォーリーは動じない。
「先月ウチのチェックを通さずに内緒で買ったピコピコハンマーと紙風船100個ずつもかい」
「うぇ゙っなんで知っ…………それはぁ……皆で遊ぼうと思ってぇ……」
「あれ? そういやもう1人居たよな? 俺たちとシリウスを助けてくれたあの魔法使いは?」
フレッドとジョージのどちらかが辺りを見回して言ったその疑問には神秘部内部監査局局長、ディーンの全身の擦り傷に杖を向けてひとつずつ治療しているセバスチャン・サロウが答えた。
「その『彼』は神秘部副部長。予言の間を直しに行ったよ。彼、とってもとっても優秀なんだ」
そうなのかお礼言いそびれたなと言いながら、フレッドとジョージは同じ方向を見る。
やっと素直になった兄の顔を。
「パース!! この大馬鹿!!」「どの面下げて俺たちの前に来たんだこの大マヌケ!!」
満面の笑みを浮かべてそう言いながらパーシーに抱きついたフレッドとジョージは、そのまま左右から激しく頬ずりし始める。
「フレッド、ジョージ……父さんも、ロンもジニーも、ハリーも皆も……無事で良かった……」
そんな事を言われては、ロンもジニーも、いかに大馬鹿者の兄とて責める気にはなれなかった。
「さぁみんな! 移動するよ! こんな危ない部屋に君たちをいつまで居させるわけにはいかない――ジョンくんもキングくんもコーネリウスくんも、あの石のアーチくぐったら死体も残らないからくれぐれも気をつけてね。あれ死後につながってて戻ってこれないゲートだから」
さらりとなされたとんでもない情報開示を受けて、その場にいる神秘部職員でない者たちが皆、そのアーチから大きく数歩距離を取った。
「ダメだよアルバス。昔教えただろう」
ただ1人、アルバス・ダンブルドアだけは、滑らかな白い空飛ぶ絨毯のようなものに乗っている神秘部部長に改めて名指しで忠告されるまで、じっとその不気味な石のアーチを見つめていた。
「死んだ人間を生き返らせる事はできないし、逢おうとするべきでもない。フィグ先生も、誰も」
そう言われてビクリと身体を震わせたアルバス・ダンブルドアは、自分が今どこに居て何をしているのかを漸く思い出したかのように、まるでたった今この場に到着したばかりかのように、テキパキと指示を出し始めた。
「先輩、ホグワーツに、子供たちに伝令を。先輩が伝えるのが、一番安心するでしょうから。キングズリー、すまんが魔法法執行部の全ての人員に――勿論ヤックスリーは省くがの――今夜ここで何があったのかを今すぐ伝えるのじゃ。ヴォルデモート卿が神秘部を襲ったと。次にアラスター。『稀少・不透明・交絡事件局』に借りたい人員がおる、連絡を頼めるかの。そしてコーネリウス」
ダンブルドアに指名されたコーネリウス・ファッジは、ビクリと怯んだ。
「やるべきことが。解っておろうの。記者たちを集めて、会見を開くのじゃ。ヴォルデモート卿が復活していたと、皆に伝えるのじゃ…………今度こそ、間違いなく伝えるのじゃ」
ハリーは一瞬、ファッジが「ホグワーツの校長には魔法大臣に命令する権限などない」とかなんとか腹を立てながら口答えするのではないかと思ったが、そうではなかった。
「解っている……ダンブルドア。解っている……」
英国魔法大臣コーネリウス・ファッジは、今や打ちひしがれて萎れきった哀れな老人だった。
そしてもうひとり、ファッジと同じくらい心が萎れてしまっている人物が居た。
「どうしたの、ネビル? あなた、今夜はとってもカッコよかったわよ?」
パドマ・パチルにそう言われても、ネビルは皆が見慣れた大弱りの表情のままで、全く元気にならない。その原因は、ネビルの右手にしっかりと握られていた。
「杖が折れちゃった……僕、パパの杖を折っちゃった! 僕、ばあちゃんに殺されちゃうよ!!」
今夜の戦闘のどこかで損壊したらしいネビルの杖は、ネビルがその手に握りしめている部分から先は、ただ焼け焦げたような跡だけを残して綺麗さっぱり無くなっていた。
根本しか残っていないその杖の残骸を握りしめたまま泣きそうな顔でそう声を上げたネビルを見て、真っ先に笑い出したのは、キングズリーを筆頭とするベテラン闇祓いの面々だった。
「はっははははははは…………ああ、いやすまん。赦してくれ。悪気があったわけでは……きみは、本当にフランクそっくりだな。ネビル・ロングボトム」
キングズリー・シャックルボルトが声を上げて笑うところを、ハリーは初めて見た。
「きみのその杖は、やっぱりフランクの杖だったんだな? どうりで見覚えがあると…………いいかいネビル・ロングボトム。その杖は、きみの父親の、2本めの杖なんだ。1本目はフランクの奴、闇祓いとして正式配属されて初めて赴いた現場での戦闘で、初の逮捕実績と引き換えに折った」
ジョン・ドーリッシュもまた、キングズリーと同じ表情で笑っていた。
「『母さんに殺される』って、その日はアイツずっとメソメソしてた……大手柄だったのに……」
「『じゃあ一緒に謝りに行ってあげましょうか?』ってクスクス笑いながら申し出たのがアリスだったな…………あの2人はすぐに仲良くなった……」
ガウェイン・ロバーズとアラスター“マッド‐アイ”ムーディも、もう戻って来ない過去を懐かしんで、笑いながらそう呟いた。
パパとママに関する初耳のエピソードを聞いたネビルはどことなく嬉しそうだったが、じゃあもうこれでばあちゃんが怖くないかと言うと、それとこれとは別の話だった。
「ハリー僕、ど、どうしたらいいかな……」
「ネビルきみ、さっきまであんなに勇敢だったじゃないか……」
ハリーはただただ戸惑っているが、ネビルは必死だった。
「それは、それはだってさっきまではヴォルデモートとかベラトリックスが相手だったじゃないか! でも、でも今度は、ばっ、ばあちゃんなんだよ?! 僕、ばあちゃんは怖いよ!!」
どんななんだよお前のばあちゃんは、とシェーマスが呟いて笑った。
「オーガスタくんはたぶん、怒んないと思うけどな」
「儂もそう思います、先輩」
空飛ぶ絨毯のようなものに乗ったまま守護霊呪文を崩落した天井へ放ってそう言った神秘部部長に、ダンブルドアが同意を示した。
そして一同は死体の身元照会を進めるキングズリーとドーリッシュ、そしてガウェイン・ロバーズとコーネリウス・ファッジ魔法大臣を残して部屋を移動し、空飛ぶ絨毯のようなものに乗ったままの神秘部部長に導かれて薄暗い森の中を、神秘部の奥へと進んでいく。
「先生が来てくれてなかったら、私はどうなっていたかわかりませんね」
シリウス・ブラックはそう言いながらも、ロンやシェーマスたちと同じくらい目に映る全てに興味津々なのが隠しきれていなかった。
「現に僕は今夜ここに来たんだから、もし来てなかったらどうなってたかは、想像するしかない。『もしも』ってのは、過去に限って言えば、あんまり拘るべきじゃあないよ。無事で良かったよ。シリウスくんも、みんなもね。それとシリウスくんには紹介したいウチの部下が居るんだけどね」
そこで通りがかった二足歩行のヒッポグリフらしき見慣れない生き物に先生とダンブルドアが挨拶したので、ハリーたちも視線を合わせて挨拶した。
「先生、今のあれ何?」
「フォークスの友達。今家族でこっちに旅行に来てるの」
説明されてもさっぱり理解できなかったので、D.A.の皆は、そのよくわからない生き物に関しては、考えてもしかたがないと切り捨てる事に決めた。
一方「騎士団」の大人たちのほとんどは今の生き物が何なのかを正しく認識できていたが、こちらはこちらで「実在するのか」とか「初めて見た」とか、そういう類の驚きでいっぱいだった。
「そういえばきみ、ダイナはもうご飯食べたんだろうね? 空腹の状態で動員するべきじゃあないって、解ってるだろうね?」
ヘクター・フォーリーにそう言われて、その橙と緑の派手なゴーグルをした魔法使いは、自分が乗っかっている空飛ぶ絨毯のようなものを撫でる。
「ダイナは今日はもうたっぷりお食事したからダイジョブだよ」
「ならいいけど…………」
そこで初めてルーピンは、先生が乗っている「白い絨毯らしきもの」の正体に気づいた。
「先生、すいません、まさか先生が今乗ってるそれは…………」
「そだよ。コイツはレシフォールド。名前はダイナ。ダイナは僕と一緒に禁じられた森をキレイにしてくれたすごい奴なんだよ! かわいいでしょう!」
6年生の時に赴いたボルネオで出会ったこの危険生物と、この友人はなぜ意思の疎通ができているのか。なぜこの「ダイナ」が言う事を聞くのか。そして未だ一切の衰えを見せないダイナが、果たしてレシフォールドの平均と比して長生きなのかどうなのか。
ヘクター・フォーリーもセバスチャン・サロウも、何一つ理解できていなかった。
「部長、部長見てください! このチョコマフィン私が作ったんですよ!」
「おー、すごいじゃないか。一歩前進だねえ」
わらわらと着いてきている神秘部職員たちの人数は、いつの間にやら10人近くまで増えていた。
その中に自分たちより年下の小さな子どもが1人紛れている事に、ハリーたちは気付いた。
「おや、起きちゃったのかいロルフ。どうしたんだい?」
セバスチャン・サロウが、その小さな男の子に話しかける。
「アントニオがお布団焦がしちゃったの」
「ありゃま、誰だい保護魔法をかけ忘れたのは」
その名前に、ルーナが反応した。
「その子、ロルフって言うの? サロウさん」
「そうだよ。…………ほら、みんなにご挨拶して」
セバスチャン・サロウ局長に促されて、その男の子はおずおずと口を開いた。
皆は一旦立ち止まり、男の子の言葉を待つ。
「僕、ロルフ。ロルフ・スキャマンダー。8歳。こっちは火蟹のアントニオ。弟だよ。僕の方が1時間早く生まれたから、僕がお兄ちゃんなんだ」
宝石だらけの甲羅を背負った大きなヤドカリのようなリクガメのような生き物がその男の子の隣にピッタリくっついている事に、ハリーたちは紹介されて初めて気づいた。
「火蟹が弟?」
そう呟いたシェーマスの目の前で、ルーナがその男の子の前に進み出る。
「……あんたもロルフって言うんだね。あたしはルーナ。ルーナ・ラブグッド。よろしくね」
ルーナが着ている服の胸ポケットから、その若枝のような生き物はスルスルと姿を現して、ルーナが男の子に差し出した掌の先まで歩いていく。
「ボウトラックルだ!」
パッと笑顔になった男の子に、ルーナは言う。
「この子もロルフって言うんだよ。あたしが名前付けたんだ」
優しそうなお姉ちゃんにそう言われて、8歳のロルフ・スキャマンダーは思い出した。
「僕がね。えっと、今は隣の部屋に居るけど。僕が5歳の時に生まれたニーズルに、パパが名前付けさせてくれたの。おめめがお月さまみたいで綺麗だったから、僕、ルーナって名前つけたんだ」
それを聞いて、何かを確信したように、ルーナはその男の子の目を見つめる。
「…………ねえロルフ、あたしとお友達になってくれる?」
「いいよ! 僕お手紙書くね! お姉ちゃんはどこに住んでるの? 僕はここに住んでるんだ!」
会話が終わるのを待っていたハリーたちは、その男の子の発言が引っかかった。
「ここに住んでる? ここに住んでるって言ったか? ここに?」とロンが首を捻っている。
「そうさ。このロルフのパパとママがここの職員で、この子はここで生まれたの。パパとママは住み込みで働いてるから、つまりロルフはここに住んでるのさ。ロルフみたいな子が、ここには何人も居るよ。両親が神秘部職員だったり、ちょっと事情があったり色々だけど」
レシフォールドに乗っかったままそう説明した橙と緑の派手なゴーグルをした魔法使いに、また1人の神秘部職員らしき人物が暗がりから唐突に現れて声をかける。
「部長、お疲れ様です。皆通常業務に戻りました。『マグル技術局』の奴らは目を輝かせてサラザールの破壊箇所を検分してます。つまりファスティディオ警備主任はもう暫く手が離せません」
「ありがとマリウスくん。そうだマリウスくん。こちらシリウス・ブラックくんだよ」
その名前に、シリウス・ブラックは敏感に反応した。
「『マリウス』? あんたまさか、ヴァルブルガ・ブラックの…………私の『母上様』の、父の弟か? 私の大叔父のマリウス・ブラック? ある日突然誘拐されて姿を消したマリウスか?」
「いかにも、そのマリウス・ブラックです。『恥ずべき』スクイブの。何十年も前、部長にあの家から救い出していただいて以来ずっと、ここで働いています。妻と子もここにいますし――」
その神秘部職員マリウス・ブラックが続けて言った言葉は、シリウスを今度こそ驚愕させた。
「――オミニス局長のところでは、叔父が働いています。ほら、あのマグルびいきで勘当された」
「フィニアス・ブラック? まだ生きてたのか!!!」
「ええ。とうの昔に結婚して婿入りして、フィニアス・『ブラック』ではなくなっていますが。まだとてもお元気で、ホーンド・サーペントとの接し方を新人職員に教える仕事を楽しんでいると」
ブラック家の先達が、それも自分が心を寄せられる種類の人たちがまだ生きていると知ったシリウス・ブラックはこの時、飛び跳ねて大はしゃぎしたいのを必死で堪えていた。
一方、かつてマリウス・ブラックをグリモールド・プレイス12番地から連れ出した張本人は、頬を膨らませて怒りを表現していた。
「まーったくもう。ブラック校長ったら。どこに連れてくか僕ちゃんと言ったのにさ」
「先輩とて、フィニアス先輩の事を伝えていないのですから、非難できる立場ではないのでは?」
むー! と唸った神秘部部長を乗っけたまま、レシフォールドのダイナは誰に襲いかかることもなくスルスルと空中を滑るように進んでいく。
そして唐突に森が終わったと思ったら無機質な白い壁の廊下に出たハリーは、そこが聖マンゴによく似ていた事からなんとなく、どういう場所に到着したのかを察していた。
「さあ! 皆検査するよ! アルバスはウチの部下がひとり採血したいって言ってるから協力してあげてね! それとネビルはちょっと皆より精密めの検査するから別の部屋ね!」
「ダンブルドア先生ついてきてください! 血を採るので! 50リットルくらい!」
「そんなに流れとるかのう…………」
年若い神秘部職員に連れられていったダンブルドアがポツリとそう呟いたのが聞こえたハリーは思わず笑ってしまったが、すぐに自分の目の前にも別の神秘部職員なのだろう人物が現れた事と、その魔女の目がどこかフレッドとジョージに似ているような気がしたせいで、可笑しさはすぐに正体のわからない不安に変わってしまった。
「こんばんはハリー・ポッター。もしよかったら皮膚をひと削りさせてもらえないかしら」
「ダメだよタグウッドくん」
ヘクター・フォーリー元大臣が一緒に診察室に入ってきてくれていたのは、ハリーにとって天の助けだった。
そして各々検査を終えたらしいD.A.と不死鳥の騎士団の面々がそれぞれの診察室から真っ白な廊下へと再び集合した時には、お互いにみんなどことなく痩せたような気がしていた。
しかしハーマイオニーとジャスティンだけはそうではなかった。
「ねえハーマイオニー、さっきの検査さ――」
「そうよね? かなりマグル式だったわ! あなたも採血されたのねジャスティン。皆も?」
「検査の話はやめてくれ。思い出したくない」
縋るようにそう訴えたリーマス・ルーピンに、ニンファドーラ・トンクスが表情で同意を示す。
数十秒の沈黙がその場を支配し、ふと思い出したようにシェーマスが口を開く。
「そう言えばさ。今日、ここに。『例のあの人』は、何か取りに来てたんだよな。予言って言ってたか? どういう予言なんだ? お前に関係あるのかハリー?」
シェーマスの発言に、ディーンが続く。
「それに、ファッジが来た途端帰ったよな、『例のあの人』は。目標達成ってわけじゃなさそうだったけど、なんで帰ったんだ? そりゃ帰ってくれた方が僕らとしちゃ嬉しいけどさ、あのまま続けてたら、こっちを何人かは殺せてたんじゃないのか? きみを殺すチャンスだってまだ――」
「目標を達成したから、じゃの。おそらくじゃが」
ダンブルドアがレシフォールドに乗ったままの先生と一緒に診察室から出てくるなりそう言ったのを聞いて、ハリーたちは皆、一斉にそちらに注目した。
「どういう事だダンブルドア? ヴォルデモートは予言を確保しそこねたのでは?」
マッド‐アイがそう訊ね、ダンブルドアは質問に答える。
「確かにヴォルデモートは、予言を確保しそこねた。主目的は達成されなかったというわけじゃの。しかしもうひとつの、副次的な目標は、しっかりと達成されたのじゃ。そして、これ以上この場に居ても得るものはほぼ無くリスクの方が大きいと、そう判断して去っていった」
「副次的な目標とは?」
説明を待ち切れないらしいシリウスが訊ねる。
「アルバスと自分のどっちのほうが強いのかって事さ、シリウスくん」
ハリーの視線の高さに浮かぶレシフォールドの上に座ったまま、先生は口を開いた。
「アルバスは『ヴォルデモート卿が恐れる唯一の魔法使い』だと、世間では言われている。現に、予言に関して取り沙汰されているハリーを除けば、トムにとって一番の障害はアルバスだろう。だからこそ『実際のところ正面から戦ったらどのくらい厄介なのか』を、確かめたかったのさ。トムくんも、アルバスもお互いにね。トムくんにとっては、アルバスの今の実力を推し量れただけでも充分な収穫だったんだろう。だから帰ったんだよ。たぶんね」
そう説明されると、D.A.の面々も不死鳥の騎士団の面々も、訊きたい事はひとつだけになった。
「どうだったんです、ダンブルドア先生? その、実際に戦ってみて」
皆を代表するかのように、ハリーがそう訊いた。
「1対1では、厳しいかもしれんの。儂は衰えた…………」
あれのどこが衰えてんだよダンブルドア先生とか、衰えてあれかよとかシェーマスもロンも思っていたが、ダンブルドアの表情は、冗談を言っている時のそれではなかった。
「右に同じだね。1対1だったら、僕もちょっと勝てる気がしない」
レシフォールドに乗ったままの神秘部部長も同意したが、その言葉には続きがあった。
「だから皆で戦うんだ。だろう? アルバス。だから『騎士団』を再始動させたんだろう?」
「いかにもその通りです、先輩。味方を信用しない、というよりは自分以外の誰も信用していない。自分に比肩する誰かが居るとは全く思っていない。それがトムの欠点です。儂らはお互いを信頼しておる。託すことができる。頼ることができる。これは、トムが持ち得ぬ力です」
「ヴォルデモートは、機嫌が悪くなると、その時たまたま一番近くに居た奴に死の呪いを飛ばすんだ。それがたとえ自分を崇拝している部下だとしても」
「信頼とは真逆の行動だな」
ハリーの発言を受けて、マッド‐アイがそう吐き捨てる。
そしてハリーには、まだひとつだけ、訊きたい事があった。
「先生、あの。ヴォルデモートが欲しがってた予言って、どういう内容のものなんですか?」
「おっなんだぁ俺の話をしてんのかい?」
戦いの最中に姿をくらました筈の予言が、スネ毛だらけの細い足が生えた水晶玉が、いつの間にやらハリーの隣で立っていた。
「そうだよ。皆に聞かせてあげてもいいかい?」
「全文は、マズいと考えます、先輩。巡り巡ってトムの耳に入りますので……」
レシフォールドの上に座って宙を漂うその魔法使いを、ダンブルドアが制止しようとした。
「そっかそっか。じゃあ全文を皆に聞かせてあげよう」
「先輩? 何も聞いてなかったんですか先輩?」
ダンブルドアが戸惑うのも構わず、その水晶玉は形を失い、とても濃い霧のようなものがその場の全員の視界を覆い尽くした。
そこに立ち現れたのは、シビル・トレローニーの姿だった。
「闇の帝王を倒す力を持った者が現れる…………闇の帝王の手を三度逃れた者たちの子として生まれる……7月が終わる時に……その者は闇の帝王が知らぬ力を持つであろう……」
「ここまではトムくんも知ってる内容だよ」と、先生の気楽な声が割って入った。
「…………闇の帝王自身が、その者を己に比肩する者として自ら示すであろう……一方の手によって、もう一方が死ぬ事になる…………一方が生きる限り、他方は生きられぬ……」
視界を覆っていた白い霧が見間違いのように迅速に消えても、暫く誰も何も言えなかった。
「ハリーは『選ばれし者』だって、言われてるけどさ。じゃあ何? 選んだのは、例のあの人?」
真っ先に思考を追いつかせたらしいジョージ・ウィーズリーが、呆れたようにそう言った。
「どんだけ迷惑なんだ『例のあの人』は。ハリーが何したってんだ」
双子の弟に続いてフレッドもそう言い、宙に浮かぶレシフォールドに乗っかったままの神秘部部長がいつも通りの気軽な口調でその疑問に答える。
「『なんでハリーを』って部分はトムくん本人のみぞ知るけれど、彼がハリーを選んだってのはその通りだよ。だってほら、ハリーのおでこに例の傷跡ができた日にさ。トムくんが自分のお家でゆっくりしてたらさ。予言なんてくだらないと切り捨てて、ゴドリックの谷になんか行かなかったら。そしたらほら、ハリーは『生き延びる』も何もないだろう? そもそも脅かされなかったら」
「こんな迷惑な話は魔法界のどこを探しても無いだろうな。『あの人』が何を目的としてるのか知らないけど。どっか誰も居ないちっちゃい島とかで1人で勝手にやっててくれよ…………」
パーシー・ウィーズリーが吐き捨てるように呟いたその発言は、皆の心情を代弁していた。
そして、ハリーが何やらブツブツと呟いている事に、皆が気づいた。
「一方が生きる限り、他方は生きられぬ…………一方の手によって、もう一方が……そうだと、思ってた。そうだと思っていたんだ。僕がやらなきゃいけないんだ」
「それはちょっと違うよ、ハリー」
まだ何か続きを言いたそうだったハリーの発言を遮って、ネビルがそう言った。
「だって、そりゃ最後には、きみにしかできない仕事があるだろうけどさ。予言されたのがきみだからって、誰もきみの手助けをしちゃいけないなんて事はないよね? それに、僕だって7月の終わりに生まれたし、僕のパパとママだってヴォルデモートから3回も逃れたんだってばあちゃんが言ってたもの。だからさ、ハリー。僕らは皆で戦うんだよ。きみ以外がやっちゃいけない任務がもしあるならさ、僕はきみがそれに専念できるように応援するよ。僕、絶対ハリーの味方だ!!」
ロンもハーマイオニーも、「騎士団」の面々も次々にネビルの発言に同意する。
「ネビルの言う通りだぜ。だって『例のあの人』だ。ヴォルデモートだ! あんなイカれ野郎と君のどっちか片一方だけ選べって言われて、だれがヴォルデモートの側に付く? アイツと同じくらいイカれてる奴か、情けない臆病者だけだ! 僕はどっちでもない! それにきみは友達だ!!」
シェーマスがそう叫んだ横で、マッド‐アイが満足げに笑っている。
「私、今夜、すっごく怖かったわ。すっごく怖かったけど、ハリーが1年生の頃から、どころか1歳の時からずっと何度もこんな経験してるんだって思ったら……知らないフリなんてできないわよ」
パーバティ・パチルがそう言い、パドマが隣で頷いている。
「ハリー、僕らは何があろうと、みんなきみの味方だ。絶対にだ」
アーサー・ウィーズリーは、家族全員を代表してそう言い切った。
この日、ヴォルデモート卿と魔法界との全面戦争が「再び」幕を開けた。それはヴォルデモート卿たった1人に、ハリーを助けたい皆が協力して挑む戦いだった。
そしてこの戦いを通じて、ヴォルデモート卿とそれに従う者たちは、思い知ることになる。
ウィーズリー家の人々に、どれだけたくさん親戚がいるのかを。
ウィーズリー家の人々に、どれだけたくさん友達がいるのかを。
【ヘクター・フォーリー】
1925~1939年まで英国魔法大臣を務めた純血の魔法使い。
前任者とは対照的な明るさと陽気さで人気を集めたものの、台頭してきたグリンデルバルドに有効な対策を採らなかった事が職を追われる原因になった。
ゲーム「ホグワーツ・レガシー」に学生として登場する。
私の妄想の中ではレガ主の同級生。ともだち。
【ブロデリック・ボード】
無言者。ヴォルデモート卿が神秘部に侵入するために必要な情報を提供してしまった人。
(おそらく拷問とか真実薬とかそういう類の手段によって)
原作では聖マンゴに入院してる最中に贈られた悪魔の罠によって口封じされた。
【ロルフ・スキャマンダー】
ニュート・スキャマンダーの孫。ルーナ・ラブグッドの夫。ルーナとの年の差とかは不明。
ルーナの方がちょっとだけ年上だったら面白いなって思ったので、私の妄想ではヴォルデモート卿が滅びた翌年にホグワーツに入学する。
フランクとアリス・ロングボトム夫妻の馴れ初めは徹頭徹尾私の妄想です。