104年後からの今   作:requesting anonymity

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43.闇祓いの役得

「お前ら全員生きてるな? 誰も死んでないんだな?!」

 セオドール・ノットが何より先にそう訊けたのは、守護霊呪文らしきものによる謎の伝言方法で「きみたちの父親は皆無事に逃げおおせたよ」という報告を受けていたからこそだった。

 

 先生が作ったポートキーで今やっとホグワーツへと帰ってきたハリーたちもそんな事は察していたが、そろそろ空が白み始める時間なのにも拘らずセオドール・ノットを筆頭にスリザリン生たちがまだ何人も地下聖堂に残っていたことには率直に言ってビックリしていた。

 なぜ今の今までずっと彼らがここに残っていたのかを察したからこその驚きだった。

「あなたたち、まさかずっと起きてたの?」

「おやグレンジャー、お前まさか俺たちから減点でもしようってのか? どの面下げて?」

 そう言い返してきたブレーズ・ザビニに、ハーマイオニーは何も言い返せなかった。

 なにせ彼らが就寝時刻を破ったのは、自分たちが心配をかけたが故なのだから。

 

「ほらアストリア、ポッターたち帰ってきたわよ」

 

 本人以外のスリザリン生みんなが想像した通りに、ハリーたちが帰って来るまでずっとなんてとても起きていられなかったので、ドラコとザビニが笑ってしまうほど速やかに姉のダフネに寝かしつけられて、3年生のアストリア・グリーングラスは今までずっとすやすや眠っていたのだった。

 スリザリン生たちがよってたかって魔法をかけたのだろう、やたら豪奢なベッドで。

 

 姉に揺すり起こされて、アストリアは目を覚ます。そして自分が今どこに居て、寝る前なにをしていたのか。思い出すのにアストリアは30秒ほどを必要とした。

 ベッドから起き上がって、ぼんやりと周囲を見渡して、眠かったのでまたベッドに戻ろうとしたアストリアは、ラベンダー・ブラウンと目が合った。

 

「……ラベンダー! ハリー! みんな、みんな帰ってきたのね! よかったぁ……あたし心配で心配で、ぜんぜん眠れなかったんだから!」

「あなた就寝時間になるより早くあっという間に寝ちゃったじゃないのアストリア」

 姉のダフネが苦笑しながらそう言っても、アストリアの耳には届いていない。

 その姿を見るなりラベンダーへと突撃して行ってぎゅっと抱きついたきり動かなくなったアストリア・グリーングラスに、抱きしめられているラベンダー・ブラウンとその左右のパチル姉妹が「心配かけてごめんね」と優しく話しかけているのを、フレッドとジョージがスリザリンの7年生エイドリアン・ピュシーに声をかけられているのを、ハリーは何も言えないまま見ていた。

 アストリア・グリーングラスの人目をはばからない泣き声を聞けば聞くほど、ハリーは今回の自分が一体どれほど愚かだったのかを、改めて思い知らされていた。

 自分は結局、こんな大勢の友人たちを心配させて、危険に晒しただけだったじゃないかと。

 

「お前、まさか自分を責めたりなんかしてないだろうなポッター?」

 

 ブレーズ・ザビニがそう問いかけてきた声が、あたかも嘲笑するかのような口調だったので、ハリーは面食らってしまった。

「お前、自分が今回誰と戦ったのか解ってないのか? 闇の帝王だぞ? 闇の帝王が誰かを本気で騙そうとしたとき、騙されずにいられるやつなんて俺は1人しか思い浮かばない。お前じゃないぞポッター。お前は闇の帝王にまんまと陥れられたんだ。それをお前、自分のせいだと? 何を馬鹿な! 闇の帝王のご手腕の鮮やかさが、なんでお前の落ち度になる!」

 上から目線が骨の髄まで染み付いてる奴が「気に病む必要は無いんだ、お前は悪くない」という言葉を内心見下してる相手に向けて出力するとこうなるのかと、ジャスティン・フィンチ=フレッチリーはただ単純に興味深く思っていた。

 

 慰めてくれているのだと、ハリーとロンはハーマイオニーより一瞬遅れて気付いた。

 

「――先生から伝言があったと思うけどさ」

 ネビルが口を開く。

「ノット、マルフォイ、それにクラッブとゴイル。君たちの父親も無事だよ。無事ってのはつまり、えっと、逮捕もされてないし、死んでもいない。でもヴォルデモートと一緒に逃げたんだから、そりゃつまり目的達成できなかったヴォルデモートと一緒に居るんだから、無事って言い切るのも違うんじゃないかって気がしてきちゃったけど、とにかく、まあ僕らと同じくらいには無事」

 

「…………で、お前らいつまでここに居るつもりだ?」

 

 ドラコがそう言ったのは、ハリーに対する嫌悪感だけが原因ではなかった。

「早くハグリッドの小屋に顔を出すべきよ、ポッター。じゃないとあのウスノロ……じゃなかった、あいつあんな図体してるくせに気が小さいんだから。心配しすぎて死んじゃうわよ」

 パンジー・パーキンソンの意見が正しいと思ったのは、ハーマイオニーにとって初めてだった。

 

 そして、とうとう起床時間になってしまい、完全に新しい朝が来てしまったのをいいことに、開き直って堂々と廊下を歩いてハグリッドの小屋まで赴いたハリーたち一同は、そこで待ち受けていたミネルバ・マクゴナガルと鉢合わせした。

 200点減点とか宣告されるもんだと思ったハリーは、マクゴナガルがこちらを見るなり車椅子から立ち上がろうとした理由がわからなかった。

 

「あの先生から、あなた方に伝言を預かっています」

 

 ミネルバ・マクゴナガルが口を開くのが聞こえたが、号泣し始めたハグリッドに抱きしめられているハリーはそれどころではなかった。

 ハグリッドの腕の中で自分の肋骨が嫌な音を立てるのもハリーには聞こえたし、それと同時に何やら鋭い痛みを感じ始めてもいたが、今回ばかりは甘んじて抱きしめられるべきで、数か所の骨折くらいは仕方がないとハリーは思っていた。

「まずあなたたち全員、ひとり60点の加点だそうです。今回あなたたちは、自分たち全員の命を危険に晒しました。しかしそれは友人を助けたいという一心故なのだから、咎めるべきではないと。そして、ネビル・ロングボトム」

 

 マクゴナガルに名前を呼ばれてビクリと怯んだネビルを見て、後ろのシェーマスが笑っている。

 ネビルお前なんでこの期に及んで「怒られる」なんて思えるんだと言いたいのを、シェーマスだけでなくロンもディーンもジャスティンもみんな頑張って我慢していた。

 

「咄嗟の行動というのは、取り繕ったりできないものです。その人間の本質が現れます。あなたの行いはまさにグリフィンドールたるものでした。あなたはグリフィンドールに80点を齎しました。『追加で』80点です。そしてポッター。あなたは減点してほしいでしょうが、そうするのは適切ではないというあの先生のご意見に私も賛成です。そして、貴方たち全員身体に別状は無く、健康そのものだそうです。ミスター・ロナルド・ウィーズリーには内緒で試作の魔法薬を飲ませたのでちゃんと胃袋が8つに増えたか教えてほしいとも書いてありましたが、まあ冗談の類でしょう」

 

 フレッドとジョージがニヤリとし、反対にロンは蒼くなった。

 

 そしてハリーたちは各々の寮の談話室に戻り、D.A.の残りのメンバーや友人たち、名前を思い出せない後輩たちにまで「心配した」と詰め寄られて、ごめんごめん大丈夫と言い続けた。

 フレッドはリー・ジョーダンに小突かれたし、ジョージは号泣し続けるアンジェリーナ・ジョンソンにいつまでもいつまでもポコポコと殴られ続けた。

 ルーナはチョウとマリエッタに抱きしめられ、ジャスティンはハッフルパフの友人たちにネビルがどれだけ勇敢だったかを事細かに語った。

 

 そしてその日の、朝食の時間。ホグワーツの生徒たちが待ちに待った瞬間がやってきた。

 

「皆、とんだ迷惑をかけたのう」

 

 開いた扉を通って、橙と緑のド派手なゴーグルをしてスリザリン色のベストの上からドラゴン皮のコートを羽織った青年がアルバス・ダンブルドアと並んで歩いて来た途端、大広間中が大歓声に包まれた。生徒たちは残らず立ち上がって喜びを爆発させ、秩序も何もあったものではない光景だったが、先生たちは誰もそれを咎めなかった。

 それに続いてマクゴナガルがハグリッドに車椅子を押してもらって大広間に入ってくると、生徒たちはさらなる大喜びで狂乱した。

 

 結局それからまる3日もの間、シリウス・ブラックの下半身のある一箇所は七色に光り続けた。

 

 騎士団の皆に「今から真面目な話をするから」と部屋を追い出されても、シリウスは何も文句が言えなかった。なにせ自分とてこんな状態の男を視界に入れたまま真剣な話し合いなどできないし、目の前で閉められたドアを見ながら「これは当然の処置だ」と思えてしまったのだから。

 

 シリウスから「やっと収まった。きみたち2人には命を助けられたけど、でも、覚えてろ」と殴り書きされた手紙を受け取っても、フレッドとジョージは2人してニヤリと笑うだけだった。

 

「あー、そういやまだ居たのか。アイツ」

 

 神秘部での戦いから一週間ほど経過し、雑談の主題が完全に「7年生たちのN.E.W.T.試験」へと移り変わっていた「地下聖堂」での自主学習で、ハリーたちは唐突にその話題になった。

 

「なんかもう、もはや不愉快ですらないな。どうでもいいよアンブリッジなんて」

「そりゃアナタたちは『例のあの人』と『あの先生』と『ダンブルドア』の決闘を見たんだから、そりゃあそうかもしれないけど……」

 たいして興味が沸かないらしいディーンに、アリシア・スピネットが言う。

「ていうか何の権利があってまだ居るんだ? 直属の上司がこれなのに」

 そう言いながらアンソニー・ゴールドスタインは「日刊予言者」の一面大見出しを指し示す。

「あら本当。辞任したのねファッジ。記者会見を開く勇気があったなんて驚きだわ」

 ケイティ・ベルが残酷にそう呟いても、誰も咎めない。

 

 そして今年度の前半と比べれば驚くほど速やかに、話題は再び「勉強」へと移っていく。

「さっきからそれ何やってるんだウィーズリー?」

 ザビニが興味を示したのは、フレッドとジョージが2人で世話している大鍋の中身だった。

「俺たちの今の大目標がこれなのさ」「たぶん長期戦になると思ってるんだが」「まあ簡単には済むわけないな」と、その双子はいつものように代わりばんこに口を開く。

 

「俺たちは、脱狼薬を改良したいと考えてる」「もっと飲みやすくな」

 

 それは、未だ魔法界の誰も成し得ていない難事業だった。

 しかしこの時なぜか、スリザリン生たちですら、「できるわけないだろ」とは言わなかった。

 

「どうだジョージ?」「ダメだぜフレッド。脱狼薬じゃなくなっちまった」

 

 トレハロースもダメかと言いながら、その2人は入手できる限りの人工甘味料を虱潰しに試すというシンプルで手間のかかる作業を、もう既に何週間も続けていた。

「あの先生が脱狼薬の材料をハニーデュークスの新商品より安い値段で売ってくれるのは、正直マジで助かってる。なんでもあの人、飼ってるドラゴンに許諾取って採血させてもらってるんだと。そんな真似ができる奴が他に居るとしたら、それこそニュート・スキャマンダーくらいだろうな」

 

 フレッドとジョージのどちらかがそう言ったのを聞いて、デニス・クリービーが「そうだよ! ニュート・スキャマンダーだ!」と大きな声を出して、羊皮紙に何やら記入している。

 デニスとナイジェルのD.A.最年少参加者2人とひとつ上の学年のアストリア・グリーングラスが一緒に床に寝っ転がって3人仲良く宿題をやっているのは、今やハリーたちのみならずスリザリン生たちにとっても見慣れた光景になっていた。

 

「お前ら、それ何だ? トレハロースって」

 スリザリンのエイドリアン・ピュシーが、ウィーズリーの双子に訊く。

「マグルが開発した『人工甘味料』ってヤツのひとつだ。こいつは甘いんだけど、砂糖じゃない。ヒトの味覚はこれを『甘い』と感じるけど、でもどの砂糖ともぜんぜん違う別の物質なんだ。親戚のマグルのおじさんが大手医薬品メーカーに勤めててね。手紙書いたらリストをずらっと送ってくれたんだ。『値段を気にしなければ』いくらでも種類があるってさ。ほらこれ。読んでみろよ」

 

 フレッドとジョージのどちらかが事も無げに言った「親戚のマグルのおじさん」という単語に、ノットとドラコ他スリザリン生たちのいくらかがピクリと反応したが、2人は全く気にしない。

 

「デイヴィッドおじさん、いくらなんでも甘いものばっかり食べ過ぎだし、酒も飲み過ぎだよな」

「そのうち歩くより転がった方が速く移動できるようになっちまうぜ、あの腹じゃ。あのおじさんの弟の方は現役の軍人だからかすげー健康的なのに、兄弟でああも違うってのはマジ驚きだよな」

 

 そのまま初耳の親戚の話で盛り上がり始めたフレッドとジョージの会話にハリーは興味を抱いたが、ハリーが2人に何を質問するよりも先に、顔の傍に浮遊させた羊皮紙と羽ペンを伴ってやってきたアリシア・スピネットがフレッドとジョージに魔法薬学についての助けを求めた事で、また会話の内容は「雑談」から「試験対策」へと戻ってしまったのだった。

 

「フレッド、ジョージ。足跡追跡呪文って――」

「あ、いたジョージ! それにフレッド! 生ける屍の水薬がまだ上手く作れなくてさ――」

「両方居るなウィーズリー。この本解読するの手伝ってくれないか。知らない単語が幾つも――」

 

 毎日ひっきりなしにやってくる同級生たちからの救援要請すべてに快く応えているフレッドとジョージが一体いつ自分たちの試験勉強をしているのか、そもフレッドとジョージが「商売の準備としての新商品開発」でない「単なる自主学習」をしているところすら見たことがないように思えるハリーたちには、どころかロンとジニーの2人すらも、全く見当もつかなかった。

 ただ、この双子の毎朝の元気さから考えて、睡眠時間を一切削っていない事だけは確かだった。

 

「…………あいつらいつ勉強してんだ?」

 

 今日もまた地下聖堂で同級生や後輩たちに「俺たちのイチオシ商品」を宣伝しているフレッドとジョージに規則を守らせようと試みたハーマイオニーが双子の片方の口車に乗せられてあっという間に新商品の宣伝を手伝わされ始めている様をポップコーンなどつまみながら宿題そっちのけで見物しているロンは、とうとう隣のハリーへと、かねてからの疑問を声に出した。

「いつ商品開発してるのかも僕は疑問なんだけどな。よくもまああんな次から次へと新しいの作れるもんだよ。そんな資金がどこから湧いてくるんだろ」

 ディーン・トーマスがロンの向こうからそう言い、ネビルとシェーマスがそれに同意を示す。

 

「コイツは俺たちが開発した『天気の瓶詰め』。ご近所全域ってわけにはいかないが、交差点ひとつくらいならこのボトルのコルク栓を開ければ――」

 双子の片方がハーマイオニーの手に持たせた丸底フラスコのようなものに杖を向けると、ポン! と勢いの良い音が鳴り、そのフラスコの中に渦巻いていた雪景色が「地下聖堂」全体へと解き放たれる。アンジェリーナ・ジョンソンとケイティ・ベルなどは慌てて杖を振って自分たちの宿題を猛烈な吹雪から保護しているが、何が起こるのか知っていたらしいリー・ジョーダンは優雅に読書を続けながら、その古そうな動物図鑑越しに「地下聖堂」を見渡して笑っている。

 

「――見ての通りってわけだ。しばらくこっち見ててほしくない奴らの注意を逸らしたり、単に友達と楽しんだり、誰かさんにこっそり喰らわせてびっくり仰天するのを楽しんだり。まあそういう目的だから、『雪』『雨』『風』『砂』それに『カンカン照り』! 全部けっこう激しめだぜ! ボトルひとつで小一時間は効果が続くんだけど――」

「小一時間?!」

 猛吹雪から必死で宿題を保護しているジニーが、兄たちに抗議しようとした。

「――そうだよな。そういう場合もある。そういう時はこれ。『青空』のボトルだ」

 ハーマイオニーが反対側の手に持っていた三角フラスコのようなものにも、双子のもう片方が杖を向けた。それが小気味いい音と共に開栓された途端、その大部屋全体で暴れ狂っていた猛吹雪は数秒で嘘の様に消えた。

 そして、最後に爽やかな風が吹き抜けたきり、すべてが元通りになった。

 

「なあそれ、いくらだ?」

「あたしもひとつ欲しい!」

 

 殺到してきた顧客たちを手際よく捌くフレッドとジョージの間で、もはや完全に新商品のキャンペーンガールと化したハーマイオニーの機嫌良さげな顔を、ハリーの視界の端の方に居るラベンダーやパンジー・パーキンソンなど何人もの同級生の女子たちがニヤニヤしながら眺めていた。

 

「ねえフレッド、ジョージ。それって『メテオロジンクス・レカント』は効くの?」

 殺到する顧客たちの最前列にいつの間にやら居たルーナが投げかけた質問に、フレッドとジョージは2人揃って「よくぞ訊いてくれた!」と大きな声を出した。

「メテオロジンクス・レカント。『気象呪い破り』」「これを効かねえようにするのが大変だった!」「俺たちここ3ヶ月ずっとこれに取り組んでたんだ!」「で、ついに達成したのさ」

 その言葉に驚いたのはセオドール・ノットとブレーズ・ザビニ、そしてウィーズリー・ウィザード・ウィーズのキャンペーンガールことハーマイオニー・グレンジャーという、5年生の呪文学における「座学も含んだ」総合成績優秀者上位3名だった。

 

「メテオロジンクスレカントもフィニートインカンターテムも効かない。『青空』のボトルでだけ解除できる。もちろん『青空』は別売じゃないぜ。セット販売だ! 『雪』『雨』『風』『砂』『カンカン照り』どれもボトル1本5シックルで、必ず同じ数の『青空』のボトルを無料でつける! 全種類2本ずつと『青空』10本の合計20本が入った『大荒れ保証セット』は1箱40シックルだ!」

 フレッドとジョージのどちらかがそう言いながら押し寄せる客たちを捌き、もう片方はノットとザビニの質問に快く答えている。

 

 実技だけならハリーも呪文学の最上位争いに絡んでいるのだが、ハリーはノットやザビニなどとは違い「なぜ気象呪いが気象呪い破りで解除できるのかを作用機序の点から論述せよ」とか問われると、すぐさま脳内にダドリーが登場して習ったはずの知識を押しのけてどっかりとハリーの思考の真ん中に腰をおろし、そのままムシャムシャとポップコーンなど食べ始めてしまうのだった。

 

 ただ、その「大荒れ保証セット」なる、大雪で大雨で砂嵐が巻き起こっていてカンカン照りでもあるというとんでもない悪天候のイラストが描かれた箱はどう見てもハーマイオニーが手に持っている瓶が20本も入っているとは考えられない、どころか4本でギリギリだろうと思える小ささだったので、その箱に「検知不可能拡大呪文」が施されている事だけはハリーにも察せた。

 

「――それか、4本しか入ってないかだな。20本入ってるって言い張って騙すつもりか」

「あら、フレッドとジョージはそういう商売はしないわよモンタギュー。ありそうな手口だけど」

 

 ハリーと同じ事を考えていたがハリーとは違う推測をしたスリザリンのモンタギューに、アリシア・スピネットがどうにか猛吹雪から守りきった宿題の羊皮紙に再び向かい合いながら言った。

「しかしあいつら、あんなの開発する資金がどっから出てるんだ……? 既存商品の売上だって言っても、始めの始めにはいくらかの『元手』が要ったはずだろう?」

 考え込んでいるエイドリアン・ピュシーに、当の双子以外では最も事情を知っていると思しきリー・ジョーダンが「それ、気になって訊いたんだけどあいつら『ハリーのお蔭』としか言わないんだよな」と同調したのをきっかけに、その場に居る皆の視線がいっぺんにハリーへと集中した。

 

「ママは『違法行為に手を染めてるんじゃなきゃいいけど』とか手紙で言ってたわよ、ハリー?」

 

 ジニーがそう言ったのは、以前フレッドとジョージのヒソヒソ話を盗み聞きして「開発資金の本当の出どころ」を既に知っていたからこそだった。

「去年、三校対抗試合の優勝賞金をあげたんだ。フレッドとジョージに。1000ガリオン全部。フレッドとジョージはあの頃研究開発資金に難儀してて、それをどうにかしようとしてなけなしの貯金を――2人で協力してずっと貯めてた全部を、観戦しに行ったクィディッチワールドカップでアイルランドとブルガリアどっちが勝つか、って、ルード・バグマンに持ちかけられた賭けに全額ブチ込んだ。で、賭けには勝ったけどバグマンはレプラコーンの偽金貨で払い戻してとんずらした」

 だからフレッドとジョージにはお金が必要で、僕は賞金なんか貰いたい気分じゃなかったと締めくくったハリーをよそに、ジニーとザビニがそれぞれものすごい表情になっていた。

 

「ルドビッチ・バグマンか……あんのコソ泥…………」

「自分たちの貯金を賭けに全額? アナタたち2人とも、いったいどれだけバカなの!!」

 

 母上に手紙を書かなければと言って部屋の隅にすっ飛んでいったザビニは壁の一角に手を着けてスリザリンの談話室へと姿を消し、ジニーは怒髪天を衝く様相で2人の兄たちに迫る。

 ジニーのやつ最近ちょっとママに似てきたよなと、叱られながら笑っているフレッドとジョージのみならず、ロンも妹の背中を遠目に眺めながらそう思っていた。

 

「でも、もうママはフレッドとジョージに何も言えないぜ! 資金源はハリーだったんだから!」

 

 俄に興奮しだしたロンの隣で「今まで1回もこの話した事なかったっけ」とぼんやり記憶を遡り始めたハリーは、半年以上経った今になってやっと、ついに思い出した。

「あ!!」

 急に大声を上げたハリーに、また皆の注目が集まる。

「僕、シリウスに貰ったクリスマスプレゼントの包み、まだ開けてない!」

 

 数秒の沈黙の後、ルーナが「あんたにしては珍しく恩知らずだね、ハリー」と事も無げに言う。

「シリウス・ブラック。…………そういやあの人、まだ指名手配されてるんだっけ?」

「されてるわよ。今朝も『予言者』に『目撃情報には謝礼が出る』って載ってたもの」

 ネビルとパーバティがそう話している通り、D.A.のメンバーたちは、神秘部での戦いに参加していない面々も含めて、今やシリウス・ブラックの罪状に関する真実を知っていた。

 

「えっ。まさか、シリウス・ブラックって無実なの?」

 

 D.A.の奴らの口ぶりから察したらしいパンジー・パーキンソンがほとんど信じていないと判る口調でそう訊いたが、それに「無実だ」とハッキリ返答したのはハリーではなかった。

「父上がそう仰っていた」

 セオドール・ノットが口を開いたのを、ハリーは驚愕しながら見ていた。

「僕の父上は闇の帝王にお仕えしている。つまり死喰い人だ。だから全員ではないが他の死喰い人の顔と名前を知っているし、闇の帝王ご自身が秘密にしておきたい範囲を除けば、死喰い人が今、誰が何に取り組んでいるのかもある程度ご存知だ。そして、その中には、父上が知っている現役で活動している死喰い人の中には、…………ピーター・ペティグリューが含まれる」

 ドラコの眉間にシワが寄り、ちょうど談話室から戻ってきたザビニは真っ直ぐにノットを見つめている。そしてその「地下聖堂」に居る何人かが、その名前でピンと来て大きな声を出した。

 

「シリウスがやったと言われている罪状は、ペティグリューのものだ。アイツが、ペティグリューが僕の父さんと母さんの居場所をヴォルデモートに話した。『秘密の守り人』になる1年も前から、アイツは既にヴォルデモートの手下だった。父さんと母さんが殺されたのを知ってすぐ、シリウスはペティグリューを捕まえようとした。追いついたけど、ペティグリューは逃げた。そこにたまたま居合わせただけのマグルを片っ端から殺して、自分の手の指を1本だけ切り落として」

 

 ハリーがノットから引き継いでそう言うと、ドラコの眉間にますますシワが寄った。ペティグリューの所業を詳しくは知らなかったのだろうと、そして今それを知って、そんな薄汚いやつがのうのうと我が家の絨毯を踏んでいるのかと不快に思っているのだろうと、ハリーには察せた。

 

「逃げたって、どうやって? すぐ闇祓いが大勢殺到したんだろ?」

「僕が飼ってたペットのネズミ、覚えてないかピュシー。スキャバーズの事。あれがペティグリューだったんだ。アイツは動物もどきだった。未登録の」

「…………じゃあ、つまりウィーズリーお前、裏切り者の人殺しを何年も可愛がってたのか」

「…………………………そう。その通り」

 

 忸怩たる思いで、ロンはどうにかそう返事した。

 さすがにザビニすらも、からかいの言葉を投げかける気にはなれなかった。

 

「ペティグリューってやつは、アイツ本人すらそうは思ってないだろうけど、有能なんだ。そして頭も回る。父さんと母さんの仇を褒めたくないけど、事実は事実だ。そしてこれは、他でもない、あいつが『いま自分の命が危ない』って思った時に、最も発揮される。手段を選ばず危機を脱するために、ペティグリューは素早くベストな選択をする。そして、あいつの代わりに誰かが死ぬ」

 

 ハリーがそこまで言い終えた時、ハーマイオニーは「天気の瓶詰め」をまだ幾つも持ったまま、フレッドとジョージの間で立ち尽くしていた。

「去年セドリックを殺したのも、厳密に言えばヴォルデモートじゃなくてペティグリューだ。ヴォルデモートに命令されて、あいつがやった。僕の目の前で」

 

 ハリーの言葉を最後まで聞いても、その場の誰も何も言えない。

 ただ、ザビニだけが、ひとつの事実を思い出した。

 

「そういやピーター・ペティグリューは『己の命を犠牲にした英雄的行い』で、マーリン勲章を貰っていたな。それも勲一等のを『死後』に…………全く、魔法省ときたら。ダモクレス・ベルビーみたいなやつには中々やらないくせに、渡すべきでないやつにはすぐ受賞させるんだな」

 

 部屋中を包んでしまった極めて重苦しい雰囲気を打ち破ったのは、コリン・クリービーだった。

「ハリー、ハリーきみ、独りじゃないよ! 独りで戦っちゃダメだよ! 僕らじゃ頼りないかもしれないけど、僕らだって協力するよ!」

 ハリーの目の前に来たコリン・クリービーの左右にはナイジェルとデニスが並んでいる。

「パパとママは、闇の帝王を応援してるのよ。仲間じゃないけど、応援してるの」

 アストリア・グリーングラスがそう言ったのを聞いて、姉のダフネが死にそうな顔になった。

 

「でも、あたしはハリーを応援するわ! だってハリーはともだちだもの! あたしをD.A.に入れてくれたもの! あたし、パパとママとだってたたっ、戦うわ!」

 それは、スリザリン生たちがずっと、誰もできなかった決意だった。

「ノットだってザビニだって、ドラコだって! 皆! ともだちだもの。あなたの味方よ!」

 

 今ちょうどこちらに背中を向けているマルフォイがどんな顔をしているのかは、その左右に居るクラッブとゴイル以外には、誰にも窺い知れなかった。

 アストリアが姉に言及しなかったのは、お姉ちゃんは優しいからあたしと一緒にハリーの味方をしてくれるものだと、無邪気に信じているからだった。

 不死鳥が死なない事を誰もわざわざ説明しないのと同じように、アストリアは姉に言及しない。

「私は、妹の味方よ。だから妹がアナタに味方するのなら、私もアナタに味方するわ、ポッター」

 ダフネ・グリーングラスは、アストリアが信じていた通りに、そう宣言した。

 

「僕は父上とは戦えない」

 

 ノットはまた、ドラコが言えずに居る事をハッキリと言った。

「だけど、僕の父上は別に、誰にも倒せない天下無敵の魔法使いじゃあ、ない。優秀な人だし心から尊敬しているが、誰にでも倒せる。そして父上と母上に恥じない誇りあるノット家にふさわしい男というのは、僕が思うに、父上と母上の言う事を無条件でそのまま何もかも信じる奴の事では、ない。だから僕は、『父上と母上』か『お前』かと問われればもちろん父上と母上の味方だが、『闇の帝王』か『お前』かという話なら、その2択なら、…………お前の味方だ。ポッター」

 

 俺もだ、と言って、ザビニがノットに続いた。

 

「母上は闇の帝王の主張に賛同している。だが俺は闇の帝王を、もちろん強大無比で優れた魔法使いであられるとは思うが、崇拝してはいない。ダンブルドアがあんまり好きになれないから、相対的に自分は闇の帝王の側だと考えている。考えて『いた』。だが、この1年間お前らと過ごして、俺は考えが変わった。俺は、お前らに、死んでほしくない。闇の帝王の望みがすべて叶った時、お前ら全員か、それか何人かでも死んでいるというのなら、俺は、闇の帝王の味方はできない。だから俺も『母上かお前らか』なら母上だが、『闇の帝王かお前らか』なら、お前らの味方だ」

 

 それはまさに、かつてこの「地下聖堂」に集っていた1892年の7年生たちが望んだ光景だった。

 

 そしてそれから数日後。とうとうマダム・ポンフリーの説得に成功して医務室から開放されたドローレス・アンブリッジは、誰にも見つからずにホグワーツから出ていこうとしていた。

 

 出ていこうと、していた。

 

「おやアンブリッジ『先生』。どちらへお出かけですかな?」

「アンブリッジ先生、もうお加減はよろしいのですか? 『バジリスク』なんて俺たち心配で!」

「『バジリスク』に睨まれたって聞きましたよ、『バジリスク』に!」

 

 先生という単語にありったけの侮蔑の感情を込めたフィルチと、今まさにフィルチに連行されていくところだったフレッドとジョージが、3人並んでアンブリッジの行く手を塞いでいた。

 フレッドとジョージは自分たちが「バジリスク」と言う度にアンブリッジがビクリと竦むのを面白がって、わざと何度もそれを大きな声でハッキリと口にしている。

 

 アンブリッジが今から何をしようとしているところなのかなど、フィルチにもフレッドとジョージにも、訊かずとも解っていた。

 何も言い返さず通り過ぎていったアンブリッジの背中を見ながら、フィルチはピーブズと同じくらい忌まわしく思っているはずの、ウィーズリーの双子に囁く。

 

「…………ウィーズリー、お前ら今すぐ先生方と生徒全員に知らせてこい。みんなきっとアンブリッジ『先生』を、お見送りしたいだろうからな」

「最高のアイデアだぜフィルチ!」

 

 そしてアンブリッジがホグワーツの正門に辿り着く頃には、ハグリッドに車椅子を押してもらってやってきたマクゴナガルや並びきらない人数の生徒たちが、すぐ後ろに人だかりを作ってドローレス・アンブリッジ「ホグワーツ高等尋問官どの」を、「お見送り」していた。

 その人だかりの最前列でマクゴナガル先生のすぐ隣に立っているハリーたちは、皆なんとなく後ろを振り返った。

 そこから見える限りのホグワーツ城の全ての窓に、棟と棟を繋ぐ渡り廊下に、生徒のみならずゴーストまで集まって、みんなアンブリッジが城を出ていく様をその目で見ようと頑張っていた。

 

「なあ、あそこで『首なし狩りクラブ』の皆と一緒に居るの、ほとんど首なしニックじゃない?」

「あらホントね。ニックはポドモア卿と色々あるんだって聞いた気がしたけど、今はいいのね?」

 

 そんな誰かの会話が聞こえてまたアンブリッジの背中へと向き直ったハリーの隣には、ドラコ。

 マルフォイとハリーすら、今だけは同じ喜びを共有できていた。

 

「また、ぜひ。いつでもホグワーツに遊びに来てくださいね、アンブリッジ先生。生徒たちと一緒に喜んで大歓迎いたしますわ!」

 

 にこやかな笑顔でマクゴナガルがいま言ったその言葉は「二度と来るんじゃねえクソッタレ」という意味だと察して、クラッブとゴイルはお互いの顔を見てニヤリとした。

 ハグリッドの左肩に止まっているワタリガラスが一声啼き、フレッドとジョージの頭上に浮かんでいるピーブズがとても下品な手の仕草をアンブリッジの背中に向けて「くたばれ」とお伝えしている中、アンブリッジの目の前でホグワーツの正門が開く。

 

 その向こうで待ち構えていた10人近い闇祓いたちの先頭には、ニンファドーラ・トンクスとキングズリー・シャックルボルトが並んで立っていた。

 

「ドローレス・アンブリッジ元上級次官、御本人ですね?」

 トンクスが訊く。

「私は現役の魔法大臣付き上級次官です! ええ、本人ですとも!」

 アンブリッジが抗議するが、トンクスが確認しているのは肩書きの部分ではない。

 

「ドローレス・アンブリッジ。1996年6月18日の未明に、ホグワーツの闇の魔術に対する防衛術教授を務める魔法使いに対して磔の呪文を行使した罪によって、ルーファス・スクリムジョール魔法大臣閣下の命令により、あなたを逮捕します。あなたには裁判を受ける権利が――」

 

 ホグワーツ城の全てと同じように、ハリーもドラコも出せる限りの大声で勝利を祝った。

 

 ルーナがそうしているのに合わせるかのように、ルーナの頭の上に乗っかっているボウトラックルの「ロルフ」も、細い腕の1本を振ってアンブリッジに「バイバイ」とジェスチャーしていた。

 

 




 
 次回、ウィゼンガモット大法廷、満員御礼。

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