104年後からの今 作:requesting anonymity
その日の授業が既に始まっているはずの時間なのにも拘らず、全ての生徒と教職員が大広間に集合している。特にカスバート・ビンズが大広間に居るのを見るのは、ネビルには初めてだった。
ハッフルパフとレイブンクローのテーブルの間、大広間のちょうど中心には、ひとつの水晶玉。その水晶玉の傍らに立っている誰だか知らない魔法使いが今何をしているのか、あの先生の部下だとしか名乗らなかったその魔法使いがなぜピーブズに荷物持ちをさせられるのか、そしてピーブズが持たされている妙な道具は一体なんなのか。
大広間に集った生徒たちには、なにも解らなかった。
「みんな、先生たちも。いいですか? 今から見えるのは『現在のウィゼンガモット大法廷』ですけど、こっちが向こうの様子を一方的に覗いているのであって、呼びかけても声は向こうに届きませんからね。……マグル生まれの子たちには『生中継』と言った方が伝わるかな?」
その魔法使いはそれだけ言うと、水晶玉に杖を向けて何やら聞き取りづらい早口の小声で囁きかけるように呪文を唱えた。
その途端、水晶玉から大量の霧が噴出し、大広間に居る皆の視界を完全に覆い尽くした。
「さあ、ホグワーツの良い子たちに、本物の『癒着』ってやつを見せてあげよう」
あの人こないだ俺たちとシリウスを助けてくれた人だよなと思っていたフレッドとジョージの耳にその声が届いたのとほぼ同時に、視界全てを覆う霧に何やら色がついて影ができ、ここではないどこかの風景が映し出され始める。
これを見届けたいがために、先生たちは午前の授業を取りやめたのだ。
「…………時間ですな? では被告人シリウス・ブラック。個人的にはお前が素直に出廷してきたこと自体大いに驚いているが――まあ今日は、久しぶりに本来のウィゼンガモット大法廷だ」
緊張しすぎて倒れそうだったシリウス・ブラックは、なぜ急にその陪審員がニッコリ笑ったのかが全く、なにひとつ推察もできなかった。
あの先生が今朝「何も心配しなくていい」と言ってくれた事だけがシリウスの心の支えだった。
「開廷の前に、方々。まずは陪審員に復帰なさったお二方と、我らがウィゼンガモット首席魔法戦士を、お迎えしようと思うのだが。私のこの考えに、賛同していただけますかな?」
シリウスの正面に居るひとりの陪審員が大法廷全体に問いかけるが、返答は誰からも無い。
ただ、そこに居る陪審員たちのほとんどが嬉しそうに笑っていると、シリウスは気づいた。
そしてシリウスの背後で、大法廷と廊下を隔てる大きく重い扉が、ゆっくりと開く。
「あーー! グリゼルダおばーちゃんだ! おーい! こっち向いてこっち!」
ウィゼンガモットに集う陪審員たちは一斉に声がした方を――天井を見上げる。
いつの間にやらガラス張りかのように透き通っていた天井越しに、大法廷をお菓子など食べこぼしながら見下ろしている神秘部の職員たちが、そこには居た。
「おばーちゃんこっち来て一緒にチョコマフィン食べませんか!」
「静かにしてな良い子だから!」
しかしそんな賑やかな声も、マダム・マーチバンクスの大きな声も、チベリウス・オグデンの姿もシリウスの意識には入っていない。シリウス・ブラックが見つめる相手は、たったひとり。
「遅れてすまんかったの。いやはや、8階のロビーが人で溢れておりましてな……」
ウィゼンガモット首席魔法戦士アルバス・ダンブルドアはそう言いながら歩いていき、シリウスの正面、シリウスが少し見上げる位置の席に、議長の椅子に腰を下ろした。
「開廷」
シリウスから見てダンブルドアの右隣に居る陪審員の男性が厳粛な態度に戻って宣言し、続いて首席魔法戦士アルバス・ダンブルドアが裁判を進行し始める。
「さて、被告人シリウス・ブラック。14年前に儂からお主にするべきじゃった質問を、14年遅れながら、いま初めてお主に問う。1981年11月1日、お前は無実のマグル12人と哀れな魔法使いピーター・ペティグリューを、その手で杖を振るって自らの意思で殺害せしめたか?」
ダンブルドアにそう質問された事で、シリウスを縛っていた緊張感は全て解けて消え、代わりに燃えるような敵愾心が心の底から噴き上がってきた。
「ピーター・ペティグリューを殺そうとした事は認める。私はあの夜、確かにペティグリューのやつを捕まえようなどとはしていなかった。私はあいつを殺そうとした。だがしくじった。そして12人の不幸なマグルたちには、私は何もしていない。ジェームズとリリーに誓って、私は12人のマグルを殺害していない。やったのはピーター・ペティグリューだ! やつは生きてる!」
ざわめく大法廷の中にあって真っ先に驚きから自身の職務へと意識を戻す事に成功したのは、報道機関で唯一ウィゼンガモットの裁判を記録することが許されている日刊予言者新聞から派遣されている記者、リータ・スキーターだった。
「生きてる? ペティグリューが? 証拠はあるんざんすか? あんたが今した証言はあの夜ペティグリューがしたと記録されてる証言とまるで正反対ざんすよ? シリウス・ブラックあんたがその手で殺したんだと、皆がそう信じてるざんすよ? 指の先しか残らなかったと――」
「あいつはたまたまその場に居合わせたマグル12人を殺し、自分の指を切り落とした」
大法廷に集う50人の陪審員の中で自分の話を今の時点で既に信じてくれているのは多くて数人だろうとシリウスには察せていたが、それでもシリウスの心に不安は無かった。
アズカバンのディメンターたちにすら終ぞ崩すことのできなかった「自分は潔白で、自分はハリーを助けてあげなければいけない」という確信が、シリウス・ブラックを支えていた。
そんなシリウスの心の底まで見透かすような目で、ダンブルドアがシリウスに問いかける。
「お主の証言が真実かどうかを見極めるのは容易い。つまりピーター・ペティグリューがお主の言うとおりに生存しておるのならお主の証言は真実じゃろう、しかし死亡しておるのなら、かつてお主に下された『アズカバンでの終身刑』という決定は至極真っ当なものじゃったと言える。であるからして、この裁判で論ずるべきはまさにそこじゃ。生きておると仮定しても、それすなわちピーター・ペティグリューは逃亡中の殺人犯という事になるのじゃから、ウィゼンガモットの召喚になぞ、従わんじゃろうの? じゃから被告人シリウス・ブラック。お主が無実を証明するためには、ピーター・ペティグリューの生存を、本人をここに連れてくる以外の方法で、証明せねばならぬ」
真実がどこにあるのかを知らないほとんどの陪審員には、それは土台不可能なように思えた。
「さてシリウス・ブラック」
ダンブルドアと入れ替わりに、グリゼルダ・マーチバンクスが口を開いた。
「お前さんの主張を裏付ける証人が居る。そうだね? いくらなんでも新しい証拠を何も示さずに主張を通そうなんて、お前さんはそんなマヌケじゃないだろう?」
先日召喚状が届いて「行ってこい」と背中を押されただけで何も説明などされていないシリウス・ブラックは大いに焦り、それを内心だけに留めようと努力している。
「数名、証人として申請され受理されておる。――入りなさい」
しかしシリウスの焦燥とは裏腹にダンブルドアは宣言し、再びシリウスの背後で扉が開いた。
その途端色とりどりの光の粒が天井から大法廷全体へと降り注ぎ、ゴキゲンな音楽が50人の陪審員たちの肌を揺らす。シリウスの視界の端で気難しそうなご老人が眉間にシワを寄せているのは、この暴挙を止めさせる権限が自分に無いのを理解しているからだった。
「僕、一世一代の大勝負のつもりで今日ここに来たんだけどな………」
振り向いたシリウスが見たのは、そう言いながら自分と同じくらいには戸惑っているらしい親友のリーマスと、その隣のハリーと、ロン。そしてロンが通った直後に閉まりきった扉を轟音とともに粉砕して侵入してきた勇壮なグラップホーンと、その背ですやすや寝ている自分の姿だった。
グラップホーンの上の先生がなんで自分の外見をしているのか、いつの間に髪を拝借されていたのか、シリウスにはサッパリ解らなかった。
「起きなこのバカチン!」
「ふぁえゴメンナサイ寝てないです!!!」
グラップホーンの背の上でビョコンと勢いよく跳ね起きた「シリウス・ブラック」に、グリゼルダ・マーチバンクスは更に言う。
「お前さんの裁判は次だろこのバカチン」
「僕も証人だもーーん。証拠とってきたもーーん」
「静粛に!」
ダンブルドアの右斜め前の席に座っている新任魔法大臣にして元闇祓い局局長ルーファス・スクリムジョールの厳格な声が緩み始めていた大法廷の空気を一瞬で引き締める。
相変わらず七色の光が降り注いでいるしご陽気な音楽が流れ続けているのに厳粛な雰囲気に戻れる辺り彼らは確かに経験豊富なウィゼンガモットの陪審員らしいと、透き通った天井の向こうで上司なのだろう誰かに叱られている神秘部職員の年若い魔女を見上げながらハリーは思った。
「ちぇー……せっかく用意したのにぃー。フォーリー局長のケチンボぉー……」
その魔女が何やらブツブツ言いながら杖を振ると、音楽も光も止まる。
「まーったく……相変わらずバカな子だよ…………」
そう呟いたマーチバンクスの声は、どこか嬉しそうだった。
そしてスクリムジョールとダンブルドアが同時に咳払いし、皆の意識は裁判へと引き戻される。
「リーマス・ジョン・ルーピン。お前はシリウス・ブラックの罪状及び主張について、並びにピーター・ペティグリューの生存について、この場で言いたい事があると、そういう話だったな?」
ルーピンは数歩前に出て親友の隣に立ち、自分を囲む50人の陪審員を見回してから、口を開く。
「僕は狼人間です」
大法廷がざわめくが、それは数秒だけだった。この証人にはまだ話したい事が残っていると、皆すぐに察したからこその沈静化だった。
「ホグワーツに入学した時点ですでに狼人間でした。満月の夜にはホグズミードにある屋敷に籠もっていました。ホグワーツ領内からその屋敷へ移動するための通路を隠匿するために、僕のためにダンブルドア校長が植えて下さったのが『暴れ柳』です。そして僕のこの秘密は2年生の時、友人たちにバレました。このシリウスと、ジェームズ・ポッターそしてピーター・ペティグリューにです。3人は、僕が満月の夜にも孤独を感じずに済むようにしてくれた。その提案をまずしたのはジェームズで、真っ先にシリウスが乗ったと聞いています。そして自分には無理だと怖気づいていたピーターも、あまり時間はかからず2人に説得された…………シリウス・ブラックと、ジェームズ・ポッター、そしてピーター・ペティグリューはそこからまる3年を費やして、ホグワーツで過ごす5年目に、動物もどきになってくれました。僕のために。3人とも、今日まで、未登録です」
「ホグワーツの学生が在学中に、完全に独学で動物もどきになったと? その話を信じろと?」
陪審員のひとりが思わずそう声を上げたのは、ルーピンの話を信じていないのではなく話についていくのにもう少し時間を必要としているだけだと、ハリーとロンは察した。
「動物もどきだと嘘をつくにはかなり趣向を凝らしたごまかし方をせねばならんじゃろうが、自分が動物もどきである事を誰かに証明するのは至極簡単じゃ。そうじゃの、シリウス・ブラック?」
ダンブルドアにそう言われて、シリウス・ブラックはスルリと姿を変える。
そこに現れた真っ黒な毛並みの大型犬がハリー・ポッターの方を向いて思い切り尻尾を振り続けるのを、陪審員たちとダンブルドア、そしてシリウスのために集まった証人たちが見ている。
「シリウス、シリウスもういいぞ。シリウス? シリウス? ……こらパッドフット!」
やっとヒトの姿に戻って落ち着きも取り戻したらしい親友を横目に、ルーピンは証言を続ける。
「ジェームズは牡鹿の動物もどきでしたが、それは今回関係ありませんね……皆さん、こちらの『日刊予言者』の記事を御覧いただきたい。1993年7月31日の、懸賞に誰が当選したのかを発表する記事です。アーサー・ウィーズリーが700ガリオンに当選し、長男が働いているエジプトに家族で旅行すると、写真付きで伝えている。この記事は確かに日刊予言者が掲載したものだね?」
ダンブルドアが片手を振ると、ルーピンが示したのと同じ紙面が陪審員たちの手元に現れた。
「そうざんすわ。保証が必要だというならあたくし保証しますわ。確かにそうざんす。最初に上がった原稿が紙面の余白を埋めるには足りなくて、どうにかしてもう少し文章を足す必要があると、その記事を書いた男が隣のデスクのあたくしに相談してきたざんす。だからあたくしが一家の喜びっぷりをもっと書くべきだと言ったざんす。バーナバス・カフ編集長がこの話の証人ざんす」
リータ・スキーターが嘘でも誇張でもない話をするところを、ハリーは初めて見た気がした。
「この記事には、小さいけれど写真がついてる。写ってるのはこちらの彼、ミスター・ロナルド・ビリウス・ウィーズリーだ。そしてピーター・ペティグリューは、あいつはネズミの動物もどきだ。さっきも言ったように未登録の。僕からは以上です。ご清聴いただき感謝します」
ルーピンが「動物もどき」「未登録」と言う度にリータ・スキーターが視線を泳がせるのを、ハリーとロンは心の中でせせら嗤っていた。
「このネズミも指が1本無いな。つまりシリウス・ブラック、お前は、この写真のネズミが――」
「ペティグリューのやつ本人だと確信したから脱獄した。そうです」
陪審員のひとりがした質問に、シリウスははっきりと答えた。
「察するにロナルド・ビリウス・ウィーズリー。ハリー・ジェームズ・ポッター。お前たちは、この写真のネズミがピーター・ペティグリューだと、そう主張しに来たのだね?」
また別の陪審員のひとりが、ロンとハリーに質問を投げかけた。
「そうです」ロンが言う。「そのネズミは元々パーシーのペットだった。パーシーがいつから飼ってたのかよく覚えてないけど、僕が覚えてる限りじゃ『最初からずっと』飼ってた。で、僕がホグワーツに入学した年に、僕が貰った。3年生の時、シリウスに言われた。目の前でスキャバーズがペティグリューになって初めて気づいた…………『普通のネズミにしちゃ長生き過ぎる』」
ロンが緊張していないのは、それが本当の話で幻覚とかではないと知っているからだった。
「僕もロンのペットのスキャバーズが目の前で小汚い男に変身するのを見ました。そいつはシリウスとルーピン先生に『ピーター』って呼ばれてましたし、そいつ自身もその呼び名を自分のものとして認識してるようでしたし、その『ピーターと呼ばれていた男』は僕に父さんの話もしました」
ハリーがそう証言したのに続いて、粉砕された扉のほうから鋭い声が響く。
「わしも見たぞ! 去年クラウチジュニアのやつと一緒にわしの家に押し込んできた! ピーター・ペティグリューだ! クラウチジュニアにそう呼ばれていた!」
身体を支える大きな杖と義足のゴツゴツと重たい音を響かせながら瓦礫をまたいで入廷してきたアラスター“マッド‐アイ”ムーディは、自身の恥だと考えているその「敗北」を、しかし仲間のために大きな声ではっきりと証言した。
そして、いつの間にやらシリウス・ブラックの外見からマルフォイ家に居そうなシルバーブロンドで細身の10代後半くらいの青年へと姿を変えていたその魔法使いが、口を開く。
「じゃ、次ぼくの番ね。僕からはひとつだけ。これ、今朝僕がとあるお家にこっそり入り込んで撮ってきた写真だよ。真ん中に写ってるの、ピーターくんじゃない?」
青年がそう言いながら片手を振るとその写真は複製されて飛び散り、陪審員たちに配布された。
そして1分近い沈黙の後、アルバス・ダンブルドアが口を開く。
「ではシリウス・ブラックをアズカバンに再収監し、元通り終身刑に処するという決定に賛成する者は、挙手をしていただけますかな」
ルーファス・スクリムジョールも含めて、誰も手を挙げない。
「では、シリウス・ブラックを無罪放免とする事に賛成する者は、挙手していただけますかな?」
陪審員たちが皆手を挙げるのを、シリウス・ブラックは呆然としたまま見ていた。
ルーピンに抱きしめられながら、ハリーとロンに労われながら、シリウスの心の底から少しずつ喜びが湧いてきていた。
「シリウス・ブラックの潔白と真っ黒なピーター・ペティグリュー、真実はどこに――」
すでに一面大見出しの構成を練り始めたらしいリータ・スキーターをよそに、いつでも次の予定が詰まっているウィゼンガモット大法廷と50人の陪審員たちにそんな暇は無かった。
今日は、特に。
「シリウスくんも皆も端っこに退いてね。もう何人か来るからさ」
そう言った青年を乗せたまま、グラップホーンはのしのし歩いて1秒前までシリウスが立っていた「被告人」の定位置に移動した。
「待て。待て待てお前たち、退廷されては困る。お前たち全員、この次の裁判でも証言してもらわねばならんのだ。シリウス・ブラック、貴様もだ。隅で待っていてくれたまえ」
陪審員のひとりにそう声をかけられて、まだ何かあるのかと思ったロンは、見た。
鉄の鳥籠のようなものに閉じ込められたアンブリッジが左右から鬼の形相の闇祓い2人に杖を突きつけられてその周囲を更に4人、合計6人の闇祓いに監視されながら「連行」されてきたのを。
「やったぜ!!!」
その光景が鮮明に投影された霧を見ながら、ホグワーツの大広間で誰かがそう歓声を上げた。
「さて。じゃ始めるよ。おいバカチン」
「なんだいグリちゃん」
「お前いま指名手配されてるね?」
「されてるよぉ。いいでしょ」
およそ陪審員と被告人とは思えない、そんな気の抜けた会話から、次なる裁判は開廷した。
グラップホーンの背の上で、その魔法使いはさっきの今でまた姿が変わり、今度はアストリア・グリーングラスより年下だろう小さな女の子になっていた。
「グラップホーン、マンティコア、ヒッポグリフ、セストラル、ニーズル、ユニコーン――」
先生が今なにを飼育しているのかが全て読み上げられるのだと察して、ハリーとロンは辟易した。2人は、そんなの明日の朝までかかるんじゃないかと危惧していた。
そしてハリーとロンの中から緊張や心配といった感情が退屈によってほぼ駆逐されてしまった頃、やっとその作業は終わる。
「――そしてサンダーバード。これら全て既に飼育許可が降りていますし、現在まで毎年欠かさず我が魔法生物規制管理部の査察をパスしておりますので、違法飼育ではありません」
50人の陪審員のひとり、魔法生物規制管理部部長のネリダ・ロバーツはそう締めくくった。
アンブリッジは何事か叫んでいるようだったが、口を消されているので声は出ていない。
「そうかい。書類は揃ってるんだろうね?」
「はい。全ての個体に関して――もちろん神秘部の研究試料に指定されている個体はここに記載されていませんから厳密には『全て』ではありませんが――1891年から1995年現在までの104年分、本日持参いたしましたので皆様よろしければ私が今から順番に全て――」
ネリダ・ロバーツは杖を振って自分と両隣の陪審員の姿を完全に覆い尽くしてなお余る量の、席から溢れる程の羊皮紙の束の山をドッサリと呼び出したが、スクリムジョールが制止した。
「要らん。マダム・ロバーツ、要らん。いったい何週間喋り続けるつもりだ。そんな時間は無い」
予想していた通りの反応をスクリムジョール新大臣がしてくれて喜びが顔に出てしまったネリダ・ロバーツだったが、それは書類の束の山に隠れて両隣の陪審員2人以外には見えなかった。
そしてその両隣の陪審員というのは「内部監査局局長」セバスチャン・サロウと、ウィゼンガモット特別顧問にしてアルバス・ダンブルドアの同級生でもあり、ダンブルドアと同じくらいには「先輩たち」にあの年たくさん遊んでもらったのを覚えているエルファイアス・ドージだった。
もちろん2人ともネリダ・ロバーツと同じく、グラップホーンの上でお菓子など食べ始めたアホの被告人とアルバス・ダンブルドアの味方である。
「このリストに載っている人物を、あなたが確かに殺したのですか?」
「そうだよ。僕が殺したの。5年生の時にね」
法廷の隅からの質問にその魔法使いはお菓子をもりもり食べこぼしながら答え、そのやり取りに魔法法執行部部長のアメリア・ボーンズが反応する。
「ビクトール・ルックウッド、シルバヌス・セルウィン、ダンスタン・トリニティ、テンペステ・スローン、カトリン・ハガーティ、グウェンドリン・チョウ、ベルグラフ……そのリストに載っている、今現在この被告人が指名手配されている一因である『連続殺人の被害者』たちは、皆、当時の凶悪犯罪者であり、ひとりの例外もなく魔法省が指名手配していた人物です。魔法法執行部は必要ならば当時の捜査資料を全て提出する事ができます。そしてこれらの『殺人』について、魔法法執行部は『指名手配犯の討伐報酬』を支払っていますので、罪に問うのは不適当と考えます。その他の罪状に関しましても、『無罪放免』と結審した1892年のウィゼンガモットの議事録が残っておりますので、議論に値しないと考えます。『無罪放免とするのが適切だ』と言っているのではありません。『既に無罪放免されている』のです。ですからこれらの罪状も、取り下げるべきです」
アンブリッジがまた何事か叫ぼうとしているらしい動作をするのがハリーには見えていたが、どうやら相変わらずアンブリッジには声を出す権利が与えられていないらしかった。
「全て提示していてはここに集まった皆様の内の何人かに寿命が来てしまいそうですから、抜粋してビクトール・ルックウッドの資料を、魔法法執行部からこのウィゼンガモットに提出いたします。どのような人物だったのか、どのような罪状で指名手配されていた人物だったのか。それが御理解いただける捜査資料だと考えます」
独りでに宙を舞って配布されたその羊皮紙の束に、陪審員たちのほとんどは一斉に目を通す。
資料を読もうとしていないのはグリゼルダ・マーチバンクスやチベリウス・オグデン、そしてネリダ・ロバーツやセバスチャン・サロウなどの、ビクトール・ルックウッドがどんな奴だったかをハッキリと覚えている老人たちだけだった。
「仮に逮捕されていたならばアズカバンで終身刑が妥当でしょうな。このルックウッドとやらは」
50人の陪審員の誰かがそう呟いたのが、ハリーにもロンにも聞き取れた。
「そのビクトール・ルックウッドは密猟や恐喝、殺人や誘拐及び身代金要求などで当時最も危険な闇の魔法使いの筆頭として知られていましたが、5年生だったこちらの被告人を手下と共謀してホグズミードから拉致し、数十人で包囲して殺害を試み、逆に部下ともども殲滅されて果てました」
セバスチャン・サロウが簡潔に補足した。
「バジリスクの飼育も、既に許可を取得しておるのですかな? それとも、飼育しておられるそのバジリスクも神秘部の研究試料なのですかな?」
痛いところを突いてきたのは、他ならぬアルバス・ダンブルドアだった。
「違うよアルバス。許可は貰ってないし研究試料指定もされてない単なる僕の家族だよ」
「バジリスクの繁殖飼育及び取引は、何百年も前から違法でしたな?」
「でもオミニスは家族だもの。アルバスも知ってるでしょアイツかわいいんだよ」
「儂が知っておるかどうかと、飼育が合法かどうかは別の話だと考えます。儂は確かにそのバジリスクの存在を11歳の時から存じておりましたが、『だから飼育も合法だ』とはなりません。今この場で、そのバジリスクを飼育し続ける許可を特別に得たいと言うのなら陪審員たちと、この儂を。納得させねばなりませんよ、先輩」
「どんな決定が下ろうが僕は断固飼い続けるって知ってるでしょアルバス」
「それは飼育を許可する理由にはなりませんな?」
11歳だったあの年からずっと「ちゃんと許可を取るべきだ」と主張し続けてきたダンブルドアから「7年生の先輩たち」への、それはお説教だった。
魔法生物規制管理部部長ネリダ・ロバーツも、内部監査局局長セバスチャン・サロウも、そして透き通った天井の向こうで部下たちを見張りつつこちらを見下ろしている神秘部財務局局長ヘクター・フォーリーも、皆バツが悪そうに視線を逸らしている。
そしてこういう時、この困った友人が誰に頼るのか。同級生たちはよく知っていた。
「ポピーちゃん!!」
「なあに?」
「アルバスがいじわる言う!!」
「はいはい今そっちにオミニスを連れてくから、場所空けておいてね」
グラップホーンの背の上に座ったままのその魔法使いが食べ終えたお菓子の袋を雑にねじ込んだ旅行カバンの中から聞こえてきたその声の意味するところを即刻理解できたのは、その声の主をよく知っている面々だけだった。
そして程なく「よいしょよいしょ」と声に出して少々苦戦しつつ旅行カバンの中から這い出てきた小柄な老魔女は、グラップホーンの背から降りると着ているローブの裾を手で払い、名乗った。
「ポピー・スウィーティングです。昔は魔法生物規制管理部で働いてた事もありました。ずっとこのおバカの魔法生物飼育の助手をしてます。121歳です。動物大好きです。それでこっちが――」
ウィゼンガモットの中央、陪審員たちの視線の少し上の空中が眩しい閃光と共に燃え上がる。
そして現れた樹木のような太さの胴体を持つ巨大な蛇がゆったりと持ち上げた頭のてっぺんには1本だけ真っ赤な羽根が生えており、それを遠慮なく踏みつけて不死鳥がそこに止まっていた。
その見上げるほど大きな蛇は、なぜか目を閉じたままだった。
「――バジリスクのオミニスです。どうですか! かわいいと思いませんか!」
思いませんと言いたいのを、ハリーもロンも我慢している。
やっぱり予め決めた事だけ喋るなんてポピーには無理だったかと、同級生3人は苦笑している。
「その『オミニス』が、まず本当にバジリスクなのかってところからだが――これに関しては、信頼できる鑑定人を招致してある。入んな、ニュート・スキャマンダー」
マーチバンクスの声を合図に入廷してきた魔法使いの頭の上には、小さな赤ちゃんニーズルがちょこんと乗っかっていた。
「はい。あ、あのみなさんおはようございます。ダンブルドア先生もおはようございます。僕はニュート・スキャマンダーです。それでこっちの――うわあ本当に大きいねぇきみ。名前はなんて言うんだい? ちょっと身体を調べさせてね。ごめんねすぐ済むからね…………」
特に魔法など使う様子もなく、その「検査」は本当にすぐ終わった。
「はい。僕ニュート・スキャマンダーは嘘偽り無く証言します。確かにこの子はバジリスクです」
「じゃあ話はとてもとても簡単になるね。そいつの名前はオミニスだったね?」
グリゼルダ・マーチバンクスはポピーに確認してから、その巨大なバジリスクを見つめる。
「おいオミニス、こっち見な。私の目をお前の目で見るんだ」
〈ねえママこのお婆さん怖い!〉
「怖がらなくて大丈夫だよ。私がついてるから。マーチバンクス先生は怖い人じゃないよ」
ポピー・スウィーティングはそのバジリスクの太い胴体を優しく撫でている。
優しくて良い人だけど怖い人ではあるだろうと、セバスチャン・サロウは思っている。
「何やってんだい早くしな。ほらこっち見な」
そしてその怖いお婆さんに急かされて、巨大なバジリスクの「オミニス」は目を開けた。
「決まりだね。こいつは危険じゃないよ。私がまだ生きてるのがその証拠だ。反論あるかい?」
グリゼルダ・マーチバンクスの豪胆さに、リータ・スキーターのみならず何人もの陪審員たちが目を丸くして驚いている。狭っ苦しい1人用の檻の中から一切身動きせずにマーチバンクスを見つめているアンブリッジが何を思っているのか、ハリーは想像するだけで愉快だった。
〈もう皆のとこ戻っていい?〉
「すぐ済むから、もうちょっとだけ我慢してねオミニス。良い子だから」
バジリスクのオミニスに優しく寄り添うポピー・スウィーティングを見ながら、あのお婆さんパーセルマウスなのかな違うのかなと、ハリーはそればかりが気になっていた。
「そのバジリスクが、かの『スリザリンの怪物』とは異なる性質を持っているのは理解しました。ですが私はそれでも、姪が居るホグワーツにバジリスクも居るのは、やはり不安が拭えません」
アメリア・ボーンズが述べたその意見は至極妥当なもので、おそらく全ての親が同じ事を言うだろうと、シリウス・ブラックとリーマス・ルーピンは思った。
「この被告人はバジリスクの飼育許可を特例で与えるに足る人物だと、そう考えるかね?」
チベリウス・オグデンが大法廷全体に問うた。
勝手に発言して良いのかが解らなかったハリーは、とりあえず手を挙げてみることにした。
「よかろう。言いたいことがあるのなら言ってみなさい、ハリー・ポッター」
ルーファス・スクリムジョールが許可をくれたので、ハリーは覚悟を決めて口を開く。
「闇の魔術に対する防衛術の先生に世界で一番ふさわしいのがこの先生です。こないだ僕がバカだったせいで神秘部に誘い出された時、皆生きて帰ってこられたのは先生の授業を受けてたからだって僕は確信しています。先生が来てくれたから皆無事だったんです。自分の事だけ考えるなら、先生は別にあの夜神秘部に来る必要は全く無かったんです。だってホッグズ・ヘッドに居たんだから。ヴォルデモートが帰ってから、なんなら次の日の朝とかに来て『なんてことだ!』って驚いてみせるだけでも誰も先生を責めたりしなかったと思います。ファッジならそうしたでしょう。でも先生は僕らを助けに来てくれました。自分の命をヴォルデモートの前に晒して」
リーマスに肘で小突かれて「無罪放免になったのだから自分にも発言する権利はある」と、シリウス・ブラックは数秒硬直してから理解した。
「フレッドとジョージが言っていた。本当はホグワーツでの学びを最後までやりきるつもりなんか無かったと。自分たちの夢であるイタズラ専門店が既に軌道に乗り始めていて店舗の土地にも目星をつけている以上『N.E.W.T.』など時間の無駄でしかなくホグワーツで学ぶべき事ももう無いと、彼らはそう考えていた。しかしこちらの先生の授業を受けて考えが変わった。彼らは『記念に』ホグワーツで最後まで学ぶ事に決め、『せっかくだから』N.E.W.T.も受けるそうだ。だからあの夜、彼らはまだホグワーツに居た。だから彼らはあの夜ハリーと共に神秘部に来た。だから私は死なずに済んだ。あの双子が居なければ、私は今ここに立っていない。先生の教育は実を結んでいる」
そしてロンはシリウスに続いて、ひとつの事だけを大法廷で証言した。
「僕、ロン・ウィーズリーです。僕、ロン・『ウィーズリー』です。スリザリンに友達ができたんだ。ザビニとノットが居なきゃ、僕のO.W.L.試験はもっとダメダメだったってハッキリ言える。アイツらが僕らとそれなりに仲良くやってるのも、僕らがアイツらとそれなりに仲良くやってるのも、先生がそうするべきだって気づかせてくれたからだ。スリザリンだってホグワーツだ、って」
ロンがそう言ったのと同時に、粉砕された扉の残骸の間を縫うように歩いて、大法廷にもうひとりの証人が入廷してくる。
「グレンジャーの奴に相談してなかったら、ポッターの奴にコツを教わってなかったら、ロングボトムの奴にアドバイスを貰ってなかったら。僕がいったい幾つの科目でO.W.L.をパスできてたやら、怪しいもんだ。僕が父上と母上に褒めていただけたのは、グリフィンドールの奴らのお蔭だ。グリフィンドールの奴らと、僕らは上手くやってる。先生の指導のお蔭でそうなった。あんたらがホグワーツの生徒だったころ、グリフィンドールとスリザリンは上手くやってたって言うのか?」
「上手くやってたよセオドール・ノット」
ノットはピクリと反応して、その声がした方を睨む。
「きみのひいひいお爺さんも、僕らも、グリフィンドールに友達が何人も居た。リアンダーもギャレスもルーカンもクレシダも、優しくて楽しい友達だった。僕らが7年生だった1892年、僕らは皆仲良しだった。そしてそれは今でも変わらない――そうだろヘクター?」
大法廷の端っこに座っているセバスチャン・サロウに急に話を振られたヘクター・フォーリーは、相談してなかった発言に少々戸惑いつつも、ガラスのように透き通った天井のその上から大法廷を見下ろして「勿論!」と胸を張った。
「――勿論、そこでグラップホーンの上に座ってるおバカのお蔭だ。…………大法廷の皆々様、僕らはそいつが魔法生物をどのように扱うのか、そこに立ってるポピー・スウィーティングが魔法生物をどのように扱うのか。どの程度心を通わせどの程度制御できるのか。そして魔法生物に如何な行いをさせるのか。1890年からずっと見てきた。叔父と妹にかけて保証する。悲劇は起きない」
セバスチャン・サロウは大きな声でそう宣言し、ダンブルドアが口を開く。
「さて、皆。我らが議論をしている間、この中の何人が、こちらのバジリスクと目が合ったかの? 誰かひとりでも死んでおるかのぅ? お隣の席のご友人は冷たくなっておるかのう。どうじゃ?」
「アンタが冷たくなってたとしたら、その蛇のせいじゃなくて普段の食生活のせいだなオグデン」
「違いない!! バタービールより美味いものなど無いのだから仕方がない!!」
旧友であるらしい右隣の老人にそう言われて、マーチバンクスと並ぶウィゼンガモットの最高齢、チベリウス・オグデンは豪快に笑った。
「では、ここらで良いじゃろうの? わしから皆に提案する。まず、魔法法執行部はこちらの被告人の指名手配を取り下げる。そして日刊予言者新聞がそれを理由とともに公表し、魔法法執行部はこちらの被告人に公式に謝罪する。次に、こちらの被告人と、マダム・ポピー・スウィーティングの両名に、100年遅れではあるが、特例でバジリスクの飼育許可を出す。ただし飼育している檻、つまりそちらの旅行カバンの外に出す際は事前に魔法法執行部と魔法生物規制管理部に許可を得て、目隠しをさせた上でなければならぬ。そして、それでもホグワーツの生徒の親たちの中には不安が拭えん者も多いじゃろうから、こちらの被告人は、今年度限りで『闇の魔術に対する防衛術』の教職を辞する。これに賛同していただける者は、挙手願えますかの?」
悪趣味な羽根ペンを一心不乱に走らせて紙面構成を考えている様子のリータ・スキーターを除いた大法廷の全員が、手を高く上げて賛意を示していた。
ここまで全てダンブルドアの予定通りで、予め示し合わせた作戦通りに審議が進んだのだろうと、ハリーもロンもノットも察していた。
「ではこのまま続いて、次の審議に移る。被告人ドローレス・アンブリッジ。お前は1996年6月18日未明、その人物に対して磔の呪文を行使した疑いをかけられている。反論があるか」
アンブリッジはまっすぐに、ウィゼンガモット首席魔法戦士の席に座っているダンブルドアを見つめている。どういう気持ちでいるのかは、本人以外には推測するしかない。
アンブリッジが「自分がいずれそこに座るはずだった」とか思っているのかと想像したハリーは、唾を吐きかけたいのを我慢しなければならなくなった。
「そしてアンブリッジ、お前には、闇祓いを正式な権限無く動員して違法行為に加担させた疑いもかかっている。ルビウス・ハグリッドとミネルバ・マクゴナガルを攻撃させた。違うか?」
アンブリッジにかけられていた口を消す呪文「オスコーシ」が、解除される。
「ルビウス・ハグリッドは半巨人です! あんな穢らわ――」
アンブリッジの口は再び消され、それ以上の発言は許されなかった。自己保身を考えるなら今それは最も言ってはいけない言葉のひとつだろうと、ノットはただただ呆れていた。
「魔法法執行部部長アメリア・ボーンズ、事件発生当時闇祓いたちは、お前もしくは闇祓い局局長の指揮下にあったか? お前もしくは闇祓い局局長は、事態を把握していたか?」
その「当時の闇祓い局局長」本人であるルーファス・スクリムジョールが問う。
「いいえ。ファッジ大臣からの命令だ『と主張する』アンブリッジ被告が有無を言わさずご自身の指揮下に組み入れました。私にも闇祓い局局長にも、そして当然現場の闇祓いたちにも、抗議する機会は与えられませんでした。これは魔法大臣付き上級次官の権限の範疇を超えており、さらにコーネリウス・ファッジ氏は、そんな命令は出していないと署名つきで証言してくださいました」
そう証言したアメリア・ボーンズが掲げている1枚の羊皮紙を見ながら「ファッジめトカゲの尻尾を切りにかかったな」とノットは心中で嗤っていた。
「事実、ルビウス・ハグリッドは半巨人じゃ。しかしそれは、今回の件とは何ひとつ関係がない。巨人の血を引いている事は罪ではないし、何ら恥じる必要はない。それはルビウス・ハグリッドが数多く持つ美徳のひとつに過ぎぬ。言う通り、ルビウス・ハグリッドは巨人の血を引いておる。母フリドウルファの血を引いておる。だったらどうした」
ダンブルドアの穏やかな声色は、ベラトリックスすら竦むのではなかろうかとシリウスに思わせる程の迫力を伴っており、ハグリッドいま大広間でこれ見て泣いてんだろうなとハリーとロンは想像した。そして実際にその想像は当たっていた。
「気持ちは理解しますがお静かになさいハグリッド!」
感激のあまり号泣して収まらないハグリッドと、それをどうにか静めようとしているマクゴナガルの声に遮られて、大広間に集う皆には裁判の音声がよく聞こえない。
しかしだいたいどういう流れなのかは、視界を覆い尽くす霧が形作るハリーとロンとノットの表情から、ありありと察する事ができた。
「まず、セオドール・ノット。1996年6月18日未明、つまり17日の深夜。お主らはO.W.L.の試験を受けておったの? 儂の記憶が正しければ、天文台の塔で、天文学の実技じゃったのう?」
ダンブルドアが自分に何を言わせたいのか、ノットはすぐに察した。
「はい。僕はその時すでにやるべき試験課題も、解いた課題の再検討などの今できる事も全て終えてしまっていましたので、なんとなく天体観測をしていました。言ってしまえば暇でした。ですので望遠鏡を夜空ではなく地上に、特段の理由も無く向けました。あっちを見たりこっちを見たりしている内にハグリッドの小屋のあたりが何やらオレンジ色の光に包まれている事に気づきました。燃えていると理解するのに数秒かかりましたが、僕が声を出した事で周囲の他の5年生も気づいて、皆が……すいません。言い辛いですが『試験そっちのけ』でそちらに注目しました。ええ。ミス・スーザン・ボーンズもです、マダム・アメリア・ボーンズ」
「地上の物音を聞くことができたのかの? それとも望遠鏡越しに目撃だけをしたのかの?」
ダンブルドアの問いかけに反応して、ロンは自分のポケットを探る。
「これです。これ。フレッドとジョージの発明。『伸び耳』。ウィーズリー・ウィザード・ウィーズが自信を持ってオススメする自慢の逸品!! ……すいません、あいつらに言えって言われたんです……これをこう、まあ本来は『バレないように』そっと伸ばしていく…………」
ヒトの耳に長い紐がつながったような、その妙な品が何をどうするものなのか、陪審員たちはすぐに理解した。つまりこれを用いたので地上の音が天文台に居ながらにして聞けたのだと。
「戦闘になったのが見えました。僕ら見てました。試験官のトフティ教授も僕らと一緒に見ていましたから、あの人も僕らと同じ証言をするでしょう。そしてウィーズリーの『伸び耳』越しに、確かに聞きました。ドローレス・アンブリッジはこの先生に、磔の呪いを唱えました。効果を発揮しているようには見えませんでしたが、僕の記憶違いでなければ、それは関係ありませんね?」
セオドール・ノットの問いかけは、まさにダンブルドアが狙った通りのものだった。
そして、新任魔法大臣にして元闇祓い局局長ルーファス・スクリムジョールが答える。
「左様。禁じられた呪文をヒトに対して唱えた者は、如何な理由であれ、それだけでアズカバンでの終身刑に値する。そしてこれは、当該呪文が適切に効果を発揮したか否かとは関係がない。効かずとも、もしくは躱されたとて、確かにヒトに向けて唱えたのなら終身刑に値する。そして被告人ドローレス・アンブリッジがそちらの被害者に対して磔の呪文を唱えた事は、あの場に居た複数人の闇祓いたちが目撃しており、証言している。そして彼らは皆、当時この被告人によって不当且つ抵抗できない形で動員されており、その全ての行動の責任はこの被告人が負って然るべきである」
「被告人ドローレス・アンブリッジを、アズカバンで終身刑とする事に賛成する者は挙手を」
ハリーもロンもノットも自分には票を投ずる権利は無いと理解していながら、手を挙げていた。
シリウス・ブラックとリーマス・ルーピンの視界の端で、マッド‐アイとリータ・スキーターも手を挙げていた。
よくもまあこんな立場や思想の垣根を越えて誰彼構わず嫌われる事ができるものだと、シリウス・ブラックは陪審員の中に何人も居る純血至上主義者たちを見ながら、自分の親戚でもある彼ら彼女らも皆一様に手を挙げているのを見ながら、思っていた。
これはこれである意味、他ならぬアンブリッジの、類稀なる偉業なのではなかろうかと。
「終身刑。ミスター・シャックルボルト、ミス・トンクス。お連れするのじゃ」
ずっと檻の中のアンブリッジに鬼の形相で杖を突きつけていた2人の闇祓いはウィゼンガモット首席魔法戦士アルバス・ダンブルドアの指示に従って、他4人の同僚たちと一緒にアンブリッジを檻に閉じ込めたまま連行、と言うよりノットに言わせれば「運搬」していく。
狂乱したように何やら叫んでいるらしいアンブリッジだったが、相変わらず口を消されていたので声は全く出ていなかった。
その姿は醜く、哀れで、滑稽で、ハリーはもう大満足だった。
ハリーはすぐ隣でハイタッチしているロンとノットの喜ぶ声を聞きながら、ホグワーツも今お祭り騒ぎなんだろうなと、まるで見えているかのようにその光景を想像することができた。
「よぉーし!! よし!! 見ましたかハグリッド! やった!! やった!!」
そしてハリーが想像した通りに、視界を覆い尽くしていた霧とそれが形作っていた大法廷の光景が消えたホグワーツの大広間では、そこにいる全ての生徒の誰より大喜びしているマクゴナガルが、まだ完全には泣き止んでいないハグリッドの背中をバンバン叩いていた。
【アメリア・ボーンズ】
魔法法執行部部長にしてウィゼンガモットのメンバー。
ハリーの同級生スーザン・ボーンズの叔母。アメリアの兄エドガー・ボーンズは不死鳥の騎士団のメンバーだったが、ジェームズとリリーと同じ1981年に殺されている。
アメリアの両親もエドガーと一緒に殺されている。
Q.なんでシリウス・ブラックにウィゼンガモットから召喚状が届くの?
秘密の守り人と「位置発見不可能」の保護呪文があるからそんなことできないのでは?
A.召喚状を書いたのはウィゼンガモット首席魔法戦士アルバス・ダンブルドア。
グリモールド・プレイス12番地に届けたのはレガ主。
次回、フレッドとジョージ、卒業。