104年後からの今 作:requesting anonymity
バーナバス・カフは悩んでいた。明日の朝刊ではなく今日中に号外を出すと決めたまではいいもの、その号外の紙面構成が問題だった。
まず無実だったシリウス・ブラック、次にピーター・ペティグリューの生存、さらにアルバス・ダンブルドアのウィゼンガモット首席魔法戦士への復帰と、ドローレス・アンブリッジの失脚劇、そしてあのおかしな「先生」が勝ち取った、バジリスクの飼育許可。
一面大見出しこそが相応しいトピックがこれだけ同時に並ぶのは、日刊予言者新聞編集長である彼にとって喜ばしくも悩ましい贅沢な困難、心躍る無理難題だった。
リータ・スキーターが裁判結審後すぐによこした報告を元にして部下たちがもう書き上げつつある記事はどれも素晴らしく、ハッキリ言ってどの記事をどう紙面に配置しても、出来上がった号外は、あの1981年11月1日の朝刊にも迫るほど売れるだろうという確信が持てていた。
「臨時のボーナスを出してやるべきかな」
それは、ほんの2、3の質問しかできなかったとはいえ、裁判終了直後のアルバス・ダンブルドアにインタビューを決行して複数の重大な発言を獲得したリータ・スキーターに対しての言葉だったが、今それを編集部の全員が聞き取ってしまったために、バーナバス・カフはリータ・スキーターのみならず日刊予言者新聞の社員全員にボーナスを出さなければならなくなった。
部下たちが大喜びし始めてしまった手前もう訂正もできず、なしくずし的に急遽決定されてしまったそれはハッキリ言って手痛い出費だったが、それでも気分は良かった。
「よし、シリウス・ブラックの無罪放免も大見出しにするぞ。やつの写真は撮ったんだろうな? 無罪放免を伝える記事でまさかマグショットなんぞ使うわけにはいかんからな!」
「これか、これか、これです。個人的にはこれを推したいです編集長」
「良いざんすね。良い写真ざんす。ハリー・ポッターと笑い合って並んで歩いているのがとても象徴的で良いざんす。あたくしもこれにしたらいいと思うざんす編集長。無罪放免を伝える記事なのだから、裁判中の厳しい表情じゃなく裁判終了直後のこの笑顔の写真を使うべきざんす」
誤解している人間も多いがこれもまたリータ・スキーターという油断ならない女の「一面」だと、バーナバス・カフは「我ながら上手いこと言ったな」などと余所事考えながら思っていた。
つまりリータ・スキーターという記者は常に、「売れる記事」だけを念頭に置いているのだ。
虚飾を織り交ぜるのはあくまでもその手段であって決して目的ではなく、今回のように事実をそのまま書くのが一番売れると判断したならば、この油断ならない女は当然にそうするのだ。
「アンブリッジの件の記事はできてるな? ペティグリューの件は? あの先生のバジリスクは? よーし、お。それいい写真だな。バジリスクがむこう向いててマーチバンクスの婆さんがこっち向いてるってのが良い。しかしずいぶん眼光の鋭い年寄りだな……どっちがバジリスクだか……」
そして下された「全部個別に号外にして5部同時に出す」という前代未聞の方針のもと、いつものようにその場に今いる編集者全員で相談しながら、紙面構成はテキパキと決まっていった。
しかし彼ら日刊予言者新聞編集部には、今回の紙面を構成する上でどうしても埋まらない、残念無念と歯噛みする他ない大きな欠落があった。
「ダンブルドアと『あの先生』が『ペティグリューは生きている』と言ったのなら、それはペティグリューは生きてるって事です。…………『今の』顔写真がほしいですね……もっと大きいやつ」
今年から入ったばかりの新人記者がそう言ったとおり、ピーター・ペティグリューの写真は裁判で証拠として提出された小さな隠し撮りが唯一であり、ウィゼンガモットは他の複数の証言と合わせてそれを「決定的」と判断したが一般大衆はそうはいかないだろうと、バーナバス・カフもリータ・スキーターも他の記者たちも、その新人記者と同じように悔やんでいた。
つまりピーター・ペティグリューの生存を自分たちが誰よりも先にスクープできていれば今作っているこの号外はもっともっと売れただろう、という、しても仕方がない種類の後悔である。
「……今まで『日刊予言者』の紙面に載せた写真に写り込んでたりしませんかね」
そしてこの新人記者の発言を切っ掛けに、日刊予言者新聞本社を全員総出でまるごとひっくり返す大捜索が始まるのだった。
それは完成した5つの号外がイギリス中に配布され始めても、まだ続いた。
「おや、これはこれは。お前が記事に載っているぞペティグリュー。名誉な事ではないか?」
部屋の奥の暗がりから響いてきた不気味な声を聞き取るや否や、ピーター・ペティグリューはヒィッと悲鳴を上げて縮こまる。
その「号外」を、コーバン・ヤックスリーは速やかにこのマルフォイ家の屋敷へと送ったのだ。
「…………そういえばこれ、『再審』じゃあないんだなブラックの奴」
「その通りだゴイル。シリウス・ブラックはかつて逮捕された際、裁判無しでアズカバン送りになった。俺やベラトリックスでさえ――形ばかりとはいえ――裁判にかけられたにも拘らずだ。ブラックの奴に自己弁護の機会が与えられたのは今回が初めてだ」
アントニン・ドロホフが興味なさげに補足する中、部屋の奥に居るその不気味な影はゆったりと背もたれに体を預けたまま、尚も日刊予言者新聞の号外に目を通して嗤っていた。
「お前の、姿を。ポッター小僧は何度も確かに見ているわけだからな。アラスター・ムーディにもお前は去年目撃されている。それにお前の『お友達の』麗しきオオカミどのも、他ならぬこのシリウス・『ブラック』も。…………詳らかにされぬなどと、まさか思っていたわけでもあるまい?」
そのトゲだらけの言葉はベラトリックスとナルシッサにも向けられていたが、そんな機微を察せるだけの余裕は今のピーター・ペティグリューには無かった。
恐ろしい御主人様の指摘を受けてピーター・ペティグリューはますます縮み上がり、その額からタラリと落ちた脂汗がカーペットに落ちるのを目撃してしまったナルシッサ・マルフォイは、条件反射で杖に手を伸ばした。
「我が家のカーペットをお前なんぞに踏ませてやっているだけでも感謝すべきだろうに――」
「シシー、おやめ! ソイツは我が君の下僕だ、お前のじゃない。お前には罰する権利は無い!」
妹がペティグリューの奴に何らか呪詛をぶつけようとしていると察知したベラトリックスは制止したが、部屋の奥の暗がりにおわす不気味な影は昆虫の足をちぎった子供のような笑顔で唆す。
「構わぬ。ベラトリックス、構わぬ。たしかに我らは畏れ多くも偉大なりしマルフォイ家の屋敷に居候させていただいている立場であり、この我らの命などよりよほど価値のあるカーペットを、マルフォイご夫妻のご厚意で有り難くも踏ませていただいているのだ。屋敷を汚すなど以ての外だ」
針で肌をほじくるようなその不気味な声が言い含んだ意図を、ナルシッサは速やかに理解した。
ピーター・ペティグリューが、また悲鳴を上げて縮み上がる。
「クルーシオ!!」
自分の「磔」によってペティグリューがカーペットの上をのたうち回る様を、ナルシッサ・マルフォイは自分が磔の呪文を浴びているかのような心持ちで見続けた。
呪詛を唱えるナルシッサ・マルフォイと呪詛を浴びるペティグリューを眺めながらベラトリックスはうろたえているが、その不気味な影とアントニン・ドロホフは愉快そうに嗤っている。
「やめろ、ナルシッサ。赦してやれ」
ようやく我が君の赦しが出て、ナルシッサ・マルフォイは杖を下ろす。そしてゼエゼエ息を吐きながらカーペットに手をついてどうにか立ち上がったペティグリューに、またも部屋の奥の暗がりから不気味な声が、愉快そうに「提案」する。
「ドロホフ。チャリング・クロス通りに新しい店ができたそうだな?」
「ええ、我が君。なんでも『コワルスキー』の支店がオープンしたとの事で、既に大評判だと」
アントニン・ドロホフは既に、御主人様の意図がどこにあるのかを察して嗤い始めていた。
「一度食べてみたくはないか、ドロホフ?」
「一度食べてみたいものです、我が君」
御主人様が自分を見ている理由が、ピーター・ペティグリューには解らない。
「買ってこい、ペティグリュー。その『ダイアゴン横丁』の『コワルスキー』なる店で……俺様の記憶に間違いが無ければ、パン屋だったな? お前が選んで幾つか買ってこい。ただしこの屋敷を出たら杖を使うことは許さん…………俺様が言っている意味が解るな? お前は『買って』くるのだ。『調達』してくるのではない。盗むことは許さん。奪うことも許さん。よいな?」
御主人様の意図をそこでようやく理解して、ペティグリューは震え上がった。
その日刊予言者新聞の号外を、同時に配られた5種類の中で死喰い人たちに最も直接的に関わる内容のその紙面を、ヴォルデモート卿は空中に浮遊させて今一度部下たちに見せつける。
「この幾つも並んだ小さな写真を見るに、『予言者』の記者どもは随分苦労をなさったと見える……ならば俺様が与えてやろうではないか。……姿を撮られてくるがいい、ペティグリュー」
自分なら容易にリカバリーできるのでリスクより享楽を優先する、というのは、ヴォルデモート卿がまだトム・リドルだった頃から度々見せる、油断とも余裕の表れとも言える振る舞いだった。
ある面では臆病とも評せるほどに周到かつ念入りに不安要素を潰しにかかるにも拘らず、同時にある程度のリスクならむしろ好みすらする。半ばヒトの枠組みを超越してすらいるようにも見えるこのヴォルデモート卿には、どうやらところどころ子供じみた幼稚な面があると、部屋の壁から死喰い人たちを見下ろしているマルフォイ家の数多い先祖の肖像画のひとつは思っていた。
「紅茶を淹れてこいルックウッド」
「あ俺も。俺アールグレイな」
「靴磨きは終わったんだろうねルックウッド。そこのカーペットをキレイにしときな」
オーガスタス・ルックウッドは今や「ピーター・ペティグリューの予備」という、おおよそカーペットの汚れと大差ないヒエラルキーの最底辺で辛うじて呼吸を許されていた。
しかしそれは「殺すほどの失態ではない」というヴォルデモート卿の許容の証でもあった。
哀れなルックウッドの今の有り様は「罰」でもなんでもないと、死喰い人たちは思っていた。
「あ、お帰り。どうだったマルフォイ?」
そろそろ昼食の時間にも拘らず未だ襟首がダルンダルンのパジャマ姿のままだった青年が、部屋の壁を埋め尽くす大好きな友人たちの肖像画のひとつに訊く。
「我が家のカーペットをよくもあの野郎……」
イギリス魔法省地下9階、その閉ざされた扉の奥の片隅にある神秘部部長の執務室で、その青年は今日も今日とて気が進まない種類の職務から目を背け、やりたい仕事だけを終えて寛いでいた。
「あの薄汚いペティグリューの奴がチャリング・クロス通りに出向かされる。『杖を使うな』とか『撮られてこい』とか言われてたのを見るに、愉快犯だな。『パンを買ってこい』だと」
額縁の中からそう報告してくれたかつての同級生にお礼を言ってから、青年はソファに寝っ転がったまま、口をとんがらせて考え込む。
「やーみ祓いに緊急配備とかさせてもなぁー。襲撃しに来るんならともかく、ただ買い物するだけなんでしょ? だったらこっちが臨戦態勢で待ち構えてたりしたらそれは無駄に被害増やすだけになりそうだしなー。とりあえず闇祓い局本部に報告だけしとくかなー……」
青年がそう言いながら片手を軽く振ると、空中に2通の便箋が現れる。
「これ今すぐガッちゃんとスクりんに届けてあげてくれるかい?」
ソファの隣、神秘部部長のデスクの傍の止まり木で休んでいた不死鳥は翼を広げて飛び上がり、その便箋を嘴で捕らえると眩い光とともに全身から激しく炎を放って「姿くらまし」した。
「ぶちょう! 今いいですか!」
不死鳥と入れ替わりに廊下から元気いっぱいの声が響いてきて、青年は一気に笑顔になる。
「はいはいどーぞ。入っといで」
その年若い小柄な魔女はバーンと勢いよく扉を開けると、部屋に入ってくるなり言った。
「ぶちょう外出許可ください! チャリング・クロス通りにできたパン屋さんに行ってみたいんです! チョコマフィン作りの参考になるかもしれませんし!」
その年若い魔女が「もちろん許可をもらえる」と信じ切っているのを理解しているからこそ、色々な懸念を心の中だけに抑え込めず、青年の眉はピクリと動いた。
そして青年は、数秒考えてから言う。
「僕もついてっていいかい? ちゃんとジェイコブくんの味なのかが気になってたんだよね」
「え、いいんですか!! やったあ! ぶちょうとお出かけ! あたし準備してきますね!!」
外出許可証を受け取るのも忘れて駆け出していった魔女の姿が廊下の向こうへ消えていった後で、その青年は再び視線を壁を覆う肖像画のひとつへと移す。
「…………血は争えないねえ?」
「ホントよね。……ほーんと、この子そっくり。我が曾曾孫ながら、血の繋がりって凄いわね」
「そう? あたしあんなに落ち着き無いかしら?」
同じ額縁の中でおそろいの制服を着たハッフルパフ生の姉妹、妹の頬を引っ張っている姉なのだろう女子生徒はそう言いながら、隣の絵から額縁を越えてやってきたスリザリンの男子生徒を笑顔で歓迎して妹と一緒に少し端に寄り、その男子生徒にソファの隣を勧めた。
「きみだって楽しくなると、わりとああだったよ」
「ええ? わっ、私は落ち着いてたわよ!」
額縁の中でハッフルパフの姉妹の姉の方と随分仲良さげなそのスリザリン生は、楽しそうな笑顔をいくらか抑えて落ち着き払った表情を作ると、自分が見てきたものを報告し始める。
「シリウスくんは帰って来るなりソファにどっかり座っちゃって、そのまま微動だにしてないよ先輩。まだ実感沸かないんだろうね…………むしろ兄さんとか父さんたちの方が大喜びしてる」
「まあ、無理もないね……シリウスくんの気持ちも、ブラック校長の気持ちも解るや。……ところで、そういうきみはどうなんだいフィニアスくん? 嬉しいんだろう?」
「もちろん嬉しいともさ。我がブラック家の跡取り息子にかけられてた嫌疑が晴れたんだからね……まあでも、潔白だって事実が一般大衆に膾炙するにはもう少し時間が必要だろうけど」
「準備できました! さあぶちょう行きましょう!」
また元気よく現れたその年若い魔女は、部長がどの肖像画と話していたのかをすぐに察した。
「フィニアスおじいちゃん、あたしお外に行ってきます! ぶちょうとお出かけするんです!」
「おや、それは良かったねえ。くれぐれも先輩の言う事をちゃんと聞くんだよ」
「はい! いっぱい買ってもらいます!」
そう言い終わらない内に、その魔女は自分に杖を向けて朝からずっと着ていたパジャマを高級そうなズボンとベストに変身させた部長の手首をがっしりと掴み、チャリング・クロス通りに最近新しくできたパン屋さんへと出発していくのだった。
「ほんとにアナタそっくりねえあの子……私の曾曾孫なのにね……」
「あたしはもうちょっとおしとやかだったわ!」
「僕から見ればあの子は『キミたちに』そっくりだよ」
額縁の中のハッフルパフ生の姉妹とフィニアス・ブラック少年はそう言って、仲良く笑った。
「あ、フォーリー局長! あたし部長とお出かけしてきますね!」
「おや。それは良かったねえ。………………きみたち2人だけでかい……?」
ひとりで外出させるのが不安な友人と、ひとりで外出させるのが不安な部下。特に目が離せない2人が揃って外出すると聞いて、ヘクター・フォーリーは一瞬、自分も付いて行こうか迷った。
「暗くなるまでには帰って来なよ?」
「はい! フォーリー局長!」
「コイツはちょっと目を離したらすぐどっか行っちゃうから、手を繋いで捕まえておくんだ」
「はい! あたし目を離しません!」
元気いっぱいにお返事した年若い魔女から、ヘクター・フォーリーは友人に視線を移す。
「きみも、この子から目を離しちゃダメだよ」
「……僕らのこと何歳だと思ってるんだいヘクター」
そしてその写真は撮影され、翌日の日刊予言者新聞の一面大見出しを飾った。
「――ま、咄嗟の判断でその場に居たマグル12人を皆殺しにした前科がある奴を、そうそう人混みで追い立てるわけにもいかないか……闇祓いを責める事はできんな、流石に」
その一面記事を読みながら、ブレーズ・ザビニはそう呟いた。
「『ピーター・ペティグリュー現る』……あら、結局逃げおおせたのね」
「今までずっと逃げてたんだ。そうそう捕まらないよ。……憎たらしいけど」
ケイティ・ベルに続いてハリーがそう嘆息すると、すぐ傍で同じ「予言者」を読んでいたセオドール・ノットが声をかけてきた。
「――つまりコイツもお前の父と母の仇だという理解でいいのか。ポッター」
「そうだよノット。僕んちの場所を、父さんや母さんやシリウスから『秘密の守り人』として託されて、即それをヴォルデモートに教えに走ったのがこのピーター・ペティグリュー」
アンブリッジが逮捕されダンブルドアが戻ってきたのだからもう隠し部屋でコソコソ自主学習する必要など無いのだが、それでもスリザリンの面々もハリーたちも今やこの「地下聖堂」に集まるのが習慣化してしまっていて、誰も「やめよう」などとは提案すらしなかった。
「何それ、このピーター・ペティグリューとか言う奴には誇りとか無いの?」
「それが無いのよブルストロード。ペティグリューが守るのは自分の命だけ。自分の命を守るためなら躊躇いなく大親友だろうが1歳の赤子だろうが殺すし、それでどう罵られようが顧みないの」
吐き捨てるようにそう言ってからまた手元の羊皮紙に視線を戻したハーマイオニーは、アストリア・グリーングラスがじぃっとこっちを見つめているのに気づいて手を止めた。
「なあにアストリア?」
「……O.W.L.が終わったのに、まだ宿題があるのね?」
アストリアがそう言った途端、5年生たちは一斉にうめき声を上げる。
「O.W.L.の直前と比べれば減ってるけど、それより前の『普段』と比べたらむしろ増えてるわよ。私たち5年生はもうすぐ6年生になってN.E.W.T.レベルの授業を受けるんだから、その最後の下準備をさせたいんでしょうね――ほらロン。今回は悪くなかったわよ。前後関係の取り違えとか根本的な勘違いも無かったし、論理が破綻してたりもしない。でもところどころ綴りが間違ってるわ」
チェックしていたロンの魔法史のエッセイを持ち主に返却しながらそう言ったハーマイオニーに続いて、向こうのテーブルで同じく魔法史のエッセイをやっつけようと頑張っていたダフネ・グリーングラスが妹に訊く。
「あなたはどうなのアストリア? あなただって期末試験が終わってもまだ宿題は出るでしょ?」
姉にそう問いかけられてようやくアストリアは、明日までに終わらせなければいけない宿題がまだひとつ残っている事を思い出した。
たっぷり3秒間ピタリと動きを止めたかと思えば今度は俄に慌て始めたアストリアは、いま居る「地下聖堂」全体をキョロキョロと見回して、その人物を見つけた。
「ドラコ、ドラコぉ!」
「なんだどうしたアストリア」
「宿題! あたしひとつ宿題忘れてたの! だからドラコあたしが宿題するとこ見てて!」
ドラコ・マルフォイが笑顔で承諾したのは、アストリアが「教えて」とも「手伝って」とも言わなかったからだった。
「ねえ、ねえこの『予言者』のペティグリューの写真、の後ろの人『あの先生』じゃない?」
パーバティ・パチルがそう言ったのを切っ掛けに、既に終わらせたので宿題に取り組む必要がないハリーやルーナなどの数人が再びその号外に注目する。
「ほらこれ、この後ろに写り込んでる人。この人の隣の、この魔女、あの夜の戦いの後で私が神秘部の職員に検査してもらってる間、ずっとその職員さんの隣で幸せそうにチョコマフィン食べてた女だもの。だから一緒に居るこっちの変な服装のお兄さんは、たぶんあの先生よ!」
実際に会えば服装のみならず言動や振る舞いですぐ判別できると自負しているパーバティ・パチルでも、いくら服装が特徴的とは言え写真だけでは決定的な確信は得られずに居るのだった。
「『5日前チャリング・クロス通りにオープンしたばかりのパン屋、イギリス初出店となる “コワルスキー” のロンドン支店に本日午前10時13分頃、緊張が走った――』走ってるか? この写真」
紙面の文章を読み上げたノットがそう言った通り、ピーター・ペティグリューの顔をバッチリ捉えているその写真は一見すれば「ついに撮影された極めて重要な一枚」なのだが、そのペティグリューの後ろをよくよく見てみれば、トレイに山盛りのパンを確保して心底幸せそうな年若い小柄な魔女と、その横の目元を覆うフクロウを模したマスクにトップハットという、サーカス団から抜け出してきたような服装に身を包んでいる上に真っ直ぐこちらを見て両手でピースサインをしている奇妙な人物が、ものの見事にその写真に本来あったはずの緊迫感を打ち砕いていた。
「まあ、こんな人が、あの先生以外にもまだ居るとは…………考え難いわね」
パドマ・パチルもそう言い、皆の興味は「ペティグリュー」から「あの先生」へと移っていく。
そしてアストリアがとうとう宿題をやり終えたのとほぼ同時に、皆が待っていた「仲間たち」が、一世一代の決戦から、あるいは修了記念のちょっとした挑戦から帰還した。
「やぁーーーーーっと全科目終わった!! 私、頑張った!!」
入ってくるなりそう言ったアリシア・スピネットのみならず、ジョージ・ウィーズリーもリー・ジョーダンもエイドリアン・ピュシーも他の7年生たちも皆、重い重い肩の荷がやっと下りたような、とても晴れやかな表情をしていた。
「ようモンタギュー。……どうだったんだ、『N.E.W.T.』は?」
「やれるだけの事はやった。けど、お前も覚悟しといたほうがいいぞマクラーゲン」
「いやあ、噂以上の難易度だったな! いーい思い出になった!」
7年生たちの中でただひとりだけ表情に疲労が見えないジョージ・ウィーズリーに、ルーナが寄って来て声をかける。
「ねえジョージ、フレッドはどうしたの? あんたたちが一緒に居ないなんて珍しいね?」
「フレッドはアンジェリーナと一緒に『ちょっと話を』するんだと。先行ってろって言われてね。……まあ、フレッド主導でこの俺に何かイタズラ仕掛けようとしてるんだろうさ」
2人で企むだけでなく、お互いにイタズラを仕掛け合ったりも時々してきたからこそ、ジョージ・ウィーズリーはそう勘違いしていた。
その時、当のフレッド・ウィーズリーは、ホグワーツ城にいくつもある永いこと使われていない空き教室のひとつで、自分とジョージの共通の友人を、問い詰めていた。
「なあアンジェリーナ」
フレッド・ウィーズリーは、いつになく真面目な表情でアンジェリーナを見つめている。
「…………何」
「お前、ジョージに言われたろ。『フレッドの事が好きなんだろ?』って。ああいやいや、違う違う。ジョージは俺に何も言ってないぜ。言うわけないだろ? お前が嫌がるのに! けど、ジョージと俺は、俺たちは――俺たちが、お互いに。知らない秘密があると思うか? で、お前――」
何を指摘されるのか察したアンジェリーナは、フレッドの目を見ることができない。
「アンジェリーナお前、ジョージの事が好きなんだろ?」
「…………いぃ、いつからき、気づいてたの」
一気に挙動不審になったアンジェリーナに、フレッドは更に言う。
「バレてないと思ってるのはお前だけで、気づいてないのはジョージだけだぜ。他のグリフィンドールの7年生は、皆お前を見ながら『さっさとしないと卒業だぞ』って思ってる。あとついでに言うとケイティとハーマイオニーと、パーバティとラベンダーとルーナとジニーも……つまりD.A.の女子たちも気づいてるぜ。ま、アストリアはどうかわからんし、『俺たちのどっちなのか』まで気づいてるのは俺とリーの奴だけだろうけどな」
自分の心の中だけに留め置いているつもりだったその秘密の気持ちが、その実大勢の友人たちに悟られていたと初めて知って、アンジェリーナ・ジョンソンは顔から火が出そうだった。
「………………わたしそんなに顔に出てる?」
「そりゃもう。バッチリ」
「………………どうしろっていうのよ」
「協力してやるからさ。応援してるから。ジョージにハッキリ伝えろよ。じゃなきゃ気づかないぜアイツ。ずーっと『アンジェリーナはフレッドにいつになったら気持ちを伝えるんだろ』ってやきもきし続けるぜあのニブチン」
フレッドにそんな事を言われてもアンジェリーナにとって、1年生の頃からずっと、実に7年もの間決まらずにいる覚悟は、今更そうそう決まるものではなかった。
しかしアンジェリーナがうじうじし続けている内に、容赦無くその日はやってくる。
フレッドとジョージとアンジェリーナ・ジョンソンとリー・ジョーダンたちが、7年生がホグワーツを卒業する日が。今年度の最後の1日が。
そして卒業式に先駆けて、「それ」は催される。
7年生たちがホグワーツを卒業するのと同時に「防衛術」の教職から卒業する「その先生」が、ホグワーツの全員に向けて、「最後の授業」をすると通達したのだ。
ホグワーツ領内、城の隣のクィディッチ競技場に、生徒と教職員の全てが集合している。ゴーストたちもハリーが見知っている相手はだいたい皆居るし、ビンズまで居る。
生徒も教師もゴーストも皆、クィディッチ競技場の客席から、クィディッチピッチの地上を、その中央を真っ直ぐに見下ろしていた。
「どっちが勝つと思う?」
「どっちが負けるところも想像できないよ!」
シェーマスとネビルの会話は、皆の気持ちを代弁していた。
競技場を囲む観客席から皆に注目されながら、その2人は向かい合っている。
「いつ以来だろうね、アルバス。きみとこうするのは」
「あの年の、先輩方がご卒業なさる時の、最後の杖十字会以来ですな」
今年の「闇の魔術に対する防衛術」の教授を務めたその魔法使いと、ホグワーツ魔法魔術学校校長、「かの偉大なりし」アルバス・ダンブルドアは、同時に互いに一礼して、同時に杖を構える。
「エクスペリアームス」
「アバダケダブラ!!」
呪文が正面衝突し、その「最後の授業」は、ホグワーツ中が注目するなか、ついに開始された。
次回、アルバス・ダンブルドア VS レガ主。
Q. スクりんって誰だよ
A. ルーファス・スクリムジョール。