104年後からの今   作:requesting anonymity

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46.最後の授業

 全ての生徒と教職員の視線が、その2人の魔法使いに注がれている。普段なら寮対抗の試合や諍いなどが行われているクィディッチ競技場で、今年の「闇の魔術に対する防衛術」の教授を務めたその魔法使いと「今世紀最高の魔法使い」アルバス・ダンブルドアによる決闘は、ダンブルドアの放った武装解除呪文と「その先生」が放った死の呪いの正面衝突で幕を開けた。

 

「アバダ・ケダブラ?! 何考えてんだあの先生??」

 

 誰に指示されたわけでもないのに「概ね」寮ごと学年別に観客席を埋めている生徒たちの中にあって、そうどよめきの声を上げたのはスリザリンの上級生たちだった。

「まあ、正面から撃ち込んだ死の呪いに対処できないダンブルドアじゃあないだろう、って考えはわかるが、それでも…………」

 エイドリアン・ピュシーは、「あの先生」の思考回路を読み解こうと頑張っている。

 

 一方で、その呪文の押し合いが拮抗しているのを見ながら、「お互いに手加減している」と。ハリーもロンもハーマイオニーも察していた。

 ネビルもパーバティもシェーマスも、あの夜のあの戦いを目撃した一部のD.A.メンバーたちは皆、ハリーと同じようにそれを理解していた。

 

 あの先生とダンブルドアがお互いに本気で呪文による押し合いをしたのなら2秒でダンブルドアが押し切るだろう、という確信が彼らにはあった。

 

 2人は全く同時に呪文を引っ込め、全く同時に「姿くらまし」した。

「え、あれ?? できるの? ここじゃできないって聞いたのに!」

 クィディッチ競技場をぐるりと囲む観客席からそれを見て目を丸くしているのは、そう声を上げたコリン・クリービーだけではなかった。

「ダンブルドアはできるよコリン。本人が前にそう言ってた。けど先生は――」

 ハリーが言い終わるより先に2人は一瞬前とは少し違う位置に現れて、お互いに杖を向ける。

 

「トムやそのお仲間相手じゃないからこそ、ランロクとかアッシュワインダーズじゃあなくてきみを相手にするからこそ採れる戦法もあるって、知ってるよね。アルバス?」

「それはこっちのセリフですよ、先輩」

 ダンブルドアはいつの間にやら、11歳だったあの年の喋り方に戻っていた。

 本人がそれに気づいているのかは、わからない。

 

「え、うわ、何あの呪文!!」

 

 その先生とダンブルドアがまたしても真正面から呪文で互いを狙い、今度は2人の杖の先から噴出した凄まじい勢いの猛火が衝突して、ぶつかった端から色とりどりの蝶の群れに変わっていく。

 どちらの炎も「インセンディオ」でも「ラカーナム・インフラマリ」でも、それどころか他のどの「ホグワーツで習う火の呪文」でもないのだろうと。それだけはハリーにも察せた。

 

「火が蝶になってるのは、どっちかが『変身術』を火に使って防御してるのよねドラコ?」

「たぶんなアストリア。片方の手で呪文を使いながらもう片手で『並行して』『杖なし』で……」

 ドラコは斜め後ろから延々話しかけてくるアストリアとの会話に付き合いながらも、その先生とダンブルドアの杖捌きから目が離せずにいる。

 

「生徒の前で披露するには、不適当な呪文じゃありませんか先輩。『悪霊の火』は」

「アルバスこそ、人に向けるもんじゃないだろう。『グブレイシアンの火』は」

 

 普段この場所で行われているクィディッチの試合ならマクゴナガルの監督下でリー・ジョーダンが取り扱っている放送機材と、それと一緒に漂っているピーブズによって。その2人のあまり大きな声ではない会話は、その光景を見守っている全員が聞き取れる音量にまで拡大される。

 

 なんのこっちゃ解っていない下級生たちと、理解して驚いている一部の上級生たち。観客席の生徒たちの表情がハッキリと2種類に別れている中、ミネルバ・マクゴナガルを始めとする教職員たちは、少し異なる方向から驚いていた。

 一般的には「困難極まる」とされている呪文をこんなにもこれ見よがしに、自分の魔法の腕前をアピールするかのように扱うアルバス・ダンブルドアを、見たことが無かったから。

 

 しかし、そのアルバス・ダンブルドアと相対している襟首がダルンダルンのパジャマの上からドラゴン皮のコートを羽織った7年生くらいに見える青年には、それは見慣れた光景だった。

 自分が17歳で、アルバスが11歳だったあの年。アルバスは自分と決闘する度に、自分がアルバスにはまだ使えない呪文を使って見せる度に「自分が今使える一番難しい呪文」を、ムキになってぶつけてきたのだから。

 

「負けず嫌いだねえアルバスは」

 

 自分がぶつけた「悪霊の火」がものの見事に押し返されてくるのを見ながら、その青年は逃げようとも防ごうともしないまま、愉快そうにケラケラと笑っている。

 観客席のどこからも青年の姿が凄まじい猛火と蝶の群れに覆われて見えなくなった瞬間、また「バチン!」という大きな音が響き渡った。

 

「『姿くらまし防止呪文』には抜け穴があると、姿くらましだけ防止しても大して意味はないと、先輩はよく仰っていましたね」

 背後から飛んできた呪詛をヒョイと躱しながら、ダンブルドアは言う。

「うん、屋敷しもべとか魔法生物たちとかに手伝ってもらってもいいし、もしくはこれだ」

 その青年が投げてよこした小石を杖を持っていないほうの手で受け取った途端、ダンブルドアは「バチン!」と大きな音を立てて姿を消した。

「ポートキー。単なるポートキーじゃあないけど、それでもとびっきり難しいってわけじゃない。『姿くらまし防止呪文』がかかってる範囲内から出て行かないなら特に――あー! ずるい!!」

 

 箒も何も無しで宙に浮かんでいるダンブルドアを、皆が驚きをもって見つめている。

 そういえばダンブルドア先生あの夜そんな事もしてたなと、ハリーとフレッドとジョージ他、数人のD.A.メンバーだけが思い出せていた。

「何がずるいんですか? トムが僕らに披露してくれたじゃないですか、先輩」

「一回見ただけで何の説明も受けずに真似できるのはきみたちだけなの!」

 アルバス・ダンブルドアの前ではあの先生すら「常人」の側かと、セオドール・ノットは思っていた。――この瞬間までは。

 

「ピーブズ!!」

「どうした兄弟」

 

 放送機材を伴って、そのポルターガイストは青年の傍まで降りてきた。

「今だけ『姿くらまし防止呪文』解いて。このクィディッチ競技場の内側だけ。できるだろう」

「お安い御用だ、兄弟」

 そう言えば授業でも何度かピーブズを使役していたなと、スリザリン生たちは思い出していた。

 そんなピーブズと「先輩」を、ダンブルドアは宙に浮かんだまま楽しそうに見下ろしている。

 

 そしてピーブズは、ニヤリと笑って気軽に指を鳴らす。

 ピーブズがホグワーツの保護魔法に影響を及ぼせるという事実を、マクゴナガル他ほとんどの教職員はこの時、初めて知った。

 

 先生の姿が、その輪郭が薄ぼんやりとブレていると、最初に気づいたのはルーナだった。

 先輩が何をやっているのかをひと目で見抜いて、ダンブルドアは嬉しそうに笑う。

 

「よくもまあ、そんな真似を思いつくもんですね。…………『バラけ』るの、怖くないんですか」

「怖くないさ。だって僕バラけないもの」

 

 パッと姿を消したかと思えばダンブルドアの真正面の空中に現れたその青年はますますその姿を大きくブレさせたまま、気楽な様子でそう言う。

「ガリポリでも西部戦線でも東部戦線でもアフリカでも、ダンケルクでもスターリングラードでもノルマンディーでも。あの2つの戦争で一生分『姿くらまし』を濫用したからね。バラけないよ」

 

 先生がどうやって宙に浮いているのかをその説明で理解した生徒たちはあまりの荒業に言葉を失っているが、ハーマイオニーやジャスティン・フィンチ=フレッチリーなどの一部のマグル生まれの生徒は、全く違う理由から絶句していた。

「あれまさか、『自分が今居る場所』に。とんでもない頻度で姿くらましし続けてるのか?!!」

「先生、あの戦争に行ってたなんて、それにダンケルクって、じゃあ僕のじいちゃんの――」

 いくらなんでもそんなバカなと言葉を漏らしたザビニの隣で、マグル生まれらしいレイブンクローの生徒が独り言を途中で切って黙りこくっている。

 

「空中を目標地点にして『姿くらまし』なんて、無茶も無茶だろ!? フレッドとジョージだってそんな真似、…………しないよな?」

 振り返って本人たちに意見を求めたリー・ジョーダンに、当のフレッドとジョージは2人並んで全く同じ動きで首を振り、「してたまるか」と表情で訴えた。

 

「ダンブルドアが箒も何も無しで空飛べるのもホントならびっくりなんだけど、それはハリーとかネビルが見たって話してくれてたからな……でもあの先生のアレは、いくらなんでも…………」

 アンソニー・ゴールドスタインがそう呟いた途端、空中の2人がまた同時に動いた。

 

 毎秒数十回の「姿くらまし」を繰り返して無理やり宙に浮いているその青年は、バッタの群れのようなけたたましい騒音を立てながら、優雅に宙を舞うダンブルドアの頭上や背後や足元や正面に現れては消えてを繰り返して、あらゆる方向から目まぐるしく呪詛を撃ち込んでいく。

 

 姿くらましに伴う音の小ささは、概ねその魔法使いの技量を表している。

 スネイプが知る限り、完全に無音で姿くらましできるのはダンブルドアと闇の帝王だけだった。

 一方で「その先生」は、バチンバチンと鳴っているのだろうその音があまりに高頻度で発生するせいでそれらがひたすらに重なり合って、ブウウウウウウゥゥゥ………ン、という不気味な音をクィディッチ競技場全体に響き渡らせている。

 

 たぶんあの人は無音とまではいかずとも、かなりの静音での姿くらましもやろうと思えばできるのだろうと、そして今はわざと物音を立てているのだろうと、スネイプはなんとなくそう思った。

 

「ねえねえドラコもあれできる?」

「無茶言わないでくれアストリア。あんな自殺行為、練習するのもごめんだね」

 ダフネ・グリーングラスも他のスリザリン生も、彼らのすぐ隣に固まっているレイブンクロー生たちも皆、ドラコ・マルフォイのその意見に賛成だった。

 

 ブウンブウンと大きな音を立てながらあちらこちらに現れたり消えたりし続けていた青年は、次の瞬間ダンブルドアの頭上に音もなく現れて、静かに全体重を乗せたドロップキックを放つ。

 しかしダンブルドアはそれも察知して、ひらりと最低限の飛行で躱した。

 

「むうー! なんで避けるのさアルバス!」

「そりゃ避けますよ何言ってるんですか」

 

 そう言いながらまたブンブンと音を響かせ宙に浮いていた青年は、再びブウンと姿を消した。

 みるみる曇り始めた空を、ダンブルドアは見上げている。

 ゴロゴロと雷鳴が轟きだし、あっという間に空を覆い尽くしてしまった分厚い雲のあちこちで、身の危険を感じさせるほど激しい光が明滅している。

 

 あの雷雲の中で先生が何かしているのだと、クラッブとゴイルすら察している。

 

「あ、あれ先生だ。ねえほらジニー、あそこだよあそこ」

 自分の真上、快晴だった先程までよりも明るく光る曇り空から、その明るさが、光の塊が剥がれ始めているのを、ハリーたちグリフィンドール生に囲まれて観戦しているルーナは見て取った。

 

 空の全ての雷を杖の先に撚り集めて、その青年はまっすぐダンブルドアへと自由落下していく。

 

「それ好きですね、先輩。ブラック校長や先生たちと決闘なさった時もやってましたよね」

「アァーーールバス!! しょーーーぉぶだーーああ!!!」

「はいはいわかりました。避けませんよ。……まったく、もう」

 

 ダンブルドアがなんであんなにも楽しそうなのか、ハリーには解らなかった。

 

 そして観戦している皆の視界が一瞬真っ白に染まり、耳が聞こえなくなったかと錯覚させる程の轟音がクィディッチ競技場全体を引き裂かんばかりに揺らした。

 

「プロテゴ、マキシマ。」

 

 盾の呪文を引っ込めてから、わざわざダンブルドアはこれ見よがしにそう宣言して「どうだ」とでも言いそうな表情で勝ち誇っている。

「むぅーーー!! むぅーーー!! アルバスめぇーーー!! エクスパルソ!!」

 その呪詛もピシャリと防いだダンブルドアがお返しとばかりに撃ち込んできた失神呪文を、青年はヒョイと躱す。

 そして2人はまた同時に姿を消して、同時に地上に現れる。

 先輩が自分に合わせてお行儀よく戦ってくれるのはここまでだと、ダンブルドアは察していた。

 次の瞬間、突如ダンブルドアが素早く真後ろに振り向いたのと同時に、「ボンバーダ」か「エクスパルソ」かというほどの、耳が痛む程の破裂音が5回、立て続けに響く。

 

 あの先生が杖を持っていない方の手に握っているそれが何なのか、生徒たちの中で察しているのは、いわゆる「マグル生まれ」の者たちを除けば、ほんの数人だけだった。

 

 空は未だに分厚く雲に覆われていて、ゴロゴロと雷鳴が響いている。

 ついに降り注ぎ始めた雨はしかし、フリットウィックが気軽な杖の一振りによって施した保護魔法に遮られて、クィディッチ競技場をぐるりと囲む観客席の少し上で、降った端から消えていく。

 一方その青年とダンブルドアは、「防水呪文」すらしようとせず、自分がずぶ濡れになっていると気づいてすらいないかのようだった。

 

「……そんなもので、先輩の手を塞いでしまうのは。もったいないと思うんですけどね、僕は」

「そうだねえ。僕もソンムで塹壕に籠もってプロイセンのドラゴンと戦ってる時、そう思ったよ。けど、じゃあ、どうしよっか。……アルバス?」

 そう言い終わらない内に、青年はダンブルドアに突きつけていた銃から手を離してダンブルドアへと突進し始めた。

 

 手放された拳銃は、重力に逆らって位置も向きも一切変えずに、空中に留まっている。

 

「ホントに、相変わらず元気ですね。先輩は」

 

 着地を一切考慮していない飛び込むようなドロップキックを躱したダンブルドアはそう言いながら呪詛を撃ち込むが、パジャマにドラゴン皮のコートを羽織った青年はバチンと音を立ててその場で「姿くらまし」してその呪詛を躱し、一瞬でまたその場に姿を現して、どこに力を込めているようにも見えない気楽な立ち姿でダンブルドアに対峙する。

 

 そしてまた、バッタの大群のような騒音が響き始め、青年の姿がブレていく。

 

「さあ、みんな。久しぶりにアルバスが遊んでくれるってさ」

「手加減しませんからね、先輩。今日こそ『まいった』って言わせてみせます」

 

 クィディッチ競技場の両端、高い位置にそれぞれ3つずつ並んでいるゴールポストが燃え上がったのを目撃して、その近くの席の生徒たちが驚きの声を上げた。

「…………どっちがダンブルドアの不死鳥だ?」

「そりゃダンブルドアの側のゴールポストから現れた方がそうなんじゃないか?」

 そう囁き合っているスリザリン2人だけでなく、観客席にいるほとんどの生徒たちはフォークスと「あの先生」の不死鳥の区別がつかないらしかったが、ルーナはそうではない様子だった。

 

 クィディッチ競技場の空中を、皆の頭上を優雅に飛び回り始めた2羽の不死鳥を目で追いながら、ジニーは隣のルーナに訊く。

「ねえルーナ、あなたもしかして、どっちがフォークスか判ったりする?」

「あっち。今あの先生の近くを通った方。飛び方が上品だから」

 ルーナがそう言うならそうなんだろうとジニーは思うことにしたが、正直ジニー自身には不死鳥の飛び方の個体差など、まるで判別不能だった。

 

「ねえジョージ、それホントに言ってるの? どこで見分けるの?」

 

 フレッドとジョージの間に座っているアンジェリーナ・ジョンソンも、その斜め前、一段下の席のアリシア・スピネットも、ジニーがルーナに抱いたのと全く同じ疑問を双子にぶつけている。

「お前らだって、見てりゃすぐ判るぜ。 なにせ――」

 フレッドが言い終わるより、一瞬早く。

 飛び回っている不死鳥の内、青年の直ぐ側に通りがかった方の一羽が炎に包まれて姿を消した。

 

 その瞬間に身を翻しながら背後に杖を振るって何かを防いだダンブルドアは、そのまま音もなく「姿くらまし」して一瞬で少し違う位置に再び現れ、何も居ないはずの方向に呪文を飛ばす。

 

 蜂か蝿の群れのようなブンブンという騒音を響かせながら毎秒数十回の「その場姿くらまし」を繰り返し続けている青年は、ブン! と一層大きな音を立ててダンブルドアの頭上に移動し、何かと戦っているダンブルドアに思いっきり杖を振り下ろして落雷を見舞った。

 宙に浮かんでいる拳銃も独りでに火を吹いてこちらを狙い、頭上をブンブン飛び回る先輩は「やーいやーい届かないでしょアルバスのチービ、チービ!」と、神秘部の部長を何十年も務めている121歳の老人とは思えない雑な罵倒を浴びせてくる。

 

 こんなに楽しいのはいつ以来だろうと、ダンブルドアは思っていた。

 

(たぶんあれ、弾倉の中の弾に双子呪文がかかってるんだな)

 そんな事を考えながら、ダンブルドアはまたヒョイと身を屈めて「何か」を躱す。

 

「ダンブルドアはさっきから何をやってんだ? あの老いぼれ」

「よく見ろモンタギュー。ダンブルドアの周りの地面…………居るぞ。何か」

 スリザリンの7年生2人がそんな話をしている一方、ハリーたちの後方に居るフレッドとジョージは「それ」が「誰」なのかを、2択まで絞り込んでいた。

「あれたぶん『エリエザー』か『ミラベル』か……相当な図体のデカさだろ、あの砂煙の起き方からして。で、透明になれるっていうと、そんなにたくさんは居ないよな?」

「だな。おっと! 見ろよアンジェリーナ、ご登場だぜ!」

 

「ヴィペラ・イヴァネスカ! ……お元気そうで何よりです。ミラベルさん」 

 ダンブルドアがそう呟いた途端に染み渡るようにしてじんわりとその姿を現したのは、スリザリンの怪物くらいある太い胴体と長い体の、碧色の鱗のホーンド・サーペントだった。

 その巨大な蛇の頭には2本の角があり、額には鱗と同じ色の宝石が煌めいている。

 

「わあー! ねえねえドラコあれなあに? あのおっきい蛇!」

「ホーンド・サーペント……だろう。……たぶん。アメリカにはあれの大規模な保護施設があるらしいが、個人飼育なんぞ到底不可能なはずなんだが……まあ、あの先生だからな……」

 

〈相変わらず、つまらない意地を張っているね、アルバス・ダンブルドア〉

「なんの話やら、わかりかねますね」

 

 聞こえた蛇語を周囲の友人たちに翻訳してあげているハリーの声も、ピーブズによって競技場全体に響き渡る音量にまで拡声された。

 

「ステューピファイ!!」

 

 青年が頭上から撃ち込んできた失神呪文をダンブルドアは片手で払い落とし、横から撃ち込まれた銃弾を防いで逆にその宙を漂っていた拳銃を杖の一振りで「消失」させ、頭上の先輩に呪文を放って牽制してからホーンド・サーペントの「ミラベル」を失神呪文で狙う。

 

〈いくら私の鱗でも、お前の呪文は防げない。いやあ、あの時はエリエザー共々、心の底から驚いたね…………『失神』なんて、初めての経験だったから〉

 

 ホーンド・サーペントの「ミラベル」がその長大な身体からは考えられないほどの目にも止まらぬ素早さで失神呪文を躱したのとほぼ同時に、その後方、競技場の一番端の辺りの空中が眩しく光り輝いて火を吹いた。

 そこから現れたのは、立派な2本の角とトゲだらけの力強い尾を持つ、ゾウくらいある巨大で勇壮な四脚の猛獣だった。

 

「グラップホーンか! ……そういや僕らがカバンの中で授業受けてる時、丘の向こうに居たね」

 レイブンクローの7年生、ロジャー・デイビースがそう呟いて前方に身を乗り出した。

 

 グラップホーンと共に現れた不死鳥がダンブルドアに突撃を敢行してもフォークスは一切気にする様子がなく、優雅に歌いながら皆の頭上をゆったりと飛び回っている。

「こう見ると、まるで性格が違うんだね。あの先生の不死鳥とダンブルドアのフォークスは」

「な。あんな元気いっぱいな不死鳥も居るんだな」

 ディーンとシェーマスがそんな話をしているすぐ隣では、コリンとデニスのクリービー兄弟がその目を好奇心で輝かせていた。

「不死鳥って、めっちゃくちゃに珍しいんだよね?」

「そうだよデニス。ホグワーツにはダンブルドア先生のフォークスがずっと居るし、今年はあの先生の不死鳥も居るから正直、ちょっと実感湧かないけどね」

 

 グラップホーンの突撃を盾の呪文で正面から受け止めたダンブルドアに、着陸した青年が素早い身のこなしで掴みかかる。

「うわぁあっ!! つれないねぇー、もう!」

 自分の両腕が勝手にガバっと開いたことで、青年は驚いたような声を上げた。「レラシオ」をダンブルドアが使ったのだろうとは観客席の生徒たちのほとんどが察していたが、その瞬間を見抜けた者は居なかった。

 

 両足の鉤爪で目を狙ってきた不死鳥を「姿くらまし」で躱したダンブルドアにホーンド・サーペントの「ミラベル」が噛みつきにかかるが、ダンブルドアはそれもスルリと躱す。

 グラップホーンは観客席に囲まれた競技場の地面を大きく使って助走をとり、繰り返し繰り返しダンブルドアに突撃し続けている。

 

 パジャマにドラゴン皮のコートの青年は、ダンブルドアにピッタリ貼り付いて蹴りやら肘やら拳やらを撃ち込み、格闘戦を挑んでいる。

「コンフリンゴ」

「プロテゴマキシマ!!」

 先輩の蹴りを片手でふわりといなして不死鳥の鉤爪も躱したダンブルドアは鋭く杖を振って先輩に爆破呪文をブチ込み、蹴りを放ったその瞬間だったために回避できなかった青年は、咄嗟にどうにか唱えた盾の呪文ごと粉砕されて吹き飛んだ。

 

「先生!!」

「よくあんな一瞬にあんな姿勢で盾の呪文を唱えられるなあの人……」

 

 飛んできた飼い主を、ホーンド・サーペントの「ミラベル」が胴体で受け止める。

〈生きてるか〉

〈イキテルヨオ……ヴャあ!〉

 ヨタヨタと起き上がるなり盛大に妙な悲鳴を上げて吐血した青年は、どこからともなく取り出した小瓶の中身を一気に飲み干して「元気いっぱい!!」と大きな声で宣言した。

 

「んもーー……アルバスめぇーーーー……」

 

 グラップホーンと不死鳥と落雷をその場から一切移動せずに捌き切っているダンブルドアを眺めながら、青年は唸った。

 そして青年がまた「姿くらまし」した途端、観客席のほぼ全員が目を丸くした。

 

 とても聞き覚えのある「イェーイ!!」という元気な声が「先生から」響いたから。

 

 背後を見もせずに呪詛を撃ち込みながらあんぐりと口を開けて、ダンブルドアも呆れている。

「……なーにを考えて生きてるんですか、先輩」

 あちらこちらに現れては消え、消えてはまた現れて呪詛を飛ばしてくる先輩が「姿くらまし」を使う度に本来なら聞こえるはずの「バチン」という大きな音に代わって響き渡る「イェーイ!!」「イェーイ!!」というご機嫌な掛け声を聞きながら、ダンブルドアは先輩を見ている。

 皆の視線がその2人に集まっている。先生方すら、その2人を見ている。

 

 それは誰がどう聞いても、フレッドとジョージの声だった。

 

「何ヶ月か前に『録音させてほしい』って言われたっけなそういや」

「ありゃ確かに俺たちの声だけど、何をどうやってるのかは俺たちだってサッパリだぜ?」

 

 その先生とダンブルドアが互いに放った失神呪文が正面衝突し、バチバチドボドボと光の粒を飛び散らせながら押し合う。

 しかし1秒とかからずにダンブルドアが押し切り、青年は素早く真横に跳び退いて躱した。

 

「ステューピファイ、エクスペリアームス、グレイシアス、ディフィンド! レヴィオー、あクッソ、デパルソ!! コンフリンゴ、ペスティス・インセンディウム!!」

 

 立て続けに次々と放たれた呪文と、その締めにぶち撒けられた「悪霊の火」を、ダンブルドアは張りっぱなしの「盾の呪文」で全て防ぎきってみせた。

 猛火が消えたかと思ったらダンブルドアの目の前まで突進して来ていたその青年は、ダンブルドアに駆け寄りながら杖を持っていない方の手で地面の砂を素早く掬い取り、そのままそれをダンブルドアに浴びせかける。

「エンゴージオ!! ボンバーダ・マキシマ!!」

 ばら撒かれた砂には即「肥らせ呪文」が施され、その質量を劇的に増大させる。

 砂が拡大されて現れた幾つもの巨大な岩は地面に落ちるより早く爆破され、人の身体などペースト状にできるだろうと思わせる勢いで瓦礫がダンブルドアに襲いかかった。

 

 しかしその全身を打ち据えるはずだった瓦礫は全て、ダンブルドアの鋭い杖の一振りで全て色とりどりの蝶の群れに変わって飛んでいった。

 ダンブルドアは青年の拳を躱し、肘も躱し蹴りをいなし、地面に杖を向けて峻険に隆起させ、それに乗り上げさせて自分の頭上を飛び越えさせることでグラップホーンの突進を回避する。

 

「随分楽しそうですわね、校長先生?」

 

 ミネルバ・マクゴナガルはそう独りごちて、クスクスと笑った。

「先生はともかくさ、ダンブルドアって、あんなに素早く動けるのね」

「私たちを助けに来てくれた時も、ものすごかったわよ」

 そんな会話をしながらその戦いを見ているパーバティとパドマのパチル姉妹も、他の生徒たちも。これが一応は「授業」という名目である事など、とっくに忘れ去っていた。

 

「オブリビエイト!!」

 

 青年が唐突に放った忘却呪文も、ダンブルドアは素早い反応で防いだ。

 

「……いい加減に、もう忘れたっていいんじゃないかい、アルバス」

「そんな真似、許されるわけがないでしょう。僕がやったんですから」

 

 ピーブズが急に職務放棄したせいで、その会話は観客席からは聞こえない。

 

 しかし、相変わらず戦い続けているその2人が「何やら会話をしている」んだろうとだけは、教職員のみならず生徒たちも、皆が察していた。

「ほーんとに頑固なんだから。ゲラートくんとの事だって――」

「オスコーシ!!!」

 ダンブルドアが鋭く放った「口腔閉塞呪文」を、口を消す呪詛をその青年はピシャリと防いだ。

 

「レジリメンス!!」

 

 青年が次に放った開心術はダンブルドアを捉えたが、特になんの効果も及ぼしていない。

「あ、閉心術を使ったねアルバス。ちょっとぐらい素直に愚痴ったっていいと思うけどなー?」

「ステューピファイ! 先輩があけっぴろげすぎるんです!」

「忘れちゃいけなくたって、愚痴んないにしたって、ちょっとぐらい脇に置いてさ、リラックスする時間があったっていいんじゃないかい?」

 

 絶え間なく呪文を撃ち合い、躱し、防ぎ、変身術で火を蝶に変え土煙を刃物に変え縄を出現させ電撃を杖から放ちながら、その2人は言葉をぶつけ合う。

 

「僕、今、リラックスしてますよ。先輩のおかげです」

「ほーーーーーんとに頑固なんだから! ところでアルバスさ、僕いまちょっとカッサンドラくんにむかーし言われたことについてさ、何か思い出したほうが良いような気がしてるんだけどさ」

「…………僕の占い学の成績わかってて言ってます? それ」

「僕だって理論は苦手だから意見訊きたいんだよー!」

 

 ダンブルドアが杖の先から放った炎の塊を、青年は片手を気軽に振ってかき消した。

 

「…………当たるよねえ、やーな予感ってさ」

「当たりますね。当たってほしくない時に限って」

 

 また突撃してきたグラップホーンを、ダンブルドアは杖を持っていない方の手で行使した盾の呪文で受け止めて、そのまま杖を空に向ける。

 ホーンド・サーペントの「ミラベル」とフォークスではないもう一羽の不死鳥は、いつの間にやら戦闘に参加するのをやめて高みの見物を決め込んでいた。

 

「ステューピファイ!!」

 

 空を覆う雷雲の中へと失神呪文を撃ち込んだダンブルドアを見て、その青年はケラケラ笑った。

「やっぱりバレてたか。リリー、ありがとね!! 降りといで!!」

 青年が大きな声でそう呼びかけると、雷雲の中から一羽の鳥が舞い降りてきた。

 その鳥は白にも金にもみえる羽毛に全身を覆われ、長い尾と3対の翼から羽ばたきの度に稲光を放っている。

 

 舞い降りてきたその鳥の大きさに、生徒たちは息を飲んだ。

 

「キングズリーとトンクスが言ってたやつかな、もしかして」

 そう呟いたハリーの横では、ハーマイオニーが「あれたぶんサンダーバードよね」とかなんとか言いながら、本で読んだ知識を思い出すべく眉間にシワを寄せて唸っている。

 

「きみに教えたい事とか、見せたいものとかさ。まだまだいっぱいあるんだけどね」

「僕はもう充分、お世話になりましたよ。あの頃も、今年も」

 

 青年の合図でグラップホーンはダンブルドアの盾の呪文を押し込むべく頑張るのをやめ、ダンブルドアに背を向けて青年に擦り寄る。

「お疲れ様、アバーフォース。中でポピーちゃんがご飯用意して待ってるよ」

 グラップホーンを旅行カバンの中に収容した青年は、再びダンブルドアに向き直った。

 

 サンダーバードの「リリー」は競技場の両端の高い位置にそれぞれあるゴールポストの内片方、不死鳥が居るのとは反対側のゴールポストに降り立って、そこから2人を見つめている。

 サンダーバードが飛行を止めたからなのか、雨も雷鳴も収まって、細切れになり始めた雲の間から青空が覗いている。

 

「ゲラートくんとも、アブくんともさ。ちゃんとお話しなよ、アルバス」

「…………それは余計なお世話です、先輩」

「チビ!!」

「バカ!!」

 

 子供のような罵声を浴びせあった2人は、同時に笑顔になって、改めてお互いに杖を向けた。

 

「エクスペリアームス!!!!」

 

 そして真正面からぶつかったふたつの武装解除呪文の力比べはあっという間にダンブルドアが押し切り、青年の手から杖が飛んだ。

 

「ふふふふ。まーーーた負けちゃった! ホントに強いねえアルバスは!」

 その声は職務復帰したピーブズによって観客席全体に届けられ、大興奮している生徒たちが口々に歓声を上げてその先生とダンブルドア校長を讃える。

 

「相変わらずズルい人ですね、先輩は」

 また勝ちを譲られてしまったと、ダンブルドアは思っている。

 そんなダンブルドアの心根を見抜いているのかいないのか、青年は旅行カバンを開いて「ミラベル」と「リリー」に声をかけ、そのホーンド・サーペントとサンダーバードを、改めてアルバスに挨拶させてから旅行カバンの中に収容した。

 そして「ミラベル」の尾が旅行カバンの中へと消えたのと入れ替わりに、うんしょうんしょと声に出しながら、その小柄な魔女はカバンの中から出てきた。

 

「終わった? あ、ダンブルドアくん。コイツの相手してくれてありがとね」

「それはこちらこそですよ、スウィーティング先輩」

 

 青年は自分の喉に杖を当てて、観客席の皆に声をかける。

 

「さあ皆、見てくれてありがとね! 僕の授業はこれでおしまい! このあとはすぐに7年生のみんなの卒業式だって、ちゃんと覚えてるよね? 僕も一緒に『防衛術』の教職からは卒業するけど、来年からも『魔法生物飼育学』はルビウスくんさえよければいくらでも手伝うから、貸してほしい動物とか居たらいつでも言ってねルビウスくん!! ――で、卒業式って何時からだっけ?」

 

「予定通りなら、14分前に始まっておるはずですな」

 

 そう答えたダンブルドアは、またいつの間にやら普段通りの喋り方に戻っている。本人がそれに気づいてるのかは、わからない。

「えっ、時間過ぎてるの?! 時間過ぎてるんだってさ! ほら皆急いだ急いだ! 移動始め!」

 

 まだ興奮冷めやらぬ生徒たちは、先生に急かされて一斉に移動を開始する。

 まさにこれからホグワーツを卒業する7年生たちすらまだ今見た決闘の話ばかりしている中、アンジェリーナ・ジョンソンはどうにかこうにか勇気を捻出してジョージに話しかける。

 

「ねえ、卒業式ってさ、入学した時乗ったあの小舟にまた乗るんだよね?」

「らしいぜアンジェリーナ」

「…………私おんなじ舟に乗りたい。誰と乗るか選んでいいならだけどさ」

「そりゃ喜んで。リーも一緒な!」

 

 そして7年生たちは各々、話しておきたい先生方や後輩たちと言葉を交わした後、ぞろぞろと列を成して船着小屋への階段を降りていく。

 

 最初に気付いたのは、アリシア・スピネットだった。

 

「あれ? フレッドとジョージは??」

「アンジェリーナとジョーダンも居ないな」

 

 グリフィンドールの7年生たちがざわつき始めた瞬間、城壁の上からこちらを見下ろしているハリーたち在校生の中から2つの影が飛び出してくる。

 その2つの影は次から次へとでっかい花火をばら撒き、ホグワーツ城が色とりどりの火花と光で豪華絢爛に彩られていく。

 

「イェーイ!!」

 

 フレッドと同じ箒に跨っているリー・ジョーダンも、ジョージと同じ箒に跨っているアンジェリーナ・ジョンソンも、宙返りや急カーブを繰り返すクリーンスイープ5号から振り落とされないように頑張りつつ、大喜びで花火をバラ撒いている。

 

「グリフィンドールは50点減点ですね」

 

 マクゴナガルはクスクス笑いながらも、ハッキリとそう宣言した。

 

「あいつら…………」

 やはり大人しくなどしていられなかったフレッドとジョージとその親友2人が飛び回るのを見ながら、ロンもハリーも笑っている。

 

「俺たちの商品が必要なら」「俺たちの助けが必要なら!」「ぜひダイアゴン横丁の『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』へ!!」「俺たちの店だ!!」「イタズラ専門店!!」「まだ開店準備中だけどな!!」「こいつは俺たちの自信作!」「ウィーズリーの暴れバンバン花火!!」

 しっかりと自分たちの商売の宣伝をしてビラも撒き散らした双子を見ながら、ハーマイオニーは「なんで最後の最後に規則違反をしていくのかしら!」と口では憤りつつも、その視線は飛び回る箒の上でジョージの胴体にしがみついているアンジェリーナ・ジョンソンへと注がれていた。

 

 アンジェリーナは結局未だに「本人にハッキリ伝える勇気」が湧かずにいるが、それはそれとして今とっても幸せだった。

「ねえジョージ」

「どうしたアンジェリーナ」

「…………一緒に卒業してくれてありがとね」

 アンジェリーナのその言葉を背中で受け止めたジョージは箒に跨ったまま器用に180°反転して跨り直し、アンジェリーナと向かい合う。

 

「ほら、これやるよ。フレッドに許可はもらってる」

「なにこれ」

「俺たちの店の、兼自宅の、裏口の合鍵。あとこれ場所な。お前なら営業時間外でも歓迎するぜ」

 

 それを「リーとアンジェリーナに渡そう」と提案したのはフレッドであり、もちろんジョージからアンジェリーナに手渡させるためのおせっかいである。

「え、おいおいなんで泣くんだよアンジェリーナ!」

「んぅなんでもないぃ……」

 

 嬉し泣きなのはジョージとて察していたが、彼は単に「卒業式だから」だと思っていた。

 

「おーい、ピーブズ!!」

 

 また器用に正面を向いたジョージはフレッドと並んでちょうどハリーたちの頭上で制止し、悪名高いポルターガイストの名前を呼んだ。

「どうしたお前ら。この俺様になんか言いたいことでもあるのか?」

「おう。お前に俺たちからちょっと頼みがあるんだ」「俺たちはもうホグワーツから卒業するけどさ、お前はこれからもずっとホグワーツに居るだろ?」「つまり、10年後も100年後も、ずっと」

 

 ピーブズは双子の目の前まで来て、双子の言葉の続きを待っている。

 

「だからピーブズ。もしまたいつかあのアンブリッジみたいな、ホグワーツ生から楽しみを奪っちまうようなつまんねえ大人が来たらさ。その時はお前――」

 

 フレッドとジョージはニヤリと笑い、ピーブズも何を頼まれるのかを察してニヤリとした。

 

「――俺たちの代わりに、そいつに地獄を見せてやってくれよ」

「お安い御用だ、フレッド、ジョージ。……さみしくなるぜ、お前ら抜きのホグワーツは」

「ありがとな。楽しかったぜ、ピーブズ」

 

 ピーブズが誰かと親愛の籠もった抱擁を交わす様など、それまで誰も見たことがなかった。

 

「ほらアンジェリーナ泣いてないで笑えって!」

 

 そうして、彼らに構わず粛々と開始されていた卒業式の、既に湖を渡り始めていた幾つもの小舟に乗った同級生たちの傍を、水面スレスレを並走して、親友2人を後ろに乗っけたその双子もまたホグワーツから卒業して行った。

 

「最後まで、騒がしい子たちだったねえ」

「あいつら…………」

 

 2人してクスクス笑っているその先生とダンブルドアのすぐ傍で、ロンとジニーが呆れている。

「ホントにもう、一秒だってお行儀良くしてられないんだからあの2人ったら……」

「んじゃ、僕もそろそろ行くかな。ポピーちゃーん! 帰るよー!」

 ハグリッドと話し込んでいた小柄な魔女に声をかけたその青年に、周囲の生徒たちの視線が集まる。ホグワーツ城の、大広間へと続く扉のすぐ前の広場で、その青年は改めて言う。

 

「やあルーナ。それにロルフも。ねえ、ルーナ。僕の授業はどうだった?」

「楽しかったな。ルーピン先生の授業みたいだった」

「そう? リーマスくんと比べられるなんて嬉しいねえ。ロルフの事でも他の何かでも、僕の手助けが必要なら、ホグズミードの僕の店に。またいつでもおいで」

「うん。ありがとね、先生」

 

 寂しいのか否かが表情に出ていないように見えるルーナの後ろから、他の生徒たちをかき分けて接近してきたパーバティが青年に飛びつく。

 

「先生!!」

「やあパーバティ」

「先生、来年も先生やってほしい!!」

「ダメだよ。トムの呪いがかかってる教職だからね。今年だけで辞めなきゃ、一体どうなるやら」

 

 パーバティとてそれは理解しているが、それでも気持ちは変わらない。

「やだ!! やだ!! 先生がいい!!」

 その後もやだやだ辞めないでと数分間ごね続けたパーバティは、結局パドマとラベンダーによって無理やり引き剥がされた。

 

「ありがとね。いつでも僕のお店においでよ。…………またね、パーバティ」

 

 そして青年は、隣の後輩を見る。

「ところで、来年の『防衛術』の先生のアテ、あるのかい?」

「ご心配には及びません、先輩。……ホラスを訪ねてみようと、思っております」

 青年は、そう言ったダンブルドアの目を見つめる。

 

「そ? じゃ問題ないね。…………またね、アルバス」

「ええ、先輩。また」

 

 傍らに戻ってきた小柄な魔女ポピー・スウィーティングの手を取って、ポケットの中に幾つも溜め込んでいる小石をひとつ、杖なし無言で「ポートキー」にした青年はそのままそれを起動して、かき消えるように姿をくらまして、ホグワーツから去っていった。

「イェーイ!!」という、フレッドとジョージのご機嫌な声を辺りに響き渡らせて。

 

「まったく、最後まで騒がしいのはどっちなんだか……」

 

 パチル姉妹のすぐ隣でその光景を見ていたセオドール・ノットは、そう呟いて笑った。

 

 




 
 ピーブズがホグワーツの保護呪文に影響を及ぼせるというのは公式設定ではありません。
「ピーブズならできてもいいだろそのくらい」という、私の妄想です。

 ここまでが「不死鳥の騎士団」の範囲内です。
 我慢できたら次回から「謎のプリンス」の範囲に入ります。
 我慢できなかったら「謎のプリンス」の範囲に入る前に番外編がひとつ挟まります。

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