104年後からの今   作:requesting anonymity

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者望希会面る或:編外番

 暗い廊下を、3人の魔法使いが歩いている。

 

 先導する男女2人の魔法使いは所属する組織の制服なのだろう、「規則」や「法規」と言った単語を連想させる整った服装で、その2人の後ろをあちこちキョロキョロ見回しながら気ままな足取りで付いて行く整った容姿の西洋人も一応は制服を、着用してはいた。

 しかし、かの名高きホグワーツ魔法魔術学校のものだろうそれは、ベストとネクタイとローブとマフラーが全て違う色を基調としており、たとえ英国の魔法族でなくともひと目で正しく着用していないと判る、赤いベストと黄色いマフラーに青いローブと緑のネクタイという、ハロウィーンのパーティから抜け出して来たかのようなチグハグで珍奇な服装だった。

 

「ここがニホンのどこなのかって、訊いちゃダメなんだっけ?」

「ご質問いただいても、お答えすることはできません」

 

 カラフルな服装の魔法使いが流暢な日本語で質問を投げかけてくるのは、ここ10分で3度目だった。日本魔法省職員の魔女は内心で辟易しつつも、そんな思いはおくびにも出さずに相変わらずの凍りついたような無表情のまま、同僚と並んでどこまでも続きそうな暗い廊下を進んでいく。

 

 この監獄に収容されている囚人は、ひとりだけ。

 そのたったひとりを確実に閉じ込めておくためだけに、罰を与えるためではなく外に出さないためだけに、この地下監獄はある。

 

 いつからあるのかだれもしらない。

 

 そして、そのたったひとりに面会を希望する人物が現れたのが、ちょうどまる2日前だった。

 

 国際魔法使い連盟相手にひた隠しにしている「後ろめたい話」の数で堂々の世界一位を長年保っている日本魔法省の、その「後ろめたい話」の筆頭と言えるかの人物の存在を、なぜ英国の魔法使いが把握しているのか。なぜ上層部がその日の内に「面会を許可する」と決定したのか。日本魔法省魔法法規局公安調査課の課長でさえ、それが解らなかった。

 血相を変えて魔法法規局局長に説明を求めた日本魔法省魔法大臣も、何も事情を知らなかった。

 

 ただ、公安調査課で一番古株の老人だけが、全てを知っているかのように笑っていた。

 

「ここです。この扉の先。あまり長居はされませぬよう。何か質問されても無視してください」

 背の高い男性がそう告げるのと同時に、感情を窺い知れない表情の女性が小さな声で祝詞を唱えてから規定されている通りの手順で鍵穴を覆っている呪符を剥がし、臨戦態勢で扉を解錠した。

 

「おや、この俺に西洋人の客とは珍しいな」

 

 廊下より更に暗い独房の奥から響いてきたのは、よく通る低い男性の声だった。

 窓も照明も一切無いその独房は広いのか狭いのかすら判別できないほどに恐ろしく暗く、その部屋唯一の住人である囚人の容姿など、想像するしかなかった。

 

 カラフルな服装の西洋人が独房の中へと足を踏み入れると、日本魔法省職員の魔女が先程の手順を逆からもう一度行い、外から扉を施錠し封鎖し封印した。

 

「うーわ、ホントに暗いねえここ。ルーモス!」

 

 ここに来る前に日本魔法省本部で預けさせられたのとは別の杖をポケットから取り出したカラフルな服装の青年がそう唱えても、部屋は相変わらず恐ろしいほどの暗さを保っている。

 

「おやま。ルーモス・マキシマ!!」

 

 それでやっと、その手に持っている杖がぼんやり見えるくらいの明かりが灯った。

「俺に訊きたいことがあるらしいな」

「そだよ。あのねえ今ねえ僕らちょっと大変なんだけどね――」

 

 そしてそのカラフルな服装の西洋人は、いきなり本題に入った。

 

「――ねえ、『ホークラックス』って知ってるかい?」

 

「あの西洋式の、非効率で不出来な魂魄の鍵箱の事か。それがどうした」

「きみの見解を訊きたいんだ。僕の中に今、ひとつの予想がある。それは完全に勘のみで組み立てたもので、なんの証拠もない。だからきみが、僕より誰よりこういった種類の魔法に詳しいきみが、どういう推測をするのか、僕と同じ結論に至るのかが知りたいんだ」

 

 否とも応とも返ってこない言葉を、そのカラフルな西洋人は注意深く、辛抱強く待った。

 

「あ、百味ビーンズ食べるかい?」

 

 その西洋人はまた杖を振ってテーブルと椅子を取り出し、杖を持っていない方の手も振ってテーブルクロスとティーセットと菓子まで用意して、その周囲の空中に幾つも灯りを出現させて浮かべ、対面にもうひとつ椅子を用意して、自分だけさっさと座った。

 

「……この俺を相手に、暇つぶしに付き合ってやろうという度胸のある奴はなかなかおらんぞ」

 

 テーブルの周りに未だ広がる墨でも流したかのような暗がりからぬうっと現れたその人物が対面の椅子を埋めた事で、独房の住人であるその人物の姿がようやく西洋人の視界に映った。

「ヴォルデモート卿とか名乗っているらしい奴の話だな」

「そだよ。そう言えばきみって、彼についてどのくらい知ってるんだい?」

 

 数秒だけ、沈黙が流れる。

 

「自分が世界で一番強いと信じて疑わず、その考えを思い込みに留めないだけの力を持っている。おそらく親が居ない。愛された記憶など一切無く、友人どころか誰かと決別した経験すら無い。人間関係というものが、完全に欠落している。…………奴は、何がしたい。ただ破壊だけがしたいのか。英国魔法界を壊滅させてやることだけを目的に動いているのか」

 

 投げかけられた問いに、カラフルな服装の西洋人の青年は全く悩まずに即答する。

 

「彼にとって、それは単なる手段だよ。破壊も人殺しも、ただ手っ取り早い対処法ってだけだ。きみともまた違うんだ。ヴォルデモート卿はね」

「しかし、あやつはそれを楽しんでいるのだろう」

「まあそれはもちろん、そうだね。彼は壊す事と殺す事を楽しんでいる。他の楽しみを知らないと言ってもいい。たぶん彼は、新しい呪文を覚える喜びも知らないと思う。だってきっと、一度で習得できなかった経験なんて彼には無いから。だから『練習』なんて、必要性すら理解できない」

 

 また、数秒の沈黙が独房を包みこんだ。

 西洋人の青年は紅茶を一口飲み、縦長の箱から菓子を何粒か取り出して口に含んだ。

 

「天才というやつらしいな。こちらの新聞が伝えている以上に」

「ま、そうだね。才能と魔法力だけで評価するなら、間違いなく史上最高だ」

「…………なのに死ぬのが怖いのか」

 

 独房の囚人が漏らしたその言葉で、西洋人の青年の眉がピクリと動いた。

「伝聞だけでよくもまあそこまで察せるもんだね。きみの方こそ噂以上じゃないか」

「断言できる。そのヴォルデモート卿とか名乗っている奴は、『分霊箱』を。作っている」

「…………やっぱり、きみもそう思うかい」

 

 意見を訊きたいのはその先だと、そう言った西洋人の青年の瞳が語っていた。

 

「――ねえ、尸解仙の法って、分霊箱とはちょっと違うんだよね?」

「設計思想の根本から異なる。まず尸解仙の法では、魂魄を分割したりなどしない。死を避けるためのものではなく、準備万端整えた後に計画的に死を迎える事で、己を創り変えるための法だ」

「そのへん僕もウチの部署にあった本で読んだんだけどさ、ホントさっぱりチンプンカンプンで。第一そんな事ホントに…………いや、よりによってきみにこれ訊くのは大マヌケか……」

 西洋人の青年はまた紅茶を一口飲み、菓子を何粒か口に放り込んだ。

「単なる優れた魔法使い止まりの奴が生半可な知識で実践すれば、ただ自死しただけで終わる。この点は尸解仙も分霊箱も変わらんだろう」

「ねえ、そんでその尸解仙の法ってさ、2回も3回もやるもんじゃないよね」

「やる意味がない。1度で全てが済んでいる。2度目以降は何ら術者に利を齎さん」

 

 今度は、西洋人の青年が沈黙した。抱えて持ってきた疑問を訊くべきかどうか、考えている。

 そして青年は更に一口紅茶を飲み、その疑問を口にした。

 

「ヴォルデモート卿は分霊箱をひとつ作ってそれで満足するかな」

「しない。可能な限りの数を作ろうと考えるだろう。そしてすぐに『最もふさわしい数量』があると考え始める。とうの昔にそうしているだろう」

 

 また菓子箱に伸ばしていた手を、西洋人の青年は引っ込めた。

 

「…………やっぱりきみもそう思うかい」

「実行できる能力と意思があり、ためらうという機能がない。必ずそうしている」

「いくつかな?」

「俺の常識で図るなら3か5か、12か24か28か、あるいは36か72か108か……だがこれは、奴はお前と同じ西洋人だ。陰陽五行の術理ではなく西洋人だからこその常識で、奴は選択するはずだ」

 

 西洋人の青年は、またしても沈黙して考え込む。

 そして数分で、青年は答えにたどり着いた。

 

「7という数は、一番強い魔法数字だとされている…………数占いは僕ヘクターとオミニスとアミットとナッちゃんに助けてもらってばっかりだったけど、これだけはハッキリ覚えてる……」

「あの魂魄の鍵箱は、作れば作るほど懸念点無しに利点だけが増すという類のものではないだろう。俺とて他人の蔵書を読んだだけだが…………」

「でも『実践経験』って意味じゃあ、この手の呪法にきみは、誰より詳しいだろう? んで。やっぱり分霊箱も、きみにしてみれば何個も作るもんじゃあ、ないかい?」

 

 そこから、この2人の会話はますます「事実確認」という確立された大地を離れて、「推測」という不確かな空中へと浮かび上がっていく。

「2度以上の実施が完全に無意味な尸解仙の法とは違い、分霊箱には確かに、複数個製作する利点がある。つまり、仮にひとつ破壊されても予備があるのだからな。これだけなら数多く作れば作るほどいいという短絡的な発想に至る莫迦者どもが居そうだが、生憎そうはいかん」

「ああ、魂を分割してるんだから……そりゃまあ副作用が出ないわけないか」

 

 青年はそう言いながら紅茶をおかわりして、「飲まないのかい?」と動作と表情で伺う。

 

「分霊箱を複数個製作したとしても、己の魂魄を何分割したとしても、その者の神通力と智慧は十全なままであるだろう。しかし同時に、ひとつふたつと数を増やす毎に、確実に己の魂魄の状態を知覚する能力は鈍っていくと考えられる」

 青年は「それはどうしてだい?」と、察せていながらあえて質問した。

「貴様は右手の指が幾つかちぎれてしまったその時に、肘にできた小さな切り傷に気づけるのか」

「あー、そりゃ無理だね。ちぎれた指がめっちゃ痛いんだもんね。……分霊箱を作れば作るほど、魂はどうしようもなく切り裂かれ傷ついていく。ただ利己的な殺人をするだけでも魂には傷がつく…………もう既に、大怪我しているようなものってわけだ」

 

 青年の対面に座っているその人物は、頷きもせずに続きを語る。

 

「あくまでも『魂魄は』という但し書きがつくがな。そやつを打倒する事の困難さは、全く軽減されていない。ただ、そやつが分霊箱を幾つも、仮に貴様の予想どおりに6個作り終えている、もしくは今まさに『自分自身を含めて7つ』を目指して数を増やしているとすれば、…………知らぬ間にひとつやふたつ損壊していたとて、そやつが気付けるとは考えられんな」

「じゃあ、こっそり壊して周る事は――」

「おそらく可能だ。確実に厳重な保護がなされているだろうそれを探し出して破壊するだけの知識と腕前、そしてなにより製作者本人と鉢合わせしないだけの運の良さがあるならば」

 

 それを聞いた青年はまた、少し沈黙してから別の質問を投げかける。

 

「ねえ、尸解仙の法ってさ、こだわらないなら別に、モノは何使ったっていいんだよね?」

「刀、剣、杖、竹木に、大陸の古い術師には靴や巻物、更には『無し』という例もある」

「『無し』って、そりゃちょっと想像もつかないな……で、そういうきみは?」

 

 束の間、冷たい沈黙が再び場を支配した。

 

「知りたいか」

 

 扉の外で待機している日本魔法省の職員にこの一言が聞こえていたら、即刻応援の人員を要請していただろう。と、そう思わせるだけの空恐ろしい迫力がその声にはあった。

 しかし対面に座る西洋人の青年は、お気楽な居住まいを崩さずに言う。

「んいや、ヤならいいよ。ヤならいいから代わりにさ、もしきみが『分霊箱』を作るとしたら、何で作ってどこに隠すか。これを聞かせてほしいな」

「…………緋々色金。砂粒大の緋々色金を分霊箱にし、更に外見を単なる砂粒同様に変じさせた上で厳重に防護を施し、海原に帰す」

 

 概ね予想していた通りの回答だったからこそ、その青年はまたしても数秒沈黙した。

 

「だよね。僕だってそうする。ゴブリンの銀でね…………けど、それされると手がないんだよな」

「我らが今あげたような方策を、その『ヴォルデモート卿』は採ると思うか」

「え。でもベストアイデアじゃない? 正直さ」

 

 その時、今この胸中を窺い知れない囚人が笑ったような気が、青年にはした。

 

「いつの時代も、人の行動方針を決めるのは『利』とは似て非なる『こだわり』や『自己満足』だろう。何よりそもそも『ヴォルデモート卿』などと自ら名乗るような輩なのだからな」

 目の前の人物が今「ヒント」をくれたのだと理解して、西洋人の青年は考え始める。

「あーー……? んーーーー? えっとね、待ってね。考える時間をください先生」

 

 そう言ったきり、眉間にシワを寄せたりパッと晴れやかな笑顔になったかと思えばまた表情を曇らせたり、口をへの字に曲げたり斜め上を見たり自分の頬を両手でグニグニと揉んだりした後、その青年はようやくひとつの答えに思い至った。

 

「トムは孤児院で育った。とても古い家の血を引いているにも拘らず。そして彼はこの事に、おそらく誇りとコンプレックスの両方を抱いている。俺様はお前たちとは違うのだと感じつつ、なぜ僕は皆みたいじゃあないんだろう、とも。心の底では思っている」

 そう言うと縦長の箱から菓子を何粒か口に運んで数秒考え込み、西洋人の青年は続きを述べる。

「だからつまり、トム・マールヴォロ・リドルは、自分の誇り高さを補強するものを欲している。己の類稀なる魔法力と知識に敵う者など居ないと確信しているからこそ、それにふさわしい物を欲する。母方の家系やそれに並ぶ歴史もしくは価値を連想させる、貴重な品を」

 

 己の推測の正しさに自信があるからこそ、青年は天を仰いだ。

「ホントにきみはどこまでさみしい奴なんだいトム…………」

 

 そんな事でしか自分の価値を信じられないなんて、とイギリス英語で哀れみに満ちた声を上げた西洋人の青年に、対面の人物がさらに問う。

 

「そやつの最大の不幸がわかるか」

「『愛情を注がれた経験』の欠落だから……つまり、信頼できる大人に出会えなかったこと?」

 

 西洋人の青年はそう即答したが、対面の人物はその解答に満足していない様子だった。表情は何ひとつ変わっていないが、声色が先程までより少し冷淡だった。

「違う。『己に伍する存在』の欠如だ。そやつはおそらく『己に伍する存在とはいかなる者か』を、力と知識の多寡でしか判別できないのだろう。そして何かがあってそのような性根に変貌してしまったのではなく元々からそのように育った以上、己自身ではその精神的困窮に気付けんのだ」

 そう指摘されて青年が思い浮かべたのは、自分のかわいい後輩の顔。

「……ゲラートくんにとってのアルバスみたいな相手が、居たら違ったのかな。……やっぱり僕がさっさと探し出して引き取って育ててあげればよかったんだなーーー……」

 

 今更そんな事を言ってもどうにもならないと、青年とて理解はしていた。

 この青年が「トム・マールヴォロ・リドル」の存在を初めて知ったのが、マートル・ワレンという名の女子生徒がホグワーツ城の中に居ながら死んだと風の噂で聞いて、その頃ほぼ決着していた北アフリカ戦線に幾つも設置されていた前線救護所のひとつから大急ぎで戻ってきた1943年6月の真夜中だったというのは、動かしようもない事実だった。

 

 当時「この上さらにトムの事でまで先輩のお手を煩わせるわけにはいかない」と、アルバス・ダンブルドアは考えていた。

 あの時11歳のトムに「きみは魔法使いだ」と告げに行く際なぜ先輩方に予め事情を話して同行してもらわなかったのかと、犠牲者の記事を読む度に悔やんでいた。

 

「人並み外れた能力があると、なんでも自分ひとりだけで抱え込もうとしちゃうんだよね。僕はちっちゃくて可愛いアルバスの手を引いて、キラキラしてて楽しいものをいっぱいいっぱい見せてあげたつもりでいたけど、でも、僕はそれだけだった。アルバスの隣に立って同じ目線でものを見るって事をできたのは、後にも先にもたったひとり、ゲラートくんだけだった」

 

 急に始まった青年の独り言にその人物が律儀に付き合ったのは、ひとえにこの西洋人の面会希望者が己にとって類稀なる暇つぶしの機会だと、こやつの発言には付き合えば付き合うだけ利があり収穫があると、そう理解していたからこそだった。

「入学、進学、就職。あるいは幼い頃の友人との他愛もない遊び。皆どこかで気づく。『自分は世界最高最強最優秀の人物などではなく、世界は別に自分を中心には回っていない』と。しかし、であるならば、『本当に世界最高最強最優秀の人物』は、凡百の人々が人生の比較的早い段階で経験するそのような『有益な挫折』を、決して経験できない。なにせ『そのような彼ら』にとって、世界は本当に、正真正銘、自分を中心に回っているのだからな」

 

「トムも、そうだったんだろうね。誰かが……いや、僕かアルバスかオミニスが。叱ってあげなきゃいけなかったんだ。でも、もう遅い。もう、殺してあげることしかできない」

 青年はまた沈黙し、紅茶をおかわりして一気に飲み干す。

「でもそれすらも、僕の役目じゃない。それはハリーの役目だ。だってトム自身がその役にハリーを選んでしまったから」

 

 そうだそれだ、と。西洋人の青年の対面に座っているその人物が言った。

「そのあたりの因果に興味が湧いたからこそ、俺はお前がここに入るのを許したのだ。俺の記憶違いでなければ予言が……重要な予言があったな?」

「…………どこからどうやってそれを知ったのかは、訊かないでおくよ。……そうだよ。予言があった。『闇の帝王を倒す力を持ったものが現れる』『闇の帝王の手を三度逃れた者たちの子として生まれる』『7月が終わる時に』『その者は闇の帝王の知らぬ力を持つであろう』って。予言には続きがあるんだけど、『闇の帝王』つまりヴォルデモート卿って名乗ってるトムが知ってるのはここまで。で、この条件にピッタリ該当してる子が、あの時イギリスの魔法界には2人居た」

 

 西洋人の青年の対面に座っているその人物は、さして悩む様子もなく理解した。

 

「そしてその2人の内『こちらだ』と判断された子供が両親諸共襲撃されたわけか」

「そう。それが当時1歳のハリー・ポッターくん。21歳で結婚3年目だったご両親は殺されてしまったけど、そのご両親の、ジェームズくんとリリーくんの愛のお蔭で、ハリーは生き延びた」

 

 青年はこの事を、「母の」愛のお蔭だとは言いたくなかった。ジェームズくんだってハリーを助けるために精一杯やったんだから、と。それは死んだ教え子への哀れみだった。

 

「で、そのヴォルデモート卿が聞きそびれた予言の続きはこう。『闇の帝王自身がその人物を己に比肩する者として自ら示すであろう』『一方が生きる限り、他方は生きられぬ』ってさ」

「ほう。つまりものの見事に予言された通りの行動をしたわけだな。2人いた該当者の片方を襲撃し、その人物……ハリー・ポッターとやらを殺し損ね、『己に比肩する者として自ら示した』……対岸から眺めるのに、これほど適した火事もそう無いだろうな」

「ぼくらにとっては死活問題なんだよー? トーキョーの人にとってのきみぐらいにさ」

 

 青年は縦長の箱の菓子を完食してしまったと気付いて、別の菓子に手を伸ばした。

 

「でさあ。僕気になってるんだけどさ。その『該当者』2人から、トムくんはなんでハリーを選んだのかな? だってハリーもネビル――あ、もうひとりの『予言に当てはまってた子』ね――も、まだ1歳だったんだよ? どこに判断基準があったのかな? トムくらいになると潜在的な危険性まで魔法で探れるのかな?」

 そう問いかけられたその人物は、またしても一切悩む素振りを見せずに即答した。

「どちらのほうがより『自分に似ているか』だ。己こそが世界で一番優れていて敵など居ないのだから、そんな己に比肩する者が現れるというのなら、自分と共通する点を持っているはずだ。と、そう考えたのだろうよ。…………お前には心当たりがあるはずだぞ。その『判断基準』に」

 

 青年はまた紅茶を注いで一口飲むと、テーブルの一角にいくつも積み上がっていた五角形の小さな箱をひとつ開けて、その中から飛び出してきた茶色いカエルを素早く捕まえて口に運んだ。

 

「…………ああ。ネビルは純血だ。けどハリーは半分だけ純血だ。ポッター家の歴史はイギリス魔法界でも特に古いけど、リリーくんはマグル生まれだ……だからだね、トム」

「拘るほどの価値など無いはずの『血の純粋さ』が、結果として大きな意味を持ってしまったわけか。『古い家の血を半分だけ受け継いでいる』という彼我の共通点が見出された事によって」

 

 西洋人の青年は、また紅茶を一気に飲み干した。

 

「純血なんてね、なんの意味もないんだよ。もちろん拘りたいなら拘ればいいさ。それは勝手だ。自分の家の歴史の古さを誇りに思うのも別に何も愚かな事じゃあない。けどね。純血魔法族はそうでない者どもより魔法力が優れている、とかさ。純血魔法族は幼少期からマグルの一般的な疾病に対しての抵抗力を示す、とかさ。優位な証拠なんて全く示されていない、どころか間違いだってとうに証明されている素っ頓狂な迷信なのに。よくもまあ現実から目を背け続けられるもんだよ……『他人の正しさを赦すより、間違いを赦すほうがずっと容易い』ってアルバスは言ってたけど」

 

「その、西洋の魔法族の一部が拘っているという『純血』なる概念は、正直よくわからんな。自らの血統を一歩一歩着実に破滅へと向かわせる愚かな営みの、一体どこに尊さがあるというのやら」

「僕もそう思うんだけどね。拘る人達は拘るのさ。ブラック校長とかオミニスのお父さんとかね」

 

 そう言った青年は最後にひとつだけ、自分の話ではなく、その人物についての疑問を訊ねた。

 

「ありがとね。ところできみ、まだ諦めてないのかい?」

「今、もうすぐだ。その日は近い」

 

 ふうん、とだけ呟いた西洋人の青年は大した敵愾心もなさそうな表情で、その日本魔法界随一の危険人物だと聞かされた囚人を見つめている。

 

「そなの。まあ、僕は誰かに頼まれない限りきみの邪魔はしないよ。今日は僕の相談に乗ってくれてありがとね。きみのお話はとってもとっても参考になったよ」

 そう言った青年は立ち上がるとティーセットと菓子とテーブルと椅子を杖の一振りで片付けると、その杖も仕舞い、いくつも浮かべていた灯りを全て消した。

 

 そして青年が予め渡されていた御札を破いて外の職員に合図を送ると、閉ざされていたその独房の扉が再び開かれる。

 

「面会時間が長すぎます。あなたに万が一の事があったら――」

 こちらを見るなりそう忠告してきた日本魔法省職員の魔女に、青年は一応の謝罪をする。

「ごめんごめん。でもほら、僕は無事だったじゃないか」

「あの『魔人』がどれ程の危険人物か知らないからそんな事が言えるんです。奴は明治以前から、何度も東京を壊滅させようと企ててきたんです。そしてまだ全く諦めていません! いくらあなたが優れた魔法使いでも、ひいひいおばあちゃんがホグワーツに留学してた頃の『先輩』でも――」

 

「まあまあ、また機会があったらイギリスにおいでよ。僕も近い内にまたニホンに来るからさ」

 まだ小言を言い足りないらしいその魔女から、西洋人の青年は唐突にもう一人の日本魔法省職員の背の高い男性へと視線を移した。

 

「今日はホントにありがとね。きみに意見を聴きに来てよかったよ、ミスター・カトウ」

 

 そう声をかけられて、長身痩躯で面長のその男は、両目を妖しく光らせて笑った。

 

「おや、お前は俺を閉じ込めた気になっているここらの愚か者どもとは違うらしいな」

 

 同僚だと思っていた背が高くて面長の男が着ている制服が自分と同じものから旧帝国陸軍のそれに変化していくのを見ながら、日本魔法省職員の魔女の顔から血の気が引いていく。

 いつから自分は術中に嵌まっていたのか、顔かたちをずっと見ていたのになぜ違和感を抱けなかったのか、自分ははたしていかなる術の影響下にあったのか。それらの疑問を一旦脇に置いて、日本魔法省職員の魔女は施設全域に緊急事態を伝えるべく大急ぎで杖を振って警報を鳴らした。

 

「牢屋に入ってたのは誰なんだい? 単なる影武者じゃあないよね? お人形?」

 一方、なおもお気楽な口調と笑顔でそう訊いた青年に、その人物も先程までと同じ態度で言う。

「藁人形に式神を被せて、西洋式の『変身術』で見た目を俺に似せたものだ。俺本体と遠く離れるほど動きと声の音質がお粗末になるが、扉一枚隔てているだけなら――貴様、一体いつ気付いた」

 

「んーー? だってきみ古代魔法の痕跡まみれなんだもの。ずっと光ってるよ。両手が特にね」

 青年が事も無げにそう告げた瞬間、日本魔法省職員の魔女の切羽詰まった声が響いた。

 

「動くな!! ど、独房に戻れ加藤!!」

「杖など無粋だ」

 

 必死に勇気を振り絞って杖を構えたその魔女は、しかし見えない縄で吊り上げられたかのように空中に浮かび、杖を取り落として両手で首を押さえてもがき苦しみ始める。

「この俺に勝てると思っているのか」

 思っていなくとも立ち向かわなくてはいけないのだと、日本魔法省職員の魔女は下半身が弛緩するのを感じながらそう声に出したつもりだった。

 しかし実際に喉から出てきたのは、なんとも聞き取れない悲痛なうめき声だけだった。

 

「はいはいそこまで。この子僕のホグワーツの後輩の、マホウトコロから留学してきてた子の曾曾孫なんだよね。だからあんまりいじめないであげて」

 

 自分が加藤に攻撃される瞬間も、この青年がその攻撃から解放してくれた瞬間も、日本魔法省職員の魔女には一体いつ何をどうやっているのかさっぱり判別できなかった。

 

「んじゃ僕帰るね。ほらきみ、立てないなら抱っこしたげるから落ち着いて。大丈夫だから」

 

 施設全域に「この緊急事態」を告げている警報が大音量で鳴り響く中、 日本魔法省職員の魔女を片腕でヒョイと肩に担いだ青年は最後にもう一度その人物にヒラヒラと手を振った次の瞬間に全身が激しい炎に包まれ、その炎の中から現れた不死鳥の力を借りて「姿くらまし」した。

 

 




 
【ミスター・カトウ】
 いつから生きているのか誰も知らない、紀州出身の魔法使い。
 日本魔法省がいくつも抱えている「大っぴらにできない懸案事項」の中でも最大のひとつ。
 帝都東京を壊滅させるのが唯一の目的。たまに人間性のようなものも見せる。
 何の伏線もなく唐突に彼が登場するという一点を理由に、この話は番外編になった。
 
 以前「日本魔法界にもヴォルデモートとかグリンデルバルドみたいなの居るのかな」って思った時にこの人が思い浮かんで「いるじゃん!!」ってなったので、この人は私の思い浮かべる日本魔法界に存在する。日本魔法界について考えれば考えるほど居ないわけがないと思えてくるんだ。

※この話を思いついた時にハーメルン運営に問い合わせたところ
「直接ハッキリ『それ』と言及しない形での登場なら作品にタグを追加しなくてもよい」
 との回答をいただいたので、そのようにしております。
 なにせこの1話だけにしか登場しないのにタグ追加したら優良誤認もいいとこだからね。
「帝都」も「壊滅」も「魔人」も「加藤」も「尸解仙」もあの作品の造語ではないのでセーフ。

 最後に、「ミスター・カトウ」が未だに全くピンと来ていない皆様、ごめんね忘れていいよ。
 我慢できなかったので番外編が挟まりました。次回から「謎のプリンス」の範囲に入ります。

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