104年後からの今   作:requesting anonymity

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48.古きを温ねて

「あ、おかえりなさい部長。今度はどこへ行ってらっしゃったんですか?」

 英国魔法省地下9階、神秘部の扉の奥深くで、ひとりの職員が上司の姿を見つけて声をかけた。

「やあクローカーくん。ちょっと内緒でニホンにね。きみたちにも内緒だから聞いちゃダメだよ」

「わかりました部長。私は何も聞いていません」

 無茶なお達しにもすんなり従った神秘部時間研究局のソール・クローカー教授は、今日もいい日になりそうだとか呟きながら休憩を途中で切り上げて自分の研究室へと戻っていく。

 それを見送った青年に、すぐまた別の部下が声をかけてくる。

 

「あ、ぶちょう! 部長部長きいてください! ポピーちゃんがニホンのお菓子くれたんです!」

「おや、良かったねえ――」

「部長いっしょに食べましょう! どれも美味しそうですよ! 休憩室に皆いますから!」

 

 ポピーちゃんは僕と一緒にニホンに行ってたんだからそれ僕からのお土産でもあるんだけどな、とも思いつつ、その青年は元気いっぱいな部下の勢いに押されるがまま休憩室の扉をくぐる。

 

「部長、お土産ありがとうございます」

 

 一斉に声を揃えてそう言ってきた神秘部職員たちは、皆すでに長机の上に所狭しと並べられた幾つものアンコ餅やらせんべいやらに手を伸ばし始めていた。

「部長、これ美味しいですね。見た目ほど辛くなくて、しっかり辛くて。なんですこれ?」

「トウガラシのお煎餅だよブロデリックくん。僕もそれすき」

 声をかけてきた部下のひとりにそう言った青年が着ているドラゴン皮のコートの裾を、背後から誰かが引っ張った。

 

「ん? やあ。どうしたんだいロルフ」

「アントニオが食べられるお土産もある?」

 

 控えめな声量でそう問いかけてきた男の子にしゃがんで視線の高さを合わせた青年は、ニッコリと優しく笑いかける。

「もちろんさ。えーーっとねえ、じゃあねえ、まずー……アクシオ! これとかどうだい?」

 青年はどこからともなく取り出した旅行カバンの中を漁り、そこからニンジンに「肥らせ呪文」をかけて漂白したような、見慣れない外見の野菜らしきものを「呼び寄せ」て男の子に手渡した。

 

「わあー! これなあに? 巨大まっしろニンジン?」

「ダイコンだよ。ニホンの野菜。他にも色々買ってきたから……アントニオ、今たべるかい?」

 男の子が傍らに連れていたリクガメとヤドカリと宝石の鉱床をかけ合わせたような生き物にも、青年は男の子にそうしたのとそっくり同じに、ニッコリと笑いかけた。

 

「……ほらロルフ、アントニオが食べてみたいってさ。ちょっと早いけどお昼ごはんあげよう」

「うん! これダイコンって言うんだよアントニオ。食べてもいいよ」

 

 その宝石だらけのリクガメのようなヤドカリのような生き物、いつも一緒に過ごしている何より大事な弟である火蟹のアントニオが「ダイコン」と言うらしい巨大まっしろニンジンをもりもりと齧って食べ進める様子を「美味しいかいアントニオ」と話しかけたりなどしながら夢中で観察している8歳のロルフ・スキャマンダーの小さな背中は、もう既に、彼の祖父にそっくりだった。

「……ダイコン気に入ったんだねアントニオ?」

 そんなロルフ・スキャマンダー以外にも、何人もの未就学年齢の子どもたちや、何人かのホグワーツに通える年齢に見える子どもたちが、その部屋の奥にあるもうひとつの長机の傍にあるソファに座っている小柄な魔女の周囲に集まっていた。

 

「ポピーちゃんポピーちゃんこれはなあに?」

「ねえポピーちゃんこれ美味しいよ! ポピーちゃんも食べて!」

「ポピーちゃん私この絵本読んでほしい!」

「ぼ、僕もお土産のお菓子た、食べていいかな……ポピーちゃん」

「それはヘンバモチっていうお菓子だよレジーナ。あら、ありがとうペネロピー。……今日もその絵本なのねマティルダ? それ気に入ったのね。いいよ。お膝おいで。好きなの食べてねグリム」

 

 わらわらと自分の周りに大集合して我先にと話しかけてくる子どもたち一人ひとりに優しく応対しているポピー・スウィーティングは一番小さい女の子の質問に答え別の女の子からオモチを受け取ってお礼を言い、さらに大きな絵本を大事そうに抱えて持ってきた赤毛の女の子を膝に乗せ、杖を一振りして控えめな男の子の周囲に幾つかの「お土産」を浮遊させて、食べていいと保証した。

 

「いち職員としては助かるけどさ、友人としてはいい加減謝礼を受け取ってほしいんだけどな。ていうか給料を払わせてほしい。きみのその仕事量で神秘部から給料払ってないのは財務局長としては看過できないよポピー。…………きみにコレ言うの何回目かわかんないけど」

「私は『あなたの部長』にお給料もらってるんだから、それでいいでしょヘクター。それに神秘部からも貰ったらさ、お給料を二重に貰うことになっちゃうからダメだと思うな。それに――」

 

 この「神秘部部長も務めている魔法使いの個人的な助手」が、神秘部に来る度にこうして子どもたちや動物たちの世話を手伝って、どころかむしろ一手に引き受けてくれるので、神秘部財務局局長であるヘクター・フォーリーは、同僚だと表現しても差し支えないのではなかろうかと思っているこの学生時代からの古い友人を、どうにか正式な神秘部職員の肩書きと役職を与えて給料を受け取ってもらいたいと、そうして然るべきだとずっと思っていた。

 

「私はアイツの、『個人的な助手』。――これ。これがいいの。『個人的な助手』が」

 

 ポピー・スウィーティングが神秘部職員ではない以上、規則を厳格に適用すれば一体いくつの機密漏洩が発生している扱いになるやら判ったものではなく、だからこそポピーを神秘部職員にしてしまうことでこの「懸案事項」を解決しようと、そうしたほうがいいとヘクターとセバスチャンは神秘部の管理職同士として話し合って結論し、ポピーにも学生時代からの旧友としてそう言い続けていたのだが、当のポピーは「魔法生物飼育の個人的な助手」という立場がたいそう気に入っているらしく、これ以外の肩書きも役職も要らないの一点張りで取り合ってくれないのだった。

 

「……わーかったよ、今日のところは諦めるさ。相変わらず、コイツのこと大好きだねポピー」

「僕もポピーちゃん大好きだよー?」

 

 ロルフと一緒に火蟹のアントニオがダイコン食べるのを見ていた神秘部部長の青年がそう言ったことで、ポピーの周囲の子どもたちが「僕も!」「私も!」と大合唱を始めた。

「あたしもポピーちゃん大好きです! チョコマフィンあげたいくらいです!!」

「アナタ誰にでもチョコマフィンあげてるじゃないのクローディア」

 ポップコーンを米で作ったような菓子を食べながら、女性研究員が元気いっぱいの同僚に言う。

「それはだってあたし神秘部のみんなの事も大好きだから。……あなたの事も大好きよ?」

「私もアナタの事は大好きだけど、一昨日の晩に眠い目こすりながら研究の続きしようとしてアナタたちの研究室の天井までチョコまみれにした件の始末書は自分で書きなさいよ?」

 

 同僚で幼馴染みの、一緒にここで育った一番の友人に皆の前でそう曝露されて、その魔女は3秒硬直したあとで急速に焦り始める。

「それナイショにしといてって言ったのにぃ…………!!」

 絞り出すような弱々しい小声でそう訴えたその魔女は、恐る恐る、そーっと左を見る。

 

「ちょっと僕と隣の部屋でお話しようか、クローディア・クランウェル=ブラック上級研究員」

「はい………………」

 

 部屋の壁に幾つも飾られているホグワーツ生の肖像画が額縁ごと一斉に左右に別れて場所を開け、そこに現れた扉が独りでに開く。そしてその魔女が神秘部副部長にその扉の向こうの部屋へと連行されていくのを見ながら、部屋中の肖像画たちのほとんどがクスクス笑っていた。

 

「あの子はほんとにもう…………ホントに私より年上なんでしょうね……?」

 

 この女性研究員が冗談めかしてそう呟くところまでが、神秘部の日常の光景だった。

 そして皆が好きなだけお土産のお菓子を食べ、火蟹のアントニオがダイコンを2本完食した頃。お説教されていた年若い魔女とお説教していた神秘部副部長の魔法使いが隣の部屋から戻ってきたのと同時に、さらに数人の神秘部職員たちが休憩室に入ってきた。

 

「ただいま。……良かった、ヘクターもポピーもきみも居るな。待たせてごめん、出発しよう」

「やあセバスチャン。…………そうだねぇ、行こうか」

 

 神秘部内部監査局局長セバスチャン・サロウがそう言うと、休憩室のあちこちで寛いでいた職員たちのほとんどが一斉に立ち上がった。

「そういえば、今年ももう……そんな時期ですか」

 ブロデリック・ボードがしみじみとそう言っても、子どもたちは何の話やら解っていない。

 

「どっか行くのポピーちゃん? あそびに行くの? おしごと?」

「むかしの友達に会いに行くんだよマティルダ。…………一緒に来る?」

 ポピーにそう訊かれた赤毛の女の子は少しだけ迷うような素振りを見せたものの、すぐにまたソファにちょこんと座り直した。

「ううん。わたし今からファスティディオにチェス教えてもらう約束だから行かない」

「そう? じゃあまた今度ね」

 

 子どもたちに「じゃあ私たち今からちょっとお出かけしてくるから良い子にしててね」と言い含めたポピーの隣では、神秘部部長の青年がポルターガイストのファスティディオを呼び出した。

「しばらく子どもたちを任せてもいいかいファスティディオ」

「もちろんいいとも。………………おやおやまあまあ、今年ももうそんな時期とは、いやはや」

 大袈裟な身振りで驚愕を表現したポルターガイストに、老人たちが一斉に同意を示す。

「全くだね。歳をとると時間の流れを早く感じちゃっていけない」

「私も。もう1年経ったなんて、誰かの悪質な呪詛でもかかってるんじゃないかって思っちゃう」

「僕も僕も。レジーナが生まれる時のドタバタが、まだ2週間前くらいな気がするもん」

 

 あーやだやだと言いながら諦めたように笑う青年に、ひとりの神秘部職員の男性が声をかけた。

「部長、今年は、今年からは。ロルフも連れていきたいと……僕と妻は考えてるんですが」

「もちろんかまわないよスキャマンダーくん。それを決めるのは親であるきみたちと、ロルフ本人だからね。…………ロぉールフぅ。楽しいところに遊びに行くんじゃ、ないんだけど。ちょっと僕らと一緒に来てくれるかい? 僕たちは、僕たちが今から行く所に、きみも連れていきたいんだ」

 

 他の子どもたちも皆そうであるように、8歳のロルフ・スキャマンダーもまた、何の話か解っていない。しかしこの小さな男の子はなんとなく「何か大事なお話があるんだろう」などと察したのか、少し考えてから「わかった」と返事をした。

 自分の息子のロルフがワクワクしている時は「行きたい」と言うと理解している神秘部職員のスキャマンダー氏は、「やっぱり連れて行くと決めて正解だった」と思いながら、同僚でもある妻と二人並んで、最愛の息子を見つめていた。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 神秘部副部長と、同じく財務局局長と内部監査局局長。ほか何人もの神秘部の局長や管理職たちと、大勢の研究員たち。彼らにとってこれは、とてもとても大切な行事だった。

 

 しかしその2人にとっては、単に古い友人を訪ねるのと何も変わらない楽しいおでかけだった。

 

「じゃあポートキーで一気に移動するから、みんなこれ触ってね……あ、そっとね」

 

 そう言いながら青年は、ずっと首に巻いていた金色の曲線が複雑に組み合わさって細かい模様が刺繍された灰みがかった青のマフラーをそっとほどいて広げる。

 そのマフラーに真っ先に触ったポピー・スウィーティングも、それに続いたセバスチャン・サロウもヘクター・フォーリーも青年と同じようにそのマフラーを見つめながら、揃って何か昔を思い起こしているのだろう、懐かしそうな表情をしていた。

 

「…………ともだちにもらったの?」

「そうだよロルフ。これは僕が15歳の時に、僕にいっぱいいっぱい色んな事を教えてくれた、大好きな先生のマフラーなんだ。……そう。……もらったの」

 

 そのマフラーは、8歳のロルフ・スキャマンダーが思う「ともだちにもらった」とは少々異なる経緯で青年の所有物になったものだったが、青年はあえてロルフの問いに対して肯定で返した。

 間違いなく「ともだちにもらったもの」でもあると、青年はそう考えていたから。

 

 そして、共にこれから出かける皆がそのマフラーに触れたと確認してから、青年は合図を出す。

 

「じゃあ、行こうか。……いち、……に、……さん!」

 

 ヘソの奥がぐうっと引っ張られるような独特の感覚をマフラーに触れていた全員が共有し、そのマフラーに手が接着されたまま、皆で宙に浮かび上がってぐるんぐるんと激しく回転する。

 そうしている間にも周囲の景色は目にも止まらぬ速度で休憩室から雲より高い空の上へ、そして暖かな陽光が注ぐ丘の上の砂地へと変わっていく。

 

「はい、到着。……どうロルフ? ロルフは『ポートキー』、初めてだったよね」

「すごかった……まだぐわんぐわんしてる…………」

 

 青年の問いかけにそう答えた8歳のロルフ・スキャマンダーは見るからに目を回してしまっていたが、しかしそれを今見ている大人たちにしてみれば、初めて「ポートキー」での移動を体験したばかりのロルフのその姿は、嘔吐しなかっただけ大したものだと言えた。

「最初にフィグせんせと一緒にポートキーを経験したときは僕、足くじいたんだよねぇ」

 そういった青年は、その先生がそこに居るかのような表情で、向こうの遠い空を見ている。

 そして皆でロルフが回復するのを待ち、ロルフが「だいじょぶ。行こ」と言って再び立ち上がったのと同時にロルフの傍の地面が眩しいオレンジ色の光を放って燃え上がり、不死鳥と共に火蟹のアントニオもそこに到着した。

 

 一行は2人並んで歩く神秘部の青年とポピー・スウィーティングを先頭に、そこからもう暫く移動して、地平線までひたすら続くまっすぐな草原にたどり着いた。

 そこには、数え切れないほどの大きな石でできたレリーフのようなものが、概ね等間隔にどこまでもどこまでも、びっしりと草原を埋め尽くすように並んでいた。

 

 8歳の息子に声をかけたスキャマンダー氏が、既にこの草原に来ていた老夫婦と合流してから石のレリーフのようなもののひとつの前にしゃがみ込んだのを始めとして、そこに集った皆が、各々数人ずつに別れて、別々の石の前へと向かった。

 そしてその青年とポピーもまた、懐かしい姿と名前が彫刻されたその大きな石の前に来た。

 

「ひさしぶりだね、ハイウィング」

 

 愛おしそうにその石のレリーフの翼の部分を撫で始めたポピーに続いて、青年も語りかける。

「お蔭で僕らまだ元気だよハイウィング。だから皆と一緒に、もうちょっと待っててね」

「ねえハイウィング、知ってる? 私この話したっけ? 今ね、あなたの子孫ってイギリスだけじゃなくて、アメリカにもフランスにもニホンにも、それにアフリカにだって居るんだよ。ヒッポグリフの人工飼育の歴史を取り扱った本には絶対ハイウィングとカリゴの名前が載ってるんだよ」

 

 嬉しいねえハイウィング、と語りかけながらそのヒッポグリフのレリーフを撫でるポピーにピッタリと寄り添って、青年はレリーフの下部に刻み込まれた一文を、じっと見つめている。

 

“心優しきヒッポグリフ、ここに眠る。彼女はヒッポグリフの長寿記録を30年と14日更新した”

 

 その2人から少し離れたところにある別の石の前では、ヘクター・フォーリーとセバスチャン・サロウが、その石に掘られた勇壮なグラップホーンが吼える姿を、懐かしそうに見つめている。

「よそで飼われてる子たちとか、野生の子たちとかを見る度にさ。きみたちが僕らの事をどれだけ信用して、信頼してくれてたのかを改めて実感するよ。湖畔の主…………これ毎回言ってるか」

「なあ湖畔の主。知ってるか? 最近『グラップホーンの絶滅危惧種指定を解除するべきか』って議論がネリダの部署で持ち上がってるらしいんだ。……わかる? きみは賢かったから解るよな」

 

 彼らのみならず、皆、それぞれの「懐かしい顔」に、愛おしそうに話しかけている。

 

 そんな中、いっぱい並んでいる石のひとつの前に連れてこられて、パパとママとおじいちゃんとおばあちゃんがその石に話しかけているのを火蟹のアントニオと一緒に大人しく待っていた8歳のロルフ・スキャマンダーは、ここがどういう場所なのかを、彼なりにぼんやりと理解していた。

 

「ねえパパ、ママ。その石にだれか居るの? お友達だったの?」

 

 息子夫婦がなんと言ったものやら考えあぐねている数秒の間に、その質問に答えるという大役を自ら進んで担ったのは、今年で99歳になったニュート・スキャマンダーだった。

 世界一の魔法生物学者は小さな孫の顔をまっすぐに見て、いつも通りの優しい口調で言う。

 

「この石はね、お墓なんだ。死んじゃった動物たちの姿と名前を、石に刻んであるんだ」

 

 ロルフももう8歳だから、そろそろこの説明が必要だろうと、理解しきれずとも覚えていてくれればと、そう思って彼らはここに小さなロルフ・スキャマンダーを連れてきたのだった。

「死んじゃうと、どうなるの?」

「どこにも居なくなっちゃうんだ。もう逢えないし、もう一緒に遊べないし、もう戻らない」

「そんなのやだ!!」

「そうだね。僕も嫌だ。けど、皆いつかはそうなる。僕とティナがそうなるのは、きみより先だ」

「やだ! 死んじゃやだ!」

 

 そう叫んだまさにその時、まだ8歳の小さなロルフは、気付いてしまった。

 

「………………アントニオも……?」

 

 大人たちが覚悟していた通りに、ロルフ・スキャマンダーは大粒の涙を流して泣き始める。

 火蟹はヒトと同じくらいには長生きだからおそらく一生一緒に居られる、という魔法生物学者の間では常識となっている支配的な学説を、両親と祖父母はこの時ロルフにあえて伝えなかった。

 泣き続ける孫を抱きしめたニュート・スキャマンダーはしかし、毅然とした表情で伝える。

 

「やだね。やだよ。僕もやだ。みんなやだ。けど僕らは、ずっと絶対死なないって事はできない」

「やだ!!!! おじいちゃんともおばあちゃんともパパとママともアントニオとも皆ともずっと一緒がいい!! 死んじゃうのやだ!!!!」

「聴いてロルフ。……いいかいロルフ。おじいちゃんの目を見てくれるかい」

 ニュート・スキャマンダーはそう言いながら、ロルフの両肩に正面から手を添えて、その目をまっすぐに見つめた。

 

「皆、みんな、アントニオもロルフも、ずっとは生きられない。やだけど、いつかは死んじゃう。じゃあどうしたらいいか、解るかい? ファスティディオや不死鳥と違って『死なない』って事ができない僕らは、どうしたらいいと思う? ……ロルフはどうしたい?」

 

 まだ目に涙がいっぱい溜まっているし洟水も流れ出てきて上唇をドロドロにしているロルフは、しかし尊敬するおじいちゃんの目をまっすぐに見て、頑張って考え始めた。

 そして上唇に溜まった大量の洟水が決壊して流れ落ちて顎までたどり着き、乾き果ててガラスのようにカピカピになってしまった頃、やっとロルフは自分なりの答えを見つけたようだった。

 

「僕みんなに優しくする。それでいっぱい遊んで、いっぱいお勉強して、いっぱいお話する。絶対いつかは死んじゃうなら、いま生きてるのって、すごいことなのかなって思ったから。だから僕クローカーおじちゃんともエルじいとも、ヘクターともセバスチャンともアントニオとも、みんなみんな、ポピーちゃんとも、ペットちょうともいっぱいいっぱい仲良くする。…………合ってる?」

 

 それは彼の父と母が想定していたより、ずっとずっとお利口さんな解答だった。

 

「合ってるとも。それでいいんだよロルフ。いっぱい遊んで、いっぱいお勉強して、皆に優しくしてあげようね。僕らもそうするから」

「……わかった」

 ロルフはどこまでが涙でどこからが洟水でどこがよだれかわからない顔でそう言い、そのままニュート・スキャマンダーは、ロルフが投げかけてきた最初の疑問に話題を戻した。

「それでね、ロルフ。僕ら皆いつか死んじゃうから、もう死んじゃった家族とかお友達のためにこういう物を、『お墓』を作るんだ。もう死んじゃった相手を、忘れたくないからさ」

 

 8歳のロルフに、99歳のニュートは改めてその石を見せる。今にも暴れだしそうなその墓石を。

 

「だからこの石には誰も居ないんだよ、ロルフ。この石に掘られてるレリーフはね、きみのパパとママがホグワーツの1年生だった頃に、僕が世話してたウクライナ・アイアンベリーなんだ。それでこの石の下には彼の、魔法薬とか魔法の道具とかの材料にはできない状態だった部分が埋められてる。……このウクライナ・アイアンベリーはね、僕が見つけた時点でもう、病気で死にかけだったんだ。僕はどうしても見捨てられなくて、必死で看病した…………」

 8歳の小さなロルフは、尊敬するおじいちゃんの話をじっと聴いている。

「まず、治療させてもらえるようになるまでに6時間かかった。それで、何ヶ月も。8ヶ月だったかな。そう、8ヶ月と16日だ。つきっきりで看病して、魔法薬を煎じてあげて、一時的に良くなったり悪くなったりしながら……最初に見た時の弱り具合を思えば、充分に長生きしたんだ――」

 

 ニュート・スキャマンダーは妻のポーペンティナと共に、そのレリーフへと視線を移した。

 

「――すごく頑張り屋だったんだよ、クリーデンスは。最期は眠ってるみたいだった。ねえクリーデンス、僕はきみの命が燃え尽きる最期の時を、少しでも安らかなものにしてあげられた、かな」

 

 大好きなおじいちゃんが今思い出しているのはもしかしたらドラゴンだけじゃないのかもしれないと、8歳のロルフ・スキャマンダーはこの時、なんとなくそう思った。

 ペットちょうがいつもそうしてるみたいに、おじいちゃんも、知ってる誰かを思い浮かべてその名前をウクライナ・アイアンベリーに付けたのかもしれないと。

 

 大切な思い出を語ってくれた父に続いて、ジェイコブ・スキャマンダーは8歳の息子に言う。

「ここの石に名前が刻まれてる皆はもうどこにも居ないけど、それでも僕らは逢いたくなるから。だから毎年ここに来て、彼らの事を思い出して、忘れないように、思い出に話しかけるんだ」

 

 その言葉を受け止めて、小さなロルフはパパとママに、最後にもうひとつだけ質問をした。

 

「ね。こんどまたパパたちがここに来る時も、僕ついてきていい?」

「もちろんいいよ。僕らのかわいいロルフ」

「また今日みたいにアントニオも一緒でもいい?」

「もちろんよ。私たちのかわいいロルフ」

 

 そのまま静かで穏やかな時間が流れたが、そろそろ帰るという頃になって、ニュート・スキャマンダーはロルフの話の中にひとつだけ、誰の事なのかわからない名前があったのを思い出した。

 

「……ねえロルフ、『ペットちょう』って誰なんだい? おじいちゃんも知ってるかな?」

「ペットちょうはペットちょうだよ。ポピーちゃんのペットちょう。『ポピーちゃんのペットの中で一番えらいやつ』。ほら、今もポピーちゃんの隣にピッタリくっついて歩いてるでしょ。パジャマの上からドラゴン皮のコート着て、オレンジと緑のおかしなメガネかけてる」

 

 ペットちょうはおりこうさんでね、とってもとってもすごい魔法使いなんだよ、とロルフは胸を張って保証した。そして今の説明が聞こえていたのか、セバスチャン・サロウがその「ポピーちゃんのペット長」を、肘で小突いて嗤った。

 

「ここはいい場所だけど、自分と同じ名前が刻まれた墓石がこんなにいっぱいあちこちに紛れてるのは、どれが誰なのか判っててもやっぱり慣れないね。毎年ちょっとビックリしてるよ僕は」

 そう言ったヘクター・フォーリーに「右に同じ」と同意したセバスチャンと並んで歩いている神秘部副部長の背後から、大きなヒキガエルの姿が彫られた墓石にチョコマフィンをお供えしていた年若い魔女が、名残惜しそうに何度も背後を振り返って見たりしながら、やっと追いついてきた。

 そしてそれを見て、橙と緑のド派手なゴーグルを額にかけた青年が、その場の皆に宣言する。

 

「さ、皆。それじゃあそろそろ戻ろうか」

 

 神秘部の部長とポピーちゃんのペットちょうを務めている青年がそう言ったのを合図にしたかのように、どこからともなく不死鳥が飛来する。

 

「んーーー? やあフォークス。きみも皆に会いに――」

 

 その言葉を言い切る事無く、青年の表情は凍りついた。

 

「皆ごめん先帰ってて僕行かなきゃ」

 

 飛び込んできたフォークスの長い尾羽根を引っ掴んで炎に包まれて「姿くらまし」する刹那、青年は早口でそれだけ言い残した。

 そしてすぐに、その青年とフォークスは、ホグワーツの校長室に炎と共に「姿現し」する。

 

「…………………………馬鹿だね…………アルバスはさ……」

 

 そう呟いた青年の目から、一筋の涙が流れ落ちた。

 

 そこに居たアルバス・ダンブルドアの、指先まで真っ黒に変色して萎れて枯れ果てた右腕には、以前会った時には無かったはずの指輪が嵌まっていた。

 

「ありがとねセブルスくん。精一杯の、処置を。してくれたんだね…………」

 

 青年にそう声をかけられたセブルス・スネイプの隣にはたったいま中身を使い果たしたばかりだと判る大鍋を始めとして魔法薬作りの道具や材料が散乱しており、それら全てをここに持ち込んだ当人のセブルス・スネイプは杖を持った手も顔も、全身汗だくだった。

 

 全身の力が抜けたかのように、スネイプが床に座り込んだ。

 

 そしてアルバス・ダンブルドアは、自分が11歳だったあの年に17歳だった、その先輩を見る。

 

「すいません、先輩…………僕は……儂は…………」

 

 その体と腕にあらん限りの力を込めても上半身しか起き上がれていないアルバス・ダンブルドアに駆け寄って、その青年は涙を流しながら笑って、言った。

 

「指に嵌めるんじゃなくて、手の中で3回転がすんだよ。バカだね」

 

 




 
【ジェイコブ・スキャマンダー】
 公式設定に「孫」が居るので自動的にこちらも存在がほぼ確定する、ニュートの息子。
 ファーストネームが「ジェイコブ」なのと神秘部職員やってるのは純然たる私の妄想。
 ニュートに息子が生まれたらつけそうな名前って他にあるだろうか。いや無い。

【クローディア・クランウェル=ブラック】
 存在自体が私の妄想の産物である、フィニアス・ブラックの曾曾孫。チョコマフィンがすき。
 フィニアスの名前はブラック家の家系図から黒く焼き焦がされて抹消されており、彼から繋がる子孫はおろか彼の没年すら記載が無い。つまり生きて家族と幸せにやってる可能性も一応ある。

 次回、約束したよねアルバス。

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