104年後からの今   作:requesting anonymity

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49.決心

 ホグワーツの校長室で、その2人は見つめ合っている。萎れて黒ずんだ右腕に昨年度までは無かったはずの指輪を嵌めたアルバス・ダンブルドアが「先輩」を見つめるその顔は、スネイプには「どう言葉を尽くして謝罪すれば赦してもらえるだろうか」などと考えているように見えた。

 かつて幼き日に見た、母が気に入っていた花瓶をうっかり落として割ってしまった時の父の顔に今のダンブルドアのあの表情はそっくりだと、スネイプは現状の深刻さと緊急性を忘れてしまったかのように、ぼんやりとそんな連想をしていた。

 

「ねえアルバス、僕ら約束したよね。……ねえアルバス。解ってるだろう?」

 ダンブルドアより年上にはとても見えない青年が、ぽつりと口を開いた。

 

「今この瞬間、僕が昔きみたちとした約束が、一体いくつ効力を失ったのか。そしてそれと反対に、一体いくつ効力を発揮し始めたのかって事をさ」

 

そう言った青年は、あくまでも穏やかで落ち着いた声で、セブルス・スネイプに問いかける。

「ねえセブルスくん。このままだとアルバスは、どのくらい生きられるかな?」

「クリスマスまで保つなどとは、保証できかねますな…………2ヶ月保つかどうかです」

「だよね。ありがとね、アルバスを助けてくれて。きみが居なきゃアルバスは死んでただろう」

 スネイプにそう伝えてから、また青年はアルバス・ダンブルドアの方を向く。

 

「ねえアルバス。わかってるだろう? きみが知ってる中で一番この手のモノに上手く対処できるのは。セブルスくんじゃあないって。きみより僕よりセブルスくんより、彼の方が上手だって」

 

 青年がそう言ったのと同時に、ダンブルドアの視界の奥、青年の向こうの空中が眩い光と共に燃え上がって、フォークスではないもう一羽の不死鳥が姿を現した。

 不死鳥に連れられて来たその人物は、死の淵にでもあるかのように顔面蒼白になっていた。

 それが一体誰なのか、スネイプには全く解らなかった。

 

「…………すまん……」

 

 その人物とアルバス・ダンブルドアは互いをまっすぐ見つめたまま、全く同時にそう言った。

 

「すまん…………ゲラート……すまん……儂は…………お前に、頼まねばならん事ができてしまった…………ゲラート……儂は、お前より……トムより、先に死ぬ。……ゲラート…………子どもたちを……儂の生徒たちを…………守ってやってくれんか……頼む、ゲラート……頼む…………」

 

 絶句しているスネイプを置き去りにして、その2人は言葉を交わす。

 

「やっと、やっと。……やっと私を見て、言う事がそれか。全く。全くお前と言うやつは………」

 

 かつて世界を震撼させたその魔法使いは、微かに震えながら、一縷の望みがまだ残っているかのように、たったひとりだけの、かけがえがなかったアルバス・ダンブルドアを見つめている。

「死ぬんだな。アルバス……お前、死ぬんだな。…………かつての私と、お前の過ちのせいで。まったく…………自分の『目』が、こんなに恨めしかったことはない……よりによってお前の危機が『予見』できないのでは、未来視に何の価値があるというのか…………」

「同感。…………オナイ先生の気持ちが、今やっと本当に理解できたって気がするよ。フィグ先生の事も、今回の事もさ。見たいものに限って『予見』できやしないんだから嫌になるよね……」

 

 ふたりの「予見者」はそう言って、心の中を埋め尽くしつつあった絶望を全て排出しようとしているかのように、深い深いため息をついた。

 

「……ねえゲラートくん、きみ、アルバスを1年保たせられるかい」

「……できるとも」

「その方法を、セブルスくんに今すぐ伝授できるかい」

「できるとも」

 

 その回答を聴いて、青年はさらに問う。

 

「ねえゲラートくん、きみ、トムを騙せるかい」

「できるとも」

 

 左右で色の違うゲラート・グリンデルバルドの両目に、50年ぶりに光が灯っていた。

 それは50年前まで煌々と燃えていたのと同じ堅い信念と揺るがぬ決意の炎で、ただひとりアルバス・ダンブルドアだけを除けば世界の誰にも決して消せない炎だった。

 しかしそれは同時に、50年前までとは少し違う色の炎だった。

 

 世界を震撼させたゲラート・グリンデルバルドの目の奥で燃えていた闇の魔術の暗く危険な炎ではなく、温かな色で優しく燃え続ける、永遠不変の不死鳥の炎だった。

 

 ああゲラートくんもアルバスと同じ目になったねと、青年だけがそう思っていた。

 

「…………この男が、まさか信用できるというのですか」

 セブルス・スネイプはようやく、どうにかそれだけ言って立ち上がった。

「僕がこのゲラートくんを完全に信用している理由は、たぶんアルバスがきみを完全に信用している理由と、そっくり同じだって思うよ。セブルスくん」

 

 そう言われたセブルス・スネイプは、ほんの一瞬だけ、激怒したかのように見えた。

 

「校長があなたに話したのですか」

 

「アルバスが誰かの秘密を僕に話したことなんて一度も無いよ。アルバス自身の秘密も含めてね。けど、アルバスが誰かの秘密を、僕に隠し通せたことも一度だって無いんだ。だってアルバスって隠しておきたい物事が全部顔に出るんだもん。そりゃ顔見ながら話せばわかっちゃうよ」

 

 嘘と秘密という衣を魔法界の誰より上手く着こなし、また誰より上手く剥ぎ取るアルバス・ダンブルドアをそのように評する人間は魔法界広しと言えども他には居ないだろうと、セブルス・スネイプはそう感想を抱く以外には何もできなかった。

 

「立って、アルバス。立てるだろう? それとも、もう何一つやり残した事なんて無いのかい?」

 

 そう諭されてようやくヨタヨタと立ち上がったアルバス・ダンブルドアに、青年は訊いた。

「で、なんでオミニスのお兄さんの指輪をきみが嵌めてるのか教えてくれるかい。アルバス」

 全て推察できていながら、青年は訊いた。ただ事実の確認のために訊いた。その質問に答える過程でアルバス・ダンブルドアが一体どれほどの後悔に苛まれるのかも、察していながら。

 

 そしてじっくりと時間をかけて全ての説明を聴き終えてから、その青年はもう一度言った。

 

「指に嵌めるんじゃなくて、手の中で3回転がすんだよ。バカだね」

 そう言いながらダンブルドアの手からその指輪を取り去った青年は、それを力ずくで無理やり開かせたダンブルドアの掌の上に乗せた。

「死んでしまった逢いたい人の、そうだね、『ハッキリした影』とでも言うべきものに、それを使えばもう一度逢える。まあ、その石を持ってる当人にしか見えないし声も聞こえないんだけどね」

 

 ダンブルドアはその指輪をしばらく見つめていたが、やがて元通りに、また右手の指に嵌めた。

「……別にきみがそれを今つかったって、誰も叱んないよ。アルバス」

 青年はまたしても、全て推察できていながら敢えてそう言った。

 

「父に。……叱られてしまいますから」

 

 絞り出すようにそう言ったダンブルドアから、青年はスネイプへと視線を移す。

「じゃあ、約束なんてものを引き合いに出したのは僕なんだから、僕だって約束を守らなきゃね…………セブルスくん、悪いけどミネルバくんをここに――」

 

「ミネルバをお連れしましたわ。先生」

 

 その場の全員が声のした方向を、校長室の入口を見た。あまりにも普段と違う太く力強い声だったので、スネイプは本人の姿を見るまでそれが誰の声なのかを察せなかった。

 動揺しきっているのが誰にでも判る憔悴しきった蒼い顔のマクゴナガルの隣で、ピンと背筋の伸びたシビル・トレローニーが、マクゴナガルを支えてそこに立っていた。

 

「おばあさまから伝言がありますわ。あなたは忘れているからもう一度教えてやらなきゃならないと、そう仰っていました。『6は7だけれど5は7ではない』だそうです。『1足りないから』だと。いいですわね。あたくし確かにお伝えしましたわ。ええおばあさま。お伝えしました」

 

 その言葉の意味をすぐに理解して、青年はシビル・トレローニーに訊く。

 自分が本物の予見者だなどとは全く信じられていなかったはずの、その魔女に。

 

「カッサンドラくんがそう言ってたのかい」

「ええ。つい先程そう仰いましたわ。ちょうど来年の今、おばあさまがそう仰いました」

 

 シビル・トレローニーがそのような声を出すところを直接聴いた経験があるのは、世界にたった3人だけだった。そしてこの場に居ないハリーを除いた残りの2人は、かつてのそれを思い出しているからこそ、まだ状況を理解しきれていなかった。

「校長先生。今年と来年の占い学は代役を立てていただきたく存じますわ。あたくし占いに専念しなければなりませんので。それと先生」

 シビル・トレローニーの眼光があまりに鋭かったので、その青年はビクリと怯んだ。

「なっ、なんだいシビルくん」

 

「おばあさまに頼まれたことは、モタモタせずにさっさとやらなければダメですわよ」

 

 今度は青年にも、その言葉の意味するところが解らなかった。

 

 ただ、その言葉を蔑ろにしてはいけないという直感だけを、校長室に居る全員が共有していた。

 

 そしてシビル・トレローニーが返答も待たずにスタスタと校長室から去っていった後で、ミネルバ・マクゴナガルはようやく口を開いた。

「シビルが、先程……いきなり私の、わたくしの部屋に来て、来るなり言ったのです。校長先生が死んでしまうと。今すぐではないけれど、もう助からないと。私は嘘だと思いたかったのですけれど…………シビルがあんな声を出すのを、私は聞いたことがありませんでした……ダンブルドア先生が、シビルを雇うとお決めになった本当の理由を今、私は……わたくしは。初めて知りました」

 

 ミネルバ・マクゴナガルもまた、状況を正しく理解できてしまっているからこその動揺と混乱から、立ち直ろうと努力している最中だった。

 

「シビルくんこそが魔法界における史上最高の予見者なんだって、カッサンドラくんはずっと言ってた。『私の曾曾孫はすごい予見者なんだから!』って、ずっとそれがあの子の一番の自慢だったんだけど、11歳の女の子がそんな事言っても、当時はほとんど誰もマトモに受け止めてなかった。オナイ先生にお手紙でご意見訊いて、自分でも占ってみて、とりあえずカッサンドラくん自身が、それまで誰も想像だにしなかったほどの優れた予見者だって事は解った。僕は、ね。他の多くの皆は相変わらずカッサンドラくんのことを『単なる変な子』だと思ってた……さあ、皆を連れてきてくれるかい? きみたちで手分けしてさ。いいかい? ありがとね」

 

 止まり木に2羽並んでいるフォークスではない方の不死鳥にそう声をかけた青年は、不死鳥が2羽とも全身から眩い光と炎を放って姿をくらましたのを見届けて、校長室に居る全員に提案する。

 

「……さ。お茶しよ皆。きみたち先生なんだから元気出さなきゃ。相談したいこともあるしさ」

「私は先生ではないが」

 そう言った人物に見覚えが無いと、ミネルバ・マクゴナガルはようやく気づいた。

「あなたはどなたなのですか? 校長先生のお知り合いの方ですか?」

「この子はゲラートくんだよ。ゲラート・グリンデルバルドくん。……知ってるでしょ?」

 

 その名前を聞いて杖を反射的に引き抜かない者は、あれから50年が経過してもまだ、魔法界には数えるほどしか居なかった。

「……なぜグリンデルバルドがここにいるのですか」

「きみがオーガスタくんの旦那さんを信頼していたのと同じ理由で、僕は彼を信用しているから。知ってるだろうミネルバくん? 愛には不思議な力があるんだって事を、きみもさ」

 青年は両手の指先をゆらゆらさせて杖も使わず呪文も唱えずに呪文を行使して人数分のティーセットと菓子を用意しながら、フレッドとジョージの話でもするかのような気軽さで説明する。

 

「1945年、『皆が知ってるその日』のすぐ後に、僕らふたりはゲラートくんと初めて会ったの。色々確かめたい懸念点があったし『もしその懸念が全て取り越し苦労だったならその時は』って思惑もあったからさ。それでそれから50年ずっとヌルメンガードに通ってゲラートくんと交流し続けた。だって僕ゲラートくんと仲直りしてほしかったからさ。で、僕らふたりとの間で、ゲラートくんはいくつか約束をしてくれた。その中のひとつが今ゲラートくんがここに居る理由……なんだけど。悪いね。どういう約束なのかを口外しないのも、約束に含まれてるんだ」

 

「おや、きみ口を噤むとかできたんだね。今日はまたずいぶんお利口さんじゃないか」

 

 最初に不死鳥に連れられてきたその魔法使いが杖を構えていたのでマクゴナガルとスネイプは少し警戒したが、青年とダンブルドアはそうではなかった。

「やあオミニス。来てくれてありがとね」

「オミニス先輩…………申し訳ありません……」

「おや、なんだいダンブルドアくん。きみらしくもない――」

 

 そこで何かを察した様子で沈黙したその魔法使いは、ダンブルドアの右手に杖の先を翳して何かを確かめてから、杖を持っていない方の手をダンブルドアの右肩に置いて、口を開いた。

 

「はじめまして。俺はオミニス。スリザリンの卒業生。今はもう違うけど、結婚するまではオミニス・『ゴーント』だった。あ、できれば俺の事はファーストネームで呼んでね。俺はスリザリンの直系で、ヴォルデモート卿は俺の兄の孫だよ。うちの親戚がとんだご迷惑をおかけしているね」

 

 100年ほど昔、結婚を機に妻のファミリーネームを貰って以来、ホグワーツの生徒だった頃よりも更に、本当にごく稀にしか名乗らなくなった生みの親から受け継いだ方のファミリーネームで、その魔法使いはミネルバ・マクゴナガルとセブルス・スネイプに挨拶した。

 

 しかし目の前の滑らかで艷やかな白髪の老人がなんと言ったのか、何を言ったのか。スネイプもマクゴナガルも一瞬理解できなかった。

 

 そして2人が状況に思考を追いつかせようと心のなかで苦闘しているのをよそに、オミニス・ゴーントと名乗ったその魔法使いは杖を構えたままスタスタ歩いてスネイプとマクゴナガルの間を通り過ぎ、青年がティーセットとお菓子を用意し終えていた丸いテーブルに、その青年の隣の椅子にさっさと座ってしまった。

 そして数十秒の逡巡の後に観念したのかアルバス・ダンブルドアとゲラート・グリンデルバルドが席に着き、続いてミネルバ・マクゴナガルとセブルス・スネイプも同じテーブルの残り2つの椅子にそれぞれ座って、妙な組み合わせの6人は顔を突き合わせてティータイムに臨む。

 

 スネイプもマクゴナガルも、今この場に流れる空気の重苦しさをまるで「妨害呪文」でも浴びたかのようだと、手足や指先が動かし辛いとすら感じていたが、その魔法使いは違うらしかった。

「俺はもうずっと昔にホグワーツの同級生と結婚してオミニス・『サロウ』になったからさ。皆そっちで呼んでね、できればだけど。…………それできみ、ちゃんと野菜も食べてるだろうな? ちゃんとポピーの言う事きいてるかい? 良い子にしてるかい?」

「……僕のこと何歳だと思ってるんだいオミニス」

「何言ってるんだい。同級生だろ?」

 シレッとそう言い放ってニヤリと笑った旧友のお蔭で、心の底では未だに動揺していたその青年は、ようやく平常心を取り戻した。

 

「ねえゲラートくん百味ビーンズは好き? アルバスはねえ、これ苦手なんだよ」

「知っているが。酷い味のフレーバーしか引き当てたためしが無いからだろう?」

「そだよ。…………むげぇあ゙ぁブラック校長のお部屋にあったなんかの軟膏と同じ味だコレ」

 

 その発言に、壁にいくつも飾られている歴代校長の肖像画たちの内のひとつ、いま話題に挙がった本人がすぐさま反応した。

「あの年、買い足したばかりだった私の整髪料が数分目を離した隙に空になっていたのはやはりお前の仕業だったのだな…………お前が卒業済みでさえなければ罰則を言い渡してやるものを」

「だって食べてみたかったから……」

 肖像画から目をそらして口ごもりながらゴニョゴニョとそう白状した友人に、オミニスが言う。

「全部食べちゃったのかい。一口目が美味しくなかったのに? どうしてきみはそうなんだい?」

「えっ、だって次の一口は美味しいかもしれないから…………」 

 

 いまはそんな状況ではないと理解できているのに、オミニスは思わず笑ってしまった。

「『さっきの一口は美味しくなかったけど今度は美味しかった』って経験したことあるのかい?」

「僕、諦めない!」

 左右の拳をグッと握ってそう言った青年の方に顔を向けて、オミニスは楽しそうな声を漏らす。

 

「バカだねえホントにもう…………ポピーの苦労が偲ばれるよ全く……」

 

 まあポピーはきみのそういうとこも大好きなんだろうけど、と呟いて発言を締めくくったオミニスに、意を決したらしいマクゴナガルが話しかける。

「あの、あなたはもしかして、アメリカでホーンド・サーペントや色々な蛇の飼育施設を運営してらっしゃる、あのミスター・サロウ?」

「いかにも。俺がそのミスター・サロウです。…………ふっふふ……俺がミスター・サロウ。そうなんだよなあ。俺がミスター・サロウなんだよなぁ……」

 結婚してから100年以上経ち、もう曾曾孫まで生まれたのに、オミニスは未だにこのやり取りをする度に不思議な気分になるのだった。

 

 たぶんこれが幸せってやつなんだろうと、彼は我が子が生まれた時にそう結論付けていた。

 

「あなたは、ゴーント家の人間なのか」

 

 スネイプがそう訊いたのを切っ掛けにして、その妙な顔ぶれによるお茶会にまた重苦しい雰囲気が、いくらか戻ってきた。

「そうだよ。そうだと言いたくなかった時期もあるけど、そうだよ。俺の父は俺の伯父で、俺の母は俺の叔母でもある。だってあの2人はきょうだいだから。で、その2人の妹のノクチュア叔母さんだけが俺に優しくしてくれた。ウチの一族の中で、唯一ノクチュア叔母さんだけが正気だった」

 それを聞いて少し考え込んだスネイプだったが、すぐに言葉を選ぼうという試みを中止した。

 

「闇の帝王はゴーント家の人間なのか」

 

「そうだよ。そうだってコイツが言ってたし、ダンブルドアくんが50年と少し前に、そうだね、確かあのルビウス・ハグリッドくんが退学になってミス・ワレンが死んでしまった年だったね。あの時ダンブルドアくんが俺に聞かせてくれた記憶の中に居たのは確かにマールヴォロ兄さんだった。だから、うん。そうだよ。トムの母が僕の兄の子で、父親はその近所に住んでたマグルの好青年」

 誰かを好きになるなんて経験なかったから最初の一歩目をどこにどうやって踏み出せばいいのかがわかんなかったんだろうなぁと、オミニス・「ゴーント」は姪のメローピーを想いながら手探りで百味ビーンズを一粒取り、口に運ぶ。

 

「どしたのオミニス。何味だった?」

「塩漬けレモン」

 

 オミニスがギュウッと顔を顰めてそう言った少し後、ダンブルドアがやっと口を開いた。

「ミネルバ。セブルス。…………ヴォルデモート卿は、分霊箱を作っておった。……おそらく、おそらくじゃが、……複数個。複数個作っておる。少なくとも、ひとつはホグワーツ在学中に」

「なぜ、そうお思いになったのかを、お伺いしても構いませんかな」

 

 スネイプが訊く。この場に「分霊箱とは何ぞや」という説明を必要としている者は、壁に並ぶ歴代校長の肖像画たちを含めて、ただのひとりも居なかった。

「…………スリザリンの面汚しめ。なんという穢らわしい、情けない真似を……」

 そう吐き捨てたフィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画と同じ表情で、ダンブルドア公認の現役死喰い人でもあるスネイプは言う。

 

「闇の帝王は、ある点で、非常に幼稚だ。本来ホグワーツに入学するより前の年齢で培うはずの様々なものが、いくつも欠落している」

 

 この時スネイプは既に、嘗てダンブルドアに「絶対に誰にも告げないでくれ」と懇願した己の秘密を、今この場に居る全員が把握している、もしくは遠からず把握するものとして発言していた。

 まだマクゴナガルは知らないとスネイプは確信していたが、同時にあの10代後半にしか見えない先生が秘密にしておいてくれるとは、スネイプにはとても考えられなかった。

 

「ねえ、オミニスとゲラートくんに意見を訊きたいんだけどさ、分霊箱を複数作った時って、そのさ、分霊箱本来の機能は、つまり『肉体が滅ぼされた時に魂だけはこの世に繋いどく』って機能は強くなるのかな? それとも細切れにしすぎているせいで、そのパワーも弱くなってるのかな?」

 

 その青年の質問に回答したのは、グリンデルバルドだった。

 

「どちらもありうる。分霊箱は機能を十全に発揮したとしても、魂をこの世に繋ぎ止めるのに絶大なる精神力と集中力を必要とする、と言われている。つまり、予め制作しておいた分霊箱の機能によって魂だけでこの世にしがみついている者は、どうにかして肉体を得なければ『生きる』以外の事は何ひとつできない。そんな余裕は無い。恐らくこれが1歳のハリー・ポッターに、厳密にはその母リリー・ポッターに破滅させられかけたヴォルデモートが14年間ほぼ何もしなかった理由だ」

 

「確かに、トムは去年まで、『己を十全な状態に戻す』という大目標を達成するべく動いておったのう。ハリーを始末する事すら、今考えれば二の次だったように思える」

 グリンデルバルドに続いてそう言ったダンブルドアに、オミニスが質問する。

「そうだね、でもダンブルドアくん、なぜ彼が『複数個』作っていると思うんだい? その行為の悪辣さを勘案するような子じゃないってのは、まあ頷けるけど。それだけじゃないんだろう?」

 

 マクゴナガルとスネイプが、2人揃ってダンブルドアを見た。

 

「4年前の事です。『秘密の部屋』が再び開かれました。サラザール・スリザリンがホグワーツに作っていた部屋で、そこには凶暴極まるバジリスクが隠されておりました。そしてこの件には、『現在のトム当人』は、何ひとつ関わっていません。トムが……ヴォルデモート卿が作り出した品物が『意図せずして』ホグワーツに持ち込まれたのが切っ掛けなのです。その品は、ヴォルデモート卿の学生時代の日記には、トムの魂の欠片が宿っておりました。その『トムの魂の欠片』が、それが作られた当時のトムの悪意と攻撃性のそのままに、独りでに画策した」

 

 青年もオミニスもスネイプもグリンデルバルドもその説明で納得したらしい表情を浮かべている中で、マクゴナガルだけは未だに困惑している。マクゴナガルだけが話の要旨を理解できないというのは、そうある事態ではなかった。

 

「あの、すいません。それの何が不思議……いえ、不自然、なのですか?」

「あのね。いいかいミネルバくん。分霊箱が言語道断の悪辣極まる穢らわしい品だってのは一旦おいといて、制作した当人にしてみればさ、めっちゃ大切なわけじゃんか。だって自分の魂の欠片が入ってるんだよ? そんなものにさ。『攻撃』に使うための機能なんて、つけるかい普通?」

 

 青年の説明でなんとなく理解できたらしいマクゴナガルに、オミニスがさらに告げる。

 

「ダンブルドアくんから手紙で教えてもらったことなんだけどさ。トムの日記には、『それを手に取って中に書き込みをした人物に返答する』とか『トムの魂の欠片が記憶している過去を見せる』とか、そして『そうして日記に情を移した犠牲者から生命力を徐々に吸い取る』って機能があったらしいけど。それって、本来の……変な言い方になるけど『普通の分霊箱』には無い、かなり実験的な機能なんだよ。自分の魂の欠片にさ。普通『ものは試し』で魔法かけないだろう?」

 

 オミニス・サロウ氏のその説明で、マクゴナガルはようやく皆の会話に思考を追いつかせた。

 

「…………つまり、仮に『日記の中に封じた魂』が使い物にならなくなったとしても、それは例のあの人……ヴォルデモート卿にとって。取り返しのつかない壊滅的な損失ではない、と」

「うん。僕もアルバスもそう考えてる。けど、まだこれでも、あくまでも推理だ。証拠が無い。少なくとも状況証拠は入手しないと、まだこの推理に全財産は賭けられない」

 マクゴナガルにそう言った青年に、ようやくいつもの落ち着きを少し取り戻したダンブルドアが、一層深刻な表情で、今もっとも不安視している懸案事項を説明しようとする。

 

「その事が、心配なのです。あの年、ホグワーツに日記が持ち込まれる切っ掛けを作ったのはルシウスです。ウィーズリー家へのちょっとした嫌がらせのつもりで、御主人様由来の『単なるヴォルデモート卿の私物』だと思っていたその日記を、ジニー・ウィーズリーの持ち物に紛れ込ませた。恐らく施されているであろう悪辣な防護が『血を裏切る者』の子に悪影響を与え、もしかすれば死に至らしめ、尚且つヴォルデモート卿と自身の間に繋がりがあると示す証拠を処分するという複合的な成果を得られると企図して。そして知っての通り、日記はハリーに破壊され、スリザリンの怪物も始末された。トムはあの年、まだ破滅しておったので、この事を即日は察知せんかった」

 

 ダンブルドアが何を言いたいのか、スネイプが真っ先に察した。

 最近「死喰い人として」マルフォイ邸に赴いた際、まさにその懸案通りの光景を見たために。

 

「闇の帝王は自分の日記が破壊された事を、つい先日知りました。ルシウス・マルフォイに繰り返し『磔』を浴びせるところをドラコとナルシッサは見せられておりました。ベラトリックスの奴が怯え竦む程度には闇の帝王は怒り狂っておられました。あの場で、吾輩が見ている前でルシウスめが殺されなかったというのはつまり、闇の帝王は『よりふさわしい』罰を考えついたのでしょう」

 

 セブルスくんの言葉を受けて青年がそこから先を推測し始めるより早く、2羽の不死鳥が再び炎とともに現れては消え、また現れ、次から次へと何人もの魔法使いと魔女を連れてきた。

 それを見て、青年は話題を一気に最初に戻した。

「ヘクター、セバスチャン。アン。イメルダ。それにアミットにナッちゃんもアルバスも他の皆もさ。僕ちょっと話したい事があるから、ついてきてくれないかな」

 そう言った青年は、久しぶりに会った大好きな同級生の友人たちに抱きつきたいのを我慢して、アルバス・ダンブルドアに問う。

 

「ねえアルバス。むかーし僕とした約束、覚えてる? ほら、僕らが7年生でアルバスが1年生だったあの年、きみの質問を僕がはぐらかした事があったろう?」

 

 少し考えてから、ダンブルドアは理解した。

 

「先輩は、ホグワーツで。入学なさった年からずっと、秘すべき何かを隠して守っていると……」

「うん。言ったよね、アルバス。きみがもし死ぬ時が来たら、今際の際のその時になら教えてあげられるって。だから教えてあげるよアルバス。あの質問に今答えるよ。だから皆もついてきてくれるかい? …………いいですよね、フィッツジェラルド先生」

 

 壁の肖像画のひとつが「あなたがそう決めたのなら、私たちはそれを尊重します」と優しい口調で返答したのを聞いているのかいないのか、その青年は集まってもらった同級生たちに言う。

「ね。僕ね、皆に内緒にしてた事があるの。ずっと内緒にしてたの。セバスチャンはあの年、僕と一緒に探したから、なんとなくうっすらとは知ってるよね。どういうものの話なのかって事をさ」

 恐る恐るといった表情で、まるで叱られるのを想定して竦んでいるかのようにボソボソと小声でそう言った青年の目の前で、また空中が火を吹いた。

「なあに、どうしたの?」

 フォークスに連れられてきたポピー・スウィーティングは、小さなホーンド・サーペントのマールヴォロを抱っこしたまま、いつもどおりの優しい視線を青年に向けている。

 

「ポピーちゃん。…………僕ずっとポピーちゃんに秘密にしてた事があるの。セバスチャンにもオミニスにも、アルバスにも皆にも、ずっとずっと秘密にしてたの………」

 

 怒んないで嫌いになんないでと目で訴えているその青年が、自分やヘクターがたっぷり叱った時と同じ表情をしているのを見て、ポピーは思わず吹き出すように笑ってしまった。

「えっ、何。なんだいポピーちゃん、僕ホントにホントに勇気出してこの話してるのに――」

 その青年の言葉を遮って、ポピーは言う。

「ホグワーツの地下深くにあるひろーい秘密の部屋の一番奥に保管されてる、ずっと昔にイシドーラ・モーガナークが古代魔法で色んな人から徴収したとんでもない量の『感情』の塊を、アナタが誰にも悪用されないようにずっとずっと秘密で守護してるって話でしょ?」

 

 ポピー以外の同級生たちも皆笑いを堪えていると気付いて、青年は頭の中が真っ白になった。

 

 オミニスがポピーに続いて「知ってるよ?」と言ったそのすぐ後ろで、イメルダもアンもセバスチャンもヘクターもナツァイもアミットも、皆みんなクスクス笑い始めていた。

 

 自分と同じように笑っている同級生の友人たち皆を代表して、ポピーは尚も優しく青年に言う。

 

「アナタ知らないでしょ。あの頃からずっと、自分が普段どれだけハッキリ寝言を喋ってるのか」

 

 ポピーの言葉を受け止めきれずにその場に立ち尽くしたまま口をパクパクさせる事しかできない青年を、かつて「あの子が自分から白状するまでこの事には触れないであげよう」とこっそり相談していた同級生たちは、皆ホグワーツの生徒だったあの頃と変わらない表情で見つめていた。 

 

 




 
オミニスの親たちの血縁関係については妄想です。ただ、充分ありうると私は思ってます。
改めてよく考えたら厳密には「次回から」謎のプリンスの範疇ですね。

次回、「向こうの大臣」。

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