104年後からの今   作:requesting anonymity

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5.スリザリン

「闇の魔術に対する防衛術」の教室に来たドラコたちスリザリンの5年生はまたもその先生の容姿がまるで別人のそれに変化していることに面食らったが、コイツ相手にこんな事でいちいち驚いていてはキリがないのだと理解して、すぐに落ち着きを取り戻した。

「で、どんな授業をしてくれるんだ?」

入ってくるなり挑戦的にそう言ったドラコの声を聞いて、その「先生」は穏やかに微笑む。

「やあミスター・マルフォイ。………それにクラッブとゴイルに、ノットだね?今年きみたちには……そうだねえ。教えたい事は色々あるけど、『O.W.L.試験』が控えてる以上、魔法省の方針を完全無視するわけにもいかないんだよねぇ………きみたち『実戦』と『座学』どっち先がいい?」

 

「座学です」

 

割って入るなりそう言ったのは、ドローレス・アンブリッジだった。

その「高等尋問官」なる聞き慣れない役職を名乗る魔女の、全身ピンクの服装を視界の端に捉えたらしいドラコが僅かに眉を顰めたのが、パンジー・パーキンソンにはわかった。

「あ、そう?じゃ座学しよっか。ほら君も座ってねドローレスくん。君もスリザリンだろう?」

杖を振って人数分の豪奢なテーブルとソファを出現させたその先生は「好きなように座ってね」と皆に促し、ドローレス・アンブリッジには専用の1人掛けソファとテーブルを勧めた。

不愉快そうにしながらも渋々そのソファに座ったアンブリッジは早速なにやら手元のボードに記入し始め、スリザリンの5年生たちは怪訝そうな目でそれを見つつも各々ソファやら床のクッションやら好きなように座る。

 

「さあ、ドローレスくんも皆も楽にしてね。さてミスター・マルフォイ。君は監督生だったね?という事は、よろしくない行いをしている生徒が居た場合、減点するとか軽い罰則を与えるとか、そういう権限があるよね?そしてつまりそのへんの判断、罰則も与えるのか減点だけか、はたまた口頭注意のみで大目に見るのか。もしくは誰かしら先生を呼ぶべきかというのも君が自分で考えるんだよね?……合ってる?」

 

「そうだ」と答えたドラコが不機嫌になり始めているのを見て取ったセオドール・ノットは内心で嗤い、ザビニもパーキンソンも面白そうにしていた。

「じゃあ、こうしよう。今は夜中。監督生でも首席でもないなら談話室に居なきゃいけない時間。君は廊下の見回り中にグリフィンドールの5年生を見つけた。そうだねぇ……ミスター・ポッターを見つけた。そしてどうも、期限ギリギリの宿題を提出しに行くとか、既に課された罰則をこなすために先生のところに行くとか、そういう『仕方がない理由』ではなさそう。さあ、どうする?」

「減点だな」ドラコは即答する。「ポッターの事だから僕がそう言ったら口答えしてくるだろう。その内容によっちゃ更に減点する事になるだろうな」

 

「まあ妥当なところだね。答えてくれてありがとう。じゃあ次は、別の例だ。『君の同級生が、それもスリザリンの同級生。親しい友人がその子の叔父を殺した』この場合はどうなる?」

 

ドラコの眉間に一気にシワが寄る。そんな状況を想定させられている事自体が不愉快極まるのだ。

「その設問は不適切です。それにそんな事を訊いて何の意味があるのですか」

アンブリッジがピシャリと言うが、その先生は平然と続ける。

 

「そうだね。不適切だ。けれど106年前、スリザリンの5年生だったその生徒は叔父に杖を向けて『アバダ―』まで唱えた。そこで躊躇ったわけでもない。邪魔が入ったんだ。邪魔してきた友人の事も本気で殺そうとして、決闘が始まった。幸いその生徒は、邪魔してきた友人に全く歯が立たなかった。制圧されて、激情は冷まされた。この件は明るみに出る事無く、当時の先生方すら知ること無く、その叔父を殺しかけた生徒は己の行いを後悔しながら、自分の心中の闇を拭い去る努力と並行して同学年末に『O.W.L.』に挑んだ。……6年生の始めの頃は彼、抜け殻みたいだった」

 

懐かしそうに微笑む先生を見ながら、スリザリンの5年生たちは絶句していた。

 

「作り話に決まっています。魔法省にそのような記録はありません」

「そりゃね。魔法省には内緒にしてたし、先生方にだって長いこと内緒にしてたからね」

アンブリッジの反論も、その先生は気にしない。

「さあ。もし君だったらその『彼』をどうするかな?それも仮にその彼が『やり遂げて』いたら」

 

クラッブもゴイルもノットも、そんな表情のドラコを見るのは初めてだった。

 

「先生方に、いや、魔法省に引き渡す。退学になるだろう……庇うべきでは、ない」

 

呻くようにそう言ったドラコに、その先生はさらに訊く。

「じゃあ、その基準はどこにあるかな?『減点か罰則で済む』のと『退学ひいては逮捕』の差は」

その質問に答えたのは、ザビニだった。

「『どこまで明るみに出ているか』もあるだろうが―」ブレーズ・ザビニは真剣な表情で言う。

「―取り返しのつかない事態か否かだ。元に戻らない被害か否か。死んだ人間は、生き返らない」

「その通りだミスター・ザビニ。そしてミスター・マルフォイも。答えづらい質問によく答えてくれた。だから君らに1人10点ずつあげよう。さて、この授業の目標はまさにそこだ。取り返しのつかない事態を如何に防ぐか。如何に減らすか。というわけで君たちに覚えてほしい呪文があるんだけどその前に………人に治療を施す時に使われる呪文を誰か、1つでも答えられるかい?」

 

何人かの手が上がり、パンジー・パーキンソンが指名される。

「『フェルーラ』。包帯を呼び出して巻く呪文」

「その通りだミス・パーキンソン。君はスリザリンに5点を齎したよ。さあ他には誰か……じゃあミスター・ノット。どうぞ?遠慮せずに」

手を挙げていなかったのに指名されたノットは一瞬不快そうな表情をしたが、それでも答える。

「……エピスキー。傷を治す呪文だ。但し『ある程度までの』という制限があるが」

「そうだ、ミスター・ノット。軽い怪我なら一発で治せる。君にも5点あげよう」

そこで何か思いついたらしいクラッブが勢い良く手を挙げ、ゴイルとドラコが大いに驚く。

 

「お、いいねミスター・クラッブ。言ってごらん?」

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!動けない奴を運ぶんだ!」

 

珍しく挙手までして何を言うかと思ったら1年生で習う「浮遊呪文」か、と皆が嗤うが、先生だけはクラッブの目をまっすぐ見つめ返していた。

「合ってるよ、ミスター・クラッブ。『ウィンガーディアム・レヴィオーサ』は生き物には効かないけど、担架は生き物じゃない。緊急時なら患者の服にこの呪文をかけて運んでもいい。直接治療を施す呪文じゃないけど、必要不可欠の呪文だ、ミスター・クラッブ。だから君にも5点あげよう。いいかい皆、今ミスター・クラッブが賢明にも示してくれたように、何の関係もないように思える知識が突然必要になったり、こんなの何に使うんだって思って忘れかけてた知識がある日いきなり友人を救うのに必要になったりする。それに君たちは5年生だからね。『O.W.L.』の本番だって『聞いた気がするのになぁー……』って知識を思い出す必要に駆られる。それが思い出せなかったせいで来年以降その科目を取れなくなったら馬鹿らしいからね………」

そう言いながら数枚の羊皮紙を取り出した「先生」は、アンブリッジに訊く。

 

「これを彼らにやらせるのは、別に魔法省の方針に反していたりはしませんよね?」

「それをどうやって手に………まあ、いいでしょう。他ならぬ魔法省が作成した物ですからね」

 

アンブリッジの言質を取ってから、その先生はスリザリンの5年生たちに言う。

「さあ、これは去年の『O.W.L.』の実際の試験問題だ。君たちには今からコレを解いてもらう」

「先生、僕ら5年生になったばかりですよ?それは5年生での学びを終えてから挑むものでは?」

ドラコが疑義を差し挟むが、その先生は気にしない。

「だからこそさ。ただし君たち全員で1枚の答案を埋めてもらう。いくらでも相談していい。できたら見せてね。全問正解じゃなかったらやり直し。但し―」

先生が杖をクルリと軽く振ると、何冊もの分厚い書籍がテーブルの端に積み上がった。

「2回目以降はそれを見て調べながら解いていい。……グリフィンドールの5年生たちは5回再提出したよ!さあスリザリンの優秀な5年生諸君、スリザリンらしい結束と賢明さを見せておくれ」

 

そして、セオドール・ノットが皆を代表して羽根ペンを持つ。

 

「じゃあ、いいか?『狼人間に負わされた傷に対する適切な治療法』。誰か解るか?」

奇しくも彼らが敵視し軽蔑しているグリフィンドールの5年生、それもあのグレンジャーの奴がそうしたようにノットもまた、自分は答えが解っているにも関わらず一旦周囲に問いかけた。

 

「え、どうにもならないんじゃないの?狼人間にならずに済む方法があるの??」

ミリセント・ブルストロードが誰にともなく訊き、ザビニがそれに答える。

「違う。『適切な治療が施された場合に』狼人間になるんだ。そうでなければ失血死する」

「そんなの、死んだ方がマシなんじゃないか」

ゴイルが唸る。

「そうだ。母が言うには、現にそういう選択をする奴も居るそうだ……まあ無理もない」

「………で、その『適切な治療』とは?と問われているわけだが」

脱線しかけた会話をノットが軌道修正し、ドラコは「父上が前に何か……」と呻く。

 

「『銀の粉末』ひとつはそれ。あと何か………混ぜるんだったわよね………」

思い出しきれないらしいダフネ・グリーングラスはそう言いつつも、同じソファに並んで座る友人パンジー・パーキンソンの頬を指で突く隙を伺っている。

 

「ハナハッカのエキスだ!思い出した!」

 

ダフネ・グリーングラスがパンジー・パーキンソンの頬を突いた瞬間にドラコが大きな声を出し、女子2人は揃ってビクリと跳ねるように身体を震わせた。

「銀の粉末をハナハッカのエキスに混ぜて傷口に塗る。これによって止血できる。間に合えば」

「よし、皆もその答えでいいか?……いいな?」

ドラコの言葉を受けて、ノットは同意をとった後でドラコが言った事をそのまま書く。

「次。『コロポータス』と『ステューピファイ』と『愛の妙薬』の反対呪文」

ノットが問題を簡潔に読み上げ、一同が考え始める。

「『コロポータス』は扉を閉める……というか接着する呪文だ。お前ら2人で突撃しても開かなくなる。『ステューピファイ』は失神呪文。………愛の妙薬が何かは、流石に解るよな?」

何も理解していないのが表情に出ていたクラッブとゴイルにドラコが小声で助け舟を出している横で、パンジー・パーキンソンがダフネ・グリーングラスの頬を抓りながら「『エネルベート』って呪文無かったっけ?違った?」とザビニに訊き、ザビニは「『リナベイト』だろ?」と返す。

 

「前に呪文学の授業でフリットウィックが唸ってただろう、あのロックハートまで引き合いに出して。『エネルベート』は『エネルギーを与える』って意味が如何にもありそうだから、癒師の心得が無くて軽率な奴がたまーに当てずっぽうで唱えるんだ。で、この『エネルベート』は実際の所『弱まれ』って意味の言葉だ。仮に万が一ちゃんと呪文として機能しても、どうだ?失神してる奴が復活しそうか?『弱まれ』で」

「―って所までをフリットウィックが授業で言ってたんだぞ。覚えてないのかパーキンソン」

ただでさえ上から目線な口調のザビニの解説にノットが要らない一言を付け足し、パンジー・パーキンソンは「そんなのいちいち覚えてないのが普通よ」と少々ご機嫌を損ねながら言い返す。

ドラコもクラッブもゴイルも、正直なところパーキンソンの意見に賛成だった。

 

「残り2つはどうだ?『コロポータス』と『愛の妙薬』。どっちか解るかザビニ?」

ドラコが話題を変えたい気持ちを乗せて訊き、ザビニはそれに応える。

「愛の妙薬の効果を解除する呪文は『サージト』だ。この呪文はある意味『リナベイト』と似ている。つまり、『これでもダメなら聖マンゴへ連れてけ』って基準になる」

そして残りの1つに対して答えを示したのは、なんとクラッブとゴイルだった。

 

「コロポータスが扉を閉じてくっつける呪文だってんなら、アレで開くんじゃないのか、あの―」

「あー、なんだっけ。アル、アルオ……『アロホモラ』!」

 

ずっと考えていたらしいクラッブとゴイルの2人がそう言ったのを受けて「反対意見はあるか?」と皆に訊いたドラコの声がちょっと嬉しそうだったのが、その「先生」にはわかった。

 

「よし。次だ―『守護霊呪文が吸魂鬼に効く理由』……まずどっちかの単語を知らない奴は?」

ノットが訊くと、クラッブとゴイルを始めとして何人かの生徒が正直に手を挙げた。しかし手を挙げていない奴の中にも知ってるふりをしている奴が居ることを、ノットは見抜いていた。

ノットが溜め息をついてみせた後で解説し始めるのを横目に見ながら、その先生は、こっちを見ては手元のボードに何やら書き込む、という動作を繰り返しているアンブリッジに話しかける。

「『闇の魔術に対する防衛術の授業の査察』ですよね?質問があるなら今のうちにどうぞ?」

どうせなら授業を遮って質問して立場を理解させてやろうと考えていたアンブリッジは不愉快さを隠そうとすらしないが、しかし促されては仕方がないので訊くべきことを訊き始める。

 

「エヘン、では。そうですね。まず、お名前は?フルネームでお願いします」

「オミニス・サロウ」

もはや「この人物」の発言だというだけで名乗りすら信用できないアンブリッジは即それが偽名だと理解して、手元のボードに固定した羊皮紙にその名前と「※自称」という注釈を書き入れる。

「ホグワーツで教師を始めたのは今年からですね?」

「ええ。ご存知の通り」

心底不愉快そうにアンブリッジは「実績無し」と書き殴る。

「………ご両親は魔法族ですか?」

「ええまあ、どちらも。……それが何か?」

「それを証明できる証拠はお有り?」

「まあ、ひとつくらいは家を漁れば出てくると思いますが……正直昔捨てた気もしますね」

アンブリッジはこれも勿論鵜呑みになどせず「自称純血:証拠なし」と書き込む。

 

「ホグワーツで教師を始める前は、どちらで何を?」

「昔は魔法省で働いてた事もありましたけど、最近は特には。歳ですからね」

「………ダンブルドアは『職業を3つお持ち』だと言っていませんでしたか?」

「魔法省に最後に出勤したのは80年以上前。ホグズミードの店もあんまり客は来ない。アナタのような立派な魔法省職員や他の先生方を差し置いて『働いている』と表現できるような生活態度じゃありませんよ。何せもう長いこと、やりたい事をやりたいようにやってるだけなんですからね」

 

アンブリッジは差し込まれた見え見えのお世辞にむしろ気を悪くしつつ「前職無し:無職」と書き入れ、その「自分を脇にのけて縁故採用された今年の闇の魔術に対する防衛術の教師」を見る。

「あなたはダンブルドアとハリー・ポッターの『例のあの人が戻ってきた』という主張をどの程度信用していますか?または疑っていますか?」

 

アンブリッジの質問に、その先生はまたさらりと返答する。

 

「勿論完全に信用していますよ?」

「それはなぜ?理由がお有り?」

 

露骨に眉を顰めながら訊くアンブリッジに対して、その先生は微笑みを崩さずに言う。

「古い友人を信じる事に理由が必要だとは思いませんが、強いてあげるなら……そうですね。仮に『ダンブルドアの主張は嘘でヴォルデモートは復活などしていないが周囲は騙された』という場合は騙された人々がいくらか恥をかくだけで済みますが、その逆、『ヴォルデモートは本当に復活していたが周囲はそれを信じようとしなかった』という場合は致命的な結果になると容易に想像できます。なので『ヴォルデモートは復活などしておらずとっくの昔に滅び果てている』という明確な証拠が提示されない限り、本当に復活しているという想定で動いたほうが穏当だと考えます」

 

「魔法省の公式見解ではあなたを納得させるのに不充分だと?」

「見解はあくまで見解です。証拠ではありません。それが『予見者』によるものでもない限りは」

 

露骨な嫌悪感を視線としてぶつけているアンブリッジだが、それを正面から目の当たりにしているはずのその教師は、相変わらずどこを見ているのかもよくわからない目で穏やかに微笑んでいる。

そして数分後。その2人の間に火花すら散っているように見えてきたパンジー・パーキンソンはちょっと大きめの声で「できました先生!」と呼びかけた。―喧嘩ならよそでやってよね。

 

「はい!はいありがとねミス・パーキンソン。ありがとね」

 

2回お礼を言ったその先生はパーキンソンから用紙を受け取り、自分で持っていた別紙の「模範解答」も参照しつつ、私物である魔法のかかった羽根ペンに口述筆記させて答え合わせをしていく。

 

「おしい。………けど最初の1回で参考資料無しでこれは割と凄いよ君たち。さあ違ってたとこ印つけといたから頑張ってね。今んとこグリフィンドールの子たちより優秀だよ!」

ニッコリ笑ったその先生から答案用紙を受け取ったノットらスリザリンの5年生はすぐさまどこが間違っていたのかを確認して資料を紐解き始めたのと同時に、ずっと授業風景をチラチラ見ながら「査察」とやらを行っていたアンブリッジが唐突に立ち上がった。

「おや、もういいんですかアンブリッジ先生?」

穏やかな微笑みを湛えたまま優しい口調でそう問いかけたその教師に、アンブリッジは嫌悪と侮蔑を笑顔の下から滲ませつつ返答する。

「ええ、拝見するべきものは拝見しましたし、他の授業も査察しなければなりませんので」

「そうですか。では皆、わざわざ査察なんていう嫌われ役を買って出てくださったアンブリッジ先生を拍手でお送りしよう!……ほら盛大に!」

 

一瞬ものすごい表情になったスリザリンの5年生たちはしかし、作業を中断してアンブリッジに拍手を贈る。もっとも、誰一人心からは笑っていなかったが。

そして教室から出ていったアンブリッジが廊下の向こうまで行ってしまったのを注意深く確認してから、その「今年の闇の魔術に対する防衛術の教師」は言う。

 

「査察するのは俺の授業で良かったのかい、ミス・アンブリッジ?」

 

その独り言が聞こえたものの何のことやらわからないパンジー・パーキンソンは、そんな言葉が聞こえた事自体すぐに忘れ去って「併用することで相乗効果を発揮する保護呪文の具体例」を調べる作業に戻る。パーキンソンが紐解いているその古く分厚い本は記述こそ詳しいもののあまりにも文体が古臭く、見たこともない単語が散見されるために作業は難航していた。

「ドラコ手伝って。この本ややこしい」

ドラコ・マルフォイはその救援要請にすぐ応じるが、パーキンソンの隣に来て自分もクッションに座るやいなや、その本を一瞥してギュッと眉間にシワを寄せた。

 

「……先生、これはいつの本なんです?」

 

「あー、それね。ウチから持ってきたやつで、そもそもは叔母さんに貰ったやつだから………貰った時点で結構年季入ってたんだよな……まあ少なくとも106年以上前の物ではあるね」

本のどっかに書いてあるんじゃない、とあまり気にしていない様子で言ったその先生の発言に興味は惹かれつつも、それは今取り扱うべき問題ではないと己を律して2人はそのやたら古臭い文章を読み解く作業に再び意識を集中させるのだった。

 

そしてまた答案は埋まり、先生は答え合わせをする。

 

「素晴らしい!全部合ってるよ。スリザリンの皆に10点あげよう!」

ノットが自分の体で周囲から隠すようにしてささやかに拳を握り喜びを発散させたのがその先生には察せたが、それを指摘することは無かった。

 

「さて、授業の初めに俺は言ったね?座学が先か実践が先かと。君たちは見事に座学をこなした。じゃあ次は実践だ。まだ時間は半分あるし。……さて、先程君たちには『治療に用いられる呪文』をいくつか挙げてもらった。……覚えてるよね?」

そこで例によってそんな事はもう覚えていないらしいクラッブとゴイルにドラコが小声で説明し始め、先生はそれが終わるまで待つ。

「フェルーラ、エピスキー、あと他にも『気道確保呪文』のアナプニオとかも習得しといて損は無い便利な呪文だ。ウィンガーディアム・レヴィオーサは患者の運搬に必須だし、ハナハッカのエキスも有用だね。けど、ああ『浮遊呪文』は今回は置いとくけど、これらが効果を発揮しない傷ってのもある。そんじょそこらの手段じゃ治らない傷。……誰か、例を挙げられるかい?」

 

先生が何と答えさせたいのかを、真っ先に察したのはセオドール・ノットだった。

 

「『闇の魔術』です先生。闇の魔術によって負った傷にエピスキーやハナハッカはまず効かない」

 

「その通り。まさに俺が期待してた通りの答えだ。ミスター・ノットに5点!」

そう言ったその先生は杖を取り出し、反対側の腕の、袖を肘まで捲る。

「さて、ちょっと良く見ててね。自分の腕を自分で切り落としたい気分じゃないから念入りに弱めにやるけど………俺は臆病者なんでね…………ディフィンド!」

女の子たちが悲鳴を上げ、ドラコは眉を顰める。先生の腕には痛々しい傷が刻まれ、そこからダラダラと血が流れていた。

「で、さっきミスター・ノットが教えてくれたやつね。『エピスキー』!」

先生が傷口に杖を向けてそう唱え、ついでに杖を一振りして血を拭い去るとそこにはもう傷は無かった。そして、その先生は言う。

 

「さあ。話はここからだ。この呪文の唱え方は、ちょっと教えてあげられないよ」

先生は今傷をつけて治したのよりすこし肘に近い位置に杖を向ける。

その腕にまた酷い切創を刻みつけたのが他ならぬ「闇の魔術」、それもフリペンドやオパグノなどの「学術的分類上は闇の魔術だが法律の条文やホグワーツではそうは扱われていない」呪文とも違う、自分たちの知らない暗い呪文だという事を、クラッブとゴイルすらもが本能で察していた。

 

「さて、見ててね?『エピスキー』!」

 

傷は、消えない。血は流れ続けている。

 

「次はハナハッカのエキスを試そうか。このエキスは削げ落ちた肉を補填してはくれないけど、とりあえず傷を塞いではくれる………普段ならね」

先生が杖を振って服のポケットから取り出した小瓶が開栓され、中身が傷口に注がれるのをその教室に集ったスリザリンの5年生たち皆が見つめる。皆、結果は察せていた。

 

「この通りだ。ハナハッカも効かない。ついでに言うとこの傷には『癒者のいろは』みたいな、普通の書店で入手できる本に載ってる治癒呪文や薬は何ひとつ効かない。なぜだかわかるかい?」

腕からドクドクと血を流しながら、その先生は変わらず穏やかな佇まいで授業を続ける。

ただ1人、セオドール・ノットだけが手を挙げた。

「よし、ミスター・ノット。言ってみて」

先生に指名されて、セオドール・ノットは口を開く。

 

「『そうあれかし』と創られたからだ。可能な限り治りづらい傷を負わせる呪文を、という目的で創り出された呪文による傷だからだ。その傷を負わせた呪文が具体的に何かはわからんが、おそらくその呪文を創り出した奴は、それこそ『癒者のいろは』みたいな本をいくつも参考にしながら、『よしエピスキーは効かない呪文になった、次はハナハッカも』と対策していったんだろうよ」

 

「その通り!その通りってのはちょっと違うか……『俺も同じ意見だ!』さてノット。そして皆も。こういう種類の呪文に対抗する為に生み出されたのか、それともこういう種類の呪文を創り出した奴が自分だけは治せるように準備したのかはわからないけど、『こんな傷にも効く治癒呪文』がちゃんとある。今から君たちに練習してもらう呪文だよ………」

そして先生は杖をクルクルと動かしながら、歌うような呪文を唱えた。

 

「ヴァルネラ・サネントゥール……さあ、俺の腕はどうなったかな?」

 

エピスキーもハナハッカも効かなかったその傷は綺麗さっぱり消えていた。

「さて、君たちに『自分の腕に傷をつけてみて!』なんて言えないからね。これで練習しよう」

先生が杖を一振りして1人1枚配布した羊皮紙には太く赤い線が1本だけつけられている。

「ホントはアズカバン辺りから誰かしらどうなってもいい奴を借りてきて、それを練習台にするのが一番確実なんだけど、法律がそれを許さないからね。その羊皮紙は俺の友人が昔発明した物で、『ヴァルネラ・サネントゥール』をうまく唱えられればその赤い線は綺麗に消えてなくなる。何回やっても一発で赤い線を消せるようになれば呪文を習得できたって事だ。俺の杖をよく見てね……こう振って―単に傷口を杖でなぞるだけでもいいんだけど、ちゃんと振るのが確実―ヴァルネラ・サネントゥール。さあ、みんなやってみよう!」

 

スリザリンの5年生たちが一斉に練習を開始し、教室に「ヴァルネラ・サネントゥール」の合唱が響き渡る中で、その先生はまた静かに喋り始める。

 

「君たちはグリフィンドールの子たちと仲が悪いそうだね?そして『グリフィンドールだから』じゃなくて『個人的に気に食わない』って相手も居るだろう?衝突したこともあるね?そういう時、杖を使って相手を痛い目に遭わせるだけよりも、しばらく眺めて気分がスッとしたらその傷をきみが自分で治してやると良いよ。だってほら、……その方が屈辱だろう?それに勿論友人を助けてあげられる。まあ君たちの寮監のセブルスくんはたぶんこの呪文使えるだろうけど……それでも『先生方のお手を煩わせる』のと『自分たちだけで事後処理ができる』のは、けっこう違うよ。ミスター・ザビニがさっき言ってくれたように、取り返しのつかない事態を減らそう。君たちはスリザリンなんだからそのへんも『上手く』やらなきゃね」

 

そう言いながら杖片手に教室をゆっくり歩き回るその先生は、生徒一人ひとりに声をかけ、褒めたりアドバイスを送ったりと、可能な限りみんなが成功できるようにと指導をする。

「お、ミスター・ザビニ。素晴らしい。今の所きみが一番進んでるよ。その調子だ……ノットも良いよ。けど杖はもう少しゆっくり動かした方がいい。この呪文失敗すると酷いことになるんだよね………学生時代に密猟者を練習台にしてこの呪文を習得した友人が居るんだけど、その練習台にされた密猟者の姿がもうね………グレースとレストレンジが吐いちゃったんだっけな」

懐かしそうにそう言った先生のアドバイスを、ノットは「素直に受け入れた方が賢明」だと判断して、杖を動かす速度を落とし、杖の振り方にもより一層念入りに注意を払う。

 

そして10分ほど経過した後。最初に声を上げたのはブレーズ・ザビニだった。

「よし!線が消えたぞ。どうだ先生!」

「ん?………おお、素晴らしいよミスター・ザビニ!君は素晴らしい!スリザリンに10点!」

ザビニを激賞した先生はしかし、ニッコリと笑ってザビニに問いかける。

「さてミスター・ザビニ。君は今この呪文を『初めて成功させた』。その感覚を忘れないうちに反復練習するのが『習得』への近道だと思わないかい?」

「……その通りだ」

先生が差し出した2枚めの練習用紙を、ザビニはニヤリと笑って受け取る。

 

その後もスリザリンの5年生たちは根気よく練習を続け、ノットが成功し、グリーングラスが成功し、他にも何人か成功し、ザビニがただ1人百発百中で成功するようになりクラッブとゴイルの練習用紙の赤色が少し薄くなり始めたあたりでドラコが成功して、その「闇の魔術に対する防衛術」の授業は終了となった。

「さあ皆、名残惜しいが今日はここまでだ。次の授業に遅れないようにね!それと呪文を自主練習したい子がもし居るなら、練習用紙をいくらか分けてあげるけど、どうする?」

そう提案されて、ノットもドラコもクラッブもゴイルもパーキンソンもグリーングラスもブルストロードも皆、何枚かずつ用紙を受け取ってから教室を出て行く。1人だけ呪文を習得しきったザビニも確認の為なのだろう、練習用紙を2枚持っていった。

 

そして、生徒全員が出ていった教室で、その先生は杖の先を赤く明滅させながら言う。

 

〈授業手伝ってくれてありがとね、ミラベル〉

〈気にするな。元気そうで何よりだよ〉

〈じゃあ、アイツに挨拶して行くかな。君も中に帰るだろう?〉

〈ああ、そうしよう〉

 

ずっと教室に居た透明な何かと蛇語で会話したその先生は、その透明になったままの生き物を伴って、服のポケットから取り出した旅行カバンの中へと消えていく。

「じゃ、後お願いしていいかい、ペニー?」

「もちろんです。ペニーがカバンをお運びします」

現れた屋敷しもべ妖精は『ミラベル』も中に入ったのを確認するとそのカバンを閉め、どこかへと「姿くらまし」してカバンごと消えた。

 

「やあ、久しぶり。急にわがまま言って悪かったね……あーあーあーなんだいどうしたんだい」

「久しぶり………久しぶり……会いたかった……」

 

カバンの中、涼し気な風が柔らかく頬を撫でる魔法で形作られた湖のほとりのコテージで、その「今年の闇の魔術に対する防衛術の教師」と「さっきまでスリザリンの5年生に闇の魔術に対する防衛術の授業をしていた先生」が固く抱擁を交わしている。

「なにも泣かなくても……手紙のやり取りはしてるだろう?」

「そうだけどさー……!ねえ、どうだった?直接見て。スリザリンの子たちは」

杖の先を赤く明滅させながら、その「さっきまで先生をしていた男性」は答える。

 

「もしあの子たちが、トムの側につく事を自分から選択するならしょうがない。だけどもしそうじゃないなら………どうかあの子たちを守ってあげて。お願いだ。スリザリンだってホグワーツの一員なんだって事、あの子たちに教えてあげてほしい」

 

もちろんさ、と答えた青年はしかし、一気に頬を膨らませて不機嫌を顔で示す。

「………『働いていると表現できる生活態度ではない』ってどういう事か訊いてもいいですか」

「聞いてたのかいゴメン、ゴメンよでも事実だろう好きに生きてるのは」

「きみを相手に『純血?』なんて聞くもんだから、笑っちゃうの我慢するのが大変だった」

「あのドローレス・アンブリッジって子は、もうこちらが手を差し出しても払いのけるんだろうね。あの子に関しても、俺たちは『間に合わなかった』わけだ………」

青年も、その杖の先を赤く明滅させている男性も、真剣な顔になって見つめ合う。

 

「正直、『闇の魔術に対する防衛術の教職』は手段だ。あくまでも。僕がホグワーツに戻ってきた目的はアルバスを助けるため。つまりホグワーツの生徒たちを守るためだ。そして『何から守るのか』ってのは、可哀想なトムくんだけじゃない。あの臆病なコーネリウスくんと他ならぬドローレスくんからも、守ってあげなきゃいけない。ドローレスくんは、もう、残念だけど『そっち』だ」

 

そして、青年と旧友の男性は、また一気に笑顔になる。

 

「これつけてるだけでホントに誰も疑わないんだもんね、俺ビックリしたよ!」

 

ずっと身につけていた派手極まるデザインのメガネを青年に返しながら、杖の先を赤く明滅させている男性が言う。それに対して青年が返したのは学生時代と同じ、得意気な笑顔だった。

「ふふーん。でしょ?僕の見た目がころころ変わるからって、服装だけで判断しちゃいけないよね!皆不用心なんだからー」

そして青年は、久しぶりに会った学生時代からの旧友に訊く。

 

「で、最近どう?」

「曾孫が結婚したよ」

 

それを聞いた青年は「ホントに?!!おめでとう!!」とひとしきりぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ後、急に静かになってしみじみと言った。

 

「歳を取ったねえ、お互い」

「まあね。100年以上経ってるんだもんね、あれから」

「でも、きみはまだまだ長生きしなきゃダメだって、わかってるよね?」

「君こそさ。フィグ先生の分までね。……また今度サチャリッサのお墓参り行こうよ」

 

そして青年は、その今日だけ秘密で授業を代わってもらった学生時代からの友人にもう一度ハグしてから、どこへともなく呼びかける。

「さ、お帰りだから、送ってあげてくれるかい?アルバスにバレたら怒られるからね!」

そして飛来した不死鳥は、杖の先を赤く明滅させている男性の頭の上にとまる。

 

「元気そうで良かったよ、ホントに。変わんないねぇ君は。そんなに嫌かい?『査察』」

「………やだもん。」

「ホントに変わんないね、君は」

 

そして不死鳥が翼を広げた時、青年は慌てて声を上げた。

「ねえ、誰に何点あげたんだっけ!きみホグワーツの教師じゃないから反映されてないだろ!」

言われて初めて気づいたその男性は、大急ぎで自分がやった授業を思い出して報告する。

「全部で55点!たぶん!ザビニとマルフォイに10点、パーキンソンとノットとクラッブに5点、ザビニに10点、みんなに10点………あげすぎかな?」

「他の寮の子たちにも僕がおんなじくらいの基準で気軽に点をあげてるんだから、いいさ」

 

杖の先を赤く明滅させている男性が「またね」と言った瞬間に不死鳥は炎を放ち、男性諸共「姿くらまし」した。そして久しぶりに会えた友人がまた遠い海の向こうまで帰ってしまった寂しさに心を撫でられながら、その青年にしか見えない魔法使いは、またどこへともなく声をかける。

「ミラベルも、授業手伝ってくれてありがとね。ずっと持ってる杖の先がずっと赤く光ってたら、流石に違和感持たれちゃうからね………君が目になってくれて助かったよ」

〈気にするな。私もあの子と久しぶりに会えて嬉しかったんだから〉

蛇語でそう言った見上げるほど大きなホーンド・サーペントは透明でいるのをやめて、普段棲んでいるその湖の中へと入っていった。

 

「……さあ、ちょっと休憩したらアルバスで遊ぼうかな」

 

青年は大きく息を吐きだしてからそう言うと、コテージの中へ消えていく。やるべきことがたくさんあると、その今年の「闇の魔術に対する防衛術」の教師は決意を新たにしていた。

 

 





1925年にボブ・オグデンがゴーント家を訪れた時点で
マールヴォロとモーフィンとメローピーの3人がゴーント家の「最後の生き残り」
だと憂いの篩でその時の記憶をハリーと共に見ているダンブルドアが解説している。
(ここまでは公式設定)つまりそれまでのどこかの時点でオミニス・ゴーントは

結婚して嫁さんの姓になってるんだ!(ここから私の妄想)
ダンブルドアはそれを知らないか、オミニスの人柄や姓が変わったことなどを踏まえて
「オミニス・ゴーントはもはやゴーント家の人間ではない」と考えている!
若しくはオミニスが卒業後どうなったかを全く知らない!
きっとそうだそうに違いない!

私の話ではこの説を推していきます。何?無理がある?知らないね。

「エネルベート」はある時点まで「ステューピファイ」の反対呪文として登場していたが作者が「これ『弱めろ』って意味になるじゃん」と気づいた時点で全て「リナベイト」に変更された、「公式設定から消えた呪文」。

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