104年後からの今   作:requesting anonymity

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50.唸るライオン

 ロンドン、ダウニング街10番地。イギリスに住むほとんどの人間にとって、この住所には特別な意味があった。数多くの人間が過去この場所に住み、ここで仕事をした。

 ある者は熱意と意欲に溢れ、ある者は大願成就に歓喜し、ある者は使命感と決意に満ちていた。

 

 すべての者が国に尽くした。

 

 それは、現在この場所に居住している男も同じだった。何十年もの「準備」と「我慢」の末に勝ち取ったこの邸宅は決して最終勝利者を讃えるための賞品ではない、という主観的事実に彼が辿り着くまでに、あまり長い時間はかからなかった。

 むしろ、いま被っている苦難に耐えきるだけの強靭さを培うために、その「予行演習」として自分のこれまでの政治家人生はあったのではないかと、そう考えてしまう事もしょっちゅうだった。

 

 背後で聞こえた咳払いに、その男は聞こえないふりという精一杯の抵抗を試みた。

 

「首相、魔法大臣閣下がお会いしたいと仰っています。すぐいらっしゃいます」

 

 自分以外誰も居ないこの執務室で、そう声をかけてきたのが誰なのか。この部屋の現在の主であるその男は、心の準備がすぐ済んでしまう自分が恨めしかった。

 仮に狼狽えて、錯乱などできたらどれだけ楽か。

 しかし男は英国首相だったので、そうもいかなかった。責務があるからだ。

 

 何の前触れもなかったブロックデール橋の謎の大崩落も、警察が頭を抱えている手口不明の連続密室殺人及び殺人未遂も、ここのところロンドンを覆い尽くしつつある異常な濃霧も、南部を襲った大規模なハリケーンも。予測できたはずだというあの政敵どのの言説に怒りこそ覚えども、既に発生したこれらの事象に対して早急に対処をせねばならんという意見自体には同意していた。

 現に橋の崩落現場では原因究明のための調査が進んでいるし、連続殺人は警察が総力を上げて捜査しているし、ハリケーンの被害を受けた地域には軍を派遣し補助金を出すと閣議決定した。

 

「これ以上なにをどうしろと言うのか」

 

 幾つもの悩みを頭の中で反響させながら、そう男は呟いた。

 

 今となっては長い企てと闘争の末に手にしたこの立場に勝利の歓びを感じる事など稀だったが、我が党の先達や友人や若手たちならともかく、あの無責任な政敵どのが自分より上手く英国首相をやれるとは男には全く考えられなかったし、自分はまだやれるのに他の誰かに愛する英国を任せるなど、そんな破廉恥な真似は勘案するのも不道徳だと思えた。

 

「いや、いや。私は、私だけは『さあやるぞ』という前向きな気持ちで居なければならんのだ」

 

 男はいつの頃からか、挫けそうになるとその写真を見るクセがついていた。かつて、数十年前にこの場所に居住していた、偉大なる先達。若き日の自分が政治家を志したきっかけ。

 その「唸るライオン」の肖像写真は、男にとって「勇気」と「義務」の象徴だった。彼が英国首相として立ち向かった絶大なる困難と比べればこの程度でくじけるわけにはいかないと、その肖像写真の鋭い眼差しは、見るたび男にそう思わせてくれた。

 写真撮影のために葉巻を取り上げられたからイライラしているのだという有名な裏話を何度聞いても、男がその写真から受ける印象は揺るがなかった。

 

 だから男がこの内心歓迎したくない訪問者を拒絶しないのも、決して彼らの持つ「魔法」なる馬鹿げた手段によって「会わない」という選択肢を奪われているからではなかった。

 

 治安を維持する側だけでなく乱す側も魔法が使えるという「向こう」の実情は、男にしてみれば神の与え給うた試練のように思えてならなかったし、自分がそんな厄介極まる社会を統治する羽目にならなくてよかったと、男は密かに安堵すらしていた。

 会う度にやつれているように見える「向こうの大臣どの」に、この上さらに自分まで些細とはいえ迷惑をかけるのは忍びないと、同情してもいるからこその消極的歓迎だった。

 なにせ自分は説明を受けて不安を煽られるだけでいい「向こう」の奇っ怪な懸案事項に、彼らは主体的に対処し解決しなければならないのだから。

 

「これはこれは首相、このような夜分遅くにお時間を作っていただき感謝します」

「…………今度は何ですかな」

 

 勘弁してくれと内心で毒づきながら、英国首相を務めるその男はどうにか可能な限りの落ち着いた声色を整えて、暖炉から現れた山高帽の老人にそう問いかけた。

 その山高帽の老人の姿を見た男の心の中に棲んでいる事なかれ主義者が「こやつが良いニュースを持ってきたためしは無い」「どうせまた絵本の山場みたいな厄介事だ今からでも追い返せ」と喚き始めた一方で、心の中の別の部分では「前見た時より老けたんじゃないか」と、男は山高帽の老人からなんとなくそんな印象を受けてもいた。

 

 ――コーネリウス・ファッジは、こんな、ここまでくたびれた老翁だったか?

 

 しかし男はファッジのやつれ具合に見覚えがあった。嘗て自分が若手有望株と呼ばれていた頃に見た、あるスキャンダルに巻き込まれて政治生命が終わった同輩の、あの失意の顔と同じだった。

 絶望と安堵が綯い交ぜになった、疲れ切っていながらもどこか晴れやかな顔だった。

 

「コーヒーか、紅茶でもいかがですかな」

 

 男がファッジに対してそんな提案をするのは、これが初めてだった。

「いえ、いえ。お気持ちだけで。……どう説明すれば、理解していただけるでしょうかな。魔法省本部に先ごろ『例のあの人』とその手下たちが襲撃を試みましてな。戦闘が発生しました」

 男は「例のあの人」と呼称される人物について今まで受けてきた説明を、全てしっかり覚えていた。だからこそ今の説明に違和感を抱いて、男は反射的に訊き返す。

 

「襲撃された? その『なんとか卿』は破滅して久しいと、生き延びておるという『デマ』を流布する輩が居てほとほと困っていると、あなたは以前そう仰っておりませんでしたか?」

 

 男には、自分がそう言った途端ファッジが更に老け込んで背も少し低くなったように見えた。

 

「生き延びて、…………おりました。デマではありませんでした。ダンブルドアとハリー・ポッターが真実を述べていて、我々が……、いえ、『私が』デマを流布しておったのです。結果を見れば、そういう事になります。……実を言うと私は、職を辞しました。そう望まれましたので……」

 

 ファッジが絞り出すように言ったその言葉を聞いて、男はようやく自分には困惑する以外にもやるべきことがあると思い出した。

「…………『戦闘が発生した』と仰いましたな? まさか、犠牲者が出たのですか? 職員に?」

「いえ、大規模な戦闘が――正確には私は戦闘の痕跡を見ただけですが――発生し、地下9階の天井が崩落して地下8階ロビーの床に大穴が開きましたが、職員に死者は出ておりません。防衛に参加した職員が数名呪詛を浴びるなどしましたが、大事には至りませんでした……」

 男は詳しい話を聞きたいと思い、どう訊けば詳細を聞けるかと考え始める。

 

「当然だ。あのバカが自分の部下を守りそこねるわけがあるか」

 

 男は一瞬、何が起きたのか理解できなかった。何より、視界の中央で自分と同じように仰天しているファッジの横顔が、男をより一層動揺させた。

 男が首相に就任する以前からこの執務室に飾られていて、むしろ飾られていない方が不自然だと思えたのでそのままにしていた、かの有名な「唸るライオン」の肖像写真が、額縁の中のウィンストン・チャーチルが、額縁の外に腕を伸ばして葉巻を手に取りながら眼光鋭くこちらを見ていた。

 

「あのバカがお前に会いたいそうだ。話があるらしい。その『襲撃事件』の、防衛側の中心人物だ。そのファッジに訊くよりよっぽど詳しい情報が得られるぞ」

「……あなたは、あなたは。…………マ……マグルの筈では……」

 ファッジはどうにかそう問いかけたが、肖像写真のチャーチル元首相は「そうだが何か?」としか言ってくれなかった。

 

 コーネリウス・ファッジと英国首相が共に混乱の極致に居る中、その訪問者は現れた。

 自分がいつも仕事をしている執務室の、何も無いはずの空中がいきなりオレンジ色に燃え上がって、そこから派手な色の大きな鳥と一緒に現れたその女を、恐ろしく滑らかな白い絨毯のような何かに乗って宙に浮かんでいるその女を、肖像写真のチャーチルだけが親しげに歓迎した。

 

「よく来た、よく来た。お前たちも久しぶりだな! 元気そうで何よりだ」

「久しぶりウィンストンくん。やっぱりこっちのきみはお腹まんまるだねえ。ホラスくんみたい」

「誰だそりゃ?」

「覚えてないかい? ホラスくんだよ。ホラス・スラグホーンくん」

 

 肖像写真のウィンストン・チャーチルは、そのファミリーネームを聞いて思い出した。

 

「ああ、ダイアゴン横丁の薬問屋で永久に棚を眺めていたあの小さな男の子か! 自分が迷子になっている事にも父と母が必死で探している事にもまるで気がついていなかったあの男の子!」

「そう。そのホラスくん。あの子あれから大きくなって、魔法薬学の先生になって、いっぱいいっぱい生徒を育てたんだよ。それでもう歳だからって引退してたんだけど、今度また先生やってもらうんだってアルバスが言ってた。なんてったってホラスくんお腹まんまるだからね」

 

 マグルの肖像写真と親しげに会話を続けるその魔法使いの背中を眺めていたコーネリウス・ファッジの中の遵法意識が、その発言を聞き流せなかった。

「……ダイアゴン横丁に赴いた事がおありなのですか、ミスター・ウィンストン・チャーチル?」

「おや失言だったな。無いぞ。無い! 17歳の時に内緒で案内してもらったりなどしていない!」

 悪びれもせずにそう嘯いた肖像写真から、その魔法使いへと。ファッジは睨む相手を変えた。

 

 しかし、あろうことかその魔法使いは、相変わらず滑らかな白いカーペットのようなものに乗って優雅に宙に浮かんだまま、得意げにニッコリした。

 

「ほらね? ウィンストンくんは首相になったじゃないか。それもとびきり頑張った!」

 

 その魔法使いの口調に違和感を覚えて、英国首相を務めている男とコーネリウス・ファッジは全く同時に同じ質問をした。

 

「お知り合い、なのですか?」

 

 そして肖像写真のウィンストン・チャーチルは英国首相の男に、一方の魔法使いはコーネリウス・ファッジに、それぞれ回答する。 

「14の時、ロンドン塔の内部を見物に行って、両親と弟と逸れた。そこにコイツが居た。身なりが汚すぎて髪も肌も酷い汚れ具合で性別すら判別できんかった。頭の上にドブネズミが乗っていた」

「ウィンストンくんは見たこともないくらいキレイな服を着ててねえ、シャツが真っ白なんだよ。それにね僕にねたくさんいろんな事おしえてくれたんだ。字の書き方とか読み方とか!」

 それからずっと友達でたくさん助けてもらったんだと、その肖像写真と魔法使いは異口同音にそう言ってから、お互いを見て笑っていた。

 

 大好きなウィンストンくんのお腹ぽんぽこのお写真とお話するためにここに来たのではないと、相変わらず白いカーペットのようなものに乗って宙に浮かんでいるその魔法使いが思い出すのに、それから10分以上かかった。

 

「それで、お前は何をしにここに来たんだ?」

 

 コイツさては本題を忘れているなと察した肖像写真のチャーチルが旧友にそう訊き、その魔法使いは一瞬動きを止めてから「……ほんとうだ!」と我に返る。

「そうでしたそうでした。あのねえ、きみ」

 急にその魔法使いがこちらを向いたので、英国首相を務めている男は返事ができなかった。

 

「きみさ、こないだニュースになった『押し込み強盗未遂』は覚えてる?」

「はい。被害者のボーンズ夫妻は自宅の玄関先で暴漢に襲われ、犯人は未だ行方知れずだと」

 

 まさかとは思いつつそう記憶を辿って答えた男に、その魔法使いはアッサリと機密を漏らす。

「その事件の犯人は例の『連続密室殺人』の犯人で、ダイナが食べちゃったからもう大丈夫だよ。もう大丈夫だけど、ダイナが食べちゃったから犯人はどんだけ探してももう見つからないよ。アメリアくんと旦那さんは『入院中』って事にして僕が匿ってる。んだけど、コーネリウスくん」

 ファッジもマグルの首相と同じように、急に話を振られて驚いたのが表情に出ていた。

 

「今アメリアくん職務復帰してもさ。たぶんまた別の『使い捨ての死喰い人』に襲われるよね?」

「…………まあ、そうでしょうな。アメリア・ボーンズは有能ですからな」

 

 どうにか穏便な返答ができたファッジをよそに、男は「ダイナ」とやらが一体なんなのか、如何な生き物なのかをどうか説明などしないでほしいと、それだけを一心に願っていた。

 まさか今すでに目の前に居て、ずっと視界に映っているとは、男は露ほども思っていなかった。

 

「じゃあやっぱり、一時的にウチの部署に異動してもらうか…………いや役職まで変えなくてもいいかな? とにかくまあ、避難継続ってことで。表向きは居ないものとして扱ってね」

 自分はもう魔法大臣ではないのだからそんな事を頼まれても困ると思っているのがマグルの首相にすら察せるほどありありと表情に出ているファッジに構わず、その青年は喋り続ける。

 

「んで、きみさ。そうキミ。僕ね今日はキミに会いに来たんだけど。キミ正直、『例のあの人』の事、そっちで勝手にやっててくれよって思ってるだろ? 魔法使いの問題は魔法使いだけで対処して、こっちに迷惑かけないでくれって」

 

 大英帝国首相を務めるその男は、「当たり前だろう」と言いたいのを我慢していた。

 

「…………ここのところの異常な濃霧然り、先ごろ南部を襲ったハリケーン然り。わざわざ貴方がたに奇天烈な厄介事を新しくご紹介いただかなくとも、面倒なら間に合っておるのです。いえ、ミスター・コーネリウス・ファッジ、言わせていただきます。まるで我らが、そちらの仰るところの『マグル』が。靴紐の結び方すら知らない幼子かのような物言いは、控えていただきたい!」

 

 就任以来何度も行ったコーネリウス・ファッジとのやりとりでずっと抱いていた不満を、その男はついにぶつけた。ただしファッジ本人ではなく、誰なのかわからんが「向こう」に所属している者なのだろう、白い滑らかな空飛ぶ絨毯みたいなものに乗っかって漂っている妙な服装の青年に。

 一方、マグルの首相の中に吹き溜まっていた憤りをかなり荒い語気でぶつけられた青年の返答は、極めてシンプルだった。

 

「あれハリケーンじゃなくて巨人の集団が暴れたんだよ。もちろんトムの差し金でね」

 

 なんと言われたのかが理解できなくて、英国首相を務める男はまるで靴紐の結び方すら知らない幼子のように口をパクパクさせて次の言葉が与えられるのを待つ以外には何ひとつできなかった。

「それに最近やたらめったら霧が濃いのはディメンターがそこらを飛び回ってるからだよ」

 

 そして、その青年はマグルの首相を務める男からコーネリウス・ファッジへと視線を移し、すぐにまたマグルの首相を務める男に視線を戻すと、空飛ぶ絨毯らしきものに乗ったままスーッと空中を滑るように移動して、男の目の前まで来た。

 

「それにね、魔法界って、きみが思ってるよりも、きみと無関係じゃあないんだよ。……きみの娘さんの、旦那さんってどういう職業のお人だったっけ?」

「……それがおま、アナタと。何の関係があるというのですかな」

「僕じゃなくてきみと関係があるのさ。僕はただ、きみが質問に答えてくれたほうが記憶辿るのが楽になって、きみとの会話がスムーズに進むってだけだよ」

 

 男は数秒悩んでから、自分が教えずともこの不審な若者は既にその情報を得ているのではなかろうかと、そう思い至った。なにせ相手は魔法使いで、つまり隠し立てなど試みるだけ無駄だと。

 

「…………会計士ですが、それが何ですかな」

「お孫ちゃんは何歳?」

「明日が11歳の誕生日ですが。なんですか。何か関係があるのですか」

 

 何の話なのかを真っ先に理解したのは、ずっと狼狽える事しかできていなかったコーネリウス・ファッジだった。ファッジは信じられないとでも言いたそうな表情で、青年に訊ねる。

「…………まさか、それはつまり――」

「うん。こちらのマグルの首相閣下、の、お孫ちゃんの名前は。生まれた時からホグワーツの生徒名簿に記されてる。入学することは既に決まってる。100年前から決まってる。だって、ねえ?」

 

 その青年に同調してニヤリと笑みを浮かべてみせたのは、壁に飾られている肖像写真のウィンストン・チャーチルだった。

 そして肖像写真のウィンストン・チャーチルは、まだ話を飲み込めていない現首相に訊く。

 

「お前の娘婿のファミリーネームを受け継いだ、お前の孫の名前は何だ?」

「マファルダです。マファルダ・プルウェット! それが何だと仰りたいのですか!」

 

 イライラしながら孫の名前を言った男の隣で絶句しているコーネリウス・ファッジのポカンと開いた大きな口を最後に、その魔法使いの思考は数日前に訪問したマグルの英国首相官邸であるダウニング街10番地でおこなった会話の記憶から、自分が今いるホグワーツの校長室へと、そしてこれから向かう地下深くの一番奥にあるイシドーラ・モーガナークの置き土産へと急速に戻っていく。

 

「ねーえー。ねえ! いつまでイジケてるつもりなの? 案内してくれないの?」

 

 ホグワーツの校長室で、大好きな友人たちに15歳の時からずっと隠し通していた秘密をついに打ち明けるつもりだったのに実はその秘密がとっくに皆に知られていたと教えられたその青年は、すぐさまズルンとワタリガラスに変身して翼を広げてフォークスの隣に逃避し、30分経っても止まり木から降りずに、先日のマグルの首相との会話など思い出しながら黙りこくっていたのだった。

「ほーんとにもう、全然変わってないねきみは」

 ナツァイ・オナイともども急に召集されてはるばるワガドゥーからやってきたアミット・タッカーがどこか楽しげにそう言った一方で、グリンデルバルドとスネイプとマクゴナガルの3人は揃って眉間に深い深いシワが刻まれていた。

 

「そやつが機嫌を直すのをなにゆえ待たねばならんのかね」

「俺たちはホグワーツの生徒だった頃からずっとこうやってコイツで遊んでるのさゲラートくん」

 

 そう言ったオミニスは容赦なくフォークスの止まり木へと手を伸ばして、そこで目を閉じたままギュッと身体を細めてそっぽ向いていたワタリガラスを捕まえる。

「ほら、俺たちを『地図の間』の先に案内してくれるんだろう? フィグ先生の最期の場所にさ」

 

 オミニスにそう言われた途端、そのワタリガラスはべっちゃりと変身してヒトの姿に戻った。

 

「…………ナッちゃんアミットひさしぶり。来てくれてありがとね」

「はいはい久しぶり。変わんないねきみは」

 

 長いこと会っていなかった同級生2人に挨拶した10代後半くらいに見える絹のようなプラチナブロンドの髪をした若い娘は、自分に杖を向けて衣服のサイズを調節し直すと、奥の棚に乗っかってグリフィンドールの剣を嘴で一心不乱に啄き続けていたもう1羽の不死鳥に声をかける。

「ほら、遊んでないでさ。地図の間にみんなを連れてってほしいんだけどな」

 

 そう言われて振り向いた不死鳥の目は、遊んでいたのはそっちだろうとでも言いたいかのように、グリンデルバルドには見えた。

 そして一同は、プラチナブロンドのお嬢さんになった「ダンブルドアの先輩」に促されるまま、グリフィンドールの剣に勝負を挑むのをやめて校長室の中央の空中で羽ばたいてホバリングし始めた不死鳥の、尾羽根を掴む。

 

 不死鳥が一声啼き、その場の全員の視界が眩い炎によってオレンジ色に染まった。

 

「…………ここを、あの年に。きみとフィグ先生が見つけたのかい?」

「そだよセバスチャン。そういえばセバスチャンを連れてきたことはなかったねえ」

 

 マクゴナガルとスネイプが「ホグワーツ城の下にこんな広大な空間があったのか」という驚きを処理しきれずに立ち尽くしている一方、その小柄な魔女は去年このホグワーツで「防衛術」の講師を務めた魔法使いを見つめて、その魔法使いがこちらを見て目が合うのを待ってから、言った。

 

「まず片付けなさい。いくらなんでも散らかしすぎだよ」

「ゴメンナシャイ…………」

 

 自分たちが今いる、ゴブリンの銀ともまた違うように見える不思議な金属で構成された丸い床の部屋は、どうやら地下深くの驚くほど広い洞窟の天井近くの高い位置にあるらしいと、柵をこえてどこかへと飛んでいってしまった不死鳥の後ろ姿を眺めながら、マクゴナガルはそう考えていた。

 そしてスネイプが眉間にシワを寄せて見ている前でその魔法使いはマダム・スウィーティングに小言を言われながら杖を振って床にこびりついたジュースのシミを落とし、カーペットやタンスや罵詈雑言を撒き散らしながら一輪車で綱渡りする小さなアンブリッジ人形などのガラクタ類などなど、床を埋め尽くしていた私物を足元にたまたま転がっていた開けっぱなしだったトランクケースの中へまとめて詰め込んだ。

 

「あ! こんちはラッカム先生! それにバカー先生とフィッツジェラルド先生に――」

 

 正面の壁に4つ並んでいた大きな大きな静物画だとマクゴナガルが思っていたものの中に次々現れた肖像画たちに、その魔法使いは親しげに挨拶している。

「ルックウッド先生もこんにちは!」

 その名前が聞き捨てならなかったらしいスネイプがビクリと反応したが、当のチャールズ・ルックウッドの肖像画はスネイプなど気にもしていない。

 

「…………案内するんだな?」

「そうです。ルックウッド先生」

「ミスター・ダンブルドアに、見せてあげることにしたのね?」

「はい。フィッツジェラルド先生」

 

 サン・バカーとパーシバル・ラッカムとも一言二言会話を交わしてから皆の方に向き直ったそのプラチナブロンドの魔女は、何かを思い出したように突如その表情を一変させた。

 

「そうだ! そうだよそうなの僕ねえ皆に見せたいものがあるの!!!! ギャレスとサッちゃんにはここに移す前に見てもらった事があるんだけどねえ――」

 

 嬉しそうに早口で喋り続けているその魔女が手に持っているのは、ゴブリン製でもなさそうな、不思議な金属らしきものでできた妙な杖。

 

「――じゃあ、先生たち。僕行ってくるね! ほら行くよアルバス!!」

「行くってどこにですか。この部屋はどう見たって行き止まりじゃ」

「ねえポピー、きみはここ、来たことあるんだよね?」

「そうだよアミット。去年もちょくちょくここで一緒に寛いでたんだ。あ、あと確かオミニスも、オミニスは私たちが7年生だった年に……あれ、6年生の時だっけ? ここを紹介されたんだって」

 

 不思議な杖を持った魔女は、床を見つめている。

 

「……これは、単なる星空模様ではなくて、ホグワーツですか」

「そだよミネルバくん。だからここを地図の間って呼んでるんだけど。でも、それだけじゃない」

 

 風呂の栓を抜いたように床の星空が下へ下へと引いていくのを、そこから下り階段が顔を出すのを、他でもない、この部屋に何度も来たことがあるポピー・スウィーティングが他の誰よりビックリしながら見つめていた。

 

「ぜんぜん、私ぜんぜん、全然気づかなかった…………」

「さ! イシドーラの置き土産を見に行こうね。でもその前に、その途中に!」

 

 そこで言葉を切ったその魔女は、皆を案内しようともせずに勝手にずんずん階段を降りていく。

 

「僕らも行こうかダンブルドアくん」

「そうですね、タッカー先輩」

 

 そして、スキップなどしながら先へ先へ下へ奥へと進んでいくその魔女を連れ立って追いかけた皆が見たのは、俄には受け入れがたい光景だった。

 

「やあヴィットーリオ。元気にしてたかい? アーノルドとはちゃんといつもみたいに――」

 

 その魔女がそこから先を言おうとした瞬間、太い尻尾でバランスをとって力強い後足だけで立っているそのヒッポグリフを一呑みにできそうな大きさの生き物は、聞いた者の耳を引き裂いてしまうほどの轟音で咆哮を上げた。

 世代こそ違えど各々ホグワーツの生徒だった頃にその生き物を本で読んだことがあったマクゴナガルとスネイプは、声を揃えてその魔女を問いただす。

 

「あなたは、一体! ホグワーツの地下で何を飼っているのですか!!」

「ティラノサウルスつくった!!! どうだいカッコいいだろうヴィットーリオは!!」

 

 ああ、あっちで飛んでるのはたぶんプテラノドンかケツァルコアトルスで、それで向こうからこっちに一目散に突進してきてるのはトリケラトプスだと、ダンブルドアは現実から目を逸らしつつその光景をぼんやりと眺めていた。

 

「向こうを並んで歩いてるのは何ていう生き物だい?」

「ブラキオサウルスだよアミット。名前はシャーロットとクレア」

「きみはこの事を知ってたのかいヘクター?」

「ヘクターには内緒だよアミット!! 内緒にしといてね!」

 

 すぐ隣にいるヘクター・フォーリーに睨まれているのにもかかわらずそう言ったプラチナブロンドの魔女はティラノサウルスのヴィットーリオに負けじと吼え返すと、自分たちが17歳だったあの頃と同じようにアルバス・ダンブルドアの手首を掴む。

 

「さーアルバス! 紹介したい子たちがここにはいっぱい居るんだ!」

 

 困惑したまま手を引かれていったダンブルドアを、ティラノサウルスに乗っけてもらって困り果てているその背中を、グリンデルバルドだけが見ていた。

 

「待ってください先生、待ちなさい!! いったいいつからここでこんな事を!」

「僕が7年生でアルバスが1年生だった年からだよ。元気いっぱいだねえアーノルドぅ!!」

 

 突進してきたトリケラトプスに撥ね飛ばされながらそう返答した「ダンブルドアの先輩」がすぐ立ち上がってトリケラトプスの鼻先に抱きついたのを見ながら、マクゴナガルもスネイプもただ不機嫌なライオンか何かのように低い声で唸る以外には何ひとつできなかった。

 

 グリンデルバルドすら戸惑いを隠せていないのをよそに、「こうなった責任は自分たちにある」と。17歳だったあの年を思い出しながら、その魔女の同級生たちは思っていた。

 

 




 
マファルダ・おそらくプルウェット
 モリー・ウィーズリーの又従兄弟の娘。父が会計士で恐らくスクイブ、母がマグル。
 原作者が「炎のゴブレット」を執筆中だった頃の構想にだけ存在し、結局はリータ・スキーターにストーリー上の役割を完全統合されて没になったキャラクター。
 彼女の父親はモリーの「またいとこ」なので恐らくファミリーネームはプルウェットではない方が自然な気もするが、この話ではプルウェット。その方が物語性があるから。

※今回登場したマグルの英国首相は架空の人物であり、現実のイギリスで1996年当時首相を務めていた政治家とは別人だと考えていただきたい。

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