104年後からの今   作:requesting anonymity

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52.マルフォイ家の闇の中

「……! いや、あれはアニメーガスではないな」

 

 マントの裾が風にはためいて大きなコウモリのような後ろ姿になっているその人物は、そう呟きながら杖を下ろした。

 そして男は足早に屋敷の中へと入り、屋敷しもべのように這いつくばって床を拭き掃除しているオーガスタス・ルックウッドには一瞥もくれずに奥の部屋へと歩みを進める。

 

「よく来た、俺様はお前を待っていたぞ」

 

 部屋の一番奥の暗がりからそう声をかけてきたのは、本来ならこの邸宅の「客」であるはずの人物だった。この邸宅の本来の主、由緒正しきルシウス・マルフォイは、スネイプが扉をくぐってきたのを見た途端、全身の力を振り絞ってどうにか床から立ち上がる事に成功した。

 

「わたくしめに新たな任務をいただけると聞いて急ぎ馳せ参じた次第でございます、我が君」

 

 セブルス・スネイプは、敬々しく跪いて頭を下げた。

 

「間違った理解ではないが、正しい理解でもないな。俺様は、ドラコに、新たな任務を与える。そしてお前には、ドラコがそう望んだ場合に限り、補佐役を任せる。つまりお前に任務を与えるか否かを決めるのはドラコだ。お前はドラコの意思に従うのだ。望まぬなら、補佐してはならん」

 

 その場に居る全員が、察している。これはドラコが闇の帝王にとって有望で重要なのではなく、ドラコにこの任務を与える事それ自体が、罪を犯した愚か者への刑罰なのだと。

 学生時代の後輩が眉間にシワを寄せて訝しげにこちらを見つめていても、ルシウス・マルフォイは何も言わない。今の自分に発言などという大それた真似が許されるわけがないと、未だ身体に残る「磔の呪い」の痛みに耐えながらルシウスは確信していた。

 

「恐れながら、我が君。こやつは一体何をやらかしたのですか? 先日仰っていた『品』とは何か、我が君は私めに、詳細をお伺いする事を許してくださいますか?」

 

 恐る恐るという声色と表情を注意深く作り上げながら、スネイプは自分が既に把握している秘密を、そんな事実はおくびにも出さずに落ち着き払った態度でヴォルデモート卿に訊いた。

 その瞬間に激怒した闇の帝王が弾かれたような勢いで立ち上がり杖を振り上げたので周囲の死喰い人たちは1人残らず死を覚悟したが、ドラコにはそんな熟練の反射神経も心の余裕も無かった。

 ただ1人、杖を鼻先に突きつけられたセブルス・スネイプだけが、眉も動かさず立っていた。

 

「…………ありがとうございます、我が君」

 

 平然とそう言い放ったスネイプを、ベラトリックスとドロホフは驚愕の眼差しで見つめている。

「その面の皮の厚さも、お前の武器といえば武器なのかもしれんな。よかろう。俺様が、俺様の怒りを、お前たちに説明してやろう。……まず、ベラトリックス。俺様がお前に何かを渡したとすると、お前はその品をどう取り扱うか?」

「最も安全な場所に最大の保護を施した上で保管いたします我が君」

 ベラトリックスは即答した。

 

「最も安全な場所とは具体的にはどこだベラトリックス?」

「肌身離さず持ち歩きます我が君」

 

 またしてもベラトリックスは即答したが、その答えが想定外だったらしいヴォルデモートがほんの僅かに面食らったのを、その場でただ1人スネイプだけが鋭敏に見抜いていた。

「よかろう。お前とドロホフに限って言えば、最も安全な場所に保管することと肌身離さず持ち歩くことは等しいと言えるだろう。…………では、その品を所持している時に、ダンブルドアめと遭遇したならばお前はどうするドロホフ?」

「品の安全が最優先ですので尻尾を巻いて逃げます。それが我が君からいただいた別の使命に反する事を意味しない限り、ですが」

 ドロホフもまたベラトリックスと同じようにハッキリとした発声で即答した。

 

「よかろう。ではドロホフ。到底肌身離さず持ち歩くことなど叶わぬ品であるならば?」

「………………グリンゴッツに、預けます。保護魔法は専門外ですので、私如きが知恵と知識を絞って保護を施し考えうる限りの安全な保管場所に秘匿するより、その方がいくらか安全かと」

 

 じっくり悩んだ末、最高の解答ではないと確信しているのが誰の目にも明らかな悲痛の表情で、ドロホフは弱々しい声でそう述べて頭を下げた。

 

「構わぬ、ドロホフ。お前は及第点の解答をした。……しかしこのルシウスは、罰則に値する解答をしたのだ。こやつに俺様が保管を任せたのは、俺様の学生時代の日記だ」

 その瞬間ベラトリックスとドロホフが同時に杖を抜いてルシウスを睨んだが、杖を引き抜いただけで構えようとはせず、何か呪詛をぶつけようともしなかった。我が君が既に罰を与えているので自分たちにはこの愚か者に罰を与える事は許されていないと、2人は全身全霊で己を律していた。

「あの日記は俺様のかつての挑戦的な実験の記録なのだ。俺様はこやつを信頼して預けたのだ。しかし、それ自体は別に高級品でもない市販の日記帳だ。しかも俺様の私物、つまり年季の入った古臭い品だ。高貴なるマルフォイ家にはふさわしくないと、こやつは判断したらしい」

 

 ヴォルデモート卿は一瞬だけドラコの方に目をやり、またすぐに正面のスネイプを見る。

 

「こちらの彼はアーサー・ウィーズリーの末娘の手荷物に俺様の日記を紛れ込ませたのだ。俺様の日記は俺様の日記であるので、きっとそこには何らかの呪詛が施されているであろうと予測して。アーサー・ウィーズリーへの嫌がらせに俺様の日記を使用したのだ。そしてこちらにおわす聡明なるお方が予測した通り、学生時代の俺様は日記に幾つかの実験的な魔法を施していた」

 

 ヴォルデモート卿は、とうとうルシウス・マルフォイの名前すら呼ぼうとしなくなった。

 

「こちらにおわすお方の予測した通りに日記の魔法はウィーズリーの末娘を苛み、結果として引き起こされたのがお前もよく知っている『ハリー・ポッターが2年生の時の事件』だ。ポッターめは全ての原因が日記だと悟り、日記を破壊した。こちらにおわすお方は『ダンブルドアが破壊した』と俺様に説明したがな。スリザリンのバジリスクを、不死鳥の助けを借りて始末したポッター小僧は、バジリスクの牙で日記を破壊したのだ」

 

 ベラトリックスは「闇の帝王に嘘を言ったのかい!」と叫んだが、叫ぶ以上の事はしなかった。

 

「……つまり、我が君から与えられた品を己のつまらぬ目的のために利用し、結果損壊させた事、そしてそれを我が君が十全なお力を取り戻されてからも丸1年もの間報告しなかった事。これらがルシウスの罪だというわけですな。確かに、万死に値します。敵対するより重罪ですらある」

 スネイプはルシウス・マルフォイをちらりとも見ず、冷淡にそう言った。

 そしてヴォルデモート卿は居並ぶ死喰い人たちの末席、ペティグリューの隣で立ち尽くしている哀れなマルフォイ家の親子3人に視線を向けながら、スネイプの言葉を肯定する。

「左様。しかし俺様はこやつに、挽回の機会を与える。さりとて、こやつはもはや信用ならぬ。何一つ任せられぬ。であるからして、俺様は、愚かな父親なんぞよりもよほど見込みのあるドラコに、特別な任務を与える。成し遂げれば俺様は寛大な心でお前の父親を赦そう。しかし万が一にでもお前がしくじるような事があれば、ナルシッサ共々、お前の父親の命は無い。よいなドラコ?」

 

 ドラコは返事をしようとして声が出せず、辛うじてヴォルデモート卿の方を見たまま頷いた。

 

「ではドラコ。お前に任務を与える。お前が7年生になるまでに、ダンブルドアを始末するのだ」

 

 ナルシッサは闇の帝王に抗議しようとして、ベラトリックスに無言で口を消された。

 ベラトリックスは実の妹を鋭く睨んで「今すぐ殺されたいのかい!」と口の形で諌めている。

 

「できるな、ドラコ?」

 

 闇の帝王にそう問われて、ドラコは「やります」と返事をするしかなかった。

 それから数日後、今年度新しく使う学用品を買い揃えるためにダイアゴン横丁に赴いても、ドラコもルシウスも表情に光は無かった。

 何やらナルシッサがベラトリックスを連れてスネイプの家に急行したとドロホフに報告を受けても、ヴォルデモート卿は全てを察した上で、それを追認した。

 

「3人とも外出させて良かったのですか我が君? 逃げるのでは?」

「逃げる勇気があると思うかドロホフ。カルカロフの奴を見つけ出して始末したと、お前が俺様に報告する様をつい数日前に目の前で見届けたばかりなのにか?」

 

 ヴォルデモート卿はそう言いながら身体の力を抜いて、ゆったりと背もたれに体重を預けた。

 そしてヴォルデモート卿が推察した通りにナルシッサはスネイプに我が子を助けるよう求め、ベラトリックスの予想に反してスネイプは「破れぬ誓い」を、ナルシッサの要求通りに結んだ。

 

「ほう、承諾したか。俺様は口八丁で拒否するものと思っていたぞ」

 帰るなり即すっ飛んで来たベラトリックスから全てを報告されて、ヴォルデモート卿は愉快そうに声を上げて笑った。

 

 一方、父上と共にダイアゴン横丁に来たドラコは、最も会いたくない相手と鉢合わせしていた。

 

「あ、ドラコ! それとドラコのお父様! ドラコも新しい教科書とかの色々を買いに来たの? ねえねえ一緒に見て回りましょ! いいでしょ?」

 人混み越しに目が合った途端、姉の手を振りほどいてまで嬉しそうに駆け寄ってきたアストリア・グリーングラスに両手を握られても、ドラコはその場から逃げ出す事すらできなかった。

 

「アストリア! 急に走り出しちゃダメって言ってるでしょう。もう……ごめんなさいねドラコ。こんにちはドラコのお父様。妹がご迷惑をおかけしました。――ほら行くわよアストリア」

「えー、やだ! あたしドラコと一緒がいい!」

 ドラコもルシウスも、アストリアを拒否する正当な理由が見つけられなかった。

「………………いいだろう。……構いませんよね父上?」

「もちろんだともドラコ。ただ、そちらのお父上とお母上に御了承いただけるのならだが」

 ルシウスは一縷の望みをかけてそう言ったが、ダフネの背後からゆったりと追いついてきたグリーングラス夫妻は、実にアッサリと同行を快諾してしまった。

 

「やった! ねえねえドラコ、今年の『防衛術』の先生はどんな人かしらね? あたしは去年と同じだったらいいなって思ってるんだけど、それはできないのよね?」

「……そうだ。『防衛術』の教職には、…………闇の帝王が呪いをかけたと言われている。それによって、あの科目の教授職を2年以上続けて務めた人物は居ない。お前が覚えてるルーピンもムーディも1年で辞める羽目になっただろう。1年で辞めなければどうなるか予想ができないから、去年『あの先生』は最初から1年だけという約束で『防衛術』を、1年間僕らに教えてくれていたんだ」

 

 闇の帝王が話題に登ってしまい、その上「闇の帝王が呪いをかけた」とアストリアの透き通るような瞳を見ながら言ってしまったという事実が、ドラコの心を抉った。

 

「ねえドラコ。妹と手を繋いであげてくれないかしら。私だけだと今みたいに、急に走り出した時に振りほどかれちゃうから……こういう場所だと、ずっと捕まえとかないと安心できなくて……」

 こちらにそう小声で囁きながら妹の右手をしっかり握り直したダフネの要求も、ドラコは拒否する理由を見つけ出せなかった。

 

「あら? なあにドラコ。あたしに手を繋いでほしいの?」

 

 ドラコの抱える事情など当然何ひとつ察せていないアストリアが放ったその頓珍漢な言葉はしかし、何の因果か、決して的外れではなかった。

 この時のドラコには間違いなく、手を繋いでくれる誰かが必要だった。

 

「…………そうだ。手を、繋いでもいいか」

「んふふー。いいわよ。あたし手を繋いであげる!」

 

 姉に右手を捕まえられたまま嬉しそうにアストリアが差し出してきた小さくて柔らかな左手を、ドラコは自分の手が震えていないのを確認しながら、恐る恐る握った。

 

「アストリアあなた今年もう4年生になるんだから、もうちょっと落ち着きを覚えてくれるとお姉ちゃん嬉しいんだけれど?」

「えー。あたし落ち着いてないかしら?」

「……僕はまだ何一つ買ってないんだが、お前は先ずどこに行きたいんだアストリア?」

「んーとね。じゃあフローリシュ・アンド・ブロッツに行きましょ! 教科書買いましょ!」

 

 ドラコは背後の父上とグリーングラス夫妻に「構いませんよね?」と無言で確認してから、自分とダフネを引っ張ってずんずん進んでいくアストリアに離されないように少し歩幅を広げた。

「昨年度は娘たちが坊っちゃんに随分世話になったようで。感謝しますわルシウス」

「こちらこそ。そちらのお嬢さんに随分ドラコと仲良くしていただいているようで」

 父上がグリーングラス夫妻と当たり障りのない世間話をしているのを聞きながら、ドラコがアストリアに、己の心中の不安や懸念を万が一にも悟らせないために、そんな事で気を揉まずに心置きなくダイアゴン横丁でのひと時を楽しんでもらうために採った手段は、閉心術だった。

 

「ねえねえドラコぉ。ドラコも魔法生物飼育学は取るわよね?」

「あ、ああ。ヒッポグリフに腕の骨を折られてから『先生の忠告は大袈裟だと思ってた』なんてマヌケもいいところだからな……腕の骨ならともかく、マンティコアの尾で腹をぶち抜かれてからじゃ遅い……『尾の毒は人を即死させる』って知ってるのと知らないのとじゃ、逃げ方も変わる」

 

 アストリアとの会話に応じながら、きみと会話ができて楽しいという声色と表情を作りながら、ドラコは心を閉ざしていく。去年、アストリアがポッターたちに遊んでもらっている間にスリザリンの友人たちと訓練した、あの先生に教えてもらった後もずっと密かに練習し続けていた閉心術はこんな形で使うつもりで身につけたのではないというやり場の無い悔しさを、ドラコはまず最初に心の中から追い出した。

 父上の痛ましい御心も、心配なさっているだろう母上も、いま背後の遠くから聞こえた謎の爆発音も心の底のできるだけ暗い闇の中へと追いやり、自分の視界に映らないように深く沈めた。

 アストリアの声も、少し強く握るだけで壊してしまいそうな小さな手のぬくもりも、ドラコは心の中に入ってくる前に遮断していた。

 

「あ、フローリシュ・アンド・ブロッツについたわ。行きましょドラコ!」

 

 アストリア・グリーングラスは、とうに姉が自分の右手を離している事にも気付かない様子で、ドラコと一緒のダイアゴン横丁巡りを楽しんでいた。

 ドラコに手を繋いでもらったまま店内に入っていったアストリアを、姉のダフネとルシウス・マルフォイとグリーングラス夫妻は、少し距離を空けて付いて行く。

「まずはなんと言っても『基本呪文集』よね。あたしは4年生用の。ドラコは6年生用の! ねえねえドラコぉ。6年生の呪文学ってどんなの習うの? すごいの習うの? お姉ちゃんったら教えてくれないのよ! 『アナタにはまだ早いわアストリア』って。あたしもう4年生なのに!」

 

 それは「ドラコから聞くほうが嬉しいでしょ」という、姉ダフネのおせっかいだった。

 

「父上や、母上や、……伯母様たちが仰るには、ひとつ。厄介なものがあるらしい。ホグワーツではいつの時代も、僕やお前の父上も母上も、祖父も祖母も遠い祖先も、皆6年生でそれに大苦戦させられたそうだ…………『無言呪文』に」

 大袈裟で芝居がかった口調のドラコは、アストリアの目を見てニヤリと笑った。

「無言呪文? それなあに? ねえドラコ教えて教えて!」

 好奇心で目を輝かせながら詰め寄ってくるアストリアに、先日ドロホフから聞いたそのままの「無言呪文」の説明をしながら、僕は心を一切動かさないままこんな真似まで出来てしまえるのかと、ドラコは柄の間自分を客観視して、その惨めさと滑稽さを、思わず嗤ってしまった。

 

「どしたのドラコ? 楽しい?」

「もちろん。きみと一緒だと楽しいよアストリア」

 

 ドラコは嘘をついた。

 

 閉心術を完璧に保ちながら目の前のできごとに心を動かすなどという器用極まる真似は、ドラコにはまだ不可能だった。

「そう? 嬉しい! ……あら、どうして4年生の基本呪文集があーんな高い棚の上にあるのかしら。あれじゃ届かないじゃないの」

「ん、ああアレか。僕が取ってやろう…………ほら、どうぞ」

「あら、ありがとうドラコ!」

 

 閉心術を使うのをひとときでも止めたら心がへし折れてしまうだろうと、そしてそのへし折れた心を抱えたまま6年生の学びと平行してダンブルドアの暗殺を試みるのだろうと、ドラコは考えていた。心が折れたとて闇の帝王から賜った任務から逃げる事は、ドラコには許されていなかった。

 父上と母上の命がかかっているのだから。

「あ、あれ6年生の基本呪文集じゃない? 今度はあたしが取ってあげるわ!」

 ぴょこぴょこ飛び跳ねて本棚の一番上の段にどうにか手を届かせようと頑張っているアストリアを見ながら、ドラコは閉じた心の底で、ダンブルドアの暗殺計画を練り始めていた。

 

 まず、自分ひとりでダンブルドアを殺害せしめるなど到底不可能であるので、自分が達成すべきは「死喰い人たちをホグワーツ城へ招き入れる事」である。そしてそれは、完了するまで万が一にも悟られてはならない。「誰にも」悟られてはならない。

 誰にもというのはポッターたちのみならず、ノットやザビニにもという意味である。発覚するというのは、自分と父上と母上がいま置かれている状況にスリザリン寮の仲間たちを巻き込むという事に他ならないからだ。

 

「にゃっ、この、むー! 届かなーい! ドラコ肩車して!」

 

 求められるままに肩車しながら、特にアストリアだけは絶対に巻き込んでなるものかと、ドラコは固く決意していた。

 

 ドラコが知る限りホグワーツ城には、城内各地を繋ぐもの以外に幾つか、ホグワーツ領の外へと繋がっている秘密の抜け道がある。

 まず思いつくのはハニーデュークスの地下と「ゴースムーアのグンヒルダ」を繋ぐ通路。しかしこれはそもそもこの情報の提供元がロングボトムの奴であり、それすなわちポッターのお仲間にとって既知の秘密ということになる。他に何箇所か思いつく通路も、全て「自分よりそういうものに詳しい生徒」が知っているだろうと、ドラコはすぐに確信した。

 第一、ポッターの隣にはほとんど常にウィーズリーの奴が居る上、そのウィーズリーの奴の兄ときたら、あのフレッドとジョージなのだ。卒業するまでにどんな「便利な逃げ道」を弟に吹き込んだかなど、判ったものではないではないか。

 しかしそれでもどうにかして、今年中にホグワーツの内と外を繋ぐ通路を、それもできるだけ知る者の少ない通路を見つけ出す必要があった。

 

「届いた。ありがとドラコ。降ろしてくれていいわ。――はいどうぞ! 6年生の基本呪文集!」

「アストリアあなたそれ『取ってあげた』って言っていいの? 『取らせてもらった』んじゃないの? それにあなたスカート履いてるのに男の子に肩車してもらうなんて、はしたないわよ」

 得意げに本をドラコに手渡したアストリアに、姉のダフネが少し離れた位置から苦言を呈した。

「それは仕方ないわよ。だってあたしまだ学校の外で魔法使っちゃダメなんだもの」

 

 アストリアが自分の肩の上から降りて姉にそう言った途端、ドラコは「如何な方法を取るにせよ十中八九ダンブルドア暗殺の決行は年度末になる」という単純な事実に思い至って愕然とした。

 

 自分はまだ16歳であり、ホグワーツでの6年目が終わる、その3ヶ月前にならないと魔法省の奴らの「未成年の魔法使用を嗅ぎ出す呪文」が、通称「臭い」が取れないからだ。

 同じ場所に大人と子供が居る場合にそこで魔法が行使された事は感知できても、そこで誰が魔法を行使したのか、大人が使ったのか子供が使ったのかまでは感知できない、というよく知られた抜け道があるとは言え、万全を期すには臭いが消えるのを待つべきだと、ドラコは考えていた。

 

 ホグワーツが始まったら、例の「地下聖堂」に、去年のように入り浸るべきか否か。ドラコはスリザリン寮の友人たちとの今年の接し方を、決めかねていた。

 遠ざけすぎても不審がられるだろうが、いくらかは遠ざけなければいけない。

「そういえばドラコすっごく背が伸びたのね! 大人っぽくてカッコいいわ!」

「ありがとう。そう言うきみもこの夏休みの間に少し背が伸びたんじゃないかアストリア?」

「そうなの。あたしちょっとだけ背が伸びたのよ! わかった? えへへドラコ判っちゃった?」

 

 両手で自分のほっぺを抑えてくねくねし始めたアストリアは、嬉しさで全身が爆発しそうなのを、本屋さんでは静かにしなきゃダメだからと、頑張って我慢していた。

 

 そしてドラコが考えれば考えるほど不可能さを再確認させられるダンブルドア暗殺計画について閉ざした心の底で悩んでいる間に、気づけばいつの間にやらフローリシュ・アンド・ブロッツで購入するべきものは、ドラコの分もアストリアとダフネの分も全て買い終わっていた。

 

「ん? あれは何の騒ぎだ?」

 

 店の外に出てみれば、自分たちが通ってきた方向、人混みの向こうで何やら騒ぎが起きていた。

「フォーテスキューの店のあたりじゃないかしら?」

 なんとなく騒ぎの原因へ向かってみたダフネは、フローリアン・フォーテスキューの店の前まで来たとたんに「それ」が視界に入り、条件反射で素早く妹の両目を手で塞いだ。

 

「んにゃー…………こっちのやつも誰だか判んなくなっちゃってるじゃんパーシバルったらもー」

 

 店の前の石畳に転がった幾つもの惨殺死体に囲まれて、下半身しか残っていない死体のズボンのポケットをまさぐっている青年が、傍らのマンティコアに文句を言っていた。

 

「あなた方が今日ここに来てくれていなければ、僕は殺されていた……」

 フローリアン・フォーテスキューはどうやら気が動転しているらしく、店の前のテラス席のひとつに腰を下ろしたまま、放心状態でぼんやりと周囲を見つめている。

「あそうだギャリックくんにこいつらが持ってる杖を見せればいいじゃん。あの子どれを誰に売ったか全部覚えてるんだものね。本人確認できるじゃん。僕てんさい! アクシオ!!」

 

 青年がそう唱えた途端、向こうに見える曲がり角の先にある「オリバンダーの店」から、鋭い悲鳴が聞こえてきた。その老人は叫び声を上げながら、ブラッジャーのように飛んでくる。

 

「やあギャリックくん」

「いきなり何するこのクソバカ……」

 

 当然とても機嫌が悪いギャリック・オリバンダーにその青年はいつもどおりの気楽な口調で事情を説明し、オリバンダー老人もまた実況見分に加わった。

 

 しかし、オリバンダー翁の証言など待たずとも、そこに転がっている幾つもの死体がそれぞれ誰なのか、人混み越しにそれを覗いているルシウスには、全て解っていた。

 闇の帝王の命令を遂行しそこねた者たちの死体が、また1人マンティコアに食べられ始めた。

 ルシウスにとって最もマズかったのは、見るも無惨な死体の群れの中に1人だけ、生きて捕縛された者が居ることだった。この襲撃を命じられた者たちのほとんどは「ついで」でアズカバンから脱獄させた囚人や犯罪者たちだったが、それでも、指示の内容が漏れるだけでも闇の帝王のご意向に反する事になるし、そも口を封じろと命じたフォーテスキューが無傷で生き延びたと知れば闇の帝王は「いくらかご気分を損ねる」だろうし、そうなればそのシワ寄せは自分たちが被るだろう。

 

 アイスクリームパーラーの前で進む実況見分を見続ければ見続けれるほど気分が暗く落ち込んでいくルシウスにとって、ダフネがアストリアを「行くわよ」と急かしてくれたことは僥倖だった。

 

「なあにお姉ちゃん。何があるの? 見ちゃだめ?」

「絶対にダメだアストリア」

 

 闇の帝王の計画がまたひとつ阻止されたらしいとだけは察しながら、ドラコはそう断言した。

 

 そして次に一行はアストリアの意向に従って魔法薬学で使用する材料を買いに向かい、その後もアストリアが望むまま色々な店に入り、必要なものや全く必要でないものを見て回り、本日ダイアゴン横丁で済ませるべき買い物すらも全員分済ませてしまった後で、やっとルシウス・マルフォイはグリーングラス一家と別れる上手い理由を思いついた。

 

「申し訳ありませんが、私とドラコはこのままノクターン横丁に向かわねばなりません。しかしあそこは、そちらのお嬢さんがたを連れて行くべきところではありませんから――」

「あら。そうですか。それでしたら私たちはここで失礼いたしますわルシウス」

 ほらアストリアあなたドラコにお礼いいなさいと姉に促されて、アストリア・グリーングラスは名残惜しそうにドラコの両手を握る。

 

「あたしこの後パパとママとお姉ちゃんと一緒に『ブリュー&シチュー』に行くんだけど、そこであたしシュレークのパエリア食べてみるのね? ドラコも一緒に来てくれないかなー…………」

 

 ダメだとは、ドラコもルシウスも、とても言えなかった。

 

「……じゃあ、ノクターン横丁での用事を済ませたらその店で合流しよう」

「やった! ありがとドラコ! 大好きよ!」

 

 アストリアの純粋さも、可愛らしさも、自分を慕ってくれているという実感も、それに伴う嬉しさも、大喜びしながら抱きついてきたアストリアの体温も、ドラコの心に茨のように刺さって深く食い込み、確実に傷を作っていった。

 

 仮にダンブルドアを暗殺できたとしても、それが死喰い人どもの支援のお蔭ではなく確実に自分自身の成果だと言えなければならないだろうとドラコが考えている事、スネイプは「こちらから要請した場合に限り」支援してくれる事、ドラコは支援を求めないだろう事、ドラコは友人を大切にするので助けを求めるのではなく巻き込まないように距離を取ろうとするだろう事、それでも何人かはドラコを助けようとするだろう事、そしてこれらによってドラコの心が苛まれる事。

 

 全てヴォルデモート卿の想定通りで、それらの全てがルシウスへの罰だった。

 

「じゃあ後でねドラコ! あたしお姉ちゃんとパパとママと待ってるからね!」

 

 まだこちらを見てちぎれんばかりにブンブン手を振っているアストリアに、ドラコはひらひらと手を振り返して小一時間後の再会を確約した。

 今の僕と同じ状況に置かれたら一体どれだけの人間が自ら死を選ぶんだろうかと、死を選ぶのが普通なんだろうなと、どこか他人事のように考えながら。

 

 




 
【ブリュー・アンド・シチュー】
 ダイアゴン横丁に存在する、宿泊施設兼シーフード料理店。
 原作小説には登場しないが映画の背景などに登場する。

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