104年後からの今 作:requesting anonymity
「どーおシリウスくん。知ってるやついる?」
高級そうなストライプ柄の黒のスーツに身を包んだ青年がそう呼びかけたのに応じて、店の中から1人の男性が顔を出した。
「判りませんよ。コイツなんか右手と右足しか残ってないじゃないですか…………」
「そっかぁー。ねえねえフローリアンくんパフェつくってパフェ。僕オレンジのパフェ食べたい」
「この死体の山と血の海の中でですか先生?」
戸惑い気味にそう言ったシリウス・ブラックは杖を滑らかに動かして真っ二つになったテーブルを直し、壁にベッタリと付着した血を拭い去り、半ば瓦礫の山と化した店内を修復していく。
まだ昼食を食べるにはかなり早い時間のダイアゴン横丁の、老若男女問わず集まるしカップルもよく来る人気店との呼び声高いフォーテスキューのアイスクリームパーラーで、たった今暴漢の集団に命を狙われた店主のフローリアン・フォーテスキューは、やっと椅子から立ち上がった。
「だから今日は店を閉める、なんてのは、プライドが許さない」
フローリアンはそう呟くと、周囲にいつのまにかできていた人だかりに宣言する。
「皆さんお騒がせして申し訳ありません! 僕は大丈夫です! 店は開けます! もちろん散らかり放題ですから片付けなきゃいけませんけど!」
一体何事かと足を止めていた通行人や自分の店を放りだして見に来ていた隣近所の店主たちはそれを聞いて驚きの声を上げたが、そんな人々の戸惑いはすぐに、フローリアンへの声援に変わる。
「そうだフォーテスキュー! それでこそダイアゴン横丁の商売人だ! 『例のあの人』なんかに負けるな! でも死体は片付けてからにしたほうが良いと思う!!」
それは僕もそう思うと肯定して、フローリアンは店の中へと消えていった。
オレンジのパフェを作るのだ。
「ねえシリウスくん、ハリーの助けになりたいかい?」
「そのためにまだ生きています、先生」
そう即答しながらシリウスが同じテーブルの正面の席に座った途端、その青年はトンクスと同じくらいの年齢に見える魅力的な体型のお嬢さんになった。
「おやま。おっきい」
細くなったウエストとキツくなった胸部と腰回りに合わせて、そのお嬢さんは服に魔法をかけてサイズを調節してから、シャツのボタンを上から2つ外した。
「シリウスくんは大きいおっぱい好きかい?」
「そのためにまだ生きています、先生」
ずっとグリモールド・プレイス12番地から出られず鬱々としていたシリウス・ブラックの精神状態は、ウィゼンガモットから無罪放免のお墨付きを貰って以来、日を追う毎に改善していた。
「じゃあシリウスくん。旅行と特訓だったらどっちがいい?」
「特訓がいいです先生。こないだの神秘部の戦いで、私は自分の身体がどれだけなまっているかを強く体感しました。このままではハリーの助けになってあげられない。強くならなければ」
期待していたとおりの返答を聞いて、その魔女はニッコリと凶悪な笑顔を浮かべた。
「リーマスくんもおんなじこと言ってたよ。じゃあ、決まりだね。鍛え直そうか。シリウスくん」
シリウスが恩師からの提案を喜んで受け入れたのとほぼ同時に、その声は2人の耳に届いた。
「あれ、シリウス! その女の人は誰? まさかガールフレンド? デートしてるの?」
「ちょっとロン、配慮って機能は無いの貴方ったら! アストリアでももっと気を使うわよ!」
「やあシリウス。その人はお友達?」
例年より少々人数が多いハリー・ポッターとウィーズリー家御一行様は、どやどやと賑やかにダイアゴン横丁へ、子どもたちの学用品を買うためにやってきていたのだった。
「やあハリー。それにみんなも。この人は――」
「デェトだよー。このあと僕はお宿に連れ込まれて服も下着もあっという間に全部ね」
「だまらっしゃい」
大きな声で飼い主に釘を刺したマンティコアがなぜ今まで見えていなかったのかと、ハリーはビックリ仰天してしまったが、すぐに「目眩まし呪文」とかが施されていたのだろうと、そうでなければホグワーツでもないのにカバンの外に出していいわけがないと、自分を納得させた。
これまでの休暇と比べてかなり早くダーズリー家から解放された嬉しさで浮かれてしまって、そのせいで「隠れ穴」に到着してからずっとボンヤリしていた自分の注意力散漫さだけが原因だとは、ハリーは決して認めたくなかった。
「はぁい先生。あんた相変わらずすごい数のラックスパートを連れてるね?」
「やあルーナ。それにロルフも。ハリーも無事に合流できたんだね。良かった良かった」
「ハリーは昨日の真夜中に合流したばっかりだよ先生」
そこでやっとハーマイオニーとロンとハリーは、シリウスの正面に座っている蠱惑的な笑顔と抜群のプロポーションと大きく開けた胸元が目を惹くエッチなお姉さんの正体に気づいた。
「先生だったの?! やだ私『なにこの尻軽そうな女』とか思っちゃったわ! ごめんなさい!」
「それは別に『思った』って言わなきゃ良かっただけなんじゃないかハーマイオニー」
ロンは「配慮が足りてないのはどっちだ」とか思いながらそう苦言を呈したが、無礼な物言いをされた当人のその魔女は特に気にする様子もなく、楽しそうにケラケラと笑っている。
「そういえば、そちらのお嬢さんはキミらの誰かの親戚かい?」
ハリーたちの中に知らない家族が紛れている事に気付いて、シリウスはそう訊ねた。
「ああ、そうね紹介するわシリウス。こちら私のまたいとこの子ども。こんどホグワーツに入学するのよ。さあ、ご挨拶して! この人はシリウス。私たちの友達で、親戚でもあるわ」
そう言った妻のモリーに続いて、アーサーも義理のまたいとこの一家にシリウスを紹介する。
「僕の母親の父親が、シリウスのお祖父さんたちのいとこなんだ」
その説明にひっかかる部分があったらしいお嬢さんに、シリウスは端的に補足する。
「私の父と母は又従兄妹どうしなのさ。ところで、きみの名前は何て言うんだい?」
ダンディなおじさまにそう訊ねられて、その女の子はおっかなびっくり自己紹介した。
「あ。あの私、マファルダです。マファルダ・プルウェット。パパもママも魔法使いじゃありません。魔法使いじゃないって、思ってました。けどパパは、魔法使いじゃないけど、魔法使いじゃないわけでもなかった。えっと、その……なんて言うんだっけ――」
そこまで聞いて「ああ母親がマグルで父親がスクイブなのか珍しいな」と察したシリウスは、マファルダちゃんがその単語を思い出すより早く、会話を先に進めた。
「きみの買い物はもう済んだのかい? オリバンダーの店には行った?」
その質問を聞いたマファルダの父ハロルド・プルウェットは「例のあの人」に由来する不安で蓋をされた心の奥にずっと抱えていた嬉しさを抑えきれなくなり、会話に割り込んでまで答えた。
「今まさに、これから行くところです。……僕の娘がオリバンダーの店に行くなんて…………」
魔法使いの両親からスクイブとして生まれた彼にとってそれは、望外の幸福だった。
「オリバンダーの店って、なあに?」
「あなたの杖を買うのよマファルダ。魔法の杖。あなた専用の杖をね」
ハーマイオニーにそう教えられても、事ここに至ってもまだ、マファルダは自分が魔法使いだという事実に関して、何も実感が湧いていなかった。
夢でも見ているのではなかろうかと、心のどこかでまだ思っていた。
ちょうどその時、オリバンダーさんなら今この店の中に居るよと言おうとしたシリウスの耳にも、その魔女の声はハッキリと届いた。
「ねーえー! もしかしてパーシバルって今そっちに居るー?」
その声は、またシャツのボタンをひとつ追加で外して両手を使ってまで谷間を強調してシリウスに「どうだすごいだろう」とばかりに得意げに見せつけている122歳の「ダンブルドアの先輩」である20代前半の外見をしたお嬢さんの、艷やかなジャケットの内ポケットから聞こえてきていた。
「居るよぉー。どうしたんだいポピーちゃん?」
「イメルダが遊んでほしいって言ってるのー!」
それを聞いて嫌な予感がしたマンティコアのパーシバルは、ポピーに訊き返す。
「『イメルダ』ってどのイメルダなのかなママ!」
「尻尾爆発スクリュートぉー! ぶつかりあいっこしたいって!」
ヒゲモジャのおじさんの顔をしたオスライオンのバケモノが、今すぐ出勤しなければいけなくなったと日曜の昼過ぎに宣言した時のパパと同じ表情になったのが、マファルダにもわかった。
そのマンティコアは渋い顔をしたまま錆びついたかのようにギリギリとぎこちなく首を動かして、ハリーたちの方に縋るような視線を投げかけてきた。
「お前たち代わってくれないか埋め合わせはするから」
「絶対に嫌だ」
ハリーもロンもハーマイオニーも、ピッタリと声を揃えてその要請を撥ねつけた。誰かの大事なペットが実は無事に生き残っていたと知って残念な気持ちになるのは、3人とも初めてだった。
「尻尾爆発スクリュートってなに?」
「尻尾爆発スクリュートっていうのはね。『大間違い』よマファルダ。産み落とされた事が」
「なんてこと言うんだいハーマイオニー。あの子たちカワイイんだよ?」
可愛い子ぶって頬を膨らませた先生にそう抗議されても、こればっかりはハーマイオニーだけでなくロンもハリーも、頑として譲らなかった。
「尻尾爆発スクリュートは全くかわいくありません、先生」
「見解の相違ってやつだなぁーー。ま、いいや。いってらっしゃいパーシバル。ご指名だよ」
マンティコアのパーシバルも、飼い主ではなくハリーたちの意見に賛成らしかった。
「気が進まない……イメルダあいつ力加減ってものが全くわかってないんだよ…………」
「パーシバルぅー! おーいでー! 終わったら私がブラッシングしてあげるからー!」
その声を聞いた途端にマンティコアの視線がピクリと泳いだのが、ハリーにもわかった。
「……いま行く」
どうにかして自分自身を説得し終えたらしいマンティコアのパーシバルがそう呟いて立ち上がると、そこへまたひとつシャツのボタンを開けて今やお腹まで衆目に曝している魔女が、握り拳くらいの大きさの肉の塊をひとつ、杖を振ってよこした。
「いつもいろいろ手伝ってくれてありがとねパーシバル」
その血の滴っている肉にかぶりついた瞬間に、マンティコアのパーシバルはバチンと大きな音を立てて姿をくらました。そして、たぶんあの肉がカバンの中への「ポートキー」になっていたのだろうとハリーが気づいたのは、一行が全員分の必要な買い物を全て終えてロンもハーマイオニーもジニーも皆が一番楽しみにしていた店の前まで辿り着いてしまってからだった。
「ここがそうなの?」と、ジニーが訊ねる。
「そうさ」「まだ店は商品以外何もできてないけどな」「中ひどいぜ。散らかり放題」「寝泊まりする部屋だけは4人分整えてあるんだ」「俺の部屋とジョージの部屋と、客が来た時用の2人分」「いまアンジェリーナがずっと泊まり込んでるから空き部屋ひとつしか無いんだよな」
代わりばんこにそう言ったフレッドとジョージのどちらかが漏洩した最後の一言で、ハーマイオニーとジニーが全く同時にそのグリフィンドールの先輩を見た。
「…………泊まり込んでるの?」
「やっ、や家賃が。ほら家賃が安いから。すっごい安くしてくれたのよ……」
ジニーはじっとりとした視線でアンジェリーナを見つめながら思いっきり顔を寄せ、厳重に気を使った小さな声で、周囲の誰にも聞かれないように気を付けて、アンジェリーナにそっと訊いた。
「…………フレッドとジョージになんにもしてないでしょうね?」
「しっしししししてないわよ!!!!!!」
普通なら、何も「されてない」でしょうねと確認するであろう場面だったが、そういう点についてジニーは、フレッドとジョージを完全に信頼していた。
もし「何かがあった」なら、それは必ず両者合意の上での事だと。
なんなら去年の様子からして、辛抱たまらなくなるとしたらそれはアンジェリーナの方だと。
「アンジェリーナあなた、『あわよくば』って思ってたりもしない?」
「………………そぉーれはぁ、思ってる……」
ジニーは完全な無表情になってアンジェリーナから離れ、ハーマイオニーの隣へと向かう。
そしてジニーと同じくらい神妙な面持ちをしているハーマイオニーに、たった一言耳打ちした。
「たぶんジョージ」
アンジェリーナってフレッドとジョージのどっちに惚れてるのかしらまさか両方なのかしら、というのはD.A.結成当初からの、ハーマイオニーたちD.A.女子メンバーの、密かな注目事項だった。
「なあママちょっといいかな」「俺たちママに大事な話があるんだけど」
これから自分たちの店にする予定の、とりあえず土地と建物の購入だけを済ませたばかりのその「自宅兼店舗」の中に皆を招き入れてすぐに、双子はどちらからともなく母親にそう言った。
「……ええ、いいわよ。話してちょうだい2人とも」
なぜフレッドとジョージがいつになく真剣な表情をしているのか、モリーは薄々察していた。
自分一人だけ反対していてもあの子たちのためにならないとも、理解していた。
イタズラなんていけない事だという常識は建前に過ぎず、「本当にそれで生活していけるのか」が、モリーはどうしても心配なのだった。
フレッドとジョージの夢を未だに手放しで応援してあげられないのは、それだけが理由だった。
「まずこれ見てママ。ママたちのとこに帰る準備してる最中に届いたんだ」「N.E.W.T.の結果」
小さいころからママが俺たちのイタズラを口うるさく叱るのは、いつまでもそんな事しているようでは俺たちが将来困ると心配してくれているからだと、フレッドとジョージは解っていた。
悪戯専門店が一体いつ自分たちの中で「将来の夢」として忽せにできないものになったのか、実はフレッドもジョージもはっきりしたことは全く覚えていなかった。
一緒に生まれたその瞬間からだったんだろうと、2人ともなんとなくそう思っていた。
「僕にも見せてくれるかい2人とも」
そう言って何枚もの羊皮紙を妻の後ろから覗き込んだアーサーは、すぐクスクスと笑い始めた。
5年生の終わりにこの子たちが受けたO.W.L.試験がそうだったように、N.E.W.T.でも、またしてもフレッドとジョージの答案は、全ての設問で完璧に同じだった。
魔法史の論述問題の解答すら、論理展開から綴り間違いに至るまで一字一句全く同じだった。
そりゃあカンニングを疑われるはずだと、アーサーとモリーは改めて思った。
冗談を言って笑わせる必要があるのならともかく、試験なんてものは正答でさえあればいいのでフレッドもジョージも全くふざけずに、学んだ知識を元に「出題者が求める解答」を素直に書く。
2人が生まれてこの方ずっと一緒に勉強をしている以上、同じ問題を正答して同じ問題でそっくり同じ誤答をするのも、至極当然の話だった。
「貴方たち2人とも、パーシーにだって負けてないじゃない! やればできると思ってたわ!!」
「いいや。全科目の合計だとパースの方が僕らより2点勝ってるよママ」
充分すごいわと褒めてくれたママの表情を見て、フレッドとジョージはすかさず本題に入った。
「次、これ見てほしいんだママ」「ホグワーツでやってた商売の、売った金額と買った金額。7年分全部ここに載ってる」「……そうだよママ。規則違反だ。それでも僕らはやったんだ」
1年目は遊びの一環だとすぐに判る書き方とささやかな出費で、2年目で初めて自作のイタズラグッズをリー・ジョーダンに、それまでのようにただ渡すのではなく「売り」、その商品が友人たちに褒められた事で嬉しくなって次を作ったものの値段設定を間違えて大赤字でその年を終えて、3年目で初めて月単位での黒字化に成功してグリフィンドール寮の寝室で祝宴を開催して罰則をくらい、次なる4年目でようやく赤字と完全に決別したフレッドとジョージの商売と数限りない罰則の軌跡が、そのやたら分厚くてヨレヨレの羊皮紙の束には全て記録されていた。
“リーとアンジェリーナが俺たちの商品を褒めてくれた! 売れるって言ってくれた!”
その羊皮紙の束の中の1枚の端に今よりずっと拙くて可愛らしい字でそう書き込まれているのを見つけてしまったモリーとアーサーは、フレッドに「聞いてくれてるか?」と確認されるまでの数分間、ずっとその走り書きを眺めていた。
その後もフレッドとジョージは順序立てて、理路整然と、数字という証拠を提示しながら、自分たちの商売がどのくらい上手く行っていて今後はどのように利益を拡大していく計画なのかをひとつひとつ、丁寧にママに説明していった。
途中ハリーが今の商売の主な原資は僕が渡した三校対抗試合の賞金だと改めて説明し、リーとアンジェリーナとロンとジニーはその2人の商品がどれだけ人気なのかを口々に補足した。
モリーがフレッドとジョージにニッコリ笑いかけるまでに、そう時間はかからなかった。
「わかったわよ。あなたたちのやりたいようにやりなさい。そこまで言うなら、……認めるわ」
「やった!!! ありがとな皆! それにハリー!!」「愛してるぜアンジェリーナ!!」
ジョージが今自分になんと言ったのかを理解するのに3秒ほどかかったアンジェリーナ・ジョンソンは、沸騰したヤカンのような甲高い鳴き声を上げてジニーの背中に隠れてしまった。
もちろんアンジェリーナの方がいくらか背が高いので、全く隠れられていない。
「ただし!! 条件があります!!」と、モリーが大きな声を出した。
「ホグワーツの生徒が真面目に勉強したい時に役立つ商品も作りなさい」
そりゃないよママ、と声を揃えそうになった双子は全く同じ動きでハーマイオニーの方を見る。もしかして潜在的な顧客の数は相当なもんなんじゃないかと、この時双子は直感していた。
一方、数日前に合流したばかりのハロルド・プルウェットと妻がほとんど状況を理解できていないながらも「何か嬉しいできごとが目の前で起きたらしい」とだけは察してそれなりに笑顔になっている一方、マファルダはオリバンダーさんの店を出てからずっと、心ここにあらずだった。
「どうしたのマファルダ?」
ハーマイオニーは、答えのわかりきっている質問をした。
「私の杖……私、ホントに魔女なんだ……、この杖は、ずっと私を待っててくれてたんだわ……」
11歳の時の自分がいると、ハーマイオニーはそんなマファルダを見て思った。ハーマイオニーだけでなくホグワーツの歴史上数え切れないほどいる他のマグル生まれの新入生たちの多くも、オリバンダーの店で自分の杖を手にしてようやく、自分がこれから魔法の学校に入学するというのは夢や妄想や何かの間違いではなく9月1日から本当に始まる現実らしいと、初めて実感してきたのだ。
「なっ、何。なによう」
なんで急に頭を撫でられたのか、11歳のマファルダ・プルウェットには判らなかった。
子ども扱いしないでほしいと不満を抱いたマファルダは、不本意さを全面に押し出した表情でハーマイオニーを見る。
しかし、その表情もハーマイオニーにしてみればどこか懐かしくて、もしかして自分も1年生の時はこんな顔してたのかしらと思い浮かべてクスクス笑ってしまい、それでさらにマファルダはご機嫌を損ねて表情が険しくなり、しかしハーマイオニーにとってはマファルダのそんな表情はたまらないほど可愛く見えてしまって、結果2人はどんどん対照的な心理状態になっていくのだった。
「ちょっとハーマイオニー、パフスケインを抱っこしてるんじゃないんだから……」
あんまりにも渋い顔をしているマファルダが視界に入って、ジニーは思わずそう釘を刺した。
「もしかすると私あなたのことが嫌いかもしれない」
ハーマイオニーの手が止まった一瞬の隙をついて素早くルーナの背中に隠れてしまったマファルダは、野良猫のように警戒心を顕にしながらそう唸って、ハーマイオニーを鋭く睨んだ。
「マファルダあなたカワイイとこあるわね……」
「ギーー……!!」
愛玩動物扱いしないでほしいと主張したかったマファルダだったが、しかしどう言えばこのモンスターにそれが伝わるのか、皆目見当もつかなかった。
「そういやマファルダお前、魔法界についてどのくらい知らされてるんだ?」「山程あるだろ訊きたいこと」「ほら言ってみろ」「今なら無料で教えてやるぜ」「いつでも無料で教えてやるぜ?」
マファルダは再びルーナの背中からちょっとだけ顔を出して、フレッドとジョージを見る。
「……ホグワーツって本当にあるの」
実は自分がこれから連れて行かれるのは政府の極秘施設で散々に人体実験をされたりするんじゃないかしらきっとそうなんだわこの人たちは私を騙そうとしていてパパとママは弱みを握られているか大金を握らされているんだわと、マファルダは未だにちょっとだけ疑っていたのだった。
「心配しなくてもちゃんとあるぜマファルダ」「スカンジナビア半島のどっかにな」「何言ってんだニホンのミナミイオージマだろ?」「ルウェンゾリ国立公園じゃなかったか? ほらあのウガンダとコンゴの間の」「ああ、あのやたら派手な鳥が棲んでる」「そういやフランスのピレネーにもあるよな」「あとどこだっけ?」「アマゾンのド真ん中と、ロシアのどっかとアメリカの――」
止まらなくなってしまったフレッドとジョージが何を言っているのか解らなくて困っているマファルダに、優しくひとつずつ説明し始めたのはルーナだった。
ルーナがちょっとかがんでマファルダと目線の高さを合わせると、ずっとルーナの頭に乗っかっていたボウトラックルのロルフもルーナと同じようにマファルダを見つめた。
「フレッドとジョージが言ってるのは、有名な外国の魔法学校の場所だよ。特に有名なやつがホグワーツ以外に10ヶ所あるんだ。つまり、ホグワーツは世界で最も有名ですばらしい11の魔法学校のひとつ。ハイランド地方のどっかにあるんだけど、具体的にどこなのかは、わかんないようにする魔法がかかってる。だから魔法使いじゃない人たちが作った地図には載ってないし、これから載せる事もできないんだ。湖のそばのおーっきなお城。いいとこだよ。静かで賑やかで」
ルーナがそう言い終えたのと同時に、またフレッドとジョージがマファルダに言う。
「入学したらまず組分けの儀式を受ける」「実質これが『入学式』だな」「ホグワーツには4つの寮があるんだ」「まずは我らがグリフィンドール」「勇敢なる者のための寮だけど、頑固すぎるって言われたりもする」「次にレイブンクロー」「ルーナみたいにとびっきり賢いやつと、それか単に他の何よりも勉強が大好きなやつが入る寮だ」「それとハッフルパフ」「ハッフルパフに嫌な奴は1人だっていないぜ」「後はスリザリンな」「全員ケツから虹色の火を吹く」
ジニーに鋭く睨まれても、フレッドとジョージは気にしない。
「それと17歳になるまでは、ホグワーツの外で魔法を使っちゃいけない」「今すぐ使わなきゃ死ぬって場合は別」「これは魔法省が常に監視してるんだが、抜け穴があってな――」
「魔法省は『未成年のそばで魔法が使われた』ってところまでしか識別できないから、すぐ近くに大人の魔法使いが居るならどうとでもごまかせるんだ。例えば親が魔法使いならね」
フレッドとジョージに割り込んでそう言ったハリーは未だ、2年生の時の事を根に持っていた。
「だから有利だ、なんて言うなよハリー。僕らの学年で一番成績優秀なのが誰か知ってるだろ?」
ロンがそう言いながら口をとんがらせたが、それでハリーはまた、余計な事を思い出した。
「そういえばハーマイオニー、初めて会った時、僕のメガネを直してくれたよね」
「…………ホグワーツ特急には魔法使いと魔女しか乗ってないんだからマグルに見られる心配は無いんだし、あんなに一箇所に密集してるんだから、誰が使ったかなんて判んないわよ」
言われてみればアレは確かに違法行為で、もしかしたらアレが私の人生初の規則破りだったんじゃないかしらと、ハーマイオニーは今はじめて気づいた。
「…………やっぱり、いつだってアナタたちが私に規則を破らせるのね……」
「楽しいだろ?」
ロンが即座にそう返してニンマリすると、ハーマイオニーも笑った。
そして9月1日、視界に入る全てが気になって仕方がないマファルダはどうにかギリギリ大興奮を心の中だけに抑え込みながら同級生と一緒に列になって進み、ルーナに詳細な段取りを教えてもらった「組分けの儀式」に挑んだのだった。
「マファルダ・プルウェット」
マクゴナガルがその名前を読み上げると、スリザリン寮を始めとする一部の生徒がざわついた。
「『プルウェット』? 闇の帝王に根こそぎ殺されたんじゃなかったの?」
「プルウェット家に生き残りがいたのか? 知ってたかザビニ?」
パンジー・パーキンソンとセオドール・ノットはそう言いながら、いま組分け帽子を被ったその女の子を見つめている。
「……別に絶滅はしてないはずだ。それに確かウィーズリーのやつらの母親に、スクイブのまたいとこが居たはずだ。去年そんなような話を、フレッドとジョージのどっちかがちらっと言ってた」
プルウェット家ならまず間違いなくグリフィンドールだろうと、確か母上がそう言っていたと、ザビニは自分が入学する時に教えてもらった「家ごとの傾向」を思い出しつつ推測していた。
「スリザリン!!!」
だから組分け帽子がそう宣言した時、ザビニは盛大に拍手しながらも、向こうのテーブルのポッターたちと同じくらいには驚いていた。
「おや、こりゃ意外だな。『マグル生まれ』で『プルウェット』のスリザリン生とは」
「よっぽど性根がスリザリン向きなんでしょうね」
全員分の組分けが終わって、ダンブルドアという名前らしい厭な色の右腕をしたお爺さんが今年から新しくホグワーツに加わった新任の先生を紹介したが、マファルダにとっては新任だろうがベテランだろうがどっちにしろ初めて聞く名前には違いなかったので、なんで先輩たちがビックリしているのかは、同級生と一緒に談話室の前まで案内されてもまだよく解っていなかった。
「いいか? ここがスリザリンの談話室の入口だ。中に入るには合言葉が要る」
ドラコ・マルフォイと名乗ったその無表情な6年生は、どうやら責任と権限がある立場を任されているようだった。
「合言葉は2週間で変わる。談話室の壁の黒板に書き出される。忘れた奴に教えてやるのは構わないが、間違っても他の寮の奴らに教えるなよ」
ドラコがそう説明したところで、同じ監督生のパンジー・パーキンソンが壁の前に進み出る。
「計画」
自分がそう言った途端にドラコがまた一瞬だけ暗い目をしたように、パンジーには見えた。
「いーいアナタたち。ここがスリザリンの談話室。他の寮の生徒をここに連れてきちゃダメよ。アナタたちの寝室はこの奥。荷物は既に寝室にあるわ。で、誰がどの寝室なのかを、いまから私、監督生のパンジー・パーキンソンと、こちらのドラコ・マルフォイが案内するから女子は私に、男子はドラコについてきて。――何かしらプルウェット?」
「監督生ってなあに?」
そういや説明してなかったわねと、パンジーは訊かれて初めて気づいた。
「他の生徒たちを監督する権限と責務を与えられた生徒の事よ。各寮男女1人ずつ、5年生になる年に指名されて、そのまま7年生での学びを終えてホグワーツを卒業するまで監督生であり続ける。つまり常にこのスリザリンにも6人の監督生が居て、規則違反を見つけたら減点したりする。他の寮の生徒に対してもね。だからアナタたちの誰かがグリフィンドールの監督生とかに目をつけられても多少は庇ってあげられるけど、そんな露骨にえこひいきはできないし、あんまりにもあんまりだったら見て見ぬふりできない事もあるわ。だから規則を破るつもりなら上手くやることね」
「減点も罰則も退学も、一度言い渡されたら覆らんから、そのつもりでいる事だ。我らがスリザリンの寮監のセブルス・スネイプ先生はお優しいが、ご機嫌を損ねると母上よりめんどくさいぞ」
ブレーズ・ザビニがそう言ったことで、スリザリンの新入生たちのいくらかが笑った。
「さて、何か質問はある?」とパンジー・パーキンソンが全体に問いかけ、マファルダ・プルウェットは自分の組分けが済んでからずっと気になっていた事を、ついに訊く勇気が整った。
「なんだ? いいぞプルウェット。なんでも訊いてみろ」
「…………スリザリンの生徒はみんなお尻から虹色の火を吹けるって本当?」
明後日ぐらいには私もそうなっちゃうのかしらと、マファルダはずっと心配していたのだった。
「誰がそんな事言ったんだ」
眉間にとんでもなく深いシワを刻んで、セオドール・ノットが訊き返す。
「えっ、あ、あの、えっと私の親戚のグリフィンドールの卒業生のお兄さんたち……双子の……」
名前を訊くまでもなく、新入生を除いたスリザリンの2年生以上の全員が、マファルダ・プルウェットが一体誰にそんな大嘘を吹き込まれたのかを、一瞬で理解した。
「あいつら…………」
フレッドとジョージのとびっきりの笑顔がハッキリと思い浮かんで、ノットは呻いた。
そして「今日はもう消灯時間を過ぎてて明日からさっそく授業だから早く寝るように」「でもルームメイトとは自己紹介くらいしておきなさいこれから卒業まで一緒なんだから」とパンジー・パーキンソンに言いつけられて、マファルダ・プルウェットは自分と同じ寝室に割り当てられたらしい数人の同級生たちと、お互い名前と顔くらいは覚えてから寝ましょうという意見で一致した。
マファルダとルームメイトたちがまず注目したのは、一見すると全く同じ顔をしているように見える、整った目鼻立ちの2人だった。
「じゃあ私たちからね。私フローラ・カロー」
「私はヘスティア・カロー。父も母も祖父も祖母も全員魔法使いよ」
端的に自己紹介したその2人は、そのまま声を揃えてルームメイトたちに釘を刺した。
「アミカスおじさんとアレクトおばさんの話は、あんまり訊かないでくれると嬉しいわ」
マファルダはまたしてもなんの話なのかよく解らなかったが、訊かないでくれと言われているのだから訊いてはいけないと心に決めて、2人に続いて自分の名前と家族構成を簡単に説明した。
「あら、それじゃああなたマグル生まれってわけね」
「マグル生まれのプルウェットって、なんだか不思議な感じね」
「でも同じスリザリンに組分けされたんだし、仲良くしましょうね」
マファルダはそう言ってきたフローラとヘスティアを見つめてみるが、全く表情の変わらないその2人が果たして本当に仲良くしてくれるのか、それとも自分はいじめっ子に目をつけられたのか。どっちもありうると考えて、マファルダは少し警戒していた。
一方、カロー家の屋敷で両親と屋敷しもべ妖精から蝶よ花よパフスケインよと過剰に大切にされてずっと2人でばかり遊んで育ったフローラとヘスティアの双子のカロー姉妹は、まず何よりもお互い以外に仲良しの友達を作りたいと、パパとママはなんでか嫌ってるらしいけれど「穢れた血」でもなんでも、優しい良い子でさえあればそんな事は関係ないと、そう心に決めていた。
自分たち2人以外と遊んだ経験に乏しいフローラとヘスティアは、まずもう少し距離を詰めたいと考えて、とりあえずなんとなくマファルダを選んで、ピッタリ声を揃えて提案した。
「膝枕してもいい?」
「えっ…………どうぞ」
2人に勧められるがままフローラに膝枕されてヘスティアに頭を撫でられて、なんで自分は嫌じゃないのか、2人とハーマイオニーは何が違うのかと、マファルダはただただ戸惑っていた。
「宿題とか一緒にやりましょうね」
また声を揃えてそう言ったフローラとヘスティアは、マファルダに膝枕して頭を撫で続けながら、残り2人のルームメイトの片方に微笑みかけた。
「お友達になりましょうね?」
お友達って言葉の意味が私とこの子たちでちょっと違うんじゃないかしらと、その双子と同じ寝室を割り当てられた女の子たちは、マファルダを除いてそう思っていた。
しかし一方のマファルダは、膝枕されて頭を撫でられてなんだか心地が良くて幸せだったので、仮にもし2人の言う「お友達」が一般的には「愛玩動物」を意味するとしても、やわらかくてあったかくてすべすべだから別にいいやと、心を融かされて思考を放棄しつつあった。
ハーマイオニーに頭を撫でられるのはあんなに不服だったのに、マファルダは今やルームメイトの膝の上でウトウトと心地よく微睡み始めていた。
それはマファルダにはまだ名前の判らない、知らない種類の幸福だった。
【フローラ&ヘスティア・カロー】
映画「謎のプリンス」のスラグ・クラブのシーンから登場した、原作小説にいない双子。
死喰い人であるアミカス・カローとアレクト・カロー兄妹との関係性は不明だが、死喰い人が家族にいるとスラグ・クラブに入れてもらえないため、相当遠い親戚か、さもなくばフローラとヘスティアの親もしくはアミカスとアレクト兄妹が、カロー家から勘当されているのかもしれない。
もしくは単に映画のスラグホーンがアミカスとアレクトを知らないか。
映画では学年などは不明。私の妄想ではハリーたちが6年生の時点で1年生。
マファルダがスリザリン所属なのは、マファルダの存在自体を含む原作者の没構想に基づく。