104年後からの今   作:requesting anonymity

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6.ある個人授業

難しくも楽しい実践課題と、まるで談話室で寛いでいるかのような雰囲気と環境の座学、そして情け容赦無く暴露されるダンブルドア先生がホグワーツの1年生だった頃の愉快なエピソードによって、1ヶ月も経たない内に、その今年の「闇の魔術に対する防衛術」の先生の授業はホグワーツの全ての生徒たちの間で大評判となった。

 

次の授業に遅れないように廊下を早足で歩くハリーたちが大階段を通り終えたところで合流してきたスリザリンの5年生たちの中から、いつもの声がハリーたちに話しかけてくる。

 

「おやポッター、お前らグリフィンドールの次の授業はなんだったかな?」

「『魔法史』よ。マルフォイ」

「それはなんとも有意義な事で!全く羨ましいね!」

「ええ、とっても有意義な授業よ!なのにこの2人ときたらいつもいつも!」

 

ハーマイオニーを起動するだけして愉快そうに去って行ってしまったマルフォイと取り巻きたちの背中を、ハリーとロンは恨みがましい視線で睨む。

「あいつ、自分たちが今から『防衛術』だからって……」

ハーマイオニーにじっとりとした視線を向けられている事など意にも介さずロンが言う。

「僕だって『防衛術』がいいよ。それでマルフォイと一緒になるとしても『魔法史』よりは―」

「魔法史が大切な教科だって、ロンあなたいつになったら理解するの?」

「そりゃ魔法史は大切な教科さ!わかってる!けどあのビンズの授業は―」

 

「 ア ナ タ た ち の 集 中 力 が 足 り な い か ら 眠 く な る の よ ! ! 」

 

「……それならホグワーツで集中力が足りてるのは君1人だけって事になるぜハーマイオニー」

ハリーたち3人のすぐ後ろを歩いていたネビルとパーバティも、ロンと同じ事を思っていた。

 

「やあスリザリンの5年生諸君。今日は幾つかの『フィニート・インカンターテム』が効かない呪文と、それ専用の反対呪文を覚えよう。こういう『それ専用の反対呪文』がある魔法は、他の方法じゃどうにもできないって例が多いからね。覚えたら覚えただけ有利だよ。さて、まずは誰か……『気象呪い』について説明できる人は……お、いいねミス・ブルストロード。言ってごらん―」

 

基本、新しい教師に対して冷笑的な態度を取ることが多いスリザリン生たちですら、いつの間にやらその先生の授業が日々の新たな楽しみの1つになっていた。他の寮の奴らが話している、その先生が大量に飼育しているらしい魔法生物たちを、自分たちスリザリン生は授業の主題でもない限り殆ど見かけた事が無いというちょっとした不満は、どうやら自分たちスリザリン生しか教わっていない呪文が幾つもあるらしいという優越感によって、ものの見事に打ち消されていた。

 

「やあレイブンクローの4年生の皆。早速だがこの中に、狼人間と、普通の狼と、狼のアニメーガスをそれぞれどう見分けるかという問題について何か意見を言える子は居るかな?誰か……よし、君はミス・ラブグッドだね?いいよ言ってみて―」

 

そして今。午後の授業が始まるまで少し時間があるホグワーツの、校長室。その部屋の現在の主たる「かの偉大なる」アルバス・ダンブルドアは、その大評判の新任教師と面談していた。

 

「随分と、生徒たちに好評のようで。感服いたしました、先輩」

「そりゃあね!なんてったって僕の授業だからね!君も受けてみるかい。アルバス?」

「おお、それは心躍る提案ですな。……ですが何について?……他ならぬこの、わしに」

 

ルシウス・マルフォイを始めとする死喰い人たち、もしくはアンブリッジやコーネリウス・ファッジ魔法大臣だったなら、その発言を傲慢と受け取り腹を立てただろう。逆にミネルバ・マクゴナガル教授やハグリッドであれば、その言葉をそのまま受け取って大いに恐縮しただろう。

 

しかし、その青年は違った。

 

「おや、言うようになったねえアルバス!甘い物の食べ過ぎで虫歯ができないか気にしてる癖に」

 

その青年はまるで11歳の小さな男の子とでも話しているかのように、親しげに笑う。

「確かにわしは、キシリトールを信奉しておりますとも。先輩」

「そんな事言いながらそれ、そんなに食べるのかい?」

「食生活についてだけは、先輩にとやかく言われる筋合いはございませんな」

ダンブルドアも、山盛りのドーナツを食べながら心底からリラックスした様子で笑っている。

「虫歯は嫌だけど甘いものは止めらんないんだよね?アルバス」

「ええ。ですがわしは魔法使いですからな。『魔法』が使える」

「………毎食後欠かさず歯磨きしてる癖に」

 

そう言われたダンブルドアが、笑顔のまま数秒静止する。

 

「何故それを、ご存知なのですかな……」

「もし君が死ぬ時が来たら、その時になら教えてあげられるよ」

 

ダンブルドアの目を真っ直ぐ見つめてそう言う青年の視界の隅で、壁に並んだ歴代ホグワーツ校長たちの肖像画の中の1つ、マダム・フィッツジェラルドが微笑んでいる。

 

「そう言えば先輩は、『あの頃』も………ブラック校長の動向を何故かいつも仔細に把握しておられましたな………それは……要するに……つまり……」

 

あっという間に答えに辿り着いたダンブルドアは、くるりと後ろを向いて、壁に並ぶ幾つもの肖像画を見据える。そしてその額縁の中の1人ひとりに順番に、じっくりと視線を投げていく。

隠しておきたい事が詳らかにされた筈の青年は、しかし変わらぬ笑顔でダンブルドアの隣にスッと歩み出て、いつもどおりの気楽な口調で言った。

 

「やっぱりすぐ気づいちゃうよねアルバスなら。さあそこで問題です!『だーれだ?』」

「…………あなただ。マダム・フィッツジェラルド……じゃが、どうして……」

「友達なのよ。その子がホグワーツの5年生だった頃からのね」

 

そして青年は、さっきと同じ言葉をまた口にする。

 

「もし君が死ぬ時が来たら、その時になら教えてあげられる。けれどそれまではダメだ。アルバス。たとえ君でもだ。ギャレスもオミニスもセバスチャンもアンもポピーもアミットもナツァイもサチャリッサもヘクターもリアンダーもアンドリューもダンカンもアーサーも他の皆もこの事は知らない。ヘキャット先生もウィーズリー先生もシャープ先生もオナイ先生もローネン先生も知らない。先生方の同意の上で僕が記憶を消させてもらったから。知ってるのは、フィグ先生だけだ」

 

「相変わらず、亡くなられた方とまだお元気な方を一切区別なさらないのですな」

「『最後の敵たる死もまた滅ぼされん』知ってるだろう、アルバス」

「その言葉を、そんな解釈でお使いになるのは先輩だけでしょうな」

「魔法使いってみんな頭固いんだよ!マグルの発明品には素晴らしいものがいくつも―今度ホグズミードの僕の店においでよアルバス。一緒に見ようよ、『Zガンダム』」

 

そしてダンブルドアはその青年のポケットの中身について、とうとう質問した。

「そんな品物がホグワーツに持ち込まれたのは、『マグル学』の授業の資料として以外では、初めてでしょうな………ここまでそれを秘密裏に持ち込めてしまうのも、先輩くらいでしょう」

 

「おや、ホグワーツ魔法魔術学校の校長先生であらせられる『かの偉大なる』アルバス・ダンブルドアともあろうお方が、こんな物についてご存知とは。些か意外ですな?」

 

青年のそのわざとらしく大げさな口調に、壁に並ぶ肖像画の1つが反応した。

「誰の真似のつもりだ、貴様!!」

「あ、これはこれはブラック校長!先週よりちょっと平べったくなりましたか?」

「どうにかして呪いをかけてやろうか貴様!そんな物まで持ち込みおって!」

「おや、ブラック校長がご存知とは!今度は本当に意外だ!!」

 

そして話は、その「物」へと移る。

 

「さて、じゃあ『ミスター・ダンブルドア』。君はコレが何か判るかい?」

「『拳銃』ですな。小型で、軽量で、精緻な造りで、そして致命的じゃ」

「そう。『ウェブリーMk Ⅵ』。一次大戦の時に僕に支給されたやつ」

「そう言えば、従軍経験がお有りでしたな。先輩は」

「うん。最悪のタイミングでサラエボに居合わせてさ。いくら何でもアレ見て他人事扱いはね」

「楽しいおもちゃをこんな例えに使うのは気が引けるが、そのものズバリじゃからの……」

 

「「ドミノ倒し」」

 

2人の声がぴったり重なる。ダンブルドアは楽しそうに微笑み、青年は喜ぶ。

「あれこそ正にだ。相変わらず賢い子だねアルバス。グリフィンドールに5点!」

面白半分でそう宣言した青年は、ダンブルドアのみならずその背後や左右の壁に並ぶ幾つもの肖像画にも呼びかける。

「さあ、この中に、この問題に答えられる子は居るかな―『魔法使いはなぜ銃を使わない?』」

何たる不届き者かと憤るフィニアス・ナイジェラス・ブラックをよそに、他のお歴々は楽しげにその「授業」に参加し始めた。

「そもそもそれは、どういう品なのですか?」

「ああサンデンバーグ先生、確かにあなたの時代にはこんな形では……どこやったっけ、70年くらい前にマグルのおっちゃんに貰ったのが、なんて名前だっけあのおっちゃん……お尻にワインボトル入れて遊ぶのが好きな……ウィリアムじゃなくて……イワンでもなくて、ああ。あったあった」

これですこれ、と言いながら青年がポケットから取り出した火砲を見て、16世紀にホグワーツの校長を務めたエデッサ・サンデンバーグは理解した。

「ああ、それなら見たことがあります。つまりそちらの物は、火砲の……」

「改良版です。仰る通り。小型で軽い、1人で使える、複数発連射可能」

そこでフィニアス・ナイジェラス・ブラックが心底不愉快そうに大声を出した。

 

「『何故使わんか』だと??わかりきっておる!誰がそんな薄汚い穢れた血共の武器など使うものか!見るのも不愉快だそんな野蛮な物は!」

 

「そーいう話じゃありませんよブラック校長。あくまでも『実用的観点から』お願いします」

ピシャリと言った青年に返事もせず額縁の端からどこかへと姿を消してしまったブラック校長に代わって、ダンブルドアの前任者アーマンド・ディペットが口を開いた。

 

「マグルの社会でも魔法界でも同じ事だ。ある品が使われないのなら、その理由はいつも1つ。『要らない』。杖で事足りるのに、何故わざわざ杖より重く杖より不便な物を使わねばならん?」

 

その回答を、青年は激賞する。

「すごい!そのとおりだよマンドちゃん!かしこい!……でもごめん、寮どこだっけ……」

生前と同じ呼び方をされた嘗ての「魔法理論」教授アーマンド・ディペットは、ダンブルドアと同じ表情で笑っていた。

「わしをそんな渾名で呼ぶのは、結局後にも先にもお前さんだけだったな」

 

そしてダンブルドアは杖を取り出し、青年は拳銃をダンブルドアに向ける。

 

「じゃ、準備良いかいアルバス?」

「ええ、いつでも」

 

引き金が引かれ、轟音と炎を伴って、弾丸が放たれる。

しかしそれは何を貫く事もなく、ダンブルドアの持つ杖の先の一瞬手前でピタリと止まった。

そして壁に並ぶ肖像画のお歴々は、全く驚きもしない。

 

「お見事ですわ、ダンブルドア」

「お褒めいただけて光栄です、サー・クリースワーシー」

 

「さてアルバス、そして壁に並んだ平べったい良い子たち!」と青年がまた喋り始める。

「見てのとおり、銃ってやつはお手軽で致命的だけど、………杖ほどじゃない。まあ、確かに軽いし、引き金を引けば弾が飛んで行って、うまく当たれば殺せる。けど。杖より軽い?そこまでじゃないよね。けっこうずっしりと重い。……そりゃミニエー銃とかと比べたら劇的に軽くなってるけど。けど狙いを定めるのにはしっかりと重心を固定しなきゃいけないし、弾数にも限りがある……僕は10m先の的にちゃんと当たるようになるまでだってめちゃくちゃ苦労した………軍の試験は全部魔法でズルした……それに」

 

そこまで言った青年は、平然と自分の左足を撃ち抜いた。

 

「にゃーーーー!!!!いっっっっったい!!痛い痛い痛い!!そうだ痛いんだよこれ!そうこのくらい痛いの!久しぶり!元気してたかい痛覚くん!もうちょっとおとなしくしててほしいな!」

床を転がって呻く青年を、ダンブルドアは104年前に毎日浮かべていた表情で眺めている。

「相変わらず。騒がしいお人じゃ」

 

そして青年は、急に沈静化する。

 

「慣れた」

「そんなはずがあるか愚か者が……」

 

どちらかと言えば「ホグワーツの校長」というより「魔法省の高官」に見えるウォルター・アラゴン先生の眉間には、深いシワが寄っている。

「あったあったハナハッカ。……その前に、アクシオ!」

呼び寄せ呪文で弾丸を摘出した青年は、その小瓶の中身を自分の足の傷口にドボドボ注ぐ。

「はい、えー。見てのとおり、頭とか心臓とか撃ち抜かれなきゃすぐ治せる。めちゃめちゃ痛いけどね。それに痛みだって和らげるなら薬も呪文もいくらでもあるし、殺すならそれこそ杖でやれる。頭撃ち抜かれたら一発じゃん、って言われた事あるけど、そんなもん呪いだってそうだし」

青年はそんな発言をしながら滑らかな動きで繰り返し引き金を引き、装填されている残りの弾丸を全てダンブルドアの心臓に発射した。

「まあ、何をしようとしているのかがわかっていれば、対処は容易いですな」

気軽な杖の動きで全ての弾丸を蝶に変えたダンブルドアが気軽に言う。

「やっぱり凄いねえアルバスは。割りと本気で不意打ちしたのに……」

「不意打ちに気づけなければ致命的ですが、それは杖を持った魔法使い相手でも同じ事です」

 

「よっぽどうまく当てなきゃ即死はしない。それに銃で手を狙って杖を取り落とさせるなんて曲芸は一朝一夕で身につくものでもないけど、武装解除呪文にしろ失神呪文にしろ、魔法なら身体のどこかに当たりさえすればいい。つまり『なぜ銃を使わないのか?』という問いに対して、僕の個人的な返答を言うなら『こんな重くて不便な物をなぜ“杖を差し置いて”使う必要があるのか?』だ」

 

「強力で携帯性にも優れた武器ですが、それは『自分が魔法使いでなければ』ですな」

これについてダンブルドアが自分と同意見だと確認した青年は、さらに訊く。

「で、どうかなアルバス。トムくんやその取り巻き相手にこれ、使えると思う?」

「わしですら防げるものをトムが防げん筈が無いですな。それにベラトリックス嬢やルシウスも、アントニンもラバスタンも、よほどうまく不意を突かねば当たってはくれんでしょう。何より」

ダンブルドアは、学生時代から何も変わっていないように見えるその先輩に言う。

 

「先輩のお手を、そのような用途の極めて限定される品が専有してしまうのは、避けるべきかと」

 

予想通りの答えを返してきたダンブルドアに、青年はもうひとつの品を見せる。

 

「じゃあ、こっちは?コレはどう?」

「……それは存じ上げませんな。何ですかな?」

「えーっと、どう説明したもんかな……ああ。『使い捨てボンバーダ・マキシマ』」

その端的な説明で、ダンブルドアは全てを理解したらしかった。

「………生徒を巻き込まずに、トムとその取り巻きだけを狙ってくれる品なのですかな?」

「んいや全然。当たり前だけどマグルの武器はどれも『魔法』なんて想定してないからね……なんならホグワーツ以外でも、ホグズミードでだってダイアゴン横丁でだって。自動小銃にしろPCにしろテレビにしろ、そこらに溢れてる魔法の影響受けてどんな誤作動を起こしたって不思議じゃない。ウチのテレビとビデオデッキをちゃんと機能するように調節するのは本当に大変だった!」

青年は取り出した品々をまた元通りしまい込みながら、ダンブルドアの目を見る。

「この点に関しちゃトムもアルバスも僕もゲラートくんもハリーも、皆同じ意見だろう。つまり」

 

「「僕は杖のほうがいい」」

 

また青年とぴったり声を揃えたダンブルドアは、しかしその青年に訊く。

「で、なんの話をしにいらしたのですかな?もうそろそろ本題に入られてもいい頃合いでは?」

そう言われた青年は、最後の1つのドーナツをダンブルドアの手から掠め取って、訊く。

 

「ねえアルバス。銃も、手榴弾も、そして杖も、数限りない命を奪ってきたよね。でさ、アルバス。きみは、きみ自身の事も、それと同列に扱ってるだろう」

「仰っておる事の意味が、よくわかりませんな」

「ダメだよ、アルバス。判ってるだろう。僕に隠し事はできないよ」

青年は、昨日ともまるで別人の容姿で、そして104年前と全く同じ目で、ダンブルドアを見る。

 

「きみは世間じゃこう呼ばれてる。『ヴォルデモート卿が心から恐れる唯一の魔法使い』って。まあ、概ね事実を正確に言い表しているだろうね。『他の誰より恐れている』というより『他の誰より煩わしく思っている』と表現するべきなのかもしれないけど。で、そんなアルバスが心から恐れる唯一の魔法使いは、きみ自身だ、アルバス。きみの中にある権力欲。力と名誉を欲する心。それを何より恐れている。それが制御しきれなくなったらどうなるかを、嘗て痛烈に思い知ったから」

 

ダンブルドアは何も言わない。目も逸らさない。表情も一切変えない。

「あ。閉心術を使ったね?アルバス。けど閉心術は、開心術とか真実薬とかの、魔法で直接心の中を覗く手段相手にしか防御効果を発揮しない。つまり僕には無意味だ。解ってるだろう?コーネリウスくんに正直に言ったらどうだい?『僕は自分が権力の座に就いたらどうなるのかを昔イヤというほど思い知ったので魔法大臣なんてなりたくありません、自分の心の中の欲が怖いんです、僕は臆病者なんです』って。それとも、それを大っぴらにするのも恐いのかい?」

 

「………勘弁してくだされ、先輩」

やっとそれだけ言葉にしたダンブルドアの目から、一筋の涙が頬を伝う。

そんな「かの偉大なる」アルバス・ダンブルドアを、このかわいい後輩を、その青年は優しく抱きしめて語りかける。

 

「ねえアルバス、きみはもう、決してきみ自身を信用できないんだろうね。アリアナちゃんが死んでしまったあの日からずっと。自分が幸せになるのも許せないんだろう?幸せな人々の中に自分が居るのも許せないんだろう?そうあっちゃいけないって思ってるんだろう?アルバスにとってそれは、『ヴォルデモート卿』がそんな場面に割り込むのと同じくらい避けたい状況なんだろう?」

そう言いながら青年はダンブルドアに、自分の目を見つめさせる。

「見えるかいアルバス。僕の目に、きみの目が映ってるね?きみが内心で『ヴォルデモート卿』と同じところに分類してるきみの、目が。見えるだろう?どんなふうに見えるんだい?きみは醜い怪物なんかじゃないんだって、言い聞かせても納得しないんだろうね。アルバスは」

 

そして、青年は言う。

 

「本物の醜い怪物は、自分の事を醜い怪物だなんて決して思っていないんだよ。本物の醜い怪物にとってはね、自分以外の全ての生き物が醜い怪物で、自分だけが『普通の生き物』なんだ…………ねえ、マグルの『銃』と魔法使いの『杖』の違い。判るかいアルバス?」

ダンブルドアは何も言わない。ただ青年の目を、そこに映る自分自身の目を見ている。

「杖はいろんな事に使えるけど、銃は引き金を引くと弾が出るだけだ。銃床で殴ったりもするって?同じ事だよ。要するに『攻撃』だ。杖は違う。包帯を巻いてあげられる。怪我を治してあげられる。『アバダ・ケダブラ』を唱えられるけど『エクスペクト・パトローナム』も唱えられる。何をしたいと望むか次第で何でもできる。ヒトだってそうさ!なんなら全ての生き物がそうさ!きみは銃じゃなくて杖なんだよアルバス。過去自分が何をしてしまったかを忘れないのはとても殊勝な事だけど、過去のたった1つの悔やむべき行いだけで自分の価値を決めちゃいけないよ。だってさ、アルバス。僕はアルバスがどんなにかわいいかを知ってるよ」

青年は、ずっと持ったまま喋っていたドーナツを、ダンブルドアに食べさせる。傷ついたディリコールにそうするように、優しく、少しずつ。

 

「それでも、どうしてもアルバスがアルバス自身を信じられないならさ。僕を信じてよ」

「いつでも信じておりますとも………先輩……あの頃からずっと………信じておりますとも……」

「わたくしたちの校長先生を、泣かせないでいただけますか?先生。」

 

困ったように微笑むミネルバ・マクゴナガルが、いつの間にかそこに立っていた。

「やあミネルバくん」

「さっきの大きな音は一体なんですか?ホグワーツ中に響いてましたわ」

「これ。知ってるよねミネルバくんは」

「おやまあ、ホグワーツにそのようなものを持ち込むのは、あまりいい顔はされませんわよ」

「ミネルバくんには、アルバスはどう見える?」

「誰よりお優しいお方ですわ。たとえ校長先生ご自身が否定なさろうとも、それは変わりません」

 

青年は、またダンブルドアに向き直って、その目を真っ直ぐ見つめる。

 

「ねえアルバス。覚えてるかい?見たことあったよね。ボガートが僕の前で何に変わるのか」

そう問いかけられて、ダンブルドアは104年前の記憶を呼び起こした。

「……あれは、先輩ご自身であったように、見受けられましたが……確かあの時は、何を訊いてもお答えいただけなかったと記憶しておりますが……」

「あれはね、アルバス。『ある選択』をして、その上で『それに呑まれてしまった』僕なんだよ。そして、今も僕はそうなる可能性がある。―今から言うことは他言無用だよミネルバくん―ホグワーツにはね。秘密の部屋があるんだ。おっと、サラザール・スリザリンがこっそり作ったやつの事じゃないよ。まったくトムったら。サラザール・スリザリンがホグワーツに遺した秘密の部屋を1つしか知らないくせに『後継者』だなんて笑っちゃうよね……」

青年がさらりと言った聞き捨てならない発言に、マクゴナガルは絶句する。

「……まあそれはとにかく、ホグワーツには秘密の部屋がある。入れるのは現状僕と、僕が招き入れた誰かだけ。ブラック校長は、まだ覚えてます?『あそこ』」

いつの間にか額縁の中に戻ってきていたフィニアス・ナイジェラス・ブラックは「知らんな。何のことやら」と、すっとぼける。

「漏らしていい秘密とそうでない秘密の区別くらい付く」

フィニアス・ナイジェラス・ブラックのそんな声色を、マクゴナガルは初めて聞いた。

 

「そこを僕が何から守ってるって、一番は僕自身からなんだよね……なにせ前例がある。僕の前任者と同じ轍を、僕が踏んでしまう事。そしてあのランロクと同じようになってしまう事。『あれ』に、酔いしれて、溺れる。自分自身を見失う。僕が一番恐いのはそれさ………ぼんやりした話しかできなくてゴメンね。今際の際になったらまた訊きにおいでよ。その時は全部教えてあげるから」

 

主語が徹底的に省かれたその説明を聞いてもなんの事やらさっぱり推測すらできないマクゴナガルはしかし、それが事実に基づいた話である事だけは理解した。

「つまり、何を仰りたいのですか、先生。」

マクゴナガルは穏やかに促す。

「つまりねえ、僕も同じなのさ。アルバスと。恐いんだよ。そして全く信用できない。『自分の心の中に居る怪物』が。そしてこれはたぶん死ぬその時までずっとだろう。一生向き合って、それと戦い続けるんだ。他ならぬ自分の『心の弱さ』と。でも、僕もアルバスも、トムと決定的に違う点が1つある。トムが全く持ってなくて、きみがたーっくさん持ってるもの。なんだか判るかい?」

 

「わしは、持っておりません………自分で捨ててしもうたのですから……」

 

「持ってるさ。僕がいっぱいあげただろう?ミネルバくんやスキャマンダーくんや、ルビウスくんからだっていっぱい貰っただろう?パーシバルさんからもケンドラさんからも、ゲラートくんからもたくさん貰っただろう?アバーフォースくんとアリアナちゃんに、たくさんあげただろう?」

ミネルバ・マクゴナガルが話の要点を全く察せないというのは、そうある事ではなかった。

「おやミネルバくん。きみだっていーっぱい持ってるよ。ロバートくんとイゾベルくんにたーっくさん貰っただろう?弟くんたちにもいっぱい貰っただろう?ドゥーガル・マクレガーとエルフィンストーン・ウルクアートに、たーっくさん貰っただろう?たーっくさんあげただろう?」

若い頃の恋人と、昔死別した夫の名前を聞いて、ようやくマクゴナガルは何の話かを察した。

 

「誰かにあげたら、あげただけ増える不思議な力。教えただろう、アルバス」

 

そして、ダンブルドアの口癖を思い起こしたマクゴナガルと、青年の声が重なる。

 

「「愛には不思議な力がある」」

 

「アバーフォースくんがもうきみの事を愛していないなんて、本当は思ってないだろ、アルバス。ほらいつまで泣いてるんだい?やらなきゃいけない事が山積みだろう?僕に何してほしいのか、ミネルバくんに何してほしいのか。素直に言ってごらんよ。………104年前。僕がホグワーツを卒業する時。それと50年前。きみがゲラートくんとの事に決着をつけた後にも言っただろう?」

 

マクゴナガルには、急にその青年が、ヴォルデモートともダンブルドアとも違う、そしてきっとグリンデルバルドともまた異なるのだろう、何かとても恐ろしいものに思えた。

 

「『これから先もしきみが道を踏み外す事があったら、その時はちゃんと僕が殺してあげるよ』って。ねえアルバス、本気で殺し合って僕に勝てるなんて、まさか思ってないだろう?」

 

マクゴナガルには脅迫にしか聞こえないその言葉で、ダンブルドアは何故か安堵したようだった。

「本当に一切容赦無く、手段を選ばず『その分野』で競ったら……先輩に敵う者など居りません。そして先輩は『その才能』をいつも、周囲の者を守る事にお使いなさる」

 

そしてダンブルドアの目から、また涙が流れる。

 

「ホグワーツに戻ってきてくださって、ありがとうございます。先輩………わしは……わしはあの時……先輩がアーガスに連れられて大広間に入って来た時。本当に嬉しかったのです……」

 

「知ってるさ。だからこそ来たんだもの」青年は気楽な口調で言う。

「ねえアルバス、いつホグワーツから『とんずらする』事になりそうなんだい?」

その青年の言葉を聞いて「まさかそんな」と思ったマクゴナガルをよそに、ダンブルドアはほんの少しだけいつもの調子を取り戻して答える。

「そうですな。あまり遠い未来では、ないでしょうな」

「まーったくコーネリウスくんったらビビリなんだから……アルバス行くアテあるの?」

「それは心配ご無用。ところで先輩も、もうそろそろアンブリッジ先生によって『不適格』と査定される頃ですな?どうなさるおつもりなのです?」

「もちろん従うさ。生徒たちにもそろそろ『寮の垣根を越えた共同自主学習』って習慣を身に着けてほしいし。それにドローレスくんは『クビにする権限』は持ってても『城から追い出す権限』は持ってないんだろう?……まあどうせそのうちそれもコーネリウスくんに貰うんだろうけど」

 

「アンブリッジ先生の手にその権限が渡ったら、どうなさるおつもりなのです?」

 

マクゴナガルが思わず訊くが、それに青年はケラケラと笑いながら返答した。

「おや、聡明なキミらしくもない愚問だねえミネルバくん。じゃあ逆に訊くけど、フレッドとジョージはキミが『規則を守りなさい』って言ったらそれに従ってくれるのかい?」

青年は更に、ダンブルドアの頬に指を当てて押し上げ、無理矢理笑顔にさせながら言う。

 

「僕が今年ホグワーツに戻って来たのは、今まで定期的に無断で侵入してたのとは理由が違う。僕はアルバスを助けに来たんだ。つまりアルバスの願いを叶えるために来た。ホグワーツの生徒たちを守るためにね。『闇の魔術に対する防衛術』の職は、あくまでもその手段。だけどドローレスくんはきっと、この職こそが僕の目的だと思ってるだろう。そして僕が目の前で掠め取ったこの職を、奪い返そうとするだろう。査察の内容がどうだろうが、それで変わるのは理由だけで僕は最初から『不適格』と決まってるだろう。知ったこっちゃない………だってミネルバくん、気づいてたかい?僕もう今年、キミの授業を3回受けたよ。僕しか知らない部屋で勝手に寝泊まりして、誰にだって成りすまして居座るさ。ああいや、僕しか知らないって言うと語弊があるか……」

 

ごめんなさいフィグ先生、と呟いた青年にダンブルドアが言う。

 

「では、さっそく1つよろしいですかな、先輩」

「ん?なんだいアルバス。なんでも言ってごらん?」

「ドーナツのおかわりと、紅茶などいかがですかな?良ければミネルバも一緒に」

「あ、いーね!どうだいミネルバくん!」

「喜んでご一緒しますわ。……校長先生がホグワーツの1年生だった頃の話、お伺いしても?」

「いいよ。何の話にする?アルバスがあの頃何より苦手だった授業の話とかどう?」

一瞬で何が暴露されようとしているのかを察したダンブルドアは、ちょっと挙動不審になった。

「先輩、その話は………そんなに面白くもないですから……」

「いえ、わたくしとっても興味がありますわ。『苦手な授業』?何ですの?」

「ふふーん。聞いて驚くなかれ、天文学の実技さ。あの頃のアルバスはね―」

 

心安らぐ楽しみというものは、探そうと思えばいつだって誰にだっていくらでも見つけられるのだと、マクゴナガルは改めて思っていた―たとえ、恐ろしい嵐がすぐそこまで迫っていようとも。

 

 





この話、というか私の妄想において、レガ主の前でボガートは
「あのエンディングを迎えた自分」になります。

ホグワーツ・レガシーがゲームだからこそ、プレイヤーがあそこでそれを選びさえしなきゃいいだけだけど、実際のレガ主はあの後も一生涯「自分はいつか誘惑に抗えず力に溺れるかもしれない」という恐怖と戦い続けるんだろうなって。

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