104年後からの今   作:requesting anonymity

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60.駆け回るイタチ

「おはよ。フレッド、ジョージ」

「おはようアンジェリーナ!」

 

 ダイアゴン横丁の一等地に購入したばかりの自宅兼店舗に2人で暮らしているフレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーの双子の兄弟に、その自宅兼店舗に格安で寄宿させてもらっているホグワーツ時代の同級生でもあるアンジェリーナ・ジョンソンが眠い目を擦りながら挨拶した。

 いつもアンジェリーナが起きた時には既に朝の身支度を済ませているし朝食まで用意してくれているフレッドとジョージは、本日もまた朝早くから開店準備を続けていた。

 

「それなあに?」

「よくぞ聞いてくれた。こいつは俺たちが自信をもってお届けする新商品の――」

「ニホンのペンフレンドに出す手紙さ」

 

 冗談を言おうとしたのに遮られたフレッドがジョージに鋭い抗議の視線を投げたが、それはほんの一瞬だけだった。

「ニホンにペンフレンドがいるの? どんな人? 何がきっかけ?」

 案の定興味を持ったらしいアンジェリーナの寝癖で大荒れの長い黒髪を滑らかな杖捌きで整えながら、フレッドはジョージと2人で長い文章を少しずつ取り合うようにして質問に答える。

 

「一昨年クィディッチワールドカップの決勝のブルガリア対アイルランドを見に行った時にな」

「試合が始まるまでにまだたっぷり時間に余裕があったから俺たちはパパとかママとかロニー坊やとかハリーとかハーマイオニーとか皆の目を盗んで2人でテントから抜け出して色々見て回ったんだ。そしたら同じこと考えて歩き回ってたらしいニホン人の家族が居てな」

「なんでもニホンからはるばるビクトール・クラムを見に来たんだと」

「で、俺たちあっという間に仲良くなって、別れ際に手紙の宛先をお互い伝えあった」

「だからそれ以来俺たちとコガワくんは友達なのさ」

 

 かわりばんこにそう説明したフレッドは「いいぞ」と言ってアンジェリーナに鏡を見るよう促し、ジョージはフクロウに手紙を託す。

 そしてアンジェリーナが今日もまた朝の支度をフレッドとジョージにほとんど全部やってもらって順調に生活能力を喪失していっている頃、世界中のあちこちで「彼ら」の友人や親戚たちが、今か今かと返事を待っているニホンのコガワくんに先駆けて、その手紙を受け取っていた。

 

「ビルからだ……まさか、そんな……僕はきみに……」

 

 ブラジル北部、アクレ州、リオブランコ。マグルも数多く居住しているアパートの一室で、その若者は届いたばかりの国際郵便に記されていた差出人の名前を見つめている。

 ペンフレンドのビル・ウィーズリーにかつて自分が何をしたのか、一時の激情に身を任せて友人にどういう仕打ちをしてしまったのか、その若者はしっかりと覚えていた。

 

 ビル・ウィーズリーがホグワーツに通っていて、その若者がアマゾンの奥深くにあるブラジルの魔法学校カステロブルーシューに通っていた当時、手紙を通してではあるけれど仲良しになったビルにブラジルに来てほしくて、一緒に勉強がしたくて彼は手紙で「交換留学プログラムに参加してほしい」と提案した。彼自身はそれができるほどの成績ではなかった――決して落ちこぼれてはいなかったが最優秀でもなかった――のでビルに提案したのだが、もちろんビルはウィーズリー家の人間であり、ウィーズリー家にはそんな金銭的余裕は無かったので、ビルはその提案を断るしかなかったのだ。そして自分たち家族の金銭事情などはるばる大西洋の向こうにまで説明するわけにもいかず、ビルは手紙でゴニョゴニョと言い訳をしてしまった。

 

 それに彼は腹を立てて、呪いのかかった帽子を送りつけてそれっきりだったのだ。それっきりビルから手紙は来なかったし、彼も手紙を送る勇気を捻出できなかった。

 2人とも、どちらからも、今日まで謝罪することができずにいた。日が経てば経つほど際限なく困難になっていくのが謝罪という行いの厄介な点である。

 

 そして、先に勇気を出せたのがビルだった。

 

 ビル・ウィーズリーから届いたその手紙には、謝罪だけが書かれていた。もう一度僕と友達になってくれれば嬉しいと、それだけが書かれていた。

 今のイギリス魔法界を襲っている災厄のことも、助けてほしいとも、「例のあの人」どころか「死喰い人」についても、ただの一言も書かれていなかった。

 

「言わなきゃバレないとでも思ってるのか、ビル。それともこれがきみの作戦なのか?」

 

 懐かしそうに、嬉しそうに、ブラジル魔法界の新聞にだって毎日のように載っているし今朝だって2面の一角で伝えられていた「その話題」を思い浮かべながら。

「助けてくれって書けばいいのにさ……なあ、きみのことだ。戦ってるんだろ?」

 今きみたちのために僕に何ができるかと、その若者は考えを巡らせている。

 

「『助けてくれ』って言ってくれよ。助けさせてくれよ。じゃなきゃ自分を許せないんだ」

 

 そう呟いたブラジルの若者が返事を書き始めた時、チベットの岷山山脈にも手紙が届いていた。

 

「まあ、アーサーからだわ。あなた! あなたの又従兄弟の息子のアーサーからお手紙ですよ!」

「本当か! 見せてくれ!」

 

 フカフカのスリッパを履いたまま2階からえっちらおっちらと階段を降りてきた大きなお腹の老人は、居間に来るなり妻からその手紙を受け取って、革張りのソファに丸い身体を沈み込ませた。

 もう何十年もこの魔法生物保護区に住み込みで働いているその燃えるような赤毛とそばかす顔に長いヒゲを蓄えた老人は、手紙を読み進める内にどんどんと険しい表情になっていく。

 

 アマルフィでも、ニューヨークでも、シドニーでも、メキシコシティでも、京都でも、世界中で、同じように燃えるような赤毛の髪とそばかす顔をした人々が、イギリス在住の親戚から届いた手紙に目を通していた。

 

「おや、誰かと思えばアーサーからか。しかしマグルの郵便制度を使えたとは……習ったのか?」

「おじさんからだ。――パパ! パパのいとこのアーサーおじさんからお手紙! イギリスの!」

「ねえ、じいちゃんの甥っ子さんじゃなかったっけ。この『アーサー・ウィーズリー』さんって」

「これアーサーからだ。まさかこないだ『日日』に載ってた奴についてか? 大丈夫なのか?」

「これはビルから。こっちはチャーリーだ。兄さん、イギリスから手紙! 僕らのいとこから!」

 

 そして彼らは皆、要約すれば同じ内容になる返事を、イギリスに送った。

 

「もちろん」と。

 

 一方、そんなウィーズリー家の六男である賢明なるロナルド・ビリウス・ウィーズリーくんは現在、ムキになって何度も何度も杖を振っていた。

「レベリオ! アパレシウム! フィニート・インカンターテム! ……ル゙ーモス!」

 かつてゲロが吐かれたらしきシミのある中古の6年生用上級魔法薬の教科書には何も起きず、ただ自分の杖の先がマヌケに光り輝いたのを見て、ロンは「んもう!!」と憤慨した。

「誰でも知ってる呪文だって言ってたじゃないかよ……もういいよ! 宿題やる!」

「まず宿題を終わらせてから、余った時間でその教科書の謎に立ち向かうのが正しい姿勢よミスター・ウィーズリー。その教科書に飽きたから仕方なく宿題を始めるんじゃなく、ね」

 

 ピシャリと釘を刺したハーマイオニーは、書き終えたレポートをもう一度チェックしている。

 すぐに綴り間違いを何箇所も見つけて眉間にシワを寄せながらその部分を杖で小突いて修正していくハーマイオニーの正面では、今の今まで宿題に取り組んでいたが集中力が尽きてしまったハリーが座っていた椅子と書いている途中で放置されたレポートだけが残されていた。

 

「順調かいジニー?」

「あんまり」

 

 ルーナと2人して消失呪文の練習に取り組んでいるジニー・ウィーズリーに、ハリーが声をかけた。いつものように空き時間をスリザリンの連中と共有している「地下聖堂」で思い思いに過ごしているハリーたちには現在、まだ授業では習っていない高度な呪文の自主学習よりも、どころかドラコや「例のあの人」などよりも、宿題のほうが緊急性が上だった。

 

「これ、あってるんだよなノット? この本と俺の記憶が両方間違ってるんじゃないよな?」

「あってるぞザビニ。合ってるが――この体たらくじゃ『あってる』も何も無いとも言える――」

「あらためてワケわかんないね。この1877年のクィディッチワールドカップは」

 

 ノットとザビニとジャスティンは、魔法史の宿題に取り組んでいる。そして、クィディッチという単語に反応したらしいジニーとハリーに加えてルーナも寄ってきて、ノットとザビニとジャスティンに「説明を聞きたい」と表情で訴えた。

 自分の宿題はいいのかお前らと咎めたかったノットはしかし、集中力が完全に尽きている状態では無理に取り組んでもロクな成果は出ないだろうなと思い直して、ピンスに借りた当時の新聞やらバグショットの著書「魔法史」の記述やらのいくつもの資料をハリーと後輩の女子2人に見せる。

 

「1877年クィディッチワールドカップ。通称『誰も覚えていないトーナメント』」

 

 セオドール・ノットが指し示した当時の「日間予言者新聞」の1面大見出しでは、当時の有名な選手なのだろう体格の良い魔法使いが、競技用のユニフォーム姿のまま途方に暮れていた。

「…………え、何。それ? 何があったの?」

 ジニーとハリーは意味がわからず困惑しているが、ルーナは少し違う反応を見せた。

「それ知ってるよ。聞いたことがある。確かに開催したはずなのに、誰も何も思い出せなかったんだって。だから次の年にまた開催し直したんだってパパが言ってたもン」

 ルーナから発された説明なのでいまいち信じきれていないハリーをよそに、ノットが口を開く。

 

「確かに準備は進み、会場がカザフスタンのリン砂漠に決まり、トーナメントの組み合わせが決まり、宣伝資料が作られチケットは販売された。もちろんチケットは大盛況の売れ行きを見せ、幸運にもチケットを購入できた者達は席を確保できた試合の日に会場に赴いた。…………ハズなんだ」

 3人でやった復習によって事実関係を理解できたからこその困惑を解消できていないのが表情に表れているジャスティンが、ノットから引き継いで説明を続ける。

 

「1877年の8月になって、魔法界は誰からともなく気付いたんだ。どうやら自分たちはクィディッチワールドカップを開催したらしいぞ、ってね。たぶん記念に持って帰ってきたんだろう使用済みのチケットを持っていた人たちも、出場していないわけがない一流選手たちも、開催に携わったはずの各国の魔法省職員たちも、誰一人なにも覚えていなかった」

 そんな馬鹿なとハリーは大きな声で言ってしまったが、説明を遮られたジャスティンはしかし「僕もそう思う」とだけ言うとすぐ説明に戻った。

「――イギリスのビーターの歯がほとんど抜け落ちてしまっていたことも、カナダのシーカーの膝が逆向きになっていたことも、アルゼンチン代表チームの半数がカーディフにあるバーの地下で縛られていたことも、当人たち自身を含めて誰にも何故なのかが判らなかった。何が起きてそうなったのか、あるいは何が起きなかったのか」

 ジニーはルーナが何か言いたそうだと気づいたが、ジャスティンはお構いなしに話し続ける。

「関係者も選手も観客だったろう世界中の熱心なファンたちも、誰も、一試合たりとも思い出せなかった。シーカーたちは自分がスニッチを取ったかどうかも、それどころかカザフの砂漠に行ったのかどうかってこと自体記憶に無かった。けれど、どれかのチームは優勝したはずなんだ」

 

 そう言い終えるとまた資料を漁り始めたジャスティンに代わって、ザビニが解説を締めくくる。

「大会は間違いなく行われた。『状況証拠から考えて』な。感覚としては、しこたま酒を飲んで大盛りあがりしたパーティの翌朝に近い。部屋の荒れ模様をみんなで見聞して『どうやら俺たちは昨日の夜パーティをしたらしいな』と推測して、どの汚れが誰に因るものかを考えている。ただし、荒れ放題のパーティは頭痛に呻きながらでも誰かしらが多少は思い出せるものだが、この1877年のクィディッチワールドカップは、誰も何も覚えていない。結局しかたがないので翌年にもう一度改めて開催し直したが、1877年にカザフスタンのリン砂漠で何があったのかは、謎のままだ。だから俺たちはこうして何があったのかを自分なりに推測して、それをレポートにまとめるんだ」

 

 ザビニがそう言いながらとうとうレポートの執筆に取り掛かり始めた一方、ジニーとハリーは未だに理解が追いつかずに混乱し続けていた。

 

「当時ゴブリンの一部過激派閥による煽動や破壊行為が活発だったってのは、目を惹く要素だ」

 ノットが羽ペンを素早く動かし続けながらそう呟き、ジャスティンがそれに反応する。

「だけど、原因がわからない惨事をすぐゴブリンのせいにするのは、褒められた思考じゃない」

「黒斑病のより悪性な変異体が蔓延したって説を唱えた奴らも居たみたいだが、根拠が皆無だ」

 そう呟いたザビニは新聞が何部もひとまとめに綴じられた分厚い資料を書き始めたレポートのすぐ隣に配置して、適宜ページを捲ったり戻したりしながら隅々まで検分している。

 

 そこで「これ以上は3人が宿題を進めるのを邪魔してしまう」と理解したジニーとハリーがそこから離れようとした途端、ずっと静かにしていたルーナがとうとう口を開いた。

「ザビニはたくさんお酒を飲んだパーティの次の日の朝なにも覚えてなかった経験があるの?」

 親と一緒なら何歳からでもお酒を飲んでもいいというイギリスマグル界の法律と、そこから大きく乖離はしていないイギリス魔法界の一般常識。しかしそれとこれとは話が別だと解っているからこそ、ザビニは答え辛そうにジリジリと視線を逸らしたのだった。

 

「ノーコメント、とさせていただきたい……」

 

 お酒を飲んでもいいというのは、大量に飲んで大騒ぎしてもいいということではないのだから。

 

「僕と、僕の父上とマルフォイの奴と、ザビニとザビニの母上が、全員まとめてマルフォイの母上にそりゃあもうめちゃめちゃに叱られたことがあるんだ。マルフォイのお母上は綺麗好きだから」

 自分たちだけのものだったはずの秘密を暴露してしまったノットをザビニが睨んでいるが、ノットは全く悪びれもせず「秘匿し続ければ無かったことになるのか?」と言い放って笑うのだった。

「それっていつの話なの?」

 何やら制作中らしいトレイシー・デイビスが抱え込んでいるスケッチブックを横から覗いていたダフネ・グリーングラスがノットにそんな質問を投げ、ノットはザビニに無言で意思確認をする。

 

「3年生の時のクリスマス休暇だ。クリスマスパーティの準備中にザビニの母上が呑み始めてな」

 これ以上この話題が続くと際限なく世間体が悪くなっていくと危惧して、ザビニは話題を変えるべくあからさまに大きな声を出した。

 

「そういえば! パーティと言えば! ……あの爺さんのことだ。お前も誘われてるんじゃないのかポッター。――『スラグ・クラブ』に」

 別のこと話そうというザビニの提案に、ハリーはすんなりと乗った。

「今晩の食事会のこと? うん。スラグホーン先生に『是非に』って言われたよ。そうだ、ねえジニー、良かったら僕と――」

 一瞬だけパッと笑顔になったジニーは、しかしすぐに頭を振って「ダメよ」と拒絶した。

「ダメよハリー。だって私もスラグホーンに招待されてるんだもの。それであなたも『誰かひとり誘って連れてきてもいい』って言われてるんでしょ? だったらスラグホーンが期待してるのは、招待してない誰かを私たちが連れて現れることでしょう? だからダメよ」

 そうかなるほどそれならと、ハリーはルーナに向き直った。

 

「そっか。じゃあ……ねえルーナ。良かったら一緒に来るかい?」

 

 その途端ハーマイオニーとラベンダーとパーバティが3人揃ってハリーを鋭く睨んだが、ハリーを含めた男子たちの中では、ザビニくらいしかそのことに気づいていない。

 

「そんな顔しなくても、私は嬉しいよ。ジニーの予備でも」

 

 にぶちんの男子たちにもすんなりと理解できる言葉選びでハリーの心臓を刺したルーナは、しかしどうやら本人には配慮が足りないと指摘しているつもりは無いらしく、ただ本当に嬉しそうにハリーの目を見つめてニッコリしている。

 ジャスティンもノットも、向こうで宿題していたシェーマスとネビルとクリービー兄弟もアンソニー・ゴールドスタインも「ああなるほど」と、じゃあ確かに今のはハリーが悪いと納得している様子だったが、ロンとクラッブとゴイルだけは明らかに会話の流れについてきていなかった。

 

 うわあ本当だ今のは自分が失礼だったと気づいて反省しているハリーに、ルーナは言う。

 

「誘ってくれてありがとねハリー」

 

 驚いてしまうほど魅力的なルーナの笑顔をハリー越しに見ながら、この子もしかしてとっても強力なライバルなんじゃないかしらと、ジニーは大好きな友人を警戒し始めていた。

「――なあに? じゃああなた私と一緒に来る? ロン」

 ハーマイオニーも招待されていると知っているのでご機嫌ナナメになり始めていた兄が視界に入って、ジニーは勝ち誇ったような声色と表情でそう言い放った。

 

「……妹のお情けでパーティにありつくのは、流石に自慢にはならないと思うぞウィーズリー」 

 呆れているのを隠そうともしないザビニにそう言われて、ロンは速やかにヘソを曲げた。

 

「けっこう! 別に行きたくないね!!!」

 これだから男子は、とか言いそうな目をして、パーバティとパドマのパチル姉妹とパンジー・パーキンソンがクスクス笑っている。

「あら、そーぉ? じゃアストリア一緒に来る?」

 勝利とはこのことだと言わんばかりの笑顔でロンを突き放したジニーは、一瞬でいつもの凛とした柔らかさのある微笑みに戻って、期待を全身から発散させていたアストリアにそう提案した。

「あたし行きたい!!」

 大喜びしたアストリアがジニーに飛びついたのを見て、ザビニはダフネに声をかける。

 

「俺と一緒に来てくれるかグリーングラス」

「よろこんで」

 

 妹がひとりでパーティなんて心配だと顔に書いてあったダフネ・グリーングラスにザビニが助け舟を出し、一同は一旦そこで会話を切って各々の宿題と再び向かい合い始めた。

 

 そして、アストリアの体感ではあっという間に、その今晩の食事会はやってくる。

 

 一方、何故自分が招待されたのかも理解できていないまま、誰を誘おうかと悩みに悩んだネビルがついに声をかけたのは、スラグホーンが予想もしていなかったであろう人物だった。

「一緒に来てくれてありがとうノット」

「スラグホーンは死喰い人の関係者を招待しないって僕さっき説明したよな」

 ロングボトムに誘ってもらえたのは嬉しいがスラグホーンに歓迎されるとは思えないセオドール・ノットは、今とても複雑な気持ちだった。

 

「死喰い人なのはきみのパパで、きみじゃない。そうでしょ?」

「僕がお前の立場だったら、今、僕にそれを言えたかどうか、大いに怪しいだろうな」

 

 今のは厭味を言われたのではなく「きみの言葉に感銘を受けた」という意味のスリザリン語だと、ネビルは既に理解している。

 

「おや、これはこれはミスター・ロングボトム。よく来てくれた。それにそちらは――」

「セオドール・ノットです。スラグホーン先生。このロングボトムが僕を誘ってくれました」

 本当に自分はここに居てもいいのか場違いではないか、というような心中の不安などおくびにも出さず、ノットはスラグホーンに滑らかな所作と丁寧な笑顔で挨拶した。

 ザビニの招待で死喰い人の子である僕が来たらスラグホーンは良い顔をしないかもしれないがロングボトムの招待だったら許されるだろう、という打算がノットにはあったが、一方でネビルはスラグホーンがノットの父のことを知っているかどうか、仮に知っていたとして覚えているかどうかが怪しいと思っていた。セオドール・ノットのことをスラグホーンはもしかして「親が死喰い人」だとは認識していないのではないだろうかと。

 

 そしてネビルは、もしスラグホーンがノットを父親のことで咎めたら庇おうと心に決めていた。

 ノットの父の行いを理由にノットを咎めるのは、ハリーのパパの学生時代の行いを理由にハリーを嫌っているスネイプ先生と同列の、とってもイジワルな振る舞いだとネビルは思ったから。

「やあ、やあ。皆、よく来てくれた!」

 招待した生徒たちとその帯同者たちをテキパキと着席させてから最後に自分が席について、ホラス・スラグホーンはそう挨拶して夕食会の開始を宣言した。

 

「――次に、ミス・フローラ・カローとミス・ヘスティア・カロー。きみたちが連れてきてくれたのは、きみは、ミス・マファルダ・プルウェットだね?」

 順番に参加者たちを紹介していったスラグホーンが最後に名前を呼んだのは、スリザリンの1年生の女子3人だった。

「あ、はい。そうです。私、マファルダです同席させていただけて嬉しいです」

 フローラとヘスティアの間に挟まって座っているマファルダの所作がぎこちないのは、お行儀の良さと滑らかさを要求される場面に慣れていないのが原因ではなく、皆で囲んでいる大きな丸テーブルの正面の席に座っているハーマイオニーが原因だった。

 ハーマイオニーとできる限り目を合わせないように、マファルダは周囲を見回している。

 

「スラグホーン先生、あの、あそこの写真は、先生の生徒ですか?」

 ハーマイオニーから注がれている熱い視線を自分以外の何かに向けたくて、マファルダは咄嗟に目についたものに興味を持ったふりをした。

「そうだとも。ホリヘッド・ハーピーズのグウェノグ・ジョーンズに、日刊予言者新聞の編集長バーナバス・カフ。それにハニーデュークスの店主アンブロシウス・フルーム。それに、そっちの額縁の中の前列向かって右から2番目に居るのはきみのお父上だよミスター・ノット。もっとも、私にとっては『ミスター・ノット』という呼び名から思い起こすのは未だにきみでもきみのお父上でもなく、きみのひいおじい様だがね……私の新任初年度の生徒のひとりだからね……」

 セオドール・ノットの目の奥を覗き込んでそこにハリーが知らない誰かを見ているらしいスラグホーンは懐かしそうに微笑んだあと、数秒してからノットの右隣のハリーに視線を移した。

 

「そして、もちろんハリー・ポッター。きみがこの『スラグ・クラブ』の一員となってくれたことは、得難い喜びだ。こういう喜びのために教職復帰の誘いに乗ったと言ってもいい……ミスター・ロングボトムがミスター・セオドール・ノットを連れてきてくれたことも、ミス・カローとミス・カローがミス・プルウェットを連れてきてくれたことも、同じくらい私は嬉しいんだ」

 スラグホーンは気軽に杖を振って、隅の棚に飾られていた写真立てを呼び寄せて宙に浮かべた。

「見えるかい? ミスター・ポッター、それにノット、ザビニ、ロングボトム。そしてミス・ウィーズリー。きみたちは、この写真の中に知ってる顔を見つけられるはずだ」

 スラグホーンにそう言われると、いま名前を呼ばれなかった者達もその写真に興味を惹かれた。

 

「……母上?」

 

 いくつも浮かんで並んだ写真の中から最初に知ってる顔を見つけたのはザビニだった。

「母上だ。間違いない。学生時代の写真なんか初めて見たぞ」

「おや、そうなのかね?」

 ザビニの独り言の内容が意外だったらしく、スラグホーンは目を丸くして訊いた。

「母は断固として見せてくれないんです。スラグホーン先生」

「そうなのかね。あの子のことだから学生時代から何も褪せてなどいないだろうに」

「みんなそう言いますし、俺もそう信じていますが、母上はそうは思っていないようなのです」

 

「女の子ってそういうものよザビニ。何歳になってもね」

 

 ダフネ・グリーングラスがお菓子をもりもり食べている妹から視線を外そうとしないままそう指摘したが、ザビニは「母上が女の子……?」と納得しきれず首をひねっている。

 一方、ハリーは「コイツは絶対にルシウス・マルフォイだ」と確信できる白に近いブロンドの滑らかな長髪と鼻持ちならない傲慢な態度――だとハリーには見えている――目つきをしたスリザリンの青年を写真の中に発見していたが、ハリーはそんなもんを話題に上げたくはなかったので、引き続きいくつもの写真の中にどうやら居るらしい知っている顔を探し続けた。

 

「あ。これマクラーゲンくんじゃない? ほらコーマックくん、これ。この一緒に映ってる皆より頭ふたつ背が高い男の子。これきみのお祖父ちゃんだよ。そんでこっちの写真に居るのはアブラクサスくんだね。うわぁー、なっつかしいなぁー」

 

 ハーマイオニーの隣に座っているそのレイブンクローの制服を着た栗色の髪の女子生徒がスラグホーンに名前を紹介されていないし名乗ってもいないと、ハリーはそこで初めて気づいた。

「私、ラベンダーにもパーバティにもパドマにも断られちゃったの。だから、誘ってみたのよ」

「ありがとねえハーマイオニー」

 その名前がわからない女子生徒はハーマイオニーにお礼を言ったかと思えば、左隣に座っているホラス・スラグホーンのお腹に手を伸ばしている。

 

「ねえホラスくんお腹触っていいかい?」

「ダメだと言ったらやめてくださるのですかな?」

 

 そこでやっと、ハリーはそれが誰なのかに気づいた。

「お、お久しぶりです、先生。スラグホーン先生とも、……その、お知り合いなんですか?」

「老人ってのはこういうものなのさ。どうだいハリー、今年の『闇の魔術に対する防衛術』は」

「先生のほうがいいです。けど、スネイプだってことを考えると、意外と不毛じゃないです」

 

 去年「闇の魔術に対する防衛術」の教師を務めていたその実年齢122歳にも拘らず10代後半にしか見えない女子生徒は、そう言ったハリーを不思議な表情で見つめる。

「今年の防衛術が『意外と不毛じゃない』? そりゃ残念だねえ。きみともあろう者が、ハリー」

 先生の言葉がスネイプの魔法使いとしての実力の話をしていると解釈したハリーは、スネイプは確かに一流の魔法使いではあるという客観的評価とアイツは偏屈で狭量で卑劣なカスのクズだという主観的評価の間で揺れながら、結局「アイツ嫌い」という結論に落ち着いて頑固に抗議する。

「そりゃ、スネイプの実力は確かでしょうけど――」

「スネイプ『先生』だよハリー。嫌いな相手だからって理由だけで敬意を払わないのは自分の価値を下げる振る舞いだってことを、そろそろ学んでも損はしないだろう?」

 

 それはダンブルドアにも度々された指摘だったとハリーは思い出したが、だからといってスネイプに敬意を払う気にはなれず、結局ハリーの意識が向いたのはスネイプではなく、そのスネイプと比べるとずいぶん雰囲気の良い授業をしてくれているスラグホーンだった。

 

「スラグホーン先生、その、このような会合を、いつからしてらっしゃるんですか? きっかけとか、訊いてもいいですか?」

 ハリーがそう訊くと、スラグホーンは今スルリと女子生徒から姿を変えて自分のお腹を嘴で突っついているワタリガラスへと視線を落とした。

 

「それは、たったの一言で説明できるよ。私はね。……羨ましかったんだ」

 

 話が繋がっていないとハリーは思ったが、スラグホーンはワタリガラスを見つめたまま、罪を見咎められて観念したかのような不思議な表情で話し続ける。

 

「アルバス・ダンブルドアが卒業するのと入れ替わりに、私はホグワーツに入学した」

 

 ハーマイオニーとザビニとノットはそれだけで、全てを理解した。

「私が入学した年のホグワーツが、どんなだったか判るかい?」

 ダンブルドアと入れ替わりだというならなんとなく想像もできると、ハリーは思った。

 

「私がホグワーツに入学した年。杖十字会には無敵のチャンピオンとして5年生のアバーフォース・ダンブルドアが君臨していた。誰もアバーフォースに勝てないので1対3とか1対4とかの対戦カードばかり組まれていたが、それでも誰もアバーフォースに勝てなかった。だからこそ、そのアバーフォースが1度も勝てなかったと言う『兄』がどれほどの怪物なのかに私は興味を惹かれた」

 

 そこで10代のアルバス・ダンブルドアをハリーはどうにか想像しようとしたが、どうしても白くて長いヒゲが生えてしまうのだった。

 

「もちろん、きみたちがまだウィーズリーの双子の噂をするように、私にも『去年の7年生』の噂を先輩たちから聞かされる機会は多くあった。そしてその『去年の7年生』というのは、主にアルバス・ダンブルドアただ1人のことだった。もちろん他にもヘスパー・スターキーなど何人もの魔法史に名を残す優秀な魔法使いや魔女が居たのだが、それでもアルバス・ダンブルドアの前では彼ら彼女らも『その他大勢』だった」

 スラグホーンは、ワタリガラスを指で突っつき始めた。

「私は悔しかった。あと1年早く生まれていたらあの噂のアルバス・ダンブルドアと在学期間が被ったのに、と。先輩たちに『去年の7年生』がどんなだったかを聞かされるたびにそう思った。そして先輩たちは、私たち1年生に色んな話を聞かせてくれた。そしてその中には『絶対に嘘だ』と、私たち1年生をからかっているんだと確信できる突拍子もない噂がいくつもあった。それらの噂は全て先輩たちが『去年の7年生の先輩たちから聞かされた』という、又聞きの噂だった」

 スラグホーンが差し出した指を、そのワタリガラスは嘴で突っついている。

 

「私と入れ替わりに卒業していったアルバス・ダンブルドアが、1年生だった年の7年生。1892年度の7年生たち。私が通っていた頃のホグワーツには、まだ彼らの伝説が色濃く残っていた。その『先輩たち』と直接交流した最後の世代が卒業するのと入れ替わりに入学した私は、噂は全部本当だと血みどろ男爵に聞かされて、ますます羨ましかった。手に入ったはずの大きな宝物を、みすみす逃したような気分になったんだよ。いや、もちろん友達は居たし毎日楽しかったんだが、ホグワーツでの学生生活はとても幸福で有意義で輝かしいものだったが、それはそれとして、なのだ」

 

 ホラス・スラグホーンはワタリガラスを見ている。橙と緑の派手な目をしたワタリガラスを。

 

「だからたぶん、アルバス・ダンブルドアに自慢したかったんだ。私にも、お前にだって負けないくらい、こんなに素晴らしい知己が大勢居るのだとね。……それがたぶん、理由の半分だろうな。まったく。アルバス・ダンブルドアが人脈を自慢したことなど1度も無いというのにな……」

 そしてスラグホーンは顔を上げ、共にテーブルを囲んでくれている生徒たち1人ひとりを見る。

「――とまあ、動機は人に聞かせられるものではない情けなさだが、しかしお蔭で私は、きみたちという掛け替えのない宝物を得られたわけだ」

 満足げにそう締めくくったスラグホーンに、ノットがシャンパンを飲みながら声をかける。

 

「僕らが『宝物』ですか」

「そうだともミスター・ノット。教師にとって生徒は宝物だ。1度でも教えたなら永遠にだ」

 

 そしてホラス・スラグホーンは一転して寝息を立て始めたワタリガラスをテーブルに乗っけてから、再びハリーへと視線を移した。

 

「この写真だ。この写真。私の左隣に居るのがミス・エバンズだ。きみの母だハリー・ポッター。彼女は素晴らしい生徒だった。魔法薬学のみならず成績優秀だったし、誰にでも分け隔てなく接し、誰をも分け隔てなく叱った。ミスター・ポッターとミスター・ブラックとミスター・ルーピンとミスター・ペティグリューが、4人そろって床に座らされているのを見たことがある。ミス・エバンズがとても怖い顔をしていて、その隣でミス・キャッチラブがクスクス笑っていてね……」

 

 今でも目に浮かぶと呟いたスラグホーンにも負けないくらい、ハリーはその光景を鮮明に想像することができた。ただ、ミス・キャッチラブという人は知らないと思ったし、ペティグリューに関しては思い浮かべたくなかったので、結果としてハリーの思い浮かべた光景の中に居たのはシリウスと父さんとルーピンと母さんの4人だけだった。

 

「かの名高き『イタズラ仕掛け人』も、ミス・エバンズの前ではわんぱく盛りの弟たちのようだった。……ミスター・ポッターが叱られるのを楽しんでいるように見えたのは、気のせいではなかったのだろうな……ミスター・ペティグリューは毎回本気で怯えていたが」

 そう呟いてまた白ワインを一口飲んだスラグホーンは、パッと笑顔になって大きな声を出した。

 

「さあ、本日はきみたちにぜひ食べてほしいとっておきを用意してあるんだ――それではミスター・ウェーザビーくん! 皆さんに例の品をお配りしてくれるかね!」

 

 そしてスラグホーンに呼ばれた配膳係が姿を現した途端、ジニーもハーマイオニーもハリーも噴き出すように笑ってしまった。

 

「……悪いかよ、ハリー」

 

 どうやらそうまでして参加したかったらしい、親友たちところか妹まで招待されているのに自分には声がかからなかったのが納得いかなかったのだろうロン・ウィーズリーが、笑いたきゃ笑えと言わんばかりの開き直った表情で、そこに立っていた。

 

「ちょうどいいわ、シャンパンのおかわりをいただけるかしら。ミスター・ウェーザビーさん?」

 

 心底愉快そうに兄をからかったジニーの表情は、弟をまんまとイタズラに引っ掛けた時のフレッドとジョージの勝ち誇った笑顔とそっくり同じであるようにハリーには見えていた。

 それはロンにイジワルをしているのにイジワルさを全く感じさせない、不思議な暖かみのある人懐っこい笑顔だった。

 ウィーズリー家の人たちの性根の善良さが出ているんだろうなと、ハリーは贔屓目に見ていた。

 

「私にもおかわりをいただけるかしらミスター、……ウェーザビーさんと仰ったかしら?」

「はいただいま!!」

 

 ハーマイオニーまで面白がってそんな要求をし、ロンはどんどん不機嫌になっていきながらも頑として給仕係の役目に従事し続けたのだった。

 

 




 
【1877年のクィディッチ・ワールドカップ】
 公式設定。

【ホラス・スラグホーンの生まれ年とスラグ・クラブ開催のきっかけ】
 私の妄想。スラグホーンの年齢は公式では、ダンブルドアが「きみは儂ほど年寄りではない」と言ったことと、トム・リドル在学時に既に教授だったという点から推測することしかできない。

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