104年後からの今   作:requesting anonymity

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61.過去の自分を見る勇気

 体を鍛えて持久力と瞬発力を取り戻すにしても、何もずっとトンクスの奴とリーマスと3人一緒に居なければいけないなんて命じられてはいないという気づきと、そして可愛い水の精ニンファドーラちゃんと我らがムーニーを2人っきりにしてあげようというスケベ心にも突き動かされて、シリウス・ブラックは1人で特に目的地も定めないままロンドンの街をバイクで駆けていた。

 

 ベラトリックスあたりは自分のことを今すぐにでも殺したがっているだろうなあとか、ヴォルデモートにしたって別にそれを後回しにさせる理由なんかないはずだから気をつけなきゃなあとか、お、今そこを歩いてたお嬢さんとっても美人で巨乳が服から溢れそうで柔らかそうだったなとか、ハリーたちが「両面鏡」越しに教えてくれたドラコの懸念は不死鳥の騎士団でも共有しておくべきだろうとか、そういう真剣で重大な思考を頭の中でグルグルと巡らせながら。

 

「思えばこいつに乗ってやるのもずいぶん久しぶりだな……」

 

 ルーピンを始めとする「騎士団」の面々に潔白を信じてもらえた3年前からずっとこのバイクの整備だけはしていたシリウスは、前方から次々に迫ってきて自分を貫いて背後へと流れていくロンドンの街並みとそこに暮らす人々の営みを全身に浴びながら、今あらためてウィゼンガモットから正式に無罪放免を勝ち取ったという事実と喜びを噛み締めていた。

 

 そしてシリウスはなんとなく「ここなんか良さそうだ」とぼんやり思って、今たまたま通りがかった、マグルが身体を鍛えるための施設に、入ってみた。

 

「見学させてもらってもいいかな」

「もちろん。ボクシングに少しでも興味がある奴は皆オレたちの仲間だ。屋内用の靴は持ってるか? 無い? ならあそこの棚からサイズ合うのを見つけて履くといい。――心配しなくてもウチの娘にだって履かせられるくらい、食べられるくらいに綺麗にしてあるから遠慮せず履いてくれ」

 

 何人ものたくましい男たちが各々の肉体を研ぎ澄ませるべく額に汗してひたむきに打ち込んでいるそのボクシングジムでは、今まさに体格の良い若者がコーチなのだろう年上の男性とトレーニングに取り組んでいる真っ最中だった。

 

「アイツ、今ミット打ちしてるでっかいのな。一昨年の12月の終わりごろ、クリスマスの翌日に来たんだよ。なんでもここに入会させてもらうのをパパとママにクリスマスプレゼントとしてオネダリしたんだと。そんでよ、そん時ゃ『血じゃなくてバターと砂糖が流れてんだろうなコイツは』ってくらいのおデブちゃんだったから、オレぁてっきりすぐに辞めるだろうと思ってたんだが――」

 

 壮年のたくましい男はそこで言葉を切って、シリウスに問いかけを投げる。

「――あんた、ちょっとやってみるか?」

「いいのか? 来たばかりの私が参加しても?」

 シリウスのその言葉には好奇心と喜びがたっぷり含まれていて、だからこそそれを聞いて笑顔になったのはシリウスに応対してくれているその男だけではなかった。

 

「良いも何も。ここはボクシングジムだぜ? ボクシングして何が悪い。さあ、コレ嵌めてリングに上がんな――ちょっとこの兄さんの相手してやってくれるか、ビッグD!」

 

 ビッグDと呼ばれているらしい、ずっと練習相手のミットに拳を打ち込み続けていた体格の良い青年は「いいぞ」とだけ返事をしてから、シリウスの方を見た。

 

「よろしく」

「よろしく」

 

 お互いの名前も知らないのに、しかもあくまでも「礼儀正しく」殴り合うなんて不思議だなあと、殴り合うからこそ礼儀を重んじるんだろうなあと考えているシリウスは、目の前の若者の名前をまさか自分が知っているなどとは、想像だにしていなかった。

 

 まさかこのイカしたオジサンがハリーの父親の親友だなんて、ダドリーは想像すらしていない。

 まさかこの子がハリーのいとこの太っちょダドリーだなんて、シリウスとて思ってもいない。

 

 ダドリーが一心不乱にダイエットに打ち込み始めたのは去年からで、ボクシングに真面目に打ち込み始めたのも去年からで、ハリーはシリウスと一緒にいる時にダドリーの近況なんてつまんない話題をわざわざ逐一報告したりしないので、シリウスの知っている「いとこのダドリー」は未だに甘やかされすぎた哀れなクソデブのままだったし、それだって聞いた話からの想像で、実物を目にしたのは今が初めてなのだ。

 

「いいか。あんたがボクシングのことどのくらい知ってるのかわからないから、1から説明するぞ。まず試合中は必ずこのグローブを両手にはめる。それで下半身に攻撃するのは反則。ズボンを締めてるベルトより上を殴るんだ。それと投げるとか蹴るとかも禁止。相手の目玉をえぐるのとかも禁止されてるんだけど、これはいくらなんでも言われなくたってわかる……あと、倒れてる相手に追い打ちかけるのも禁止。やっつけた相手が頑張って立ち上がろうとしてる時は、立ち上がれるまで待つんだ。あんたは見学に来ただけだから、そこまで思いっきりやっつけたりしないけどな」

 目の前の大きな若者にそう説明されて、シリウスは不敵に笑ってみせた。

 

「おや、手加減してくれるのか。優しいんだな」

「そりゃお前、見学しに来たやつを1人残らずブチのめしてたらボクシング仲間が増えないだろ」 

 

 シリウスがその言葉に「そりゃそうだ」と返したきり、2人は無言になった。そしてダドリーは目の前の見学希望者に「来いよ。パンチを打て」と大袈裟な身振りで示し、シリウスは一瞬だけ迷ってから、勇気を出してそれに従う。

 たった今はじめて会ったばかりの若者を思いっきり殴るというのは、それがたとえスポーツでも、いくら相手の体格が良くても、シリウスにとっては勇気を必要とする行いだった。

 

 しかしダドリーは、まるで飛び込んできた幼い我が子を受け止める父親のように、シリウスの拳を苦も無く防いでみせた。

「何を待ってる? もう1発来い。相手を休ませるな」

 主義信条によるものか、ダドリーはシリウスの拳を防ぎこそすれども一切避けようとしない。そして、その理由をダドリーは未だ、パパとママにすら説明していなかった。

 

 去年の8月2日に家の近所の道路で、一体なにを経験したのか。

 

 吸魂鬼の襲撃を受けたのだと、シリウスはハリーから聞いて知っている。しかし同じ家に住んでいる従兄弟が魔法使いなのに魔法界のことを何も知らないダドリーはもちろん吸魂鬼のことも知らず、あの日ハリーが自分を一体なにから護ってくれたのかも、正しくは理解していない。

 

 ただ、ハリーが何か魔法を使っていたことと、ハリーがそうしていなければ自分はもっとひどい目に遭っていただろうということだけは、今ではダドリーも理解できていた。

 あの時あそこには何かが居て、それが自分とハリーに襲いかかってきて、それで自分はあんな目に遭ったのだろうと、ダドリーは推測していた。

 

 ダドリーにとって、自分とハリーを襲ったものは、自分自身だった。

 

 客観的事実では吸魂鬼によって、ダドリーの記憶では「おそらく自分自身だと思った何か」によって、ダドリーは見た。

 吸魂鬼はただそこに居るだけで、人に最悪の記憶を想起させる。そしてダドリーが想起させられた最悪の記憶とは、ダドリー自身の普段の姿だった。自分がどんなに甘えていて、乱暴で、ズルくて、意地悪で、醜い振る舞いをしていて、邪悪なのか。自分はクソバカで甘ったれでイジメっ子のクズだと、ダドリーはあの日、理解したのだ。

 

 それはダドリーにとって地獄の苦しみだった。自分自身の汚点から目を逸らすことは許されず、視界と思考の全てが己自身の邪悪さとそれに対する嫌悪感でいっぱいになったダドリーは、しかし、そこから自力で抜け出した。ダドリーは、自分で自分を救済したのだ。

 

 おれは絶対にこのままではいけないと奮起することによって。

 

 それはピーター・ペティグリューやギルデロイ・ロックハートが乗り越えられなかった、どころか挑もうとすらしなかった試練だった。

 奮起したダドリーは、ダドリーなりに、変わろうと努力を始めた。ハリーたちがアンブリッジのことをあっという間に大嫌いになった頃、自分のことを好きでいられなくなったダドリーは、まず今までは嫌々しかたなく取り組まされていたダイエットに、真剣に向き合い始めた。ある日の夕食中、美味い野菜が食べてみたいと言ったダドリーを見て、バーノンとペチュニアは目を丸くした。

 

 そうして、ピーマンを美味い美味いと言って喰うやつは正気ではないという確信を改めて抱いたダドリーだったが、同時にちょっと我慢すれば喰える程度の不味さだと認識を新たにしてもいた。

 それに、今までそんなこと思ったためしもなかったのに、トマトは美味かった。

 

 パパとママにねだって始めさせてもらっていたボクシングでも、自分より体格の良い相手や、無差別級のゴリラみたいな大人たちにすらスパーリングを頼むようになった。 

 おれは一度ぺしゃんこにブチのめされるべきだという思いからそうしたダドリーは、このジムで一番強い身長2メートル20センチ体重210キロの特大ゴリラに来る日も来る日も勝負を挑んで何度も何度も粉砕されるうちに、そのゴリラのゴリラパンチを、少しずつ防げるようになっていった。

 

 弱そうなやつだけ選んで試合するのはキッパリやめた。

 

 そして一瞬の隙を突いた反撃の拳でそのゴリラを初めて後ずさりさせられた日、以前あれだけタップリと腹に蓄えていた贅肉は、気づけばほとんど全て無くなっていた。

 そのゴリラはニッコリ笑って、ダドリーのことを褒めてくれた。

 

 ゴリラがくれた「今のパンチは良かったぞ」という短い一言は、今までパパとママから貰ったどの褒め言葉よりも嬉しかった。

 ダドリーは「ありがとうゴリラ」と言ってしまったのに、そのゴリラは全く怒らなかった。ゴリラはただ「そういえば名前言ってなかったな」と呟いてから、ウホウホと豪快に笑っていた。

 

 本当の強さってのはたぶんこういうことなんだと、ダドリーはゴリラの笑顔を見ながら思った。

 

「あんた、なんか闘い慣れてないか? なんか格闘技とかやってたのか?」

「特には! けどいとこが乱暴者で、会うたびに私を殺そうとする――きみのパンチは重いな!」

 

 先程「じゃあ今からはこっちも反撃するからな」と律儀に宣言してから攻撃を開始したダドリーと、シリウスはお互いに相手の名前など考えもしないまま殴り合い続けている。

 

 ダドリーはシリウスのパンチを全てガードしつつ、的確に手加減しながら何発かイイのを叩き込んだ。そして、先にシリウスの体力が底をついた。

「楽しいな。ボクシングってのは」

「そう思ってくれたのなら良かった」

 立ち上がるのに手を貸したダドリーと手を借りて立ち上がったシリウスは、お互いが誰なのかなど全く気づきもしないまま、仲良くなれそうだとなんとなく思っていた。

 

「いとこが乱暴者なのか?」

 

 自分たちと入れ替わりに練習試合を始めた無差別級のゴリラたちを見ながら、シリウスとダドリーはベンチに並んで座って休憩している。

「うん。性根の腐った筋金入りさ。いとこだと認識するのも嫌だ。それで、だからってわけじゃあない……いや、あいつも理由の一部ではあるけど、とにかく私は強くならなくちゃいけないんだ」

 

 いとこが乱暴者だというシリウスの言葉は、ダドリーの心を貫く告白だった。

 その「乱暴者のいとこ」という言葉から、ダドリーが思い浮かべたのは自分の姿だった。

 

「おれもそうだったんだ。乱暴者だった。もう今は違うなんて、思いたいけど言えない」

 

 そう呟いた若者の表情から自罰的な意思を感じ取って、シリウスはなんとなく事情を察した。

「変わるべきだったのに変われなかったやつを、変わろうと努力する勇気が無かったやつを、私は1人知ってるよ。そいつは友達を全部なくして、今はもう誰にも愛されなくなってしまった。学生時代は可愛いところもたくさんあるやつだったんだけどな…………」

 

 シリウスはピーター・ペティグリューに対して恨み骨髄に徹しているが、同時に心の奥底では、「ワームテール」という単語から想起する学生時代のピーターのことは、どうしても嫌いになりきれなかった。結果、いつの間にかシリウスは、ジェームズとリリーの死を招き12人のマグルを殺し自分に罪を着せセドリック・ディゴリーを殺した裏切り者のピーター・ペティグリューと親友だったワームテールを、分けて考えるようになっていた。

 

 私たちを裏切ってヴォルデモートについた時にワームテールは死んだのだと、そう考えることでシリウスはかろうじて現状に納得することができていた。

 それはそのくらい辛いということでもあったが、リーマスとハリーを始めとする大切な他者の存在がシリウスを支えていた。

 幸せになってほしい人が、シリウスにはたくさんいた。

 もちろんリーマスもハリーもシリウスに幸せになってほしいと思っていたが、当のシリウスは、自分がピーターを「秘密の守り人」に推挙したのだという罪の意識から未だに抜け出せずにいた。

 

 シリウスは、ジェームズとリリーの死を招いたのは自分だと、そう考えているのだ。

 

「おれ変われるかな」

 

 どこか不安そうにそんなことを呟いた若者の姿が、シリウスには輝いて見えた。そして一方のダドリーにも、このやたらカッコいいオジサンが輝いて見えていた。

 あのバイクこのオジサンが乗ってきたよなカッコいいなあと、ダドリーはチラチラとガラスの向こうの駐車場を気にして、あんなの乗るんだからパパとも気が合いそうだとか思っていた。

 

「『自分は変われるのか』って不安に思うのはな。変わることができる奴だけなんだよ。変われない奴はそんなこと考えもしない。だからきみは変われるよ。真面目に努力し続ければきっと」

 

 親友だったワームテールの奴とジェームズを思い浮かべて、シリウスはそう保証した。

 

「きみは努力を続けるんだろう?」

「うん。おれは変わらなきゃいけないんだ。今のままじゃダメだ」

 

 去年のあの日をきっかけに自分がもう既にどれだけ良い方向に変わったのかなど考えもせずに、ダドリーは絶えず自分にそう言い聞かせて、一心不乱に努力し続けていた。

「…………ここって何をどうやれば入会できるのかな? 条件とかあるのかい?」

 シリウスがそう訊ねたことで、交代で練習試合をしていたゴリラたちが色めき立った。

 

「おれたちの仲間になってくれるのか?!」

「マジかよ、ビッグDが新しいボクシング仲間を捕まえたぜ!!」

「やるなビッグD!」

 

 ドコドコと激しい足音を立てて寄ってきた無差別級のマッチョマンたちに囲まれて、当人たちにそんなつもりはなくとも普通なら威圧されてしまいそうなところ、シリウスは全く平気で笑っていた。「全員合わせればハグリッドと同じくらいの体重になるだろうか」とか考えながら。

 体重が100キロを超えているだろう筋骨隆々の彼らと比べてもまだ階級違いだと言えるハグリッドが全力で戦うところを、そう言えば見たことがないと気付いたシリウスは「もし仮にハグリッドがマグルの格闘技をやったら」と想像してみたが、思い浮かんだのは「怪我させたくねえ」と言って試合を断固拒否するハグリッドの姿だけだった。

 

「入会するよ。…………頭金とか要るかな? それとも書類に署名を――書くものを――」

 

 ポケットの中を探るふりをして杖なし無言で変身術を行使して羽根ペンをボールペンに変えたシリウスはそのまま本当に入会し、この日から新しくボクシングを始めることになった。

 

 そして大いに有意義な外出だったと満足しながらジムを後にする帰り際、気が合うように思えたのでシリウスは、もう一度その「ビッグD」と呼ばれている若者に話しかけた。

「きみは今日まだトレーニングを続けるのかい?」

「ああ。今日は夕方までずっとだ」

 律儀に外までついてきて見送ってくれるらしいその若者が自分のバイクに興味を持っていることに気づいて、シリウスは内心ウキウキしながら自分のオートバイを示す。

 

「気になるかい?」

「おれも免許取りたいんだけど、ママが大反対するんだ。あぶないからって」

「ママってのはそういうもんさ。私の母上様もそりゃあ優しい人だった……」

 

 優しい人というのが言葉通りの意味ではなくどうも皮肉らしいと、ダドリーはなんとなくそう思った。思ったが、家庭の事情に安易に踏み込むのは失礼だと、そういう話題に踏み込む時はとびっきりの気遣いと細心の注意を払った言葉選びが必須だとジムの仲間たちからそう教わっていたので、ダドリーは何も訊かなかった。

 その代わりに、ダドリーはまったく別の話題について訊いた。

 

「なあ、『トップ・ギア』は好きか?」

「? なんだいそれ」

 

「知らないのか?!! 知らないなんてことができるのか?? 車の番組だよ! BBCの! まさか――でももし本当に知らないなら、きっと気に入る! 最高の番組だ! パパが大好きで全部録画してるから、良かったらこんどウチに来てくれ。冗談とか挨拶じゃなくてホントに言ってるんだぞ――絶対楽しいから! パパとママと一緒に歓迎するからさ」

 

 この子の家族ならきっといい人たちだろうなあと思い浮かべながら、シリウスは訊く。

 

「きみの家ってどこにあるんだい? っていうか、私もきみもそういえばお互いの名前すら知らないな……訊く前に私が名乗るべきだな。私はシリウス。シリウス・ブラック。よろしく」

「おれ、ダドリー。ダドリー・ダーズリー。サリー州のリトルウィンジングにあるプリベット通り4番地にパパとママと住んでる。いいところだぞ」

 

 目の前の若者が誰なのかをついに理解して、シリウスは目を丸くした。こんな偶然があるのかと、開いた口が塞がらなかった。

「…………そんな。そんなまさか……こんなことが……それじゃあ、それじゃあつまり、きみがハリーのいとこのダドリーか…………」

 数秒完全に硬直したあとで、シリウスはどうにか声を出せた。

 そしてそう言われたダドリーも、目の前のカッコいいオジサンが「何」なのかを察した。

 

「あんたもしかして魔法使いか」

 

 そう言った直後、ダドリーは気付いた。だからって仲良くできないなんてことはないと。なにせ現にさっきまで隣同士に仲良く並んで座って会話を楽しんでいたし、共にリングに上がってスパーリングをしたのだ。それは信頼関係無くしてはできないことだと、ダドリーは知っている。

 

「…………きみのいとこのハリーの、父のジェームズと私は親友だった。親友『だった』って言うのが今でもまだ辛いくらいに。だから、私は強くならなきゃいけないんだ。ハリーを助けてあげるために。助けるつもりで脚を引っ張るなんてことにならないために」

 

 シリウスがそう自己紹介したのを最後に少しの沈黙が流れて、それからダドリーは何やら考え込むような仕草をした後で、もう一度同じことをシリウスに言った。

 

「こんど家に来てくれよ。歓迎するから。パパと一緒に『トップ・ギア』見よう」

「喜んでお邪魔するよ。その『トップ・ギア』って番組、気になる。それに、きみのパパとママにも会ってみたいし」

 

 シリウスも、ダドリーも。勇気を出して提案したし、勇気を出して承諾した。それは間違いなく称賛されるべき挑戦で、禍根やしがらみといったものに世代を超えさせないための、過去の負の遺産を未来に受け継がないための試みの、その大切な最初の一歩だった。

 

 しかしそう約束した直後、ダドリーの顔は蒼くなった。

 そしてそーっと、恐る恐る、念入りに気を使った小さな声で、ダドリーはシリウスに言う。

 

「言いづらいんだけど、パパとママは魔法が大嫌いなんだ……。だからその、ウチに居る間は」

「話題は選ぶよ。ちゃんと。ジェームズがどんな失敗をしたか、本人から聞いて知ってるんだ」

 

 あの日間違いなくハリーは魔法を使って自分を助けてくれたと確信してからというもの、ダドリーは以前ほどには「魔法」と名の付くものについて、嫌悪感や忌避感を抱かなくなっていた。

 しかし、バーノンとペチュニアはダドリーの行動様式が一変したことにはもちろん気づいていたし驚いていたしボクシングに真剣に取り組んでいることも応援していたが、なぜそうなったのか、なぜ息子が急に野菜が食べたいとか「ちょっと走りに行ってくる」とか言うようになったのかは、全く知らないままだった。ましてやその原因に魔法とハリーが関わっているなど、バーノンもペチュニアも全く予想すらしていなかった。

 

「おれ、もしかしたらハリーとも、仲良くなりたいのかもしれないんだ」

「ハリーにもそう思わせることができたら、そしたら必ず仲良くなれる。私がジェームズと親友になれたのと同じように」

「そのジェームズって、確かハリーのパパだよな? パパが昔名前を呼んで文句を言ってた……ハリーのパパとママってどんな人だったんだ? おれのパパとママは全然その話をしないんだ」

 

 ジェームズから昔聞いた話を思い出して、シリウスは笑った。

 

「きみのパパとハリーのパパは、初めて会った時にね。お互いに大失敗したのさ。きみのパパも無礼だったし、ハリーのパパも無礼だった。ジェームズは――ハリーのパパはね。魔法使いしかいない家で育ったんだ。そして魔法使いしかいない学校を卒業して、魔女と結婚した。きみのパパはきみも知っての通り、魔法使いなんか1人だっていない環境で生きてきた……だからお互いに、何が相手にとって失礼な物言いなのかとか、これを言うと相手はどう思うかとか、そういう想像とか気遣いがまったくできなかったんだ。……そりゃ喧嘩にもなるよな」

 

 ダドリーはなんとなく自分のパパとハリーのパパの会話を想像して、それで自分のパパが機嫌が良くなるとは想像できなかったので、続きが気になってシリウスにさらに訊く。

「どんな話をしたのかって、聞いてたりする?」

 

「ジェームズとリリーから聞いたよ。まず、きみのパパが『どんな車に乗ってるんですか』って質問した。けどね、魔法使いは車に乗って移動しないんだ……あと車に魔法をかけるのは違法だ……だからジェームズは乗ってる車種を答える代わりに『箒に乗って空を飛ぶんです』って説明した。けどそんなのきみのパパには想像できなかった。きみのパパはたぶん『どれだけ貧乏だったらそんなことをする羽目になるんだ』って思ったんだろうな。そして、きみのパパは、それをジェームズに面と向かって言ってしまった。それでジェームズは喧嘩を売られたと解釈して、自分の生まれ育った家と、先祖から受け継がれてる資産の話をした。ジェームズのお父さんとお祖父さんともっと昔の先祖が各々大成功したお蔭で、ジェームズの家はとっても裕福だったんだ……」

 

 ブラック家もポッター家に劣らないほどの資産を蓄えて受け継いでいるが、それはシリウスにとって誰かに胸を張って自慢できるような話ではなかった。

 

「それで言い争いになって、それっきり。ジェームズはリリーに『必ず仲直りをする』って約束したんだけど、その機会が来るより先に『あの日』が来た。ジェームズとリリーは死んでしまった」

 

 ダドリーがどういう思いで今の話を受け止めたのか、シリウスには想像するしかない。ただ、今の話を真摯に受け止めてくれたことだけは、ダドリーの表情から察することができた。

 

「『トップ・ギア』一緒に見よう。パパと3人で」

「ああ。必ず」

 

 そう約束して、間違ってもフクロウで手紙をよこすなと釘を刺されたので宛先を聞いて、シリウスはダドリーと別れた。

 そしてグリモールド・プレイス12番地に帰り着いたら居間にいたルーピンに迎えられて、そこでようやくシリウスは「今日はなんて奇妙な体験をしたんだろうか」と、実感が湧き始めていた。

 

「なあムーニー聞いてくれ。今日すごい偶然があったんだよ――」

 

 シリウスは変身していないのに、その姿がルーピンにはまるで大型犬が後足だけで立ち上がってパタパタと尻尾を振っているかのように見えていた。

 

「きみは可愛いねパッドフット」

「カッコいいと言われたい!!」

 

 妙な言い回しで抗議してきたその表情も、ルーピンには人懐っこい大型犬に見えた。

 

 一方、その日の夜のホグワーツ城で。すべての授業が終わったあと、ハリーは校長室を訪れていた。今学期が始まる前に本人から直接通達された、ダンブルドアの個人授業を受けるために。

 

「こんばんは、ダンブルドア先生」

「こんばんは。ハリー。それでは、早速じゃが、始めようかの」

 

 呪文でもなければ魔法でもない、しかしヴォルデモートと戦うために欠かせない武器を、ダンブルドアはハリーに授けようとしていた。

 ヴォルデモートの生い立ちとそこからくる人となりに関する詳細な知識という、強力な武器を。

 

「まず、ゴーント家という魔法使いの家族の話から始めねばならんの。本人はお忙しい方なので、今回は『憂いの篩』を使うことにする――」

 今回はと言いつつこの授業では御本人を呼ぶのではなく一貫して憂いの篩を使うつもりでいるダンブルドアは、一体いつからホグワーツにあるのかわからない古びた水盆のようなものを杖でかき回して、その記憶を表面へと浮かび上がらせた。

 

「儂がホグワーツの1年生じゃった時、スリザリンの7年生にゴーントの家の者がおった。じゃからまずは、当時の儂の記憶を見てもらおうかの…………正直、気は進まんがの……」 

 

 何やら説明が尻すぼみになってブツブツ呟いたダンブルドアに続いて、ハリーはその水盆に顔を漬ける。そしてハリーとアルバス・ダンブルドアはその記憶の中へ、1892年のホグワーツへと深く入り込んでいった。

 

 




 
 ダドリーが「不死鳥の騎士団」冒頭で吸魂鬼に襲われた時、呼び起こされた最悪の記憶というのが「今までの自分」で、それで自分がどんな奴なのかを初めて客観視して激烈な自己嫌悪に襲われたのと、それをきっかけにして変わろうと努力し始めたのは公式設定。

 原作者曰く、バーノン・ダーズリーは「トップ・ギア」の大ファンだそうな。
 次回、ホグワーツが最も騒がしかったその年。

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