104年後からの今   作:requesting anonymity

63 / 83
63.過去を経由して

 どこなのか判らないどこか。本棚がたくさんある薄暗い部屋で、フクロウを模した目元を覆う仮面を身に着けた燃えるような赤毛にそばかす顔の青年が、銀色の水盆のようなものに顔を漬けた。

 英国魔法省神秘部部長を何十年も務めているその人物は、顔でも洗うかのように慣れた様子で「憂いの篩」を用いて過去の記憶を見返している。

 

 遠い過去の風景に全身を浸した青年の視界にまず映ったのは、懐かしい教え子の顔。

 

「先生! 先生わたし先生に伝言を預かってるの!」

「おや。誰からだいミス・ヴァブラツキー?」

 

 1905年。この青年が31歳だったその年、その女の子は11歳だった。しかしその女の子は同時に17歳でもあって、我が子が生まれたばかりの母親でもあって、今際の際の老婆でもあった。

 カッサンドラ・ヴァブラツキーにとっては物心ついたその時から、未来は現在だった。

 

「セブルスって呼ばれてたけど、最初にセブルスって呼んだ人の顔は見えなかったわ。だってすんごい暗い部屋だったんだもの! あんなところにずっと居たら目が悪くなっちゃうわ!」

「見えたものを、僕に伝えるべきだと思ったのはどうしてだい?」

 

 11歳のカッサンドラは一切考え込んだりせず、その質問に即答する。

 

「だって、あの『セブルス』とか『スネイプ』って呼ばれてたベッチャリした髪のおじさまって、先生に頼まれてあそこに居るんだもの。だから先生は知っておかなきゃダメよ」

「つまり、僕がいつかその人に頼む、何かの……進捗か結果を、きみが今教えてくれるんだね?」

「違うわ。わたしは見たものを伝えるだけ。伝えるべきだと思ったことを。解釈するのはアナタ」

 

 そう言った11歳のレイブンクロー寮所属の女の子の瞳は、不思議な色をしていた。

 

「…………クッキー食べるかいカッサンドラ?」

「食べる!」

 

 このカッサンドラ・ヴァブラツキーの「奇妙な」言動を、まともに受け取る人物は限られていたし、本当に未来が見えているのだと信じている人間は、さらに極めて限られていた。

 それこそ片手で足りるほどに。

 両親でさえ、彼女の「予見者」としての能力については、信じてあげたいと思いつつも、自分たちに予見者の才能が無い以上、半信半疑にならざるを得なかった。

 なにせ圧倒的大多数の「予見者でない者たち」にとって、ある人物が本物の予見者かどうかなど判断材料が皆無なのだから、最愛の我が子だからという贔屓目を持ってしても「できることなら」とか「なるべくなら」などの枕詞が、信じて「あげたい」という結論と共についてくるのだった。

 

 そしてこの歴史あるホグワーツ魔法魔術学校においても、それは同じだった。この1905年当時、まだ周囲から見れば何者でもない11歳の1年生だったカッサンドラ・ヴァブラツキーは、ほとんど全ての生徒にとって「おかしなことばかり言う変な子」だった。

 教職員の多くも、もうすこし柔らかい表現ではあるものの、同じ感想を抱いていた。しかしほとんどの生徒たちとは違ってホグワーツの教職員たちは、そして極一部の生徒たちも、本物の予見者というものは稀だが確かに実在するという歴史的、客観的事実を、知識として有していた。

 そんな彼ら彼女らは、2人の「先生」に意見を求めた。

 ひとりは例年ならホグワーツの占い学の教授を務めているがこの年はアフリカのワガドゥーまで娘に会いに行っていたので休職中だったムディワ・オナイ先生。

 そしてもうひとりが、そのムディワ・オナイの代理で今年だけ占い学の講師を務めている、青年だったりお嬢さんだったりもっと小さな子どもだったりする、このおかしな魔法使いだった。

 

 この魔法使いが持つ「ホグワーツの歴史上最も多く規則違反で罰せられた」という記録は、結局1978年にイタズラ仕掛け人たちが4人がかりでやっと上回るまで、誰にも破られなかった。

 トム・リドルが在学中に犯したいくつもの重大な規則違反はどれも公にならなかったので、トムは在学中に「罰せられた」規則違反の数では、歴代でも特に少ない品行方正な生徒だった。

 一方、在学中に「犯した」規則違反で比べるなら、重大さと非道さならトムが上回っていたが、くだらなさと数で比べるならこのおかしな魔法使いが圧倒的に上回っていた。

 

 そんなホグワーツの歴史に残る問題児は、ムディワ・オナイ先生と同じく、本物の「予見者」でもあった。知るはずがないことを知り、未来を垣間見て、初めて見たはずの光景を前にも見た。

 だからこの年ホグワーツに居た中では唯一その魔法使いだけが、カッサンドラ・ヴァブラツキーの「おかしな話」を、真剣に受け止めた。

 一言たりとも聞き漏らしてはいけないと、この魔法使いだけが理解していた。

 

「クッキー美味しいかいカッサンドラ」

「美味しい! このクッキーすごく美味しい! これ先生が作ったのよね?」

「そうだけど、作り方を教えてくれたのは僕が生徒だった頃のホグワーツの先生だよ」

「わたし知ってるひとかしら? どの人? どんな人? 探してみる!」

 カッサンドラは彼女の目に今も見えている未来の光景からこのクッキーのレシピの主を探そうとしているのだと、その魔法使いは理解している。 

 

「元々はまた違う人が考えたレシピなんだけど、僕に教えてくれたのはヘキャット先生だよ。ほら『防衛術』の先生でレイブンクローの寮監の」

「……ヘキャット先生って先生が生徒だった頃から先生なの? すごいわ!」

 

 そのままモリモリとクッキーを食べ続ける11歳のカッサンドラ・ヴァブラツキーがグリューワインをリクエストしてきたので少し悩んでから提供したその「先生」は、クッキーを3回おかわりしたカッサンドラが大満足して「ぷふー」と小さく息を吐いた直後に、やっと話を本題に戻した。

 

「……それで、今日は僕に何の話をしてくれるんだっけミス・ヴァブラツキー?」

「ほぇ? …………あ、そうだったわ! ちょっと待ってね先生もっかい見るから」

 

 そして椅子に座っているので足が床に届いていない小さなカッサンドラは目をゆっくり閉じて、またゆっくり開けて、何度か瞬きして、キョロキョロして、また目を閉じた。

 

「あ、そうそう。ここの、この人。このスネイプって呼ばれてる人、もしかして髪を整えるのにラードとか使ってるのかしら。牛脂かしら? お風呂に入ってないわけ無いわよね」

 知らないおじさまの入浴頻度など「見て」みる気にはなれないカッサンドラは、このスネイプと呼ばれている人は髪を整えるのにラードか牛脂を使っているのだと、そう信じることに決めた。

「この人なんだかおっきいコウモリみたいね? バサーって動いてるわ。それでねぇ、あら。このおっきいヘビは何かしらね。これ普通のヘビじゃあないわよね?」

 その話を小さな丸テーブルの対面に座って聞いている魔法使いは、何も言わない。カッサンドラが見たものを見たまま証言するのに任せている。

 

「ルックウッドさんって人のこと。何か調べることがあるって……そう。それを先生がこのスネイプって呼ばれてる人に頼んだのね。そうそう。頼むところ見たもの私」

 そう言った直後、カッサンドラはまんまるの目をさらにまんまるにしてカッと見開いた。

 

「あらま! このルックウッドって呼ばれてる人、お尻に街ができてるわ! どんな魔法かしら! ねえ先生、このルックウッドって人、3つめの郵便局ができたわ! お尻に!」

「カッサンドラそれどうにかして僕にも見せてくれないかい」

「あら、それはダメよ。だって先生、こないだわたしの記憶をそこの『憂いの篩』で見た時、その後しばらくゲエゲエ吐いてたじゃない。『目が回るー』とか『頭イタイー』って呻いて」

 

 カッサンドラ・ヴァブラツキーにそう指摘されて、その先生は椅子に深く座り直した。

 

「そうだったねえ。カッサンドラは……あんなのずっと見えてて頭痛くなったりしないのかい?」

「ぜんぜん? 私はむしろ、前に先生に『記憶』を見せてもらった時から、あれだけしか見えないのが普通だって言うなら、皆はいつもどうやって廊下を歩いてるのかしらって、そう思ってるわ」

 いつ誰がどこを何を抱えて歩いてくるかを知らないのが普通だというのなら皆は一体どうやって誰ともぶつからずに歩けるのだろうと、カッサンドラはこの当時それが一番の疑問だった。

 

「あ。それとこのルックウッドって人、胃が8つあるわ。食べたものは8つを順番に巡って……あらすごい! そのへんの土だって消化できるみたい! あら、あらあらあら! あらま!」

 一体何を見ているのか、カッサンドラの顔がどんどん赤く染まっていく。

 

「見ちゃダメだよカッサンドラ。きみまだ11歳だろう」

「5本あるわこの人! そんなに要らないでしょうに!」

「見ちゃダメだよカッサンドラ」

 

 何が見えているのかを自分の学生時代の行いを材料に推察して、その先生は苦言を呈した。

「あら、またこのおっきいヘビさんだわ。このヘビさん頭に小鳥が止まってるのかと思ったら、そうじゃないのね。頭に羽根が生えてるんだわ。それも赤いのが1枚だけ――」

 

 青年は勢いよく「憂いの篩」から顔を上げ、自分以外誰も居ない部屋で深く息を吸い、吐いた。

 91年前の記憶を見返すという方法で現在の状況を調べていた青年は、予測が当たっていたという確信を得て、暖炉に視線をやって杖なし無言で火を消すと、どこへともなく呼びかける。

 

「ファスティディオー、神秘部に繋いでー。行ってくるー!」

「マグル技術研究局の良い子たちに『14時半から』って言っといてくれるか」

「わかったー! おやつまでには帰ってくるから食べるの待っててねー!」

 

 どこからともなく聞こえてきた声に返事をして、その青年は染み広がるようにして目の前の壁に今現れたばかりの扉を開け、その向こう側へと踏み込んだ。

 

「あ! ペットちょうだ! ペットちょうもまんまるチェスする?」

「おはようレジーナ。僕がそれすんごい弱いの知ってるでしょ?」

 

 レジーナと呼ばれたその小さな女の子がマダム・ポーペンティナ・スキャマンダーに相手してもらっているそのチェス盤は空中に浮かんでいて、球体だった。

 その大きな球体の、格子状に区切られた表面に、見慣れたチェスの駒が並んでいる。

 

「ナイトをNの16に」

 

 マダム・ポーペンティナ・スキャマンダーがそう呟くと、重力に逆らって球体の下側に張り付いていた駒がひとつ、斜め前のマスに移動した。

「むぅ? ティナさんそっちから来るのね? いいわ、だったら――」

 チェスの駒に覆われた大きな球体を睨んで考え始めたレジーナの向こうでは、小さな男の子が別の職員に、大事そうに抱えて持ってきた分厚い本を一緒に読んでほしいとおねだりしている。

 

「あら。何を読んでほしいのグリム?」

「実践理性批判。一緒に読もアルニラム」

 

 アルニラムという名前らしいその魔女はムゥンと唸ってから、体重を預けていた背後の壁に飾られている肖像画たちの中の、最も近くにあったひとつに救援を要請した。

「…………助けてください大おじさま……」

「…………んんえぇぃ良かろう……」

 そのフィニアス・ナイジェラス・ブラックの、ホグワーツで校長を務めていた頃の姿の肖像画は、グリモールド・プレイスやホグワーツの校長室に飾られている晩年の姿の肖像画よりも、いつも少しだけ機嫌が良かった。それはこの肖像画に「フィニアス・ナイジェラス・ブラックの性格や言動」を教え込んだのが本人ではなく次男のフィニアス・ブラックだったが故の差異だった。

 勘当された次男のフィニアスにとって、フィニアス・ナイジェラス・ブラックという人物はずっと、「気難しいけど本当はとっても優しい大好きな父さん」だった。

 

 言ってしまえばこの肖像画は、当時のブラック校長を知る者が見れば、あんまり似てないのだ。ブラック校長がマグル生まれや純血でない者にこんなに優しいわけがないと、在りし日の本人を知る者の多くはそう口を揃える。喋って動くのが普通な魔法界の肖像画は、いくら見た目がそのままでも、言動や振る舞いに違和感があれば「似てない」と、そう評価されるのだ。

 

「これ本当に読んで面白いのかねミスター・フォーリー……」

 

 フィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画は、思わずそう訊いてしまった。

 

「うん! だってこの人『人間はルールに従うことを選択できる』『だから自由だ』って、すんごい回りくどいこと言うんだよ。不自由さを選べるのも自由の内だってのはそりゃそうなんだけど、何ていうか……この人って神様を信じてるんだよね? なのにこの前ひいひいおじいちゃんと一緒に読んだやつだと、なんか『神様なんて居ないんだ』みたいな話をしてたから。それで僕これが続きの本だよってひいひいおじいちゃんに教えてもらったの。だからこれ読むんだ」

 

 この元魔法大臣にして現魔法省神秘部財務局局長ヘクター・フォーリーのひひ孫たるグリム・フォーリーくんは、もうすぐ5歳になる。

 それはもちろんグリム・フォーリーの生来の賢さの証左でもあったが、それと同時に、大人でも専門的教育を受けてから取り掛かる「純粋理性批判」を、4歳の男の子に理解できるようにわかりやすく、なおかつ論旨や単語の意味を変質させることなく言い換えて説明できるヘクター・フォーリー元魔法大臣の優れた読解力と言語能力の証左でもあった。

 

「部長も一緒にどうですか」

 

 アルニラムという名前のその職員は、今や手助けではなく道連れを欲している。

 

「ぼく純粋理性批判をグリムがヘクターといっしょに読んでる時となりに居たんで遠慮します」

 わざわざ杖を振って創り出した白旗を掲げながら、神秘部部長を務める青年はそう拒否した。

「ペットちょうったら途中から『パオーン』と『ヒヒーン』しか喋らなくなっちゃったんだよ」

「そうだろうとも…………」

 小さなグリムくんが1ページずつ、文章をひとつずつじっくりと考察しながら読み進めているその本のページを見つめて、ブラック校長の肖像画はかつての教え子をそう擁護した。

 

 そして神秘部部長を務める青年は足早にその部屋を後にして、本来は廊下である森の中の小道を経由して、別の部屋に移動してきた。

「あ、ぶちょう! ただいま戻りました! おみやげいっぱい買いました!!」

「おかえり2人とも。……どうだった?」

 その装飾皆無のテーブルと椅子しかない会議室では、2人の部下が待ち構えていた。

「部長の懸念は現実でした。ずっと生きていて、ギリシャ魔法省が監視していましたが、現在行方不明だそうです。行方不明になった時期も不明だそうですが、恐らくは昨年度のいつかですね」

 神秘部の副部長を務める上品な佇まいの老人はテキパキと調査結果を報告しているが、その横の年若い魔女クローディア・クランウェル=ブラックは、今すぐみんなにお土産を配りに行きたいと顔にハッキリ書いてあった。

 

「部長これホグワーツと騎士団に一刻も早く情報共有なさるべきではないですか? だってこれ、そういうことですよね?」

「うん。トムはバジリスクを分霊箱にした」

 青年がそう言った途端、クローディアが頬を膨らませて抗議してきた。

 

「ねーえー! いいかげんあたしにも説明してください! あたしもお話混ざりたいです!」

「……えっまさかギリシャに居る間ずっと副部長からなんの説明も無かったのかい?」

「そうですよ! まだ仮説だからの一点張りだったんですもん副部長ったら!」

 

 より一層頬を膨らませて怒りと不満を表明しているクローディアは、大人たちの中の最年少者として扱われて大事な会議に参加させてもらえることもあれば、子どもたちの中の最年長者として扱われて「ちょっと向こうで遊んでてくれるかい」と蚊帳の外に置かれることもあった。

 神秘部副部長を務める老人が今回何も説明しなかったのは「知らない方が安全だから」という配慮ゆえだったが、しかし神秘部部長を務める青年の判断は違った。

 

「じゃあ、ちょっとお話しようかクローディア」

 

 青年はそこで初めて椅子に座り、クローディアと副部長にも座るように促した。

「まずクローディア、『カッサンドラ・ヴァブラツキー』は知ってるかい?」

「知ってますよぉ。すんごい予見者のおばーちゃん! グリゼルダおばーちゃんのお友達です!」

 今の今まで不満げだったクローディアは、もう機嫌を良くして得意げに胸を張った。

「そう。そのカッサンドラがホグワーツの1年生だった1905年、僕はその1年間だけホグワーツで占い学の代理講師をしてたの。で、その年に僕は11歳だったカッサンドラから、いくつも予言をもらった。すでに的中したものもあるし、もらった直後に的中したものもある。けど、最近やっと意味が理解できたものもあるんだ。その中のひとつが『6は7だけど5は7じゃない』って短い予言」

 

 クローディアの頭の中でいま宇宙が生まれたと、青年にもわかった。右目と左目が別々の方向を向きつつあるクローディアに、青年はクスクス笑いながら続きを説明する。

「えっとねクローディア、ヴォルデモート卿は知ってるかい?」

「知ってます! いっぱい人を殺しちゃう悪い人で、なのにすんごい魔法使いだから大変なんですよね! フォーリー局長が教えてくれました!」

 クローディアはどうですかあってるでしょうとまた胸を張ったが、それは知らないと表明しているにも等しい言動だった。

 

「分霊箱は知ってるかいクローディア?」

「知ってます。魂をちぎって詰めとく箱です! 死ななくなるだけでなんの得もないおバカの箱です! 死んだ後にだけツケが来るなんて、そんな怖いもの誰が作りますか! おバカだけです!」

 

 ヴォルデモート卿の不死性の源泉を極めて雑に切り捨てたクローディアの言葉は、しかしアルバス・ダンブルドアと同じ意見でもあった。

「そうだね。それじゃクローディア。最も強力な魔法数字は?」

「7です! 数占いの授業の補習でベクトルせんせが教えてくれました!」

 クローディアはまたしても得意げに胸を張った。

 

「補習じゃない授業でそれを習った時は寝てたんだね?」

「はい!」

 

「元気にお返事できてえらい。……それでね、クローディア。ヴォルデモート卿は自分の魂を7つに分割しようとした。そこで、カッサンドラくんの予言だ。クローディア、自分の魂を7分割する場合、分霊箱はいくつ作るかな?」

「むっつです。自分と分霊箱むっつで、魂が7分割されます。でもそれって、たぶんすごいニブチンになっちゃいますよ? 1個や2個分霊箱を壊されたって気付けなくなっちゃいますよ?」

 そのクローディアの意見は、青年にとって極めて興味深い指摘だった。

 

「きみも、そう思うかいクローディア?」

「はい。だって部長、手の指が何本かちぎれちゃったその時に、肘の擦り傷に気づけますか?」

 

 そう問い返してきたクローディアの大きくてまんまるの目を、青年は見つめている。

 青年が試しに首をかしげて見せると、案の定クローディアも釣られて首をかしげた。

 

「クローディアはおりこうさんだから後でクッキーをあげよう」

「わあ! ありがとうございますぶちょう!」

「それでねえクローディア。そんなヴォルデモート卿の分霊箱って、ひとつだけ、もう破壊されていると確実に言えるものがあるんだ。そして、そのひとつが破壊されたことは、ヴォルデモート卿も既に知っている。するとほら、いま、分霊箱は全部でいくつだい?」

 

「んー? 5個ですよ。それがどうしたんですかぶちょう」

 理解できないと言いたげに、クローディアはそう訊き返した。

 

「ヴォルデモート卿は、魂を7分割しておくことにこだわっている。これが『通算』なのか『現存する数』なのかにもよるんだけど……どうやら後者だったらしいね。分霊箱6個なら、そこに自分自身を足して全部で7だ。けど分霊箱5個だと自分自身を足しても6だ。1足りない。どうする?」

 

 その質問に答えたのは、クローディアではなくさっきまでそこに無かったはずの肖像画だった。

 

「……だから新しくもうひとつ作り足したと、そう言いたいのかい?」

「はい。そうですヘキャット先生。こいつなら相応しいと、トムは考えるはずです。僕が調べてた……いいえ副部長とクローディアに調べてもらってたのは、『何を』って部分です。元はゴドリックから聞いた話なんですけどね。『あいつもしかしたらまだ生きてるんじゃないか』って」

 壁に現れたかつての恩師ダイナ・ヘキャットの肖像画とクローディアに、その青年はそこで一旦言葉を切って深呼吸してから、改めて説明を再開した。

 

「新しく作り足すにしたって、トムは『ふさわしいものを』と考える。自分にふさわしい貴重品、歴史的価値のある品、自分を象徴する由緒ある品。で、だ。僕達がそうであるように、日本魔法省がそうであるように、ギリシャ魔法省にも、国際魔法使い連盟に隠している秘密がある。あった。それがバジリスク。世界でただ一匹の、バジリスクという名前のバジリスク。彼が生まれたことは魔法史に刻まれているけれど、いつ死んだのかは記録されていない。ただ『900年近く生きた』とされているだけだ。だからもしかしたらと思って、きみたちに調べに行ってもらったんだよクローディア。世界で最初のバジリスク。腐ったハーポのバジリスク。それは900年近くどころかまだ生きていて、ずっとギリシャ魔法省が秘密裏に管理、というか監視し続けてた。ずっと寝てたというか、仮死状態にあったというか……そういう感じだった、んだよね?」

 

 青年の問いかけに、神秘部副部長を務める上品な佇まいの老人は答える。

 

「はい、現地研究員の証言と長年の記録に因るとそうなります。仮死というか、休眠状態ですね」

 現地に赴いて行った調査の結果を、副部長を務める老人は改めてそう報告する。

「そしてそれが、去年のいつからか行方不明です。現地研究員の記憶は念入りに改竄されていて、それどころか少なくない数の研究員が記憶を破壊され尽くしてギリシャの魔法疾患障害病院から出られなくなっています。人の記憶をあそこまで細切れにできる魔法使いは1人しかいません。あーいや、ゲラート・グリンデルバルドとアルバス・ダンブルドアにもできるかもしれませんけど」

 

 そこで青年は、被害者たちに思いを馳せてしまうことで悲しみがその場を覆い尽くして思考が鈍るのを阻止するかのように「きみなら?」と挑戦的な口調で訊いた。

 

「やりたいと思えません。そこまでする必要がないですし、やりたくないです」

 副部長ができないとは言わなかったのも、やりたくないと断言したのも神秘部部長を務める青年の予想通りの回答で、だからこそ彼は青年の自慢の部下で教え子なのだった。

 

「お父上はきみを誇りに思うだろうね副部長」

「本題に戻ってください部長。僕のことはいいですから」

 

 自慢の部下に促されて、神秘部部長を務める青年は再びクローディアに向き直って口を開く。

 

「カッサンドラくんが1905年に教えてくれた予言の中のひとつ。その意味が、やっとわかった。あれは今だ。『スネイプと呼ばれている人』と――あの子はいつも見聞きしたそのままを教えてくれるんだ――『スネイプと呼ばれている人を最初にセブルスと呼んだ人』の顔は部屋が暗くてよく見えないと。でも同じ部屋に大きなヘビが居て、それは普通のヘビじゃないって。頭のてっぺんに赤い羽根が1枚だけあるんだって。頭のてっぺんに赤い羽根が1枚あるヘビ。オスのバジリスクだ」

 

「隠れ穴に行ってきます。『騎士団』の皆さんにお伝えしなければ」

 そう言ってその場を立ち去ろうとした副部長に、青年が質問を投げかける。

「隠れ穴? グリモールドプレイスじゃなくてかい?」

「あれ、部長聞かされてないんですか? 移転したんですよ騎士団の本拠地。暴かれるのも時間の問題だって理由と、あとシリウス・ブラック氏の心の健康のために」

 

 その説明だけで、青年は全てを理解した。

 

「ああ、グリモールドプレイスの12番地以外にはフツーにマグルのご家族とかが住んでて、そっちにはなんの保護も特に施してなかったから、元からグリモールドプレイスを知っている――それこそナルシッサくんとかは、11番地と13番地は思い出せるのに12番地だけサッパリ思い出せないわけで、というか『周辺地域は思い出せるのにその一点だけサッパリ思い出せない』って場所が発生するわけで、他の誰かならともかくトムなら、たぶん現地に赴きさえすれば、それさえできれば力技で保護魔法を粉砕できるだろう。それに去年ハリーくんが『具体的な所在地はともかくグリモールドプレイスが本拠地だとはバレてる』って教えてくれたわけで、だからあの後すぐアルバスがグリモールドプレイスの全ての番地に保護魔法を追加したらしいけど、……まあ移転するべきだね」

 

「はい。グリモールドプレイス12番地とは違って、隠れ穴での夕食にお呼ばれしたことがある人たちの中からは、ひとりも死喰い人は出てませんから」

 

 副部長がそう言うと、クローディアが嬉しそうに笑った。

 

「……じゃあシリウスくんも隠れ穴に住んでるってことかい?」

「隠れ穴に泊まらせてもらいながら新居を探している最中だそうですよ」

 

 青年は少し考え込んでから、部下である副部長に、お願いをした。

 

「隠れ穴に報告しに行くの代わってもらってもいいかい。ぼく行きたい」

「そう言うと思いました。では各部署に何か伝えるべき報告はありますか? あるんですよね?」

「ありますありますちょっと待ってねマグル技術局の皆とあとね――」

「あ、ぶちょう! あたしもついてっていいですか! あたしも行きたいです隠れ穴!」

 

 部下たちへの伝言を副部長に託しながら、青年はクローディアの希望を二つ返事で受け入れた。

 

 




 
【腐ったハーポのバジリスク】
 古代ギリシャの闇の魔法使いで分霊箱の発明者腐ったハーポ(Herpo the Foul)が創り出した世界最初のバジリスク。この異常に強大なヘビが「蛇の王」という意味でバジリスクと名付けられたので、同じ方法で生まれた同じ能力を持つ魔法生物がこれ以降バジリスクと呼ばれるようになった。公式設定では「900年近く生きた」とだけ明示されていて、性別も享年も不明。
 この話ではオスで、まだ生きていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。