104年後からの今 作:requesting anonymity
ホグワーツ城とそれに隣接する禁じられた森の間に位置する、森番ハグリッドの小屋の傍。昨年度の授業がこれまでに無いほど楽しかったこともあってその教科への興味と意欲が高まっていた多くの生徒たちと、去年はそんな噂だけを耳にしていた、今年から2年生と3年生になった生徒たち。そして全ての科目に参加したい好奇心旺盛な1年生たちと、有名人の授業がどんなものか見定めてやろうという冷笑的な一部のスリザリン生。興味を持つ分野も将来の夢も、それらが定まっているかすら様々なホグワーツの生徒たちが一同に会して、青々とした草地に直接腰を下ろしている。
魔法生物飼育学そのものとすら言えるハッフルパフの偉大な先達、ニュート・スキャマンダーの特別授業を受けるために。
「あら? こどもはおヒゲが短いのね!」
ニュート・スキャマンダーが連れてきた、実在したのかすら議論が続いているはずの、何千年も前に絶滅したと考えられていた魔法生物、まだ生きていたという事実が公表されてもいないメソポタミア原産の稀少な有翼人面牛「ラマッス」の群れの中の、猫くらいの大きさしかない幼い仔牛たちは、なぜか授業を受けている集団の最前列の中央に居るハグリッドと、その両隣に各々のスペースを確保しているアストリア・グリーングラスとカロー姉妹の周囲にどんどん集まってきていた。
「はい。ミスター・アンソニー・ゴールドスタイン。質問をどうぞ?」
なぜスキャマンダー氏がちょっと親しげにその名前を呼んだのか、なぜ名前を訊かずともフルネームを呼んで指名できたのか、疑問に思わなかったのは当のアンソニー・ゴールドスタインとニュート・スキャマンダーを除けば、ダンブルドアを始めとする一部の老人たちだけだった。
「お久しぶりですニュートおじさん。あの、ラマッスって有翼人面『雄牛』ですよね? それで、今そこらに居るのも僕の目にはオスばっかりに見えるんですけど……メスは居ないんですか?」
生徒たちの集団の最後列にいた親戚の子からの質問は、ニュートが狙った通りのものだった。
「いい質問だねアンソ――ミスター・ゴールドスタイン。ラマッスのメスをなぜこの場に連れてきていないのか、なぜ僕が個人所有している施設じゃなく息子夫婦が働いてる神秘部の、部長さんの設備を間借りしてるのか、それについて僕の代わりに誰か…………この中で、かつてメソポタミアの人々が『ラマシュトゥ』と呼び表していた生き物について、説明してくれる人は居るかい?」
わざわざ左右を見なくても、ハーマイオニーとノットが全く同時に勢いよく手を挙げたのが、その2人の間にロン共々はさまれているハリーには音でわかった。
「んー、じゃあスリザリンのきみ。お名前は――ありがとう――ではミスター・ノット、どうぞ」
指名されなかったのが悔しいらしいハーマイオニーは、ハリーが見た限り、どうやらスキャマンダー先生が次に投げかけてくる質問を予測しようと試みているらしかった。
そんなグレンジャーの方を一瞬だけ見てすぐ正面に向き直ったセオドール・ノットは、去年の魔法史の宿題をやっつけるためにザビニと一緒に視線の熱だけで火が点くほど睨んだホコリ臭い本の記述を思い出しながら、ニュート・スキャマンダーからの質問に解答する。
「『ラマシュトゥ』はメソポタミアの人々に恐れられていた怪物で、ライオンの頭、ロバの歯、ロバの『毛深い』身体にヒトの女性の乳房を備え、アンズーの、あー、えーつまり猛禽類のような脚と翼と長く鋭い爪を持ち、妊婦の肚から胎児を引きずり出して食べます。それが主食です。トルコ魔法省やシリア魔法省が所蔵し、マグルには『失われた』と信じさせているアッカドやアッシリアの粘土板のコレクションには、ラマシュトゥが群れで集落を襲ったという記述が度々登場します」
スリザリンに1点あげよう、とスキャマンダー先生が気軽に褒めたのを横目に、一部の生徒たちはざわついていた。どうして今の話が「なぜこの場にメスのラマッスが居ないのか」という疑問の説明になるのかを察してしまったために。
「そうですダンブルドア先生。お察しの通りです。だからこの場にはオスしか連れて来ていない。だから僕の個人所有の施設じゃなく神秘部の部長さんの施設を借りた。あそこならあの鱗がツヤツヤで可愛い『エリエザー』やふわふわの『ライサンダス』が見張ってくれるからね――僕がトルコ魔法省に依頼されて行ったギョベクリ・テペの、マグルが気づいていない地下深くで、僕はラマシュトゥの群れにも遭遇した。命の危険を感じた時のグラップホーンくらい猛烈に襲いかかってきたけど、このアルウィウムとカルムムが、群れのボスとナンバー2のラマッスが間に入って助けてくれた。でも助け方がけっこう力ずくで、カルムムもラマシュトゥたちもお互いに怪我しちゃったから説得して手当てをさせてもらって、その時ついでに血も採った。流れ出てたからね。で、息子に送って調べてもらったら予想通りの結果が返ってきた……ラマシュトゥは、ラマッスのメスだ」
ラマッスの子供たちと共にニュートの傍に立っているシルバヌス・ケトルバーンの見つめる先、授業を受けているホグワーツの皆が作る人だかりのあちこちで、スキャマンダー先生の今の説明を理解できていない者たちに、理解できた者たちがヒソヒソと説明してあげている。
「オスはおとなしいから僕らに見せることができるが、メスは人間の幼子を食べるし凶暴だから僕らみたいな専門知識の無い子供の前に連れて来るわけにはいかんかったと、そういう話だ」
「あ! そっかそっか。そうなのね! そういうことね。ありがとドラコ。あたしわかった!」
ドラコの説明のお蔭で理解できたアストリアはパッとその目を輝かせたが、しかし何に思い至ったのか、すぐにまた首をかしげる。
「…………でもあの先生は去年、あたしたちにもマンティコアを見せてくれたわよ?」
「あれはあの人がおかしいんだ。僕も去年『防衛術』の授業中にあの先生が『パーシバル』にブラッシングするのを1度だけ見たが、普通マンティコアはあんなに物わかりが良くないはずだ」
マルフォイがアストリアにしたその説明の後半部分が、ハグリッドには聞き捨てならなかった。
「む。そんな事ぁ無えぞマルフォイ。こーんなちいちゃな頃から世話して、ちゃんと躾けてやればマンティコアは物わかりの良い子に育つんだ。そりゃあ何回かはチクッとやられたけどな」
「普通は1回でもチクッとやられたらおしまいなんですがね、ハグリッド『先生』?」
ハリーのヘアースタイルの野放図っぷりを見た時と同じ顔で、ドラコはイヤミを言った。
「まあ、とびっきり痛ぇからな。それにマンティコアって奴ぁ、自分の最強の武器が尾っぽだって事をちゃあんと解っとるんだろうな。まだヨチヨチ歩きだってのに、尾の動きは大人顔負けだ!」
問いかけという形で自分が放った言葉にそう返答してきたハグリッドの嬉しそうな顔を見て、どうやらイヤミだと気づいてもらえてすらいないと理解したドラコは、心のなかで負けを認めた。
バカには勝てない。
しかもデカくて頑丈なバカだ。
勝てるわけがない。
「――そういえばハグリッド教授」
最前列の中央という最も先生に近い位置で会話をしていたので当然ドラコが放ったイヤミとそれに対するハグリッドの返答は全てニュート・スキャマンダーに、ついでにその周囲のラマッスたちとシルバヌス・ケトルバーンにもしっかり聞こえていた。
「マンティコアといえばハグリッド教授、あの『尻尾爆発スクリュート』について、僕はあなたに、どうしても、どうしても訊きたいことがあるんだけどね?」
ニュート・スキャマンダー先生の声がさっきまでより一段階低くなっていることに、マルフォイもフローラとヘスティアのカロー姉妹もマファルダ・プルウェットもデニスとコリンのクリービー兄弟も、集団の最後列からその光景を見ているハリーたちも皆、しっかり気づいていた。
「ある人物が、ある法律の存在を知らないことは、その法律を無視しても良いという法的根拠にはならない。だからハグリッド教授あなたがもし仮に、僕が1965年に作った『実験的飼育禁止令』を知らないとしても、それは実験的飼育禁止令に違反しても良いということを意味しないんだ」
その時、あろうことか「なんか聞いたことある気がするな」と口走ったネビルにハーマイオニーが「O.W.L.で訊かれたし一昨年の授業でも習ったでしょ」と言葉のトゲで刺してから「誰にも飼い慣らせない怪物を新しく作っちゃダメって法律よ」と簡単に説明してあげている。
「……ネビルあなた、まさかとは思うけど、覚えてるわよね? 『尻尾爆発スクリュート』は」
「おぉ覚えてるよ! アレでしょ、あの尻尾が、えっと……爆発するやつ!!」
「そうよネビル。まさにそう。尻尾が爆発するの。良く判ったわね」
深く追求しないことに決めたらしいハーマイオニーは、それ以上ネビルに何も訊かなかった。
すぐ横に居るので全部聞こえていたハリーは「よくもまあアレを忘れられるもんだ」と思ってしまったが、数秒でベラトリックス・レストレンジに思い至って、ネビルには今もっと大事なことがあるんだから尻尾爆発スクリュートなんて覚えてなくてもしょうがないと、そう考えを改めた。
ネビルはきっと、去年のクリスマス休暇中に出たあの日刊予言者新聞の一面大見出しを見た時から、アズカバンで集団脱獄があったと知った時から、そのことだけを考えて、明確な目標に向かって日々の授業に臨み、ひたむきに努力を続けているのだ。
だってネビルは複数のことを同時にやれるほど器用ではないし、他でもないネビル自身がそれを一番良く判っているだろうから。
だれかがベラトリックスたちのせいで自分の父と母と同じ目に遭うのを阻止するために。
「なあにハリー? 僕の顔に何かついてる?」
急にこっちを向いたネビルと目が合ってしまって、ハリーはやましい事など無いのに慌てた。
「ううん。きみも背が伸びたよなって思っただけだよネビル」
これが迂遠な比喩だとすれば、ハリーの言葉は嘘でもごまかしでもなかった。
「――あの『三校対抗試合』の試験課題として使用するために魔法省から依頼されて交配させ生み出した――と報告書にはあったけれど、あれはもしかしなくても、ダンブルドア先生が後付けで考えだした、あなたを無罪にするための急ごしらえのシナリオですよね? 魔法生物規制管理部のネリダ・ロバーツ部長が、ダンブルドア先生がホグワーツの1年生だった年に7年生だった、学生時代の先輩後輩の関係だからまかり通った不正行為ですよね?」
一方、ニュート・スキャマンダーは相変わらず、ハグリッドを鋭く問い詰めていた。
「マンティコアと火蟹を交配させる行為も、それによって創り出された尻尾爆発スクリュートも、実験的飼育禁止令に違反していると、当時はどうだったにせよ、今の貴方はもう理解していますよねルビウス・ハグリッド教授。……貴方は偉大な魔法生物学者で、ホグワーツの先生なんですよ」
お説教されているハグリッドは大きな身体をギュッと縮めて座っていて、まるで自分の身体をできる限り小さく見せようとしているかのようで、そんなハグリッドの態度は、自分の行いの違法性をしっかり認識していると、後ろめたさがあるのだと、如実に物語っていた。
「『今の』という話をするのなら」
生徒たちの集団の最後列から、最前列で行われているお説教に口を挟んだのはスネイプだった。
「いま現在に限った話をするのなら、尻尾爆発スクリュートは『今はもう』実験的飼育禁止令に違反していないと、貴方もよくご存知のはずではありませんかなミスター・スキャマンダー。あなたもよくご存知の神秘部の部長どのとマダム・スウィーティングが、適切な飼育および繁殖方法を確立させてしまいましたから。あの部長どのに以前拝見させていただいた、尻尾爆発スクリュートが分泌する極めて揮発性と可燃性の高い毒液を用いた『ドラゴン用の心臓病治療薬』の効能とレシピは、吾輩の目から見ても極めて画期的で実用性の高いものです」
スネイプはニュート・スキャマンダーを真っ直ぐ見つめて、挑戦的に付け加える。
「実験的飼育禁止令が実質的に禁じているのは、極めて危険性が高く『飼い慣らせない』魔法生物の新種を創造することについてだと吾輩は記憶しておるのですが、貴方はハグリッド先生を訴追なさるおつもりか? それともまさか尻尾爆発スクリュートを殺処分せよと仰りたいのですかな」
「そっ……そうは言ってないよ…………僕、僕そんなつもりで言ったんじゃ……」
昔から、初対面の人と話すのも友人や家族でない人と話すのも決して得意とは言えないニュートは、スネイプの圧に負けてしまった。
1年生のネビルが魔法薬学の授業を受けている時くらい声が小さくなったニュート・スキャマンダーは、さっきまでとはまるで違う表情で、助けを求めるようにハグリッドを見つめた。
「解っちょりますスキャマンダー先生。解っちょります。あれぁ、俺の、その……なんだ……管理不行き届きだった。交雑しちまった。情が湧いちまって処分できんかった。ダンブルドア先生が助けてくれた。ダンブルドア先生様に迷惑をかけちまった。二度としねえ。誓って二度としねえ!」
ハグリッドがそう訴えても、そもそもマンティコアの飼育が違法だという事実にも、嘘がヘタなハグリッドの「交雑しちまった」という証言が真実ではないだろうという疑念にも、ニュートは言及しなかった。それは何も、法をなんとも思っていない神秘部部長の暴挙の数々を知っているからではなく、ただ単にスネイプとの問答で心が折れていたからだった。
二度としねえワケがねえと、ハリーもロンもハーマイオニーも思っていた。
そんなスキャマンダー先生が明らかにしょんぼりしてしまっていることに気づいているのかいないのか、ハグリッドのすぐ横に自分たちのスペースを確保して、一番のお友達のマファルダをピッチリと挟んで座っている1年生のカロー姉妹が、擦り寄ってきている何匹もの小さなラマッスの子供を見つめたまま、今スキャマンダー先生がしていた話とはまるで関係の無い質問を投げかけた。
「ねえスキャマンダー先生」「先生は適切な飼育方法を調べてる最中なのよね」「それってどうやればいいのかしら」「この子たちに関する今ある情報って確か、何千年も昔のものだけなのよね」「それって新種と大差ないわよね」「新種の飼育方法ってどうやって決めるものなのかしら」
手を伸ばせば届く位置まで寄ってきたラマッスの子供を撫でていいのかどうか判断できずに悩んでいたらラマッスのさらなる接近を許してしまったナイジェル・ウォルパートが顔をベロベロ舐め回されているのをちらっと見つつ、双子のカロー姉妹は交互に喋ってそう質問した。
そしてニュートは勇気を出すために大好きなティナの顔を思い浮かべてから、スネイプの方を見ないようにしつつ、表現を選んで、そっくりな見た目をしたスリザリンの女の子2人に回答する。
「なにより助けになるのは観察。まずはよく見ること。次に大事なのは過去の経験と知識かな。持ってる知識の中から今思い出すべきものをどれだけ早く思い出せるか。目はどういう向きでついてるのか。視界を広く取るために顔の左右についているなら草食の可能性が高い。正面についているなら肉食の可能性が高い。追いかける獲物を正確に見るためにね。僕に理解できる言葉を発したからといって話ができるとは限らない。あと、絶対に僕のほうから攻撃なんてしないことと、許可が出るまで触らないこと、親が許してくれるまでは絶対にこっちから子供に近づかないこと――これはどんな魔法生物でも共通するんだ――子供を守るためなら、親はなんだってするから」
とうとうラマッスの子供に押し倒されたナイジェルを、ケトルバーンが助けている。
フローラとヘスティアはちょっと黙ってから、スキャマンダー先生に追加の質問をした。
「先生、さっき『予想通り』ラマシュトゥはラマッスのメスだ、って言ったわよね」「つまり先生は、観察して、それで『ラマシュトゥはラマッスのメスかも』って思ったから血を送って検査してもらったのよね」「どうしてそんな予想ができたのかしら」「どういうところを見たのかしら」「どうして『2種類の生き物が一緒に棲んでる』んじゃあないって気づいたのかしら」
「子どもたちが一緒くたにされてたからだね」ニュートの回答はシンプルだった。「共生関係にある別種の生き物2種だという場合、子どもたちはそれぞれが、それぞれの方法で育てる。共同で育てたりしない。ラマシュトゥの大人とラマッスの大人が一緒に壁を作って、僕という未知の侵入者から子どもたちを守ろうとしてた。僕はそんな彼らの行動を見て、もしかして雌雄が違うだけで同じ生き物なんじゃないかと思ったんだ。見た目だけならそれぞれ別の種類の生き物だと考えるのが妥当だけど、実際に群れで動いているところを見ると同じ生き物の雄と雌だと思えたんだ」
血液検査の結果が届いた何日か後になってこのアルウィウムとカルムムが少しだけ英語を話せるようになったんだよねと付け足しながら、ニュート・スキャマンダーは傍らのラマッスを撫でた。
魔法生物と触れ合うと、ニュートはいつだって幸せな気分になれた。
ニュートはいま自分が『魔法生物』に兄さんとリタとティナとジェイコブと息子夫婦と孫も含めたことに気付いていない。著作では色々と学術的見地に基づいた分類法を示したが、ニュートの心の中では『魔法生物』とは、顔を見るだけで心が安らぐ相手を指す言葉と同義だった。
「あら。この子だけ尻尾がとってもフサフサだわ。かわいい!」
アストリアがそう言った途端、そのラマッスの子供の大きな尻尾は煙のように消えた。
「あら? 尻尾がなくなっちゃったわ! へんだわラマッスさんには尻尾があるのに!」
アストリアがそう言った途端、再びそのラマッスの子供にフサフサの大きな尻尾が生えた。
「……あなたよく見たら羽もないのね? 他のラマッスさんたちにはあるのに不思議ね?」
アストリアがそう言った途端、そのラマッスの子供の前脚が無くなり、かわりに翼が生えた。
「あら! おててがなくなっちゃったわ! でもダメよラマッスさんにはおててがあるもの!」
アストリアがそう言った途端、そのラマッスの子供の後脚が無くなり、かわりに前脚が生えた。
「こんどは足がなくなっちゃったわ! たいへん! それじゃあ歩けないわ!」
アストリアがそう声を上げると、そのラマッスの子供の身体のあちこちから10本くらいの手足がでたらめな向きに伸び、さらに翼も7枚ほど、全て身体の右側に生えた。
「…………1回落ち着こうか、ヴィッキー?」
声をかけたいという衝動をとうとう我慢できなくなったニュートが笑いを堪えながらアドバイスしたのと同時に、自分に有る4本の足でラマッスが備える4本の足と2枚の翼を表現できるほどにはまだ変身が上手ではなかった「ヴィッキー」が、疲弊しきって自分の姿を元に戻した。
べっちゃりと仰向けに寝転がったままお腹を大きく上下させてゼエゼエと息をしている小さくてフサフサの毛並みをした丸っこくて茶色い生き物を、アストリアとドラコ、そしてフローラとヘスティアのカロー姉妹とマファルダに、コリンとデニスのクリービー兄弟とナイジェルも見ている。
「いぬ?」「イタチじゃない?」「こいつちょっときみに似てないかいナイジェル」「似てる」
人だかりの最前列で、今その生き物が視界に入っている生徒たちの中ではルビウス・ハグリッドだけが、その生き物の正体をすぐに特定できていた。
思い当たる知識はあったが確信は無いドラコは、間違ってても別に恥ではないなと判断するのに数秒を要してから、イヌだアナグマだナイジェルだいいやきみにも似てるよデニスと次々に不正解の候補ばかり挙げてああでもないこうでもないと話し続ける下級生たちの会話に割って入るようにして、以前自宅の書斎でそんな記述がされている本を読んだ覚えがある、という何年前なのかも定かではない朧げな記憶だけを頼りに、目の前のフサフサした丸っこい小動物の正体を探った。
「おでこに傷が無いからハリーじゃないわね、たぶんだけど」
「そりゃポッターの奴は僕らよりずっと後ろの方でいつものお仲間と一緒だからな」
二万年かけても正解にはたどり着きそうにないアストリアを横目に、ドラコはニュートを見る。
「まさかとは思うんですけどコイツはもしかして『バケダヌキ』ですかね」
「おや、よく知ってたね。スリザリンに1点。その通り、ヴィッキーはバケダヌキだよ。きみが今見た通りまだ色々と練習中だけどね――ほらヴィッキー、皆さんにご挨拶できるかい?」
ニュートにそう声をかけられたヴィッキーは寝起きのネビルくらい緩慢な動きでのっそりと手足を動かして自分の身体を持ち上げ、しかし一旦ドサリとお尻を地面に着けてごろんと寝転がり何秒か休憩してから、目が合ったニュートに微笑みかけられてようやく4本の足で立ち上がった。
バケダヌキのヴィッキーはニュートの足元までトコトコと歩いて移動し、そのままニュートが着ている衣服に思いっきり爪を立ててよじ登り、ニュートの頭の上まで到達した。
「後ろの方の皆も今なら見えるかな。この子はバケダヌキ。名前はヴィッキー。見ての通りまだ子供――この中に、バケダヌキという生き物について僕の代わりに説明してくれる子は居るかい?」
またノットとハーマイオニーが同時に手を挙げ、今度はハーマイオニーが指名された。
「『化け狸』は、日本にしか棲息していない魔法生物です。生まれつき変身術の優れた才能を持ち、自分自身や任意のモノを様々な姿に変じさせることができます。しかしその変身術の才能と技術を宴会芸や子供じみたイタズラにしか使用しない、あまりヒトに対して深刻な害は成さない比較的温和な魔法生物です。また、年齢を重ねた化け狸はヒトの言葉を理解し発話することができる上に社会の一員たる責任を担えるだけの知性も持ち、ニホンにおいてはヒトの魔法族などに混じって『魔法界』を構成するだけの権利と発言力を有していますが、同時に魔法生物ではない普通のタヌキとも混ざって生きており、彼ら自身の意見を尊重する形で『獣』という分類がなされています。ですからバケダヌキにも、ケンタウルスや
「その通り。グリフィンドールに1点。けれど最後の意見にだけは賛同できないね」
ニュート・スキャマンダーはかつてグリンデルバルドを見つめたのと同じ目をしてハーマイオニーを、そしてハグリッドやダンブルドアも含むその場の全ての「生徒たち」を見つめる。
ニュートの頭の上でうたた寝していた小さなバケダヌキのヴィッキーが、山高帽に変身した。
「『ケンタウルスやマーピープルたちに相対した時と同じように』敬意を持って接することが望ましい? とんでもない。いいかい、敬意無く接していい生き物なんていないんだよ。どんな生き物が相手であれ、相手のことを知った気になって決めつけて『自分より下だ』とか『上だ』なんて考えてると、必ず痛い目に遭うんだ。…………ゲラート・グリンデルバルドが初めて逮捕された時、彼はMACUSAの闇祓いたちを容易く蹴散らかしたし、僕だって彼に1対1で勝てる気はしなかったけど、僕はあいにく、ひとりじゃなかった。僕なんかがグリンデルバルドの企みを何度も阻止できたのはグリンデルバルドが……魔法生物を侮ってたからだ。彼はまさか僕がスウーピング・イーヴルを胸ポケットに入れて連れ歩いてるとは思ってなかったし、ニフラーのことなんてきっと、気にしたことすら無かったんだろう。取るに足らないと思ってたんだろうね、ほとんどの人のことも」
それは、当時ニュートと共に闘った者たちを除けば、この時はもはやほとんど誰も知らない話だった。生徒たちは今耳にしたスキャマンダー先生の発言がどういう意味なのかに1人またひとりと気付いて、次々と自分たちがいる人だかりの最後列の右端を見る。
スネイプとマクゴナガルも左右から校長先生を見ている。
アルバス・ダンブルドアを。ゲラート・グリンデルバルドを打ち負かした魔法使いを。
「1945年の、あの最後の決闘だけは、わしが自分ひとりでやったがの」
その場の全員に見つめられながら、アルバス・ダンブルドアは口を開いた。
「そこに至るまでの道筋では、実に多くの者に助けられた。そしてその中でも特に重要な役割を果たしてくれたのが、グリンデルバルドに対抗するわしらの陣営において数々の決して欠くことのできぬ貢献をしてくれたのが、他でもない、そちらのニュート・スキャマンダー教授じゃ」
ダンブルドアがそう述べ終わるのを待たずに、ニュートはまるでガリオン金貨をどっさり贈られたかのように、ダンブルドアがニュートのことをマッハ3で空を駆け正義の拳で合衆国の敵を粉砕するのだと太鼓判を押したかのように、慌て気味の口調でダンブルドアの言葉を否定し始める。
「いえ、そんな。僕は単にやるべきだと思ったことをやった――いえ、もしかしたらそれも違って――僕は、僕が、僕には『何もせずにただ見ている』ということが、できなかっただけです……」
ダンブルドアはスネイプの方を見て、それからニュート・スキャマンダーに視線を戻した。
「あの1945年の、僕ら全員の前で行われたあの決闘は、今でも目に焼き付いています」
ニュートの口をついて出たのは、ニュートだけの言葉ではなかった。
それは、あの1945年の伝説的な決闘を目撃した、全ての者の言葉だった。
「グリンデルバルドのことをこんな風に褒めるのは不謹慎で不適切だと僕自身も思いますし、数え切れない命を理不尽に奪ったというグリンデルバルドの罪は決して消えないけど、それでも――」
スキャマンダー先生の言葉を引き継いだのは、マクゴナガルだった。
「あの決闘は素晴らしかった。あの決闘は美しかった。あれを観戦することしかできずにいた
その場でただひとりスネイプだけが、まったく興味が無いのを隠そうともしない冷徹な無表情のまま、こんな時間はさっさと過ぎてしまえばいいとでも言うように、相変わらずダンブルドアにしっかりとその手首を捕まえられたまま、しかたなくその場に留まっていた。
それ以外の全ての生徒たちは、スキャマンダー先生がもっと何か話してくれやしないか、ダンブルドアが何か話してくれやしないか、それかマクゴナガルでもいいと期待しながら、何人もの生徒がメモを取るべく取り出した羽ペンを動かすのも忘れたまま、皆じっと黙っていた。
「アルウィウム、カルムム、みんなごはんにしようか」
生徒たち全員に視線を注がれ続ける重圧に耐えきれなくなったのか、ニュートは逃げるように横を向いて、ラマッスたちにそう提案した。
それをきっかけにして授業は実技へと移り、ハグリッドも含めた全員が「ラマッスが好む食べ物を調査する」という、担当教授のスキャマンダー先生が答えを把握しているのかどうかも定かではない課題に、スキャマンダー先生が杖の一振りで用意した多種多様な食べ物や食材や飲み物を睨んで考え込んだりヤマ勘で即決したりしながら、みんな積極的に挑んだのだった。
「ねえねえドラコ、あたしこれがいいと思うの!」
「なら、あのラマッス共のどれかにあげてみたらいいんじゃないかアストリア」
アストリアが数ある餌候補の中から百味ビーンズをチョイスしても、ドラコは決して軌道修正などという無粋な真似を試みることはしなかった。
【ラマシュトゥ】Lamashtu ※ハリー・ポッターシリーズの公式設定ではありません※
古代メソポタミアの言い伝えに登場する、妊婦の腹を割いて赤子を引きずり出して喰うというシャレになってない怪物。もしくは女神。ラマッスとの関係性については私の妄想。
バケダヌキの日本魔法界における扱いも私の妄想。
ミネルバ・マクゴナガルは「不死鳥の騎士団」で「ホグワーツで39年教師をしている」と発言しているが、後に製作された「ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生」においてはニュートの学生時代(1910年代)の先生として登場しており、公式の描写に矛盾が生じている。
この矛盾をシンプルに解決する解釈は、「ホグワーツで39年教師をしている」というアンブリッジに対するマクゴナガルの発言を完全な嘘だと捉えるか、それかスラグホーンのように間を開けて(比較的若い頃に一度ホグワーツの教職を辞していて)合計で39年教師をしていると考えるか。
単に設定が変更されたと考えるよりは、辻妻が合うように妄想を膨らませるほうが楽しい。