104年後からの今 作:requesting anonymity
ハリーたち6年生が、どんどん難しくなっていく授業内容と、要求される知識と技術の水準が際限無く上昇していく宿題の数々に悲鳴を上げながらどうにか喰らいついているころ。
「じゃあまず、名前と、出身を教えてもらえるか?」
ダイアゴン横丁の一角にある、近日オープン予定ながら既に「ゾンコ」の地位を脅かしつつある話題沸騰中のイタズラ専門店「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ」では、内装も完璧に仕上がり商品の陳列もあらかた完了し、一見すると今すぐにでも開店してしまえそうな店内で、その前にまず必要な、彼らの夢を実現するために欠けていた最後の要素を補う作業が進められていた。
従業員の採用面接である。
「ベリティです」その魔女は名乗る。「ベリティ・レストレンジ」
「レストレンジだって?」
耳馴染みはあるが悪い印象しかないファミリーネームを名乗られて、ジョージ・ウィーズリーは思わず訊き返してしまった。
しかしジョージは、このベリティが誰の紹介で今日ここにやってきたのかを思い出して、それ以上なにか追加の質問をするまでもなく、すぐに彼女の素性を理解した。
「……ああフランスの!」
「そうです。『そっちの』レストレンジです。……まあどっちもあんまり変わりませんけど……なんてったって私の曽曾祖父のシリルと曾曾祖母のバルビンは
多分に自虐を含んだ自己紹介にはなんとも返答せず、ジョージはベリティに問う。
「『検知不可能拡大呪文』は使えるか?」
「できます」
「検知不可能拡大呪文を使うのに必要な魔法省の許可を自分独りで貰って帰ってこれるか?」
「できます」
「『解錠防止呪文』はできるか? いわゆる『アロホモラ封じ』のことだけど」
「できます」
「12シックル23クヌートのお買い上げでガリオン金貨1枚支払われたらお釣りはいくらだ?」
「パフスケイン」
母の命は助かるんですかとでも訊いたかのようなベリティの表情があまりにも真剣そのものだったので、ジョージは一瞬、いま自分が居るのは聖マンゴなのではないかと錯覚しそうになった。
ジョージは思わず笑ってしまいながら、あまりにも堂々と降参した採用候補者に訊く。
「お前を店員として雇うかどうかをいま決めてるんだから、いくら魔法でやりゃいいったって、計算はできてほしいんだぜベリティ? ……苦手か? 暗算」
その途端、就職のための面接に来ているのだからと今まで頑張って整えていたのだろう丁寧で瀟洒な態度を、ベリティ・レストレンジは一気に崩した。
「だっ、だって、ガリオンとかクヌートとかシックルとかややこしいんだもの! 通貨が3つあるんだったら1ガリオンが100シックルで1シックルが100クヌートだと思うじゃないの普通なら! それをなによぅ1ガリオンが17シックルって!! なによぅ1シックルが29クヌートって!!」
そういやフランスじゃあ1デザントが100サンチームなんだったかと思い出しながら、ジョージは兄の婚約者経由で紹介されたので「一念発起してこのためにわざわざフランスから来た」と知っているためにそうそう不採用になどできないお嬢さんに、絶対にボーバトンの錬金術か魔法史の授業で教師が話しているはずの知識を、咎めるような口調にならないように配慮しながら説明する。
「いいかいお嬢さん。1ガリオン金貨に使われているのと同量の金を仮にシックルで買おうとすると17シックル要ったんだ。1シックル銀貨と同じだけの銀をクヌートで買うなら29クヌート必要だった。だから1ガリオンが17シックル。……ま、実際には貴金属の市場価格って変動するわけで、一方イギリス魔法界の通貨はと言えば『俺たちの通貨はガリオンとシックルとクヌートだ』って正式に決まった大昔のレートのまま、今日まで特に変更も調整もせず使い続けてるんだけどな」
面接担当者のお兄さんから納得できるようなできないような理屈を教えられて、ベリティは納得できるようなできないような気分になった。
「どうしたベリティ? 納得できるようなできないような顔して」
「だって、納得できるようなできないような心持ちなんだもの」
「……そりゃつまり、納得できるようなできないような気がしてるってことか?」
「ええそうね。いま私、納得できるようなできないような気がしてる」
そのまま数秒の沈黙が流れ、ジョージとベリティはお互いの目を見て微笑む。
コイツとはうまくやっていけそうだと、ジョージは直感していた。
「よし採用。これからよろしくなベリティ。さっそく業務内容と、義務と権利の話をしよう」
それを聞いたベリティが全身から力を抜いた瞬間、ベリティの視界の隅にずっと居座っていた全身ドギツいピンク色の服装をした中年魔女の小さな人形が「お客様です!」と大音量で通告した。
「おっと、お出ましか。……ちょっと待っててくれベリティ。俺、行かないと――」
ベリティの背後、店の正面入口の扉を開けて外へと消えていってしまった担当者を見送るしかなかったベリティは、何をすればいいのかどうしているべきかと悩みながら、立ち上がっては座り、また意を決して立ち上がった次の瞬間に考え直して再び椅子に座り、という動作を繰り返す。
「おや。それじゃあ貴女が兄上からの手紙にあった就職希望者の方なんですね、レディ?」
5分前に聞いたのと全く同じ言葉が視界の正面にある暗幕で遮られた店の奥のどこかから聞こえて、ベリティは条件反射で立ち上がった。
暗幕を少しめくって姿を現したのは、今まで面接してくれていた担当者の男性だった。
「じゃあまず、名前と、出身を教えてもらえるか?」
「えっ今むこうに――それに面接いま終――えっあっ、ベっ、ベリティ、レストレンジ。です」
まさか時間逆転魔法なのかと大混乱しているフランスからお越しのお嬢さんを、フレッドは笑ってしまわないように気をつけながら観察している。
それは以前からやり取りしていた手紙でフラーがベリティに、フレッドとジョージを一貫して「私のフィアンセの弟」としか説明していないことに気づいたビル発案のイタズラだった。
つまりベリティは、この店にはオーナーが2人居るということを知らないのである。
ソックリの双子が同じ権限を共有して仲良く商売を切り盛りしているとは、考えもしないのだ。
「おーい、例のお客さん方が来たぜ」
「おや遂にお出ましか。それじゃあいよいよやるか」
そこにジョージが戻ってきたことで、ベリティはいよいよパニックになった。
「…………増えた……」
愕然とした声色でそう言葉を漏らしたベリティの表情が全てのイタズラに引っかかってくれていた4歳の頃のジニーの顔と同じに見えたので、フレッドとジョージはついに堪えきれなくなった。
「もしかして俺はこちらのお嬢さんに名乗ってなかったんじゃないか?」
「もしかして俺はこちらのお嬢さんに名乗ってなかったんじゃないか?」
「こんにちはお嬢さん。俺はこの店のオーナーのフレッド・ウィーズリー」
「こんにちはお嬢さん。俺はこの店のオーナーのジョージ・ウィーズリー」
「2人合わせて」
「ロン・ウィーズリー」
ベリティがフレッドとジョージの2人を見つめながら目をパチパチと開いたり閉じたりしつつ状況を解き明かそうと頑張った10秒の間に見せた、困った顔や何か閃いた顔や深く考え込んでいる渋い顔やそんなわけはないと考え直した顔などなどの次から次へと様々に変化する無言の百面相を、フレッドとジョージはクィディッチワールドカップの決勝くらい楽しんで見物した。
「ウ、ウワーーー!! やーらーれーたー……!」
いったい彼女の中でどういう結論が出たのか、棒読みの声に大げさな動きを伴ってドサリと床に倒れたベリティはそのまま死体として振る舞い続けながら、何か合図でも催促するかのようにチラチラとフレッドとジョージに繰り返し繰り返し目配せしている。
「……な? こいつ採用しない手は無いだろフレッド」「そうだなジョージ」
ベリティに手を貸して起き上がらせたフレッドにジョージがそう言い、2人のオーナーは改めてこの愉快なお嬢さんに「雇う」と告げる。
「――今のがその、……おふたり? の。必殺技? なんです……よね…………?」
「ま、そんなようなもんだ。お前さん採用。よろしくなベリティ。俺はフレッド。こっちは双子の兄弟のジョージ。この店は俺たち2人でやってるんだ」
どう見たって2人居るオーナーの片方にそう告げられて、ようやくベリティは全てを理解した。
「………………あーー、あーーー。ふたご。双子!! なぁるほど! あー、そっかそっか!」
「なんだと思ってたんだいお嬢さん?」
「どんな魔法を使えばガンプの元素変容の法則の範疇で生きたヒトを増やせるんだろうって考えてました! ……
何やら大きな声を出したベリティは、かつてスリザリンクィディッチチームのシーカーだったテレンス・ヒッグスがチャーリー・ウィーズリーに目の前でスニッチを掻っ攫われた時のように、己の完全なる敗北を素直に認めるという爽やかさを伴った表情で、どこか嬉しそうに笑い始めた。
「俺たちが2人居て双子だってことをお前に隠しとこうって言い出したのはお前のボーバトン時代からの友達のフラーじゃなくてフラーの婚約者で俺たちの兄のウィリアムって奴だぜ、ベリティ」
感情のままに吐き出した早口のフランス語をしっかり聞き取られて、ベリティは目を丸くした。
「ほらベリティ。お前さんも俺たちも今からさっそくお仕事なんだぜ?」
「あ、はい。何をすればいいですかえーっと……ミスター・ウィーズリー?」
フレッドなのかジョージなのか判らない双子のどちらかが今これから何を始めるのかをベリティに説明するより先に、双子のもう片方が指をパチンと鳴らして店の正面入口のドアを開ける。
そこに居たのは、橙と緑という派手な色をしたゴーグルを装着している、見るものが見ればすぐにドラゴン革だと判別できる高級そうで野生的なジャケットを着た、背の高い青年。
その青年が右斜め前に大股で一歩移動したその瞬間、バーン! と耳をつんざく破裂音をダイアゴン横丁の隅々にまで響かせて「
「到着したぜぇ坊っちゃんたち。『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』前だ」
夜の騎士バスの顔、車掌のスタンリー・シャンパイクの気だるげなアナウンスを遮るようにして、本日の「お客様たち」は我先にとバスから降りてきた。
「あ! ペットちょうがもう居るわ! ペットちょうったらさっき乗り遅れたのに!」
「ねえねえクローディア靴紐がほどけちゃった」
「楽しみだねアントニオ」
「走っちゃダメですよぉみんな」
「わたし絵本がほしいんだけれど、楽しい絵本あるかしら?」
バスの中からわらわらと現れた子どもたちを見て、ベリティは今から何が始まるのかを悟った。
「そう。何を隠そう本日は我らが『W.W.W.』のプレオープンの日なんだな、これが」
そう言ったフレッドもしくはジョージの顔と、その隣で全く同じ笑みを浮かべているもう1人の顔もまじまじと眺めてから、ベリティはここで初めて「店員として」雇い主たちに言葉を贈った。
「おめでとうございます。ミスター・ウィーズリー&ミスター・ウィーズリー」
誰かの将来の夢が叶ったまさにその瞬間に立ち会うというのは、そうそうできる経験ではない。
自分の雇い主になった双子について「学生時代からの友人の婚約者の弟」という極めてぼんやりした知識しか持ち合わせていなかったベリティでも、その2人の顔を見れば、このイタズラ専門店が小さい頃からずっと自分たちで大切に育て続けた将来の夢だということなど一目瞭然だった。
今日は上着なんて要らないんじゃないかと錯覚してしまうほどの、燦々と輝く笑顔だった。
「おめでとうフレッド、ジョージ。ご依頼の品とかいろいろ持ってきたよぉ。……ほらみんな! きょう僕らを招待してくれたフレッドとジョージにご挨拶しよう!」
ポピーちゃんのペットの中で一番えらいやつがそう言うので、いつもよりちょっと早起きして神秘部からやってきた未就学年齢だったりホグワーツに通い始めているはずの年齢だったりする10人ほどの子どもたちは引率役をちゃんと務められるか怪しいクローディア・クランウェル=ブラックとも声を揃えて、2人ともおんなじ顔をしている店員のお兄さんたちに元気よくご挨拶した。
「フレッドさん、ジョージさん、おはよーございます!!!!」
子どもたちの声を全身に浴びるだけでやる気がどんどん湧いてくるらしいフレッドとジョージに、子どもたちの後から入店してきたもう1人の引率役の魔法使いが気さくに声をかけてきた。
「よう2人とも。プレオープンおめでとう」
「チャーリー?」「来てくれて嬉しいけどなんでいるんだお前?」
不死鳥の騎士団として活動するために昨年度の始めから職場をエジプトからイギリスのグリンゴッツ本店へと移している長兄のビルとは違って一応まだルーマニアのドラゴン保護施設で勤務しているはずの次男のチャーリーは、まるで神秘部の職員かのような顔をしてそこに立っていた。
「こないだクローディアがウチに来てな。その時『今度は神秘部に』って誘われたから行ってみたら、お前らの店に招待されてるって言うもんだからさ」
端的に説明したチャーリーの着ている服の裾を、小さな男の子が引っ張っている。
「ねえねえチャーリー僕ねあれが見てみたいの。あの棚の上のみどりのハコ」
「チャーリーチャーリーわたしこれにする!」
思い思いに商品を手にとってわらわら寄ってくる子どもたちの相手をしながら、チャーリー・ウィーズリーは店内を隅から隅まで観察する。
所狭しと並んだ商品はそれぞれの相乗効果でより見栄えがするように計算されていて、こないだ皆で隠れ穴の大掃除をしたときに見た気がする品々も、初めて見る商品に紛れてどちらを向いても常にいくつも目に入ってくる。チャーリーから見て左奥に陳列されているのは照明の色合いからして惚れ薬で、その向こうの棚には「保証付きニキビ落とし」やら「闇の肌荒れに対する防衛術」なる謎の小箱と「元気最低値保証薬」というポップな札の下に並んだ可愛らしい小瓶の群れ。
(興味を惹かれて寄ってきたら、自然と欲しいものが固まってるエリアに誘導されるわけか)
恐らくは女の子たち向けなのだろうその一角は、しかし明らかにホグワーツで学び始める年齢以上の女の子たちを対象としており、そのために今この店を訪れている小さなレディたちが主に興味を惹かれているのは、そことはまた別のコーナーだった。
「ねえねえクローディア、わたし今ねコレとコレで迷ってるの」
トカゲか何かの目を模しているのだろう橙と緑の派手なゴーグルをして、グリフィンドールの制服を着用している男の子らしきぬいぐるみの隣には、スリザリンの制服を着てドラゴンの目を模しているらしい派手な銀縁のサングラスをかけた女の子のぬいぐるみ。そのさらに隣にはハッフルパフの制服を着てドクロの形をした黒い仮面をつけた男の子のぬいぐるみと、レイブンクローの制服を着て望遠鏡を手に持ちニフラーの顔を模した仮面をつけた女の子のぬいぐるみ。
「ん? なんだいチャーリーくん。僕の顔にセバスチャンでもついてるかい?」
その4つの大きなぬいぐるみが全て同一人物をモデルにしているのは明らかだった。
橙と緑の派手なゴーグルをした青年に「なんでもないです」と答えたチャーリーの耳に、また楽しそうに商品を選ぶ子どもたちの声が入ってくる。
「このね『お鍋ピカピカ盗賊とバンディマン親分』とね、『庭小人と花壇で歓談』のどっちにしようか迷ってるの……クローディアはどっちがいいと思う?」
グリフィンドールの制服を着た大きいぬいぐるみに背を向けて隣の棚を見ているその女の子が選びきれずに困っていたのは、とびきり頑丈そうなハードカバーの、大きな大きな絵本だった。
そのすぐ横では別の男の子が「怪我も火傷もしない魔法薬作り体験キット」なる大きな箱を凝視していて、表紙のイラストを見ているうちにお鍋ピカピカ盗賊の絵本が欲しくなったらしいクローディアの背後では髪も肌もガラス細工のように真っ白な女の子が、4つ並んだ大きなぬいぐるみたちの周囲に山積みにされている、いくつもの小さなぬいぐるみたちをじっと見つめている。
少し迷った末に女の子が手に取ったぬいぐるみは、誰がどう見たってダンブルドアだった。
「ロン・ウィーズリー、10点減点」
女の子がそのぬいぐるみを握りしめると聞こえてきた声も、間違いなくダンブルドアだった。
ジタバタと短い手足を動かして脱出を試みているぬいぐるみをしっかり握りしめた髪も肌も真っ白な女の子は、チャーリーの予想した通りにすぐさま駆け出して、橙と緑の派手なゴーグルをした青年に「ペットちょうペットちょう私これがほしいの!!」と大喜びで報告している。
「規則を守りなさい!! シャツの裾をしまいなさい!! 高速で回転しなさい!!」
甲高い声が頭上から聞こえてきたので反射的にそっちを見たチャーリー・ウィーズリーの目に飛び込んできたのは、何やら液体の入ったバケツが両端にぶら下がった棒を担いで一輪車で綱渡りする、全身ピンク色の服装をした仕掛け人形。
皆の頭上に渡されたロープの上を行ったり来たりするその人形は、何やら延々と怒っている。
「高速で回転しなさい!! 縦ですよ!!! 縦に!!! すみやかに!! 発★進!!!」
「いいだろアレ」いつの間にやら隣にいた双子のどちらかが、チャーリーにそっと囁く。「あれも一応商品なんだ。『車輪にブチ切れるアンブリッジ人形』。ほしいってやつが居たら値段を教えるつもりでね……去年、ぬいぐるみにしていいかってマクゴナガルに訊いた時にアレも見られちまったんだけど、マクゴナガルのやつ笑うばっかりで減点も罰則も無しときた」
そう言われてみれば、向こうで山積みになっているぬいぐるみたちの中にはダンブルドアだけでなく、マクゴナガルやらフリットウィックやらスプラウトやら、チャーリーのよく知っている人物がいくつもいくつも紛れていた。
ハグリッドのぬいぐるみは他のやつの倍のサイズがあったし、その横の巨人らしきぬいぐるみはさらに一回り大きかった。
山積みになっている中の知った外見は皆、本人を模したぬいぐるみを作って売る許可をくれそうな人たちばかりで、スネイプのぬいぐるみが見当たらないという事実から考えても、許可がもらえた人物だけをぬいぐるみにしているのだろうと、チャーリーはそんな希望的観測をしていた。
許可が貰えた相手だけをぬいぐるみにしているのならケンタウルスのぬいぐるみが陳列されていることの説明がつかない、という視界に映り続けている違和感には、見て見ぬふりをしていた。
「ベインには蹴り殺されそうになったけど、トルヴスとフィレンツェは許可くれたんだぜ」
だからジョージがそう呟いた時、チャーリーは目を剥いて驚愕した。仮にダンブルドアが頼んだってケンタウルスたちはそんな真似絶対に許さないだろうと、チャーリーは信じていたから。
双子の弟たちがどうやってケンタウルスたちとの交渉を成功させたのかは、完全なる謎だった。
そして本日どころかつい先程採用されたばかりで業務内容の講習どころか正式な雇用契約すらまだ済んでいないのにもかかわらずそれでも自分にできることをやろうと、ちらほら散在する商品が並んでいない棚の空きスペースに貼られている商品名と値段が書かれた札を頼りに杖を振って陳列作業を進めていたベリティは、ここで初めて正しく理解することになった。
今日から自分の上司になった双子のフレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーにとってはイタズラ専門店こそまさに天職なのだという、燦然と輝く事実を。
そして同時に、ベリティは悟った。
フレッドとジョージが学生時代、どれだけ人気者だったのかを。
「紳士淑女諸君!」「神秘部からよく来てくださった!」「ここが俺たちの夢の城」「ダイアゴン横丁の新しい目玉スポット」「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ!」「イタズラ専門店だ!」
2階へと続く階段が折れ曲がった角の踊り場に立っているフレッドの隣にジョージも合流し、ウィーズリーの双子は並んで立ったまま、店内全域へ向けてセールストークを展開する。
「そこのハンサムな坊っちゃんお目が高い! そいつは俺たち自慢の一品『自動ぶちまけ大鍋』だ! 水とか入れて火にかけとくと宙返りしながら走って逃げる!」「元気な大鍋!」
そんな説明を聞いた丸っこい男の子が見せたギラリと妖しく光る笑顔は、一見すると普通の大鍋にしか見えないそのイタズラ用品の「適切な使い道」を思いついたことを如実に物語っていた。
「そっちのステキな栗色の髪のお嬢さん、そいつはやっぱり味が気になるよな?」「楽しいお菓子を食べずに買うってのは結構無謀な挑戦だよな?」「そう。そっちの開けてある箱」「そっちから一粒とって食べていいぜ」「そいつも俺たち自慢の商品」「『
その柔らかいキャンディを1つとって口に入れた途端に小さな女の子の舌はネクタイくらいに長くなって、そのまま数秒とかからずに両手で纏めて抱えなければいけないほど膨れ上がった。
「ふおーー!! おおーー!!」
何か言っているが声が声になっていないその女の子が慌て始めたちょうどその瞬間、女の子の舌はママが掃除を始めたかのような速度であっという間に縮んでいき、すぐに元の大きさに戻った。
「試食用だからな」「効果時間は短めにしてある」「ホントは2、3時間はそのままだぜ」「安直に『フィニート・インカンターテム』をやると舌がさらに3倍に膨れるんだ」「専用の反対呪文があって、唱え方と杖の振り方は箱の裏に書いてある」「『箱の裏』ってのがミソだ」「個包装にはなーんにも説明なんか書いてないんだな」「この店のロゴだけ!!」
舌が元の大きさに戻った女の子はフィルムに包まれた「
「ねえねえペットちょう、あたしはこれを食べてみたらいいと思うんだけどな!」
2冊の絵本のどちらにしようか悩んでいるがどちらも開いてみようとはしない子に「こっちは頑固な汚れを皆でキレイにする話で」「こっちのは庭小人を観察するおじさんを観察する話だ」と傍まで寄っていって内容を簡単に教えてあげたフレッドとジョージは「魔法薬作り体験キット」を凝視し続けていた子に「5種類の薬が作れる」「お前が3歳より年上ならひとりで遊んでいい」「まだ3歳になってない弟か妹にあげるつもりならお前か誰かが傍で見ててやらなきゃダメだ」「薬品棚の中の材料――この絵が描いてあるカードな――は、絵が完全に消えるまでは繰り返し使える」などと、その子の左右から遊び方を丁寧に説明し、ついでにチャーリーの方を見て「材料カードだけでも売ってるんだ」と勧めて抱き合わせ販売を試みている。
絵本も魔法薬作り体験キットも他の色々も、その山積みのぬいぐるみを中心としたエリアにあるすべての商品は双子が母のモリーから出された条件である「真面目に勉強したい子向けの商品も作りなさい」という言葉から着想を得た「パパとママのための初等魔法教育支援シリーズ」だった。
絵本は全て日常生活で遭遇し得る魔法生物などへの正しい対処を楽しく学べるように題材と登場キャラクターが選定されていて、他の商品群もことごとくホグワーツで学ぶ教科の入門編として機能するように考えられているのだと、チャーリーは子どもたちを眺めているうちに気づいた。
「ねえねえクローディアぼくこれほしい!」
「わたしこれにする! ペットちょうペットちょうわたしこれがいい!」
「チャーリーぼくこれ! このおっきいヒゲもじゃのおじさんのぬいぐるみ!」
「わたしはこの『お鍋ピカピカ盗賊』の絵本にする!」
「ぶちょうぶちょう私この本がほしいです! この『食べられないものを食べる』ってやつ!」
引率だったはずなのにいつの間にやら子どもたちと一緒に目を輝かせて商品を選んでいたクローディアが持ってきたのは、簡素な表紙デザインをした分厚い辞書のような本だった。
「お、いいの見つけたなクローディア・“クラッシャー”・クランウェル」「そいつはウチの数少ない『よそから仕入れてる』商品だ」「マホウトコロ魔法生物喫食研究会が自費出版してる稀覯本」
「マックルド・マラクローでエビフライ作ったり」「カッパの頭の皿にパフェ盛り付けたり」「そんな愛すべき冒険者たちの中に俺たちの親戚が1人紛れててね」「その縁で英訳させてもらった」「ストリーラー、あの猛毒カラフルカタツムリの――ホイル焼きのレシピなんて他じゃ読めない」
くるくるした金髪の女の子が落としてしまった箱が床に着くより速く杖を振って女の子の手の中へと戻してあげたベリティが改めて店内を見渡してみれば、笑顔じゃない子は1人もいなかった。
「皆ほしいもの決まったかい? おやロルフ。きみそれにするのかい?」
橙と緑の派手なゴーグルをした青年が、ヤドカリとリクガメと宝石の鉱脈をかけ合わせたようなキラキラした生き物を連れている男の子に問いかける。
「うん。火蟹のぬいぐるみ……アントニオにあげるのと僕のでふたつほしいんだけど、いい?」
「もちろんいいよ。アントニオにだけなんにもないんじゃ可哀想だもんね」
「あー! ペットちょうずるい! わたしたちには今朝ここ来る前に『ひとり1つね』って言ったのに、自分はそんなにいっぱい抱えてるなんて! ずるっこだ!」
「ずるくないでーす。これはマーガレットとかアンジェラとかアーチボルトとかの今日お留守番しなきゃいけなくなっちゃった皆にあげる分でーす」
そんな賑やかで色とりどりな店の中央で、双子の店主たちが誰より嬉しそうに笑っていた。
私これからここで働くんだと気付いたベリティも、いつの間にやら嬉しくなっていた。
しかしその時ベリティは、ひとつだけ解決していない疑問があると気づいた。
「…………ロン・ウィーズリーって誰?」
髪も肌も真っ白な女の子が大切そうに抱きかかえているダンブルドアのぬいぐるみだけでなく、その向こうの男の子が今手に取った魔女のぬいぐるみにも名指しで減点されたそのロンとやらはたぶんとんでもないイタズラ小僧なのだろうと、ベリティはなんとなくそんな想像をしていた。
それらのホグワーツ教師陣のぬいぐるみはそれぞれ録音させてもらった長めのセリフ以外には単に「個人または4寮どれかを指名」して「加点もしくは減点」をランダムな組み合わせで告げるだけなのだが、確率を弄っていないというのはつまり、偏る時は偏るということでもあった。
「ロン・ウィーズリーは50点減点です!!」
マクゴナガルのぬいぐるみが以前録音させてもらったマクゴナガルの声でそう宣告するのを聞きながら、フレッドとジョージはお互いの顔を見て満足気にニンマリしている。
ロンに今度なんか買ってやろうと、チャーリーは決意していた。
一方同じ頃、ダイアゴン横丁があるロンドンからかなり離れたサリー州リトルウィンジング、プリベット通り4番地。そこでもまた、ある1人の男が、ついに来たこの日を無事にやり通すべく、気合を入れて玄関の扉を開き、今ちょうど到着したばかりのお客様を歓迎していた。
「ようこそいらっしゃいませ我が家へ。ボクシングジムで息子が随分と世話になっているようで。妻のペチュニアともども我が家へお招きできる今日という日を心待ちにしておりました。さあさあ奥へお上がりください、ミスター・シリウス・ブラック」
目が全く笑っていないバーノンもペチュニアも、その男が誰なのかを正しく理解している。
3年前にテレビのニュースが指名手配の脱獄犯だと報じていたのを、ハッキリ覚えている。
だからパパの隣で笑顔を作っているダドリーは、心臓が今すぐ爆発したっておかしくなかった。
「お招きいただき光栄です。ジェームズから、お噂はかねがね」
シリウス・ブラックにとっても、バーノンとペチュニアにとっても、ダドリーにとっても。
これはもう決戦だった。
相手を打倒し討ち果たすよりも遥かに難しい戦い。
わだかまりや隔たりや暗い過去を精算して仲良くなるという、高潔な決戦だった。
【ベリティ】
ウィーズリー・ウィザード・ウィーズで店員をしている若い魔女。
ファミリーネームがレストレンジなのは私の妄想で、公式設定では出身などの詳細どころか実写映画版で彼女を演じた役者が誰なのかさえ明らかにされていない。
「ベリティ」というファーストネームがどうもフランス語に由来するらしいので、私の妄想の中ではボーバトンの卒業生でフラー・デラクールの友達。
【魔法処魔法生物喫食研究会】
私の妄想。食用には適さないとされている魔法生物や食した記録がない魔法生物などの美味しくて安全な調理法を研究する倶楽部活動。マホウトコロの保健室の先生の仕事を増やす馬鹿たち。
一輪車で綱渡りするアンブリッジ人形は、映画に登場している。