104年後からの今   作:requesting anonymity

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7.先生の話

少々時は遡って1995年9月1日。深夜。今日から5年生になったハリー・ポッターが就寝した頃。

ロンドン北西部、グリモールドプレイス。マグルの目には11番と13番が隣り合っているようにしか見えないその屋敷「グリモールドプレイス12番地」こそが、「魔法界の王族」とすら自負する「純血で由緒正しき」ブラック家代々の住まいである。そして当代のブラック家の家長、というか男系唯一の生き残りであるシリウス・ブラックがここをアルバス・ダンブルドア率いる対ヴォルデモート卿抵抗運動「不死鳥の騎士団」に本拠地として提供しているのは、何も親切心や義憤だけが理由ではなかった。

 

「泥の血統!塵芥の輩!我が屋敷を汚す者共―」

「はいはい今日もお元気そうで何よりですお優しい母上様!!」

 

杖を一振りして実の母の肖像画をカーテンで覆い直しながら負けじと叫んだシリウス・ブラックを見て、ニンファドーラ・トンクスが嘆息する。トンクスにも、その横で「夕刊予言者」を読んでいるアラスター“マッド‐アイ”ムーディにも、シリウスがここを不死鳥の騎士団に拠点として提供した本当の理由が察せていた。―自分が彼の立場だったとしても、まあ1人で住み続けたくはない。

嘗て友人だったピーター・ペティグリューに罪を被せられ「凶悪犯」として名と顔が知られている、そして逃亡中の「アズカバン脱獄犯」でもあるシリウス・ブラックは実質ここに監禁されているに等しい状態だったが、それでも自分以外の生きた人間が傍に居るというのは救いだった。

 

「ねえマッド‐アイ、なんか面白いこと書いてある?」

 

トンクスが自身の闇祓いとしての師匠でもあるマッド‐アイ・ムーディに訊く。

「書いてあるとも。とびっきりのがな……ルーピン!降りてこい!我らの後任が決まったぞ!」

トンクスがその名前に反応してピクリと動いた事も、マッド‐アイは気にしない。

「今年の『闇の魔術に対する防衛術』か?誰だ?」

現れるなり訊いたリーマス・ルーピンに、マッド‐アイはただ一言「先生だ」とだけ言った。

「だからそれがどこの誰かと訊いているんだが」と言いつつマッド‐アイが読んでいる夕刊の方の日刊予言者新聞を覗き込んだルーピンの目に、その大見出しが飛び込んでくる。

「『かの者は何者か?』魔法大臣肝いりの教育改革に突如として立ちはだかった障害………その『障害』殿の顔写真も無しとは『日刊予言者』らしくないな。大写しにしそうなものだが」

普段こういう場合凶悪犯だろうが救世主だろうが一般市民だろうが容赦なく顔写真を一面大見出しに採用する「日刊予言者新聞」らしからぬ、不手際とすら思える奇妙な点を指摘したルーピンに、マッド‐アイが興奮した様子で捲し立てる。

 

「判らんか?お前らしくもない!顔写真が載っていないのは載せる意味が無いからだ!我らの勝利だ、百人力だぞ!ざまあみろヴォルデモートめ!お前は終わりだ!先生だ、先生が帰ってきた!」

 

マッド‐アイがそんな風に、まるで少年のように飛び跳ねて大喜びする様を、トンクスもルーピンも、そしてシリウスも見るのは初めてだった。

「まだ判らんか?お前達の時代に1年だけ『魔法生物飼育学』を教えていた教師が居ただろう!」

「知り合いなの、マッド‐アイ?」と、トンクスが訊いた瞬間、リーマス・ルーピンとシリウス・ブラックは自分たちがホグワーツに入学した最初の年の事を同時に思い出した。

 

「先生って『先生』か!あの先生か、本当か!」

ルーピンが大きな声を出し、シリウスも興奮気味に叫ぶ。それに反応してまた喚き始めたヴァルブルガ・ブラックの肖像画の罵詈雑言すら、2人の耳には入っていないらしい。

「授業をやるのはいつもカバンの中。最初の授業でズーウーの背中に乗せてもらった!あの『セバスチャン』が走り出した途端、首がちぎれるかと思ったのを覚えてる!」

 

ただ1人その人物の事を知らないトンクスだけが、話についていけず戸惑っている。

「ハグリッドがダンブルドアの話をする時、どんな感じか思い出してごらん」

ルーピンに囁かれたトンクスは急に声が近くなった事でビクリとする。

「簡単に言うとね、トンクス。『ハグリッドにとってのダンブルドア』が、ダンブルドアにとってはその人なんだ。僕とシリウスが、そしてリリーとジェームズとセブルスがホグワーツの1年生だった頃、その先生は1年間だけ代理で『魔法生物飼育学』の教師をやってた。最高だった……。そしてそのずっと前。ダンブルドアがホグワーツの1年生だった頃。その人はホグワーツの7年生だった。ダンブルドアはその人から学んだ……他ならぬ『戦い方』を」

マッド‐アイも、ルーピンに続いて語り始める。

 

「そしてわしにとっては闇祓いとしての先生だ。わしが訓練過程をやっと終えたばかりのひよっこだった頃、先生と出会った。先生は闇祓いの制服を着ていなかった。闇祓い局本部に居るところも見た事が無い。ただ、こちらの人数が少なく逮捕するべき相手の数が多い現場に、『今回こそは皆殉職するか』と思える危険な現場に限って現れた。最初に会った時はこっちが3人、敵の犯罪者は100人以上居た。突入するタイミングを図っている時、いつの間にやら隣に居た。止める間も無く平然と歩いて突入していった。100人以上居た奴らの半数が数十秒で殺され、そこで残りが杖を捨てて降伏した。降伏する『フリ』だった数人が隠し持っていた2本目の杖を構えた。次の瞬間そいつらの内の1人が爆弾に『変身』させられて、残りの奴ら諸共爆殺された…………生き残った犯罪者共は今度こそ本当に降伏した……昨日の事のように思い出せる。どうすればアナタのようになれるかと訊いたら、一言だけ教えてくれた。それが最初の教えだった……『油断大敵』!」

 

俄には信じがたい話を立て続けに聞かされたトンクスはシリウスを見、ルーピンを見てマッド‐アイの方を向き、またルーピンの方を向いた。

 

「………訊きたい事が、幾つも有るんだけど。いい?」

「勿論良いとも」

「まずさ。『魔法生物飼育学』って3年生からじゃないの?」

ルーピンは、シリウスと顔を見合わせる。

「それね。先生が言ったんだよ。僕らの組分けが終わった直後、『新しい先生』としてダンブルドアに紹介されて皆に挨拶する時に。あの時の事は今でも鮮明に思い出せる…………」

 

それは、1971年。9月1日の夜の事だった。

 

「さて。皆も知ってのとおり、ケトルバーン先生がまたもや長期療養を必要としておる。彼は今聖マンゴにおり、魔法生物飼育学の授業を受ける生徒がいちいち聖マンゴに押しかけては癒者や患者たちに少々迷惑じゃからの。今年1年間、ケトルバーン先生の代理で皆に魔法生物飼育学の授業をする、新しい先生にお越しいただいておる。それでは早速、紹介しようかの?」

 

ダンブルドア校長の言葉を受けて、生徒たちはどれがその先生なのかと校長先生の左右に並んで座っている先生方を見渡す。しかし、そもそも先生方を初めて見た1年生たち以外の全ての生徒がすぐに、ただケトルバーン先生が居ないだけで―ついでに言うとビンズを始めとする何人かの先生も姿が無いが―新しい先生などどこにも見当たらないという事に気づく。

先生方すらざわざわと戸惑い始めた大広間を見渡して、ダンブルドアだけが笑っている。

 

その時、大広間の扉が開く。

 

「すまんの。ギャリック・オリバンダーと昔の話で随分盛り上がってしもうたのでな。校長でありながら組分けに遅れるとは、いや申し訳ない」

大広間に入ってきたダンブルドアがそう言いながらスタスタと歩いていくのを、全ての生徒がその表情から溢れんばかりの驚愕の色を浮かべて見つめている。

ずっと居たほうの「ダンブルドア校長」だけが、変わらず笑っている。

「アナタは誰です?」

マクゴナガルはそう叫んで、自分の隣にずっと居た「ダンブルドア校長」に杖を突きつけた。

 

「ご満足ですかな、先輩」

「久しぶりだねえアルバス~!」

「ええ、今朝会って以来ですな」

 

大広間に入ってきたばかりのダンブルドアに、白く光って目の前のテーブルをすり抜け高速移動したダンブルドアが思いっきり抱きつくのを、マクゴナガルは行き場を無くした杖をその手に持ったまま、信じられないものを見る目で見つめている。

 

「ねえアルバスお髭引っ張っていい?」

「お好きなようになさってください、先輩」

「お髭伸びたねえアルバス~」

「まあ、最後に会ったのが今朝である以上、いくらかは伸びておるでしょうな」

 

目の前の先輩が、11歳の頃の自分と比べてそう言っていると理解した上でそう言ったダンブルドアは、その「先輩」に促す。

「先輩は今年1年ホグワーツで教職に就くのですから、まず皆に挨拶をなさってください」

「あ、そうだったね!」と言って、2人並んでいるダンブルドアのもう片方は喋り始める。

「僕ねえ、先生になったんだよ!凄いでしょう!1年だけならやっていいって、アルバスが許してくれたんだよ!あでもお腹空いちゃったからちょっと待ってね」

そしてその「ダンブルドア校長」は、本物の方のダンブルドアがクスクス笑いながら見つめている中、どこへともなく呼びかけた。

「おーい、野菜焼きたいから火をおくれ。一緒に食べようよ」

そう言った「ダンブルドア校長」と本物の方のダンブルドアの頭上が同時に炎上し、それぞれの頭の上に不死鳥が現れたのを見て、生徒たちから歓声が上がる。

「あ、久しぶりフォークス。背伸びたね!」

不死鳥相手に極めて適当な事を言った「ダンブルドア校長」はどこからか取り出したリンゴくらいある大きな玉ねぎを自分の杖に刺し、杖を持っていない方の手を掲げると、そこにひょいと移った不死鳥の、尾羽根に玉ねぎを翳す。

「あ、そうそうアルバス、相談が有るんだけどさ」と、いい感じに焼けていく玉ねぎを見ながら「ダンブルドア校長」が本物の方のダンブルドア校長に言う。

それが「相談」ではなく「決定事項の通達」である事を、ダンブルドアはよく知っていた。

 

「『魔法生物飼育学』って3年生かららしいじゃん?でもさ、1年生だって2年生だって、参加したきゃ参加すればいいと思うんだよね!あとルビウスくんにも時々手伝って貰いたいんだ。ルビウスくんおっきくてかわいいから!」

 

そんな昔話をしているルーピンを見つめるトンクスの口は、ずっとぽっかり開いたままだった。

 

「その2日後。魔法史の授業が精神修行の類だとすぐ理解した私とリーマスとジェームズは早速教室を抜け出した。他ならぬ魔法生物飼育学の授業が始まると廊下で耳にしたばかりだったからだ」

グリモールドプレイス12番地で共に「不死鳥の騎士団」として休憩もとい待機中のニンファドーラ・トンクスに昔話をしたリーマス・ルーピンと入れ替わりに、シリウス・ブラックが言う。

「『ほとんど首なしニック』に場所を訊き大急ぎで中庭に向かったが、そこに居たのは旅行カバンを抱えた屋敷しもべ妖精だけだった。しかしその屋敷しもべは私達の目的をすぐ察してカバンの中に入らせてくれた………入ってみたら、そこにあった。『期待していたそのままの光景』が。11歳の私が子供心に、膨らませに膨らませた期待と妄想の、そのままの光景がそこにあった」

懐かしそうに笑いながら、ルーピンも言う。

「先生は僕ら3人も、快く授業に参加させてくれた。そこはいい天気の広い草原だった。向こうにはコテージ。峻険な山々。小川を挟んで鬱蒼とした森。遠くに見える丘の上でドラゴンが眠りこけてた。その背中の上にデミガイズが座っていた。今でも自分がそこに居るかのように思い出せる」

 

耳を疑うべき話を聞かされたトンクスは、しかし納得していた。トンクスは目の前の2人と、隣のマッド‐アイを見る。そしてまた1人ずつじっくりとその顔を、姿を順番に見ていく。

「なんだ、どうしたトンクス?」

トンクスの心にあるのはたった2つの感想。「いいなあ」という羨望の気持ちと、もうひとつ。

 

「そんな人に憧れちゃったら、そうもなるよね。マッド‐アイ?」

「違いない。わしなりに努力はしてみたが、先生のようにはいかんかったわ」

 

片目と片足が無く全身傷だらけの引退した闇祓い、アラスター“マッド‐アイ”ムーディは、そう言いながら心底嬉しそうに笑っていた。

 

その時、母の肖像画をカーテンで覆い直したシリウスが、窓から聞こえる物音に気づいた。

「なんだ、誰だ?」

念の為に杖を構えたシリウスとルーピンとトンクス、即臨戦態勢に入ったマッド‐アイ・ムーディ。ジリジリと物音の出処へと近づいていき、最初にシリウスが気づいた。

 

「ヘドウィグだ!ハリーから手紙だ!」

 

それが確かにヘドウィグで、なんら魔法にもかかっていないと念入りが過ぎる確認をマッド‐アイが行った後で、シリウスはようやく窓を開けて手紙を受け取る事を許可された。

「ハリーは何だって?」

ルーピンが訊き、開けっ放しだった窓をマッド‐アイが閉めようとした瞬間、2羽目の小柄なフクロウがその窓から屋敷の中へと飛び込んできた。

「ピッグウィジョンだ。元々私が送ったフクロウだから間違い無い。つまりロンからだ。……いや、何通かまとめて運んできたらしいな」

 

ザッと危険なものではないかを調べてから、トンクスは自分宛ての手紙を見つけ開封し始める。

「ハーマイオニーと、ジニーからだ」

2通の手紙を同時に広げて同時に読み進めているらしいトンクスは、シリウスに言う。

「もしかしなくてもさ、ハリーからのもこれと同じ内容?」

「ああ。つまりそっちもか。『新しい先生がなんか変な人なんだけど何か知らない?』」

「他のウィーズリーの子供らから両親への手紙も、まあ内容は似たようなものだろうな」

マッド‐アイが言い、シリウスもルーピンもトンクスも同意する。

「で、なんて返す?詳しく書くといくらでも長くなりそうだけど」

トンクスの質問に、シリウスは「一言でいい」とあっさり断言した。

 

「みんな訊きたい事は同じだ。『どんな授業をするのか』つまり教えてあげるべき事は1つ。私達が彼らに投げかけるべき言葉はたった1つ。『その人の授業は最高だよ』これだけだ」

 

そしてそれから1ヶ月ほどが過ぎた現在。その「今年の闇の魔術に対する防衛術の先生」は、1人の生徒とお茶していた。

「災難だったねえパーバティ」

アンブリッジ相手に「少々やらかした」パーバティ・パチルが命じられた罰則である特殊な羽根ペンを用いての書き取りを終えた直後に現れたその先生はアンブリッジに「ミス・パチルには別件で追加の罰則を与えなければなりませんので、すいませんが失礼します」と言い放って、アンブリッジの視界から外れて即「姿くらまし」のような何かで別室に連れ込んだのだ。

「あの、ありがとうございます……」

「ごめんね遅くなって。途中で連れ出したらまた後で続きやらせるだろうと思ったからね」

ドラゴン皮のマントに身を包んだ青年は、そう言いながら自分のティーカップに輪切りのレモンと紅茶を注ぎ足し、パーバティにもおかわりするか訊ねた。

そして数分後。パーバティがもういいかなと思った瞬間に、テーブルとティーセットが消える。

 

「手。出して。見せて」

 

先生に促されるまま、パーバティは利き手を差し出す。

「『私は嘘をついてはいけない』………ふうん。そういう事するんだ」

「先生、私あの、大丈夫なので……」

先生が見た事も無いほど怒っているのが察せてしまったパーバティは慌ててその手を引っ込めるが、それに対して先生は今言ったのと同じ事をまた言う。

「手。出して。見せて」

グイグイと引っ張られて、パーバティはやむなく手を差し出す。

「僕が持ってるこれが、何か判るかい?」

「………わかりません、先生」

抵抗しても無駄だと理解させられてしまったパーバティは戸惑う。

「ヒントをあげよう。君の友人の………いや『友人の友人』ぐらいかな?友達だけどそんなに特別親しくはないよね?ハリー・ポッターは、2年生の時にこれを体験した。あのサラザール・スリザリンの秘密の部屋で、バジリスクを斃して事態を収拾した後。既にバジリスクに噛まれていたハリー・ポッターはこれのお蔭で命拾いした。さあ、なんでしょう?君は知っている筈だよ」

 

自分は今授業を受けているのだと理解して、パーバティ・パチルは考える。ハグリッドが魔法生物飼育学で何かちらっと言っていなかったか、2年生の時先生方が何か言っていなかったか、あの時、サラザール・スリザリンの秘密の部屋に関する一連の物事が全て解決した直後、ハリーが何か言っていなかったか。ぐるぐると考えを巡らせ記憶を総点検したパーバティは、答えに辿り着く。

「不死鳥の涙………」

自分の手の甲に小瓶の中身が1滴2滴と落とされ、刻まれていた傷跡とジクジクとした痛みが消えていくのを見ていたパーバティを、先生は唐突に抱きしめた。

 

「大丈夫。大丈夫。パーバティ、大丈夫。君には皆がついてる。パドマもラベンダーもハーマイオニーも、ロンも、ハリーもネビルも他の皆も。だから、大丈夫」

パーバティ・パチルが泣き止むまで、その青年は高価なスーツに生徒の涙が染みていくのを感じながら、嘗て11歳のアルバス・ダンブルドアや何人もの友人たちに何度もそうしたように、そして自分が何度もそうしてもらったように、本人には止めようがない感情の発露が自然に収まるまで、それをただ受け止め続けた。

 

「踊ろう、パーバティ。踊ると気分が良くなるよ?」

 

先生に促されるまま、パーバティは差し出された手を取った。そうしたい気分だったから。

どこからともなく飛来した不死鳥が楽しげに歌い始めたのを合図に、その2人は踊りだす。

「先生、私訊きたい事があるんですけど、いいですか?」

「いいよー。なんでもどうぞ。ああでも答えられない秘密もあるけど」

元来ダンスが好きなパーバティは踊ることで心が癒えていくのを感じながら、この部屋に「付き添い姿現し」した時からずっと気になっていた事を質問する。

 

「ここ、どこですか?」

「図書館だよ。禁書の棚の、奥の部屋。その更に奥の階段を降りた先の部屋」

パーバティは誤魔化されていると思った。禁書の棚の奥にあるのは壁だけだと。

「先生、禁書の棚の奥に部屋なんてありません」

「そりゃまあ、ここに繋がる部屋も階段も僕がホグワーツの6年生だった時に埋め立てちゃったからね。今のイルマ・ピンス先生のポストに当時就いてたスクリブナー先生に許可貰って。だからこの部屋がここにあると知っているのは僕と、ブラック校長と、僕の友達だけ。あとはきみもだね、パーバティ。ホグワーツにたくさんある『僕の部屋』の1つにようこそ」

先生が嘘をついていないと理解して驚くパーバティは、気になっていた事をさらに質問する。

「あと先生、ホグワーツでは『姿くらまし』も『姿現し』もできないんじゃ?」

「そうだよ。大昔からホグワーツには数多い保護措置のひとつとして『姿くらまし防止呪文』がかかってるからね。けど、そんなものに影響されずホグワーツで自由に姿を消したり現れたりできるヤツも居る。それが何か、答えられるかい?」

くるくると踊り続けながら、2人は会話を交わす。

「ダンブルドア先生?」

パーバティの答えを受けて、その青年は声を上げて笑った。

「いやごめんごめん、合ってるよパーバティ。アルバスもできるもんね。けど、校長先生だけじゃないだろう?………君はどう思う、ドビー?」

 

「ドビーはドビーにもできると回答します。ドビーは屋敷しもべなのですから!」

 

バチンと大きな音を立てて現れるなりそう言った屋敷しもべ妖精を、青年は楽しそうに笑いながら、パーバティは目から鱗が落ちたらしい表情で寄り添って踊り続けながら、2人して見ていた。

「その通りだドビー。ドビーに5点!屋敷しもべは『姿くらまし防止呪文』に縛られない。というか、魔法使いが施す『姿くらまし防止呪文』は同じ人間の魔法族にしか効かない。つまり、ヒト以外の生き物が姿を消したり現れたりするのをこの呪文で阻止する事はできない。だから、アルバスがどうやってるのかはさっぱり判らないけど、僕は、色々ズルをしてる。不死鳥に運んでもらったり、今回みたいにポートキーをその場で作って、移動したらすぐ壊して使い捨てたりね。ちなみに今回はアンブリッジ先生のテーブルにあった角砂糖。移動したら食べちゃえば証拠隠滅完了」

 

先生にリフトアップされながら、パーバティは言う。

「先生の魔法の使い方ってなんていうか、その、悪質ですよね」

「創意工夫に富んでるって言って欲しいな!」

「悪質ですよ。でも、楽しいです。フレッドとジョージみたい」

 

2人は踊り、笑う。

 

それっきり言葉を交わす事は無くただ見つめ合ってお互い身体を寄せて先生と心ゆくまで踊ったパーバティが少し疲れてきた頃。不死鳥は歌うのをやめて青年の頭の上に舞い降り、2人も踊るのをやめる。言葉の上だけでも「得点」を与えられた事でまだ大喜びしているドビーを横目に見ながら、生徒と教師は見つめ合う。

 

「ドビーを見つけて、連れてきてもらう。この方法で君はもうこの部屋に自由に入れるけど、絶対入っちゃダメだよパーバティ。何故なら―2人にも見えるようにしてあげるね。レベリオ!」

パーバティはそこで初めて、大広間と競るほど広いその部屋の左右に見上げるほどの大きさの見たこともない騎士像が並んでいるのに気づいた。金属製にも見えるが、なぜ所々が水色に光っているのかは、パーバティには全く見当もつかない。

「この部屋の防衛機能は『僕が敵と見定めた相手』と『僕の不在時に部屋に入ってきた人など』に反応するからね。だからドビーも、来ちゃだめだ。ここの事を誰かに話すのもダメ。いいかい?」

パーバティとドビーはこくこくと何度も頷く。見るからに危険そうな居並ぶ騎士像だけではないのだろう「防衛機能」の全容は判らないが、自分たちなどひとたまりもないであろうという事だけはありありと察せたから。

 

その防衛機能にもうひとつある「例外」の事を誰かに話すことは決してしない青年だったが、実は未だにその「例外」に当てはまる者ができればホグワーツの生徒で現れてくれやしないかと、その青年はほんの少しだけ期待していた。自分と同じ才能を持つ者、「古代魔法」を身に宿す者を。

 

そして青年はまた唐突に大きな声で、何も居ない方向に呼びかける。

 

「見てたね?ピーブズ。君はしっかり見たね?僕が無理矢理治した。そうだね?」

突如姿を現したポルターガイストを見て、パーバティは大いに慌てた。

「見てたぜぇ?そんな勝手な事しちまっていいのかぁ??あのガマガエルが煩くなるぜ!」

「じゃあ、どうする?」

「チクってくるぜ!」

ポルターガイストと青年は笑みを交わす。

「誰に、何を?」

「お前が『生徒は嫌がったのに無理矢理』治しちまった事をガマガエルに!ガマガエルが生徒に何やらかしたかをマクゴナガルに!お前が生徒を誑かしてたってダンブルドアに!」

「行ってらっしゃい!」

 

にこやかに送り出した青年と、壁をすり抜けて行ってしまったピーブズを見て、パーバティはどんどん顔が熱くなってくるのを感じていた。

「さてパーバティ。ホントは次の授業の最後に話す予定の事なんだけど、君には特別に今。教えてあげよう。僕はもうすぐ『闇の魔術に対する防衛術』の教師の職を追われるだろう」

パーバティは耳を疑ったが、すぐにそれが何故なのかを理解した。

「そうアンブリッジ先生の査察。他の先生ならともかく、僕の場合は最初から『不適格』って結果ありきの形ばかりの査察だ。僕がどんな授業をしたって変わるのは『なぜ不適格なのか』って事だけ。で、僕はね。おとなしく言われるがままクビになるつもりでいる」

 

「そんな!ダメ!」

 

パーバティが大声を出すが、その青年は変わらず気楽に笑っている。

「で、だ。パーバティ。君に、というか君たちホグワーツの生徒全員に。僕から最後の課題をあげよう。期間は『闇の魔術に対する防衛術』の授業をアンブリッジ先生がやるって通達が皆になされた瞬間から。ホグワーツ城のどこかに居る僕を見つけて声をかけてね。僕は授業に参加したくなったら皆に紛れて授業受けるし、寛ぎたくなったら談話室にも行くだろう……そう。ついでなんだ。教職は。ホグワーツに居座る事それ自体が僕が今年来た目的。………できるかい?」

 

「………見つけます。絶対。アンブリッジより先に」

その決意表明を受けて、青年はニッコリと微笑む。

 

「元気出た?」

 

パーバティは青年にニッコリと笑顔を返した後、深々と頭を下げた。

「先生、ありがとうございました」

「ん。……ねえパーバティ、もっかいハグしていいかい?」

パーバティはちょっと考えてから、こっくりと頷いた。

 

「………よく頑張ったね。パーバティ」

 

そして青年は再びパーバティから離れ、ドビーに声をかける。

「さあドビー、パーバティをグリフィンドールの談話室へ。皆心配してるだろうから。それと2人とも、もっかい言うけどくれぐれも勝手にこの部屋に来ない事!たぶん死ぬからね!」

 

ドビーが差し出た手を握ったパーバティが「姿くらまし」の独特な不快感に数秒耐えてから目を開けると、そこに居る皆が自分を見ていた。

「パーバティ、大丈夫?」

「あのクソババア、君に一体何やらせたんだ?」

ハーマイオニーが心配そうに、ロンが怒り気味に訊く。パーバティは皆に「私は大丈夫」と言ったあとで、アンブリッジにどんな罰則を受けたのかと、その後に先生が助けてくれた事を報告した。―秘密だと言われた事と、わりと長々踊った事以外を。

 

「………そこまでクズか、あのガマガエル」

「スネイプだってそんな真似はしないぜ」

 

フレッドとジョージが怒りを露わにしている。

「でも、もう傷は残ってないんだろ?ならまあ、せめてそこは、よかったんじゃないか?」

ロンが言うが、ハリーはそれを否定した。

「……不死鳥の涙を使って治したってのはつまり、そこまでしなきゃ治らないって事だ」

わいわいがやがやと皆でパーバティを慮っていると、そこにマクゴナガルと、フリットウィックに連れられたパドマ・パチルが入室してくる。

「パーバティ!」

入ってくるなり双子の姉妹に抱きついたパドマの後ろからマクゴナガルがパーバティに声をかけ、フリットウィック先生が「あの女の教育方針はホグワーツで許されるべきではない!」と憤慨しているのを見ながら、ハーマイオニーは全然別の事を考えていた。

 

なんでさっき何があったのかを話してる時のパーバティ、どこか嬉しそうだったのかしら?

 

そして1週間ほど後。「その時」は来た。

「魔法省教育令………先生が名指しされてる!」

ロンが言う。それは「闇の魔術に対する防衛術」の先生がアンブリッジに替わる事を知らせる掲示で、魔法省、というか魔法大臣が発したその「教育令」の内容はそれだけだったが、ホグワーツの生徒たちにとってはもうひとつの意味を持つものだった。

「『以下の者は教職に就くに不適格であると認められる為その地位を剥奪し―』酷いわ」

ハーマイオニーが言い、ハリーはそれに頷く。そして、ネビルが口を開いた。

 

「って、事はさ。『今から開始』なんだよね?」

「そうだ。僕らは先生を探さなきゃいけない。僕らにとってはそっちこそが『防衛術』の授業だ」

 

ハリーが周囲の喧騒に紛れる小さな声で言う。

4人のすぐ後ろ、人だかりの最後列でその会話を聞いているレイブンクロー生が胸につけている監督生バッジを指で小突いて首席バッジに変えた事にも、そしてその場を立ち去ろうとし始めた瞬間にスリザリン生に変わった事にも、わいわいがやがやと話しながらその「教育令」に視線を注いでいる周囲の生徒たちは誰一人として気づかなかった。

 

「さ、皆はおとなしくドローレスくんの授業を受け続けるかな?」

 

首席バッジを身に着けたスリザリンの女子生徒は、そう呟きながら角を曲がって姿を消した。

 

 





【姿くらまし防止呪文】
ホグワーツ城を始めとする重要施設等にセキュリティとして施されている、文字通りの効果を持つ呪文。出発地点から観測した場合の呼称が「姿くらまし」、到着地点から観測した場合の呼称が「姿現し」で同一の技術であるため、この魔法がかかっている場所ではどっちもできない。しかし屋敷しもべ妖精やゴブリンなどの「独自の魔法」を持っている存在や、不死鳥やズーウーを始めとする「姿くらましできる魔法生物」にも効かず、屋敷しもべやこれらの生き物に同行させてもらう形での「付き添い姿くらまし」も防げないなど、わりと抜け穴が多い。
ただし「ヒトの魔法族にしか効果が無い」は公式の描写に基づいた私の妄想で、これ自体が公式設定というわけではない。
あと「ヒトの魔法族」ってどこまでだよ、という問題もついてきた。
姿くらましできるんかなハグリッドって。

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