104年後からの今   作:requesting anonymity

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74.ダイアゴン横丁

 もしかすると、闇祓いたちは未だに、危機意識が足りなかったのかもしれない。

 自分たちが警備に駆り出されているのは人々に安心感を与えるためだと、あくまでも念の為だと、心の何処かにそんな甘えがあったのかもしれない。

 ニンファドーラ・トンクスやジョン・ドーリッシュですら、そうだったのかも知れない。

 仮に死喰い人と遭遇して戦闘になるとしても、最も悪い可能性を引き当てるとしてもドロホフあたりがせいぜいだろうと、不死鳥の騎士団に所属している闇祓いたちですら、そう考えていた。

 

「のけ。往来を妨げるのが貴様らの職務というわけでもあるまい」

 

 だからこそ、夜警に割り当てられていた人員と入れ替わりでこの日も早朝からダイアゴン横丁の警備に当たっていた闇祓いたちは、正面からヴォルデモート卿が歩いてくるのが見えていたはずなのに、どころか前方の人混みの中に音もなく「姿現し」した瞬間も視界に入っていたはずなのに、ドーリッシュ以外のほとんど全員が、杖を構えて戦闘態勢を整えるのが遅れてしまった。

 昼食をどの店で食べるかを思案し始めるにはまだ少し早い午前中、真冬の寒さが日差しによっていくらか軽減されている、今日も大勢の買い物客や観光客がひしめき合うダイアゴン横丁で。

 

 せめて人通りの少ない夜間だったなら、という遣りどころの無い後悔にも似た感情を速やかに心の中から追い出しつつ、闇祓いたちはヴォルデモート卿に杖を向けていた。

 周囲の人々は事ここに至ってようやく今この場で何が起きているのかを理解し始めたらしく、皆が次々と「姿くらまし」し、あるいは必死の形相で近くにある店の中へと逃げ込んでいく。

 

「お前の行く手を阻み市井の人々を守るのが我らの責務だヴォルデモート」

「阻めるつもりでいるとは。お前ともあろう者がまた随分と楽観的だなジョン・ドーリッシュ?」

 

 そしてその場の誰よりも早く、ドーリッシュの背後に居た闇祓いの1人が、ヴォルデモート卿との不意の遭遇という状況が齎す緊張感に、耐えられなくなった。

「ステュ――」

「クルーシオ!!」

 その闇祓いが失神呪文を唱えきるより速く磔の呪いを投射したヴォルデモートは、叫び声を上げながら地面をのたうち回る男の姿を眺めて、さも愉快そうに嘲笑している。

「よく見てみればダイアゴン横丁も随分ゴミで散らかっているな」

 ヴォルデモート卿が地面を掃くような動きで杖を水平に一振りすると、倒れて呻き苦しんでいた闇祓いの男は真横に吹き飛ばされて、すぐそこにあるフローリシュ&ブロッツ書店の窓をぶち抜いて店内へと消えていった。

 闇祓いが本棚に衝突したのだろう轟音が通りにまで響き、店内から人々の悲鳴が聞こえてくる。

 

「その体たらくで訓練が行き届いているつもりとは」

 

 呼吸を合わせて武装解除呪文を放ってきた闇祓い3名を緑色の閃光で押し潰しにかかりながら、ヴォルデモート卿は死体を検分している最中かのようにリラックスした微笑みを浮かべている。

「デパルソ!」

 ニンファドーラ・トンクスは武装解除呪文でヴォルデモート卿の死の呪いを押し返そうと頑張っていた同僚たちに側面から呪文をぶつけて吹き飛ばすという荒い方法で、咄嗟にその3人の闇祓いの命を守ることに成功した。

 

 ダイアゴン横丁全域に分散していた他の闇祓いたちも次々に集まってきているが、そもそもダイアゴン横丁はそれほど広大な観光地ではなく、比較的狭い範囲にいくつもの店が密集している、ただ有名店がいくつも並んでいるだけの、単なる商店街である。

 それすなわち派遣されている人員も限られているし、送り込める援軍の数にも限度があるという厳しい現実を、闇祓いたちはできるだけ考えないように努力している。

 

 現状を正しく認識することを避けるというのは決して褒められた態度ではないが、さして道の幅が広いわけでもないダイアゴン横丁に単独で現れたヴォルデモート卿を前後から挟み撃ちにしているにもかかわらず全くこちらが有利にならないという今のこの状況で、皆で次々に放っている呪詛や呪文を全て苦も無く防がれながら、この上さらに自分の士気を自分で下げるような思考はするべきではないと、闇祓いたちは弱音を吐きそうになる己の精神を必死で支えて闘っていた。

 

「ペトリフィカストタルス!」

「ステューピファイ!!」

 

 前方に5人、後方に6人の闇祓いがヴォルデモート卿を挟み撃ちにする形で、あまり広くないダイアゴン横丁の道幅を利用して包囲し呪文を投射し続けているが、呪文はどれ1つとしてヴォルデモート卿まで到達せず、ガラス窓に突撃を敢行した羽虫のように空中で遮られて消えていく。

 ヴォルデモート卿が前方に立ちはだかっている闇祓いたちの1人へと放った緑色の閃光を、闇祓いたちは4人一斉に唱えた失神呪文の赤い閃光で正面から迎撃する。

 ヴォルデモート卿には背後からも複数人の闇祓いたちによって絶え間なく呪詛が投射されているが、それらもヴォルデモート卿の防御を突破できず、全て空中で何かに衝突してほどけて消える。

 失神呪文で対抗してきている闇祓いたち4人を死の呪いで軽々と圧倒しているヴォルデモート卿の意識がこれから死にゆくその4人の闇祓いたちに集中していると判断したニンファドーラ・トンクスは、ヴォルデモートの背後から、ヴォルデモートの足元の地面めがけて呪文を放った。

 

(デプリモ!)

 

 トンクスが無言で唱えた「陥没呪文」はヴォルデモート卿の足元とその周囲の地面を丸ごと崩壊させてダイアゴン横丁を真っ二つに割る大穴を創り出したが、ヴォルデモート卿は1秒前まで地面があった高さに足を置いたまま、何の支えも無く空中に浮いている。

 

「相手がこの俺様でさえなければ、今のは良い判断だったと言えるぞニンファドーラ・トンクス」

 

 宙に浮いたままこちらに振り向いたヴォルデモートは声色も表情も、まるで捕まえたバッタの足でも引きちぎっているかのように愉しげだった。

 失神呪文で死の呪いに対抗してきていた闇祓いたち4人に背を向けたまま、トンクスを見たままヴォルデモートは雑に杖を一振りし、額に汗して失神呪文に全ての魔法力と集中力を注ぎ込んでいたあわれな闇祓い4人を視界に入れようともせずに通りの向こうまで吹き飛ばした。

 4人の闇祓いは咄嗟に死の呪いの射線からは退避したものの、ヴォルデモート卿が戯れに追加した呪詛は防ぎきれなかったらしく、4人が4人とも意識を失って石畳に倒れ伏している。

「いま尻尾を巻いて逃げ出せば、もしかすると死なずに済むかもしれんぞ?」

 今日このダイアゴン横丁には本当に単なる客として来ただけなので、ヴォルデモート卿は別に闇祓いたちを、今この場で必ずや殲滅してやろうなどとは考えていなかった。

 しかしそれは、殺害を試みないという意味では、ない。

 

「今から死ぬかも知れないってのは普段の任務だってそうよ。闇祓いなら誰しもが常にそうだし、殉職って別にアナタを相手にした時だけ発生する珍しい危険じゃあないのよ。知らなかった?」

 

 そう言い返してみせたトンクスが頑張って平常心を保っているのを、努力しなければ平常心を保てない程度には恐怖し焦っているのを、それがトンクスに限った精神状態ではなく周囲の闇祓い共の半数が似たような精神状態にあるのを、ヴォルデモート卿は見抜いている。

 そしてヴォルデモート卿は、前々から口を封じたいと考えていた人物の経営する店がすぐそこで営業しているのを、当然に記憶していた。

 

「フローリアン・フォーテスキューめのくだらん店は――なるほどそこか」

 

 普通の買い物客がフローリシュ&ブロッツで書籍を購入するついでにイーロップの店でフクロウの餌も買おうなどと考えるように、ヴォルデモート卿は「事のついでに」殺人もしておこうかと、この後の予定や時間の余裕なども考慮に入れつつ思案している。

 

 ドーリッシュの傍に立っていた闇祓いが唱えた失神呪文を跳ね返されて地面に倒れたが、失神呪文を跳ね返した当人であるヴォルデモートは相変わらず、ドーリッシュたちの方を見てもいない。

 

「相変わらずだなダンブルドアめ。わざとやっているのか? 居並ぶ建物の中で1軒だけやたら強固な保護魔法で守っていては、『攻撃されると困る』と喧伝しているようなものだろうに」

 

 地面に開いた大穴の上に浮いているヴォルデモート卿がフローリアン・フォーテスキューのアイスクリームパーラーの建物へと杖を向ける中、最初にフローリシュ&ブロッツ書店の中に叩き込まれた闇祓いの男が、全く別の店舗から通りへと出てきてトンクスに小声で状況を報告する。

「姿くらましと煙突飛行で、客と住人の避難は8割完了した。残りもいま続々と逃げてる……だから今この周りの建物が崩れても、もはや下敷きになる人間は居ない……」

「アバダ・ケダブラ!!」

 死の呪いを阻止しようとしたらしい闇祓いは杖を持っていない方の手を軽く振っただけのヴォルデモート卿に呪文を反射されて吹き飛び、ヴォルデモート卿が杖を振って唱えた死の呪いによってフォーテスキューのアイスクリームパーラーを包んでいた保護呪文は粉砕された。

 

「エクスペリ――」

「アバダ・ケダブラ!!」

 

 吹き飛ばされても即立ち上がったその闇祓いが呪文を唱えきる前にヴォルデモート卿が放った死の呪いを失神呪文で迎撃したのは、ドーリッシュでもトンクスでも他のどの闇祓いでもなかった。

 ヴォルデモート卿の死の呪いと押し合っている失神呪文を放っている人物はフォーテスキューのアイスクリームパーラーの店内から、肩まである大きな杖で身体を支えながら義足で地面をゴツゴツと鳴らして店の外へ、戦闘が行われている石畳の通りへと、呪文を維持したまま歩いてきた。

 

「マッド‐アイ……!」

 

 今まさに殺されるはずだった闇祓いの男性は、頬を掠めて横切っている赤い閃光がヴォルデモート卿によって放たれている緑の閃光と押し合っているのを、呆気に取られたまま見つめている。

「何をボーっとしとるか愚か者!! 闘わんかサヴェージ!!」

 かつての訓練時代に散々浴びせられた怒号が、その闇祓いの意識を職責へと引き戻す。

 

 リーマス・ルーピンから美味しいと伝え聞いていたパフェを完食して代金を支払った瞬間に通りで戦闘が発生したので店主のフローリアン・フォーテスキューや他の客たちを煙突飛行ネットワークで避難させた元闇祓いのアラスター・“マッド‐アイ”・ムーディは、動揺しているそぶりすら見せずにヴォルデモート卿を真正面から睨み据えている。

 

「相変わらずひとの楽しみを台無しにするしか能が無いらしいなヴォルデモート」

「ずいぶん上手に歩けるのだなムーディ」

 

 互いを罵ったヴォルデモートとマッド‐アイ・ムーディは、全く同時に動いた。

 ヴォルデモート卿が前方の何かを操るかのようにクルリと杖を回すと大きな蛇の姿をかたどったオレンジ色の炎が喚び起こされ、マッド‐アイが身体を支えるのに使っている大きな杖で地面を鳴らすとヴォルデモート卿の足元に広がっていた大穴が瞬時に浅くなって塞がり隆起し、大穴が口を開けていた場所に、ヴォルデモート卿の視界を覆うようにして分厚い壁が形成された。

 大きな蛇の姿をした「悪霊の火」は屋根まで届く高さの土と石でできた壁をみるみる赤熱させ融解させて再び道を開けるが、そこにはもうマッド‐アイの姿も、他の闇祓いたちの姿も無かった。

 

 次の瞬間に頭上と背後から一斉に放たれた様々な呪文を、ヴォルデモート卿は杖を一振りして展開した盾の呪文で苦も無く防いでみせる。

「とうに引退した老いぼれが頼みの綱とは嘆かわしいことだな」

 ヴォルデモート卿がまたしても気軽に杖を振ると悪霊の火は大きな蛇からドラゴンへと姿を変え、周囲の建物の屋根の上に「姿現し」で移動していた闇祓いたちを焼き払うべく羽ばたいて空中へと上昇した直後ドラゴンの姿を崩して、劇的に広い範囲へと広がった。

 

「貴様らにさしたる興味は無い。灼け死ぬなり生き延びるなり好きにするがいい」

 

 ヴォルデモート卿がそう宣告したのと同時に悪霊の火はますますその勢いを増し、複数の建物を飲み込んでさらに周囲に広がっていく。

 闇祓いたちは皆必死に杖を振って悪霊の火を鎮圧しようとしているが、多少押し返せているかどうかという、よく観察していなければ気付けない程度の成果しか出ていない。

 しかしマッド‐アイ・ムーディだけは、視界のほぼ全てを悪霊の火に覆われながらも、ヴォルデモートは普段から頻繁に犯す失態を今またやらかしていると、奴はこちらを侮り見下しているが故に手を抜いているのでこの悪霊の火は充分に対処可能だと、現状を正しく理解していた。

 

 ベラトリックス・レストレンジやアントニン・ドロホフでなくヴォルデモートで良かったと、マッド‐アイ・ムーディだけがそんな感想を抱いている。

 その場の全員で協力して複数種類の保護呪文を組み合わせて形成した障壁で悪霊の火を包囲して押し戻して圧殺する、という方法で鎮火しようと試みている闇祓いたちが各々の命を守るだけで精一杯なのをよそに、マッド‐アイ・ムーディだけは全く異なる方針で悪霊の火に挑んでいた。

 歩行を補助する目的で左手に持っている大きな杖でも魔法を行使して足場が燃えるのを防ぎながら、マッド‐アイ・ムーディは右手に構えた短い杖を振って悪霊の火を、掌握しようとしていた。

 

 本来なら異常とすら表現できるほど高水準の集中力を保って制御し続けなければ唱えた本人の身すら危うい悪霊の火は、ベラトリックス・レストレンジですらそれの制御だけに全ての集中力を注ぎ込んでいられる状況ではなくなったと判断したらすぐさま完全に消火するのだが、ヴォルデモートは己の技量に絶対の自信を持つがゆえに、どうとでも対処できると確信しているがゆえに、ただ悪霊の火を熾して投射するだけでその後は制御しようともせずに悪霊の火を「手放して」、燃え広がるに任せて放置することがよくあるのだと、マッド‐アイはかつての経験から見破っていた。

 

 他と隔絶した圧倒的な実力と技量を持っている事こそがもしかするとヴォルデモートの弱点なのではないか、そこに付け入る隙があるのではないかと、マッド‐アイ・ムーディは分析していた。

 ダンブルドア以外とは拮抗すらしないのだから、魔法というものの存在を知ってから現在まで戦いで劣勢に陥った経験など無いのだから、敵対者を侮らない事など不可能だろうと。

 

「現に今こうして、儂ごときに悪霊の火をみすみす明け渡している」

 

 そう呟いたマッド‐アイ・ムーディがダイアゴン横丁の全域へと広がろうとしていた悪霊の火を全て手元に纏めて1匹の小さなネズミの形にしてから、身体を支えるのに使っている大きな杖で地面を鳴らして完全に消火したのを、闇祓いたちは1人また1人と杖を降ろしながら見ていた。

 

 気付けばもうどこにもヴォルデモートの姿は無いが、ドーリッシュもトンクスも他の闇祓いたちも、今から探して追撃する気にはなれなかった。

 

「他人が唱えた悪霊の火を単に消火するだけならともかく、完全に制御を乗っ取るなんて……」

 たった今マッド‐アイ・ムーディに命を救われたばかりの闇祓いサヴェージは驚嘆しているが、当のマッド‐アイがサヴェージに投げかけた言葉には称賛に対する謝辞も、謙遜も無かった。

「何十年も死喰い人共と戦い続ければお前にだって嫌でもできるようになる。さもなくば死ぬのだからな――ドーリッシュ! ヴォルデモートはそもそも今日この場に何をしに来た!」

「不明! 立ち去ったのか隠れているのかも不明!」

 ドーリッシュは即答したが、それはマッド‐アイにとっては不充分な回答だった。

「ヴォルデモートが儂らごときから隠れる必要がどこにある。儂らが愚かにも奴を見失っただけだ。目的を達しに向かったに決まっとるだろうが探さんかバカモンが――ホメナム・レベリオ!」

 

 人の存在を明らかにする呪文によってヴォルデモート卿の現在地を割り出したマッド‐アイ・ムーディは、心底から悔しそうに、ノクターン横丁にまで聞こえそうな音量で舌打ちをした。

 ヴォルデモートがダイアゴン横丁に何をしに来たのかがヴォルデモートの現在地と共に判明したが、今から自分たちがどう動こうがヴォルデモートを阻止することはできないと察したために。

 

「店主とは客が来たらすぐに応対するものではないのか。オリバンダー」

 

 作業に集中していると周囲の物音が一切耳に入らなくなるギャリック・オリバンダーはどうやら外で戦闘が発生していたことにすら気付いていなかったらしく、ヴォルデモートが店の奥へ声をかけてから1分近く経った後でようやく「もしかして誰か客が来たのではなかろうか」と感づいたのか、通常の来客に対応する際の声色で「はい只今」と返答した。

 そして店の奥から出てきたオリバンダー翁は、来客の姿が視界に入った瞬間に凍りついた。

 

「ひさしぶりだな。ギャリック・オリバンダー、貴様は俺様の杖を検めるのだ」

 ヴォルデモートがそう宣告した瞬間に、オリバンダー翁の身体を縛り付けていた恐怖は消えた。

「……確かに杖の修理も承っておりますが、いかなる場合でも必ず直せるというわけではない」

「かまわぬ。俺様は俺様の杖がいかなる状態なのか、なぜ十全な働きをせんのかが知りたいのだ」

 それならば客だと、ヴォルデモートが相手なのにもかかわらずオリバンダー翁は即断した。

 ヴォルデモートが差し出した杖をほとんどもぎ取るかのような激しく素早い腕の動きで受け取ると、オリバンダー翁は店の奥へと消えていく。

 

 杖が持ち去られようがあの程度の闇祓い共を蹴散らすのには何の支障も無いだろうと考えているヴォルデモートは泰然自若とした佇まいで店内を、そこに積み上がっている数え切れない量の長細い箱に入ったオリバンダー製の杖を観察している。

 

「ぺティグリューの奴は己の杖を持っておらん。ルックウッドめの杖は俺様が折ってやった。当然の罰だ……かのサラザール・スリザリンは自分の杖を自分で制作したと伝え聞くが、あのオリバンダーが常々から主張している言説に拠るならば、それは必ずしも賢い選択ではないと言える……」

 掌の上で悪霊の火を喚び起こしては消し、また喚び起こしては消しを繰り返しながら、ヴォルデモート卿は己が修めた分野ではない杖作りの秘密について分析する。

 

 そしてヴォルデモート卿がそこらに積み上がっている箱を無言で手元まで浮遊させて勝手にオリバンダーの在庫を物色するのにも飽きた頃、ギャリック・オリバンダーは戻ってきた。

「恐れながら、ヴォっ、ヴォルデモー……ト、卿。この杖は、どこにも不具合がありません」

 

 ヴォルデモートは一瞬激怒したかのような表情になったが、それはすぐにおさまった。

 

「そんなはずは無いと憤って磔の呪いでもぶつけてやるところだが、それは相手が貴様でなければの話だな……貴様がそう言うのであれば、そうなのだろうオリバンダー……。しかし現にこの杖を使用している俺様の所感として、この杖は十全な力を発揮しておらんのだオリバンダー。一昨年、俺様が完全な肉体を取り戻した時。あのポッター小僧ごときがあのような高度な呪文を使用できるわけは無いのだオリバンダー。それとも杖が主人に反旗を翻すことがあるのか?」

 

 ヴォルデモート卿が発したこの言葉を受けて、オリバンダー翁は原因を解明できたと思った。

 

「その『杖の不具合』は、ハリー・ポッターに対してのみ発生しているのではありませんかな」

 

 まさにそうだと目を見開いて、ヴォルデモートはオリバンダー翁を褒めた。そしてオリバンダー翁は、ヴォルデモート卿の杖がハリー・ポッターに対してのみ十全な働きをしない、その原因だと考えられる事象について、あくまでも真摯な態度で顧客に説明する。

 

「あなたの杖の材はイチイ。芯は不死鳥の尾羽根。そしてハリー・ポッターの杖も芯は不死鳥の尾羽根であり、加えてあなたの杖とハリー・ポッターの杖は、兄弟杖です。同じ個体から採取された芯を使用している杖同士をこう呼称します。フレッドとジョージ・ウィーズリーの杖がそうであるように、古くはチャドウィックとウェブスター・ブートの杖がそうであったように、兄弟杖は互いを認識し、共に並び立ち協力するならば通常よりも遥かに強大な魔法を行使できます――」

 ヴォルデモートはオリバンダー翁の説明を聴きながら、勝手に棚から取り出して物色していた杖を再び滑らかに飛行させて、1本ずつ棚の元あった位置へと戻している。

「――しかし兄弟杖の所有者同士があなたとハリー・ポッターのように敵対している場合、決して相手に致命傷を与えることはありません。そしてハリー・ポッターと戦闘する際あなたは彼を殺害せしめんとして魔法を行使しますが、ハリー・ポッターは己の命を守るので精一杯なのでしょう。おそらくこれが、あなたの杖がハリー・ポッターに対してのみ十全な働きをしない原因であり、あなたがあなたの杖に感じている不具合をハリー・ポッターが己の杖に感じていない理由です」

 

 説明し終えたオリバンダー翁は、他の顧客に修理を依頼された場合にそうするように、イチイと不死鳥の尾羽根で作られているその杖をヴォルデモートの手へと返却した。

 

「その、何か呪文を唱えていただいても構いませんかな」

「殺してくれという意味かオリバンダー?」

 ヴォルデモート卿の言葉にはとても冗談だなどとは考えられないほどの深く暗い迫力があったが、対するオリバンダー翁は、今すぐには自分は殺されないという確信があった。

 

「……この儂より腕の良い杖作りに心当たりがあるなら、そうすればよろしい」

 

 ギャリック・オリバンダーの堂々とした態度と言葉が意外だったのか、ヴォルデモート卿は口の端を歪めて笑った。

 店のすぐ外からは闇祓いたちがこちらへ来ようとしているらしい声と物音が聞こえてきているが、音から察するにヴォルデモート卿はどうやら保護呪文の類でこのオリバンダーの店をいつの間にかダイアゴン横丁から隔離していたらしく、次々に投射されている呪文はどれも空中で遮断されて、オリバンダー翁とヴォルデモート卿が居る店内には色とりどりの眩い光だけしか届かない。

 

 そしてヴォルデモート卿はオリバンダー翁の求めに応じて滑らかに杖を振るい、放たれた緑色の閃光はオリバンダーの店のすぐ外で行く手を阻んでいる魔法の障壁を突破しようと奮闘していた闇祓いたちの1人、マッド‐アイ・ムーディが咄嗟に呪詛をぶつけて吹き飛ばした若い男性が今の今まで立っていた場所を撃ち抜いて通りを横断し、向かいの建物に命中して炎上させた。

 

「今日は兄弟杖についての知見を成果として、俺様は帰るとしよう。しかしオリバンダー。俺様のもとには杖を必要としている者が2人居るのだが、この店まで連れて来るわけにもいかんのだ……ついてはオリバンダー、貴様のこの店は、顧客のところまで出向くという商売はしているのか?」

 

 哀れなオリバンダー翁は、返答するまでに10秒以上を必要とした。

 

「…………こちらに選択肢があるかのような物言いですな」

「あるとも。殺してほしければ殺してやるぞオリバンダー」

 

 やはり己に選択肢は与えられていないと再確認したオリバンダー翁は、観念して店の在庫の何割かを呪文で呼び寄せたトランクケースの中に杖を一振りして詰め込み、ヴォルデモート卿に引き連れられてどこへとも無く「姿くらまし」したのだった。

 

「――それで、これがその今日の事件について書かれた記事だね?」

 

「そうです。マッド‐アイが来てくれていなければ私たちは、全員死んでいたかもしれない」

 ヴォルデモート卿によってダイアゴン横丁からオリバンダー翁が連れ去られてから半日ほどが過ぎ、日もすっかり沈みきった頃。デヴォン州オッタリー・セント・キャッチポール村の郊外、一軒家をいくつも積み上げて組み立てたような奇妙な外観の「隠れ穴」で、ジョン・ドーリッシュは不死鳥の騎士団の一員として、今日の午前中に発生したヴォルデモート卿によるダイアゴン横丁襲撃事件について不死鳥の騎士団の構成員たちに報告している。

 

「商談まとめて帰ってきたらすぐ隣の店が何軒も黒焦げになってんだもんな」「びっくりしたぜ俺たち。ベリティの奴も商談に連れてって正解だった」

 フレッドとジョージはそう言いながら、その「今日の事件」の詳細が記された日刊予言者新聞の夕刊を手にとって立ったままそれを読んでいる。

「黒焦げただけで済んで良かったねえ」

 ソファに深く腰を降ろしてニーズルを膝に乗っけたまま、神秘部部長を務めている青年が端的な感想を述べた。

「ギャリック・オリバンダー氏が行方不明。聖マンゴに入院中の闇祓いが5人。燃えてしまった部分を『消失』させてから新たに作り直さざるを得なかった建物が6軒。死者は無しです」

「聖マンゴに入院中ってのは、今後ずっとって意味?」

「いいえ、マダム・ウィーズリー。単なる検査入院です。例のあの人自身が唱えた呪詛を浴びた者たちですので、一見して元気そうだからといって癒者に診せないわけにもいきませんから」

 

 フレッドとジョージが見ている「夕刊予言者」の一面大見出しでは、ヴォルデモートの唱えた死の呪いに失神呪文をぶつけて対抗している最中のアラスター・“マッド‐アイ”・ムーディの魔法の義眼がギョロギョロと動いて、紙面を読もうとする全ての者を睨みつけている。

「どっからいつの間に撮ってたんだろうねそれ」

 ニンファドーラ・トンクスは夕食の準備を始めたモリー・ウィーズリーを手伝いながら、顔だけリビングで集まっている皆に向けてそう疑問を投げかけた。

「ダイアゴン横丁には予言者新聞の本社もある。撮らないわけがないだろう。例のあの人の写真だって撮っただろうと私は思っているが――スクリムジョールの意向だろうな」

 ドーリッシュが己の見解を述べ、フレッドとジョージがそれを元に魔法省の方針を分析する。

 

「例のあの人を大写しにした新聞は、まあ必要以上に不安を煽るもんな」「それにこの記事だって『死喰い人が』ダイアゴン横丁を襲撃したって書いてあるぜ」「スクリムジョールの奴、ダイアゴン横丁を封鎖とかはしたくないんじゃないか?」「例のあの人が来たってなったら、まあ客足は遠のくよな」「それにさ、ダイアゴン横丁が閉鎖されたら生活が立ち行かなくなるのって、別にダイアゴン横丁に店を持ってる奴だけじゃないよな」「警備の増派だけで済ませるつもりじゃないか」

 

 フレッドとジョージはそう言いながら予言者新聞を神秘部部長の青年に渡し、モリー・ウィーズリーは心配そうな表情のままトンクスに指示を出して料理をし続けている。

「ねえ、例のあの人は、またダイアゴン横丁に来るってことは無いの? 大丈夫なの?」

「その質問に確信をもって回答できるのは例のあの人だけです。しかし――」

 ドーリッシュがそこまで言ったところでトンクスが発言に割り込み、茹で上がったばかりのジャガイモの山に杖を向けて隣の鍋へと移しながら、自らの見解を述べた。

 

「楽観的すぎるってマッド‐アイに怒られるかもしれないけど。例のあの人は今回オリバンダーさんを連れ去りに来たわけでさ。でオリバンダーさんを連れてったじゃん。それにフォーテスキューさんの事もさ。1回呪文で狙っただけで後は放ったらかしだったのよね。だから……特段の目的が無きゃ、明日とかあさってとかにまた来るって事は、無いんじゃないかな?」

「だとして、オリバンダーの爺さんは無事なのか?」

 フレッドとジョージのどちらかが皆の一番の懸念を代弁し、それに対してモリー・ウィーズリーがキッチンから、自分自身を安心させたいかのように楽観的な分析をする。

 

「オリバンダーさんが換えの効かない人材なのは、向こうだって同じだわ。『あの人』だってそう簡単にはオリバンダーさんを殺したりできないハズよ。だって、それで困るのは自分なんだから」

 

 突如ダイアゴン横丁にヴォルデモート卿が現れたというのは不死鳥の騎士団の面々にとっても衝撃であり、だからこそ彼らは誰にそう推奨されたわけでもなく自然に、できるだけ今後発生し得る事態を楽観的に推測しようと、そうそう悪いことは起きないとお互いに言い聞かせて、決して安全には繋がらない単なる安心を得ようとしていた。

 

 しかしそれと同時に、彼らは不死鳥の騎士団だった。単なる魔法界の一般市民ならお互いを安心させるだけで終わっていただろうが、ヴォルデモート卿に対する抵抗勢力である彼らは一度心を落ち着かせるためにいくらから楽観的な見解を述べあった後は一転して、これからの戦いに備えるべく、具体的な対応策へと話題を移していく。

「例のあのヴォルちゃん本人が来ちまったらそりゃ大した役には立たねえけど」「それにしたって保護呪文はかけられるだけかけとくべきだな」「俺たちの店だけじゃなく、な」「俺たちの店だけ保護呪文で厳重に守られてたら『ここに抵抗分子が居るぜ』って教えてるようなもんだからな」

 そして、店舗に客が来なくなったら困るので自分たちの住居でもある店を呪文で「隠す」という方針は採りたくないフレッドとジョージは、熟練の闇祓いであるだけでなく自分たちの長兄のビルと同じくN.E.W.T.試験で全ての教科で最高評価を獲得した、度を越した優等生のジョン・ドーリッシュにひとつの相談を持ちかけた。

 

「なあドーリッシュ、俺たちの店のさ、2階の部屋だけ『忠誠の呪文』で守るってできないかな」

「店舗部分は外して、住むのに使ってる部屋だけをさ」

「できる。建物全体を覆わないなんて選択をする奴がいないだけだ。今からやろうか?」

 

 早速ダイアゴン横丁へと出発しようとしたフレッドとジョージとドーリッシュを、トンクスに指示を出しつつ料理しているモリー・ウィーズリーがキッチンから、大きな声で呼び止めた。

 

「ダメよ。我が家の家訓を忘れたとは言わせないわ。『どんな時でも食事は皆で』」

 

 それが戦闘中のマッド‐アイくらい有無を言わさぬ口調だったので、リビングから出ていこうとしていたフレッドとジョージもドーリッシュも、おとなしく戻ってきた。

 

 そして隠れ穴に集っている面々が夕食ができるのを今か今かと待っている頃、ホグズミードにある何を売っているやらよくわからない店の地下に位置する広大な魔法生物の飼育施設で、ムーンカーフたちの健康診断を終えた年若い闇祓いの魔女もまた、マダム・ポピー・スウィーティングと共にその予言者新聞の夕刊を見て愕然としていた。

 

「だれも死んでないのは良かったけど、オリバンダーくん大丈夫かな…………」

 ポピー・スウィーティングも動揺を隠せずにいるが、その隣に居る若い闇祓いの魔女が心に受けた衝撃はポピーの比ではなかった。

 

「…………あたし、あたし何してるんだろう……こんなとこで、動物たちとポピーちゃんと……自分だけ安全なところで……あたしだって闇祓いなのに……」

 そう言った直後に若い闇祓いの魔女が脳裏に思い浮かべたのは、自分がこの場所に来る原因になった、去年ホグワーツで発生した小規模な戦い。

 あの時、神秘部の部長を相手にして自分はなにもできなかったという事実を、その若い闇祓いの魔女は今ふたたび思い出して噛み締めている。

 仮に自分が今すぐ職務に復帰してもきっと皆の足を引っ張るだけだと、その魔女は考えている。

 

「……ポピーちゃん」

「なあに?」

「あたし、強くなりたいです。マッド‐アイみたいに皆を守れるようになりたいです」

 

 そう表明した年若い闇祓いの魔女の目を真っ直ぐに見つめて「任せて」と請け負ったポピー・スウィーティングは、まるで生まれたばかりのスニジェットの雛を見守っているかのように慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、自分より100歳近く年下の魔女の手をしっかりと握ったのだった。

 

 




 
 ブラック家の家訓が「純血よ永遠なれ」でマルフォイ家の家訓が「純血は常に勝利する」なのでウィーズリー家の家訓はそれらとの対比も込めて、そりゃあもうメチャクチャのんびりしてたら良いなって私は勝手に妄想しています。
 なので私の妄想の中ではウィーズリー家の家訓は「どんな時でも食事は皆で」です。ウィーズリー家の家訓はそもそも有るのかどうかも公式では不明ですが。

 フレッドとジョージの杖は使用されている木材も芯も明らかにされておらず、従ってフレッドとジョージの杖が兄弟杖だというのは「そうだったら良いな」という私の妄想です。

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