104年後からの今 作:requesting anonymity
イギリス、オッタリー・セント・キャッチポール村郊外。小屋をたくさん積み上げたような奇妙な外観をしたウィーズリー家の自宅、通称「隠れ穴」の裏庭にあるささやかなクィディッチ練習場の芝生の隅っこで、真っ黒な毛並みの大型犬と2匹の猫がベッタリと臥してくつろいでいる。
「ほらミネルバ、ボールあるよボール」
そう声をかけられたトラ猫はオーガスタ・ロングボトムが目の前に転がした傷だらけの水晶玉を左前足で引き寄せると、芝生に寝っ転がったままペチペチと怠惰に遊び始めた。
その横のクルックシャンクスはどうやら今は水晶玉に興味が無いらしく、真っ黒い大型犬のツヤツヤした体毛をいくらか芝生と一緒に身体の下敷きにしたまま、安らかに寝息を立てている。
しかし、そんな動物たちから少し離れた位置で箒を携えて立っているハリー・ポッターは、全く心が安らいでなどいなかった。
ハリーと並んで立っているロンも、ジニーも、その顔は全くリラックスしていない。
普段なら戦力のバランスを考えてチーム分けした上でクィディッチの練習に精を出している彼らだったが、今はそんな悠長なことを言っていられる場面ではなかった。
「じゃ、やろうか?」
ウィーズリー家の次男、ハリー・ポッターの前にグリフィンドールクィディッチチームのシーカーを務めていたがハリーたちが入学するのと入れ替わりにホグワーツを卒業したチャーリー・ウィーズリーが、愛用の箒を片手で持ってハリーたちの前に立っているのだから。
ハリーはまず何よりも、チャーリーがその手に携えている箒のオンボロさにびっくりした。
この兄が箒を持っているところをとても久しぶりに見たロンとジニーも驚いている。
「チャーリーったら、その箒まだ使ってたの?」
「それまさか『流れ星』じゃないよね?」
ジニーとハリーが口々に投げかけた質問に、チャーリーは爽やかな笑顔のまま答える。
「もちろん見ての通りまだ使ってるさ。2年生でグリフィンドールのクィディッチチームに入った時に父さんがくれた『クリーンスイープ3号』。使い慣れてるから、これがいいんだ」
「『3号』?! チャーリーそれ、ほんとう? クリーンスイープ『3号』?」
ハリーが驚きのあまり大きな声を出したのも無理はない。クリーンスイープ3号が発売されたのは1937年であり、1937年というのはチャーリーが生まれるより35年も前であり、今むこうでベッタリと寛いでいる真っ黒い毛並みの大型犬や親友だったジェームズ・ポッターが生まれるより24年も前であり、その黒い大型犬シリウス・ブラックの父親すら、まだ8歳だった年なのだから。
魔法界の主な関心事といえばゲラート・グリンデルバルド一色だった時代である。
そんな博物館に寄贈するべき骨董品を、チャーリーは「父さんがくれた物だから」という理由だけで、様々な魔法をかけて性能を補ったり修理に出したりしながら今日まで使い続けているのだ。
クリーンスイープ3号が最新鋭だった時代には、アーサー・ウィーズリーとて生まれていない。なのでおそらくはその箒をチャーリーに譲ったアーサーも父のセプティマスもしくは叔父などから貰ったのだと思われ、つまり元々が誰の持ち物だったのかは、もはや歴史の彼方の謎だった。
「チャーリーまさかとは思うけど、『それ』でグリフィンドールのチームを率いてたの?」
そう訊ねたハリーが思い出しているのは、かつてオリバー・ウッドが言っていた言葉。
“正直な話、安心したよハリー。チャーリーが抜けた穴を埋めるなんて不可能だと思ってたから”
ロンから「プロチームからもスカウトされてたのにルーマニアに行ったんだ」と、フレッドとジョージから「パドルミア・ユナイテッドのスカウト魔ンの顔ったらもうな」「目の前で金のスニッチが割れたみたいな顔してたもんな」と聞かされていたのもあって、ハリーはてっきりチャーリーが「当時の最新鋭の箒」を使っているものだと思っていたのだ。
そこへ来てのクリーンスイープ「3号」である。ちょっと振り回したらちぎれるんじゃないかという不安すら抱かせるその箒の状態を見れば、施されているらしい幾つもの魔法による改造を加味しても、とうにベストコンディションとは言いづらい性能だろうと、ハリーは見て取った。
なのに、ロンとジニーは即決で「チャーリーひとりに対して自分たち全員」と進言したのだ。
「正直、あなたが頼みの綱よハリー。最後にチャーリーと勝負した時はフレッドとジョージもこっちのチームで、私とロンとフレッドとジョージの4人がかりだったんだから」
そう言ったジニーは、箒を握る手にいつもより力が籠もっている。
「1回ビルとチャーリーが組んだことがあってさ。グリフィンドールのチェイサーが2人、試合開始直前にスリザリン生から呪いをもらって欠場しなきゃいけなくて、急遽チャーリーの同級生とビルが代理でチームに入ったんだ。チャーリーとビルが呪いをくらった奴らの代わりにチェイサーをやって、チャーリーの同級生が代わりのシーカー。それで結局スリザリン相手に 3790-0 で勝っちまったらしいぜ。マクゴナガルっ『先生』! から大喜びの手紙がウチに届いたから覚えてる」
今マクゴナガルはすぐそこにいると途中で思い出したロンは、慌てて敬称を付け加えた。
「あたしそれ覚えてます! でもあれ後から 1320‐0 が正式なスコアだってことになっちゃいましたよね。あの子ったら誰にもバレずにこっそりスニッチ獲ってそのまま隠してたから」
神秘部所属の上級研究員にしてチャーリーやトンクスのホグワーツ時代の同級生、6年生だった年に神秘部でのインターン中に事故で「時に逃げられて」10歳になってしまってそこから7年かけて事故前の外見年齢までやっと成長し直し終えたクローディア・クランウェル=ブラックは、かつてホグワーツのクィディッチ競技場で見たその光景を、今でもハッキリと覚えていた。
「あの時はスリザリンのやり口に腹が立ってたからね。思い知らせてやろうって決めてたんだ」
爽やかな笑顔のままさらりとそう言ってのけたチャーリーが、愛用のオンボロ箒に跨る。
それを見てハリーはファイアボルトに跨り、ロンとジニーも自分の箒に跨る。小屋が積み上がったような外観の「隠れ穴」の軒下にできた影と日なたの境目に並んで寛いでいるクルックシャンクスはハリーたちにはあまり興味が無い様子で、そんなクルックシャンクスの両隣でべったりと芝生に転がっているトラ猫と黒い毛並みの大型犬は、ミネルバ・マクゴナガルとシリウス・ブラックに戻ったほうが見やすいだろうにそれでも猫と犬に変身したまま、ごろりと怠惰な動きで体勢を変えて、チャーリー・ウィーズリーに相対するハリーとロンとジニーを離れた位置から見つめている。
そしてチャーリー・ウィーズリーは金のスニッチを取り出して、手放す。
「じゃ、さっき言ったとおりに。10秒経ったらスタートだ」
その10秒があまりにも速やかに経過してしまったのでハリーはまだ2秒ぐらいなんじゃないかという錯覚を振り払いながらチャーリーと同時に離陸し、一瞬だけ遅れてジニーとロンも地面を蹴って上昇し、チャーリー1人にハリーとロンとジニーが挑むスニッチ争奪戦が開始された。
「ホントに速いんだなファイアボルトって!」
競り勝ちながら言うセリフじゃないだろ、などと舌戦を挑む余裕も無いほど集中しているハリーはチャーリーの背中を追いかけながら、全ての方向に気まぐれに飛び続けるスニッチを捕まえるべくファイアボルトを駆る。しかしスニッチとハリーとの間には常にチャーリーが陣取っていて、箒の性能では間違いなく、それも大きく上回っているはずのハリーは全くスニッチに近づかせてもらえない。単に箒に乗って飛ぶのが上手いだけではこんな芸当はできないと、ハリーは悟っている。
「まさかスニッチがこれからどっちに飛ぶのか予測できるのチャーリー?!」
「『だいたい』だけどな! スニジェットにも言えることだけど、金のスニッチってのは全ての方向に飛べるのに、羽は左右ひとつずつの2枚だけだ。だから方向転換する時は必ず羽の動かし方が変わる! それを見逃さなければスニッチの移動先は予測でき――左後方!」
チャーリーがそう叫んだ直後ほんとうにスニッチはカクンと鋭く方向転換し、チャーリーとハリーから見て左後ろへと逃げていく。
ハリーに競り勝ちながらかなりの高速で飛んでいたのにほとんどその場で速やかに方向転換してスニッチを追い続けるチャーリーに、大きく膨らんで方向転換したハリーは距離を離された。
そもそも飛行している最中のスニッチというのは羽を目にも止まらないスピードで動かし続けていて、普通はその羽の動きなど、輪郭のブレた残像にしか見えないはずなのだ。
ハリーとてそれは同じであり、スニッチの羽の動きを見極めてスニッチの飛ぶ先を予測しているというのはチャーリーの思い込みだろうと、実際にはクィディッチ競技者としての経験と練習時間に支えられた勘の鋭さによって「なんとなく」察せるだけなのではなかろうかと、ハリーはチャーリーのシーカーとしての技術をそんなふうに分析している。
(スニッチの羽の動きを正確に見極めるなんて、ヒトの動体視力でできるわけない!)
チャーリーに追いついたハリーが目まぐるしく方向転換し続けるスニッチをその手に捕まえるべく飛び続けながら脳裏に浮かべたそんな感想は、概ね事実を正しく言い当てている。
「真上!」
チャーリーがそう言ったのとほぼ同時に真上へと方向転換したスニッチを追いながら、ハリーは気付きつつあった。チャーリーは自分にシーカーとしての技術を教えてくれているようだと。
そうでないならいちいちスニッチの飛ぶ方向を声に出して知らせるわけがないと。
(いや単にスニッチ追いかけるのが好きなだけかもしれないな)
今度は降下しだしたスニッチを尚も追跡し続けながら、ハリーはチャーリーを突き離すべく側面から距離を詰めて身体をぶつけようとした。しかしチャーリーには最小限の箒さばきでヒラリと躱され、スニッチなど存在しない方向にハリーだけが大きく箒の軌道を逸らす結果に終わる。
ハリーは慌てて飛行するルートを修正し、そこにロンとジニーが追いついてくる。
飛び続けるスニッチを正確に追跡した結果上昇して降下してきたチャーリーとハリーに距離を空けられていたロンとジニーは、偶然、スニッチが移動する先で待ち構える形になったのだ。
「チャールズくーん! カッコいいですよぉー!」
その光景を地上から見上げているクローディア・クランウェル=ブラックは、オーガスタ・ロングボトムの隣で芝生に直接座り込んで、膝に乗せたニフラーを指先でグリグリと撫で回しながら大きくてまんまるの両目をさらにまんまるにして、きゃあきゃあと嬉しそうに声援を贈っている。
「そのニフラーはお前さんが飼ってるやつかい?」
そんなクローディアに話しかけたオーガスタ・ロングボトムは、クローディアの隣で同じように芝生に直接座って、横にまだ居たトラ猫をがっしり掴んで無理矢理膝に乗せている。
「そですよ。あたしの大事な家族のドナハンくんです。ドナハンくんは賢いんですよぉ。あたしのお財布持っててくれるし、ブラッシングするときだって自分でごろーんってできるんです」
膝の上に乗っけたニフラーのドナハンくんを両手でワシャワシャと撫で回しながら、クローディアはオーガスタ・ロングボトムを見ている。
オーガスタ・ロングボトムも、クローディアの大きくてまんまるの目を見つめている。
「……お前さんも自分でごろーんってできるかい?」
「できますよぉ! あたしは賢いですからね!」
そう言いながらクローディアは勢い良く、飛び込むようにオーガスタ・ロングボトムの膝の上に寝っ転がり、逃げそこねたトラ猫が下敷きにされてうめき声を上げた。
「あら! やだあたしったら! ごめんなさいマクゴナガル先生! わざとじゃありません!」
自分の身体の下からトラ猫を無理矢理引っ張り出しながら慌てて謝罪したクローディアはそのままオーガスタに膝枕されて寛ぎ始め、トラ猫は叱る気も起きないのかマクゴナガル先生の姿には戻らないまま、オーガスタのすぐ隣に移動してニフラーのドナハンくんを構いだした。
隠れ穴の上空から屋根のすぐ上まで降下してきているチャーリーとハリーたちは、相変わらずスニッチを追い回している。
クローディアに膝枕しているオーガスタのすぐ隣では、ニフラーのドナハンくんが後足だけで芝生に立って、トラ猫が差し出した右前足に自分の右前足をくっつけるかどうか迷っている。
「そういえばオーガスタおばーちゃん。ネビルくんはまだ特訓中ですか?」
「ハーマイオニー・グレンジャーと2人して宿題をやっつけてるはずだよ。まだ集中力が切れてないのか、それともとっくにそんなもん切れてるからこそ気分転換してるのかは解らないけどね」
一方、そんなオーガスタの予想とは裏腹に、隠れ穴の1階にいるネビルとハーマイオニーは宿題を進める手を止めていた。2人はソファに並んで座っていて、エッセイの文面で埋めなければいけない羊皮紙が半分ほど白紙のまま、ネビルがいそいそと取り出した大きな鉢植えを眺めていた。
「――これが今年あなたのお父さんとお母さんに贈るクリスマスプレゼントなのね、ネビル?」
そう訊いたハーマイオニーの目に知的好奇心の光が宿っていることからも察せるとおり、ネビルは今年またしても、ハーマイオニーの知らなかった品を披露するという難行を成功させていた。
「そうだよハーマイオニー。咲いた花があんまり遠くまで飛んでっちゃわないようにするのにコツが要るんだよ。鳥籠みたいな物の中に入れとくのが手っ取り早いんだけど、それだと窮屈だから」
ネビルはそう言いながら目の前のテーブルにさっき置いた立派な鉢植えへと手を伸ばし、その植物を指で指し示しながら詳細を説明する。
「見てみてハーマイオニー、この垂れ下がった枝がさ。すっごく綺麗に整列してるでしょ? こうなるように仕立てるとね、花があんまり遠くまで飛んでかないんだよ。今もほら、枝に幾つも並んだ真っ白の花がさ、ちょっとだけ動いてるでしょ。飛ぶのは元気な証拠なんだよ」
ネビルがそう説明したのと同時に、その植物の垂れ下がった数本の枝に規則正しく整列していた幾つもの真っ白な花のうち1つが枝から離れてひらひらと優雅に飛翔し、ネビルの鼻に止まった。
嬉しそうに微笑みながらネビルがそっと息を吹きかけると花はまた飛び立って、ハーマイオニーが期待の籠もった眼差しとともに差し出していた右手の指先へと降り立った。
いくつかの花が枝から飛び立って、ひらひらと鉢植えの周りを飛行してまた元の枝に止まる。
こんなにお淑やかな植物があるのかと、ハーマイオニーは息を呑んでいた。
「ねえネビル、この植物、名前はなんて言うのかしら?」
「胡蝶蘭だよ。パパとママ喜んでくれるかなあ」
ネビルにそんな質問を投げかけられても、ハーマイオニーの脳裏に「ネビルのパパとママに息子からの贈り物を喜んで受け取るなんて機能が残っているのか」などという懸念は浮かばなかった。
「喜んでくれるわよ。だってあなたが贈るんだもの」
ハーマイオニーの指先から飛び立って枝へと戻っていく胡蝶蘭の花がひらひらと舞い、その真っ白い花弁に昼下がりの柔らかい陽光が窓から注いでいる。
目の前の光景が自分の見解を裏付けてくれるような気が、ハーマイオニーにはしていた。
「見せてくれてありがとうネビル。でも、これどう考えたって大切にしまっとくべきよ。あなたのパパとママに受け取ってもらうその瞬間までね」
「見えるところに出しとかないと不安になっちゃうんだ。枯れたりしてやしないかって」
ネビルらしい不安げな顔を覗き込みながら、ハーマイオニーは理路整然と勇気づける。
「ネビルあなた植物を不注意で枯らしちゃったことがあるの?」
「それは1回も無いけど……でも枯らしかけたことはあるし……」
もごもごと言い淀みながら胡蝶蘭の鉢植えを元通りにしまい込み始めたネビルの顔には、どうか枯れたり萎れたりしませんようにという祈りの呪文が、クッキリと書き込まれていた。
「……あなたのそういうところを好きになってくれる女の子が、きっと居るわよネビル」
「えっ何急に」
ハーマイオニーが自分を褒めてくれたのかそれともバカにしたのかが一瞬判断できなかったらしいネビルは「ハーマイオニーは僕をバカにしたりしない」とは気づけても、「褒められた」と確信を得られるほどの自己肯定感は持ち合わせていないために、結局ハーマイオニーが自分のどこを見てそう評したのかが判らず、精悍になってきたはずの顔をぐにぐにと歪めて悩み始めた。
「モテないはずないのよ、そもそも。だってあんなにカッコよくて、こんなにカワイイんだから」
ハーマイオニーがクスクス笑いながらそう褒めると、ネビルはますます深い悩みの沼に嵌っていって、そうかなあでもなあ僕なんかと、もごもご呟き続けるのだった。
ネビルと2人で居る時のハーマイオニーは、ロンと居る時よりも機嫌が良い。というかむしろ、ロンと居る時だけハーマイオニーはすぐ機嫌が悪くなるし、すぐ怒る。これはおそらくロンに恋愛感情を抱いているからこそなんだろうとネビルもハリーも察していたが、では理解できたからもう微笑ましく見物していられるかと言えば全くそんなことはなく、ロンとハーマイオニーのあまりにも頻繁な諍いはネビルにとっても、しっかりと迷惑だった。
今とて数十分前の言い争いを最後に口をきいていないロンとハーマイオニーは、ロンの方はともかくハーマイオニーがすでに穏やかな心持ちを取り戻しているのかは、そうであってほしいという希望的観測に基づいた自分に都合の良い推測しか、ネビルにはできない。
だから胡蝶蘭を見せてあげればちょっとでも機嫌が直ってくれるかと試みたのである。
ロンとケンカしている最中のハーマイオニーはロン以外に対してとっても親切で丁寧になることが良くあるのだが、その荒れ果てた優しさを被る側であるネビルとしては、そういうときのハーマイオニーが無理矢理浮かべる柔らかい笑顔は、ばあちゃんぐらい怖いのだ。
「ね、ねえハーマイオニー。外でハリーたちがスニッチ捕まえ勝負してるの、見に行かない?」
「よかろう」
その瞬間ハーマイオニーがスネイプみたいな顔になったので、ネビルはハーマイオニーの機嫌が全く直ってなんかいなかったのだと、あるいは「ハリーたち」にロンが含まれることを思い出して怒りが即座に復活したのだと鋭敏に察して、自分の提案をあっという間に後悔し始めながら、魔法薬学の授業中に言い渡された罰則を受けに行くかのような弱々しい足取りで庭へと向かった。
「ねえネビル、ほっぺたを抓ってもいいかしら」
「い、いいよ……」
それで少しでも機嫌を直してくれるならと、ネビルはレタス喰い虫にも縋る思いである。
「ロン頭の上! ――ああ惜しいっ!」
ジニーが兄に叫ぶも一瞬遅く、ロンが言われた通りに手を伸ばした時にはスニッチはもう飛び去っている。ハリーがファイアボルトに跨ってそれを誰よりも早く追いかけ、チャーリーはスニッチが向かう方向を察しているとしか思えないほど効率的なコース取りで最短距離を飛びハリーに先んじる。ジニーはチャーリーとハリーに果敢についていくが、ロンは箒1本分ほど遅れている。
ハリーとロンとジニーとチャーリーがこれほど縦横無尽に飛び回れているのは、この隠れ穴の周囲を追加の保護魔法で覆い尽くす際にささやかなクィディッチ練習場が庭にあるのを見つけて、気を利かせて保護魔法を当初の予定よりも高く広く施したアルバス・ダンブルドアのお蔭だった。
「ねえオーガスタおばーちゃん。スニッチってお外の遠くまで飛んでっちゃわないんでしたっけ? 保護魔法の外まで飛んでっちゃったら大変だってあたし思うんです!」
まだ膝に寝っ転がっているクローディアが膝枕してくれているオーガスタ・ロングボトムにそう質問した途端、オーガスタはぐるりと首だけ振り向いて孫のネビルに大きな声で問いかけた。
「この嬢ちゃんが今した質問に答えられるねネビル!」
クローディアが抱いた疑問は、魔法史の授業で習った内容をきちんと把握していれば即答できるはずの論述問題である。つまり6年生の後半で神秘部にインターン生として向かうまでホグワーツで学んでいたクローディアとて当然に知っているはずの知識なのだが、しかしクローディアは魔法史の授業中はいつも眠気に負けるまでノートにチョコマフィンのイラストやらレシピのアイデアやらを夢中で描いていたので、魔法史に分類される事柄については神秘部で部長とか副部長とか局長たちなどに教えてもらった内容の中の理解できた極一部以外、何も知らない。
クローディアの魔法史の知識は、概ねマグル生まれの新2年生と同等だった。
クローディアのみならず、神秘部の若手研究員たちの知識は、偏りがちである。それもただ自分の専攻する分野に秀でているだけならまだしも、当然知っているべき知識を身につけていないことがよくあるのだ。クローディアがヴォルデモート卿についてほとんど何ひとつ把握しておらず脅威と危機を全く実感していないのは、その最たる実例と言えた。
しかしそれは翻って言えば、神秘部部長が彼ら彼女らを完璧に守り通している証拠でもある。
「わっわっ、解るわかるよばあちゃん。金のスニッチには競技場の外に飛んでいかないようにする魔法がかかってるから、えっと、この家を囲ってる保護魔法の中に、その金のスニッチにかかってる魔法に対応して『ここが競技場の端だよ』って知らせるものがあれば、そこを越えていかない」
ネビルのその解答は一昨年ハーマイオニーに魔法史の宿題を助けてもらった際にハーマイオニーから聞いた解説と一言一句同じで、つまりネビルはそれを今もきちんと覚えていたのだった。
「ほえー。そなんですか。賢い仕組みですねえ。誰が考えたんでしょうね金のスニッチって。校長先生ですかね? 校長先生はすごい魔法使いですから、きっとそのくらいできちゃいますよね!」
「金のスニッチを発明したのはボーマン・ライトって魔法使いだよ」
クローディアに教えてあげたネビルはまさかクローディアがチャーリーやトンクスの同級生だとは知らないので、同級生にこんな子居たかなあと、去年神秘部にて死喰い人と戦った後で見かけたという記憶に思い至れないまま、たぶんホグワーツの生徒だろうなと思い込んでいた。
ホグワーツの6年生だった年に神秘部で「時に逃げられて」10歳になってしまったクローディアの肉体年齢は今ちょうどネビルと同じくらいなので、ネビルの勘違いも無理からぬことだった。
元からクローディアの身長がトンクスなどの同級生の女子たちと比べて低めで今も小柄なのも、その勘違いに拍車をかけていた。
「なんですかドナハンくん。チャールズくんたちが気になるんですか?」
オーガスタに膝枕してもらっているクローディアの身体の上に、ニフラーが登った。
そのニフラーのドナハンくんはまたしても後足だけで立って何やら熱心に空を見つめている。そしてドナハンくんが何を見ているのかが気になったのか、それともチャーリーの勇姿を見たくなったのか。横を向いていたクローディアがオーガスタの膝の上でごろりと仰向けになると、それに合わせてニフラーのドナハンくんも慌ててクローディアの上から落ちないように移動した。
クローディアのぺったりしたお腹の上で、ニフラーのドナハンくんが空を見上げている。
「のいてよチャーリー!」
体当たりを命中させることには成功するようになったハリーがチャーリーに突撃しながらそう叫ぶが、チャーリーはハリーにぶつかられても全く揺るがず、コースもブレずに飛び続ける。
一方、飛行速度で負けているジニーとロンはチャーリーとハリーが大きく膨らんで曲がった時や上昇してから降りてきた時などの僅かなチャンスを逃さず追いすがって、シーカーとしての実力で負けていてもスニッチを手中に収めるべく、諦めず果敢に飛び続けている。
そんなチャーリーとハリーとロンとジニーのいずれにも未だ捕まっていない金のスニッチは、チャーリーとハリーの少し先で、今は細かく進行方向を切り替えながら概ね水平に飛行している。
やがてチャーリーは最高速度でも平均速度でも大きく上回られているはずのハリーを巧みな箒さばきで鮮やかに追い抜き、手を伸ばさずともアッサリ掴める位置までスニッチに接近した。
そしてチャーリーは満足げにニンマリした。――スニッチを掴もうともせずに。
次の瞬間スニッチはガクンと進行方向を真下へと変えたが、チャーリーの見事な進行妨害のせいでハリーもロンもジニーも全くスニッチを追えず、ただ両目を動かして行方を見守るしかない。
スニッチは小刻みに進行方向を変え続けながら、下へ下へと向かっている。
数秒後、芝生スレスレまで降りてきたスニッチを機敏な動きで飛びついて捕まえたのはハリーでもジニーでもロンでもなければその3人の行く手を妨害していたチャーリーでもなく、クローディアのお腹の上に後足だけで立って思いっきりジャンプしたニフラーのドナハンくんだった。
「……おーやまあ。それじゃあこの勝負はきみの勝ちだな」
優雅に降り立ったチャーリーがそう言いながらドナハンくんに微笑みかけるのを、ドナハンくんをお腹の上に乗っけたままのクローディアは真正面から見ていた。
「チャールズくんチャールズくんすっごくカッコよかったです!! すっごく!」
そう言いながら勢い良く起き上がったクローディアの頭をオーガスタは機敏な動きで躱し、クローディアを咎めるそぶりすら見せずに何やら愉快そうに笑っている。
チャーリーに続いてハリーとロンとジニーも地上に降りてきたが、3人ともヘトヘトだった。
スニッチを両手で捕まえて離さないドナハンくんは、チャーリーがスニッチを指先で摘んで持ち上げると、スニッチにぶら下がる形で諸共に持ち上げられる。
チャーリーはスニッチにぶら下がったニフラーのドナハンくんをクローディアの掌の上へと優しく下ろし、向かい合って立つクローディアとチャーリーが見ている前で、羽を畳んで大人しくなった金のスニッチをニフラーのドナハンくんは大急ぎで自分のお腹の袋にしまう。
「そのスニッチはきみにあげるよ。なんてったってきみが獲ったんだからね」
「わあー! 良かったですねえドナハンくん。宝物が増えました!」
チャーリーのシーカーとしての腕前を体感して疲労困憊のハリーが膝に手をついてゼエゼエ息をしているのを尻目に、もしかして私たちは3人まとめて巧妙なナンパのダシに使われたんじゃないかしらと、ジニーだけがチャーリーにそんな疑いの目を向けている。
「おや、来たね。じゃあ今から不死鳥の騎士団の情報交換の会議をやるよ」
保護魔法を素通りして飛来した立派なハヤブサが開けっ放しだった窓のひとつから隠れ穴の屋内へと飛び込んでいったのを目ざとく見届けて、チャーリーがそう宣言した。
「そうかい。それじゃ私らも行くよミネルバ」
オーガスタ・ロングボトムはそう言って、まだトラ猫に変身したままのミネルバ・マクゴナガルの首の後ろを片手でむんずと掴んで持ち上げて、そのままハンドバッグか財布のようにトラ猫を片手で持ったまま、チャーリーとクローディアの後に続いて隠れ穴の中へと入っていった。
ずっと芝生に臥せてまったりしていた真っ黒い毛並みの大型犬とクルックシャンクスもそれに続き、もしかして自分たちも会議に参加させてもらえるんじゃないかと期待しているハリーとロンとハーマイオニーとネビルも、大人たちの後を追って屋内へと入っていく。
「アクシオ!」
屋内でくるりと振り返って庭へと杖を向けたクローディアがそう唱えると、芝生に転がったまま放置されていた傷だらけの水晶玉をお腹の袋に収めようと悪戦苦闘していたニフラーのドナハンくんが水晶玉ごと射出されて、クローディアが構えた杖の先まで飛来して空中で静止した。
そうして結局空中に浮かんだまま、ニフラーのドナハンくんは大きな水晶玉を無理矢理に自分のお腹の袋の中へと収納してしまった。
「あとでオーガスタおばーちゃんに返さなきゃダメですよドナハンくん?」
「いいよ水晶玉くらい。欲しいなら持ってな」
オーガスタ・ロングボトムが寛大にもそう伝えると、ニフラーのドナハンくんを捕まえて頭の上に乗っけたクローディアは嬉しそうに笑うのだった。
【クリーンスイープ】
創業当初は「コメット」とシェア争いをしていた競技用箒メーカー、及びその看板ブランド。
クリーンスイープ1号の発売が1926年、2号が34年、3号が37年。ロンが使用しているクリーンスイープ「11号」が1995年夏の時点での最新モデルであり、フレッドとジョージが使用している「5号」は少なくとも発売から40年は経っているかなりの型落ち品(正確な発売年は不明)。
尚、クリーンスイープ「4号」および「8号」「9号」「10号」は普通に考えれば発売されているはずだが、公式設定で言及されたことすらない。
チャーリーの愛用箒が中古のクリーンスイープ3号だというのは私の妄想。