104年後からの今 作:requesting anonymity
クリスマス。マグルの社会においてはかのイエス・キリストの「生誕を記念する日」であり、いかなる歴の12月25日なのかという解釈の違いによって地域によっては1月に祝ったりする、国と文化次第で敬虔な祈りの日だったり単なる賑やかパーティ大開催デイだったりする、最も有名な祝日。そしてこの日を祝うのは、マグルの社会においてもそうであるように魔法界でも、イエス・キリストや「主」を信仰する者たちだけではない。いかなる神を信じている者も、いかなる仏を信じている者も、いかなる神をも信じていない者も、ただ友人や家族、一緒に居たい人たちとその日を過ごすべく集い、あるいは1人で静かに、各々の様式と真剣さ、もしくは気軽さでその日を祝う。
それは、純血を標榜する由緒正しいスリザリン生たちの自宅においても同じだった。
マグルの宗教全てをひとまとめに「くだらない」と見下している彼らもまた、単に愛すべき者たちとこの日を心地よく過ごすために、クリスマスを祝うのだ。
「母上、話があるんですが、聴いてくれますか。ノットたちが来る前に話しておきたいんです」
ブレーズ・ザビニは己の母が進めているクリスマスパーティの準備を粛々と手伝いながら、ついにその決意を伝える心の準備を整えるという難行に、1年越しに成功していた。
息子に背を向けてパーティの準備を続けながら、ザビニのママは背後から聞こえてきた声色だけで、息子の話を聴いてやるために作業を中断するべきだと、それだけ大切な内容を打ち明けようとしているのだとすぐに理解した。この話をいつ語るのか、おそらくずっと悩んでいたのだろうと。
「なあに、ブレーズ」
「俺は去年ハリー・ポッターと友達になりました」
ブレーズ・ザビニは、まず最も重大な要素から語り始めた。
「もうスリザリンとグリフィンドールはお互いが壊滅すればいいなどとは願っていません。お互いの寮がホグワーツから消え去ればいいとも願っていません。スリザリンの4年生がグリフィンドールの1年生をいじめているところと遭遇したら、俺は叱ります。9月の終わり頃にパンジー・パーキンソンの奴はまさにこの状況に遭遇して、スリザリンから30点減点しました。数占いの課題をやりおおせるために、俺とノットはハーマイオニー・グレンジャーと、レイブンクローのジャスティン・フィンチ=フレッチリーとも協力体制を築いています。友達なんです母上。ハリー・ポッターも、ウィーズリーも、グレンジャーも、他の奴らも。俺は……友達が死ぬのは嫌です」
ブレーズ・ザビニは、あの「地下聖堂」について母に打ち明けるかどうかを、まだ悩んでいた。
母を信用していないわけでは断じてなく、ただその知識を母が得ることで、ハリー・ポッターとお仲間の隠れ場所の知識を得ることで母が闇の帝王に狙われるかもしれないと危惧していた。
ブレーズ・ザビニは母の力を借りたかったが、母を危険な目に遭わせたくなかった。
ところでブレーズ・ザビニのような独りっ子の母子家庭において、親子ゲンカというものは、家族の人数が3人より多い家庭でのそれよりもずっと重大なトラブルである。
例えばウィーズリーの家であれば、ロン・ウィーズリーとジニー・ウィーズリーが取っ組み合いの喧嘩をしていても家庭内の雰囲気は穏やかだろう。奴らの兄たちは下のきょうだい2人の喧嘩を笑いながら見ているだろうし、もっとシンプルに言うと機嫌を損ねている奴が「たった2人しか」いないのだから、それであのうじゃうじゃ居るウィーズリーの家の雰囲気が悪くなるわけがない。
しかしザビニ家では、2人というのは全員なのだ。
だからブレーズ・ザビニにとって「母と自分の意見が異なる」というのは由々しき事態だった。
だからザビニはこの話を打ち明けるまでにまる1年足踏みしたし、打ち明けた今ですら母がなんと反応するのかを、半ば畏れなど感じながら、返答は100年後ぐらいにしてくれないもんかと現実逃避すらしながら待っているのだ。
母が返答してくれるまでにいったいどれほどの沈黙が時間となって流れたのか、ブレーズ・ザビニには判らなかった。数秒のような気もしていたし、数時間のような気もした。
どちらにせよ、ブレーズ・ザビニにとっては100年経ったのと大差なかった。
「私は今、私が世界でいちばん嫌いな人間に、危うくなってしまいそうだったわ」
やっと口を開いた母が自分の目を見つめてまでいったい何の話を始めたのか、ブレーズ・ザビニには解らない。
「ねえブレーズ。私はね――あなたに話したことあったかしら――私の母親が、つまりあなたのおばあちゃんが、どうしても好きになれなかったの。もちろん幼い頃はそうじゃなかったけれど、成長するにつれてだんだんと、受け入れ難い部類の『違い』を感じるようになっていった。休暇でホグワーツから家へと戻る度に『私とこの人は同じ建物に居住しているべきじゃない』って、そう思うようになった。それがなんでなのか、ホグワーツを卒業する年になってやっと言語化できたの。私がいちばん嫌いなのは、『何が我が子にとって最も幸せなのかを勝手に決める親』よ」
母が何を言いたいのか、いかなる想いを伝えようとしているのか。ブレーズ・ザビニはこの時点で既に理解して一安心し始めていたが、それでも母の言葉を最後まで聴き終えてからにしようと、母が続きを話すのを、母の目を見つめたままじっと待っている。
「いい? ブレーズ。私はあなたの味方。だから私は、あなたが味方する者たちの味方をするわ。それでたとえ闇の帝王を敵に回すとしてもよ。私が闇の帝王を応援し続けることであなたが私と敵対するとか、あなたの大切な友人の身に……あなたが悲しむような事態が起きるなら、私は私の全てを使って、闇の帝王に抗う者たちを支援するわ。あなたが私にそうしてほしいと望むのなら」
母が、個人的には闇の帝王の主張に同調し応援しているのを、ブレーズ・ザビニは知っている。
「私が闇の帝王とハリー・ポッターのどっちを応援したいかなんて、『あなたが』闇の帝王とハリー・ポッターのどっちに勝ってほしいと思っているかと比べたら、どうでもいいこと。だって私はあなたの母親だから。いい? ブレーズ。私はあなたの味方。だからあなたがそれを望むのなら私は、ハリー・ポッターやそれを応援してる奴らの味方にだってなるわ」
ブレーズ・ザビニの母が己を説得するために心の中で用いた論法は、奇しくもブレーズ・ザビニやセオドール・ノットが昨年度「ポッターやウィーズリーたちとも仲良くするべきだ」と理解した時に用いた論法と全く同じだった。
つまり「闇の帝王かダンブルドアか」なら闇の帝王を選ぶが、では自分は他の何と比べた場合でも闇の帝王を選ぶのかと考えていくと、決してそうではないと気づくのだ。
ブレーズ・ザビニやセオドール・ノットが「闇の帝王かハリー・ポッターかならポッターだ」と選んだように、ザビニの母は一切悩むこと無く「闇の帝王か息子か」という2択で、愛する我が子を選んだのだ。我が子がハリー・ポッターに味方したいと主張している以上それは親子そろって闇の帝王と敵対するという意味でもある重大な決断だったが、それでもザビニの母は一切悩まずにその決心を既に固めていた。
それはナルシッサ・マルフォイなどを通じて現役の死喰い人とも長年の交流があるからこその、極めて現実的な視点での判断だった。
「そもそも闇の帝王に服従していれば闇の帝王に殺されないなんてことは無いのよ。敵対しようが屈伏しようが、あの御方の危険性は何も変わらないわ」
闇の帝王が癇癪を爆発させた時真っ先にその場から逃げ出すのが他でもないベラトリックス・レストレンジだという事実を、ザビニの母はベラトリックス本人から聞いて知っている。
あのベラトリックスが「闇の帝王をお諌めしようなんてのはバカのすることだ」と「あの御方はあの御方ご自身のみにしか説得されない」とハッキリ言っていたのを、ザビニの母は覚えている。
今まで何人、ベラトリックスの言う「バカ」な死喰い人が闇の帝王に怒りをお鎮めいただこうとして緑の閃光を浴びたのかを、ザビニの母は大まかにではあるが、知っている。
闇の帝王に味方するということは闇の帝王から被る害が減ることを意味しないと、ザビニの母は知っている。敵対しないことで避けられる脅威は当然数多いが、しかし味方しているからこそ発生するリスクも数多いと、ザビニの母はよく理解していた。
それでも息子の安全を考えるならハリー・ポッターの味方などするべきではないしさせるべきではないとザビニの母はすぐに判断したが、それで息子にかける言葉を変えることはなかった。
なぜ息子が今この話をしたのかを察したからだ。
「あなただけじゃあないのねブレーズ。今日来る子たち、全員なのね?」
「そうです。けれど、そうではありません。だから今、母上にお話したのです」
ブレーズ・ザビニは母の目を見つめたまま慎重に言葉を選んで説明する。
「これは完全に当てずっぽうで、証拠が無い話なのですが――おそらくドラコは、闇の帝王から、何か指令を受けています。ドラコに指令を与えることが、ルシウス・マルフォイに対する罰として機能するからです。そしておそらくこの指令は今年度中が期限です。闇の帝王がそうそう長い猶予を与えるとは思えませんから。ですからその『ドラコに与えられた指令』が達成された場合はおそらくホグワーツが、達成されなかった場合はマルフォイ家が、大きく揺らぐことになります。ドラコがしくじった場合、闇の帝王はドラコを両親もろとも殺すでしょう。俺や母上にできることは何もありません。しかしドラコがやり仰せたなら、来年度からホグワーツは一変すると考えられます。この僅かな可能性の場合にのみ、俺や母上にはできることがあるのです」
ザビニの母は、ブレーズ・ザビニの推論を信じた。我が子の意見だからだ。そして我が子から今聞かされた話を事実だと仮定した結果、聡明なるザビニの母は、過去7人の男に愛され7人全員が不審な死を遂げその度に莫大な遺産を相続した美しく妖しきマダム・ザビニは、闇の帝王がドラコ・マルフォイに何をさせようとしているのかをも悟ってしまった。
「…………見下げ果てたわヴォルデモート卿。男にこんなにガッカリさせられるのは初めて」
母がなんと言ったのか、またしてもブレーズ・ザビニには一瞬よく判らなかった。
「アルバス・ダンブルドアはあなたの宿敵でしょう。それをホグワーツを卒業してもいない子に『代わりに』殺させようとするなんて。それじゃあ本当にアルバス・ダンブルドアのことが怖いのね、ヴォルデモート卿ともあろう者が……死にゆくアルバス・ダンブルドアが何か最後のあがきをするんじゃないかって、それが怖いからマルフォイの坊っちゃんにやらせるのよね。なんて臆病でつまらない男なのかしら。自分の敵なら自分で叩きのめして自分で排除しなさいな!」
ブレーズ・ザビニには知る由もないことだが、ザビニの母のこの言葉は「ルシウス・マルフォイへの罰としてドラコに到底達成不可能な指令を与える」という大義名分の裏に隠されていたヴォルデモート卿の真意を、正確に言い当てていた。
つまり誰か他の奴にやらせれば、ダンブルドアが死の間際にいかなる悪あがきをするとしても、その場にいない自分がそれで害を被る危険性は排除できると、ヴォルデモートはそう考えたのだ。
昨年度の終わりに神秘部で経験した直接対決を踏まえてアルバス・ダンブルドアの実力を、衰えてこそいるがまだまだ油断できる相手ではない、と判断したからこその安全策だった。
「粗末な男だこと」
やっぱり母上は時々とても怖いと、ブレーズ・ザビニは改めてそう感じていた。
ドラコが闇の帝王から与えられた任務が「おそらく」アルバス・ダンブルドア暗殺であろう、と最初に推測したのはルーナ・ラブグッドであり、彼女が語った「ホグワーツで遂行されうる最も困難な任務だと言うのなら」という説明に皆が納得したために「地下聖堂」に集うホグワーツ生たちはそれを半ば確定した事実だと考えているが、しかし現状なにひとつそれらしい出来事は発生しておらず、当のドラコも友人たちに言わせれば明らかに様子がおかしいのだが、それでも普通に学生生活を送っているようにみえるため、この推測はハリーたちがノットとザビニなどスリザリン生たち及び不死鳥の騎士団と共有している懸案事項となるに留まっている。
理屈が通っていても、ドラコの様子のおかしさをその推測で説明できても、証拠がないのだ。
証拠がない以上はどこまでそれらしくてもブレーズ・ザビニに言わせれば客観的には妄想でしかなく、今から広く情報共有すると、まるで見当違いだった場合に却って事態を悪化させかねない。
だからブレーズ・ザビニはドラコに与えられたであろう命令の内容について母に一切説明しなかったのだが、驚くべきことにザビニの母は「子に命令を与えることで親に罰を与える」というだけの情報から、ヴォルデモート卿がドラコに何を命じたのかを、理解してしまった。
ルシウス・マルフォイに死よりも磔の呪いよりも効果的な罰を与え、万が一ドラコが成功したのなら最大の障害をひとつ取り除ける上、ドラコにやらせるので闇の帝王自身にはドラコが成功しようが失敗しようが何のリスクも無いという、これは「名案」なのだと。
「俺たちもそれが闇の帝王からドラコに与えられた命令の内容だと、そう考えてはいますが……」
ドラコは今年度クィディッチに参加しなくなり観戦もせず、授業を欠席することも多くなった。ブレーズ・ザビニやハリー・ポッターでなくとも、ドラコが何かをするために自由時間を確保しているに違いないという推察をした生徒は少なからず居るだろう。
しかしそんな「事情を知らないが察しが良い生徒たち」がしているのと同じ勘違いを、ブレーズ・ザビニもハリー・ポッターもしていた。
明らかにドラコが何かをしているのにホグワーツで全く事件が起きていないのは、ドラコの計画が頓挫したからでも、まだまだ計画を開始したばかりだからでもないのだ。
計画が順調に進んでいるからこそ、何も起きていないのだ。
これが仮にドラコが「本当に無理かもしれない」とか「またゼロから計画し直すべきか」などと考えてしまうほどトラブル続きで遅々とした進捗しか得られていなかったら、ドラコは今よりさらに追い詰められて思い詰めた末にもっと短絡的な、例えば呪いの品や毒の入った酒を贈るなどの、無関係な第三者を巻き込む可能性の高い不確実な方法を次々と試していただろう。
しかし今、ドラコは自分の計画が順調に進んでいると実感していて、少しだが心に余裕がある。計画が順調に進んでいるというのはつまりアルバス・ダンブルドアを殺さなければならない瞬間が刻々と近づいてきているということであり、そういう意味ではドラコは着実に追い詰められてもいるのだが、ドラコにとってそれは父と母の死が着実に近づいて来ているよりはマシな事態だった。
だからドラコは元々からの計画のみに準備も試行錯誤も一本化しており、毒やら呪いの品やらといった不確実で短絡的な手段はとうの昔に「無意味だろう」と選択肢から排除している。
「コロシュー」
今ドラコが接着呪文で何をどうしたのか、アントニン・ドロホフは見ていない。闇の帝王からドロホフが賜った任務は「今回の遠出の間のドラコの監視と報告」であって、計画を成功に導くためにドラコを助けることは命じられていないからだ。
命じられていない以上それをすることは闇の帝王に対する反逆だと、ドロホフは考える。
「ドロホフ、ルックウッド、帰るぞ。ここでやるべき作業はもう無い。ここに長居は無用だ――今この瞬間にバカでかい騎士像が斬りかかってきたっておかしくないんだからな――本来なら戦闘も避けるべきだったんだ。侵入者が居ると伝えているようなものだ……次来るのは決行の時だ」
ブレーズ・ザビニとその母が2人で住んでいる家にセオドール・ノットが到着したころ、ドラコはようやくルックウッド城の奥底に広がる遺跡とそこから繋がるホグワーツ地下の「地図の間」及び地下通路から、追い立てられているかのような急ぎ足で脱出していた。
特に「地図の間」を通過する所要時間は1秒でも短くしてあの先生と出くわす可能性をわずかでも低くしたいドラコは、まさか自分がいま通った地下空間に集落があってハグリッドが弟と一緒に金属製の鳥のお世話をしているなどとは思いもしないまま、原理不明の古代魔法とやらによってホグワーツ地下の「地図の間」の一角にある壁からルックウッド城地下の壁へと、そしてルックウッド城内の屋外へと戻ってきた。
(ホグワーツ城の地下階のどこかへ繋がっているはずの、あの螺旋階段を登った先の通路に壁を作って『地図の間』を隔離した時、あの先生は6年生だったんだ。僕だって今6年生だ)
自分の行く手を塞いでいる「その壁」を、地図の間とホグワーツの地下階の一角を隔てているその壁に施されていた保護魔法を自分は解除できるはずだと、突破できると、ドラコは信じている。
仮にこれから年度末まで何ひとつ進展が無かった場合、アルバス・ダンブルドア暗殺を決行するその時に、保護魔法の施された壁を破壊して通り道を開けるためドロホフあたりに頼んでぶっつけ本番で二次被害必至の凶悪魔法をぶちまけてもらう必要が生じるが、ドラコにとってそれは自分の手柄だと主張できる範囲を狭め父と母の命を危うくする「最悪の場合の想定」だった。
できれば計画の全ての段階を自分独りで達成したいと、ドラコはそう考えている。
「順調だが休暇中にやれることはもう無いと、侵入経路を見つけていると、そう報告しろ」
「闇の帝王にどう報告するかを決めるのはきみではないんだドラコ」
寝床として使っていたテントを杖の一振りで片付けつつ恭しい口調でそう反論してきたドロホフの表情からは、マルフォイ家の現状をドロホフが愉快だと考えているのがありありと見て取れた。
「…………では闇の帝王に、『死んでもいい数合わせ』がいくらか必要になるとお伝えしろ。あの通路が安全じゃないのはここしばらく僕と楽しく冒険して身に沁みただろう」
否とも応とも返答しないまま、ドロホフは右手でルックウッドの頭髪を雑に引っ掴んでから左手をドラコへ丁寧に差し出し、ドラコがそれを掴むのを待って「姿くらまし」した。
一方、本日のパーティに参加する予定の友人たちが続々と到着しつつあるザビニ家では、今しがた姉と一緒に着いたばかりのアストリア・グリーングラスがザビニのママの料理を手伝っていた。
「ねえねえザビニくんのママさん。やりかたこれであってるかしら?」
「上手よ。できるだけ空気が抜けないように、切るみたいに混ぜるの」
アストリア・グリーングラスの奴は手伝いたがるはずだ、という息子からの進言を採用したザビニのママがわざわざ何品か料理を作らずに待っていてくれたことを、アストリアは知らない。
「あたしドラコに渡そうと思ってね、プレゼント買ってきたの。自分のお小遣いで買ったのよ? お姉ちゃんに買ってもらったんじゃないのよ? ホントよ?」
妹がザビニのママに嬉しそうにその話をするのを、姉のダフネはノットと並んで不安を拭い去れないまま眺めていた。
「…………来るかしら、マルフォイの奴」
「来たいはずだが、来られるかどうかは」
ノットもダフネもドラコが何をしようとしているのかは推察できていても具体的にどう計画しているのかは知らないので、今その企てが順調なのか難航しているのかも想像するしかない。
本当にドラコ・マルフォイが闇の帝王から「アルバス・ダンブルドアを殺せ」と命令されていてそのために準備を進めているのなら、クリスマスパーティになど参加している余裕が無くとも、それでアストリアが悲しむとしても、誰もドラコを責めることはできないだろう。
しかしドラコ・マルフォイは、友人たちや同級生たちが思っているよりも、そしてドラコ本人が思っているよりも優秀だった。
「…………すまん。もう少し早く到着できるつもりだったんだがね」
パーティの準備が何もかも完了してしまってドラコ以外の参加者も皆テーブルを囲んで着席してしまった頃、ようやくドラコ・マルフォイはザビニ家の玄関に現れた。
「ドラコ!!!」
さっきやっと着席したのに飛び出していってしまったアストリアに、姉のダフネは大人しくしていなさいなどとは言わなかった。
アストリアに抱きつかれながら、ドラコはアルバス・ダンブルドアの暗殺計画を進めつつクリスマスパーティを楽しみもするという己の現状を、どこか他人事のように冷めた目で捉えて、こんな奴はアズカバンで朽ち果てるべきなんじゃないかと、心の中でそう蔑んでいた。
「ドラコ、ドラコ。今日一緒にパーティする皆を紹介するわね! まずお家にあたしたちを呼んでくれたザビニとザビニのママさん! それからあたしのお姉ちゃんとクラッブとゴイルとノット! それから1年生のフローラとヘスティアでしょ、それとね――」
喜びを全身から発散しているアストリアの純真さに照らされて、ダフネとノットに挟まれて座っているその数人の参加者たちは緊張で脳から汚い色の汁が出そうになっていた。
「よっ、よぉぉぉぉろしくおねっ、お願いしますぅぅ…………」
トレイシー・デイビスとルームメイトたちは、まだ、本当に自分がこんなお上品なパーティに招待されたという事実を、信じきれていなかった。
ザビニのママがあんまりにも美人だったので、トレイシー・デイビスはザビニのママの姿をできるだけ見ないように気をつけていた。
ザビニのママと目が合うだけで妄想が脳内を駆け巡り、次に執筆する不埒な読み物の内容が決まってしまいそうになるから。
「あのあのあの私テーブルルんママナーととかぜんぜんぜん知らない………」
「あなた表情がころころ変わって面白いわね」
ザビニのママに見つめられて、そして微笑みかけられて、トレイシー・デイビスは自分はこれからここで飼育されるんじゃないかと天啓を得てしまった。
「みなさん。いつも私のブレーズと仲良くしてくださってありがとう。今日は来てくれてどうもありがとう。今夜はリラックスして、テーブルマナーなんか気にしないで、楽しんでね?」
その場の皆に語りかけるために一度トレイシーから視線を外したザビニのママに再び柔らかな微笑みを投げかけられたことで、トレイシー・デイビスはとうとう我慢の限界を迎えた。
「エロい」
妄想を脳内だけに留めておけなかったトレイシー・デイビスを、左右からトレイシーのルームメイトとダフネ・グリーングラスが肘で強めに小突いた。
しかしそれは漏らすような小声の呟きだったので幸運にも、アストリアにもフローラとヘスティアにもトレイシー・デイビスが何と言ったのかは聞き取れなかった。
しかしそんなトレイシー・デイビスを諌めたダフネ・グリーングラスとて内心では、過去には数えるほどしか会ったことがないザビニのママをいま改めて目の当たりにして、やっぱりすごい美人だわと、あの美しさでいったいどれだけの王国を滅ぼしたのかしらと、毒を何種類持ち歩いているのかしらと、そんな充分に失礼な想像を膨らませてしまっていた。
「ねえねえドラコぉ、このケーキあたしもお手伝いしたのよ!」
ごちそうを食べ始めるのもドラコに食べてもらうのもプレゼントを渡すのも待ちきれないらしいアストリアの望み通りに、ドラコはアストリアの右隣に着席している。
「マグルは神に祈るんでしょうけれど、私たちは誰にしましょうか。アルバス・ダンブルドアに祈る気にはなれないし…………スリザリンの大先輩にでも祈りましょうか――マーリンに」
ザビニのママがそう言ったのを合図に、それぞれの目の前のグラスが独りでに飲み物で満たされ、まずブレーズ・ザビニとドラコとノットとダフネが、次にそれを見て何をするべきか理解したらしいアストリアとフローラとヘスティアとトレイシー・デイビスおよびルームメイトたちが皆でグラスを掲げて、形ばかりではあるが、祈りを捧げた。
「マーリンに」
ザビニたちスリザリンのクリスマスパーティは、あくまでもお上品だった。
しかし隠れ穴はそうではなかった。
「不肖デイヴィッド・ウィーズリー、踊らせていただきまぁす!!」
フレッドとジョージが仕事の都合で来られないのでパーティは明日だと言ってあるのにもう酒盛りを始めてしまっているウィーズリー家の数多い親戚たちの中からそんな大声の宣言が聞こえてくると、何が始まるのかを察した燃えるような赤毛の者たちが一斉に大盛り上がりしだした。
「いいぞディヴィッドぉー! 踊れ踊れ!」
「おじさん飲みすぎだって。転ぶよ?」
製薬会社に務めているマグルのディヴィッド・ウィーズリーはロンに心配されつつもふらふらとした危うい足取りで丸テーブルの上に登り、着ているシャツをめくってまんまるの腹をさらけ出した。するとビル・ウィーズリーが笑顔で杖を一振りして、ディヴィッドおじさんのお腹にアルバス・ダンブルドアの顔を描く。
皆の手拍子に合わせて踊るディヴィッドおじさんのお腹はぶるんぶるんと躍動していて、そこに描かれているダンブルドアの顔もぶるんぶるんと元気に踊っている。
ハリーとロンだけでなくハーマイオニーも、とっくに宿題なんか中断していた。
【ブレーズ・ザビニの母親】
過去には合計7人の夫が居たがそれら全員が不可解な死を遂げ、そのたびに莫大な遺産を相続した美人で評判の魔女。
なお、原作者はジニー・ウィーズリーが「7」人兄妹の末っ子なのは「才能溢れる魔女だから」だと明言しており、「7」人のポッター作戦や「7」分割されるはずだったトム・リドルの魂など、7という数字が最も強い魔法の力を持つという設定はシリーズの随所で活用されている。
ではこの「7」人いた夫が全員変死していてその度に莫大な遺産を相続したザビニママは……?