104年後からの今 作:requesting anonymity
「――いえいえ。そんなに難しい話じゃないです。むしろ簡単です。僕のひいひいお爺さんと、アーサーのひいひいお爺さんが、またいとこ同士。ええそうです。アーサーからすれば『親戚』という言葉が通常含んでいる範囲に僕は収まっていません。けれど血は繋がっていますし、こうしてお互いを親戚だと認識して交流しています。毎年必ず直接会うわけではないですけど、クリスマスカードとか手紙とかでやりとりしますから、近況は承知していますよ」
ハリーの記憶が正しければラメク・ウィーズリーという名前だったと思う男性が、ハーマイオニーのパパさんと話している。
「つまりあなたとアーサー・ウィーズリーはお互いに、遺産相続の権利なんかは無いわけですか」
「理論上は可能性がありますが、実質的には。ええ。そうならないために来たのですとも」
そんな会話をしている2人から少し離れた位置ではハーマイオニーのママも、また別のウィーズリー家の親戚から似たような話を聞いていた。
「私はアーサーさんをウィーズリー家の家長だと認識していますけれど、あなたはアーサーさんよりも上の世代ですよね? けれど、皆さんのお話しなさっている様子を見ていると――」
「そうだよマダム・グレンジャー。アーサーは僕の甥だけど、僕らウィーズリー家親戚一同の、今の長はアーサーさ。だってアーサーがあの時のクジ引きでアタリを引いたんだからね」
ハーマイオニーのママには「あの時」というのがはたして何年前なのかは想像するしかなかったが、ウィーズリー家の家長はアーサー・ウィーズリーである、というウィーズリーの親戚たちが共有している認識が、どうやら極めて雑な手続きで形成されたらしいことだけは理解できた。
「ロン、ロン。将棋しよう将棋」
「いいぜタケヒコ」
「ほらミネルバお前さんたちにグレタ・キャッチラブの奴がおやつをくれたよ」
ロンがニホンから来た親戚と2人して詳細不明のチェスもどきを始めたのと同時にネビルの祖母のオーガスタ・ロングボトムが大皿に山盛りのペットフードを持ってきて床に置き、そこにすぐさま真っ黒な毛並みの大型犬とトラ猫とクルックシャンクスとハヤブサが群がる。
特にトラ猫の姿のままのミネルバ・マクゴナガルは待ってましたとばかりにガツガツ食べ進めていて、マクゴナガル先生ってリラックスしてるとこんななのねとハーマイオニーは驚かされた。
ウィーズリー家の親戚たちや招待客たちに不死鳥の騎士団の人員などなど普段よりもずっと多くの人間が集まっているので、クリスマスパーティ本番は明日だというのに、既にこの「隠れ穴」では屋内でも庭でも常に宴会かのような賑やかさで、これでまだパーティが始まっていないだなんてハリーもハーマイオニーも全く信じられなかった。
しかしそれでもネビルはどの遊びにも参加せずに、ずっと訓練だけに集中力を注ぎ続けていた。
「いいかいネビル。僕らはラメクおじさんみたいなアフリカの魔法使いとは違って、杖を触媒にして魔法を使うことに慣れてしまっている。だから、そんな僕らみたいな魔法使いが杖無し呪文を習得するには、いくつもの段階を踏んで少しずつ練習しなければいけない。いきなりは無理だ」
皆の賑やかな声が壁越しに少しだけ聞こえてくる隠れ穴の3階。物置き状態だったのを大急ぎで片付けて掃除して来客を泊められる清潔な居室に整えたのだと判る、家具の少ない部屋で。ネビル・ロングボトムはウィーズリー兄弟の長男であるビルから杖無し呪文の手ほどきを受けていた。
「まずは『呼び寄せ呪文』から練習しようか。僕はルーモスから始めたけど、真っ先に習得したいのは呼び寄せ呪文だからね――落とした杖を手元に呼び寄せられれば便利だよ――だからネビル。最初のステップだ。僕が右手に持ってるこの『双盲鏡』を、普通に杖を振って呪文を唱えて呼び寄せるんだ。いつもよりゆっくり、杖の振り方と呪文の唱え方をハッキリ意識しながらね――」
双眼鏡だと勘違いして覗き込んだ者のまぶたがきっかり30分閉じっぱなしになる、というフレッドとジョージが作るだけ作って忘れて置いていったイタズラグッズをビルは自分の顔のすぐ横に掲げて見せ、ネビルは大きく深呼吸してからその双眼鏡にしか見えない品に杖を向ける。
「…………アクシオ!」
ネビルがそう唱えた途端に「双盲鏡」はビル・ウィーズリーの手を離れて勢い良く射出され、ネビルは杖を持っていない方の手でそれを見事にキャッチした。
「いいね。杖の振り方が丁寧だ。じゃあ次の段階に進もうネビル。きみがその手に持っているきみの杖を渡してくれるかい? ありがとう。じゃあ次はこの杖を、呼び寄せて、みるんだ。つまり今やったのと全く同じことを杖を持たずにやろう。呪文を唱えて『腕を』振る――そうだね。これも立派な杖無し呪文だ。けれどこれは同時に、杖無し呪文の初歩でもあるんだ」
そんなの僕にはできっこないよという弱気な考えを、ネビルは心の中から頑張って追い出した。
「ほらネビル、僕はこうしてきみの杖をただ掌の上に乗せてるだけだ。だから簡単だ。僕ときみの力比べにはならない。呼び寄せ呪文を習得するために練習していた時どれだけ必死にやってたかを思い出すんだ…………既に習得してしまった今よりも、その頃の方が一心不乱だっただろう……」
杖を持っていないのだから普段よりもずっと頑張らなければ呪文が成功するわけがないことは理解しているので、ネビルは顔にまでギュウッと力をこめて、ビルの掌の上の杖を凝視している。
「アクシオ!!」
ネビルが腕を振ってそう唱えると、ビルの掌の上でネビルの杖がころりと少しだけ転がった。
「いいよネビル、すごく良い。初挑戦でここまでできるのは本当にすごいよ。普通は――才能ってやつがどれだけあったって――初日は何ひとつ発動なんかしないんだから。今このきみの杖が僕の掌の上で転がったのは、それだけきみが必死で頑張ってる証拠だ。その調子で続けようネビル」
ビル・ウィーズリーがくれた褒め言葉を心の中で噛み締めてから、ネビルはもう一度呼び寄せ呪文に意識を集中する。
ここ暖炉が無いけどきみ寒くないかい、とビル・ウィーズリーが確認せずにはいられなかったくらいには暖かさと無縁の部屋なのに、ネビルの額には汗がにじんでいた。
「アクシオ!!」
ネビルは再びその呪文を唱えたが、今回もまたビル・ウィーズリーの掌の上で杖が何回転かだけネビルの方へと移動しただけで、全く呼び寄せるには至らなかった。
しかしネビルは一瞬だけ残念そうにした直後、孵化したドラゴンの赤ちゃんが呼吸していないことに気づいた時のチャーリーくらい真剣な顔に戻ってまた呼び寄せ呪文に意識を集中させる。
「今チャーリーの話した?」
夢の中みたいな声でそう問いかけながら入室してきたのはつい先程この隠れ穴に到着したばかりのルーナ・ラブグッドと、チョコマフィンが山盛りのお皿を両手で持ったクローディアだった。
「チャールズくんの話してたんですか?」
「してないよクローディア」
ニンファドーラ・トンクスやチャールズ・ウィーズリーなどの同級生でありながら神秘部での研修中に時に逃げられたためにネビルかルーナと同級生くらいにしか見えないクローディアは、しかしその外見とは裏腹に、神秘部の上級研究員である。
「短い期間で練習の成果を得たいなら休憩もしなきゃダメですよネビルくん」
そうアドバイスしたクローディアは決して好奇心だけが理由でこの部屋に入ってきたわけではなく、それどころか居てもらったほうがネビルにとっても有意義だと、ビルは正しく理解していた。
「クローディアきみ、杖無し呪文は使えるかい?」
左手に持った自分の杖を振ってルーナとクローディアのためにソファを出現させながらそう訊いたビル・ウィーズリーは、利き手ではない方の手も、利き手と同等に扱うことができた。
しかしこれは生まれ持った才能というよりは、どちらかと言えばビル・ウィーズリーが努力家であることの証明だった。
まだホグワーツの生徒だったある年、杖無し呪文ってカッコイイなと実父アーサーを見ていて思ったビル・ウィーズリーはすぐに練習を開始し、そのままクリスマス休暇をまるまる使ってひたすらに練習し、それでもできなくて休暇が終わってからも練習し続け、ついには夏休みまでの毎日ずっと全ての空き時間を費やしてようやく「ルーモス」を。杖無しで使えるようになったのだ。
「できますよお。むかーし部長に教えてもらいましたから!」
「アクシオ!!」
今度もまたネビルの杖無し呪文によってビルの右の掌の上に乗せられたネビルの杖が少しだけ転がり、ビルの掌からこぼれて床へと落ちた。
すると次の瞬間にはもう独りでに床から浮かび上がってビルの掌の上へと帰還してしまったように見えるネビルの杖を見つめながら、ルーナはひとつの許可を求めた。
「やるね。ねえ、私も杖無し呪文の練習したいな」
ルーナはその問いかけをビル・ウィーズリーに向けて発したつもりだったが、しかし返答はルーナのすぐ隣から聞こえてきた。
「いいですよぉルーナちゃん。そぃじゃぁあたしが教えてさしあげましょう!!」
ネビルに休憩を促しに来たはずなのに、ルーナとクローディアは同じソファに並んで座ったまま、目の前に浮かんだ大皿に山盛りのチョコマフィンで、杖無し呪文の練習を始めてしまった。
教える側に回れる機会など滅多に無いのでウキウキしているのが動きに現れているクローディアは両手の人差し指をチョコマフィンの山に向け、わざわざルーナの目を見つめる。
「アクシオぉ! ほらぁどーですか! ルーナちゃんチョコマフィンあげます!」
「すごいねあんた。杖と同じように手を動かしたほうがやりやすいのかな」
褒めてほしいと顔に書いてあったので、ルーナは質問する前にまずクローディアを褒めた。
「練習し始めたばっかりだったらそうですけど、手を動かさなきゃ唱えられないんじゃダメだって部長も副部長も言ってました。ポケットに両手をしまったまま魔法を使えなきゃダメだって――」
クローディアは椅子から一旦腰を浮かせて手を伸ばして空中の大皿からチョコマフィンをひとつ取り、ルーナにあげた方のチョコマフィンを物欲しそうな目で凝視しながら、チョコマフィンを両手で大切そうに持って食べ始める。
「みおーおふぃえへあえあふ!!」
その得意げな表情からしてクローディアはチョコマフィンを頬張りながら何らか宣言したらしかったが、ネビルには果たしてクローディアが何と言ったのかはサッパリ判らなかった。
しかしそれと同時に大皿からチョコマフィンがひとつクローディアへと発射され、ネビルとルーナはクローディアが本当に杖無し呪文を、それも単に杖を手に持っていないだけではない相当の高水準で扱えるのだという事実を知った。
既に両手でチョコマフィンを持っていたために「呼び寄せ」た方のチョコマフィンを上手く捕れずに顔面で受け止めたクローディアは、頬もオデコも鼻もマフィンの残骸にまみれたまま、褒めてもらえると確信しきっている得意げな笑顔でネビルとルーナとビルへ順番に視線を投げかける。
「おーい、クローディアぁ今いいかい? ちょっと訊きたいことがあるんだけどさ」
唐突にクローディアの横っ腹の辺りから誰かの声が聞こえてきたのでビルは何事かと驚いたが、当のクローディアは一切戸惑う様子もなく、着ているローブの内ポケットから取り出した自分の杖を口元まで持ってくる。
「はいはいはい! なんですかぶちょう。お腹すいちゃったんですか? 泣いちゃダメですよ? だいじょぶですよねぶちょうはお利口さんですから」
「ねえクローディア、27日空いてるかい? ポピーが手伝ってほしいことがあるみた――」
その時、クローディアの杖から響いていた神秘部部長からの真面目な業務連絡なのだと思われる声は、何人分かの元気いっぱいの大きな声に遮られて途切れた。
「うぉぉぉぉーーー! ペットちょうーー! ていこうはむいみだーーーー!」
あんなに嬉しそうに微笑んでるんだからルーナにはきっとこの声が誰のものか察せているんだろうと、またネビルの不完全な杖無し呼び寄せ呪文によって手からこぼれ落ちた杖を拾いながら、ビル・ウィーズリーはなぜか聞こえてきている可愛らしい声の主についてそんな想像をしていた。
「ペットちょうペットちょう! ねえねえ私ちょっとペットちょうに覚悟してほしいの!」
「武器をすてるんだペットちょう! ようきゅうにしたがえ!」
「ねえペットちょうお鍋もってないかしら。ペットちょうならきっとこまめにお手入れなんかしてないはずだってマリウスおじちゃまが教えてくれたのよ」
「僕らはお鍋ピカピカ盗賊だっ! お鍋をだせペットちょう! ピカピカにしてやる!」
神秘部部長の執務室に入ってきてしまった子どもたちを、その魔法使いは笑顔で歓迎した。
「……きみたちドラゴン皮の手袋は用意したかい?」
「マリウス局長が貸してくれたの。ほらこれだよペットちょう。いいでしょ」
「おおー。カッコいいねえ似合ってるよロルフぅ」
あたかも武器かのようにブラシやら雑巾やらを掲げている小さな子どもたちがこれから取り組むであろう作業の最中に間違ってもドラゴン皮の手袋を外さないように誘導してから、その魔法使いは傍らに置いていた旅行カバンを開き、そこからとっておきの一品を取り出す。
「これとかどうだい? これね、消灯時間なんかとっくに過ぎてる真夜中にやっと魔法薬学の宿題やっつけたポピーちゃんが『あとで片付ける』って言ってからそのまま104年経っちゃった大鍋」
神秘部部長が取り出した大きな泡の中に閉じ込められているそれはとても大鍋だとは判別できないほど酷い状態で、かつては魔法薬の残留物だったのだろうものの上から地衣類のような何かやカビらしきものや詳細不明の泥などが全体を分厚く覆い尽くしていて、ここに毒触手草を植えるのよと説明されたほうがまだ納得できる、間違っても素手では触りたくないジメジメした塊だった。
大鍋だとしたらあるはずの容量は完全に埋め尽くされていて、どこから見ても球体で、上とか下とか横とかいろんな場所から草やキノコが生えているそれはもはや、大鍋ではなく地面だった。
これでは大鍋本来の金属製の部分がその形を残しているかどうかも怪しい。
そしてそんな「大物」を提示された子どもたちは、目を輝かせて大喜びし始める。
「バンディマンおやぶんだぁ! チズパーフルぐんだんもいる! ありがとうペットちょう!」
「マリウスおじちゃまのところに持っていきましょ! たたかいがはじまるわ!」
「またあとでねペットちょう! おとななんだからお腹すいても泣いちゃダメだよ!」
泡の中の「ポピーちゃんが104年ほったらかしてる大鍋」に魔法をかけて、来た時と同じくらい賑やかに去っていった子どもたちを追わせたその魔法使いは、まだ退室してないお客さんが残っていることに気づいた。
「やあアントニオ」
リクガメとヤドカリと宝石の鉱床をかけ合わせたようなゴツゴツした魔法生物「火蟹」のアントニオは、柄の短いブラシを右の鋏ではさんで所持していた。
「きみもお掃除するのかい?」
火蟹のアントニオは神秘部部長に返答などせず、意外と速い急ぎ足でロルフを追っていった。
「うわあスゴいの貰ってきたね、それなんだいきみたち?」
「ポピーちゃんがしゅくだいやってそのまま忘れちゃったんだってペットちょうが言ってた」
マダム・スウィーティングの「宿題」ってそりゃつまり、と経過年数を思い浮かべてしまったマリウス・ブラックは、ゴクリと唾を飲み込んで自分もドラゴン皮の手袋を装着したのだった。
「わーおチズパーフルがわんさか……ロルフはチズパーフルがどういう生き物か知ってるかい?」
「知ってるよ! 乳鉢で擂ったみたいに小さくってね、たくさん湧いてね、魔法に寄ってくるんだよ。それでね、杖も芯まで食べちゃうから見つけたらお掃除しなきゃいけないんだって。でもね、えっと、なんだっけ? 殻と牙がなんかのお薬の材料にもなるの。おじいちゃんが言ってた」
宙に浮かぶ泡の中に閉じ込められている土と地衣類と泥の塊にしか見えないもの表面を蠢いている微細な蟹のような生き物が何なのか、9歳のロルフ・スキャマンダーはフレッドとジョージの絵本を読むよりもずっと前から知っていた。
実の祖父であるニュート・スキャマンダーが、魔法の品にありつけない時は電化製品に寄っていくからチズパーフルはマグルにも迷惑をかけてる魔法生物なんだよ、と言いつつ杖を振って空中に拡大鏡みたいなものを創り反対の手に持ったピンセットで1匹つまんで観察させてくれたのをロルフはもちろん覚えていたし、その時に得た知識だっていつでも頭の中から取り出すことができた。
ロルフを始めとする子どもたち自身は遊んでいるつもりでも、それは立派な初等教育だった。
お鍋ピカピカ盗賊だとかヒッポグリフなりきりおじさんだとか、そういったフレッドとジョージが制作した絵本に子どもたちが夢中になっているのは何も神秘部内に限った話ではなかったし、もちろん絵本以外の「小さなお子様向け商品」も絵本と同じくらい大好評で、それどころかフレッドとジョージの作る商品はどれも、様々な客層に向けた多種多様な商品がことごとく、待ってましたとばかりに売れに売れ続けている。
「ミスター・ウィーズリー、お客様が『迂遠鏡』をお探しです」
「OKベリティいま行く!」
双子のどちらかが宣言通りすぐに駆けつけ、望遠鏡のような見た目だがそれにしては本体部分がやたらにウネウネと曲がりくねっている、覗くと実際の距離よりも100倍遠くにあるように見えるし覗くのをやめた後も小一時間は視界がそのままになるイタズラ用品を、その女の子はパパに買ってもらってからもずっと嬉しそうに握りしめていた。
そんな「迂遠鏡」に「視界が今すぐ元に戻る保証付き目薬」を同梱しているところが、フレッドとジョージの商品が幅広い客層からの支持を集めている理由のひとつだった。
しかしそれは単なる良心による配慮ではなく、実際よりも100倍の距離があるように見えている視界のまま目薬を差そうと悪戦苦闘する姿まで眺めて楽しむのが趣旨の、治療薬とセットだからこそできるイタズラというフレッドとジョージらしい凝った商品設計である。
フレッドとジョージは雇った店員と共に、もはや海のような渦を創り出してすらいる目まぐるしいお客様方の奔流の中で、疲れなど全く感じていないかのように踊り続けた。
商品を勧め会計を終え商品選びの相談に乗り店内全体へのアナウンスもし在庫の補充をしお客様を送り出しお客様を出迎え、と
「やぁーーーっと終わった!」
「思ってた10倍は客が来たなジョージ」「そうだなフレッド――ダングありがとな!」
「いいってことよ。足が棒だぜ、ったく……おちびちゃんたちめ、こっちにゃ全く予想できねえ理由でケンカしやがる。まさか試食用の『舌避け飴』の、包み紙をああも必死に奪い合うたぁ……」
増え続ける客足に対して23日の時点で人手が足りなくなってここ数日だけ手伝いに来てもらっていたマンダンガス・フレッチャーに事前の取り決めよりもかなり多く報酬を渡しながら、ジョージ・ウィーズリーはフレッドと全く同時に杖を振って閉店作業をやり終えた。
「おっと待った」
しかしフレッドとジョージは施錠したばかりの正面入口をすぐさま再び開け、ニッコリと笑顔を浮かべながら2人並んで店頭へと出ていく。
「ようこそお越しくださいましたお客様」「ギリギリセーフだな。内緒だぜ?」
営業時間を数分過ぎてから来店した小さな男の子と若い夫婦――2人とも俺たちの自慢のウィリアムお兄様と同じくらいの歳に見える――を、フレッドとジョージはあくまでも「こっそりと」、本当はダメだけど今回だけ特別にという態度を大げさに作りながら店内へと招き入れた。
「好きなのをオネダリしな」「ありったけワガママ言うんだ」「ここはそのための場所だぜ」
フレッドとジョージが口を開く度に、その小さな男の子の両目は嬉しさで光り輝いていく。
しかしどの商品を見ようともせず、どの棚へも駆け出さず、その小さな男の子は好奇心が溢れて止まらない目をしてフレッドとジョージの顔だけを真っ直ぐに見つめ続けている。
「どうした? 俺たちオススメの商品とか知りたいか?」
「…………わかったあ! 3人に増える途中なんだ! そうでしょ!」
しっかり聞こえたらしいマンダンガスとベリティが同時に、吹き出すように笑った。
その男の子のすぐ後ろではお若いパパとママが大焦りで謝罪し始めているが、しかしフレッドとジョージはしゃがんで男の子に目線の高さを合わせると、男の子に顔を近づけて、他の誰にも聞こえないような小さな声で、まったく同時に、自分たちの一番の秘密を開示するかのように囁いた。
「実は4人に増える途中なんだ」
さあどれを買ってもらうか決めようぜと言いながら立ち上がったフレッドとジョージが奥の棚へと歩き始めると、小さな男の子はぴょこぴょこと嬉しそうな足取りで追いかけたのだった。
そして次の日。12月26日。世間より1日遅れの、ウィーズリー家のクリスマスパーティの当日。アンジェリーナ・ジョンソンとリー・ジョーダンに加えて従業員のベリティも連れてようやく隠れ穴に帰ってきたフレッドとジョージは、来るとあらかじめ知らされていた中では最後に到着した客人たちと、隠れ穴の玄関先で鉢合わせした。
「お。誰かと思えばマイロンにドナハン」「こりゃまずい。クリスマスライブのチケットなんて買ってないぜ俺たち――ママ、パパ、ただいま! 前に話したベリティも連れてきたんだ!」
フレッドとジョージが気さくに話しかけた相手が誰なのかに気づいて、アンジェリーナ・ジョンソンとベリティは「フレッドとジョージの実家に来たのだ」という事実に起因する緊張感すら吹き飛んでしまうほどにビックリ仰天して大きな声を出してしまった。
「クリスマスライブなら昨日終わったよ。知ってるだろ? 久しぶりだなフレッド、ジョージ!」
ニンファドーラ・トンクスあたりと趣味が合いそうなパンクファッションに身を包んだその男たちを順番に見て、アンジェリーナとベリティがみるみる落ち着きを無くしていく。
「マイロン・ワグテイル?! なんで? それにカーリー・デュークにオルシーノ・スラストンにドナハン・トレムレットにハーマン・ウィントリンガムにヒースコート・バーバリーに――」
「ウィアード・シスターズ!!」
コンサートを開けば英国魔法界どころかヨーロッパ中の魔法族がチケットを求めて血眼になりアメリカやアジアですら名声を高めつつある大人気若手バンドが何故ここにいるのかと、アンジェリーナ・ジョンソンもベリティも目の前の現実を受け入れられていないのが顔に出ていた。
「なんでってそりゃ、リードボーカルがビルの同級生でベースがチャーリーの同級生だからさ」
ジョージ・ウィーズリーが今なんと言ったのかをアンジェリーナの脳が理解しきるよりも早く、フレッドとジョージの帰宅を察知したモリー・ウィーズリーおよびその料理を手伝っていた者たちが来客を察知して2階や3階から降りてきた者たちと共に玄関へと集まってきて、当然そこには四六時中警戒を解かない闇祓いたちも居た。
しかし闇祓いたちも不死鳥の騎士団のメンバーたちも、ビル・ウィーズリーに制止された。
もし誰かがハリーになりすましていたとしても、ロンはすぐに気づくだろう。
ビルが彼らを全く警戒していないのは、それと同じ理由だった。
「おやマイロンひさしぶり。クリスマスライブ大成功おめでとう! 今年はきみたちが喜びそうなお客様が来てるよ。マダム・キャッチラブのお友達だとかでね……」
「ビぃーールぅーー!! 元気そうだっ……いやいやそれよりも――婚約おめでとう!!」
大人気バンド「ウィアード・シスターズ」のリードボーカルであるマイロン・ワグテイルは、玄関まで降りてきてくれたビルの姿を見るなり笑顔で寄っていって熱烈にハグした。
「あーら、ホントにウィアード・シスターズじゃない! こんにちは! 私は――」
どっしりと太った優雅な中年の魔女がモリー・ウィーズリーとアーサー・ウィーズリーの後ろから現れたのを見た途端、今度はウィアード・シスターズのメンバーたちがビックリ仰天し、あまりにも驚いたマイロン・ワグテイルは、その魔女の挨拶を遮ってしまった。
その魔女もまたマイロン・ワグテイルやバンドメンバーたちと同じく、開催が26日に変更されたことで予定の空きと合致しウィーズリー家のクリスマスパーティに参加可能になった1人だった。
「セレスティナ・ワーベック?!! どうしてここに?」
「私たちの同級生のグレタ・キャッチラブが『ぜひ呼びたい友達がいるの』と言うもんだからね」
そう説明してくれた男性の顔を、ベース担当のドナハン・トレムレットが真っ先に、かつて見た日刊予言者新聞の記事と脳内で照会することに成功した。
「初めましてミスター・シリウス・ブラック。僕らウィアード・シスターズです。僕はベースのドナハン・トレムレット。無罪放免おめでとうございます」
「ぁ、ありがとう。きみたちの曲はいつも聴いてる――結婚おめでとうドナハン・トレムレット」
細身の若者から意外なほど丁寧に挨拶されて返答が遅れてしまったシリウスを横目に、マイロン・ワグテイルはセレスティナ・ワーベックに、魔法界に知らぬ者などない超一流歌手に、こんな機会はそう何度もあるものじゃないと確信しながら、挨拶と自己紹介をやり直している。
「初めましてマダム・セレスティナ・ワーベック、僕らウィアード・シスターズです。僕はリードボーカルのマイロン・ワグテイルで――」
「知ってるわ! 私セレスティナ・ワーベック! あなたたちの『パフスケインの海で泳ぐ』をバックコーラスの子たちが気に入って、最近は私と一緒に控室でずーっと――」
こんな玄関なんかに集まってないで奥に入ったらどうかしらとモリー・ウィーズリーが進言した頃には、すでに10分近くが経過していた。
そうしてモリー・ウィーズリーの指揮のもと世界中から集ったウィーズリー家の親戚の奥様方やジニーよりも一回り歳下な小さな子供たち、それにフラー・デラクールを始めとする婚約者やガールフレンドたちに名高いグレタ・キャッチラブとセレスティナ・ワーベックまで参加して大人数で作り上げたホグワーツの晩餐会に勝るとも劣らないごちそうが、どう見たって何らかの手段で法規制の抜け穴を突いて検知不可能拡大呪文を施したとしか思えないコンサートホールと化したリビングにずらりと並べられ、ウィーズリー家のクリスマスパーティはついに始まったのだった。
「メリークリスマス、推定ミスター・ウィーズリー!」
燃えるような赤毛の老人に、ハーマイオニーのパパは半分ほど飲んだジョッキのバタービールを掲げながら当てずっぽうで挨拶を試みた。
「正解! 私はミスター・ウィーズリーだとも。メリークリスマス!」
人数分の椅子を置くより自由に動き回れたほうがいい、というチャーリーのアイデアが採用された結果、座りたい者は箒に乗って皆の頭上に浮かぶという変則的な立食パーティとなっている。
料理にホコリとか靴のドロとかが積もらないかというジニーの懸念は、ジョン・ドーリッシュとガウェイン・ロバーズが全てのテーブルを目を凝らさなければ見えないドーム状の保護魔法で覆い尽くして解決し、最後のテーブルに保護魔法を施し終えた直後からウィーズリー家のおじさんたちの酒盛りに参加し始めて今すでにぐでんぐでんのドーリッシュとロバーズは、マッド‐アイが叱りたそうな表情をして睨みつけているのが視界に入っているだろうに、気づかないフリを決め込んで、丸テーブルひとつを完全に占有しているグレタ・キャッチラブ特製の巨大グラタンを自分たちの皿に、フラフラした危なっかしい手つきでどっさり取り分けて幸せそうに笑っている。
周囲にいるみんなを見てみてもほとんど誰だか判らない人ばかりだけれど、ハリーもハーマイオニーもネビルも既に、そんなのは気にしないと決めていた。
「それじゃニホンの魔法界だと、未成年は休暇でもお酒飲んじゃダメなの?」
ハリーは、名乗られたことそれ自体のみ覚えているニホン出身らしいウィーズリー家の親戚の青年と、小さくて最高に美味しいチョコマフィンを次々食べながら会話している。
「ううん、ちょっと違うかな。『魔法処では』特別な時以外お酒は厳禁なんだ。僕ら生徒は持ってるところを見つかるだけでも罰則をもらう……なんでも100年以上前に、寮でお酒を密造して他の生徒に売りさばいて魔法処を酔っ払いだらけにした生徒が居たみたいで、それ以来ね」
フレッドとジョージみたいなのはいつの時代のどこにだって居るんだなあと、ハリーは次のチョコマフィンへと手を伸ばしながら思った。
「じゃあきみたち兄弟はせっかくニホンから来たのにバタービール飲めないの?」
「まさか。規則違反が問題になるのは先生にバレた時だけだよ」
その返答を聞いた瞬間にハリーは条件反射でマクゴナガルとルーピンの姿を探してしまったが、ルーピンはネビルのばあちゃんと一緒に燃えるような赤毛のでっぷりしたおじさんと話し込んでいたし、マクゴナガルはと言えばハーマイオニーとジニーとルーナの足元で未だにトラ猫の姿のまま、クルックシャンクスとハヤブサを相手に熾烈なペット用ごちそうの争奪戦を繰り広げていた。
ジニーの健康的な脚に視線を吸い取られそうになって大慌てで目を逸らしたハリーは、ルーナの左脚に巻き付いているのが本物のヘビだと気づいて大きな声を出してしまった。
しかし床面積も天井までの高さも今日だけ大拡張されているパーティ会場と化した隠れ穴のダイニングでは、ハリーひとりがどんな大声を出したところで咎める者は誰も居なかった。
ネビルは杖無しの呼び寄せ呪文で目の前のテーブルからミンスパイを手元に呼び寄せようと繰り返し繰り返し頑張っていて、そのネビルの隣にはフレッドとジョージのどちらか判らない片方が立って、いつの間にか習得していたらしい杖無し呪文の手本を見せつつアドバイスしている。
「ねえハリー・ポッターくん、あっちのテーブルのでっかいお肉食べてみない?」
「いいね。取りに行こう」
名前思い出せなくても友達って増えるんだなあと、ハリーはそのウィーズリー家の親戚でニホン出身の青年と一緒に目当ての料理があるテーブルまで歩いて移動しながら感動していた。
「メリークリスマス! ねえロンこれ何のお肉?」
「『
そう教えてくれたロンは右手に骨付きチキン、左手にその「ドラゴンとズーウーの雑種」のリブステーキを持ったまま、向こうのテーブルの巨大チーズケーキに熱い視線を注いでいる。
「お。それ美味しそうだなロン。ファーガスおじさんが言ってたやつか?」
「そうだよチャーリー」
ちぎれてないのが奇跡だと思えるオンボロのクリーンスイープ3号に跨って降下してきたチャーリーは、箒の後ろにクローディアを乗っけていた。
「アクシオ、ロコモーター」
チャーリーは杖を振ってテーブルからドラゴンとズーウーの雑種の骨付きステーキを2人前確保し、でっかい方をクローディアに手渡すと再び滑らかに上昇していった。
「やあハリー。こんにちはタケヒコくん。楽しんでるかい?」
「最高だよシリウス! それは何を飲んでるの?」
「判らない。フレッドとジョージのどっちか区別ができない方がさっきくれたんだ。ところで、きみに渡したいものがあるんだけど、今いいかな?」
シリウスが何かくれるのならクィディッチの試合中だって時間を作るよとハリーは返答したが、この時ハリーは早とちりをしていた。
シリウスが持ってきたものは、シリウスからのクリスマスプレゼントではなかった。
「きみのいとこからだよハリー。宛先が判らないから渡してくれって頼まれてね」
シリウスから1枚のクリスマスカードを受け取りながらも、ハリーの頭の中は急に降って湧いた大量の疑問とハテナマークでいっぱいだった。いったいどんな気の迷いでダドリーが僕にクリスマスカードなんて贈ろうと思うのか、誰がダドリーにクリスマスカードなんて気の利いた発想を授けたのか、なぜそれをシリウスが持ってくるのか、などなど、などなど。
しかし尽きない疑問の数々は一旦脇に置こうと判断したハリーがいとこのダドリーからの初めてのクリスマスカードを開いてみれば、そこに書かれていたのはごく短いメッセージ。
“今までごめん。負けるな、ハリー。メリークリスマス”
それを読んだハリーの心に真っ先に去来した感想は、メッセージの内容とは全く無関係だった。
「…………ダドリー、きみ……字なんか書けたのか……」
そしてハリーがクリスマスカードから顔を上げると、向こうにある急ごしらえのステージでウィアード・シスターズの面々とセレスティナ・ワーベックが即興ライブを始めるところだった。
バグパイプ担当のギデオン・クラムが大きく一歩右に移動して場所を空け、そこに壮絶な餌の取り合いから離脱したハヤブサが飛んできて、トンクスと同年代に見える若い魔女の姿に戻った。
「お前の兄貴のジェイコブは元気にやってるか?」
マイロン・ワグテイルからの問いかけに、その魔女はテーブルのひとつを指さして答える。
「うん。兄さんならあそこ。ドーリッシュとロバーズさんの隣でグラタンおかわりしてるよ」
その魔女は決して飛び入り参加の観客などではなく、世間にこそ知られていないがれっきとしたウィアード・シスターズの名誉メンバーである。
「ダンブルドアの先輩だっていう神秘部の部長さんは来てないのかな。1回会ってみたいのに」
リードボーカルであるマイロン・ワグテイルの隣に自分用のスタンドマイクを自分で用意しながら、その若い魔女はこっちを見て大喜びしているニンファドーラ・トンクスに手を振るのだった。
【ウィアード・シスターズ】Weird Sisters
ボーカル、リードギター、リズムギター、ベース、ドラム、バグパイプ、リュート、チェロという構成の英国魔法界の人気バンド。名前に反してメンバーは全員男性。
ボーカルのマイロン・ワグテイルはビル・ウィーズリーと同い年で、ベースのドナハン・トレムレットはチャーリー・ウィーズリーおよびニンファドーラ・トンクスと同い年。トンクスとジニーは彼らのファン。なお、バグパイプ担当のギデオン・クラム(Gideon Crumb)はブルガリア最高のシーカーであるビクトール・クラム(Виктор Крум、Viktor Krum)とファミリーネームが同じかのように聞こえるが、綴りが違うので全く親戚などではないと考えられる。
Q.なんでハヤブサ?
A.動物もどきの候補が「Dog」か「Cat」か「Falcon」なので、じゃあFalconにしよう、と。
ビルとネビルが会話し始めると地の文の可読性が低下するという気付きを得ました。
次回、休暇明け。