104年後からの今   作:requesting anonymity

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82.ダンブルドアの難題

 クリスマス休暇は昨日までで終わったというのに、とっくにホグワーツに戻ってきたし急がなければ授業に遅刻するかもしれないというのに、デニス・クリービーは未だにどこか気持ちがふわふわと2、3日前を漂っていて、それはデニスの隣を歩くナイジェル・ウォルパートも同じだった。

 クリービー兄弟が両親と共に暮らす自宅にデニスの親友であるナイジェルとその両親も招いて執り行ったクリスマスパーティがそりゃあもう最高に楽しかっただけでなく、思っていた3倍の数のプレゼントが同級生のみならずハリーたちやアストリアなどからもフクロウ郵便で次々に届いたので嬉しくて嬉しくて、コリンもデニスもナイジェルも、心が未だクリスマスに囚われているのだ。

 

 こんな量のクリスマスプレゼントをナイジェルはどうやって家まで持って帰るんだろうナイジェルのパパの車にこれ全部は収まんないぞと2家族で顔を突き合わせて悩んでいたらジャスティン・フィンチ=フレッチリーからのプレゼント「検知不可能拡大呪文が施された車輪付き旅行カバン」を発見して、同封されていた手紙からそのプレゼントの機能と性能と使い方を把握して大喜びしたのが、デニスにもナイジェルにもまだ昨晩の出来事かのように思えていた。

 

 そのカバンの、自分の足で歩いて着いてきてくれたりする「魔法界モード」とご近所さんに見られたって好奇心旺盛なマグルの友達に中身を覗かれたって何も不思議なことなど起きていないかのように誤魔化せる「マグル界モード」を簡単な合言葉で切り替えられる、という説明を読んでそれを即実践して確認した時などナイジェルとデニスは手を叩いて喜んだし、ナイジェルのパパとママに至っては興奮のあまり我慢できなくなって歌い始めたのだ。

 ジャスティンは同じカバンをもちろんコリンとデニスにも贈ってくれていただけでなく「変身術の授業を頑張ればカバンのデザインは色も形も留め具も自分で好きに変えられるようになるよ」という、学習意欲を煽る一言まで手紙に書き添えていた。

 

「プレゼント全部入れたのにカバンが全然重くないって、きみのパパ感動してたよねナイジェル」

「あの後パパったら帰ってきて車から降りるなり『運びたい!』って僕にお願いしてきたんだよ」

 

 検知不可能拡大呪文というのがどういう魔法なのかは、ハーマイオニーから贈られてきたやたら分厚い呪文学の参考書に詳しく記載されていた。

 その参考書の余白はハーマイオニーの直筆と思われる書き込みでビッチリと埋め尽くされていて、それが授業中に書き込んだ自分用のメモではなく参考書を贈る相手に向けた解説と注釈だということは、コリンもデニスもナイジェルも数ページ読んだだけですぐに把握した。

 

「遅れてすいませんスネイプ先生!!」

 

 デニス・クリービーもナイジェル・ウォルパートも果たして遅刻したのかどうかはどちらとも確信が持てていなかったが、闇の魔術に対する防衛術の教室には既に自分たち以外のグリフィンドールとスリザリンの3年生が揃っていて、それどころか教室に駆け込んだ途端スネイプと目が合ってしまったので、デニスとナイジェルは減点だけで済めばありがたいなどと考えながら謝罪した。

 

「謝罪する必要は無いが、朝食後の空き時間の使い方が悠長だったと言えるなミスター・クリービー、そしてミスター・ウォルパート。遅刻までの猶予は7秒だったのだから――さて、諸君らにはひとつ呪文を習得してもらう。ミスター・クリービー杖を構えたまえ」

 そう言い終わるより早く恐ろしい敏速さでスネイプが杖を振ったので、指名されたデニスだけでなくナイジェルも大慌てで盾の呪文を唱えた。

 

 しかし2人が去年のD.A.でハリーに習った盾の呪文はスネイプが杖の先から放った鞭のような紐状の光に叩き割られ、デニスとナイジェルはスネイプに杖を奪われてしまった。

 

「クリービー、ウォルパートそれぞれ1点。盾の呪文が正確だった故に。いま吾輩が行使した呪文がいかなるものか答えられる者は居るかね」

 スネイプがそう言いながらすんなりと杖を返してくれたことにデニスとナイジェルは驚いたが、今年度の「スネイプの防衛術」では、この類の驚きはよくあることだった。

 優秀さ、あるいは勤勉さを示したのがグリフィンドールの生徒だったとしてもきちんと加点するし、授業が面白い。スネイプのくせに。

 こないだ僕らが夏休みを過ごしてる間にダンブルドアにでもこってり叱られたか、さもなくば魔法省とかで研修でも受けさせられたんじゃないかというのがデニスとナイジェルの推測だったが、ハリーたち上級生はもっぱら「長年望み続けてた『防衛術』の教職を得られて満足してんだろ」と、スネイプの心情なんかに思考を割くなんて労力の無駄だとでも言いたそうな雑な結論をとっくに出して、それっきり考察を棚上げしていた。

 

「よろしい。答えたまえミスター・ピークス」

「カーペ・レトラクタム。『投げ縄呪文』です」

 

 クリスマス休暇に入るより少し前に行われた選抜でグリフィンドールクィディッチチームに新しく加入したビーターのジミー・ピークスが述べた回答は正しかったが、スネイプは特に点を与えることも褒めることもしなかった。

 

「左様。カーペ・レトラクタム。杖の先から伸縮自在の紐を放ち、それによって対象を手元まで引き寄せる。あるいは逆に自らを対象の位置まで引き寄せる。この呪文は『呼び寄せ呪文(アクシオ)』より最大射程が短く、対象を視界に収めているか座標を正確に把握している必要がある代わりに、呼び寄せ呪文よりも融通が利き応用の余地がある。また呼び寄せ呪文では移動させられないほどの重量物をも移動させ得るが、諸君らにそれが可能か否かは魔法の腕前でなく体重と膂力が物を言う」

 

 スネイプは退屈そうな視線でグリフィンドールとスリザリンの3年生たちを一瞥する。

「諸君らの訓練不足の頭脳で吾輩の説明が理解できずとも、かまわん。試せば骨身に染みる。ペアになって向かい合いカーペ・レトラクタムで互いの杖を奪わんとする。始めたまえ」

 デニスとナイジェルが「一緒にやろっか」と意思を疎通するまでもなく、次の瞬間その場にいるグリフィンドールとスリザリンの3年生はひとり残らず強制的に身体の向きと位置を操作され、それぞれのペアが一定の距離を開けて向かい合う集団が形成された。

 

「かっ、カーペ・レトラクタム!」

 

 ナイジェル・ウォルパートが振った杖の先からは光る鞭のようなものが迸ったが、しかしそれはデニスの足元の床を鋭く叩いて大きな音と少々の火花を散らしただけに終わる。

 すかさずデニスもナイジェルが手に持っている杖を狙って「カーペ・レトラクタム!」と唱えたが、デニスの杖から伸びた光る紐はナイジェルの杖ではなく頬を掠めた。

 

 恐怖を感じる勢いでデニスの杖から飛んできた光をナイジェルは思いっきり仰け反って回避し、デニスがナイジェルに慌てて謝る。

 しかし的を外したのはナイジェルとデニスだけではなく、その教室にいる3年生の半数ほどは狙った物に、つまり今回の場合はペアを組んだ相手の杖に、呪文を命中させられていない。

 

「理解したかね。呼び寄せ呪文は対象物が所在する大まかな方向さえ判っていれば機能するが、この呪文は正確に狙いを定め命中させる必要がある。その代わりに色々と応用が効くわけだが、基本の用法が身についていない者は応用に手を出すべきではないと、それくらいは百も承知だろうな」

 

 そのまま練習し続けて数分後、ペアを組んだ相手の手から杖を奪い取ることに最初に成功したのはジミー・ピークスだった。

「よろしい。ミスター・ピークス、1点。この『投げ縄呪文』で射程内の品物を自在に引き寄せられるようになれば、およそ通常の距離感の決闘において相手に防御あるいは『回避される』可能性はあっても『的を外す』というマヌケな失態とは永久に縁を切ることができる。続けたまえ」

 

 スネイプがそう解説したのを聞いてナイジェルは「決闘だと的が動くんだから話が別では」と思ったが、よりにもよってスネイプの前でそれを声に出したらグリフィンドールから3億点くらい引かれそうだと思えたので、呪文を唱えるのを中断してまで口を噤む努力に専念したのだった。

 

 そうしてグリフィンドールとスリザリンの3年生たちがペアになって繰り返し繰り返し呪文を唱えて光る紐で相手の手から杖を奪い、返却し、あるいは的を外して床を叩いて練習し続けて、ナイジェルとデニスが同時に放った光る紐が正面衝突して絡まってしまい、そのままナイジェルもデニスも互いに対抗心を燃やして杖を両手で握り直して光る紐を引っ張り合った挙句に呪文がいきなりちぎれて2人が勢い良く尻餅を搗いた直後、ちょうど授業が終わる時間になった。

 

「カーペ・レトラクタム」

 

 スネイプが杖など握っていない左手から大量の光る鞭のようなものを何束もまとめて放って教室にいる全員の手から全ての杖を一度に奪い去ったのに、ナイジェルもデニスも、グリフィンドールもスリザリンもその場の誰も、まったく抵抗どころか反応すら一切できなかった。

 

「……訓練とは、修了するものではない。呪文にせよ何にせよ習得してからが訓練の本番で、無為に死にたくなければ常に技術を磨き続け知識も更新し続けねばならんと、そう肝に銘じたまえ」

 

 そう言ったスネイプが雑に解放して床にバラ撒いた杖が一斉にピョコピョコと飛び跳ねて自分たちのところまで自力で戻ってくるのを呆気にとられて眺めながら、グリフィンドールとスリザリンの3年生たちの、クリスマス休暇明け最初の「闇の魔術に対する防衛術」の授業は終了した。

 

 スネイプがいつの間にどういう魔法を杖にかけて飛び跳ねさせたのか、後でナイジェルとデニスがハーマイオニーに訊いても答えは出なかった。

 

「ハーマイオニー、クリスマスプレゼントありがとう!」

 

 休暇明け初日なので、知る人ぞ知る「地下聖堂」に集う生徒たちの主な雑談の話題も当然、各々がどのようにクリスマス休暇を過ごしたかだった。

 ハリーとロンは年々ハーマイオニーからのクリスマスプレゼントを粗略に扱い続けているが、デニスとナイジェルとコリンはそんなハリーとロンから事前に話を聞き、それによって「ハーマイオニーからのクリスマスプレゼントは基本的にお勉強用品だ」と知っていたこと、さらに実際にお勉強用品だったそれが目を通してみればとても自主学習や宿題に役立ちそうだったことと、なによりデニスが貰った本とナイジェルが貰った本ですらハーマイオニーの自筆だと思われる書き込みの内容が一部異なっていたことで、ハーマイオニーがどうやってか自分たちの勉学の進み具合のみならず各々の得意不得意まで把握した上で「助けになるように」という想いで贈ってくれたのだと理解できたので、デニスもナイジェルもハーマイオニーに心からの感謝を述べたのだった。

 

 そしてハーマイオニーからのクリスマスプレゼントをありがたく活用しているのは、デニスの兄でありジニー・ウィーズリーやルーナ・ラブグッドら同級生たちと共に今年度末にO.W.L.(ふくろう)試験を控えている5年生のコリン・クリービーも同じだった。

 

「パック!」

 

 コリンが開けっ放しにしておいた自分のカバンに杖を向けてそう唱えると、わざと片付けずに散らかしておいた私物や勉強道具などが一斉にカバンへと殺到し、追手がそこまで来ているのかと思ってしまうくらいの大急ぎで、目も当てられないほどグッチャグチャに詰め込まれた。

「ううーーん、ママに怒られそうな感じに収まったなぁ……」

 自分の呪文の成果に納得していないコリンに続いて、ジニー・ウィーズリーも自分のカバンと私物を練習台にして、同じく「収納呪文」を試す。

 

「パック! ああー、収まりきるわけない場合に融通を効かせてくれるような呪文じゃないのね」

 キッチリと整列してカバンに収まっていったが入りきらずに積み上がった教科書や参考書や魔法薬などなどがちょっとした丘を形成したのを睨みながら、ジニーが原因を分析している。

 

「それ試験で訊かれるかなジニー?」

「知っておいて損は無いと思うな」

 

 ルーナの返答がもっともだと感じたので、コリンは今ジニーから得た情報をノートにメモした。

 

「ねえジニー、『レパロ』って傷口に使ってもいいんだっけ」

 コリンとジニーが実践形式の自主学習しているすぐ横で床に寝そべって数枚の問題用紙に取り組んでいるルーナが、羽根ペンを走らせる手を止めて訊いた。

「エンゴージオ! 他の手段が全部できない状況ならそれに頼るしかないけど、仮に上手くいってもすんごい傷跡が残るわよ。私ちっちゃい頃に見たものフレッドとジョージが試してるとこ」

 悩みもせず教えてくれたジニーに、ルーナはさらに具体的に質問し直す。

「それってつまり『推奨されない』?」

「そうね。『推奨されない』わ。その選択肢が正解のはずよ――パック! ……よし」

 

 カバン自体を「拡大呪文」で大きくしてから再び収納呪文を唱えることで収納に成功したジニーは短く喜んでから取り組む科目を変身術へと変更し、今度は「エイビス」とクッキリ唱えた。

 しかしジニーが唱えた呪文によって創り出されたオウムらしき鳥には翼が3つあった上に見るからに死にかけだったので、ジニーは思いっきり眉間にシワをよせてから消失呪文の練習も始めた。

 

 ハリーを始めとするD.A.のメンバーたちが元々この隠し部屋を自主学習に利用していたスリザリンの面々に合流して以来みんながこぞって持ち込んだ私物や共用物によってグリフィンドールとレイブンクローとハッフルパフとスリザリンの談話室を全部混ぜたような色とりどりの内装になっている「地下聖堂」は今や、いつ訪れても誰かしらは既に居るという盛況ぶりであるだけでなく、談話室とは違って先生たちが来る可能性がほぼゼロであるために規則による締め付けも規律も自主性任せであまり効果を発揮しておらず、言ってしまえばとても物だらけで、とても散らかっている。

 

 皆「元はあの先生が使ってた部屋らしいのだから」とできるだけ綺麗に保とうとはしていたものの、それでも自分ではない誰かが散らかした物まで積極的に片付けている生徒は少数だった。

「おいデイビス食べ終わったなら片付けろ広げっぱなしにするな。羊皮紙の隅に菓子の油染みがついてたらお前マクゴナガルに何と言い訳するつもりだ。自分のだけならまだしも――」

「あぁ゙ぁモォウしわけないです!」

 

 セオドール・ノットは、その少数の几帳面で綺麗好きな生徒の1人だった。

 

「エバネスコ! あのところでノットくん『元気爆発薬』ってスティンチコームのリンフレッドが作ったんでしたっけ……? 合ってますっけ……?」

「そうだが、違う。スティンチコームのリンフレッドが発明したのは元気爆発薬の原型となった治療薬で、後の時代にそれを発展させて元気爆発薬を創り出したのはグローバー・ヒップワースだ」

 発明者を回答する問題なのになぜ個人の名称を「2人分」書き記せと問われているのかが理解できずにいたトレイシー・デイビスはノットの説明で謎が解けて、グリフィンドール色の絨毯の端に直接座り込んだまま、薬草学の教科書である「薬草とキノコ千種」を問題用紙の下に敷いて背中をより一層小さく丸め、羽根ペンをガリガリと動かして回答を記入していく。

 

「そういえばデイビスお前、その魔法薬学の宿題にはスティンチコームのリンフレッドが何回も何回も出てくるんだから、質問するべきは僕じゃないだろう」

「ほぁえ何でですか? ノットくんより優しくてカッコイイ男の子がどこに居るんですか?」

 

 トレイシー・デイビスからそう訊き返された直後の表情からしてノットはデイビスの発言を一瞬だけ厭味かと疑ったようだったが、しかしすぐに「厭味を言うような奴ではない」と思い直して、率直な褒め言葉として受け止めた。

 しかし、今この地下聖堂に集っている中で最も称賛されるべき男子は誰なのか、という論点では、たとえそれが自分に対する褒め言葉でも、ノットには譲れない一線があった。

 

「例の噂が本当なら僕よりロングボトムの奴の方が遥かに格好の良い男だと思うが、そういう話をしてるんじゃない。スティンチコームのリンフレッドの直系子孫が今そこで自分の宿題をやっつけるのに飽きてセルウィンとかグリーングラスを相手に守護霊呪文を教える側に回ってるだろう」

 

 ノットくんが誰の話をしているのかを理解するのに、トレイシー・デイビスは10秒かかった。

 

「えっポッターくんってそうなんですか?!」

 

 確かトレイシー・デイビスとかそんな感じの名前だったと思うスリザリンの女子の大きな声が聞こえてきたので、ハリー・ポッターはダフネ・グリーングラスへのアドバイスを短く切り上げてその声が聞こえてきた方向へと振り返った。

 そのポッターの表情からはどういう文脈で自分の名前が呼ばれたのかなど全く把握できていないという困惑がはっきり見て取れたので、ノットは端的に会話の流れを説明する。

「ポッターお前、スティンチコームのリンフレッドの血を引いてるよな?」

「え? うん。そうみたい。去年のクリスマスに例のあの先生が僕にくれたクリスマスプレゼントが『ポッター家の家系図』だったんだけど――これね――これに、載ってたよ。その名前。待ってね、えーーーっとね。僕んちの一番初めがそのリンフレッドさんで、この人には子供が7人いたみたいで、長男の『ハードウィン・ポッター』が僕の遠い先祖……って証拠をこうやって与えられても正直、まったくピンと来ないけどね。だって5年生になるまでは自分におじいちゃんがいたってことも知らなかったから、急にそんな遠い先祖の話されてもね」

 

 ポッターの言葉をセオドール・ノットは心の中で咀嚼し、ハリー・ポッターが1歳の時に発生した例の事件をすぐさま連想して、そしてノットはポッターにひとつの質問を投げた。

 

「じゃあポッターお前は、自分の父方の血筋が魔法界でも特に古い由緒正しい家系だって知った今も、そのことは特になんとも思ってないわけか?」

 それはセオドール・ノットからハリー・ポッターへの問いかけというよりは、スリザリンの生徒からグリフィンドールの生徒への問いかけだった。

 

「んー、魔法薬学もっと頑張ろうって気持ちは湧いたよ。だってリンフレッドさんだけじゃなくて僕のおじいちゃんも魔法薬で成功して貯金を増やしたんだって知ったから。それなら僕にもできるのかもって思えるようには……なったかな。まあ、自信だけで成績が上向くなら苦労は無いけど」

 ハリーがそう話している途中でダフネ・グリーングラスが守護霊呪文を唱え、ダフネの杖の先から霧のような靄のような青白く光る何らかがひとつの塊となって飛び出た。

 スリザリンの7年生のセルウィンくんがケイティ・ベルやマクラーゲンなどと一緒になってダフネを称賛するが、守護霊が動物の姿をしていなかったからかダフネ自身は納得していない。

 

「……お前の母親も、魔法薬学がたいそう得意だったと、スラグホーンが言ってたなポッター」

 母親の話題を振ってもいいものか、ノットは少し迷ってからそう訊ねた。

「うん。僕もあのとき初めてそのこと知ったんだ。だってほら、1歳だったからね」

 そう返答した途端、ハリーは昨年度の魔法生物飼育学の授業でセストラルと競争した時の記憶を思い出した。あの時、あの授業の時点で、セストラルを見ることができたのは3人だけだった。まずハリー、そしてネビルと、ノット。 

 

「そうだ。お前の推測のとおりだポッター」ハリーの表情を読み取ってノットが言う。「僕の母上は、僕がホグワーツに入学するより前に亡くなった。母上のお顔を今でもハッキリ思い出せる僕が幸運なのか、お母上が生きていらっしゃった頃を思い出せないお前の方が幸運なのか、僕には判らない。こんなこと言われても困るだろうが僕は、お前を羨ましく思ったこともあるんだ」

 

 ノットが言っている意味が、ハリーにはすぐに理解できた。誤解や認識の齟齬が起きる余地はハリーとノットの間には無かった。この一見するといつでも理知的で冷静なセオドール・ノットはきっと、今でもたまに自分の母親が元気だった頃を思い出して「救えたのではないか」と、考えてしまう瞬間があるのだろう。母親との思い出が心にあるらしいノットがハリーには羨ましくもあったが、言われてみればそれはお互い様で、ノットはノットの母親が不幸にも命を失った時点で既に物心がついてしまっていたのだ。

 

「…………なんだデイビス。なんだその目は。お前いま僕を見て何を考えてる」

「抱きしめてあげますよというスタンスで交渉すれば手とか触らせてもらえそうだなァ……って」

 ノットとハリーがもう少しで共有できそうだった暖かい寂しさが、一瞬で冷めた。

「お前の根底に善意があるのは解ってるが、それはもう優しさじゃあないぞデイビス」

「すんごい壮麗な彫刻とかって、触ってみたくなるじゃないですかダメでも。それで、もし触らせてもらえる機会が巡ってきたら逃すわけないじゃないですか。そんな感じですかね」

 

 トレイシー・デイビスにいかなる言葉を返すべきかでノットがすごく悩んでいるのが、ハリーにも判った。それくらい、ノットの困惑と苦悩は表情に全部出ていた。

 

「……それは、好意か? トレイシー・デイビス」

「私ノットくんのこと応援してるんです。口が裂けても言えない動機で」

 

 口が裂けても言えないのにバッチリ閲覧されてしまっているので、トレイシー・デイビスは開き直って憧れのセオドール・ノットくんと、お友達とかになれたらなあと密かに企てている。

 まさか既にノットくんが自分を友人に計上してくれているなどとは不死鳥の涙ほども考えていないトレイシー・デイビスは、これまでの人生で異性の友人など妄想でしか作ったことがなかった。

 妄想の中ですら友人作りに失敗することも、時々あった。

 

「口が裂けても言えない動機なら読ませないでほしかったんだが」

「実は今ちょっと趣向を変えてルームメイトのみんなと、読んでもらいたい感じのやつをですね」

 

 とうとう完全に返答に困ったノットがハリーに救援を求めるような視線を投げかけ始めた瞬間、みんなが今いる「地下聖堂」の、原理不明の古代魔法とやらでスリザリンの談話室と接続されている壁のすぐそばに4人のスリザリン寮所属の女子生徒が出現した。

 

「えっ何これどういう魔法? 部屋が変わったの? それとも私が移動したの?」

「あら。つまりみんなここに隠れてたのね」「私たちも仲間に入れてもらえるかしらね」

「どう? どう? すごいでしょすごいでしょ! ここがスリザリンの皆とD.A.の皆が一緒にお勉強したり休憩したり呪文の練習したりしてる『地下聖堂』よ。ここのこと知らない人にここのこと教えちゃダメなのよ。だって秘密の隠れ場所なんだもの!」

 

 言っていることとやっていることが完全に矛盾しているアストリア・グリーングラスが連れてきたのは、フローラとヘスティアのカロー姉妹と、マファルダ・プルウェット。

 驚いているのかいないのかが表情からは読み取れないフローラとヘスティアは地下聖堂の隅々まで見渡したりはせずハリーの方へとまっすぐに、2人仲良く手を繋いだまま歩いてきて、ハリーに折りたたまれた1枚の羊皮紙を手渡してきた。

 

「校長先生からお手紙よ」「ハリー・ポッターってあなたよね。今日の全部の授業が終わったら校長室に来てほしいって。理由は言わなくてもあなたが知ってるって」

 

 ダンブルドアから「ヴォルデモート卿という人間の前半生」を教わっていたことを、ハリーはあろうことかこの瞬間まで綺麗さっぱり完全に忘れていた。

 忘れていたのでハリーはすぐに他の全ての宿題や練習を棚上げして、ダンブルドアとの個人授業の進捗を、つまり「前回はどのような記憶を見たのか」と「何が重要だったのか」を思い出す作業に取り組み、午後の授業をこなし日が沈み夕食を終える頃にはどうにか、前回の個人授業の終わり際にダンブルドアが「次回はクリスマス休暇が明けてからじゃの」と呟いた時に自分が何を考えていたのかまでハッキリと思い起こすことに成功した。

 

 そしてこの日の夜、ダンブルドアが待っていた校長室で、ハリーはダンブルドアから「トム・リドルが学生だった頃のスラグホーンの記憶」を見た。

 数秒だけ不自然に不明瞭だったその記憶はダンブルドア曰く「改竄」されているらしかった。

 その改竄はスラグホーン自身によって行われたもので、ダンブルドアが言うには、スラグホーンから改竄していない記憶を提供してもらうことがヴォルデモート卿を打倒するために重要なのだという話で、つまりはそれがハリーに与えられた新たな宿題だった。

 

「きみが魔法薬学に精力的に取り組む動機がひとつ増えたというわけじゃの」

 

 簡単に言ってくれるよとハリーは忌まわしさすら感じていたが、そんな鬱屈した感情は次の瞬間ダンブルドアから齎された提案によって瞬く間に消え去る。

「ところでハリー。じつを言うとわしは、きみからもひとつ、記憶を提供してもらいたいのじゃ」

「……それってつまり憂いの篩に記憶を注ぎこむ方法を教えてもらえるってことですか?」

 ハリーは興奮気味だったが、ダンブルドアはむしろ普段より声に抑揚が無い。

「概ねそのとおりじゃ。ただし儂が教えるのは『特定の記憶を自分の頭から取り出す方法』であって、取り出した記憶を収める先は憂いの篩ではなくこの小瓶じゃ」

 

 自分の記憶も頭の中から取り出して憂いの篩で見られたら試験前とか役立ちそうだなあと考えていたハリーにとってダンブルドアの提案はとても魅力的に思えたが、しかし疑問はあった。

 

「ダンブルドア先生、僕のどの記憶が必要なのですか?」

「三校対抗試合の最終局面じゃ。セドリックときみが優勝カップの前に同時にたどり着いてから、きみがセドリックを連れて儂らの前に帰ってくるところまでの一部始終が必要なのじゃ」

 

 その時の光景を鮮明に思い起こすのはハリーにとって今でも辛い作業だったが、数十分苦戦し何度も失敗した末に、ハリーはどうにか自分のこめかみの辺りから、杖を用いてドロリとした銀色の物質を引き出すことに成功した。

 記憶はクリスタルの小瓶に収められ、ハリーから受け取った小瓶をダンブルドアはすぐに何らかの文章が記されているように見えた羊皮紙で包んで不死鳥のフォークスに託した。

 

「頼めるかの。これを今すぐに『隠れ穴』に。シリウス・ブラック本人に直接届けるのじゃ」

 

 フォークスが炎に包まれて「姿くらまし」してから、ハリーはダンブルドアに訊ねた。

「あの、僕の記憶をなぜシリウスに? なぜあれをシリウスが欲するのですか?」

 

「今回きみが提供してくれた記憶は、シリウスが欲しているわけではない。ただ、魔法生物規制管理部部長ネリダ・ロバーツから神秘部部長へ依頼された極めて緊急性の高い任務を、遂行できる可能性が最も高いと考えられるのがシリウス・ブラックであり、それには今きみに提供してもらった『セドリックの最期』の記憶が極めて重要な役割を果たすというだけなのじゃ。ちなみに言えばシリウスに今回託した任務を儂がやった場合も、きみがやった場合も、神秘部部長であり儂の学生時代の先輩である『あの先生』がやった場合も、成功確率はゼロじゃ。必ず惨憺たる結果に終わる」

 

 ハリーはいったい何の話なのか全く察せなかったが、ホグワーツから遠く離れたオッタリー・セント・キャッチポール村郊外にあるウィーズリー家の自宅「隠れ穴」で未だ帰る気配がないウィーズリーの親戚たちと交流を深めていたシリウス・ブラックはいきなり現れた不死鳥のフォークスが携えていた羊皮紙とクリスタルの小瓶を受け取って、羊皮紙に書かれていた内容を読んで、心の準備を固めるために親友であるリーマス・ルーピンの助けを借りた後モリーに夕食はいらないと告げ、羊皮紙に記されていた目的地へと、隠れ穴を覆う保護魔法のすぐ外から「姿くらまし」した。

 

 そしてその家の玄関先まで到着したシリウスは、ドアをノックするまでに3回もの深呼吸と10秒以上もの精神統一を必要とした。

 クリスタルの小瓶と一緒に届いた羊皮紙に書かれていたとおり、これは確かにあの先生にもダンブルドアにもハリーにも不可能な任務だと、なにせダンブルドアは三校対抗試合を開催する側の人物だったしハリーはその場にいたのだし、あの先生はユールボールに紛れ込んでいたらしいし、とシリウスは考えれば考えるほど「どうか留守であってくれ」という後ろ向きな思考に支配されて、自分にだってこんな任務は達成不可能だと、そう叫びたい衝動が強くなっていく。

 

「入るなら入ってくれ」

 

 しかしその声は、礼儀も何もこもっておらず歓迎する気は無いのだと隠そうともしないその声は、シリウスの決意が揺らぐよりも早くその家の中から聞こえてきた。

 

 扉は開かれ、シリウスはその家に独りで暮らしている疲れ切った男とついに対面した。

 助けを必要としている自覚が無いその男は、排水溝の底のような目をしてシリウスを見ていた。

 自分に与えられた任務がどれだけ困難なのかを再認識しながら、シリウスはその男に挨拶する。

 

「初めまして、エイモス・ディゴリー」

 

 シリウスが見た限り、その家の照明はひとつも灯されていなかった。

 

 




 
 次回、セドリックの話。

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