104年後からの今 作:requesting anonymity
「あ、ロンがゴールを守った。点差は変わらず40‐30のまま。スリザリンのリード」
ホグワーツ伝統の寮対抗クィディッチのグリフィンドール対スリザリンの試合を実況解説するその声は、まるで談話室でリラックスしながらペットのボウトラックルに餌を与えているかのように静かで落ち着いていて、ホグワーツ城に隣接するクィディッチ競技場に集った誰も、これほどまでに「熱狂」という言葉が縁遠いアナウンスを耳にした経験は未だかつて無かった。
「今年のスリザリンは、去年の7年生が抜けたってだけじゃないね。全然別のチームになってる。これって誰が方針を変えたんですかスネイプ先生? 去年まではもっと乱暴なチームだったよね」
ホグワーツにおける寮対抗クィディッチの実況席は、競技場をぐるりと囲む観客席の、先生方が固まって座っている一角の中心にある。つまり実況解説担当である生徒は先生方に囲まれていて、そのレイブンクローの5年生の女子生徒がスネイプ先生に話しかけるには何も移動などする必要がなく、単に斜め後ろを見るだけでよかった。
「もっとも適正のある者をキャプテンに任命し、もっとも優秀な者たちが選抜された。それだけのことだミス・ラブグッド」
「もっとも適正のある者とはどんな生徒か、って基準が去年までとは変わりましたよね、先生?」
「我がスリザリンが最後に寮対抗クィディッチを制したのが何年前かという点を鑑みれば、方針の大転換があろうともそれに疑問を抱く余地は無いと考えるが」
「……それに去年まではグリフィンドールに点なんかあげなかったよね、スネイプ先生?」
どうやら今年は彼女が実況を担当するらしいレイブンクローのルーナ・ラブグッドとホグワーツでも特に気難しい教師である魔法薬学教授セブルス・スネイプのそんなやり取りはルーナの手元の機材によって音声をしっかりと拾われて、音量を拡大されて競技場全体へとお届けされている。
「マクゴナガルは何考えてラブグッドなんかを実況役に任命したんだ?」
「リー・ジョーダンが卒業前に指名してったらしいわよ。何考えての人選かは知らないけど」
観客席の一角でザカリアス・スミスとハンナ・アボットが話している内容は事実の表面だけを浚った又聞きの噂話であり、正しくは昨年度にルーナが「やりたい」とジニーに零していたのを聞き逃さなかったリー・ジョーダンとフレッドとジョージがルーナのためにマクゴナガルへ推薦した、というのが実際の経緯である。
希望者がいるのならとマクゴナガルが二つ返事で了承したのは、ルーナが依怙贔屓や悪口雑言とは無縁の子だからというのも理由のひとつだった。
「――いまクアッフルをキャッチしたのはザビニです。彼って何でも上手にできるように見えるけど、それは何にでも真剣に取り組むし熱心に練習するからで、苦労してないわけじゃないんだ……あら。それって単に何でもすぐ上手にできるよりよっぽどカッコいいことだよね?」
既にクアッフルを7年生のベイジーにパスしていた当のザビニは、どうやらルーナの横道に逸れたその解説がしっかり聞こえてしまったらしく、彼にしては珍しい、なんとも気まずそうな表情を一瞬だけ浮かべたのが観客席からもしっかりと見えた。
「ははっ、厭味や野次なら無視もできるが、こうもハッキリ褒められちゃあな……」
そう呟きながらニヤニヤと愉快そうに笑っているのは、セオドール・ノット。
「ねえノット。訊いていいのか悩んでたけど訊いちゃうね。きみスリザリンのクィディッチチームに入ったもんだと思ってたんだけど、違うの?」
ノットの隣に座って観戦しているネビルが恐る恐るといった声色で訊く。
「ああそれな。譲った」ノットの態度はなんともケロリとしていた。「元々そこまで熱意というか、どうしてもチームに入りたいってわけじゃなかったし。明らかに僕より下手な奴がチェイサーの3人目に滑り込むくらいなら、って思って選抜に参加したんだ。できる自信はあったからな。で、僕は今クアッフルを――クソ、今日は調子良いなウィーズリーめ――ゴールできなかった7年生のベイジーと同じくらいには上手くプレイできると証明できて、なおかつ僕未満の下手くそがスリザリンのチームに入ってチームの質を落とすようなことも無かったんだから、良しってわけだ。それにベイジーの奴はずっとチームに入りたがってたのに毎年のキャプテンとプレーの方向性が合わなかったわけで、あいつは今年が最後のチャンスだ――よーし今のはカッコいいぞザビニ!!」
ザビニが一瞬の見事なフェイントでロンを逆方向へ誘導しクアッフルをゴールに叩き込んだ。
スリザリン生たちが湧き上がり、グリフィンドール生たちが悔しそうな溜め息を漏らす。
「頑張れウィーズリー! お前ならやれる! ……上手いなザビニめ」
ロンとグリフィンドールクィディッチチームの正キーパーの座を奪い合い、結局チームに入りそこねても練習を欠かさず見学しているからこそ、コーマック・マクラーゲンは一度ネガティブになったロンがどれだけ調子を崩すのかを良く知っていた。
「あなたってやっぱりとってもカッコいいわねコーマック」
押しに圧されてクリスマス休暇の大半を一緒に過ごしてしまったのもあって、コーマック・マクラーゲンはロミルダ・ベインの今の発言が厭味でもからかいでもない本心そのままだと、もうとっくに理解できるようになってしまっていた。
「くっついて来ないでくれないかロミっ、ベイン」
コーマック・マクラーゲンは、ロミルダ・ベインをうっかりファーストネームで呼ばないように細心の注意を払っていた。喜ばせてしまうと厄介だからだ。
しかしそれは翻って言えば、細心の注意を払わなければファーストネームで呼びそうになるくらいには親しみを植え付けられてしまっているということでもあり、それこそがコーマックの最近の悩みだったが、彼のルームメイトの男どもに言わせればそれは「贅沢」以外の何物でもなかった。
「あなたのことコーミーって呼んでもいい?」
「それは父さんと母さんが僕を叱る時の呼び方だからやめてほしい」
コーマック・マクラーゲンに対するロミルダ・ベインのいささか積極的すぎる態度は、最近のロミルダの主な相談相手である同級生のアストリア・グリーングラスから先日貰った「ロミルダちゃんはとっても大人っぽくてステキだからそのままで大丈夫よ!」という、経験値皆無の直感的なアドバイスによって一層の加速を見せ始めていた。
「じゃあコーリーは?」
「…………仕方ない」
今日もまた希望を聞き入れてしまったコーマック・マクラーゲンは、この押しの強いロミルダ・ベインに着実に距離を詰められて、引きずり込まれるように日に日に親しくなっていた。
先の休暇中の、同級生の男友達とワイワイやるつもりだったクリスマスパーティだって、気づけばロミルダ・ベインの家に招かれて、しっとりと静かに過ごしてしまっていたのだ。
先んじて招待されてしまったのだから断るのも可哀想だ、という良心の隙を突かれた形である。
「もしかして今クリスマスのこと思い出してたのかしら『コーリー』?」
「あのユールログとトライフルは美味かったよ。それは認める」
自分たち2人が周囲からどういう関係に見えているかについては、コーマック・マクラーゲンはとうに諦めて、訂正も弁解も完全放棄していた。
「よーし! 良いぞウィーズリー今のは難しかった! よく防いだ!!」
「ねえコーリー、キーパーって『潰す』優先順位、高いポジションよね?」
コーマック・マクラーゲンが情熱を注いでいる分野だからという理由でクィディッチについてよりよく知ろうとしているロミルダ・ベインがそう訊いた途端、そうですよと実例を示すかのようなタイミングでグリフィンドールのビーターの1人、細い身体から驚くほどパワフルな打撃を正確な狙いで繰り出すリッチー・クートがスリザリンのキーパーである7年生のセルウィンくんへ、クアッフルを抱えて飛んでいたジニーを鋭い殴打で守るついでにブラッジャーを突撃させた。
「スリザリンのキーパーのセルウィンって7年生、すごく度胸があるね。普通だったらもっと大きく動いてブラッジャーを避けると思うな。でも今セルウィンは本当に必要なだけ動いたね……あ。ジニーがセルウィンからザビニへのパスを横取りしてそのままゴールを決めたよ。やった! 私、ジニーのこと大好きよ。だってとってもすてきだもン」
「40対40。グリフィンドールが追いつきましたよ!」
今のゴールで何点差になったのかをルーナが言い忘れたので、マクゴナガルが横から補足した。
「もういいの? おかえりロルフ」
ルーナの目の前に置かれている実況機材の上に立っていたボウトラックルの「ロルフ」が、配線を伝って拡声器の先からルーナの手へと移動し、いつもの定位置である飼い主のルーナの左肩の上へと戻っていった直後、ルーナの視線はクアッフルを巡るチェイサーたちの目まぐるしい攻防戦とは全く関係が無い、誰も飛んでいない遠くの空中へと釘付けになった。
「あスニッチだ」
ルーナが急に何を言ったのか、一瞬クィディッチ競技場の誰にも解らなかった。
しかし次の瞬間ずっと上空で待機していたグリフィンドールとスリザリンのシーカー両名、ハリー・ポッターとマファルダ・プルウェットが同時に同じ方向へと猛スピードで飛びだしたことで、飛び交う選手たちを取り囲む観客席の大半がルーナより数秒遅れて事態を理解した。
「――マファルダが使ってるあの箒は何? ニンバスじゃないわよね?」
「ええ違うわ。あれ『シルバーアロー』よパーキンソン」「フーチ先生が貸してくれてるの」「クィディッチチームの選手選抜に参加したいって言い出した時からよ」
同じスリザリン寮の先輩のお姐さま方に囲まれて観戦しているフローラとヘスティアの双子のカロー姉妹は、もちろんマファルダをこそ熱心に応援している。
「だからポッターの奴より明らかに遅いのね……シルバーアローなんて骨董品でファイアボルトを相手にしてあの程度の離され具合で済んでることを褒めてやるべきなんでしょうね……」
「あの、あのシルバーアローってそんなに古い箒なんですかパンジーちゃん」
思い切って勇気を出してパンジー・パーキンソンに話しかけてみたトレイシー・デイビスはパンジー・パーキンソンがぐるりと自分の方を向いたことで反射的に怯んでしまったものの、しかしパンジーは次の瞬間トレイシーにすんなりと返事をしてくれた。
「シルバーアローが最新鋭の大人気商品だったのは、ホグワーツの校長がフィニアス・ナイジェラス・ブラックだった時代の話よデイビス」
「……いつでしたっけそれ…………ていうかどなたでしたっけそのひと」
「去年『防衛術』を教えてくれたあの騒がしい先生とかアルバス・ダンブルドアとかが、私やアナタやこの子たちくらいの年齢だった時代の箒ってことよ」
フィニアス・ナイジェラス・ブラックなんて名前は一度たりとも聞いたことがないと記憶しているらしいトレイシーに呆れながらも、パンジーはトレイシーにちゃんと説明してくれた。
「……フーチ先生って何歳なんですかねパンジーちゃん」
「知らないわよ。でもダンブルドアよりは歳下だろうって私はなんとなく――ああセルウィン!」
観客席全体でグリフィンドール生たちが一斉に喜び、スリザリン生たちが溜め息を漏らす。
「おおー。ジニーちゃんすっごいですねえ」
「あなたどっちの味方なのよトレイシー・デイビス」
「そりゃスリザリンですけど、セルウィンくんよりジニーちゃんの方が比較的よくお話をしてくれる機会があるのでその、親しみがですね…………どうしても……」
トレイシー・デイビスとパンジー・パーキンソンの会話内容がクィディッチから離れ始めている一方で、マファルダを引き離そうと試みつつスニッチを追いかけているハリー・ポッターは、先日合同で選手選抜を行った際にスリザリンチームのキャプテンであるウルクハートくんが期待した通りに、まさに今、条件反射で利敵行為を働いてしまっていた。
「伏せるんだマファルダ!」
追いついて追い抜こうと頑張っていた相手であるハリー・ポッターから急にそんな声をかけられたマファルダが動揺しつつも言われた通りに姿勢を低くしたその瞬間、今の今までマファルダの頭があった場所を、殺そうとしているとしか思えない勢いでブラッジャーが通過していった。
「敵にアドバイスなんて余裕あるのねハリー・ポッター!」
「シーカーに心の余裕ができるのはスニッチを獲った後だマファルダ!」
箒の性能でもシーカーとしての技量でもハリーに及ばないマファルダだったが、しかしこれまでの練習でチームメイトたる先輩たちからもらったアドバイスを胸に、必死で喰らいついていく。
(150点以上の差がついてる場合以外はクアッフルもチェイサーも気にしなくていい)
(箒の性能が許す限りの最高速度を常に出し続けるようなバカにクィディッチ選手は務まらない)
(速く飛べる奴ってのは上手くスピードを落とせる奴のこと。そうするべき時に、必要なだけ)
(だからどんな奴にも必ずスピードを落とすタイミングはある。追い抜けるとしたらその時)
(相手のシーカーは気になるけど最優先で見るのは常に金のスニッチ)
1年生なのに参加しちゃっていじめられたりしないかしらというマファルダが抱いていた不安をよそに、スリザリンのチームメイトたる先輩たちは皆、とても親切だった。
「わあ!」
スニッチおよびハリー・ポッターを追いかけるのに必死で前方しか見ていなかったマファルダを掠めるようにしてブラッジャーが追い抜いていき、それを回避するためにハリー・ポッターは大きく右に膨らむ軌道をとった。
ビックリして悲鳴を上げてしまいながらもスニッチとの距離を詰めるべく必死に借り物の箒を操るマファルダの視界の隅で、ハリーがまた飛んできたブラッジャーを避ける。
スリザリンのビーター2人、クラッブとゴイルがひとつのブラッジャーを交互に打ち合いながらハリーを集中攻撃し始めたのだ。
それは無論マファルダを援護するためであり、そんなハリーを援護するためにグリフィンドールのビーターの片割れ、状況判断の的確なジミー・ピークスがもうひとつのブラッジャーを力強く打ち据えてクラッブへと突撃させ、もう1人のグリフィンドールのビーターであるリッチー・クートもハリーを守るべく、クラッブとゴイルが占有しているブラッジャーを奪いに割り込んでくる。
しかしスニッチほど不規則ではないにせよ勝手に軌道を変えて自動で誰かを狙って飛ぶ2個のブラッジャーがビーターたちの意図のみに従ってくれるわけもなく、ハリーが箒からぶら下がるような姿勢をとって回避したブラッジャーは直後に急旋回し、マファルダめがけて飛んできた。
「プルウェット避けるな無視しろ!!」
ケイティ・ベルからクアッフルを奪い取ることに成功しながらシーカーとビーターにも気を配っていたらしいスリザリンチームのキャプテンたるウルクハートくんが大きな声で叫んだその指示を「痛いけど我慢しろ」という意味だと理解したマファルダだったが、それはクィディッチをやってみたいと思った時から覚悟はできてたと自分に言い聞かせて、スニッチへと手を伸ばす。
リッチー・クートとジミー・ピークスのお蔭でブラッジャーの集中砲火から脱したハリーも瞬く間に追いすがって来て、マファルダの右斜め上からスニッチへと手を伸ばす。
「いまマファルダを自分の身体を使ってブラッジャーから守ったのはゴイルですね。あんなに速く飛べるなんてビックリ。スニッチをキャッチするのはマファルダとハリーのどっちでしょうね?」
なんとものんびりしたルーナのアナウンスを、ハリーもマファルダも聞いていない。
そしてスニッチの気まぐれな軌道を追って競技場を囲む観客席に沿うように飛んでいたハリーとマファルダはこの瞬間まったく同時に「スニッチが方向転換する」と直感した。
めいっぱい腕を伸ばしたマファルダは左から、ハリーは右からスニッチを掴み取りにかかる。
次の瞬間スニッチは本当に飛ぶ方向を変え、鋭角に方向転換して急上昇した。
スニッチに肉薄していた2人のシーカーはその方向転換にすぐさま反応したが、一瞬だけハリーの方が速かった。マファルダの指先はスニッチの羽根の先端と僅かに接触したものの、スニッチそれ自体はハリーの左手に捕獲された。
「ハリー・ポッターがスニッチをゲット! 200対40でグリフィンドールの勝利!」
グリフィンドール生たちおよびハッフルパフとレイブンクローの生徒たちのいくらかとマクゴナガル先生が大歓声を上げ、スリザリン生たちとスラグホーン先生が残念そうに溜め息をついたが、しかしハッフルパフとレイブンクローのクィディッチチームの面々は、勝利したグリフィンドールではなく惜しくも負けたスリザリンクィディッチチームを注視していた。
「…………去年までより明らかに強いぞ、今年のスリザリンは」
そう呟いたハッフルパフクィディッチチームのキャプテンであるザカリアス・スミスも、そこから少し離れた位置でルームメイトの女の子たちと一緒に観戦していたレイブンクロークィディッチチームのキャプテンであるチョウ・チャンも、スリザリンへの警戒を新たにしていた。
去年まではパンチを打つのが上手なゴリラばかり集めていたはずのスリザリンがどうして今年は急にちゃんとした腕前のある技巧派を揃えたのか、何がスネイプにここまで大きな方針変更をさせたのか、ザカリアス・スミスにもチョウ・チャンにもサッパリ解らなかった。
なにしろ今年度のホグワーツ寮対抗クィディッチでスリザリンは今のところ、1回たりとも故意の反則行為や悪質なラフプレーをしていないのだ。
それはラフプレーが過激さを増すよりも脅威だと言えた。
「みんなごめんなさい。わたし競り負けたわ」
次々と降下してきて競技場中央の芝生に着地するスリザリンのチームメイトたちに謝罪したマファルダは、やっぱり自分みたいな1年生が出しゃばってチームに入ったりせずもっと上手な先輩の誰かがシーカーやってたほうが良かったんじゃ、などと心の中で自分を責め始めていたが、そんなマファルダからの謝罪の言葉に対するスリザリンの先輩たちの反応は、マファルダが予想していいた内容とはまるで異なっていた。
「僕ら勝てるぞ」
ウルクハートくんは芝生に降り立ちながら一瞬だけマファルダの方を見てすぐ隣に着地したセルウィンくんへと視線を移すと、確信が込められた声色で力強くそう言い切った。
「今回の負けの原因は僕らチェイサーだ。1人ひとりの腕前じゃ妹の方のウィーズリーにだって負けちゃいないが、連携って分野では僕らはグリフィンドールの奴らに明らかに劣ってた」
ウルクハートくんが自罰的な見解を述べると、キーパーであるセルウィンくんもそれに続く。
「僕だって今回の僕の動きに満足なんかしちゃいない。ジニー・ウィーズリーが放ってきたシュートを5割も防げてないんだからな……悔しいが、本当に巧いなアイツ」
セルウィンくんのそんな意見にチェイサーの3人目であるベイジーも同意したが、その直後にザビニが放った言葉は、まったく反省などではなかった。
「聞いたろプルウェット。解るか? 自分のせいで負けたと思ってるのはお前だけじゃないんだ。クィディッチに限った話でもないが、試合に負けると誰しもが自分の至らなかった点を想起する。それでチームメイトを責めても勝ちには繋がらない。だから『なぜ負けたか』を考えるのはいいが『誰のせいで負けたか』なんてのはな、言うだけ時間と労力の無駄で、なんのメリットも無いんだ。たとえどう考えたって自分のせいだったとしてもな。重要なのは『負けを糧にできるか』だ」
あらやだザビニさんって高慢ちきな蘊蓄ばっかり喋るお高くとまった男の子じゃなかったのねと、マファルダはそう言いそうになって大急ぎで口をぎゅっと閉じた。
そんなマファルダの表情がどう見えたのか、キャプテンのウルクハートくんがマファルダにひとつ、今からお前に大事な質問をするぞとわざわざ前置きしてから問いをひとつ投げかけてきた。
「おいプルウェット。お前、来年度以降もクィディッチを続けたいか? 2年生になっても3年生になっても寮対抗クィディッチを観衆としてではなく選手として楽しみたいと、そう希望するか?」
ウルクハートくんからの質問に、マファルダはキョトンとした表情のまま即答する。
「そりゃあ、まあ。マルフォイさんとかに実力でシーカーの座を獲られない限りは、卒業までは」
マファルダの回答を聴いたスリザリンクィディッチチームの面々は――マファルダと同じくらいキョトンとしているクラッブとゴイルを別とすれば――全員、その言葉が聞きたかったんだと言わんばかりの笑顔を浮かべた。そしてチームを代表するかのように、ザビニがマファルダに問う。
「俺たちスリザリンクィディッチチームの最大の強みが解るかプルウェット」
急にそんなこと訊かれてもと思いつつ、マファルダは必死で考える。
「…………待って、待ってね。えっと、えっと……すんごい上手なチェイサーが居ること?」
「『親の
「えっ何それカッコわる」
何と答えることを望まれているのか判らなかったのでとりあえずザビニくんにお世辞を言ってみたら予想外の解答を提示されて、マファルダは思わず心に浮かんだそのままを言ってしまった。
「グリフィンドールの奴らもそう言うだろうな。……言うだろポッター?」
「うん? うん。ぼく今きみがダドリーに見えたよザビニ」
通りすがりにそう返答だけしていったハリー・ポッターの認識では、ダドリー・ダーズリーは未だにかつての甘ったれた哀れなクソデブのままだった。
「だろうな。だが俺に言わせればそれはとんだ見当違いだ。いいかプルウェット。欲しいものを親にねだるのは子の特権なんだ。そして同時に、子どもに何かを買ってあげるのは親の特権なんだ。反則でも違法でもない。何が恥ずかしい? 俺たちは学生だぞ? 教科書も服も杖だって親に買ってもらったものだ。親に買ってもらったハナハッカを親に買ってもらった大鍋へ入れて、親に買ってもらったノートにメモして、できたウィゲンウェルド薬を親に買ってもらった小瓶に詰める。それが僕らだ。それが子どもだ。そも親のお蔭で生きてるんだぞ? 欲しいものを親に買ってもらわないだけで、甘えていないことに、なるわけないだろう。誠実に、堂々と要求すればいいんだ」
一理あるようにも聞こえるザビニの言葉に、マファルダは言いくるめられなかった。
「それって子に親が何か買ってあげる時に言ってこそ説得力が生まれる言葉で、子どもの側が言うのはすんごく厚かましいんじゃないかしら」
マファルダがそう指摘するのと同時にすぐ隣を歩いて通り過ぎていったジニー・ウィーズリーとケイティ・ベルがうんうん頷いてマファルダに同意を示したが、しかしザビニは意見を曲げない。
「そういう見方もあるだろうな。だが『そもそも親に買ってもらったものばかり』って事実を無視して大人になったようなつもりになるのは、それこそカッコ悪いと俺は思ってる。なぜならそれは親に対する感謝を忘れているのと同じだからだ。つまり俺がお前に何を言いたいか、わかるか?」
ザビニがまた問いかけを投げてきたので、マファルダは戸惑いつつも率直に答える。
「……判んないわよ」
「俺はずっと俺の母上がお前にファイアボルトを買ってくださるという話をしてるんだ」
マファルダの脳みそにザビニの言葉が届くまでに、10秒ほどの沈黙が必要だった。
「えっファイアボルトってあのハリーが使ってるのとおんなじ、悪ふざけみたいな値段で売ってる、見間違いみたいなスピードが出るあのファイアボルトよね! あのえっとそんな、ダメよ!」
「まあ正確には母上は『ファイアボルトでも何でも』と仰ってたのであって、ファイアボルトだと決まったわけじゃあないんだが、とにかく買ってくださる。お前のスリザリンクィディッチチーム参加と、母上の個人的な仕事の成功を祝して、だそうだ」
何か金銭ではない対価を要求されるのではとか、あのやたらめったら美人でどこか危険そうなザビニくんのママさんに私は弱みを握られることになるんじゃないかしらとか、パパとママが納得するかしらとか色々とマファルダは考え込んだが、すぐに「でも欲しいわ」というシンプルな理屈にそれ以外の全ての懸念や葛藤が押し流されてしまった。
「どうもありがとうザビニくん」
目を見てハッキリとお礼を言ったマファルダに、ザビニはさらに言葉を続ける。
「どうしても礼を言いたいなら次に俺の母上に会った時に直接言え。それにな、これはお前個人のためじゃないんだ。チームのためだ。お前は1年生だから。いいか? お前は来年度以降も6年ホグワーツで過ごすんだぞ? だから今お前に投資することはスリザリンクィディッチチームの将来に投資するも同じで、俺たちは今年をまるごとお前の育成だけに使ってもいいとすら思ってるんだ」
予想よりずっと期待されていたらしいと理解して嬉しさと重圧の両方をひしひしと感じ始めたマファルダに、どうやら今ようやく会話の要旨を理解したらしいクラッブが、一言だけ確認をした。
「楽しいだろ? クィディッチ」
「あ。それはまあ、うん。すっごく楽しいわ」
「じゃあ決まりだな」
まだ戸惑っているマファルダの視界に、観客席から降りてきたらしいフローラとヘスティアが向こうから駆け寄っていくる姿が捉えられた。
「すごかったわマファルダ」「おしかったわねマファルダ」
一見すると表情が変化しているようには見えないこの瓜二つの双子のルームメイトたちが実際には今とてもとても興奮していると、マファルダはとっくに見抜けるようになっていた。
一方、スリザリンチームの面々より一足先にクィディッチ競技場を後にしようとしていたハリー・ポッター率いるグリフィンドールクィディッチチーム一同は、ルーナと一緒に声をかけてきた思わぬ観客たちの姿に驚かされていた。
「ジネブラちゃんもハリーくんもホントに上手に飛ぶんですね! ぶちょうが言ってたとおり!」
「あのスリザリンのシーカーの子、1年生なんですってね? すごいわね彼女」
その2人の魔女の片方はジニーやルーナと同い年くらいにしか見えないあどけなさの残るティーンエイジャーそのものの姿と小柄な体格をしていて、もう1人は対照的にロンと同じくらいに背が高くスラリとした体格で、艷やかな栗色の髪を腰まで伸ばしている。
「……あなたたち2人ともまだ居たの。神秘部に帰らなくていいの?」
どうやら帰ってなかったらしい2人の神秘部職員の魔女、クローディア・クランウェル=ブラックとオードリー・オリバンダーの両名に、ジニーが怪訝そうな視線をぶつけながら質問した。
「お泊りできるお部屋をぶちょうに教えてもらったんですよジネブラちゃん! 頭の中でほしいもの考えるとそれが出てくるお部屋だって話でですね、あたしふわふわのベッドで寝たいってお願いしたらホントにそれが出てきたんです! オードリーちゃんと一緒に寝られるおっきいベッド!」
「…………お泊り会とっても楽しめて良かったわねクローディア」
「はい! あたしこのこと日記に書いたんです昨日の夜!」
クローディアの頭を撫でながら、この女ほんとうにチャーリーと同級生なのかしらと、ジニーは何度目やら判らない呆れにも似た驚きを改めて抱いていた。
よくもここまで純真なままでいられるわねとジニーはアストリア・グリーングラスを見ていても時々そう思うのだが、しかしその度に自分に可憐さが欠けているような気になって、私も思い切ってもっと可愛い子ぶってみようかしらなどと、血迷った発想が心に浮かんできてしまうのだった。
「ところでハリー・ポッター、あなたたちって今日これから例の特別授業の1回目よね?」
オードリー・オリバンダーから急にそう問いかけられて、ハリーは自分が今の今までそれを完全に忘却していたと気づいた。申し込みもとっくにしたし受講料だって何日も前に納めたのに、それっきりずっと今までそのことを忘れ果てていて、今に至るまで何も準備をしていないと。
「あっ、そうだね。そうだった。そうだよ。今日これから僕ら『姿くらまし』を習うんだった」
クィディッチの試合に集中していたからというのは理由の半分であり、言い訳でもあった。
昨日あのスラグホーンの本当の記憶を見て、それからあの先生とダンブルドアとハグリッドとマートルと話して、それによって遂に知ったヴォルデモートを斃すための具体的な手順のことで、つまりは分霊箱に関することで、ずっとハリーの頭はいっぱいだったのだ。
「『姿くらまし』できるとできないとじゃ大違いよハリー。例のあの人と戦うのにも、きっとよ」
ジニーにそう声をかけられたハリーは、確かにそうかもしれないと、分霊箱について考えを巡らせるのだってドラコの企みを暴くのだって重要だし母さんの「6年生用上級魔法薬」の本に隠された秘密を暴く鍵らしい「誰でも知ってる簡単な呪文」だという合言葉の正体も気になるが、しかしそれらと同じくらい、日々の学業をこなし目の前の課題に挑み、身につけられる魔法や技術や知識をひとつひとつ着実に習得していくことも大切で、それだって確かにヴォルデモート打倒へ繋がる道なのだと、ハリーは皆と共にホグワーツ城内へと歩きながら決意を新たにしたのだった。
「それであなたも一緒に来るってわけねクローディア?」
「はい! あたしも受講するんです姿くらまし教習コース。6年生だったとき受けそこねてそれっきりになっちゃってたので。良い機会だからってフォーリー局長が予算くれたんです!」
ハリーが考え事を中断して声のした方に意識を向けてみれば、クローディアがジニーに手を繋いでもらっていた。
そのあとロンに話しかけられるまで、ハリーはジニーの横顔に見惚れていた自覚が無かった。
次回、ウィルキー・トワイクロス。