104年後からの今 作:requesting anonymity
「じっとしててくれないかしらウィーズリー。ブサイクになっても責任とれないわよ」
パンジー・パーキンソンがロン・ウィーズリーに杖を向け、深呼吸するのに5秒使ってから慎重に杖を振り、明確な発音を意識して呪文を唱える。
「クリヌス・ムート」
ロンの頭髪はパンジー・パーキンソンの呪文によって一気に長く伸び、色も真っ白に変わる。
「こんなユニコーンの尻尾みたいにツヤツヤだったっけ? もっとくたびれてなかったかな?」
「くたびれた髪質にしようとしたけれどこうなったのよフィンチ=フレッチリー」
「そりゃ失敬。身長はどうだったっけ……いつも見てるのになぁーー……」
ホグワーツの生徒たちが魔法生物飼育学の特別授業でシリウス・ブラックとクリーチャーやペニーとドビーなどを教材として「屋敷しもべ妖精」についての知見を深めた、その翌日。
窓から日差しは差し込むけれど窓枠に積もった雪が溶ける様子はない昼過ぎの変身術の教室で、数人ずつのグループに分かれた6年生たちがそれぞれ取り組んでいるのは、マクゴナガルが気まぐれを起こしたとしか考えられないほど一足飛びに難易度が上昇したN.E.W.T.レベルの授業課題。
それも「変身術の授業を7年生までやり終えれば問題なくできるようになりますよ」と当のマクゴナガルが言い放ったホグワーツの変身術のカリキュラムの最高峰「人間の変身」の総決算とも表現するべき内容だった。
「校長先生が私より背が低いわけないと思う」
「賛成だデイビス――おっと悪いゴールドスタイン!」
加減を間違えたザビニによって天井スレスレの背丈にされたアンソニー・ゴールドスタインは、「老け薬」でも服用したかのように真っ白で長いヒゲとシワシワの肌になっている。
「目の色も青に変えなきゃいけないんだけど――覚悟は良いかしらグリーングラス」
眼球を呪文で狙われるのって怖いわよねと気づいたハーマイオニーが事前に確認をとる。
「やってちょうだいグレンジャー。失敗したってマクゴナガル先生が治してくださるわよ」
「あなたのお母上は7年生の時、同級生だったミスター・ブラックの両目をこの授業で綺麗なダリアの花に変えましたよミス・グリーングラス。右目が赤い花に、左目が黄色い花になりました」
今日の授業では皆さんにお互いをアルバス・ダンブルドア校長先生の姿に変身させていただきます、と発表した時と同じくらい気軽な口調でマクゴナガルがかつての卒業生の思い出を語った。
そうかあシリウスにそんな面白い思い出があったのかあこの授業が終わったら「両面鏡」で詳しく訊いてみよう教えてくれるかなと根本的な勘違いをしながら、ハリー・ポッターは杖を振った。
「わ゙ぁーあごめんダフネ!!」
いくらハリーが実技なら学年トップクラスだとて、ただでさえ難しい変身術の何段階もカリキュラムを飛ばして先取りされた課題が、余所事考えながら取り組んで上手くいくはずもなかった。
「視界がとっても気持ち悪いんだけれどアナタ私に何をしてくれたのかしらポッター」
グレンジャーの奴が息を飲む迫真の表情が10以上にもブレて重なって視界を覆い尽くしているので、ダフネ・グリーングラスはえらいことになっているのだろうとは察していた。
「ねえ、ねえ私どうなってるの? ねえブラウン鏡貸してくれないかしら鏡――」
「アナタたくさんの目玉がオデコにびっしりよグリーングラス」
ラベンダー・ブラウンに手鏡を貸してもらって自分の顔の現状を確認したダフネ・グリーングラスは反射的に嘔吐しそうになりつつも堪えてから、13個に増えた目の全部でハリーを睨んだ。
「ごっ、ごめんねダフネ……」
「良いのよポッター。とっても難しい課題だし、交代したら次はアナタが呪文浴びる役だもの」
言葉では容赦したかのような内容を述べたダフネだったが、しかしその厳しい表情には、近いうちに何かで埋め合わせなさいという大陪審の判決がハッキリと書き込まれていた。
「こちらをお向きなさいミス・グリーングラス。……
皮膚のシワや髪の色といった他の進捗はそのままにダフネの額にたくさんできた追加の目玉だけを事も無げに消し去ったマクゴナガルの杖捌きは、スリザリンの面々すら感服させるものだった。
「僕らがやったら髪とか肌とか体格とか全ての変身が一緒くたに解除されるだろうなザビニ」
「そうなるだろうなノット」
「私ダンブルドアってもうちょっと鼻が高かった気がする」
セオドール・ノットとブレーズ・ザビニとトレイシー・デイビスは3人がかりで、順調にアンソニー・ゴールドスタインをアルバス・ダンブルドアの外見へと少しずつ一部ずつ変身させていく。
「…………似ないな……ほらゴールドスタインちょっと鏡見てみてくれ。これが今のお前だ」
「ベロベロに酔っ払ってる人が相手なら、『ダンブルドアの親戚です』って言えば騙せるかも」
「だよなぁ」
ダンブルドアに親類縁者がいるなんて聞いたこともないぞとか考えているようでは成功なんかしないと理解しているザビニはそこで無駄口叩くのをやめ、再び課題に集中し始める。
ノットとザビニとトレイシー・デイビスによって変身術をいくつもいくつも施されて徐々にアルバス・ダンブルドアへと近づいているアンソニー・ゴールドスタインは、今のところ髪とヒゲの色と長さがダンブルドアと同じなだけの、誰がどう見たって赤の他人の別のお年寄りだった。
「マクゴナガル先生、私たちどうしてブルストロードをお婆ちゃんにしかできないのかしら? どこを改善すればお爺ちゃんにできるの? ダンブルドアってお婆ちゃんじゃあないわよね?」
「まさにそれを計算で解決する問題がN.E.W.T.の筆記で頻繁に出題されますよミス・パチル」
マクゴナガルから具体的なアドバイスを引き出すことに失敗したパーバティは、テーブルもろとも教室の隅に寄せられていた教科書の「上級変身術」を手元まで呼び寄せると、その分厚いページを開いて広範な記述の中から助けになる情報を探し始めた。
「こういう時に何が起きてるのかを説明する公式とか定理とかそういうのが確か……」
それを以前の授業で習ったことだけが、パーバティの記憶にかろうじて残っている。
「えぇぇーーーっと……ダっ『ダンブルドアの法則』?」
「校長先生の名を関する法則は変身術に限らない広範な分野にまたがって複数存在しますが、今回あなたがぶつかっている壁を突破するための最も適切な手がかりではありませんよミス・パチル」
一番ありそうな単語をとりあえず言ってみたらマクゴナガル先生がヒントをくれたので、パーバティは教科書をめくりながら、これ幸いとそれらしい単語を思いついた端から連呼していく。
「人造生物の外見優位性原理! はサーペンソーティアとかが上手くいかなかった時のやつで詳しい説明は7年生になってからだってセルウィンが言ってたし……『サン・ルージェンの公式』?」
パーバティが「サン・ルージェン」と言った途端、マクゴナガルは渋い顔になった。
「その名前をそう発音するのは間違いですし、今回取り扱う公式でもありませんよミス・パチル」
んむーと唸ってまた教科書とにらめっこを始めたパーバティと同じく、ハーマイオニーやノットやジャスティンなども実技で躓いたら座学を思い出して公式や定理といったものに助けを求めることが度々あったが、しかしハリーやディーンやトレイシーなど過半数の生徒はそうではなかった。
「こんなツリ目じゃなかったよな――あれ今度は垂れ目になりすぎたな……」
ハリーがダフネの顔に向けた杖を何度も振っているすぐ後ろの班では、ザカリアス・スミスがパドマ・パチルの外見をちょっとでもダンブルドアっぽくしようと試行錯誤を続けている。
「髪の長さとか艶とか変更しすぎてよくわかんなくなっちゃったから1回
ザカリアス・スミスからなんとも気楽な口調でなされた許容し難い提案を受けて、ワックスで固めたみたいに立派なカイゼルひげを生やしたパドマは視線に嫌悪すら込めてスミスを睨む。
「…………私に引っ叩かれたいならそうしなさいザカリアス・スミス」
「カルボリオ!」
パドマに思いっきり引っ叩かれたザカリアス・スミスが吹っ飛んで尻もちをついた。
「フューモス!」
「エバネスコ!」
去年神秘部で死喰い人たちと戦った時くらい素早く反応したハーマイオニーが煙幕を充満させてパドマの全身を視線から覆い隠し、ほぼ同時に動いたパーバティが床に落ちたパドマの頭髪などを杖の一振りで綺麗さっぱり「消失」させた。
「
パドマに優しく声をかけたハーマイオニーが無言で再び杖を振って煙幕を完璧に消す。
「ちょっといいかしらスミス?」
「なんだいパーバテぃ痛!!」
パーバティがスミスを引っ叩いても、マクゴナガルは減点どころか咎めもしなかった。
「信っじられない……信っじられない……」
煙幕が消えて再び姿が見えたパドマがどうして目に涙を貯めて真っ赤な顔してザカリアス・スミスを睨みつけているのか、正しく理解している男子はザビニくらいだった。
そして正しく理解しているからこそ、ザビニは口が裂けても解説などするわけにはいかない。
頭髪を全て抜け落ちさせる呪い「カルボリオ」は、唱え方によっては全身の毛が残らず抜けることもあると、ザビニはしっかり覚えているのだから。
頭髪だけでも耐え難いだろうに、もし頭髪ではないものが1本でも落ちているのを見られた日にはもはや
(場合によっちゃどんな呪いをかけられてたか判らんぞ。危機一髪だったなザカリアス・スミス)
嗤ってしまわないように気をつけながら、ザビニはアンソニー・ゴールドスタインをアルバス・ダンブルドアへと変身させる作業を再開した。
一方、女の子たちが怒っている時は関わらないのが最良の選択だと過去の事例から学んでいるハリー・ポッターはと言えば、僕は今日は欠席ですよというくらいにおとなしく息を潜めていたものの、しかしダフネ・グリーングラスをダンブルドアにするための助けになりそうなアイデアを思いついてしまって、そしてそれには誰かの助けが必要で、声を出さなければいけなくなった。
「ねえロン、きみさ、蛙チョコレートのダンブルドアのカード持ってるよね」
「7枚持ってるけど、今は持ってないぞハリー。ぜんぶ寝室」
パンジー・パーキンソンとジャスティン・フィンチ=フレッチリー、そして寝室がトレイシー・デイビスと同じなもう1人のスリザリンの女子によってダンブルドアの外見へと変身させられているロン・ウィーズリーは隣の班のハリーから投げかけられた提案を却下するしかなかったが、しかしロンの周囲で同じ課題に挑んでいる他の科目よりも少人数の生徒たちの中には、授業中なのに蛙チョコレートのカードがポケットの中に入っている些か不届きな生徒も居た。
「なんで今そんなもん持ってるんだデイビスお前」
「めげそうな時に見る私の心のお守り」
トレイシーの回答を聞いてノットはそれ以上の追及をやめたが、ザビニはそうではなかった。
「心がくじける予定があるのか?」
「心がくじけないって自信が無いの」
またジメジメとした表情になってしまいながらトレイシー・デイビスがポケットから取り出した五角形の綺麗なカードを、ザビニとノットだけでなく周囲の皆が寄ってきて覗き込む。
「こんな顔だったかダンブルドアって…………?」
参考画像などを一切見ないまま延々と記憶のみを頼りに同級生をダンブルドアへと変身させるべく悪戦苦闘していた6年生の変身術受講者たちは、とっくに正常な感覚が麻痺していたのだった。
それからしばらくして、変身させられる役をそれぞれの班で交代してからも誰も出来栄えに納得ができないまま、残り時間を全部使ってアルバス・ダンブルドアもどきを量産して、ヒトを変身させるのがどれだけ難しいのかを実体験するだけでその日の変身術の授業は終わってしまった。
「お前いくらなんでもクソデブすぎやしないかポッター」
「すっごく歩きづらいよザビニ。ていうか立ってるだけでしんどい」
「呪文の加減がぜんぜん上手くいかなかったのよザビニ。修正しようとすればするほどポッターがブクブク太っちゃって……」
言い訳を述べたダフネ・グリーングラスは居るだけで周囲に威圧感を及ぼす筋骨隆々のダンブルドアで、ザビニは身長がフリットウィック先生くらいしかないミニチュアのダンブルドアだった。
そしてもちろん程度の差こそあれど皆、顔もあんまりダンブルドア本人には似ていない。
「ダンブルドアってそんな団子っ鼻だったかしらラベンダー・ブラウン」
「いーえ全然。私に魔法をかけたハリーとハーマイオニーとダフネだってそれは判ってるわよ。でもアナタこそどうしてそんなガリガリに痩せたお婆ちゃんになっちゃってるのブルストロード」
ラベンダーからミリセント・ブルストロードへの質問に返答したのはブルストロード当人ではなく、ブルストロードに変身術を施した内の1人たるパーバティ・パチルだった。
「わたし結局『上級変身術』に書いてあることからヒントは見つけたけど、それを自分の杖で実際に成功はさせられなかったのよね……」
ラベンダーとミリセント・ブルストロードの会話に横から参加したパーバティ・パチルもお爺さんの姿になっているが、その顔はどちらかと言えばスラグホーンに似ている。
しかしいちばん酷い有様なのは誰が見ても首から上が無い代わりに胴体にダンブルドアっぽい目と鼻と口があるザカリアス・スミスだろう。
「ああスミスお前どうして上半身裸なのかと思ったら、脱いでなきゃ前が見えないのか」
「そう」
実物はここまでじゃないと確信できるほどに醜いヨボヨボの身体をスミスの奴はどうして見せびらかしたいのやら、とずっと考えていた上半身だけ概ねアルバス・ダンブルドアなセオドール・ノットは、自分の腰から下がニワトリのそれになっていて両腕が翼になっている事実には決して意識を向けるまいと心の中で努力していた。
「ごっ、ごっあのぅ……ごめんねノットくん…………」
「気にするなデイビスお互い様だ」
ノットの倍の背丈がある大型ダンブルドアのトレイシー・デイビスは、あたかもこれからステージに上がって観客を楽しませるかのようにド派手な赤紫色で足元まで統一された燕尾服と襟首をほとんど覆い隠すでっかい蝶ネクタイを着用させられていて、燕尾服も蝶ネクタイも同じく赤紫色の靴までも目が眩むほどきらびやかな大量のスパンコールでびっしりと覆われている。
トレイシーを変身させたザビニとノットとアンソニーが3人ともダンブルドアの普段の服装を正しく思い出せなかった上に「蛙チョコレートのカードなんてとっておきの一張羅にしてもらうんじゃないかな。これ普段着じゃないと思う」というアンソニーの血迷った意見は採用されたのだ。
「こんなスパンコールまみれの目が疲れる燕尾服が普段着の人間がホグワーツの校長でたまるか」
トレイシー・デイビスを変身させている時の自分たちはとうに集中力など使い果たしていたのだと今ようやく気づいたノットは、トレイシーの姿を見続けるという方法で己に反省を促していた。
そうして1人ひとり少しずつ違うアルバス・ダンブルドアもどきの外見のまま、なぜか誰もマクゴナガルに元の姿に戻してくださいとお願いせずに、ハリーたちは次の授業に向かったのだった。
「ふふふ」
生徒が全員教室から出ていってしまった後で、マクゴナガルは少しだけ笑った。
「あデニスとナイジェルだ脅かしてやろ。おーい2人とも!」
闇の魔術に対する防衛術の教室へと移動する途中で見つけた前方を歩いているグリフィンドールの3年生でマグル生まれの仲良し2人、デニス・クリービーとナイジェル・ウォルパートに、トドの群れのボスくらい大きく太ったアルバス・ダンブルドアもどきのハリーが一歩ごとに地面が揺れている気すらする膝に負担がかかりそうな足取りで背後から近寄っていって声をかける。
「ハリー!」
「ハリー! ねえハリー6年生ってこれから何の授っ…………」
デニスと一緒に振り向いたナイジェルは、口を開けたまま視線すら微動だにしなくなった。
「…………はりい?」
「やあナイジェル。これから呪文学かい?」
あまりにも太りすぎているダンブルドア似の怪人物から確かにハリーの声がしたので、ナイジェルは3年生用の「基本呪文集」を床に落としてしまった。
「落としたわよウォルパート」
「あっあっあっありっありがとう…………パンジっ……ダフネ……?」
僕の腕なんか指でつまんでへし折っちゃえそうなくらいの筋肉をしたボディビルダーみたいなダンブルドアに3年生用基本呪文集を拾ってもらったナイジェルは、声だけを頼りにそれをダフネ・グリーングラスだと判断した。
「おや、よくグリーングラスだって判ったなウォルパート」
「こんにちはクリービー。あなた髪に鳥の羽根が引っかかってるわよ」
フリットウィック先生くらいしかない小型のダンブルドアと心配になるほど痩せ細ったダンブルドア似のおばあちゃんに話しかけられて、デニスはもはやパニックを起こす一歩手前である。
「それジョバーノールの羽根じゃないかしら? 記憶に関する魔法の効果があって真実薬なんかの材料になる。スラグホーンに見てもらえば確かにジョバーノールの羽根かどうかを鑑定してくれるし、買い取ってくれるかもしれないわよ。もちろんピピンの店で買うより安い値段でしょうけど」
今のは声と発言内容からしてハーマイオニーだろうとはデニスもナイジェルも推測できたが、しかしその推定ハーマイオニーは真っ白で長い髪もヒゲも服装も体格も目や鼻の形もダンブルドアによく似ていて、とってもフサフサな左右の眉毛が1本に繋がっていた。
「あれっハーマイオニー指多くない?!!」
ハーマイオニーであろう眉毛つながりダンブルドアもどきの左手をよく見てみれば指が20本くらい生えてると気づいて、デニスは大きな声を出してしまった。
しかしそのダンブルドアもどきはデニスに何の返答もしてくれずに、ただじっと見つめてくる。
「ハーマイオニー…………?」
真顔で見つめ返されて、デニスは戸惑う。
「バレちゃあしょうがないわねデニス・クリービー」
「ぇッ」
「あなたたちも、ダンブルドアになりましょうか」
「ぇッ」
ハーマイオニーであろう眉毛つながりダンブルドアもどきがこれ見よがしにゆっくりと、指がうじゃうじゃと大量に生えている左手で杖を取り出すのを見てデニスはビクリと怯んだ。
一方ナイジェルはナイジェルで、誰なのかという類推すら不可能な、下半身がニワトリのそれで左右の腕があるべきところから翼が生えている鳥人間ダンブルドアと、目が合ってしまっていた。
「おいウォルパート」
「ゎぁ喋った……えっとえっと………ノットかな……? えっとあの……なに…………?」
「コケコッコー。」
お説教でも始まるのではなかろうかと思えるほど冷酷な表情のニワトリダンブルドアがメモでも読み上げているかのように平坦な発音でニワトリの鳴き声を述べたために、ナイジェルの心にはナイジェル本人にも正体の解らない恐怖がぞわりと湧き上がってきた。
「逃げようデニス!!!」
「逃げようナイジェル!」
仲良しの2人はお互いがお互いへ向けて同時にそう提案し、大慌てで走って逃げていった。
「走る速さが完全に同じなのねあの2人ったら」
もったりした団子っ鼻のダンブルドアが愉快そうにクスクス笑いながらそう呟き、後輩で遊んで満足したハリーたちは再び次の授業たる闇の魔術に対する防衛術の教室へと移動を再開する。
そうしてハリーたちが闇の魔術に対する防衛術の教室に到着してみればネビルを始めとする6年目の変身術の授業を取っていない同級生たちは未だ来ていなくて、その代わり椅子もテーブルも全て片付けられた後らしい教室には、スネイプが既に居た。
ハリーたちがダンブルドアに変身しそこなった姿のままでいることをデニスとナイジェルは驚いてくれたが、スネイプはそうではなかった。
「我輩の前でアルバス・ダンブルドアの姿を装うとは」
外にどれだけ雪が積もっているかを思い出させるほど冷たい声でそう呟いたスネイプが顔に投げつけられた雪玉でも払い除けるかのように不愉快そうな表情をして右手を素早く振ると、教室に着いたばかりのダンブルドアもどきたちはそれだけで1人残らず自分本来の姿に戻されてしまった。
「おはようございますスネイプ先生」
「おはようミスター・ザビニ」
スネイプってスリザリン生が相手だと挨拶に返事とかするんだと、グリフィンドール生が同じことをしても返ってくるのは厭味だろうにと、ハリーは内心びっくりしていた。
まさか挨拶なんて朗らかな行為がスネイプに可能だとはハリーは想像だにしていなかったのだ。
自分がホグワーツに入学してから今までにスリザリン生とスネイプが挨拶を交わす場面を何回くらい目撃したのかなんてこれっぽっちも興味がないので覚えていないハリーは、そんな光景は一度だって見たことがないと信じていた。
「あ。ハリーたち皆もう居る」
ほどなくネビルや他の同級生たちも合流し、遅刻寸前の時間にドラコが教室にやってきて、闇の魔術に対する防衛術の授業が始まるのだった。
「本日も前回に引き続き1人ずつ閉心術の実践指導を行う。諸君らのうち誰かが閉心術の指導を受けている間その他の者たちは『目の前の者と』ペアを組み杖無し呪文の訓練を行う――」
「プロテゴ!」
ハリー・ポッター以外の6年生全員が、チェスの駒を魔法で全部まとめて並べ直したように立っている場所と身体の向きを強制的に変更させられ、授業の始めにまずこの再配置が行われるのは判っていたのに盾の呪文が間に合わなかったほとんどの生徒たちが悔しそうに唸る。
「ミスター・ポッターに1点。貴様は前回の貴様と比べても反応速度が上がっている。ミスター・マルフォイ1点減点。最も反応が鈍かったために……寝不足かね? あらゆる目標や理想はまず己の生活習慣を制御するところから始まると既に学んでいるべき年齢だろう」
ドラコは実際には全く寝不足などではなかったが、しかし一言も反論しようとはしない。
「よっ、よぉろしくお願いします……」
1人だけスネイプの目の前に配置されたトレイシー・デイビスは、最初に閉心術の訓練を受けるのは自分なのだと察してさっそく緊張し始めている。
「では目の前の相手に杖無しで呪いをかける。目の前の相手の呪詛を杖無しで凌ぐ。このときに無言であればなお良い。始め給え」
「デバルソ!」
スネイプが説明を終えた瞬間にトレイシーは両手の掌をスネイプの顔に向けてそう唱えたが、しかし特に何も魔法による事象が発生することはなかった。
「ゎぁぁぁぁぁごめんなさいぃ…………」
今からスリザリンは2億点くらい減点されますみんなごめんねと、トレイシーは怯えている。
「何を謝るミス・デイビス。殊勝な心がけ、大胆不敵な挑戦。しかし手を杖かのように見立てるという方法で杖無し呪文を行使せんとするのならば両手ではなく片手で、いずれかの指1本だけに集中力を注ぎ込むべきだ。あるいは単なるハッタリで魔法など発動しない前提ならば、その場合こそもっと迫力が必要なのだから『お前を絶対に殺してやるぞ』と強く意識くらいするべきだろう」
「えっあっ、はい!」
どうやら自分は殺されないらしいと理解したトレイシーの両肩から力が抜ける。
「閉心術の準備のために10秒やろうミス・デイビス。開示したくない記憶は意識せぬように」
そんなこと言われたら誰だって見られたくない記憶を想起してしまうと解っていて言ってるんだろうスネイプとハリーは心の中で毒づいたが、しかしすぐにその程度で閉心術に失敗する奴は実際に閉心術が必要になった時に成功などできないと気づいて、スネイプに意識を向けるのをやめた。
スネイプが、トレイシーのつるんとしたおデコに右の掌を翳す。
「レジリメンス!」
それから数秒ほど沈黙したスネイプは、片方の眉をわずかに動かしてトレイシーに質問をする。
「アルバス・ダンブルドアの隣は誰かねミス・デイビス」
挿絵という単語を口にしないのはスネイプの慈悲と言うほか無かったが、しかしそれだけでもトレイシーはどの記憶に注目されてしまったのかを即座に理解して、一気に顔を紅潮させていく。
「み゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙~ぇグぅぅ……グリンっ、グリンデルん、グリンデルバルドでしゅ…………」
耳まで真っ赤になりながらも、トレイシーは説明する。
「あれが、かね? ダンブルドアと比較すると本人との顔かたちの差異が大きいようだが」
「そぉれはぁぁ私たち誰もグリンデルバルドの顔なんてしぃ知らないですから、そのそのそのあのですね、こっ、こっこっこけっ、こっ、こうだったら、いいなあって欲ぼ理想をですね……」
元気爆発薬でも飲んだのかと思うほどトレイシーの顔は熱を帯びていて、耳から蒸気が噴き出したって何もおかしくはなかっただろう。
「成程」
それだけ言ったスネイプの顔にはいかなる感情も浮かんでおらず、ハリーにも誰にも何ひとつ読み取ることなどできない。
「ミスター・ポッターは我輩の前に。デイビスはポッターが居た位置に収まり給え」
すれ違ったトレイシーが発するひゅうひゅうという妙な呼吸音がハリーにも聞こえた。
そして哀れなトレイシー・デイビスが羞恥のあまり耳から蒸気を出しながらハリーの元いた位置に立ってみれば、杖無し呪文の練習相手はセオドール・ノットだった。
「ぅ゙ぅ゙ぅ゙ーぅぅあたしをお嫁にもらってくださいノットくん……」
よりにもよってスネイプせんせに見られるなんてもうお嫁に行けないこんなあたしを貰ってくれる慈悲深いお方なんて他にはと、トレイシーは大いに錯乱している。
「お前そんな散らかりきった精神状態で杖無し呪文なんか成功するのかデイビス」
いま自分の口からなんという言葉が出たのかを理解しているようには見えないトレイシー・デイビスの心が冷静さとは程遠いことくらい、開心術など使わずとも顔を見るだけで誰にでも解った。
あらノットったら断らなかったわね断らなかったわよと、トレイシーの同好の士たるルームメイトたちが大きな石の裏に潜む虫のように蠢いてノットの単なる優しさを拡大解釈し始める。
「レジリメンス!」
クリスマス休暇中ルーピンからじっくりと閉心術の訓練を受けたので、ハリーは「こっちを見ながらポテトチップスを貪り喰うダドリー」という好きなだけ見てもらっていい光景だけに意識を全て集中して、他の喜びやら悩みやらはダドリーの子ゾウみたいな尻の下敷きにすることができた。
10年以上もの歳月をかけて醸成されたイメージというものはそうそう払拭できるものでもなく、贅肉を落とし筋肉を鍛えてすっかり精悍で健康的な体型に変貌したと知っているのにもかかわらず、ハリーの脳内に住んでいるダドリーは未だにダイエット開始前のデブっちょのまんまである。
「ポッター貴様が閉心術の才能をまるで持ち合わせていないことを勘案すればこれは大いなる前進だと言えるが、しかし読まれても構わない記憶だけで脳裏を満たすという方法は閉心術を習得するためにまず試みられる入門の第一歩めであり、呪文学におけるウィンガーディアム・レヴィオーサであり、閉心術としては甚だ不完全極まると理解しておきたまえ。読まれても構わない記憶を読まれてしまっては、開心術に秀でた者ならそれを入り口として貴様の心の底まで探ることができる。そして何より、他ならぬ闇の帝王は開心術という分野においても誰より秀でておられるのだから」
わざわざお教えいただかなくたってもうその話はとっくにルーピン先生から習いましたと言ってやりたいのを、ハリーはどうにか堪えた。
「であればグリフィンドール1点減点。休暇中に修練を積み優秀な指導者から助言を受けたにもかかわらずまだこの段階というのでは、閉心術を習得する前に死ぬかもしれんなポッター……そしてミス・パークス、ミス・パーキン、ミス・トーク、ミス・ダダーリッジ。1人1点ずつの減点。余暇に楽しむべき趣味についての思索に耽るのは余暇にすべきであり、授業中にすべきではない」
何を考えていたのかを正確に見抜かれたハリー・ポッターは油断も隙も無いなスネイプめと心の中で悔しがったが、一方で仲良く減点されたトレイシー・デイビスの同好の士にしてルームメイト4人は「あらやだスネイプ先生ったら頭に手を翳さなくても開心術使えるのね」「じゃあ名指しで閉心術の練習させる時は心の準備がしやすいように判りやすく唱えてくださってるのね」と、スネイプが行使している開心術について、すこぶる暢気で好意的な勘違いをしていた。
まさかスネイプがレジリメンスと一言唱えただけで教室にいる全員が同時に開心術の脅威にさらされているとは、ハリー・ポッターも、日陰に咲く花のようにかしましいトレイシー・デイビスのルームメイトたち4人も全く想像だにしていなかった。
「プロテゴ! ヤケになっちゃダメだよゴイル」
盾の呪文を杖無しで発動こそさせたがどう見たって強度が足りなかったネビルが、杖無しで呪いを放てなくて忍耐の限界を超えたらしいゴイルがついに放った強烈なパンチを冷静に躱す。
「ミスター・ロングボトムの顕著な進展に1点」
ネビルが実戦で通用する水準に達していないとはいえ盾の呪文を杖無しで発動することには成功したと気づいていたらしいスネイプが、レイブンクローのテリー・ブートに閉心術の実技指導をしながら目ざとくネビルに得点を与えた。
今年からグリフィンドール生に得点をくれるようになった理由が未だによく解らないのもあって、ハリーたちは誰も「杖無しで盾の呪文を唱えられたのにたった1点か」とは思わない。
加点と減点の判断こそ劇的に公平になったものの、スネイプがくれる点数は一貫して渋かったし、特に今年度始めにハリーが無言で守護霊呪文を成功させた時のような「際立って難易度の高い挑戦」を成し遂げた者に対しての加点は抗議したくなるほどに少なかったが、しかしハリーたちは皆、とうにこのスネイプの兵糧攻めみたいに厳しい新たな採点基準に慣れてしまっていた。
「確かにそれは閉心術だが、数秒しか持続せんのでは実戦では役には立たんなミスター・ブート。我輩が貴様の額に手を翳してから『レジリメンス』と唱え終わるまでの数秒。その間の貴様の精神状態が初級の閉心術だ。それをより長く維持するように努め給え。次、ミス・パドマ・パチル」
指名されたパドマがスネイプの所へと向かうのと入れ替わりに、パドマが元居た位置にテリー・ブートが収まる。
「よろしくザビニ」
「よろしくブート」
ブート家は昔から純血を重要視していないが、しかしアメリカの魔法学校イルヴァモーニーの共同創設者に含まれるチャドウィックとウェブスター・ブート兄弟にも連なる家系であり18世紀には英国魔法大臣をも排出したので、純血を尊ぶ家系に生まれた者にもその家名は広く知られている。
「わっ!」
ザビニはなんと杖無し無言で武装解除呪文を放つことに成功するという素晴らしい成果を挙げたが、しかしまるで威力が足りておらず、テリー・ブートは単に手の中で急に大きく動いた自分の杖を慌ててしっかり握りしめるだけで武装解除を阻止できてしまった。
「ダメだな。こんな糸クズみたいな出力じゃ何を唱えられたところで無意味だ」
「ミスター・ザビニに2点。素晴らしい。校長もお喜びになるだろう」
またしても視界に入っているようには見えないのに目ざとくザビニに加点してから、スネイプはパドマ・パチルの額に掌を翳して数秒待ってから「レジリメンス」と唱えた。
「…………ザカリアス・スミス。30点減点」
「えっなんで!!?」
今ぼく真面目に頑張ってたのにとでも言いたげなザカリアス・スミスは、前の変身術の授業中に被った「
「スネイプが理不尽に減点するのなんて今に始まった話じゃないだろ」
練習相手のロンからそう指摘されて、ザカリアス・スミスは不満げに黙った。
そしてそのままネビルとザビニ以外にもハリー他数名の生徒が貧相極まる出力とはいえ杖無し呪文に成功し、端的ではあるが全員が個別に閉心術に関するアドバイスを貰い終え、最後に「授業中一瞬たりとも閉心術を解かなかった」という理由でドラコに10点が与えられて、今年度はずっと難易度が高い課題ばかりな「闇の魔術に対する防衛術」の、この日の授業は終了したのだった。
「こんなの授業の主旨に反するだろゴイルお前…………ヴぇっ」
「盾の呪文ってだいじなのは防げたかどうかで、唱えられたかどうかじゃないだろフィネガン」
授業終了間際にシェーマスがやっと杖無しで発動させた弱々しい盾の呪文を掻い潜ってお腹に強烈なパンチを命中させたゴイルは、吐きそうになりながら立ち上がろうとして足がフラついている生まれたてのユニコーンみたいなシェーマスを眺めて、なんとも満足げだった。
「移動時間足りるかしら……ピーブズに出くわさなきゃいいけど……」
次は空きコマだったり占い学だったり数占いだったりするので教室から出たハリーたち6年生はそれぞれの移動先へと散らばっていき、占い学の授業に向かう前に呪文学の教室に行って明日が提出期限の宿題をフリットウィックに渡しておこうと考えたダフネ・グリーングラスだけが、寝室に置いてある宿題を取りにスリザリンの談話室へと早足で向かっていた。
ダフネは急ぎ気味の手際で寝室から宿題を回収し、別の科目の宿題と間違えていないかどうかを念のために確認してからスリザリンの談話室を後にして、最短ルートだと思っている道筋を通って呪文学の教室へと辿り着いた。
「一瞬でも早く唱えなければいけない時は、杖の先で円を描くというよりは単に手首を返すだけにするべきです。こんなふうに、手首を返すだけでも杖の先は円を描きますからね。しかし数秒ほど消費してもいいという場合はもっと腕を思いっきり振って、できるだけ大きな円を描くようにしたほうがいいです。そのほうがほんの少しですが、呪文を成功させやすくなりますから」
「そうなのね! ありがとうフリットウィックせんせ。あたしがんばる!」
ダフネが呪文学の教室に入ってみれば、そこにはフリットウィック先生だけでなく、今までここで4年生向けの呪文学の授業を受けていたのだろうダフネの最愛の妹たるアストリアも居た。
「あ! お姉ちゃん!」
姉の姿が視界に入った途端、アストリアのお顔はますます嬉しそうに輝いた。
「お姉ちゃんあたし今ねフリットウィック先生にね守護霊呪文のアドバイスもらってたの! 守護霊呪文できるようになったらあたしがお姉ちゃんを守ってあげるわ!」
「ほんとう? お姉ちゃん頼もしいわアストリア」
妹が抱きついてきたので、ダフネは抱きしめる。
「そうだわお姉ちゃんあのねあのね、あたし最近あたらしい男の子とお友達になったのよ! お姉ちゃんとおんなじ6年生だって言ってたから、あたしがお名前言ったらお姉ちゃんもしかしてその男の子のこともう知ってたりするのかなって、あたし昨日からずっと気になってたの――」
今更あたらしくお友達になった6年生ってことはスリザリンでもなくてハリーたちのD.A.にも参加してなくて、あの「地下聖堂」にも少なくともそんな頻繁には来てないってことでしょそうなると候補なんかブリシュウィックの奴かそれとも、と思案し始めたダフネは、それに続く妹の発言を危うく聞き逃してしまうところだった。
「ドラコ・マルフォイくんっていうの! すっごく素敵な男の子なんだから!」
「…………なんですって?」
とてもよくない出来事が妹の身に既に起きていたのだと、ダフネはそれだけは理解できた。
【人造生物の外見優位性原理】Principle of Artificianimate Quasi-Dominance
サーペンソーティアやエイビスなどの「無から生き物を創り出す呪文」が上手くいかなかった時に発生する不完全な創造物についての理解を深めるのに役立つ、らしい。
【ダンブルドアの法則】
公式設定には影も形も存在しないが私の妄想には断固として存在する、世界中の魔法族が1回は教わる座学頻出ワード。ダンブルドアの原理とか公式とかがいくつもの分野にたくさんあるんだ。
【カルボリオ】Calvorio
脱毛呪文。「Hair」が「Loss」するというからには素直に解釈すれば「頭髪が」抜け落ちる呪文だがHairだけだと単に「毛」であり髪だけでない体毛を広く含む。
そしてこの呪文は「
人によってはクルーシオよりも浴びたくないだろうけど、ムダ毛処理には重宝しそう。