トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1931年8月~9月 いけないこと

●1931年 8月〇日

 

 トムはいけないことをした。

 その対応があっていたのか間違っていたのか、私にはまだ分からない。一夜経った今でも、どうするべきだったのか迷っている。

 

 

 あの事件は、ウィニーの展示の前で起きた。

 ことが起きる直前、トムは――私にこんなことを言った。

 

「アイリスは、くまが見たい?」

「それはね」

 

 トムは、私が熊の物語が好きなことを知っている。

 理由は簡単で、トムが来た頃に何度も「熊さんの読み聞かせをしてあげようか?」と聞いたから。子どもに読み聞かせをすることは、いつか子どもをもったときにしたいことの1つであった。

 でも、この夢は叶わずじまい。

 トムは、基本的に自分で何でもやりたがるので「わからない文字があったらきく」と言って、読み聞かせをさせてくれない。これには、ちょっぴり残念だったけど――無理にやらせるのはよくないので我慢した。

 それでも、私の部屋には、ハロッズのティディベアが置かれているし、愛らしい熊が描かれた皿も飾ってある。

 トムが蛇を楽しみにしていたのと同じくらい、私がウィニーと会うことを楽しみにしていたことは――トムはずっと前から知っていた。

 

「でも、諦めるわ」

「……いいの?」

「悔しいけど、仕方ないわ。見たかったけど、私の位置からだと見えないもの」

 

 その直後、事件は起きる。

 まず、どよめきがわきあがった。

 私が疑問を覚える前に、ウィニーの姿が見えた。

 

 ぽんぽんっとスーパーボールのように、ウィニーが高く跳ねている。

 

 目の前にずらりと並んだ親子連れの頭を軽々越すくらい、高く高く跳躍していたのだ。一見すると、サーカスの技でも覚えたかのようだった。でも、そんなことあるはずがない。トランポリンを設置しているのかなとも思ったが、その考えはすぐに否定された。

 

「すごい! ウィニーがジャンプしてる!」

「トランポリンもないのに! 技を仕込んだのかしら!?」

「見て見てーっ! 足がバネみたい!」

 

 前方から、子どもの無邪気な驚きが聞こえてきた。

 私は、弾かれたように、トムに目を向けた。トムはウィニーを見て、満足そうな顔をしている。

 

 

 ああ、このときの私ときたら……。

 

「アイリス! くまがみえたぞ!」

 

 トムの嬉しそうな声を聞いて、いてもたってもいられなくなった。

 いろいろと込み上げてきた感情を堪えるように奥歯を噛みしめ、トムの手を握って走った。飼育員もお客さんも、他の動物たちですら、誰の目も突然、異様な行動をとりはじめた熊に釘づけ。その眼を避けるように、私はトムを連れて走った。

 そして、誰もいない木陰に隠れるように逃げ込み、……私は、トムの頬を叩いてしまった。

 

「え……」

「トム・マールヴォロ・リドル。今、あなたはしてはいけないことをしたわ」

 

 トムは目が点になっていた。

 これまでも、トムを叱ったことはあった。魔法の実験にお客様用の白い皿を使わないとか、火は危ないから一緒に使おうとか……でも、言葉での注意。

 こうして――叩いてしまうほど怒ったのは、これが初めてだった。

 

「な、なんでだよ! だって、アイリスが見たいっていうから!」

「ウィニーは飛び跳ねたかったかしら?」

 

 私は真剣に問いかけた。

 頭の片隅で幼い子に手を上げてしまった自分に対し、猛烈に罪悪感を抱きながらも……というか、日記を書いてる現在進行形で罪悪感に押しつぶされてるけど、アレはどうしても叱らなければならないことだと思ってる。

 私は感情的になってしまった自分を責めながら、努めて冷静さを心がけながら言葉を続けた。

 

「私はウィニーを見たかった。トムがね、その願いを叶えようとしてくれたことは嬉しい。その気持ちはとても嬉しいことだったけど……あれはやってはいけないことよ」

 

 トムは何も言わなかった。だんだんと顔色が蒼白になり、かすかに震え始めていた。

 

「トムもやりたくないことを強引にやらされたくないでしょ?」

「……だって、くまじゃないか」

 

 トムは小さな声で反論する。

 

「どうぶつだろ。僕たちとはちがう」

「熊も生きているの。自分で考えて生きる――私たちと同じ生き物よ。生き物を傷つけたり、無理やり操ることは、絶対にしてはいけないことなの」

 

 私は必死に考えた言葉を口にする。

 いきなりのことで仰天する頭に鞭を打って、必死に必死に考えて話した。トムに伝わるだろうか? どう話したら、どんな説明をしたら分かってくれるだろうか?

 

「……ごめんなさい」

 

 トムは傷つけられたような表情をしていた。いまにも泣きそうな顔をしている。

 

「謝るのは、私に対して?」

「……くま……ウィニーにも」

 

 トムはほとんど聞き取れないくらいの声で言った。

 

「トム」

 

 私は、トムの冷たくて小さな手を握った。

 

「私はトムのことが大好きよ。誰よりも愛している。だから、叱ったの」

 

 トムと目が合わない。

 トムが目を合わせないように、地面に視線を落としている。

 

「トムは魔法使いよ。これから、もっともっとたくさん魔法を覚えて、きっと――物語に出てくる強い魔法使いになると思うわ」

「……」

「でもね、私、やってはいけない魔法をたくさん覚えて、みんなから嫌われる悪い魔法使いになって欲しくないの」

 

 そう言って、私はトムを抱きしめた。

 

「叩いてしまって、ごめんなさい。私のことは嫌っていいわ。私に怒ってもいい。だけど、私はトムのことを愛してる。これまでも、これからも」

「……わかってる」

 

 私の腕のなかで、トムは言った。

 

「アイリスのこと、きらいになってないから」

「ありがとう、トム」

 

 トムは顔を見せなかった。

 ただ、しばらく私が抱きしめて――どれだけの時間が経ったのか。トムから離れたとき、蒼白だった顔はほんのり朱に染まっていた。

 

 

 

 それから、トムはウィニーに謝りに行った。

 あれほどたくさん人が集まっていたのが嘘のように、人はまばらだった。

 くまのウィニーはトムの言葉を聞くと、一瞬だけこちらに顔を向ける。

 そして――どこか落ち着いた表情で、蜂蜜を舐めていた。

 

 

 

 

 

 

 これが、昨日の顛末。

 

 ウィニーの奇行は、不思議なことに新聞に載っていなかった。

 思い起こせば、魔法省がこっそり動いていたのかもしれない。あれだけのことがあったのに、誰もがのんびりと過ごしていたし、人気者で注目の的だったウィニーの周りにほとんど人がいなかった。

 

 

 マグルなのに、私の記憶が消されなかったのは――どうして?

 トムの養育者だから? それとも……たまたま? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●1931年 9月×日

 

 

 トムが地元の小学校に入学した。

 制服姿のトムは、やっぱり可愛い。まじ天使である。朝からスケッチブックを手にして、パステルに手を伸ばそうとしたら、

 

「はずかしいからやめて」

 

 と、拒否されてしまった。

 残念……。

 

 肝心の学校生活は数日が過ぎたけど、トムにはあまり面白くないみたい。

 

「あのていど、とっくに知ってる」

 

 宿題も出てるけど、たしかにアルファベットの書き方とか10までの足し算。トムには物足りないことは最初から分かり切っている。一応、友だちはできたの? とは聞いたけど、トムはふんっと鼻を鳴らした。

 

「みんな、僕よりこどもなんだ。どうでもいい」

 

 まあ、それも知っていた。

 私自身、この世界に転生して初等教育を受けていた頃は、まわりが幼稚すぎてあわせるのに苦労した。一応は友だちを作って、グループの一員になり、トップの子を立てながらいじめられないように頑張っていたのを思い出す。自分で派閥を作るだけの勇気はなかったし、かといって、一人孤立した学園生活を送るのもちょっと……って感じで、子どもたちの顔色をうかがいながら生活していた。

 

「まあ、ほどほどにね」

「ほどほどってなんだよ? ともだちつくれとか言わないのか?」

「だって、友だちって作ろうと思って作れるものじゃないでしょ?」

 

 転生後に本当に友だちができたのは、10歳を超えてからだったと思う。

 本当の友だち、第一号がオリヴィア・ブラウン――現在のオリヴィア・コールだった。

 

 とはいえ、社会性を育むうえで友人づきあいというものは大切である。

 ボッチが悪いというわけではないが、トムは純血至上主義のスリザリンに配属されることが100%決まっている。マグル育ちというだけであまり良い目を見られないだろう……トムのことだから「父親が魔法使いだったけど捨てられたんだ」とか言いそうだし、実力で黙らせそうだけど……社会生活を営んでいくうえで力でねじ伏せる以外の折衝の仕方を学んでほしい。

 でも、外面だけがよくて、中身が変わっていなければ、あまりヴォルデモートと変わらないような気も……スラグホーン相手には、超優等生で物腰穏やかなトムで通ってたわけだし……うーん……。

 

 難しい!!

 

 

「同じ趣味の子がいたら、仲良くしてもいいんじゃない?」

「まほうがつかえるやつなんて、僕のほかにいるわけないじゃないか」

「魔法物語が好きな子でもいいんじゃない? トムの知らない魔法を知っているかもしれないわよ。それに、趣味のことを話すと楽しいでしょ」

 

 トムは本当に魔法しか興味がない。

 モノを浮かしたり、花を一気に成長させたり、風を起こしたり、天気を変えようとしたり――ウィニーの件があってからは、動物に魔法をかけることはなくなったのはよいけど、他にすることといえば本を読むことくらいか。本棚に並んだものを片っ端から読もうとしている。子ども用に買った本は全部読破。買い物のたびにもう少し年齢の高いものをと買い足しているが、それもだいたい全部読みつくしている。

 というか、最近では私の読む本や挿絵を担当した本にまで手を伸ばしている。

 

 

 トム曰く「本はひまつぶしだよ。ちしきはあればあるだけいいし」らしい。

 

 

 こうして書いていると、本当に君はトムは4歳なの? と思ってしまう。実は、私と一緒で転生者だったり? と思ってしまうが、これがトム・マールヴォロ・リドルなのだ。将来が末恐ろしい。

 

 

 

 さて、そのなかでトムが「アロホモラ」を習得した。

 ハーマイオニー曰く「基本呪文集第七章」に記載されているだけあり、難易度的には低い魔法であるだと思うけど、鍵開け魔法がそんなほいほいできるなんて、魔法使いの家の防犯設備は一体どうなっているのか……と思ってしまうけど、いまはそれは置いておこう。

 

 

 トムは呪文名を知らないので、杖なし&無言呪文で成し遂げた。

 

 

 

 

 我が家の「開かずの間」を開けたのである!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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