トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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●ワンダリングシャドウ完結編(下)

 

『貴様ぁ……っ!』

 

 モーフィンは怒りでわなわなと震えていた。焦点は依然として合っていなかったが、間違いなく血走っている。短い杖を引っ張り出し、こちらに向けてきたところで、トムは素早く告げた。

 

黙れ(シレンシオ)

 

 途端、モーフィンの唇は縫い合わされたように固く閉ざされた。なにか言葉を発しようと努力しているようだが、獰猛な唸り声にしか聞こえない。

 トムは冷ややかな目をしながら、こう言い放った。

 

『どうした? 呪文を打たないのか? 口を塞がれただけじゃないか』

 

 トムの問いかけに、モーフィンは答えようとするが、口の隙間から零れるのは荒い息ばかりだ。杖先から呪文が放たれることもなく、憤怒の気配のみが立ち昇るだけであった。

 

『お前の手には、まだ杖があるじゃないか。無言呪文はどうした? さもなければ、バジリスク(お仲間)を呼び出せ。魔法使い同士の戦いはこれからだろう?』

 

 トムは挑発するように言葉を重ねる。

 ()()()杖は取り上げなかったが、本当に無言呪文すら使えないとは思わなかった。この時点で、モーフィンはトムとの間に広がる絶望的なまでの力量の差に気づいたに違いない。むしろ、トムはそこに気づかせるように仕向けていた。

 

『それとも、もう降参か? 自称スリザリンの継承者なのに?』

 

 モーフィン・ゴーントがしがみつく矜持を一本一本丁寧にへし折ることで、完膚なきまでに叩きのめす。彼が()()()自分とアイリスに近寄らないようにするために、トムは歴然とした実力差を示すことに注力していた。自分に冷静さと余裕たっぷりな表情を意識するように言い聞かせながら、相手が打つ手を予想する。

 

『次はどうするんだ?』

『っ、降参なんかするものか!』

 

 モーフィンは忌々し気に息を吐くと、ぎろりとオミニスの方へ顔を向けた。いまだ倒れて虫の息の男を人質にとろうと企んだのだろう。

 

『そうか。お前、バジリスク(お友達)より先に人質を取ることを選んだのか』

 

 トムはそれだけ言うと、無言でオミニスの身体を呼び寄せる。モーフィンが彼の身体に触れるよりも遥か手前で浮き上がり、トムの腕におさまった。オミニスの顔は大理石のように白く冷たかったが、わずかに胸が上下している。呼吸していることを確認し、トムは安堵の息を零した。本来なら、彼をトランクに入れるなどして安全を確保させたいが、いまの自分はいつになく手ぶらだった。かといって、下手に目を覚まさせて足手まといになってもらっても困るので、このまま寝かせておくことにした。

 

『さてと』

 

 トムは杖を軽く振りながら、そのあたりに転がった石の破片を毛布に変身させ、オミニスの身体を包む。そのままオミニスの身体を浮遊させ、恐らく出入口だと思われる方へと移動させた。壁に埋め込まれたヒュドラのような丸い像からサラザール・スリザリンの顔と思わしき像の方へと風が吹いている。トムが目覚めたときから、ずっとこれだけは変わらない。だから、恐らくそこが出入口なのだろう。もし違ったら、すぐに移動させればいいだけの話だ。

 

『人質作戦は失敗だな。次にお前が打つ手はそうだな……ポケットにしまったナイフで襲いかかるあたりか?』

 

 トムが指摘すると、モーフィンは愕然としたように目を見開いた。

 

『どうやら図星だったみたいだな』

 

 モーフィンがナイフを持ち歩いていたことは既に知っていた。だから鎌をかけたのだが、予想的中だったらしい。トムに指摘された手前、モーフィンは悩んだようだったが、背に腹は代えられないのだろう。ナイフをポケットから取り出すと、鞭のように振り回しながら接近してきた。ナイフはよほど大切に扱われていたのか、暗がりのなかでも鋭く輝き、宙に銀の軌跡を描いている。

 

『危ない奴だ』

 

 トムは逃げも隠れもせず、モーフィンの正面で構える。モーフィンではなく、乱雑な弧を描くように振り回されるナイフに向かって、まっすぐ呪文を放った。

 

杯になれ(フェラベルト)

 

 閃光がナイフに直撃し、瞬く間に透明なゴブレットへと姿を変えた。モーフィンは5、6歩進んだところで、自慢のナイフがゴブレットに変わったことが分かったらしい。足を止め、信じられない形相でゴブレットに目を落としていた。

 

『2年生で習う初級呪文だよ。杖が折れてない限り、誰だってできる』

 

 トムは肩をすくめると、露を払うように杖をふるった。

 

割れろ(フェネストラ)

 

 ゴブレットはトムに届く前に四散するが、その破片が顔を傷つける前に再度呪文を無言で重ねた。破片の一つひとつを蛇へと変身させ、ぽたぽたと地面に落ちる。50を超える小さな蛇たちはトムの足元に跪くようにうねり、黄色い双眼をモーフィンに向けていた。

 

『……さて、次はどうする? 僕はもう終わりにしてもいいんだけど?』

 

 トムは蛇を従え、余裕ぶった態度で言った。

 モーフィンの切り札はバジリスクだろう。だが、トムの手札にバジリスクに完璧な有効打を与えるための一手はなかった。バジリスクの目を見ることなく戦い抜くのは、さすがに骨が折れる。恐らく、そこらの呪文では致命傷を与えられないことは明白だ。それこそ、ちょっとしたドラゴンや成体のアクロマンチュラと良い勝負になるはずだ。雄鶏の鳴き声を嫌うと文献に記されていたが、生憎と鳴き真似は得意ではなかった。それこそ、ニュートなら容易に雄鶏の声を出せるが、トムはどうにもそういうことは苦手だった。

 

『ほら、バジリスクを呼びなよ』

 

 それでも、挑発をしてみせる。いまだにこの男がバジリスクを呼び出さないことから考えるに、言葉で操っているのだと理解しているからだ。

 しかし、次の瞬間――トムの顔がわずかに凍り付いた。

 

 背後のヒュドラの像が音を響かせながら動き出したのである。

 まさか、バジリスクか!? と振り返らず、後ろの気配だけ神経を尖らせる。トムの毛はざわっと逆立ち、心臓が膨れ上がった気がした。まるで、ガタンと扉が開くような音と同時に、ばらばらとした足音が部屋に木霊する。

 

 それから耳に飛び込んできた言葉に、トムは度肝を抜かれるのだった。

 

「トムっ!? 良かった……!」

「あ、アイリス!?」

 

 振り返った時には、トムの身体は温もりに強く包まれていた。包まれていた、といっても、実際には腹のあたりに抱き着かれている。トムの肩の位置あたりに、アイリスの顔が埋められていた。

 

「え……本当に来たの?」

「当たり前でしょ!」

 

 アイリスは青い目を潤ませながら、ぴしゃりと言い放った。

 

「自分の子どもが危険な目に遭っているのに、駆けつけない親はいないわ! ちゃんと戦う準備してきたし!」

「……いやいや、アイリスさ……」

 

 相手はモーフィンとはいえ魔法使いだ、と続けようとし、アイリスが両手に大きな袋を抱えていることに気づいた。なにが入っているのか確認しようと目を向ける前に、ハグリッドの泣き声が暗い部屋に反響した。まるで、十人のハグリッドが一斉に泣いているようで、トムは思わず耳を塞いだ。

 

「トムーッ! 生ぎでいで良かったー!! 俺のぜいで死んじまっだらと思ったー!」

「う、うるさい! 静かにしろ。あとで、じっくり話を聞いてやるから」

 

 トムが何度も言い聞かせて、ハグリッドはようやくおとなしくなった。

 

「トムぅ……お前、本当に優しい奴だなぁ……!」

 

 ハグリッドはトムの頭ほどもあるハンカチを取り出し、ずびーっと音を派手にさせながら鼻をかんだ。

 アイリスの様子に目を戻すと、彼女は既にトムから離れていた。モーフィンのことをまじまじと見つめている。

 モーフィンもアイリスを見て、何か伝えたいらしく、両手で口をこじ開けようとしていたが、依然として開かない。トムは少し悩んだが、軽く杖を振った。

 

終わり(フィニート)

 

 すると、モーフィンの口も自由になった。

 彼は堰を切ったように、アイリスだけ見て叫んだ。ところが、驚いたことに、彼が話したのは蛇語ではなかった。

 

「お前……よくも俺を騙したな!」

 

 彼の口から放たれたのは、英語(イングリッシュ)だった。

 

「答えろ! 掃除したのも、食事を用意したのも、俺を騙すためだったんだろう?」

 

 モーフィンの恫喝のような叫びを聞き、アイリスは驚いたように瞬きをする。

 

「助けが来るまでの時間稼ぎをしようとしたのは事実よ……でも、本当に汚かったし、しばらく過ごすなら少しでも快適な場所が良いかと思ったの。私もお腹すいていたけど、貴方の方が空いてそうだったのも事実でしょ」

 

 アイリスは大荷物を持ったまま、いつもの調子で答えている。

 

「そもそも、サンドイッチもなにも奪われたような記憶が……」

「貴様のせいで、俺は散々だったんだ!」

 

 モーフィンは地団駄を踏みながら抗議の声を上げた。

 

「アズカバンの独房で、思い浮かぶのはお前に対する憎しみだけだった。俺を騙したお前への復讐心だけで、俺は自分を保つことができたんだ!」

「えっと……」

 

 さすがのアイリスも何を言ったらいいのか分からないらしく、困惑した表情でたたずんでいる。だが、モーフィンは彼女の様子に気遣うことなく独白を続けた。

 

「アズカバンの長い長い一日中、俺が思い浮かべるのは親父でも偉大なるスリザリンでもない、頭がおかしい夢見がちな女のことばかりだ! よりにもよって、純血とは程遠いマグルの詐欺師だというのにな! マグルの分際で俺の人生にずかずかと土足で踏み入れやがって……! 俺の心に影みたいに付きまといやがって! 責任取って、俺に従え! そうすれば、お前の息子も見逃してやる!」

「それは……無理ですね」

 

 アイリスは心の底から申し訳なさそうに拒絶の言葉を口にした。

 

「えっと、すみません。いくつか理由はあるのですけど……私、誰かに従うのはちょっと……モーフィンさんの住まいまで通いの家政婦って考えても、現実的ではないですし……それに私、これでも結婚してますから」

 

 未亡人ですけど、と続けながら、アイリスはへなっと笑った。

 このときほど、モーフィンの愕然とした顔はなかった。あんぐりと口を広げ、目玉が落ちそうなほど見開かれていた。

 

「嘘だろ?」

「トムの前で嘘はつきませんわ」

 

 アイリスはきっぱりと宣言する。

 モーフィンはしばらく信じられないといった表情をしていた。しかしながら、アイリスの言葉に嘘偽りがないことが脳に沁みると共に頭に血が上ってきたのだろう。次第に顔が赤らみ始め、噴火するように激高した。

 

『このモーフィン様の誘いを断るとは……! 思い知らせてやる!!』

 

 今度は蛇語だった。

 アイリスは理解できなかったようだが、怒っていることだけは伝わったらしい。ずっと手にしていた大荷物を抱えなおし、真剣な目つきに変わっていた。

 

「アイリス?」

「……大丈夫。私だって、無策で来たわけじゃないわ」

 

 アイリスはそう言うと、トムの耳元で()()を囁いた。トムは全容を聞いたとき、半分呆れてしまった。本当に成功するのか、と疑問を抱いたが、成功したら下手な魔法よりモーフィンにダメージを与えられそうだとも感じた。

 

『なにコソコソ話してやがる!! どのみち、お前たちはおしまいだ! これで、おしまいにしてやる!!』

 

 モーフィンは両手を掲げると、スリザリンの顔像を見上げた。

 

『スリザリンよ。ホグワーツ四強のなかで最強の者よ! 俺に話したまえ!』

 

 スリザリンの巨大な石の顔が動き始める。石像の口がだんだんと広がって行き。黒い穴へと変わっていく。間違いなく、あの穴からバジリスクが這い出てくるのだろう。

 アイリスはそれを見た瞬間、大急ぎで荷物を広げだした。そこから出てきたのは、両方とも白い粉がまんべんなく詰まった袋だった。ちょっとした麦袋ほどの大きさがあり、アイリス自身「よっこらせ」と掛け声を出しながら封を開けている。

 

『貴様ら、俺たち(Our)の前に……なんだ、その粉は?』

『小麦粉だよ』

 

 アイリスの代わりに、トムが答えた。アイリスが持ってきた小麦粉の袋を切るのを手伝うと、ハグリッドに素早く視線を向けた。

 

「ハグリッド! 奥に向かって、これをばらまけ!」

「おう!」

 

 ハグリッドは小麦粉の袋を抱え上げると、力任せに投げた。スリザリンの顔の方へ向かって、白い粉が宙を舞った。その間、バジリスクは今にでも外へ出ようとしていた。石像の口で何かがうごめき、奥の方から這い出てくる。

 

「アイリス、目を閉じて!」

 

 トムは力の限り叫ぶと、アイリスに顔を向けた。アイリスはちゃんと目を瞑っていたが、右手をバジリスクのいる方へ大きく前に出している。右手には、銀色の小さな塊を握りしめていた。

 

『小麦粉なんかで、バジリスクの気を紛らわせられるとでも思っているのか?』

 

 モーフィンが低い声で嘲笑う。

 トムはモーフィンを気にも留めず、床の振動だけに集中した。巨大なものがスリザリンの口から石の床に落ち、腹に響く低い振動が伝わってきた。トムの足元の蛇たちが、我先にと逃げ出したのが分かる。

 だが、トムは逃げなかった。

 アイリスを見たまま、杖だけをバジリスクがいるであろう方向へと向ける。

 

風よ(ヴェンタス)!」

 

 杖先から強風が噴き出した瞬間、アイリスもそれを合図に銀色の小さな塊――すなわち、ライターの回転式のやすりを指で押した。発火石から火花が飛び散り、その火花を強風に乗せて小麦粉に引火する。空気中に浮遊している小麦粉は一粒だけではない。一つの粒が引火すると、隣接する粒にも次々と発火し、急激に全体が燃え広がっていく。一粒一粒は小さい炎だが、両手に抱えるほどの袋二つ分ともなれば話は変わってくる。空気中を漂い始めた小麦粉は一斉に燃え上がり、さながら巨大な爆発が起きたかのようだった。真っ赤な炎と黒い煙、肉の焼ける臭いが辺りに充満する。風のおかげで視界はクリアなままだったが、バジリスクが爆発に巻き込まれたことは明白だった。

 

『嘘……だろ……たかが、粉に……?』

「バジル!!」

 

 モーフィンの呆気にとられた呟きとハグリッドの嘆き声が爆発の音に掻き消される。

 

「トム! お前さん、なんてことを……!!」

「粉塵爆発で、バジリスクがくたばるわけないだろ。せいぜい重傷を与える程度だ」

 

 バジリスクほどの魔法生物は体皮に魔法耐性があっても不思議ではない。一瞬で焦げるほどの炎を集中して浴びたとしても、生きている可能性は高い。だが、完璧に無事ではすまないはずだ。どのような生き物であれ、火があれば燃える。燃えたら火傷し、命を落とす危険性が高い――それは、バジリスクも変わらないはずだ。

 

目隠し(オブスキューロ)!」

 

 トムは即座にバジリスクがいる方へ身体を向けながら、貫くように叫んだ。バジリスクの目のあたりに、黒い布が巻かれる。バジリスク自体は、目が完全に塞がれたどころではなかった。全身から黒い煙を立ち昇らせながら、のた打ち回っている。巨大な尾が床や柱に激突し、崩れた柱が身体を圧し潰し、苦し気な悲鳴を上げていた。

 

「……モーフィン」

 

 トムは自身の伯父の様子を見た。

 モーフィンはすっかり戦意を喪失していた。床に崩れ落ち、焦点の定まっていない目で黒焦げの蛇の王(バジリスク)を眺めている。

 トムは男に向かって、蛇語で語りかけた。

 トムは自身の伯父の様子を見た。

『お前が今回の騒動の犯人だと認め、アズカバンに収監されることを約束するなら、バジリスクの命だけは助けてやる』

『…………』

『あれは、サラザール・スリザリンが子孫に遺した生き物なんだろ。()()()スリザリンの継承者を名乗るのであれば、とるべき行動は一つのはずだ』

『……バジリスクは助かるのか?』

『助かる。僕が責任をもって飼育する』

 

 「魔法省に許可を取った上で」という言葉だけは、胸の内にとどめた。

 モーフィンはぼんやりと炎に包まれたバジリスクを眺めていたが、程なくして頷いた。

 

『バジリスクを……助けてくれ』

『その言葉、忘れないからな』

 

 トムはモーフィンに魔法で縄をかけると、バジリスクに放水をした。その後、救命治療を執り行う。バジリスクに目隠しをしたまま、焦げた鱗を冷やしながら治癒の魔法をかけていると、ハグリッドがどしどしと近づいてくるのが分かった。

 

「トム……なにも、こんなひでぇことを――……」

「君は僕とアイリスが石になっていたとしても、同じことを口にするのか?」

 

 トムはバジリスクの治療を続けたまま、少しばかり冷たい口調で言い放った。

 

「モーフィンの心を折るためには、バジリスクを無力化する必要があった。モーフィンたちを説得できるって? その前に、アイリスが危険に陥らないと誰が保証するんだ? アイリスは、僕や君と違って身体的には普通のマグルなんだぞ?」

 

 トムはため息をついた。

 

「ハグリッド、君はなんでも自分の基準で考え過ぎだ。そろそろ、相手の目線に立つことも覚えた方がいい。そうでないと……今度こそ、取り返しのつかない失敗をすることになる」

「わ、分かった……分かったよぅ」

 

 ハグリッドは何度も頷くと、すんすんと泣き始めた。

 そんな彼を横目で感じながら、トムは今後のことを頭のなかで思い浮かべた。

 モーフィンを校長に引き渡し、バジリスクの説明をする。バジリスクは目隠しをしたまま、水槽に収まる程度まで縮小させた状態で飼育の許可を取る。これまでの学業成績や実績を考慮すれば、許可を取ることはできるはずだ。そのあと、ハグリッドに説教をしなければならない。騙されやすいことや自分の価値観を信じて押し進みがちな傾向はなくならないかもしれないが、それでも、少しでも良い方へ向かうことができるように……。

 

「まったく。僕もお人好し過ぎる。バジリスク(こいつ)のせいで、僕は自分の頭を疑ったこともあったのにさ」

 

 ため息交じりに独り言が零れ落ちる。

 少なくとも、これで学校を彷徨っていた影の正体は分かった。これで、壁から声が聴こえる異常事態はなくなるに違いない。真犯人も捕まり、枕を高くして眠ることができる。

 

「トム」 

 

 そんなことを考えていた矢先、アイリスから声をかけられた。

 

「……僕、いま集中してるんだけど」

 

 トムはバジリスクを熱心に見つめるふりをしたまま、素っ気ない態度をすることにした。

 

「だいたいさ、粉塵爆発ってなんだよ。アイリスも巻き込まれてたかもしれないじゃないか」

「大丈夫よ。トムがいるから」

「……あのさ、僕を助けに来たんだよね?」

「相手がモーフィンだって知っていたから」

 

 アイリスは楽しそうにくすっと笑っていた。

 

「それに、一度やってみたかったのよ。炎の錬金術みたいでしょ? 秘密の部屋って、じめじめしてそうだから上手くいくか不安だったけど、雨みたいに水が降ってくるわけじゃなさそうだから大丈夫だろうって思ったの」

「粉塵爆発は錬金術じゃない、理科(サイエンス)だよ」

「それでも、魔法みたいな現象じゃない?」

 

 冷え切ったトムの空気など気にせず、彼女はどこまでも楽観的に笑っている。

 

「アイリスさ……よくその年まで無事に生きてこれたよね。いつか痛い目に遭うよ」

 

 義母を振り返ることなく、トムは言い切った。

 それでも、本当は――心の本当に奥の方ではこう思ったのだ。アイリスには絶対に打ち明けられないし、たとえ開心術で強引に心をこじ開けられたとしても、絶対に見つからないほど深い場所でひそかに、されど確実に思っていた。

 

 

 「僕を助けに来てくれて、ありがとう」と。

 

 

 

祝100話記念のアンケートです! 以下のなかで、最も要望の多かった話を第四章の終わりに公開します。期間は8月17日までを予定しております。

  • ①トム(就学前)とアイリスのおはなし
  • ②フェンリールとミネルバの文通
  • ③死喰い人の日常
  • ④トムとジョナサンの思い出
  • ⑤トムと魔法生物の一日
  • ⑥番外編より、さっさと本編を進めて欲しい
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