トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1943年5月~6月 モーフィンの指輪

●1943年 5月◆日

 

 帰宅早々、フェンリールに怒られた。

 相手がモーフィンとはいえ、魔法使い相手に無茶したことで呆れられるだろうな、と予想していたけど、叱責されるとは思っていなかった。

 いや、最初は心配そうに駆け寄ってきたよ。だけど、私が「秘密の部屋」でやったことを知るや否や、吼えるように怒られたのである。

 

「母さん、小麦をぜんぶつかったとかバカだろ! 大切な配給(はいきゅー)品だってこと、わすれたのか?」

「でも……」

「でも、じゃねーよ! 母さんは腹がへることのくるしさがわかってねぇーよ!!」

 

 それから、フェンリールは大きくため息をつくと、顔を真っ赤にしながら「小麦を無駄にしたことの罪」について説教を始めた。あまりの剣幕に、気が付くと私は何十年かぶりに正座をしていた。最近、私が帰宅するとエンラクが足元に駆け寄ってくるのだけど、柱の陰に隠れて尻尾を丸めて震えたまま近づいてこない。そのくらい、フェンリールの怒りは激しかった。

 だが……それも、無理はないのかもしれない。

 よくよく思い返してみれば、フェンリールを引き取ったとき、彼は飢えと疲労でガリガリに痩せていた。衛生状態は非常に悪く、雑草を食べたり雨水を飲んだりして空腹を満たしていたと聞いたことがある。それを考えると、粉塵爆発をやるためとはいえ、小麦粉を食料以外の用途で使い果たした事実は地雷だったに違いなかった。

 

 いやさ……だって、やってみたかったんだよ。

 粉塵爆発もとい炎の錬金術師の真似事。ライターで火花起こして、敵ホムンクルスを死ぬまで焼き殺すシーン、あれ最高に大好きだったんだよ……。無駄に指パッチン練習したっけ……。

 それから、他に魔法使い相手に戦う術が思いつかなかったこともある。私は魔法はもちろん使えないし、腕力も武芸に秀でているわけでもない。そうなると、科学の力で戦うしかないわけだけど、私の貧弱な知識で思いついた現象かつ「秘密の部屋」でも再現可能なものは粉塵爆発くらいしかなかった。

 

「本当にごめんなさい……もうしません。食べ物は食べ物として大切に扱います」

 

 私が誠心誠意謝罪すると、フェンリールはようやく溜飲を下げた。

 

「で、アニキはどうなったんだよ」

「事件を解決したことで、ホグワーツ特別功労賞を授与されたわ」

 

 トムは誘拐こそされたが、モーフィンを捕らえることに尽力した。真犯人のモーフィンが、トムの説得に応じて投降したことも大きいだろう。

 

「なんか、アニキ……すげぇな。母さんがいなくても、平気だったんじゃねぇ?」

 

 フェンリールはやや呆れ気味に呟いていた。

 

「そうね……たぶん、何とかなっていたと思う。私が駆け付ける前に、自力で縄を解いてたし、モーフィンを圧倒してたし、オミニスさんも救出してたし」

 

 オミニスの衰弱は激しいが、命に別状はないらしい。

 なんでも、ディペット校長へ「秘密の部屋の場所と怪物の正体」を明かそうと校長室へ向かった直後、背後から襲われて拉致監禁されていたとか。あと一歩、救い出すのが遅れたら危なかったそうなので、間一髪で救い出すことができた。このことも功労賞の授与に値すると評価されたようだ。

 

「怪物はどうなったんだよ?」

「バジリスクはトムが責任をもって飼うことになったわ」

 

 バジリスクの双眸は、粉塵爆発の影響で焼けてしまった。両眼ともに盲目となってしまったので、バジリスクが見敵必殺(サーチ・アンド・デストロイ)することは不可能である。

 トムはダンブルドアやディペット校長立会いの下、魔法省の魔法生物規制管理局と交渉し、「バジリスクに常時目隠し(オブスキューロ)をすること」「両眼を治療しないこと」などを条件に、バジリスクの飼育が許可されたのだった。今後は、トムのトランクで飼育されることになるだろう。

 

「だけどさ、アニキにしたがうのか? アニキがそいつの目をダメにしたんだろ?」

「私もそこは不安なんだけど、トムは『屈服させられる』って断言してたから大丈夫だと思う」

「……アニキが言うなら、問題ねぇか」

 

 フェンリールはふぅっと息を長く吐いた。ちょっと青白い顔に不安と安堵の色が入り混じっているのを見て、私は小さな身体を抱き寄せた。

 

「フェンリール、お留守番してくれてありがとう」

 

 私はフェンリールの頭をなで、狭い背中をぽんぽんとあやすように叩いた。

 

「今日の夕食は、フェンリールの好物にしようか」

「……肉があれば、なんでもいいや。母さんの料理、うめぇし」

 

 フェンリールはぐいぐいと頭を甘えるように寄せてくる。こういうとき、フェンリールは素直だなって感じる。癖毛の強い髪を触りながら、私はそんなことを感じていた。いろいろ心配をかけた分、しばらくうんと甘やかしてあげよう。

 

 

 さて、秘密の部屋に関する話に戻すとしよう。

 まず、モーフィンはアズカバンに帰って行った。

 今回の一件で罪状が増えた。たぶん、生涯において檻から出ることはないだろう。

 それでも、モーフィンはどこかさっぱりした表情をしていた。憑きものがとれたみたいな柔らかくも寂しげな顔が目に焼き付いている。

 モーフィンはアズカバンに送り返される前、私に英語で話しかけてきた。

 

「おい、マグルの女!」

「はい、マグルの女ですよ」

 

 そう返すと、彼はムッとしたように眉間に深い皺を寄せた。忌々しそうに舌打ちをし、私に聞こえるくらい歯ぎしりをしている。いまにでも、唾を吐かれそうな剣幕だった。トムが私たちの間に素早く入ろうとするが、その前に彼の口から飛び出たのは予想外の言葉だった。

 

「お前、これを預かっておけ」

 

 そう言いながら、右手に嵌めていた指輪を渡してきたのだ。

 三角の模様が刻まれた黒い石の指輪である。当然、私は慌てふためいてしまった。

 

「い、いいえ! 受け取れませんわ! あなたの大事なものでしょう!?」

「当然だ!」

 

 モーフィンは怒鳴った。

 

「ペべレルの紋章が刻まれた指輪だ! 何世紀も俺の家族のものだった! いったいどれだけの価値があるものか、お前程度に分かるはずがねぇ! だが――……」

 

 モーフィンは吠えながらも、黒い石の指輪を私の手のひらに乗せた。

 

「アズカバンにも、この価値が分かるもんはいねぇからな。俺が死んだら、俺と一緒にそのまま墓地に放り込まれる。それは少し惜しい。だから、預かってろ。お前が死んだら、そこの小僧にやればいい」

「それは……」

 

 私ではなく、最初からトムに渡せばいいのでは?

 そう思ったけど、理屈ではないのだろう。私は指輪を受け取ると、ハンカチで包んでポケットにしまった。指に嵌める? この指輪の()()の価値を知っているから、指に嵌めるなんてできない……。

 

「分かりました。しっかり預かりますわ」

「……嵌めねぇのか?」

「恐れ多くて……あまりにも」

 

 肩をすくめると、モーフィンは「変な奴だ」と笑った。

 それが彼を見た最後である。

 私からしたら、どうして頭かちかちの純血主義の男が、最も毛嫌いするはずのマグルの女に指輪を託そうとしたのか――……いや、この話は止めるとしよう。その意味が分からないほど初心ではないし、私が彼の気持ちに応えることは一生ない。どんな心変わりがあったにせよ、彼のせいで未だに心臓が時々傷むし、トムが(ほぼ自力でなんとかしたとはいえ)誘拐された事実に変わりがないのだ。

 

 とりあえず、指輪は失くさないように肌身離さず持ち歩こう。

 指に嵌めるのは無理だから、鎖を通して首飾りにでもしようかな……。

 

 

 

 

●1943年 6月〇日

 

 

 両面鏡で、ダンブルドアと話した。

 モーフィンを脱獄させた人物の正体が分かったらしい。

 

「やはり、グリンデルバルドだった」

 

 開口一番、ダンブルドアはそう言った。

 まあ、そのあたりだろうとは予想していた。

 ヴォルデモートがアズカバンを(吸魂鬼を味方につけたとはいえ)難なく破れたのだから、グリンデルバルドも容易に囚人を脱獄させることができるはずだ。

 

「モーフィンには一度だけ面会者が来た記録があった。グリンデルバルドはモーフィンに面会に来たふりをして、彼に変身させた死にかけの配下を牢へ入れ、モーフィンを連れ出すことで脱獄に成功した。吸魂鬼は目が見えないからね、すり替えに気づかなかった。このことは、モーフィン本人からも確認が取れている」

「でも、どうして?」

 

 だが、私が気になる問題は手段よりも動機である。

 モーフィンを脱獄させて、秘密の部屋を開けさせる。それだけのために、わざわざ英国に侵入するのだろうか?

 

「そもそも、彼が英国に足を踏み入れたのは、トム・リドルに会うためだった」

 

 ダンブルドアは言った。

 

「グリンデルバルドはトムを陣営に引き込もうとし、失敗した。そこで、次の手段を打ったのだろう」

「次の手段?」

「ホグワーツを混乱させ、私の足止めをする――恐らく、なにかの時間稼ぎをするために」

 

 ダンブルドアはここで一度、言葉を区切った。鏡の向こうで指を組み、机に肘を付ける様子が映っている。

 

「……ホグワーツには『秘密の部屋』がある。そのことについて、過去に私が話したことがあった。私も友人とくまなく探したが、見つけることはできなかったと。グリンデルバルドはそのことを覚えていた。だから、秘密の部屋を開けることを考えたに違いない」

「それで、モーフィンを脱獄させた?」

「本来の歴史なら、その役割を『トム・リドル』が担ったのだろう。だが、()のトムは城を混乱させるような振る舞いはしない。だから、次点のモーフィンを引き込むことにした」

 

 ダンブルドアは言い切った。

 

「あくまで推測だがね。()の知っている原作で、あの時期に『秘密の部屋』が開かれたのは偶然ではない。裏で、グリンデルバルドが糸を引いていたのだろう」

「えっと……でも、原作のトムは、自力で見つけたと豪語していましたわ」

 

 私は俄かに信じられず、腕を組みながら否定する。

 

「トムとグリンデルバルドが再会する展開もあったのですが、その時は初対面な感じでしたし……」

「直接会っていなかったが、手引きしていた可能性は大いにある。実際、トムがここまで有名でなければ、グリンデルバルドも危険を冒して渡英しないはずだ」

「自分は大陸にいて、事態を操っていたと……? あまり信じられませんわ」

「では、アクロマンチュラは?」

 

 ダンブルドアは問い返してくる。

 

「なぜ、原作のトムはハグリッドがアクロマンチュラを飼育していることを知っていた? 君の話を聞く限りだと、原作のトムは極めて優等生のようだが、他寮のハグリッドの世話を焼いていたとは到底思えない」

「それは……」

 

 指摘されてみると、確かに奇妙なところである。

 ハグリッドに罪をなすりつけるのはいい。だけど、ハグリッドがいくら問題児であったとしても、アクロマンチュラほどの危険生物を飼育している確証がなければ、その作戦は不発に終わってしまう。

 

「今回、ハグリッドはナギニからアクロマンチュラの卵を受け取った」

 

 ダンブルドアは静かに言った。

 

「ナギニは蛇のマレディクタスだ。蛇語を話すトムに親近感を覚えたに違いない。トムがバジリスクに代わる怪物を探していることを知れば、自身がアクロマンチュラの卵を持っていることを打ち明けるだろう」

「それは……そうかもしれません。ですが、グリンデルバルドは?」

「グリンデルバルドこそ、ナギニをホグズミードに送り込んだ張本人だ」

 

 ダンブルドアは言葉を続けた。

 ナギニはクリーデンスがグリンデルバルドのもとへ行ったことで、失意の底に落ちた。魔法界から姿を消し、人目を避けて暮らしていた。だが、そんな彼女のもとに、クリーデンスが闇の陣営と袂を分かち、ホグズミード村で最期の時を迎えようとしているとの知らせが飛び込んできた。ナギニはすぐにホグズミード村に駆けつけ、最期を看取って、自分も命を絶とうと考えるようになったのである――と、ダンブルドアは推測する。

 

「ナギニのもとに、クリーデンスの消息を流したのが、グリンデルバルドだったと?」

「もしかすると、原作のグリンデルバルドはナギニに部屋を開けさせようとしたのかもしれない。だが、本当のスリザリンの継承者を見つけた。だから、計画を切り替えたのか――……もっとも、いまは違うがね。グリンデルバルドはモーフィンとハグリッド、ナギニを言葉巧みに操ることで、秘密の部屋を開き、私をホグワーツに足止めをした」

「先生を足止めして、なにをしたかったのでしょう?」

「まだ分からない」

 

 ダンブルドアは小さく首を振った。

 

「だが、確実に言えることは、グリンデルバルドが何か企んでいるということだ。君も知っての通り、私はグリンデルバルドを打倒するために、ニュート・スキャマンダーと協力することが多い」

 

 ……協力というか、手駒にしているというか……なんて、考えていると、こちらの考えを読み取ったらしく、ダンブルドアは苦笑いをしていた。

 

「『秘密の部屋の怪物』ともなれば、ニュートの興味が必ずそちらに向く。私もホグワーツから離れられない。彼は、そこまで考えていたのかもしれない」

「それでしたら、モーフィンを使ったのは随分と浅はかだったかもしれませんね」

 

 私も苦笑いを浮かべ返した。

 

「原作よりも複雑になりましたが、結果として原作よりも遥かに短期間で解決できましたから」

 

 モーフィンの力量を図り損ねたのか。

 はたまた、それすら作戦の内だったのか。

 私程度では、そのあたりを想像することもできない。

 

「ところで、アイリス。君に聞きたいことがある」

 

 ダンブルドアは青い目をまっすぐこちらに向けてきた。

 

「モーフィンが明かしたが、グリンデルバルドはモーフィンが先祖代々持っていた指輪に並々ならぬ興味を示したそうだ」

「指輪に?」

「一度、強引に奪われたあと、心の底から失望したような顔で返されたみたいでね。その指輪は、いま君に預けていると聞いたが……?」

「ええ。持っていますわ」

 

 私はポケットの上からポンっと優しく叩いた。

 

「スリザリンの家に伝わった指輪らしいので、いずれはトムに託そうと考えています」

「いつか、見せてもらっても?」

「原作をすべて語り終えたあとでしたら」

 

 私はそう言って、話を切り上げることにした。

 その後、ハグリッドのことについて二、三言ほど話して、お開きになった。

 

 ハグリッド……可哀そうだけど、仕方ないのかもしれない。

 彼について、詳しく日記に記そうと思うけど、ノートのページが少ないので、今日はいったん筆をおくことにする。 

 

 

 ただ一つ、確定していることは、「秘密の部屋」事件は原作より良い結末で幕を閉じた。

 なぜなら、誰一人として死人がでなかったのだ。

 レイブンクローのマートルが「嘆きのマートル」にならなくてすんだのだから……。

 

 

 

 

祝100話記念のアンケートです! 以下のなかで、最も要望の多かった話を第四章の終わりに公開します。期間は8月17日までを予定しております。

  • ①トム(就学前)とアイリスのおはなし
  • ②フェンリールとミネルバの文通
  • ③死喰い人の日常
  • ④トムとジョナサンの思い出
  • ⑤トムと魔法生物の一日
  • ⑥番外編より、さっさと本編を進めて欲しい
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