トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1943年6月~7月 風と共に

●1943年 6月△日

 

 「風と共に去りぬ」の俳優が亡くなったらしい。

 なんでも、チャーチルと間違えられて、飛行機ごと撃ち落されたとか……気の毒に。

 主演俳優の方も別件の飛行機事故で奥さんを亡くして以降、活躍の場をハリウッドからアメリカ陸軍に移しているそうだ。いま、こうやって日記を書いている間にも、B17あたりに乗って戦っているのかもしれない。

 

 私が憧れた自由な空は、恐ろしいところに変わっている。

 太陽の意気揚々と輝く青空も星々が黙って光る夜空は、いつだって同じなのに。

 もっとも、ロンドンの空襲は減っているし、私がこうして見上げる空は比較的安全だと思う。でも、この空の果てでは……と、考えだすときりがない。

 

 だから、ここでおしまいにする。

 

 明日は明日の風が吹く、ってね。

 

 

 

●1943年 7月1日

 

 ハグリッドの処罰が正式に決まった。

 このあたりの顛末について、ダンブルドアとトムから聞いた話を基に記していこうと思う。

 

 まず、ハグリッドは退学になる予定だった。

 これは、可哀そうだけど仕方ないと思う。

 彼は原作と違って、バジリスクの存在を認知していたし、彼が人を石にしている事実も理解していた。モーフィンが城に潜んでいることだって知っていたにもかかわらず、「危険生物(バジリスク)の自由」を求めて協力していたのだ。おまけに、危険度MAXのアクロマンチュラを密かに飼育していた。普通に考えて、退学が妥当だし、アズカバンに放り込まれても不思議ではない。

 実際、ハグリッドは処罰が決定するまでの期間、アズカバンに留置されていた。もし、退学処分が下れば、彼は相応の期間、アズカバンで生活することになっていただろう。

 

 しかし、処罰に関する会議は揉めに揉めた。

 主に、理事会――いや、ブラック理事長とダンブルドアが揉めた。

 

 ブラック理事長は「危険極まる生徒に厳罰を!」と主張し、ダンブルドアは「ハグリッドはモーフィンに騙されて利用された少年であり、まだ未成年だ。十分に反省しているから更生の余地がある」と述べた。

 

 そう――ハグリッドは未成年だ。

 ここが今回の会議の焦点になった。

 ハグリッドは体格こそ大人を優に凌駕しているが、中身は14歳の少年である。それに、騙されていたとはいえ、バジリスク相手に「殺しはしちゃいかん」と説得し、一人も死人を出さなかった。もし、ハグリッドが仲介しなければ、死人が出ていた可能性が高い。今回の「秘密の部屋」の一件で死人が出なかったのは、ハグリッドのおかげと言い換えることもできた。

 もし、原作同様、死人が出ていれば……問答無用で退学処分になったはずだ。アズカバンに入ったまま、出てくることはなかった。

 しかし、今回は誰も死んでいない。すべて未遂で終わっているし、本人も悪いことをしたと反省している。

 

 未成年だから更生の余地ありと考えるのか、未成年でも厳しい処罰を与えるのか。

 

 ダンブルドアが根気強く交渉した結果、ハグリッドはいくつかの条件付きでアズカバンを出ることになった。

 

 1つ目は、禁じられた森への立ち入りの禁止。

 これまで、ハグリッドは幾度となく「禁じられた森」に遊び感覚で出入りしていた。今後、授業や教授の同伴なく立ち入った場合、即時退学処分が下され、杖が折られることになる。

 まあ、これは――……トム曰く、本人は酷く残念がっていたようだが、当然のことだろう。むしろ、「禁じられた森」は生徒が立ち入ることを禁じられた森なのだ。休日のたびに出入りしていた事実が、そもそもおかしいのである。

 2つ目はホグズミード村行きの禁止。

 そもそも、ホグズミード村行きは生徒の息抜きのために許されているのである。これだけ規則を破り、犯罪に加担していた生徒が許可されるはずがない。

 3つ目は、週に一度、寮監――すなわち、ダンブルドアと面談すること。

 ダンブルドアがハグリッドを導けるかどうかは……分からないけど、面談することで、ハグリッドが間違った方へ進んでいないか確認するそうだ。

 

 さて、ここまでは序の口である。

 これまでの3つは、ちゃんとルールさえ守れば、ホグワーツに居続けることができる。

 しかし、4つ目は「OWL試験で8科目合格すること」だ。

 「心を入れ替え、模範生であることを行動で示せ」という理由があるらしいが、トムは手紙のなかで「かなり厳しい条件」と記していた。魔法生物飼育学を除いた科目ほぼすべてが、落第をぎりぎり免れている状態だ。成績はお世辞にも芳しくない。心を入れ替え、真剣に勉強と向き合っても、8科目合格点に達することができるのだろうか……?

 私の記憶が正しければ、原作のハリーは7ふくろうだった。

 変身術、呪文学、魔法薬学、薬草学、闇の魔術に対する防衛術、天文学、魔法生物飼育学の7科目合格で、魔法史と占い学が不合格だった気がする。

 つまり、ハグリッドはハリー以上の成績を求められている。

 OWL試験まで、あと2年……ハグリッドは死ぬ気で勉強しなければならない。8科目受からなければ即杖を折られることになるので、遊んでいる余裕はない。

 なお、OWL試験を合格したら万々歳なのではなく、その後にNEWT試験の合格基準も決めるのだとか……たぶん、こちらもかなり高めの基準を設けられるに違いない。

 この2年間は、ある種の執行猶予だ。

 退学を免れるためにも、まずは真面目に勉強を頑張れ! である。

 

 

 そして、最後の5つ目……ある意味、これがハグリッドを一番苦しめる条件となった。

 それは「アクロマンチュラをボルネオ島に返すこと」である。

 

 ここからは、トムから聞いたやりとりを書き起こすことにする。

 

 アズカバンから出てきて早々、ハグリッドはアラゴグを送り返すことに激しく嘆き悲しんだらしい。

 

「アラゴグは友達なんだ。トム、なんとか頼んでくれねぇか? 例えばよう、バジルと一緒に、トムのトランクで飼うとか……」

「駄目に決まっているだろ!」

 

 トムはハグリッドの訴えを一喝した。

 

「バジリスクに関しては、僕の素行と経歴と校長や寮監を含めた教師一同、それから魔法生物学者(ニュート)の推薦があって、初めて認められたんだ。それも、バジリスクが一般市民に何かしらの危害を加えた場合、僕の杖を折る条件付きでね」

 

 トムには覚悟があった。

 バジリスクを再び眠らせた結果、遠い未来で邪な「スリザリンの末裔」が呼び起こしてしまうかもしれない。しかし、バジリスクを安易に殺してしまうのはもったいない。出生方法が極めて特殊であり、生物自体の研究も進んでいなかった。もしかしたら、バジリスクの強力な毒が魔法薬の発展に貢献することになるかもしれない。

 また、この個体はサラザール・スリザリンの手によって孵化され、そのまま眠らされていたものだ。つまり、バジリスクはホグワーツ黎明期の歴史を知る生き証人でもある。バジリスクを生かしておくことで、魔法史の研究にも一役買うことができる可能性があるのだ。

 

 しかし、アクロマンチュラはどうだろう?

 

「君のアラゴグの毒は魔法薬に役に立つが、学生が育てる魔法生物ではない。そもそも、君はアラゴグが箱で飼えなくなったときはどうするつもりだったんだ?」

「それは……森とかで」

 

 ハグリッドはごにょごにょと言葉を濁したが、すぐに噛みつくように言葉を張り上げた。

 

「でもよう、俺はちゃんと様子を見に行く! 俺が行けねぇときは、他の誰かに頼むから問題ねぇ!」

「問題大有りだ!」

 

 トムはぴしゃりと否定する。

 

「そもそも、禁じられた森の生態系を崩すことになるんだ」

「生態系?」

「森のバランスが崩れるってことだよ」

 

 ここで、トムはオーストラリアの例を挙げて説明したらしい。

 

「オーストラリアでは、入植者が持ち込んだウサギが大繁殖した。オーストラリアには、ウサギを食べるような肉食動物がいなかったからだよ」

「別にいいじゃねぇか。ウサギは可愛いだろ」

「いいや、よくないね! ウサギが農作物や草を食い尽くして、砂漠が増えたんだ」

 

 トムがそこまで言って、ハグリッドの顔にわずかながら申し訳なさが浮かんだそうだ。トムはハグリッドが感想を呟く前に、説明を続けた。

 

「対策として、キツネとか猫を放したけど、ウサギの数は減らなかった。むしろ、キツネは在来の有袋類を狩って、生態系が変わってしまったんだ。いいかい、ハグリッド。君がアラゴグを森に放つというのは、そういうことなんだ」

「でも、アラゴグは頭が良い。ちゃんと考えて生活できる」

「アラゴグが食べるものはなんだ?」

 

 トムはハグリッドに問い返した。

 

「肉だ。資料を見た限り、人間を食べることだってある。つまり、あの森で最も強い生き物――ケンタウロスを捕食することだってできるんだ。アラゴグはそんなことしないって言い訳は通じないぞ」

 

 ハグリッドを見上げながら、言葉を続ける。

 

「しかも、君のことだから『アラゴグが独り身は寂しそうだ』とかいって嫁を仕入れてくるはずだ。同族の友達がいないことを憐れんで、ということも考えられるな。そしたらどうなる? 瞬く間に、アクロマンチュラのコロニーの完成だ。アラゴグがいる間は統制がとれるかもしれないが、そのあとは? すぐ目と鼻の先に新鮮な肉の群れがあるのに、アクロマンチュラが我慢し続けられると思うか?」

「それは……」

「1870年代、アランシャイアでアクロマンチュラが起こした事件を知らないとは言わせないぞ。アクロマンチュラの密売人が飼育に失敗した結果、たった数日で村を壊滅させたんだ」

 

 トムは魔法生物に関する歴史をまとめた本を提示しながら、ハグリッドに説明したそうだ。

 私も知らなかったけど、アランシャイアはホグワーツのほとんど裏手にあった村である。湖で隔てられていたとはいえ、そんな近くの村でアクロマンチュラの密売が行われていたとか背筋が震えた。

 なお、この話には続きがあり、「勇敢で忍耐強く、知恵と狡猾さを兼ね備えたホグワーツ生」が村に単身で乗り込み、アクロマンチュラを退治したそうなのだが、トムは「そこまでハグリッドに話すと、俺もできるって拗れるから伝えない」と決めたらしい。

 

「そもそも君が夏休暇で留守にしている間、アクロマンチュラが森を壊滅させたらどうなる? 君が卒業した後、頻繁に森を確認できる保証はどこにある? もっと遠い未来、君が亡くなった後、アクロマンチュラのコロニーが人間を襲わない根拠は?」

「……」

「それを考えると、アラゴグは元のボルネオ島で暮らした方がいい。そこには、アクロマンチュラの仲間もいる。生態系を崩すこともない。一人寂しく暮らすか、ボルネオ島で仲間と暮らすか……どちらがアラゴグにとって幸せなのか、考えろ」

 

 ここまで言葉を重ね、ようやくハグリッドはアラゴグを諦めた。

 

「分かった……分かったよう……」

 

 ハグリッドはボロボロと泣きながら頷いた。

 トムはハグリッドの尻の少し上あたりをあやすように叩きながら、幼子を諭すように話した。

 

「そもそも、君はアラゴグを手放さない限り、退学なんだ。アクロマンチュラを隠し飼った罪で、アズカバンには戻りたくないだろ?」

「嫌だ!」

 

 ハグリッドは泣きながら吼えた。

 

「あんな場所には二度と戻りたくねぇ……」

「だったら、決まりを守れ。相手の立場を思いやり、ルールを守ってこその真の魔法使いだ」

 

 ハグリッドは何度も何度も頷いた。

 

「……それから、もし……もし、自分では解決することが難しいような事態に巻き込まれたときは、誰かに頼れ。僕でもいいし、ダンブルドアでも、ムーディでもいい。一人で悩まず、すぐに相談しろ。僕は君の味方だから」

「わ、わかった」

 

 ハグリッドは泣きじゃくりながら言ったらしい。

 以降、ハグリッドが禁じられた森に足を踏み入れることはなくなった。少なくとも、今のところは。代わりに、図書室で唸り声をあげる姿が見られるようになったそうだ。分からない宿題があると、すぐにトムのもとに尋ねてくるらしい。

 もっとも、トムもOWL試験目前で気が立っているらしく、何度も「追い返したい」気に駆られたそうだが、誠心誠意対応しているそうだ。

 トムからの手紙では

 

『ハグリッドが「OWL試験前なのに、すまねぇな……試験が終わったら、お礼にケーキを焼くから」って言われたよ。ふわふわと柔らかいケーキが食べたいって返しておいた』

 

 と、結ばれていた。

 果たして、ハグリッドはふわふわのケーキを作ったのだろうか?

 夏休み、トムが帰ってきたら聞こうと思う。

 

 

 これにて、ひとまず「秘密の部屋」事件は幕を閉じた。

 トムを引き取ってから、一番不安視していた事態が無事に終わり、肩の力が抜けた気がする。あとは、卒業まで何事もなければいいけど……そうは言ってられないんだろうな。

 

 でも、少しは……原作と比べて、少しでも良い方へ風が吹いている。

 それだけは、間違いではないはずだ。

 

 

 明日、ダンブルドアと話す予定だ。

 そのときに、このまま進んでよいのか確認するとしよう。

 

 

 

 

 




ハグリッドの処罰に関して、かなり考えました。正直、いまでも悩んでいます。ですが、今回はこのように執行猶予付きの結末にしました。
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