トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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100話記念にとったアンケートの番外編です。
アンケートに回答してくださった皆様、ありがとうございます。今回、惜しくも一番になれなかった話を含むアンケートの結果は、今後の参考にさせていただきます。
それでは、フェンリールとミネルバの話をお楽しみください。


◎からかい上手のミネルバさん(上)

 

 トム・リドル。

 彼は、誰もが知る天才ヴァイオリニストだ。

 もとは素性の分からぬ孤児だということは、広く知られているだろう。

 養母は有名と言い難い挿絵画家であり、4歳も終わりの頃からようやくヴァイオリンを始め、指導者も無名のヴァイオリニスト――とてもではないが成功するとは思えぬ環境にもかかわらず、彼は瞬く間に天賦の才を咲かせた。スターへの階段を2、3段飛ばしながら駆け上がり、11歳を前にして、ロンドンの主要オーケストラすべてと協演を果たすとは、彼自身も想像していなかったに違いない。

 

 未来の女王陛下も彼に夢中だと噂されるが、これに関しては審議の必要があるだろう。

 たしかに、彼の公演にお忍びで参加することも数度あったが、それだけで意中の人扱いされたのであれば互いに迷惑に違いない。

 しかし、麗しの王女殿下が夢中になるのも分からないでもない。

 トム・リドルの演奏はもちろん、容姿も一級品だ。色白の肌に黒髪、完璧に整った顔立ちに優し気な黒い瞳、おまけにすらりと背も高いともなれば、ジャケット付きのレコードが山ほど売れるのも自然の流れである。おまけに誰もが聞きやすい穏やかな声で知性を感じる言葉を語り、性格も落ち着いたものとなれば、どこにも非の打ち所がない。

 

 気になる点と言えば、寄宿舎付きの学校に通っていることだ。

 彼は学校名を一切公表していない。だが、彼が無名の学校に通っているとも考えられず、かといって話がまったく漏れてこない辺り、友人や指導者にも恵まれているのだろうと想像できる。

 過去に週刊誌が彼の周辺を嗅ぎまわったようだが、一切なにも出てこないことから考えるに、彼らのお気に召すスキャンダルもないと考えてよいはずだ。

 

 天は二物を与えずとはいうが、現実にはそうとも言えない。

 トム・リドルは()()()()を受けている。

 ここまで成功が約束された少年は、イギリスどころか世界中を見渡しても存在しないことだろう。

 

 

 さて、そんな彼には血の繋がらない弟がいる。

 しかし、彼は義兄とは反対だ。

 まず、ヴァイオリンの弦を握ったことがない。どうやら、音楽の才能がないようだ。身体を動かすことが好きらしく、学校のフットボールチームに所属し、外で元気よく駆け回っている半面、なにかしらの病を患っているようだ。月に一度、身体を壊すと噂されている。どのような病なのかは具体的に調べられなかったが、住民の話によれば「異常なホルモンのバランスによるもの」でないかと噂されている。病持ちだが街にかかりつけ医はおらず、養母が時折ロンドンの主治医に診せに行くことまではつかめたが、主治医の特定はできていなかった。

 では、顔立ちはといえば、こちらも義兄にまったくといっていいほど及ばない。

 トムの顔からは知性が漂っているというのに、こちらは野性的である。背が低く、挙動も粗雑であり、成績は可もなく不可もないそうだ。

 

 この義弟が、トムの栄光を妨げないことを祈るばかりである――……。

 

 

 

「はんっ……言いたい放題(ほーだい)だな!」

 

 フェンリールの笑い声が校庭の片隅で響き渡った。

 マグルの週刊誌の記事は、随分と言いたい放題である。犬歯が見えるくらい大口を開けてひとしきり笑ったあと、改めて記事に目を落とした。だが、数行読むだけでも、笑いが込み上げてくる。

 

「アニキの弱みが見つからなかったって素直に書けばいいんだよ! ってか、オレしか弱みがみつからねーって、記者失格だろ。あー、おもしれー!」

 

 フェンリールは笑い過ぎて滲み始めた涙を拳で乱雑に拭いながら、友人に週刊誌の切り抜きを返した。

 

「だいたい、オレとアニキが反対だって? そりゃそうじゃん、まったく同じ人間が二人もいる方がこわいっての! わかってねぇなー、都会の人間は」

 

 フェンリールが言うと、周りに集った友人たちは口をそろえて「そうだ、そうだ」と頷いた。

 

「フェンリールの言う通りだ!」

「おいらだって、兄ちゃんたちと性格ちがうっての!」

 

 友人たちは口々に同意しながら、記事をぐしゃぐしゃに丸めた。

 いまは学校の昼休憩中だったが、クラスの男子全員がフェンリールのもとに集っていた。彼らはフェンリールを中心に輪を描くように座っている。なかには、他のクラスや上級生、下級生の姿もちらほらあったが、全員がフェンリールをリーダーとして認めていることが遠巻きに見ても分かるだろうし、事実、フェンリールは校内でちょっとした派閥を築いていた。同年代のなかでは小柄かつ月に一度、狼人間特有の病気で体調を崩し、学校を休むデメリットを抱えていても、男子たちのボスに君臨している。

 

 もっとも、養母(アイリス)はこの事実を知らないし、わざわざ教えようとも思わなかった。

 

「フェンリールだって、やさしーよな!」

 

 友人の一人が声を上げた。

 

「ビョーキでたおれた母さんをせわしてたじゃん!」

「そうだそうだ! 何日も何日も!」

「別に、やさしいからじゃねーよ。母さんを大切にするのは当然だろ」

 

 フェンリールは口を尖らせると、サンドイッチが入っていた包みをポケットに押し込んだ。それを合図とばかりに、周りの友人たちも支度を始める。フェンリールはその様子を眺めていたが、ふと思い出したように、友人の一人に視線を向けた。

 

「そーいや、母さんで思い出した。エドの母さん、つわりは良くなったか?」

 

 エドと呼ばれた少年は、驚いたように瞬きをした。

 

「え……いえ、まだ……一時期より良くなったけど……?」

「そうか」

 

 フェンリールは短く言うと、鞄に手を突っ込んだ。

 

「エド、これやるよ」

 

 取り出した小瓶をひょいっと放り投げる。

 放り投げる、といっても乱暴にではなく、エドの手のなかにふわりと弧を描くように落ちていった。

 

「これ……ジャム、ですか?」

「ラズベリーのジャム。母さんが作りすぎたんだよ……たしかさ、お前の母さんの好物だろ」

「お、おぼえてたの!?」

「そりゃーな。お前、まえに話してたじゃん」

 

 フェンリールが頭を掻きながら言えば、エドは目を輝かせて頭を下げた。

 

「ありがとうございます!」

「気にするなって。あまってただけだからさ」

 

 実際、本当に余っていただけである。

 去年までのアイリスは「ラズベリーは酸っぱいから苦手なの……」と、最低限しか収穫しなかったが、今年は違った。「ラズベリーのジャムを作るわよ!」と急に張り切り出したのである。なんでも「お世話になっている人がラズベリーが好きだから」という理由らしいが、それにしても、食卓のテーブルがラズベリーのジャム瓶で埋め尽くされるほどの量は作り過ぎである。いくら魔法で砂糖を増やすことができるといっても、消費できないほど作るのは無駄でしかない。

 さてどうするか、と頭を悩ませたとき、エドから「母がつわりで苦しんでいて、ラズベリーが食べたいって泣いてる」と愚痴交じりに話されたことを思い出し、これ幸いに渡したのであった。

 だが、エドを含めた友人たちは違う。

 

「さすが、フェンリール……母ちゃんたちの好みまで知っているなんて」

「あまってたなんて、ぜってーウソだぜ? わざわざしいれたんだよ」

「すごいな……なんでもおぼえてる……かっこいい!」

 

 友人たちから賞賛の眼差しを向けられるが、フェンリールは訂正しなかった。涼しげな顔のまま、友人達に囲まれて教室に向かって歩き出す。上級生や他クラスの子ども達は散っていったが、それでもかなりの数を引き連れている。その様子は、さながら群れを率いているように見えるだろうし、事実その通りである。

 さて、教室に入ると、女子たちが話に花を咲かせていた。

 フェンリールとしては興味がなかったが、自然と耳に入ってしまう。

 

「ねぇ、夏至の日のドライフラワーは完成した?」

「もうちょっとかな。ドライフラワーって、意外と難しいのよねー」

 

 フェンリールは自分の耳がぴくっと動くのが分かった。けれども、何も気にしてませんよ、とでも言うように席に着くため椅子を引こうとする。

 

「ロマンチックな占いだよねー! 夏至の日の正午につんだバラでつくったドライフラワーが、恋のお守りになるって!」

 

 が、その言葉を聞いた瞬間、動揺のあまり椅子を思いっきり引いてしまった。当然、がたっと大きな音を立ててしまい、友人たちはもちろん、女子たちも何事かとこちらを向く。

 

「フェンリール? どうかしたのか?」

「あ……いや、なんでもねぇよ」

 

 ひらひらっと手を振りながら、どしっと椅子に座った。それ以上話したくないと窓の外をぼんやり眺めるふりをすれば、友人たちも席に着き、女子たちは会話を再開していた。しかし、もう彼女たちの話は耳に届かない。

 

(嘘だろ……夏至の日の正午につんだバラって……恋のお守りになるのかよ!?)

 

 顔が火照ってないか、何度も自分の頬を触って確かめる。

 頭のなかは、先日――ミネルバ・マクゴナガルから届いた手紙のことでいっぱいだった。

 

 ミネルバ・マクゴナガルは、いつも手紙でからかってくる。

 手紙を開けたら、びっくり箱よろしく紙が飛び出してくることだってあるが、だいたいは文面のどこかにからかう一文を入れてくるのだ。

 例えば『「鍵の束を一房の髪で結んで就寝すると、将来の夫の夢を見る」って試してみたんだけど、誰が夢に出てきたと思う?』なんて一文で結んでくる。

 フェンリールは「誰か分からねーよ!」と返そうとしたが、はたと止めた。こうして聞いてくる以上は、自分たちの共通の知人くらいであるのだろう。しかしながら、フェンリールとミネルバの共通の知人は少ない。彼女の曾祖母や移動を手伝ってくれたダンブルドアなど保護者を除けば、自分くらいしかいないのだ。

 だが、ここで『俺だろ?』なんて返答できるはずない。『え、貴方だと思ったの? 自意識過剰すぎない?』なんて引かれたくはなく、かといって、他に誰も思いつかず、結局、『夫なんだから、男の人なんじゃないの?』と実に曖昧過ぎる返答になってしまった。

 結果としては『夢を見なかったよ』という答えだったわけだが……たかがそのためだけに、手紙を受け取り、ようやく書いた返信に対する答えが戻ってくるまでの3週間余り――ずっと、ずっと、ずーっと悶々と頭を悩ませるはめになったのであった。

 

(今回は油断してた……いや、なにもないはずないんだ!)

 

 一番最近届いた手紙に、からかうような文面はなかった……はずだ。ただ、日頃の出来事をつらつらと書き連ねたものだとばかり思っていた。だが、まさか『夏至の日の正午につんだ薔薇をドライフラワーにするつもりなんだ』が恋のおまじないを示していたなんて想像すらしていなかったのである。

 

(いやいや、恋のおまじないだからってなんだよ。べ、べ、べつに、オレにはかんけーねーし? つーか、からかわれてねぇーし? ただ「ドライフラワー作った」って報告じゃん。あいつが誰に恋しようが、オレは別にこまらねーし? だから、からかいでもなんでもねぇーよ……そうだよな? そうなんだよな?)

 

 押し問答が、ぐるぐるぐるぐる脳内を巡る。あまりにも頭を悩ませたものだから思わず唸り声を上げそうになっていることに気づき、はっとなって口を両手で押さえようとしたときだった。

 

「フェンリール・リドル! さっさと教科書を出しなさい!」

 

 担任の怒声で、現実に引き戻された。

 考え込むあまり、授業の始まりに気づかなかったらしい。

 

「す、すみません!」

 

 あたふたと準備をしながら、心の中で叫んでいた。

 

(ちくしょう……! こうなったのも、あいつが手紙で変なことを書くから……!!)

 

 今度こそ、ミネルバをからかい返してやる!

 帰ったらすぐに手紙を読み返して、あいつをぎゃふんと言わせる文章を書いてやるんだ! と決意を新たにするのであった。

 

 

 

 

 




アイリスの日記視点以外を書く際には、サブタイトルに必ずとある縛りを設けています。
ですが、今回は番外編ですので外しました。
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