トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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前回に引き続き、番外編です。
更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。


◎からかい上手のミネルバさん(下)

 

 丘の上の牧師館には、ちょっと勝気な少女が住んでいる。

 

 彼女の名前は、ミネルバ・マクゴナガル。彼女が誕生したとき、教区民たちの口から出たのは祝福よりも驚きだった。誰もが「どうして、そんな変な名前をつけたんだ?」と訝しんだが、父であるはずの真面目な牧師は首をひねるばかりだった。

 

『妻がどうしても譲らないんだ。自分の祖母の名を付けたいと』

 

 牧師はそう説明したが、妻が祖母の思い出話を語ることはない。器量も良く活発だった妻は日を追うごとに不機嫌になり、ますます家に閉じこもって出てこない。教区民が彼女に直接尋ねようにも、家から出てこないので話すことはできず、礼拝の隙間を縫って聞こうにも「祖母のような知的な女性に育って欲しいからですよ」の一点張りで、誰もが納得のいく説明をしてくれなかった。

 

 さて、ミネルバも7歳。

 幼い頃、ほとんど外に出ることなく、謎に包まれていた少女だったが、いまでは元気に学校へ通っている。母ほどの器量こそなかったものの、頭の良さは群を抜いていた。

 あるとき、ドゥガル・マクレガーが彼女の名前をからかったことがあった。

 もともと、ドゥガルは顔立ちが良く、村中の女の子たちの関心を一身に集めていた。しかし、ミネルバだけは、ウィンクをしてもなにをしても振り向かない。自分が見つめるだけで、たいていの女の子はポッと頬を染め、のぼせあがるのに、ミネルバだけは視界に入ってもそれっきり。いつも読んでいる本や雑誌から、目を上げようともしない。

 だから、ドゥガルは彼女をからかうことにした。

 少しでも気を惹けると思って。

 

「お前、変な名前だな」

 

 廊下ですれ違いざま、そう言ってやったのだ。

 すると、ミネルバは立ち止まり、ドゥガルの目をまっすぐ見つめた。

 

「あら、あなたはローマ神話を読んだことがないのね。ギリシャ神話でも良いけど……一度読めば、母がその名を付けた意味が分かると思うわ」

「でも、君は牧師の娘じゃないか」

 

 ドゥガルは、ちょっとムキになって反論した。

 自慢ではないが、彼もなかなかに頭が良かったのである。

 

「異教徒由来なのは、どうかと思うけど」

「それを言うなら、ドゥガルもケルトが由来よ」

 

 ミネルバに指摘され、ドゥガルは言葉に詰まった。彼が言い返すための文句を探す前に、ミネルバはぴしゃりと言った。

 

「だいたい、女の子の名前をからかうなんて失礼だわ」

 

 ミネルバはそれだけ告げると、ドゥガルを見向きもせずに立ち去ってしまった。

 

「あっ、おい、まてっ、ごめんって――っ!?」

 

 ドゥガルは慌てて追いかけようとしたが、なにもない廊下でつるっと滑って転んでしまう。まるで、足がすくわれたようだった。

 

「あ、あれ?」

 

 目を白黒させながら立ち上がったときには、ミネルバの姿はもうなかった。

 

 

 

 

 

(ああ、やってしまった……)

 

 一方、ミネルバはうなだれていた。

 自分でも変わった名前だと自覚していたが、それを正面から馬鹿にされたことは初めてだったのである。母が名前に込めた愛と想いを理解していただけに、ドゥガルの悪口はショックだった。

 

(でも、本で頭を叩かなかったことだけは、ほめてもらいたいわ。私、アン・シャーリーほどせんさいではないもの。それに、あれくらいなら魔法だってバレないはずよ。廊下ですべることなんて、よくあることだから)

 

 ミネルバは自分に言い聞かせながら、学校の門を出た。

 母は魔女だ。それも、かなり優秀な魔女だった。もちろん、曾祖母のミネルバも偉大な魔女である。

 しかし、それを話さない。

 決して、誰にも話してはならない。

 魔女であることを隠し、才能も発揮させず、マグルしかいない村に溶け込まないといけないのだ。

 例外として、父は魔法の存在を知っているが、その父ですら魔法の痕跡を見つけると不安そうに顔を歪める。教区民たちに牧師の妻と娘たちが魔法使いだと知られた日には、それまで積み上げてきた信頼が一気に崩れ、もう村にはいられないのは明白だった。

 ミネルバは母を手伝い、弟たちに「魔法を見せびらかしてはいけない」と言い聞かせ、それでも、弟たちが引き起こしてしまった魔法の事故や厄介な問題を隠していた。

 たまに、父が

 

『なにかあったかい?』

 

 と聞いても、ミネルバは平然と首を横に振った。

 大好きな父に――世界で一番大好きな父に嘘をついていることを後ろめたく感じながら。

 

(どうか、父の耳に入りませんように)

 

 ところが、ミネルバの思いもむなしく、この一件は父の耳に入った。

 おしゃべりな村人が日曜日の礼拝で、父に話したのである。なにせ、ドゥガルがミネルバをからかう姿は何人もの人が見ていた――が、幸か不幸か、魔法の痕跡までは知られずにすんだ。周りの目から見て、ドゥガルが足を踏み外したように見えたし、彼自身も何も言わなかった。

 ただ、母の目は誤魔化せず、家で二人っきりになったタイミングで釘を刺された。

 

「学校で魔法(あれ)を使いましたね」

 

 母は縫物をしながら言った。

 

「黙っていても分かりますよ。まったく、なんてことをしたのだか……些細なことから綻んでくるのに。だから、気を付けないと何度も言いましたよね?」

 

 母は手元から目を背けず、淡々と言った。

 母の縫い目は見事で、てきぱきと針を動かす姿は様になっていたし、きっと村でも有数の縫物名人だろう。

 

「……はい」

 

 だけど、母にそのことを伝えたところで、辛そうに眉を寄せるだけだ。魔法の杖を使えば、縫物をしながら料理や洗濯、掃除だってできる。1着のセーターを手で縫い上げている間に、魔法を使えば5着は軽く作れるはずだ。

 

「次は、お父さんに言いますからね」

「はい」

 

 ミネルバは黙って頷いた。

 「父に言う」という言葉が、なによりも効く薬なのである。

 

 

 その日以降、ミネルバは学校で魔法を使うことはなかった。

 それどころか、ミネルバは誰よりも模範であり続けた。勉強では彼女の右に出るものはいなかったし、それをからかう者は誰もいなかった。ドゥガルだけがからかいを――とはいっても、以前のように名前に関する悪質な悪口ではなく、ちょっとしたからかいをしかける程度であったので、魔法を使って反撃するほどでもなかった。

 ドゥガルは勉強でも競ってきた。最初はたいして気にかけていなかったが、一度だけ同点一位で黒板に名前が並んで書かれたこともあり、ミネルバは酷いショックを受けた。

 

(名前をからかってくる人と同じだなんて!)

 

 と。

 ミネルバは大いに悔しがり、より一層勉強に励んだ結果、この数か月は不動の一位を貫いている。

 

「また君に負けたよ」

 

 ミネルバが成績が貼り出された黒板を眺めていると、ドゥガルは肩を落としながら話しかけてきた。

 

「その名の通り、ミネルヴァ(知恵の女神)だね。それとも、知恵の女神(アテナ)って呼べばいい?」

「ありがとう。でも、あだ名は間に合ってるの。ある人からもらってるから」

 

 それだけ言うと、ミネルバは黒板に背を向けた。その場を去ろうとする背中に、ドゥガルは声をかけてくる。

 

「それって、例の文通の相手かい? ()()トム・リドルの弟?」

「ご想像におまかせするわ」

 

 ミネルバはくすりと――学校に通い始めて、初めて噴き出すように微笑んだ。

 

 

 家でも学校でも魔法を隠し、嘘をついている自分にとって、最も自由になれる場所――それが手紙であった。

 

 文通相手のフェンリール・リドルは、ミネルバが初めて会った魔法使いの男の子である。

 数年前のある夜、突然、「アルバス・ダンブルドア」と名乗った壮年の男性が訪ねてきたのだ。新月の夜、どういうわけか街灯はひとつも灯っておらず、より一層闇が深く感じたのを覚えている。

 

『イソベル、久しぶりだね』

 

 玄関口に立つ男性を見て、母は泣き崩れた。

 父は困ったように母の肩を抱きながら、男性を家に通した。

 

『一日だけ、ミネルバをお借りしたい。ロス先生……つまり、このミネルバの曾祖母が、ひ孫に会いたがっていましてね。あなた方が心配していることは一切起こらないようにすると、私の杖にかけて誓おう』

 

 両親は随分と渋っていたが、最終的には了承してくれた。

 ダンブルドアは母の寮監であり、クィディッチチームで華々しく活躍していたことも「妖精の呪文」を首席で卒業したことも覚えていたし、母も「学校で最も優秀な先生で人格者」であると知っていたことも、許可してくれた理由だったに違いない。

 

 初めて会う家族以外の魔女――ミネルバ・ロスも印象深かったが、そこで出会った少年の方が記憶に色濃く残っている。

 なにせ、自分は誰もが寝静まった時間に帰らないといけない。表向きは、「腹痛で家から出られない」ということになっているのである。万が一にも、魔法で移動していたことを、誰かに見られてはならないので、曾祖母の家を訪ねても、かなり時間があったのだ。

 そこで出会ったのが、フェンリール・リドルである。

 初めて会う魔法使いの少年――それも同い年ということで、まじまじと見てしまった。

 身なりはきちんとしていたが、ちょっとした仕草に粗雑さが見られた。顔や腕に引っかき傷があるところも、乱暴さが滲み出ているように思える。正直なところ、あまり関わり合いを持ちたくないな、というのが第一印象であった。

 しかし、彼しか遊び相手はいない。

 どうしたものかと頭を悩ませていたとき、彼は唸りながら目を泳がせ、ひょいっと鞄からボールを取り出したのだ。

 

『あー、フットボール、やらね?』

 

 ミネルバは驚いて、目が点になってしまった。

 あまりに驚きすぎて、言葉を失ってしまったほどだ。

 

『……もしかして、ルールしらねーかんじ? しらねーなら、おしえてやるよ』

 

 フェンリールはボールを軽く抱えたまま、ルールの説明を始めた。

 

(そこに驚いたわけじゃないのだけど……)

 

 ルールは知っている。

 身体を動かすことは大好きだ。休み時間、わずかに本から目を上げ、ドゥガルたちが校庭でフットボールをする姿を眺めながら「羨ましい」と思ったのは一度や二度ではなかった。

 だが、女の子が男の子に交じって、よりにもよってボール遊びをするとは、実にはしたない。模範生にあるまじきことだし、また「牧師の娘なのに」と言われてしまう。

 だから、ずっと我慢していたのだ。

 

『ええ、フットボールは初めてなの。でも、手加減しなくていいわ』

 

 その日は、人生で最も楽しい日となった。

 人目を気にせず、フェンリールと汗だくになるくらい全力で遊び尽くした。フットボールもしたし、かけっこや木登りだってした。フェンリールが自分に負けて素直に悔しがる姿を見るのは楽しく、ときどき魔法を使った遊びをするのも解放感があった。

 

『あー、くそーっ!!』

 

 フェンリールが草地に寝転がり、地団駄を踏んで悔しがった。

 

『また、まけた……ネコみてぇにすばしっこい……!』

『……そうよ! だって、ネコが動物で一番好きだもの』

 

 出会って間もないのに、自分のことを大好きな猫と表現してくれたことも、胸が膨らむほど嬉しかった。

 

『フェンリールは何が好きなの? 狼?』

『……オオカミはきらいだ』

 

 フェンリールは寝転がりながら水筒を飲んでいたが、吐き捨てるように言った。

 

『……名前、嫌いなの?』

 

 すると、フェンリールは口ごもった。ついさっきまで率直な彼を見てきただけに、ミネルバはちょっとだけ違和感を覚えた。だから理由を尋ねると、彼は言葉を選ぶように教えてくれた。

 

『オオカミは、だいっきらいなんだ。イヌはきらいじゃねーってか、むしろ好きだけどさ、オオカミはだめだ。なんつーか、あー……フェンリールってオオカミおもいだす名前だろ?』

『……それならね』

 

 ミネルバが屈みこみ、彼の顔を覗き込んだ。長い髪が彼の顔に少しかかったが、ミネルバは気にせず続けた。

 

『今度、あなたにピッタリな名前をかんがえてあげる』

『は……はぁ!?』

 

 フェンリールは一瞬、ぽかんと口を開けていたが、瞬く間に顔を真っ赤に火照らせた。

 

『べ、べつに、あだ名なんてひつようねーよ! つーか、ちかいんだよ! ちかい!!』

 

 フェンリールは目にもとまらぬ速さで距離をとってしまった。後ろ向きで這うように逃げた後、体勢を変え、威嚇するように構えている。ぐるる、と唸りながら警戒する姿は、まさに大型犬そのものである。

 

(……!)

 

 フェンリールの姿は、ミネルバの内に眠っていた何かを刺激した。

 

『あだ名はね、友情の証なの。私たち、友だちでしょ?』

『そりゃ、そうだけどさ……』

『なにがいいかなー。フェンリールって名前から離れたあだ名の方がいいよね。なににしようかなー?』

『へんなもんかんがえるんじゃねーぞ! オレのほうが、ずっといいあだ名かんがえてやる!』

 

 

 結果論として、ミネルバが悩んでいる間に、フェンリールの方から『お前のあだ名は猫の妖精(ケット・シー)でどうだ?』という手紙が届いた。この手紙を読んだ時の顔は、絶対にフェンリールに見せられない。しばらくベッドで悶絶し、ばたばたと足をはしたないほど揺らしてしまった。顔の熱が完全に冷めたのは一時間も経ってからだったが、返信の手紙はすらすらと書くことができた。

 

『素敵なあだ名、ありがとう。私が猫の妖精(ケット・シー)なら、あなたは犬の妖精(クー・シー)ね。クー、あらためてよろしく』

 

 犬の妖精(クー・シー)と呼ばれた彼が、どのような反応をするのか――手紙だから直接見ることは叶わないが、不思議と瞼の裏に浮かんでくる。

 

 

 これ以降、手紙のなかでは「フェンリール」と呼ばずに「クー」と書いている。

 フェンリールの方は照れくさいのか、滅多に「ケット」と書いてくれないけど、たまに文字が目に入ると、ミネルバは心が華やぐ気持ちになった。

 マグルの郵便でやりとりしていたから、郵便屋さんが

 

「リドルって……まさか、()()トム・リドルの血縁者?」

 

 と気づいたことがきっかけで、フェンリールに確認を取ったところ、本当にトム・リドルの弟と知ったときは少し驚いた。でも、有名人の弟と文通している意識は芽生えず、あくまで同年代の異性の友だちとやりとりしているに過ぎなかった。

 からかいがいがある男の子。

 自分のことを色眼鏡をかけず見て、魔法のことも隠さず語れる最も親しい腹心の友人。

 

(クーが近所に住んでいたら良いのに)

 

 同じ学校に通って、一緒に食事をして、共におしゃべりをしたり遊んだりしながら、からかって――……だけど、それは叶わぬ夢だ。もし、自分の魔法の才能が認められて、ホグワーツに通うことができたら叶うのだろうが、それも数年先の未来の話だった。

 

「……さて、次はどんなことを書こうかな」

 

 確か、前回はドライフラワーを作ったことを書いた。

 夏至の正午に薔薇を摘んでドライフラワーを作り、クリスマスまでしまっておくと恋のお守りになる――……女子なら誰もが一度はやったことがあるので、「ドライフラワーを作った」とだけ書くだけでいい。あとは、学校で噂を耳にすれば完璧だ。

 

(クーのことだから、強がって「ドライフラワー? 上手く作れるといいな」くらいしか返事が書かれていないだろうけど、私のことでたくさん悩んでくれたらそれでいいや。クリスマス頃、無事にできたって報告と一緒に、花弁を一枚封筒に入れようかな)

 

 ミネルバは頬を緩ませる。

 

 ミネルバ・マクゴナガルは今日も想像する。

 世界で一番好きな家族の次に大好きな男の子にあてる手紙のことを。それを受け取ったときに、彼がとるであろう反応を――……いつの日か手紙越しではなく、直接反応を見ることができる、そのときを。

 

 

 

 

 




番外編、いかがでしたでしょうか?
また元のサブタイトル縛りに戻りますので、次の番外編は「トム・マールヴォロ・リドルの憤慨」となります。


次回更新は、10月19日(日)を予定しております。
新章突入ということですので、準備のため一月ほどお休みさせていただきます。

今後とも、本作をよろしくお願い致します。
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