トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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第5章始まります。




第五章
◯1943年12月 クリスマス・キャロル


 

 雨が溶けていく

 霧の街にひたひたと

 倒れた私に、ひたひたと

 自由を手にした翼は既に力なく

 猟犬が嗅ぎつけるのも時間の問題

 

 これで全部終わり

 目を閉じる

 あの人と同じ場所へ行けると祈って

 

 

『ーー?』

 

 雨粒に代わり、降り注ぐのは知らぬ言葉

 身体にかかるは傘の影

 

 雨が止んだ

 

 

 

●1943年 12月25日

 

 今日の夢見は最悪だった……。

 せっかくのクリスマスだというのに、目覚めから憂鬱である。厚手の毛布を被っていたはずなのに、身体が芯から冷え切っていた。指先まで凍りついている。そのくせ覚えているのは「ぞっとした」感情だけで、夢の内容を覚えていないのだから、なんとも嫌な心地である。

 

 けれども、今日はクリスマス。

 朝から、トムがリビングでAngels from the Realms of Glory(天のみつかいの)を弾いてくれた。

 どんなに落ち込んでいても、クリスマスキャロルを聞くと心が弾む。いつだって砂糖をふんだんに使ったケーキを頬張っているように幸せな心地になるのだから、まるで魔法みたいな曲なのだ。

 

「ありがとう、トム」

 

 私が声をかけると、トムはヴァイオリンを片付けながらぶっきらぼうに言った。

 

「別に。クリスマスなのにさ、憂鬱な顔で過ごすのは違うと思っただけ」

「あら」

 

 トムからそんな言葉が聴けるなんて、ちょっとびっくりした。驚きのあまり、きょとんとした顔になってしまう。すると、トムの方も不思議そうに眉を寄せていた。

 

「……なんだよ? おかしなことでもないだろう?」

「まさか、トムがそう言ってくれるとは思わなかったから」

 

 素直に口に出せば、トムは目が点になった。でも、それは本当に一瞬で、すぐにむすっと口を曲げてしまう。

 

「アイリス、僕が何歳になったのか数えられる?」

「6日後には17歳ね」

「ご名答」

 

 トムはもったいぶった口調で言い切ると、やや大げさにため息をついてみせた。

 

「もうすぐ17歳だ。この意味、分かる?」

「分かるって、なにが?」

 

 正直なところ、「もうすぐ17歳」と聞かれたら紅茶のCMしか思い浮かばない。もっといえば、ドレミを高らかに歌うミュージカル映画が連想される――が、どちらもこの時代には存在しないので、答えに躓いてしまう。もう少し考えたら、トムが言わんとしていることに辿り着けたはずだけど、そこまで考える時間はなかった。

 

「17歳は魔法使いの成人年齢だ」

「そうだった」

「……いい加減、僕だって成長していることを分かって欲しいんだけどな」

「当たり前じゃない、分かってるわよ」

 

 トムが17歳になることも分かっている。

 それが魔法使いの成人の年齢だということも理解していた。実際、成人祝いの金時計は既に購入済みだ。仕事部屋の棚にしまってある。トムを引き取ると決めた時点で「魔法使いの成人祝いは金時計」って原作知識があったから、少しずつ積み立てていたのだ。ただ、私の想像する金時計と魔法界の金時計が違うかもしれないので、ダンブルドアやナティたちに尋ねて回り、これだ! という一つをダイアゴン横丁で買ってきた。ほんのちょっぴり予算オーバーしたけど、まあ誤差である。

 

「いや、分かっていない。絶対に」

 

 そう言うと、トムはソファーに勢いよく腰を下ろした。そのまま本を開くと、静々と読み始めた。普段なら自室へ直行するのにリビングに留まり続けるのは、やはりクリスマスだからだろう。ありがたいことに、私がプレゼントしたクリスマスのセーターを着てくれているのも……。

 

 こうやって書き出してみると、トムは随分変わったなって思う。

 いや、ここは変わったではなく、成長したと表現するべきだろう。それも、きっと良い方向へ。

 

 それから、今日は家族でゆったり過ごした。

 配給のせいで豪華なディナーではないけど、このご時世にしたらそれなりの料理も作ることができた。政府もクリスマスだってことを知っているから、バターを追加で特配してくれたおかげで、ケーキを作ることができた。2年後には、お金さえあれば食べ物が手に入る時代が来るはず。「あの頃は大変だったね」なんて言える日を待つことにしよう。

 

 私とフェンリールと帰省中のラシェル、それからディークの4人は、トランプをしたり、チェスをしたりした。たまに、フェンリールが魔法を使ってカードの柄を変えようとしていたらしく、その都度、読書中のトムから叱責が飛んだ。

 

 ちなみにチェスだけど、トムが「魔法使いのチェス盤」を貸してくれた。

 フェンリールは存在を知っていたらしく驚かなかったが、私とラシェルは興味津々で魅入っていた。映画で見たように、チェスの駒が指示に従って動くことには感動した。駒自体は、マグルに使われることを良しと思っていなかったみたいだけどね。

 ラシェルは私より目を輝かせていた。

 

「駒を破壊するなんて、魔法使いのチェスは野蛮ね」

 

 彼女はそんなことを言っていたけど、駒を自分の手足のように楽しく動かしていた。実際、フェンリール相手に無双していた。チェスの駒も最初はラシェルに文句を言っていたけど、彼女の動かし方が的確らしく、途中からは

 

「イエス、マム!」

 

 なんて、誇らしげに言いながら動いていた。

 一方、フェンリールに対して、駒はずっと非服従だった。

 

「ちょっと! なんで、私を動かすのよ! あっちのポーンを動かしなさい! ポーンは取られるけど、次の一手で私が相手を倒せる!」

「いや、ナイトを動かすべきだね。そっちの方が勝ち目がある」

「ビショップ! 絶対にビショップだ!」

「――ッ、あー、もう! お前ら、全員うるせーぞ! しずかにしやがれ!!」

 

 フェンリールは頭をぶんぶん振りながら叫んでいた。フェンリールはいくら悩んでも勝ち目はなく、ぐぬぬと唸り、最終的にチェス盤をひっくり返そうとする。もっとも、ひっくり返す寸前で思い止まり、ソファーに駆け出していた。

 

「アニキー! 本ばっか読んでねぇで、チェスで頭をうごかしたらどうだ?」

「残念ながら僕は多忙でね」

 

 トムは本から目を上げることなく言った。片手で本を持ち、もう片方の手で膝で転寝をするエンラクを撫でている。

 

「両手が塞がっているんだ。ここから動けない」

「手はつかえねぇかもしれないけど、かわいー弟に頭をかすことくらいはできるだろ?」

「狡賢い弟はいるが、可愛い弟はいない」

 

 トムが言いきると、ラシェルがくすくすと笑った。

 

「ですって、狡賢い弟君。残念だけど、賢い兄さんの力は借りられないみたいね」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 フェンリールは地団駄を数度踏むが、切り替えるように笑みを深めた。

 

「んじゃあさ、弟のためにやってくれよー! このままだと5戦5敗なんだよー!」

「だから、僕は――……」

「アニキのチェスを見て、勉強したいんだって!」

 

 精いっぱいの上目遣いをしているが、魂胆は見え見えである。

 

「……それなら、アイリスに頼め……いや、状況自体はあんまり変わらないか」

「だろ!? たよれるのは、アニキしかいないんだってー!」

「そうは言ってもな」

 

 トムは一瞬、本から目を上げた。つまらなそうに盤面を見つめ、やれやれと目を伏せる。

 

「あの盤面から勝つのは不可能だ。キングまでがら空きだし、駒だってほとんどないじゃないか」

「そこをなんとか!」

「…………」

 

 トムはしばらく黙っていたが、ため息に乗せるように声を漏らした。

 

「ナイトをAの3へ」

「さっすがアニキ! ありがとう!」

 

 フェンリールは意気揚々と駒に命じる。

 そこからは激戦だった。フェンリールの駒はラシェルの半分にも満たなかったが、瞬く間にチェス盤を疾走する。途中からは、フェンリールの指示を待たず、トムの声だけで動いていた。ラシェルも負けじと応戦するが、徐々に劣勢になっていく。

 ぴったり30分後、トムは「チェックメイト」を宣言した。

 いや、凄い戦いだった!

 

「貴方って、なんでもできるのね!」

 

 ラシェルは悔しそうに――だけど、どこか凄いものを見たような感心しきった声で言った。

 

「運が良かっただけさ。君もなかなかだったよ」

「運だけだと、チェスは勝てないわよ。ねぇ、今度は最初からやらない?」

「構わないよ」

 

 そこからは、トムとラシェルの一騎打ち。

 結果だけ見れば、トムの全勝だったけど、ラシェルもかなり健闘していた。私? 私はチェスは不得手だから観戦に徹した。それでも、目の前で繰り広げられている激戦から目が離せない。良い試合というものは、応援するだけでも楽しめるものだ。

 

 このような感じで、ゆったりとしたクリスマスが過ぎていった。

 来年はトムも7年生。その次は――……家を出るのか、それとも、この家を拠点に仕事をするのか。クリスマスには帰ってきて欲しいけど、仕事を始めたり、将来的に家庭を持ったりしたら変わってくる。こうして、家族のんびり過ごせるのも数えるくらいしかないのかもしれないと思うと、小匙一杯分くらい寂しさが胸に去来した。

 

 でもまあ、寂しがっていても仕方がない。

 来るものは来るのだから、いまをいっぱい楽しめばいいのだ!

 

 

 ちなみに、今年のクリスマスのプレゼントはこんな感じ。

 フェンリールからは学校で造った写真立て。

 ラシェルからは詩の書かれたクリスマスカードと手作りクッキー。

 トムからは季節外れのアイリスの花と空の水槽だった。

 

「しばらく、新鮮な水を張っておいたらいいよ」

 

 トムはさりげなく言ったつもりだろうけど、私にはわざとらしく聞こえた。

 これは……絶対になにか仕掛けがあるに違いない。

 ということで、自室の一番良いところに水を入れた水槽と青々としたアイリスの花を飾った。さて、いったい何が起きるのかなーと思ったけど、いまのところは何もない。でも、何も起きないなんてことはない。

 

 いつか起きる変化を見逃さないように、楽しみながら待つとしよう。

 

 

 

 

●1943年 12月26日

 

 

 トムの部屋の前を通った時、話し声が聞こえてきた。

 トムも両面鏡を使っているのかと思ったけど、鏡の向こう側の声ってそこまで響くものではない。

 

 いったい、誰と話しているのかな?

 それとも、私の気のせい……?

 

 

 よく分からないけど、31日の記念すべき17歳の誕生日に向けての準備に励まなくちゃ!

 お客様も何人か招待しているから、精いっぱい頑張ろう!

 

 

 

 

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