●1944年 2月〇日
トムから手紙で、不死鳥を捕まえた経緯を教えてもらった。
ホグズミード村経由で「姿現し」を使って学校を抜け出し、不死鳥が住まうと噂された洞窟へ向かったらしい。まったく……成人して魔法を自由に使えるようになったとはいっても、まだ学生。休日の行動は制限されるべきではないのだろうけど、勝手に校外へ飛び出すなんて……しかも、ディークの入れ知恵だというのだから、頭が痛くなる。
この手紙を受け取った直後、ディークに「どうして、そんな場所を教えたの?」と問い詰めてしまったほどに混乱した。
「ディークは、トムなら不死鳥を正しく保護できると思ったのでございます。ですので、ディークが知っている不死鳥の生息地を教えたのであります」
ディークは申し訳なさそうに耳をぱたんと垂れながらも、しっかりとした口調で教えてくれた。
「保護? いえ、そもそも学校を抜け出すなんて……」
「奥様、50年ほど前はよくあったことです」
「……50年前、ねぇ」
私は腕を組み、不服そうに目を細める。
しかし、ディークは懐かしそうに目元を緩めて話を続けた。
「ディークは、いまでも昨日のことのように思い出します。あの方が単身で洞窟に乗り込み、密猟者の手から不死鳥を救ってくださったことを。その美しさを、いまでも」
「……その、あの方っていうのはホグワーツの学生のこと?」
「5年生からの転入生でした。正義感に厚く、とても勤勉で、忍耐もあり、機知にとんだ素晴らしい生徒でした」
「5年生からの転入生……待って、どこかで聞いたことがあるかも」
私が記憶をたどる前に、ディークが答えを教えてくれた。
「オナイ様から聞かれたのでしょう。転入生様は、彼女とかなり仲が良かったですから」
「そうかも」
私は頷いた。
何年も前の誕生日、ナティやバンティと一緒に夕食をとったときに教えてもらったのだ。
「たしか、悪い魔法使いやゴブリンを倒した人って聞いたことがあるわ。でも、行方不明だって」
実際に口に出してみると、すらすらとそのときの光景が思い浮かんだ。
ナティが蜂蜜酒入りのグラスを揺らしながら、寂しそうに「あの子がいたって事実はみんな覚えているのに、どこへ行ったのか誰も知らない。名前も思い出せない。性別も寮も。間違いなく親友だったのに、情けないよね」と呟いていたのだ。
少なくとも、その話を聞いてから5年近く経っている。そのことに気づいて、私は目を丸くしてしまった。
「その人、まだ見つかっていないの?」
「……ディークの知る限りでは」
ディークも悲しそうに肩を落とした。
「実は、ディークも思い出せないのです。あのお方の名前や性別すらも。30年前くらいまでは、ときどきお会いしていたのですが……いまではその記憶すら曖昧なのです」
「そういうことって、魔法界ではよくある――わけないと思うけど、伝承とかで残っているの?」
「ディークの知る限り、それはないと思います。広大な忘却魔法をかけることは可能だと思いますが、マグル相手に忘却魔法をかけるのと魔法族にかけるのとでは難易度が違います。誰か気づくはずですし、ディークたちしもべ妖精やゴブリンたちの記憶から抵抗するすべもなく消し去るのは不可能です」
それに……と、ディークは真剣な眼差しで続けた。
「ディークはこのことに気づいたとき、急いで
「その人、首席だったの?」
「はい。ディークは覚えております。間違いなく首席でした。その方は、白いパジャマに首席バッジをつけて喜んでいたことを思い出します。ですが、その年の首席に名を連ねていなかったのです」
「ホグワーツの資料を改ざんするなんて……不可能でしょ」
しかし、実際にはそれが起きている。
いままで気にも留めていなかったけど、普通に考えてありえない事態だということは分かった。そもそも、そこまでして転入生とやらの情報を消して何のメリットがあるのだろう? なにか、途方もない闇が裏に隠れているとしか考えられなかった。
「話が脱線しましたね。不死鳥の話でした」
私が考えを巡らせていると、ディークは首を横に振って話題を戻してきた。
「トムはバジリスクの毒を研究する上で、どうしても不死鳥の涙を欲していました。クリーデンスの傍にも不死鳥はいますが、そこから入手するのは躊躇われたのでしょう。自分だけの不死鳥を探していたのです」
「……解毒剤はあるに越したことはないものね」
トムがバジリスクなんて危険生物を手懐ける姿は容易に想像でき、毒でやられるとは思えない。でも、誤って毒牙に触れてしまうかもしれないし、他の人に触れてしまうかもしれない。そう考えると、解毒剤もとい不死鳥の涙は常時手に入る状態にしておきたいはずだ。私としても、その方が安心できる。
「それで、奥様。ディークは気になります。不死鳥の名付けを頼まれたのでしょう? いったい、どのような名前にするのです?」
「え、ええ。ひとまず、タイヘーかショーのどちらかにしたらって伝えるつもり」
残りメンバーと屁理屈を考えながら、トムへの手紙にはそう記した。
「タイヘーは太平で、ショーは飛翔っていう意味よ」
「どちらも素敵な意味ですね。ディークは好きです」
ディークは嬉しそうに微笑んでいた。
「……ねぇ、ディーク。さっきの話……やっぱり気になるわ。誰も忘却魔法を使った魔法使いを探さなかったの?」
「探した者もいたと思いますが、手掛かりは見つからなかったのだと思います……そろそろ、夕食の支度をしますね」
彼はそれだけ言うと、台所へ消えて行ってしまった。
……とりあえず、トムの手紙には「これ以上、校則を無視しないように。魔法を危険なことに使わないように」と綴っておくとしよう。成人した魔法使いに伝える言葉ではないけど、いくつになっても私にとってトムは守りたい存在なのだ。
●1944年 2月14日
モーリスからプレゼントを貰ってしまった。
原稿を取りに来たついでに、ハロッズのチョコレートをプレゼントされる。本物のチョコレートに、私は興奮を隠せなかった。砂糖はディークの増幅魔法を頼りながら、なるべく絶えないように努力していたけど、チョコレートは本当になかなか手に入らなくて、ここしばらく見ていなかった。
「本当に貰っていいの!? こんな貴重なものを!?」
「かまわないよ。僕は食べないから。それに、君はチョコが好きだろ?」
モーリスはいつもの朗らかな表情で言った。
「なんだか、いつもごめんなさいね。次、原稿を受け取りに来る日にお返しを――……」
「お返しなんていらないよ。期日までに原稿を用意してくれるだけでいいさ」
モーリスはそう言ってくれたけど、それではまったく釣り合っていない。とにかく、次に原稿を取りに来た日、夕食に招待することにしよう。
さて、チョコレートを貰ったことをフェンリールに伝えると、彼は妙にニヤニヤしながらこんなことを言ってきた。
「去年は絵で今年はチョコレートかー。母さん、愛されてるなー」
「たまたまよ」
フェンリールが「本当に?」なんて言葉を背中にかけてきたけど、「宿題をやりなさい」とだけ返した。
モーリスが私のことを大切に思ってくれるのは、友だちだからだ。そう思うようにしているし、その考えを変えるつもりはない。たぶん、彼もそのことを分かっているはずだ。
私は再婚するつもりはない。
これまでも、これからも。
だって、私の旦那はルークただ一人だから。
……って、書いて、私は自分の口元が緩んでいることに今更気づく。
ルークと過ごしたのは、たった数年。年数だけ考えれば、トムと暮らした年月の方が多い。ここ数年、日記を読み返せば、彼との思い出よりトムに思いを馳せることの方が遥かに多く、ルークのことを書き連ねたページはほとんどない。それでも、彼への思いは褪せない。ルークへの愛は、胸の奥で燻るように燃え続けている。日記に書かないだけで、つい昨日のことのように思い出せる。
かと思えば、前世でアバダケダブラされた理由はまったくもって思い出せない。
人に恨まれるようなことはした覚えはない、と思うし……そもそも、「ここは魔法が存在する世界です! あなたが読んでいるハリポタは現実です!」なんて知っていたら、もっと行動が変わっている気がする。でも、記憶の私は普通に生活しているように思えた。
なんか、私って歪なのかも。
誰か知らない人の分霊箱だし……少しは謎を解きたいものだ。
※
●1944年 2月×日
あー、頭が痛い!
今朝、ガランサス夫人が乗り込んできた。
「あのガキが母さんの遺産を全部継いだって本当なの!? 娘の私には1ポンドもないの!?」
って。
もう何年も忘れていた実母だけど、こうして突然現れるなんて……。
しかも、弁護士同伴で、リビングにいきなり現れたのだ。
前触れもなく、ベルを鳴らすこともなく、ずかずかと門をこじ開け、玄関を合鍵で強引に突破し、リビングの扉をバーンと開くと、ちょうどソファで転寝していた私に向かって叫んだのである。
「あんた、母さんが死んだことをどうして伝えなかったのよ! そもそもね! あのトムって子、孤児なんだって!? ふざけるんじゃないよ! なーんで、血も繋がってないガキに財産とられないといけないんだい!!」
この時点でツッコミどころ満載である。
ヘレンおばあちゃん亡くなったの何年も前なのに、最近知ったの……?
いや、遺言のことで揉めるだろうなとは思っていた。でも、亡くなってから数か月経っても連絡がなかったし、そもそもおばあちゃんの葬儀に顔も見せなかったから「おばあちゃん、あの人と縁切りしたのかな」と軽く考えていた。
これまで夫人のことを思い出すこともなく、むしろ1ミリたりとも思い出したくもなかった。これ以上、私たちの人生に踏み込んできてほしくない。
おまけに、フェンリールが夫人に噛みついて噛みついて……もちろん、本当に噛みついたわけではなく、言葉で攻撃したって意味だけど、ハラハラしてしまった。
「おばさんさ、遺言ってのは人の想いなんだろ? あんたの母さんが、アニキに財産ゆずったっていうなら、それを大切にするべきなんじゃねーの? 孤児だの血も繋がってねぇーだの関係ねぇんだよ」
「なによ、このガキ! 口も悪い醜いガキね!」
「そーいうおばさんは、口も性格も悪い女だな。ガマガエルみてぇだ!」
「ちょ、フェンリール!」
私はすぐにフェンリールの口を塞いだけど、ガランサス夫人にはすべて聞こえてしまっていた。
「ガマガエルですって!? カエルが一番嫌いなのよ!!」
でも、そうやって叫ぶ声はゲコゲコと鳴く声そっくりで吹き出しそうになった。何とか堪えたけど、こんなやりとりの応酬が何十回も繰り返されたものだから、今日はくたくた。
こちらの弁護士には電話したから、明日には間に入って対応してくれることだろう。
ヘレンおばあちゃんが作成した遺言書は正式なものだから、万に一つも奪われることはない。でも、いろいろとごねてきそうで憂鬱だ。
そのあたりは、弁護士に丸投げするとしよう。