1943年 11月
<軍用官製ハガキ。鉛筆書きで極めて細かい字。ドイツ語で記されている>
トム・マールヴォロ・リドルへ。
僕は元気にしています。
ここでは楽団に入り、クラリネットを吹いています。ヴァイオリンやチェロも任されます。音楽に携わる仕事ができて嬉しいです。捕虜と同じ待遇で、手紙を出すことも許可してもらえました。
隣人のアズカバンも、ここが気に入ると思います。よろしく伝えてください。
ジョナサンより。
※
●1944年 3月30日
いろいろ悩んでいる間に、ダンブルドアと話す日が迫ってきている。
この機会を逃したら、一人悶々と悩んだままイースター休暇を迎えてしまう。
イースター休暇には、トムがロンドン交響楽団と協演するために戻ってきてしまうのだ。何も知らない顔で接してもいいけど……駄目だ、それはできない。
仕方ないので、明日……ダンブルドアにそれとなく相談しようと思う。
だけど……あの人、完全無欠に善人なのだけど、まったくもって隠し事が通じないから……こういう機会になるたびに、どうしても苦手意識を覚えてしまう。
分かってる。ダンブルドアは、本当に良い人なんだよ! どんな些細なことも親身になって相談に乗ってくれるし、気持ちに共感してくれるし、一緒に解決策を考えてくれる。こんな人、なかなかいるものではない。学校の先生だって、ここまで真剣に考えてくれる人は――いや、ダンブルドアは学校の先生だけど、滅多にいないように思える。
でも、やっぱり怖い。
関われば関わるたび、ぞくっとする。
原作のダンブルドアは、
……分かってる。
他の道を選んでいたら、もっと戦争が長引いて、さらに多くの血が流れていたのだろう。
違う選択をしていたら、ハリーが志半ばで命を落としていたかもしれない。
ダンブルドアは「ハリーが予言の子として、ヴォルデモートを打倒する世界」をつかむために、途中からは自分の死すら勘定に入れて、未来を予測しながら、ハリーを育て上げた。
凄いの一言で表しきれない。
そのような人物が、トム・マールヴォロ・リドルを「蛇の王」として導かないと断言できるか?
私の前では、蛇の王にするべく動いていないように見せているけど――……本心は分からない。私は、トムを戦場へ赴かせたことを今でも許せていないし、あえてモーフィンとハグリッドを泳がせていたような言動も疑っているのだ。
だから、ジョナサンからの手紙について話すのは気が進まない。
この手紙を知れば、ダンブルドアはトムを
いや、ダンブルドアに話さなくても、この手紙を見せたら乗り込むのは必至だ。
だとしたら、相談するのも手かもしれない。
明日までに、どうすれば良いか決めよう。
●1944年 3月31日
ダンブルドアとの話は、いつも通り進んだ。
第五巻「不死鳥の騎士団」について、私は話を始める。
1月の時点でハリーの裁判の話をして、少し経ってから、アンブリッジ教授就任爆誕の話をしたことが、いまではすごく昔のことのように思える。このすぐあとにガランサス夫人来襲があったから、どこまで話したのか正直朧気だった。
「えっと、アンブリッジの行う授業はつまらないものでした。『防衛術の理論』という本を読ませ、実技はまったく行わないのです。ハリーは反発し、罰則を受けることになるのでした」
「書き取りの罰則と見せかけた拷問だったね」
「あ……それ、話してましたっけ? すみません……」
私が謝ると、ダンブルドアは微笑みながら頷いた。
「ハーマイオニーが、『闇の魔術に対する防衛術』を実践的に学ぶための組織を作る必要があると説くところで終わっている。第一回の会合をどこでやるのかまでは聞いていない」
「どこだと思います?」
「三本の箒ではないだろう」
ダンブルドアは指を組みながら言った。
「……『叫びの館』、もしくは『ホッグズヘッド』かい?」
「何故?」
「どちらとも生徒や教授が寄り付かない場所だ。ただ、叫びの館は興味本位で訪れる生徒もいるだろう。可能性としてあるのは『ホッグズヘッド』だ。ハーマイオニー・グレンジャーなら間違いなくそこを選択する。おすすめはしないがね」
どうかな? と目で問われ、私は頷くしかなかった。
「先生ならどこを選びますか?」
「第一回目の会合は『三本の箒』の個室だろう。集った者たちが信用できると分かれば、次から『必要の部屋』だ。あの場所を適切に運用すれば、まず見つからない――部屋の存在は知っているのだろう?」
「ええ、まあ……」
私は言葉を濁し、わずかに目線を逸らした。
すると、ダンブルドアはこんなことを言ってきた。
「『必要の部屋』といえば、トムも数日前に入って行ったよ」
「えっ!?」
思わず飛び上がり、ダンブルドアをまじまじと見つめてしまう。
「そうなんですか!?」
「君からは、息子のことをしっかり見て欲しいと頼まれているからね。もっとも、部屋の存在はディークから聞いたのだろうが……トムのことだ、悪用はしないだろう」
「それはそうですけど」
トムは部屋で何をしていたのだろう?
いや、問題はそこではない。あの部屋は「必要としているもの」を生み出してしまう。トムが望むのであれば、簡単に海外へ行ける道具も出現させてしまうのではないだろうか? 例えば「姿をくらますキャビネット棚」のような道具を――……ああ、駄目。ますます、手紙の存在を知らせるリスクが……と、ここまで考えたところで、ダンブルドアが黙り込んでいることに気づいた。
「あ……すみません。すぐに続きを話しますね」
「アイリス。なにか悩みごとでも? 今日の貴方は心ここにあらずのように思えてならない」
どんぴしゃり。
この人の前で隠し事はできない。しようとも思ってはいけない。
「……トムの親友が死にかけているのです」
例の手紙を見せ、いまその場所で起きているであろうことを話した。
「私は、トムに行ってほしくありません。あの惨状を見て欲しくないです。トムが行けば、ジョナサン君を助け出すだけに終わらない。そうしたら、国際魔法機密保持法違反になってしまいます。それに……」
私は苦しさのあまり口を閉ざしたが、脳内で言葉を続ける。
トムが心を鬼にして、ジョナサンだけを助け出すことは可能だろう。だが、そのままでは、ジョナサンは脱走扱いになる。脱走者が見つからなかった場合、看守たちは残された無関係の収容者に罰を与える。収容所から脱走者が出たことで、適当に選ばれた10人が餓死刑に課せられることになったって実話を前世で聞いたことがあった。トムは知らずとも、ジョナサンはそのことを理解している。自分が助かる代わりに、見知らぬ誰かが死ぬなんてこと、彼らが許容できるはずがない。
それに、万が一――ジョナサンが酷く衰弱していて、看守から「シャワーを浴びるように」と勧められていたとしたら? トムも一緒に連れ添って入ってしまうのではないだろうか?
私は口に出すのもおぞましいことを、ただひたすら頭のなかで語り続けた。
ダンブルドアは最後まで何も言わず、青い目でこちらを見つめ続けていた。
「……その手紙は、トムに見せた方がいい」
私の思考が煮詰まったとき、ダンブルドアは静かに口を開いた。
「手紙を見せれば、友人が窮地に陥っていることを理解するだろう。これは間違いなくSOSだ。貴方の推測通り、トムは敵地に飛び込むに違いない」
「そうなって欲しくありません」
「しかし、貴方はトムに嘘をつかないと誓っているのだろう?」
そう返されると、私は黙するしかない。
「貴方の心配も分かる。けれど、アイリス……その突破口は、既に貴方の知識のなかにある」
「私が知っていること……?」
そう言いながら、私は首を横に振る。
私が知ることなんて、なにもない。ちょっと未来を知っているだけで、いままで何の役にもたってこなかった。
「バジリスクは粉塵爆発で倒しただろう?」
「……たまたまです」
「しかし、倒すことができたのは事実だ。しかも、そのおかげでバジリスクの両眼は使い物にならなくなった」
「でも、あれは……! 前世で好きだったアニメから発想したってだけなんです!」
私は思わず大声をあげてしまう。
「今回はアニメの知識でどうこうなる問題ではありません!」
「君のトムは魔法が使える」
ダンブルドアは口元だけ微笑を携え、ぱちんと指を弾いた。
「魔法は、科学や常識を超えることができる。それに――貴方には、トムが収容所を訪れた際、起きるであろう問題が見えている。これは強みだ」
「……思いつくだけです!」
「課題が分かったのであれば、対策を立てればよいだけのこと」
ダンブルドアは言葉を続ける。
「首尾よく運べば、トムは友人の命を救うことができる。無関係の者たちを死へ追いやることもせずにね」
ダンブルドアはそれだけ言うと、姿を消してしまった。
両面鏡に何度呼び掛けても返答はない。
「あーもう!」
さっさと答えを教えてくれたらいいのに、それをしてくれないなんて意地が悪い。
そもそも、トムがジョナサンを救うってことは、脱走するってこと。脱走が上手くいってしまったら、無関係な人たちが看守の腹いせに殺されてしまう。
忘却魔法?
トムは人の心理を操る魔法を嫌っているし、そもそも膨大な人数にかける必要がある。
「でも、なにをすればいいのよ……焔の錬金術師の真似事みたいにいかないわよ」
バジリスク相手のときを思い出し、嘆息をついたそのときだった。
「……あっ!」
流星が落ちるように、一つの案が思い浮かぶ。
この方法を使えば、周りの人を巻き込むことなく、ジョナサンだけを救い出すことができるかもしれない。だが、それを行うためには綿密な計算が必要だ。
今日は遅いから、明日ちゃんと計算することにする。
本当にこの方法で良いのか分からないけど、トムが戻ってきたときに伝えようと思う。
もっとも、他に良案が浮かべばそちらへ。
いまはただ彼の無事を祈りながら、私にできる最善を尽くすことにする。