トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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トム視点です。


●トム・マールヴォロ・リドルの憤慨(上)

 

 天国と地獄は存在する。

 死後ではなく、自分の頭のなかに。

 

 これは、トムが抱き続けている持論であった。

 神様なんてこれっぽっちも信じていないことには変わらない。死後の世界だって懐疑的で、あまり考えないようにしている。ダンケルクで繰り広げた戦やパリの自転車競技場は、まさにこの世の地獄のような有様だったが、目を閉じれば逃れることができる。それで消すことができる。実際、あの惨劇から数日以内に、トムはアイリスの元へ帰り、日常に戻っていった。いまあの場所を訪れても、そこに当時の光景はないだろう。ダンケルクの浜辺は静かな波を打ち、パリ市民は自転車競技に熱狂しているはずだ。

 

 だが、地獄は消えない。

 頭の片隅に、絶えず存在し続ける。

 

 あの日、目にした地獄は――底冷えするような恐怖が日常の合間に顔を出す。アイリスと一緒にいるときは滅多にないが、それは突然やってくる。あの惨劇を忘れて日常を謳歌していることを許さないとばかりに、本当に唐突だ。いきなり足元に大穴が開いたかのように襲いかかってくる。これらの恐怖は勉強や魔法薬の実験、生き物の世話に没頭することで消しているが、寝る前に顔を覗かせたときは最悪だ。深淵を覗き込むような恐怖が、足の指先から徐々に這い上がってくる。

 

『自分は死ぬところだった』

『アバダケダブラが自分やキクをかすっていたら、とっくに死体の仲間入りだった』

『ジョナサンはどうなった? トイレもベッドも食事もない場所に閉じ込めて置くような連中が、彼の命を大事に扱うと思っているのか?』

 

 耳元で囁くように、地獄が口を開く。

 就寝前は逃れようがなく、目をつぶれば声はますます大きくなった。

 だから、地獄は頭のなかにある。

 そこから消えることはない。

 

(大丈夫だ。ジョナサンも、僕も)

 

 そのたび、トムは心の中で唱える。

 どうしようもないときはベッドから這い出し、自分のトランクへと潜る。ニュートを真似たトランクの奥深くに沈み、使い慣れたヴァイオリンに触れるのだ。

 いま練習している曲を弾くこともあるが、基本的には「きらきら星」や「クリスマスキャロル」のような良い思い出に彩られた響きに浸る。心のなかを温かく灯し続ける曲に没頭することで、天国に逃避するように地獄から抜け出すことができる。

 少なくとも、トムはそうしてきた――が、最近はその回数が少し増えた。

 「秘密の部屋」事件が収束し、一息ついた隙を狙ったかのようにフラッシュバックする。依然としてジョナサンの足取りがつかめず、年月ばかりが過ぎていくことにも起因しているかもしれない。

 

 夜中にトランクを開けると、バジリスクのコウラクが顔を出す。

 

『トム。また怖い夢を見たのか?』

 

 バジリスクはシューシューっと口の隙間から不安げな声を出す。

 トムは普段と変わらぬ微笑みを浮かべながら、トランクに足を踏み入れる。

 

『大丈夫。ただちょっとヴァイオリンを弾きたいだけさ』 

 

 いつもの決まり文句をバジリスクへと返す。

 バジリスクも何も言わない。

 

『夜の演奏会は楽しみだ、少なくとも自分には。サラザール・スリザリンも音楽は好きだと話してくれた』

『それは光栄だ』

 

 トランクの蓋を内側から閉じ、ゆっくりと梯子を下りる。

 安全な聖域のなかに逃げ込むように。

 

 

 そんな生活をしていたせいで、「死喰い人」の面々が自分を案じるようになった。

 特に、アルファードはしきりに心配してくる。

 

「トム、ちょっと遊ぼうぜ」

 

 授業と授業の合間、彼は明るい調子で誘いをかけてくる。

 

「次の時間、授業は入ってないだろ。談話室に戻って、チェスでもしないか?」

「悪いけど、僕は『必要の部屋』で実験中でね。薬の調子を見に行かないといけないんだ」

 

 そう言って、大階段を上ろうとする。

 しかし、階段に足をかける前に、ドロホフが袖を引いてきた。ドロホフはいつも通り何も言おうとしなかったが、口元は不安そうに歪んでいた。代わりに、アルファードが口を開く。

 

「トム。お前、上手く取り繕ってるけど疲れてるだろ。忙し過ぎないか?」

「多忙なだけさ。学生の身分のうちにやりたいことが多すぎるだけだよ」

「本当に?」

 

 アルファードの顔から笑みが消えていた。

 

「ほとんど寝てないじゃん。知ってるんだからな、夜もトランクにこもってるって」

「寝てるよ。ベッドも完備してるから」

「そういう問題じゃない。あのさ、なにか困っていることがあるなら協力するぜ。俺たち、友だちじゃないか」

 

 彼の声はわずかに震えていた。拳を強く握りしめ、じっとこちらを見据えている。

 

「……困っていることなんてないさ」

 

 トムは平静を装って言った。

 

「なにも困ってない」

「そんなわけないだろ!」

 

 いつのまにか、アルファードはトムの首根っこをつかみかかる勢いで叫んでいた。

 

「普段の勉強に加えて、俺たちとの練習にマグルの音楽界の練習! 魔法生物の世話! 杖十字会の調整! ハグリッドの勉強――は、あまり最近見てないから除くとしても、いろいろ魔法の研究もしてるし、最近はダモクレス・ベルヴィと魔法薬作りときた! それも、俺たちには、一度も何を治すための薬なのか話してくれたことがないじゃないか。いいか、()()()だ!」

「……君には関係ない」

 

 トムは言い切った。

 自分の義弟が狼人間でそれを治すための薬を作っているだなんて、成功するまで言う気にはなれなかった。トムとしては、狼人間に偏見を持っていないが、魔法界には根強く残っている。ニュートですら、フェンリールを引き取ると決めたとき、トムにこう言い聞かせたのだ。

 

『親しい友だちにも、義弟が狼人間だと言ってはいけないよ。狼人間への差別は激しいから……いや、君なら狼人間の義兄として差別を受けても跳ね返せると思う。でも、フェンリールは? 彼が狼人間だと知られた瞬間、どれだけ有能でも選択できる職業がかなり限られる。日雇いとか低賃金の仕事にしか就けなくなるんだ。だから、みんなには黙っているんだよ』

 

 アルファードたちは信用しているが、脱狼薬が完成して偏見の目が薄まってからでないと話せない。どこから話が漏れるか分からないのだ。

 

「完成したら話すから」

「いつもそれだ! 俺たちのこと、信用してないのか?」

「そんなわけないだろ……っ!」

 

 トムは声を荒らげかけ、我に返った。

 アルファードもドロホフも自分のことを心配してくれているのだ。それは分かっている。言葉を聞かなくても、彼らの目が訴えていた。胸に罪悪感が芽生え、トムは声を沈ませた。

 

「……ごめん。完成したら、絶対に話すから」

「…………分かった」

 

 アルファードはしばらく何も言えなかったが、苦悶の表情のまま一歩下がった。

 

「トム。なにかあったら、すぐに僕たちに連絡しろよ。俺たち、友だちだからな」

 

 トムは一度だけ頷くと、振り返らずに階段を駆け上った。二段飛ばしで登っていくと、ダンブルドアとすれ違う。トムは顔を伏せ、小声で挨拶だけを口にし通り過ぎようとした。

 

「トム」

 

 ところが、ダンブルドアはトムを呼び止めた。

 

 

「珍しい魔法生物が届いたんだ。君の意見を聞きたくてね、来てくれるかい?」

「『闇の魔術に対する防衛術』の実技で使う生き物ですか?」

カッパ(Kappa)だよ。日本の水魔だ」

「ジャパンの?」

 

 トムは思わず足を止めた。

 

「君は日本に興味があるのだろう?」

「僕ではなく、僕の母です」

 

 そうは言っても、アイリスが興味のある日本はトムにとっても関心の対象だった。魔法薬を見に行くという用事と河童への誘惑で心が揺れる。正直なところ、魔法薬の状態は比較的落ち着いていて、あとはしかるべき時期の投与を待つばかりだった。

 

「……5分で終わるのであれば」

「それだけあれば十分だ」

 

 トムとダンブルドアは久しく並んで歩いた。

 

「最近の君は忙しそうだね」

「卒業したら、もっと時間がなくなりますから。いまのうちに、やりたいことをしているだけです」

「来年には卒業か。早いものだ」

 

 ダンブルドアは感慨深そうに言った。

 

「進路は決まっているかい?」

「実はまだ決めかねています」

 

 ジョナサンとの約束を守るのであれば、マグルと魔法界両方をまたにかけるヴァイオリニストだ。それを望んでいる者が多いことも知っている。だけど、魔法生物の研究者としての道も悪くない。ニュートやケトルバーンは口にこそ出さないが、それを望んでいる。どちらかを趣味の範囲にして、一方を本業として取るのが良いのだろうが、単純に割り切れない自分がいた。

 フェンリールのため、脱狼薬の研究を続けたい気持ちもある。

 それに、なによりも――……と、ここまで想像したところで、トムは耳が赤くなった。

 

「……昔話をしようか」

 

 ダンブルドアが切り出した。

 

「極めて優秀な魔法使いの少年がいた。入学したときから学年1位で人望にも厚く、当たり前のように主席になった。彼は正しい魔法使いを志していた。魔法を正しく使い、マグルの世界も魔法界も幸せにする魔法使いをね」

「……え?」

 

 トムは弾かれたようにダンブルドアを見上げた。

 ダンブルドアは、トムを見ていなかった。ただ前を見て、何気ない思い出話を語っているように見えた。

 

「でも、彼は卒業後に望んだ仕事に就けなかった。親が亡くなり、一家の大黒柱として家庭に入らないといけなくなったんだ」

「……家から魔法省に通えばよかったのでは?」

 

 トムは思わず口を挟んだが、ダンブルドアは首を静かに横に振った。

 

「彼にはね、妹がいたんだ。オブスキュラスの妹は家から出せない。家に閉じ込めて置くしかなかったんだよ。いつ爆発するか分からないからね、傍を離れることができなかった」

 

 ダンブルドアは静かに話を続けた。

 

「少年の心には不満が募った。自分の夢を諦めただけじゃない、自分の才能を発揮できないことに耐えきれなかったんだ。そんなとき、彼と同じくらい優秀で同年代の魔法使いが近所に引っ越してきた。少年たちは意気投合し、ふたりで魔法世界を良くするための方法を話し合い、旅に出る計画も立てた」

「……妹はどうしたんです?」

「妹も旅に連れていくつもりだったそうだよ。オブスキュラスの妹に長旅は酷だと分かっていながらね。……結果、大事だった妹は命を落とした」

 

 二人の間を沈黙が支配した。

 とっくにダンブルドアの部屋の前についていた。ダンブルドアは静かに扉を開け、トムも誘われるままに中に入った。

 

「……少年は後悔した。自分が正しい魔法使いになりたかった理由の一つに――……いや、その大部分に栄光や名誉、権力欲があったことに気づいたんだ」

 

 ダンブルドアは巨大な望遠鏡を見上げながら言った。

 

「いまでも後悔しながら生きているよ。自分の犯した過ちを――トム、君に話したいのはここからだ」

 

 ここでようやく、ダンブルドアはこちらを振り返った。

 

「少年は学生時代に友だちがいた。しかし、本当の心を打ち明けられる友だちがいなかった。そのような友だちがいれば、協力してオブスキュラスの妹を守ることができたかもしれない。魔法省に時短勤務をすることだって不可能ではなかったかもしれない。……いや、それ以前に、少年の願望の陰に隠れた汚い欲に気づいて、こっそり教えてくれたかもしれない」

 

 すべてを見透かすような青い目が、じっと自分を見つめている。

 

「トム。君には真の友だちがいるかい? いるのであれば、その友だちを大切にしなさい。真の友がいれば、君がどのような道を選んだとしても助けてくれるはずだ。きっと、後悔が少なくなるだろう」

「……なんだか、僕が後悔する前提みたいな話し方ですね」

 

 思わず皮肉っぽく返すと、ダンブルドアは愉快そうに微笑んだ。

 

「後悔しない人間などいないからだよ」

「先生も?」

「もちろん。困ったときは、どちらの道を進めば後悔が薄いか考えることだ――さあ、河童を見よう」

 

 ダンブルドアはトムの肩を軽く叩くと、河童の話に変わった。

 河童の話をしながら、頭のなかではダンブルドアに言われたことがぐるぐると回り続けていた。

 

 

 

 それが、3月のこと。

 4月になり、脱狼薬の試作薬が完成し、フェンリールで効果も実証できた。

 これで、やっとアルファードたちに打ち明けられる――そう思った、直後だった。

 

 ジョナサンからのSOSを目にしたのは。

 

「助けないと!」

 

 トムはまずドーバー海峡へ向かおうとした。

 

 

 当たり前の話だが、英国とポーランドは直接行き来することはできない。

 まず、ドーバー海峡が封鎖されているし、両国間を「姿現し」をすることができないように魔法も張り巡らされている。第三国を経由して行くとしても、手続きやらなにやらで時間がかかりすぎてしまう。いくら魔法が使える世界とはいえ、そこを省略することは極めて難しいことくらい知っていた。

 しかしながら、なにかしらの抜け道は存在する。

 その一つが、ドーバー海峡の移動キー屋だ。国の目を掻い潜る違法移動キーを取り扱う胡散臭い男だが、金さえ払えば指定の国へと密入国させてくれる。

 トム自身、かつてはニュートと一緒に利用したことがあった。

 

 だが、ここではたと立ち止まる。

 

『トム、君には真の友だちがいるかい?』

 

 ダンブルドアの言葉が脳裏を過ったのだ。

 まっさきに、助けを待っているジョナサンの顔が浮かんだ。それと同時に、アルファードたちの不安げな顔もふつふつと浮上する。

 

「……」

 

 ドーバー海峡に足をつき、数秒後……トムはホグズミード村へと「姿くらまし」をした。

 幸か不幸か、その日はホグズミード日和だった。

 アルファードとドロホフ、ドゥルーエラたちはすぐに見つかった。「三本の箒」の前で互いに楽器をもって何やら話しているようだった。アルファードはトムが迫っていることに気づくと一瞬嬉しそうな顔をしたが、次の瞬間ぎょっとしたように目を見開いた。

 

「トム!? 酷い顔だぜ!? なにが――……」

「アルファード! ドロホフ! 君たちの意見を聞かせて……いや、力を貸して欲しいんだ!」

 

 二人は驚いたように顔を見合わせたが、すぐに覚悟が決まったような表情になった。

 

「何だか分からないけど、君を助けないわけないだろ?」

「私たち、仲間ですもの!」

 

 アルファードとドゥルーエラは即答し、ドロホフも力強く頷いた。

 

「ありがとう。歩きながら話す」

 

 4人はホグズミード村を出て、禁じられた森を見下ろす丘の上に着くころにはすべてを話し終わっていた。想像していたよりも、彼らはすんなり「ジョナサンを助けに行く」ことに同意してくれた。

 

「ポーランドに行くなら移動キー一択だな」

 

 アルファードが言った。

 

「トム、君は移動キーを作れる?」

「理論は知っている。要は、『姿くらまし』と『姿現し』の応用なんだ」

「それなら、話が早いわね」

 

 ドゥルーエラはふふんっと鼻を鳴らした。

 

「さくっと行きましょう。でも、マグルの監獄なのよね……? 私たち、この服装のままで浮かないかしら?」

 

 彼女は自身のローブ姿を見下ろした。

 マグルの音楽会から直に駆けつけたトム以外、ホグワーツの制服を纏っていた。

 

「マグルの服を持っているのは、僕だけだ」

「……1人は危険」

 

 ドロホフが呟いた。

 

「2人で行くべき」

「残りは?」

「待機。言い訳を考える係」

「そりゃ確かにな!」

 

 アルファードが手を叩いた。

 

「俺たち、国際魔法機密保持法を破ろうとしてるんだ。なら、俺とトムが実働部隊で乗り込んで、アントニンとドゥルーエラが裏工作担当ってことで決まりだな! ――だって、俺はブラック家だぜ? いざってときは、どうにでもなる」

 

 アルファードの提案に、ドゥルーエラたちは頷くしかなかった。

 トムもそれには賛成した。他の2人は、ブラック家ほどの後ろ盾はなく、いざというときに家柄を盾に身を守ることができない。

 

「アルファード、いいのかい? 君はマグルのために破ろうとしてるんだぞ?」

「構わないさ。だって、ジョナサンは死喰い人のメンバーじゃないか」

 

 そうと決まれば、早かった。

 トムは近くにあった石に杖を向け、意識を集中させた。ポーランドの収容所の住所を強く念じ、そこへどうしても行かなければならないという気持ちを強く高めた。

 

「『ポータス』」

 

 そこらにある石が青い光に包まれ、燃え上がるように輝いた。

 

「……これでいいはずだ」

「よし、それなら乗り込むぞ。あ、俺は透明マントを羽織っておくぜ。マグルの習慣、そこまで知ってるわけじゃないからな」

 

 アルファードはいつもの調子で言うと、ひらりとマントを羽織った。あっというまに、アルファードの姿は透過されてしまう。トムは小さく肩を落とした。

 

「君、意外と用意周到だよな」

「備えあれば患いなしってね」

 

 なにもないように見えるところから、くすくすと笑う声が聴こえる。

 

「3つ数えたらつかむぞ。1……2……3!」

 

 トムが石に触れた次の瞬間、ぐにゃりと世界が曲がった。ドゥルーエラの祈るような顔とドロホフの不安ながらもまっすぐな視線を痛いほど感じながら、世界が瞬く間に変わっていく。

 

「……なんだ、この臭い……」

 

 地面に足がついたとき、まず呪文に失敗したと思った。 

 とにかく不快な臭いが充満していた。車輪の摩擦のような鉄と錆と得体のしれない何かが混じったような臭いに閉口し、眉をしかめる。

 

「そこに誰かいるのか!?」

 

 貫くような叫び声に、トムはさっと物陰に隠れる。ドイツ兵が先ほどまで自分のいたところに駆け寄ると、警戒するように辺りを見渡した。何事もなかったことを確認すると、憮然とした態度で去っていく。

 

「……気を付けないとな。アルファード、後れを取るなよ」

「当然!」

 

 すぐ後ろにアルファードの気配を感じながら、トムは人探しの魔法を使った。ジョナサンのことを思い浮かべながら無言で呪文を唱えると、杖はとある方向を指す。トムは杖に従いながら、人目をくぐって進むうちに、この世界の異様さに気づいた。

 

 ドイツ兵は看守だとすぐに分かる。

 問題は、それ以外だ。それ以外は、実に奇妙な人たちがいた。縞模様の服とベレー帽を身につけ、ふらふらと歩く姿はゾンビだった。

 

(あの人たちは、いったいどんな悪いことをしたんだ?)

 

 トムが怪訝そうにしているとき、杖の指す方向から声が響いてきた。

 

「来い! 来い(アクシオ)、トム・リドル! 早く来いよ!!」

 

 自分の名に、トムは思わず早足になった。

 

「ジョナサン?」

 

 トムは棟の角を曲がり、親友の名を口にする。

 こんな良く分からない場所で自分の名を告げるのは、親友しかないと思ったからだ。

 

 

 ところが、そこに親友はいなかった。

 代わりにいたのは、ゾンビだった。骸骨のように痩せた男が杖を空へと向けていた。あまりにぶかぶかな縞模様の服を着ているせいで、剝がされたばかりの毛皮をぶらさげた羊のようだった。いや、羊の方がずっと肉がある。ごりごりに痩せた鶏の方がふさわしいかもしれない。いずれにせよ、トムの名を叫ぶ推定男性の身体は、いまにも朽ちそうだった。

 

 

「いま、僕の名前を呼んだ……?」

 

 トムは恐る恐る話しかける。

 

 数分後、トムは知ることになる。

 自分は新たな地獄に踏み込んでしまったのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.トムの状態にアイリスは気づかなかった?
A.トムがアイリスの近くでリラックスしているときは起きなかったからです。トムが一人のとき、こっそり後ろから様子を見ていたら気づいたかもしれません。
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