トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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●トム・マールヴォロ・リドルの分裂(上)

 

 トム・リドルほど、多忙な学生はいない。

 ホグワーツに通うほとんどすべての学生も教職員も同じ感想を抱くだろうし、トム自身もそのように感じていた。

 学業と死喰い人の活動は当然のことながら、魔法生物の世話にトリカブトを活用した魔法薬の開発とそれに関する論文の執筆、他にも多くの活動に励んでいる。とても一人の身体ではやっていけないだろうに、それを清々しい表情でこなしていくのだ。

 

 だから、トムがトランクにこもっていても誰も疑問を抱かない。

 きっと、なにかしらの活動をしているのだろうと思うのだ。

 

 そう、まさかそこで――分霊箱に関する研究をしているとは、誰も……トランクの外で寝息を立てるドロホフたちですら、想像さえもしなかった。

 トムがトランク内に造られたヒッポグリフの放牧地のほとりで、「最も邪悪なる魔術」を読んでいるとは、誰も夢にも思わないだろう。トム自身も「数週間前なら、笑って否定したことだろうな」と頭の片隅で考えるほどだった。

 

「……闇の魔術は奥深い……」

 

 トムは小さく息を吐いた。

 中世の闇の魔法使いゴデロットが記した「最も邪悪なる魔術」は、読み進めれば読み進めるほどに陰鬱な気持ちになった。本を開閉するたびにページが苦悶の叫びをあげる演出は騒がしいが、黙らせ呪文(シレンシオ)を使えばスルーできる。問題はそこに書かれている中身だ。そこに記された魔法の一つ一つが吐き気を催す邪悪そのもので、しかも、それを爛々と心躍るような筆跡で綴られているのだから、反吐が出そうになった。

 

 そのなかでも、「分霊箱」は特別に異質だった。

 本のなかで、ゴデロットは「この魔法を行えば、不死になることもできる」と記していた。

 しかし、ゴデロットはこの魔法を使わなかった。

 息子に地下室に閉じ込められ、失意のうちに亡くなったそうだ。

 

(いや……そもそもだ。地下室に閉じ込めただけで、失望して亡くなるのか?)

 

 息子に杖を奪われたのは屈辱だっただろう。

 息子に地下室に閉じ込められたのは絶望だっただろう。

 しかし、その程度で亡くなるか? 闇の魔術を嬉々として悪趣味な本に遺すような極悪人が、その程度で命を絶つのだろうか?

 

(まあ、ゴデロットはどうでもいい。問題は分霊箱だ)

 

 トムは逸れかけていた思考を分霊箱に戻した。

 

 永遠に生きたい。

 それは、誰もが一度は思い浮かべることだ。

 いずれ、必ず訪れる死に絶望する。自分が誕生する前も脈々と続いていた世界に恐怖し、死の先に待っている世界に絶望する。みっともないくらい震えあがるような恐怖を緩和するために、宗教がある――少なくとも、トムはそう考えていた。

 

「もっとも、ゴーストとして残れるけどさ。それじゃ、意味がない」

 

 トムはページに目を落としながら、ゆっくりと首を振った。

 ゴーストとしてホグワーツに漂っている者たちを見ても、まったく幸せに見えない。

 血みどろ男爵は、呼び名通りの血に塗れているし陰鬱な鎖を引きずらせている。食事もできないし、触ることもできない。レイブンクローの寮付きゴーストなんて常に泣いている。比較的、明るい雰囲気のグリフィンドールの寮付きゴーストも「首がとれない」ことを延々と嘆き続けている。思考の進歩もなければ、感情の変化もない。死したときから、彼らは停滞しているのだ。

 

 あのような状態になってまで、生きたいとは思わない。

 だから、ほとんどの魔法使いや魔女はその道を選ばないのである。

 

 しかし、永遠の命は夢だ。

 夢を手に入れようと、諦めずに手を伸ばす者は多い。

 ある者は賢者の石を作り、また別の者はユニコーンの血に手を出した。

 

 そして、世界最古の闇の魔法使い――腐ったハーポは分霊箱を生み出した。

 

 分霊箱とは、その名の通り己の魂の一部を分割し、なにかしらの物品に封じ込めたものを指す。本体が死んでも魂の一部が封じ込められた物品が残ってさえいれば、決して死ぬことはない。

 ただし、これは極めて難しい工程が必要とされる。

 魔法はもちろん物理的に肉体を傷つけることはできるが、肝心な魂を切り分けることは容易ではない。完全に健全な魂を不安定にさせる工程が必要であり、そのために最も推奨されていること――それが殺人だ。

 

「ったく……簡単に言ってくれる」

 

 トムは本をぱたんと閉じると、その場に寝転がった。

 天井を見上げると、そこには青い空が広がっている。もちろん、作り物の空だ。ここは、自分のトランクに作り出した空間にすぎず、本当の外ではない。それでも、短い髪を揺らす風も、そこに含む湿った草の匂いも、ヒッポグリフのいななく声も――すべてが自分を錯覚させる。

 

「人を殺すなんて、な……」

 

 独り言をつぶやくと、目を閉じて思考の海に浸る。

 殺人なんて非人道的な工程がなければ、ジョナサンを救うために分霊箱ほど素晴らしいアイディアはない。いや、ジョナサンを救うだけではない。

 

 分霊箱があれば、自分の夢がすべて叶うのだ!

 

 ジョナサンの問題は、肉体の衰弱だ。

 肉体が衰弱しているから、疲弊した魂も回復しない。治療系の魔法には限度があるし、そもそもマグルの肉体に適応する魔法薬は意外と少ないのだ。急激に肉体を回復させたところで、逆に身体を疲弊させてしまい、死に至らせてしまう危険がある。

 分霊箱の仕組みを応用して、ジョナサンの魂だけを別の肉体に移し替えることができれば良い。

 だが、それをするためには、ジョナサンに殺人を行ってもらう必要がある。それは不可能だ。そもそも人を殺せるだけの元気があれば、このような方法をとる必要がない。

 

 だから、ジョナサンの魂に殺人は行わせない。

 まずは、トム自身の魂をジョナサンの肉体に封じ込めるのだ。その状態で、分霊箱トムが誰かを殺す。そのときに生じる魂の揺らぎを利用し、ジョナサンの肉体からジョナサンの魂だけを切り離し、事前に用意してあった健全な肉体へ移し替える。

 

(新しい肉体は精巧な人体を錬成すればいい。本人と寸分違わぬ人形を分霊箱にすれば、ジョナサンも安心できるだろう)

 

 こうすることで、ジョナサンは新しい健全な肉体を得て、人生を再スタートすることができる。

 一方、弱り切った肉体には、トムの魂の欠片が残されるわけだが、これについては何も問題ない。

 分霊箱はありとあらゆる損傷を修復する副次能力がある。衰弱しきった肉体も分霊箱になれば、回復することができるし、強引に治療したところで肉体が疲弊することもない。

 あとは回復しきったところで、古いジョナサンの肉体をトム自身のものに作り替えるだけだ。

 

(そうすることで、本物の僕と分霊箱の僕が誕生する。僕は魔法界に残り、分霊箱の僕はマグルの世界でヴァイオリニストになる)

 

 こうすることで、魔法界で生きることもできるし、マグル界で名を馳せることもできる。 

 アイリスが怪しむかもしれないが、言い訳くらいは考えてある。楽観的でぼんやりとしたところがあるから、丸め込むのはさほど難しいことではない。魔法界の友人たちはマグル界のことを良く知らないので、そちらでいかに有名になろうとも疑問を持たないだろう。マグル界は魔法なんて存在しないことになっているので、あまり深く考えなくていい。

 

「……やっぱり、問題は殺人か」

『トム』

 

 ふと、声が降ってくる。

 トムが目を開けると、バジリスクのコウラクが見下ろしていた。

 

『なんだ?』

『誰かを殺すのか?』

『そうなる予定だよ』

 

 トムはコウラクの焼けた目を見上げながら言った。

 

『リストは作ってある。死んでも良い奴のね』

 

 にやっと笑い、足元に置いていた黒いノートを手に取った。

 コウラクはふむ……と首を傾げた。

 

『リストには、アズカバンの囚人が記されているのか?』

『それも考えた。魔法界には死刑制度がないからさ、アズカバンの囚人は終身刑だ。だが、さすがに足がつく。まずは、手始めにグリンデルバルドの配下を殺ろうと考えているんだ』

 

 グリンデルバルドの配下は、闇の魔法使いで犯罪者だ。

 そいつらを手にかけたところで、罪悪感はない。むしろ、これを機に闇の魔法使いを撲滅して善い人だけの世界を作ることができれば、真の平和が訪れるのではないだろうか?

 

「……いや。それはないか」

 

 トムは飛躍した考えを自虐気味に笑った。

 善い人だけなんて、存在しない。誰にだって二面性がある。トムの知る最高の善人はアイリスやジョナサンだが、他に完璧な善人を挙げろと言われてもすぐに思いつかない程度には少ないのだ。

 

『トム? 独り言か?』

『……ああ、心配かけたな。大丈夫だ』

 

 トムは頬を緩めると、コウラクの頭をなでた。

 

『ただ……今日は考えがまとまらない。いろいろな方へ脱線しているんだ』

『疲れている証拠だ。上のベッドで休め』

 

 コウラクは尖った尻尾を上へと掲げた。

 

『いや、仮設ベッドで十分だ』

『しかし、これから大きな魔法をするのだろう? ならば、睡眠は大事だ。良質な睡眠は身体を回復させる最も大きな薬になる』

『……そうだな』

 

 ここのところ、仮設ベッドで三時間程度の睡眠しかとっていなかった。仮設ベッドも悪くはないのだが、背中が痛くなるときがある。その点、寮のベッドはふわふわで柔らかく温かい。かけ布団に包まれば、五秒で寝落ちする自信がある。そこからは、朝までぐっすりだ。コウラクの言う通り、身体が癒されること間違いなしだ。問題は、早朝にやろうと思っていた論文の執筆ができないことくらいである。

 

『……たまにはいいかもしれない』

 

 論文の執筆は、少し後に回しても問題ない。

 まずは、ちゃんとした休息をとることが大事だろう。とっちらかった思考を整理するためにも、ちゃんとした睡眠は必要不可欠だ。

 

『おやすみなさい、トム』

『おやすみ。良い夢を』

 

 トムは夜の挨拶をすますと、階段を登り始める。

 ちゃんとしたベッドは魅力的で、いつしか駆け登っていた。そして、トランクの蓋を開けたとき――奇妙なことに気づいた。

 

「風?」

 

 柔らかな草の香りをはらんだ風が鼻孔をくすぐった。

 

(おかしい。寮は湖底だ。窓を開けることなんてできないし、ましてや風なんて……!?)

 

 ぼんやりとした頭のせいで、本来はすぐに出したであろう結論が5秒ほど遅れた。トランクの外に広がっていた光景と人影を見て、さらに思考が停止する。

 

「……なんで? なんで、ここに?」

 

 

 トムは杖を構えることを忘れて、そこに座り込む人物を呆然と見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は3月22日(日)更新予定です。
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