トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1944年6月 魂と肉体と……

●1944年 6月〇日

 

 ルバーブとベリーのジャムを作った。

 いや、そんなことしている場合じゃないって理解している! だけど、少しでも普段の行動をしていないと気持ちを保つことが難しい。なにかしてないと、自分に起き始めている異変について悶々と考えてしまうし……。

 

 なにより、フェンリールは既になにか勘づいている。

 

「母さん、顔色わるいぜ?」

 

 今朝、不安そうな顔で見上げてきた。

 私はとぼけてみた。

 

「そう? いつもと変わらないと思うけど?」

「本当に? あやしい……」

 

 フェンリールは目を細ませ、疑わしそうに見てくる。

 

「なんつーかさ、言葉では言いあらわせねぇけど……隠しごとしている気がするんだよな」

「気のせいよ。それより、ジャムの味見をお願いしてもいい?」

「ほら、話をそらした!」

 

 フェンリールはむすっとした声で言うと、スプーンでジャムを舐めた。ぺろりと唇を舐め、さきほどよりも和らいだ表情で頷いた。

 

「あまい。ちょうどよくて、オレは好き――じゃなくて! まじで変なんだって!」

 

 彼はスプーンでもう一杯ジャムをすくいながら、私にいぶかしむ視線を送り続けていた。

 

「このあいだだってさ、庭に水をまいてたとき、一人でしゃべってたじゃん!」

「あれは、声が聴こえた気がしただけで……」

「オレには、まったく聞こえなかったぜ? 鼻もいいけど、耳だっていいんだ」

「あの日は疲れていたのよ」

 

 私は言い返した。

 

「明日は郵便局に行ってくるわね。ジャム、ラシェルに差し入れてあげようと思うの。甘いものは疲れをなくしてくれるもの」

「それはかまわねぇけどさ……」

 

 フェンリールはスプーンをくわえながら、両手を頭の後ろに回した。

 それ以来、彼はこの話題に触れなかったが、視線だけは私から逸らそうとしない。こちらを観察しているように感じる。

 たぶん……いや、きっと、フェンリールはトムにこのことを相談すると思う。

 フェンリールはトムを兄として慕っているし、二人だけで連絡をとりあう姿も見られるから。

 

 はやくなんとかしないと。

 フェンリールに対してですら、怪しまれているのだから、トムが私に起きている異変に気付いたとき……追求を誤魔化しきれる自信がない。

 

 だって、トムに言える?

 

「実はね、ゴーストを見れるようになったんだよ! 本当はね、私はただのマグルじゃない。未来人で過去に転移してきた日本出身のマグルで、どういうわけか分霊箱なんだ! 前世の死因はアバダケダブラだよ」

 

 ……まったく笑えない。

 設定もりもりである。物語の主人公もびっくりだ。これに「原作のラスボスの義理の母」なんて属性まで加わっているので、原作主人公のハリーより設定を盛られている。

 

 明日、ダンブルドアと会う。

 自分の身体がどうなってしまったのか、不安で押し潰されそうだけど……そのときまで、なるべく考えないようにしよう。

 ダンブルドアに話せば、きっと理由がわかる。

 それから、対処法の有無も。

 

 

●1944年 6月△日

 

 今日、ダンブルドアが訪ねてきた。

 もちろん、フェンリールはすっかり寝入ったあとだ。ディークがフェンリールを見守ってくれているので、私は安心してダンブルドアをリビングに迎え入れた。

 

「やあ、アイリス。良い夜だね」

 

 ダンブルドアは楽しそうな顔をしていたが、私の表情を見た瞬間、すぐに顔を曇らせた。

 

「なにがあった?」

「……私、ゴーストが見えたんです」

 

 私はソファーに腰を下ろすと、包み隠さずすべて話した。

 トムを尾行したときから、フェルドクロフトの物見台で話した内容まで――全部。ちゃんとそのときの様子を頭のなかで鮮明に想起しながら話したから、時計の針が半周するくらいの時間がかかってしまった。

 その間、ダンブルドアは黙したまま座っていた。続きを促したり、私の気持ちを代弁するようなこともなかった。

 私の話を全て聞いたあと、考えに耽るように目を閉じる。

 

「……女性にこのようなことを尋ねるのは、失礼だと承知しているが」

 

 ダンブルドアはそのように前置きをしてから、このように尋ねてきた。

 

「アイリス。君は何歳で亡くなった?」

「28です」

「いまは33歳だね」

「はい……1911年に産まれましたので」

「おそらく、それが原因だろう」

 

 ダンブルドアはゆっくりと瞼を開けた。

 

「これはあくまで仮説だが、君の魂が弱り始めている」

「私の……?」

 

 思わず、首を傾げてしまう。いまいち、ピンと来ない。

 

「前世の死因は、アバダケダブラによる突然死でした。自然死ではありませんし、健康診断でも――……」

「いや、そういうわけではない。そうだな……」

 

 ダンブルドアは指を組み、こちらを見てきた。

 

「まず、転生に必要なものは何だと思う?」

「……そんなこと言われても……私にはよく……」

「君の知識で答えていい。コミックの知識でも構わない」

 

 彼はにっこりと口元だけ微笑んだ。彼がそうやって促すときは、すでに私のなかに答えがあるときだ。だから、躊躇いながらも考える。

 

「……転生する魂と、新しい肉体? あと、それを定着させる術?」

 

 忍者の漫画に登場した死人を蘇らせる禁術を思い浮かべながら答えると、ダンブルドアは満足げに頷いた。

 

「満点だ。理論上はそれら条件が揃っていれば、私たちも転生を行うことができる」

 

 私は驚いて目を見開いたが、ダンブルドアは手で制した。

 

「しかし、あくまで理論に過ぎない。私たちには、魂をこの世に留めておくことはできない。逝ってしまう魂を引き戻すことはできないのだ」

 

 唯一、それを可能とするものは「蘇りの石」。

 しかし、それは一時的なものに過ぎない。三兄弟の物語でも、この世に連れ戻した次男の妻はこの世に馴染むことができなかった。原作でハリーが使用したときも、ハリーを励ますために現れたのであって、ずっと留まることはできない雰囲気を感じさせた。

 

 そう、つまりは「蘇りの石」ほどのアイテムがなければ、死した魂に干渉することはできないのだ。

 

「魔法族はゴーストという方法でこの世に留まることも可能だが、地上に遺した痕跡を辿るだけに過ぎない。ゴーストになった魂は、地上の痕跡に縛られている。新たな肉体に入り込むことは不可能だ。君も知っているかもしれないが、自らの身体に降霊する魔女もいる。ただそれも、永遠に留めておくことはできない。肉体が2つの魂に耐えきれないからだ」

「恐山のイタコですね」

「ギリシャのネクロマンテイオンも近いな。特殊に作られた神殿の地下で、死者と対話することができる。しかし、それだけだ」

 

 ダンブルドアはそう言った。彼の指に込められた力が、対面から見て強まったように思えた。

 

「死者と対話したい。死者を呼び戻したい。転生させたい。愛する者を失った人は、誰もが望むことだろう。魔法使いの歴史が始まって何千年経ったが、それを可能にした魔法使いはいない」

「……」

「では、自身の転生はどうだろう? それをやってのけた者はいる。――『腐ったハーポ』。分霊箱の生みの親だ」

 

 その名前を聞いたとき、心臓がどくんっと高鳴った。

 

「分霊箱の……生みの親?」

「彼が分霊箱を作ったのは、死から逃避するためだった。物質に魂を封じることで、本体に万が一のことがあっても生き残ることはできる。だが、本体となる肉体には限りがあるんだ」

「……老いですね」

 

 誰もが老いる。

 分霊箱を作って不死となったとしても、不老ではない。

 

「ハーポは自分好みの若い肉体を作り上げ、それを分霊箱とした。自身に万が一のことがあったとき、分割した魂と合流して目覚めることができるように」

「……それ、変じゃないですか?」

 

 私は子どものように手を挙げていた。

 

「分霊箱は分霊箱で意思を持つんですよね? トムの日記みたいに」

「ハーポの盲点だった。最初に分霊箱を作ったがゆえに、気づくことができなかったんだ」

 

 ダンブルドアは語った。

 ハーポは分霊箱を作ってすぐにその肉体を保管した。自身の研究室の最奥に。そのすぐあと、ハーポは死んだ。ハーポの魂は分霊箱とした肉体へ入ろうとしたが、それはできなかった。すでに、そこには自分の分けた魂が入っていたからだ。本体の魂はそのうちに自意識を失い、靄となってしまった。

 

「だが、分霊箱のハーポは違う。若い肉体はいくら損傷させても、元の状態に戻る。永遠の命といっても過言ではない」

「……たしかに」

 

 原作でもクリーチャーが分霊箱となったロケットを破壊しようとした。でも、どのような魔法を使っても、決して傷つけることができなかったと嘆いていた。

 そのことに気づいたとき、背筋がぞくっとした。

 トムがやろうとしていたことだ。もし、仮に――トムが分霊箱を作っていたら、ジョナサン君を分霊箱にしていたら……どうなっていたのだろうか、と。

 

「……待って。待ってください!」

 

 そして、もう一つ――気づいたことがある。

 

「私は? 私はどういう状態なんですか!? 分霊箱なのに、成長してます! 怪我はするし、髪の毛だって伸びてます! 元の状態に戻るってことは、その状態に固定しているってことですよね!?」

「そこだ」

 

 ダンブルドアはぴしゃりと言った。

 

「ハリー・ポッターを思い出してほしい。彼も分霊箱だ。トムが意図せずして作ってしまった分霊箱だが、成長しているだろう? 何故だと思う?」

「……ヴォルデモートの魂が、本当に欠片だったから?」

「そうだ。だから、彼は蛇語を使うことができる。ヴォルデモートの意識を覗き見ることもできる。しかし、それ以上のこと――例えば、ヴォルデモートの魂が持っているであろう知識や経験を引きずりだすことはできない。それは、憑依している魂が弱っているからだ」

 

 それを聞いて、ラストシーンを思い出した。

 キングズ・クロス駅のような場所で、ハリーは弱り切ったヴォルデモートを見つけた。自身の欠片か、あるいは、同時に意識を飛ばしていたヴォルデモート本体だったのか――あまりよく思い出せないけど、見捨てられた赤子のように弱り切っていた。

 

「一つの肉体には、一つの魂が宿る。例外はない」

「つまり、ハリーが最初の分霊箱だったら……?」

「ハリー・ポッターの魂は壊されていたことだろう。悲しいことだが、ヴォルデモートが肉体を支配した可能性が高い。もっとも、その場合は肉体が固定されるから、ずっと赤子の姿のままだったはずだ」

 

 そうなると、私のなかにある分霊箱――もう一つの魂は、極めて弱い存在ということになる。

 

「厳密には違う」

 

 ダンブルドアは私の想像を指摘する。

 

「恐らくだが、君を分霊箱にした人物は――あえて自身の魂を眠らせた。封印や凍結という言葉が近いかもしれない。そうすることで、肉体の崩壊をしないようにさせた。だが、それが綻び始めている」

 

 ダンブルドアはいくつか例を挙げた。

 アバダケダブラを至近距離で見て、死の直前の記憶を取り戻したこと。

 グリンデルバルドが強引に記憶をこじ開けたことを。

 

「他にも、なにかしらのトリガーがあったのだろう。年齢も理由の一つだ。前世で死んだ年齢を上回ったことで、封印が綻び、もうひとつの魂が目覚め始めた。だから、君はゴーストが見えてしまうようになった」

「……そんな……」

 

 目の前が真っ暗になる思いだった。

 

「だ、だったら、もしかして……私の肉体を、もう一つの魂が乗っ取ることも?」

 

 ジニー・ウィーズリーがトムの日記に操られてしまったように、自分の身体を第三者が勝手に使うこともありえなくない。

 

「あくまで可能性だ」

「私は……どうしたら?」

「自分がいま、なにをするべきか考えることが大事だ」

 

 ダンブルドアはどこまでも優しい声色で言った。

 

「辛いだろう。恐ろしいだろう。だが、貴方がここにいることには意味がある」

「……転生したことが?」

「そうとも。分霊箱になったことも、いまこうして私と語り合っていることも運命だった。ならば、貴方にはなすべきことがある。必ずね」

 

 私のするべきこと。

 いままで、あんまり考えてこなかった。

 私自身は、なんとなく幸せな人生を送ることができたらいいなーって思う程度。仕事だって、自分が唯一得意なことをしているだけ。もっと絵の技術を極めたいとか、そういう向上心はない。

 

「それ以外では?」

「……思いつきません。他には……トムとフェンリールとラシェルを育てる、それくらいです」

「それでいいんだ」

 

 ダンブルドアは私の肩を軽く叩いた。

 

「貴方の良いところは、その善良さだ。何人たりとも、それを曲げることはできない」

 

 そう言うと、彼は立ち上がってしまった。話はここで終わりの合図だと悟り、私は焦った。

 

「で、でも、私には時間が……!」

「あと2年は平気だ。その前に手を打つ」

 

 ダンブルドアは帽子を被りながら言い切った。有無を言わせぬ声だったから、たぶん本当なのだろう。ダンブルドアほどの人が言うのだから、2年は私でいられる――……と、信じていいのかな。信じていいんだよね!?

 原作でもダンブルドアが間違えたことは、ほとんどない。

 だから、信じるしかないのだ。

 

「分かりました」

 

 ダンブルドアの背中にかける言葉は、それしかなかった。

 

「最後に一つだけ」

 

 ダンブルドアは思い出したように立ち止まり、こちらを振り返る。その横顔は、どこかお茶目で愉快そうな笑みをはらんでいた。

 

「トムの最新のコンサートについて聞いたかい?」

「いえ?」

「なら、そろそろ手紙が届く頃だろう。楽しみに待っているといい」

 

 ダンブルドアはそれだけ言うと、ぱちんっと音を立て消えてしまった。

 

 

 分からないことが増えていく。

 謎が解けたと思ったら、そのなかにまた新しい謎がある。たぶん、この謎を解いたら、マトリョシカみたいに別の謎が顔を覗かせるに違いない。

 

 

 私はあまり頭が良くない。

 考えるのが苦手だ。

 でも、いまは信じるしかない。信じて、自分のすべきことをしよう。

 

 それが最善につながると信じて。

 

 

 

 

●1944年 6月×日

 

 トムから手紙が届いた。

 ジョナサン君の意識が戻ったことが記されていて、ほっとした! うっすら涙が目元に滲んだ――のは一瞬だった。

 手紙の最後に走り書きされた一文を読んで、涙も何もかも引っ込んだ。

 

 

『そろそろ、芸名を付けるのも良いと思ってね。死喰い人の活動中、僕はヴォルデモートって名乗ることにしたんだ。かっこいいでしょ?』

 

 

 

 トム!

 ヴォルデモートってどういうこと!?

 そんな芸名、名乗ってはいけません!

 

 そんなところで、原作再現しなくていいから!!

 

 

 




更新が遅くなってしまい申し訳ありません!
第五章、これにて完結です。
五章の主題などにつきましては、来週までに活動報告の方にあげようと思います。
ハーポにつきましては、あくまで考察ですので公式設定ではありません。

次回から第六章が始まります。
これからも楽しんでいただけると嬉しいです。
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