第六章、始まります。
〇1944年7月 THOMのトム
バカみたい
私を見つけたから
傘に入れてしまったから
本当に運のない人
でも、私は――あなたと会うために、生まれてきたのかもしれない
真理に正しい絶望を与えられたとしても
もう迷わない
だから、おねがい
全部が終わったそのときは
世界一嫌いだと言ってね
※
●1944年 7月〇日
変な夢を見た。
詳細は思い出せないけど、脳みそのなかをぐるぐる手でかき混ぜられるような悪夢である。
薄暗い森のなかで、身体が強引に引き裂かれたような、力づくで引っ張られるような……そんな悪夢だ。
「Spirits Are Always With You」
夢のなかで出てきた一節を呟いてみる。
昔、アニメで聞いたことのある台詞だけど、「霊はいつもあなたと共に」なんて――……ぞっとする。私のなかで膨らみ続ける魂を想起させるみたい。
もう一度、眠ったら――夢の続きに叩き落されるような気がして、こうして起きてしまっている。かといって、仕事をして気を紛らわせるほどの体力もなく、こうして日記を書く。
それなりの頻度で書いていたから、もうかなりの冊数になった。
トムと会ってからの冊数だけでも、10冊以上! 最初は机のなかにこっそりしまっていたけど、数年前からしまいきれないので、いまでは自室の本棚に置いてある。あまりにも古いものは処分しようかなって思ったけど、なかなか捨てる勇気が出ない。
トムと出会った日からの分だけ、机の奥底に隠すように押し込んである。
もっとも、いまだにローマ字で書いているので、第三者が理解できることは万が一にもないだろう。
ただ――トムのことが気がかりだ。
幼い頃は私の日記に興味を示した様子はあったけど、ここ数年はそのようなことはなく、勝手に人のプライベートを覗き見るようなことはないと分かっている。それでも、もし――私の身体が分霊箱に乗っ取られたり突然死んじゃったりするようなことがあれば、必ず日記を探すはずだ。それがローマ字――もとい暗号で記されたものだと知れば、なにがなんでも解読しようと試みることだろう。
たぶん、いまのトムなら読んでも平気なような気もするけど……人間、何が起きるか分からない。実際、「絶対に闇の道になんて落ちない!」って超絶正しい倫理観を持っていたのに、ジョナサンのことがあったときは分霊箱を作ろうとするほど思い悩んでいたから……。
うーん……私にもしものことがあったときは、ディークに「日記はすぐに全部燃やすように」とお願いしておこうかな。
トムが読んだら、大変だからね!
※
●1944年 7月△日
トムたちが夏休みに入り、数日が経過している。
いま、ロンドンの家は超賑やか。
トムを筆頭に、フェンリール、ラシェル、そして、ジョナサンの4人と暮らしている。
みんな育ち盛りだから、ディークがいてくれて本当に助かる……増加の魔法がなかったら、いまごろ食料集めでひぃひぃ言っていたことだろう……。
とはいえ、ジョナサンが私の家に滞在するのは、あと1週間だけ。
ジョナサンの体重は45キログラムまで回復し、いまでは立って歩くことができる。ただ現状では、彼がイギリスにいることの説明がつかない。
「魔法で連れてきました」なんて、マグルの世界では通用しない。
ラシェルのときは、フランス侵攻のごたごたでどうにかなったけど、ジョナサンの場合はそうもいかないのだ。収容所に捕らわれていたことなどの整合性を保つためにも、いろいろと対策をしなければならない。
だから、1週間後にスロバキアへ魔法で連れていく。
スロバキアの山岳地帯には、反ドイツのレジスタンスが潜伏しているらしい。そこからジョナサンの親戚へ連絡し、生きていることを伝えるという算段だ。ジョナサンの伯父さんは、彼のことを案じているみたいだったから……きっと、力になってくれるはず。
ただ、私個人的としては応援できない。
いくら魔法を使ったとしても、うまくレジスタンスと接触できる保証はないのだから……。
なので、私としては、ジェイコブと一緒にアメリカへ渡って欲しい。
実際、ジェイコブもこの案には乗り気だ。
「ジョナサン、すべて終わったらアメリカに行こう」
ジェイコブは彼を盛んに誘ってくれる。
彼も依然として痩せてはいるものの、2か月前よりかずっと血色がよくなり、体調もよさそうだった。
いまは、私の所有するアパートに下宿している。
ニュートのところに間借りするのも手だったが、いまの彼は言葉では言い表せないほどの多忙なのだ。
ジェイコブはアパートで暮らしつつ、夕食になるとやって来る。昨日なんて、ニフラー型のパンを焼いてくれた。トムたちも興奮していたけど、私が一番はしゃいでいた。焦げ具合もふわふわ艶々感も、なにもかもが映画のスクリーンから飛び出てきたような完成度で、自分の手にスマホがあったら連射しているレベルに感動した!
もちろん、味も良かった……。
私たちは吸い込むように食べていた。
ジェイコブのパンは最高過ぎるよ……。
作り方を教えてもらったけど、なかなか上手くいかないものだ。
って、話が逸れた。
ジェイコブは、いつでもアメリカに戻れる。
しかし、彼は帰らない。
理由は単純。クイニーを助けるためだ。
クイニー・コワルスキーは、いまだに見つからない。
おそらく、グリンデルバルドの城兼牢獄に捕らわれているのだろうが、まだ確証はない。ジェイコブは最愛の妻を探し出して助けるまでは、アメリカへ帰らないと決めているのである。
ただ――……いまのジェイコブにできることは少ない。
マグルという以前に、人を探しに行けるだけの体力がないのだ。
だから、いまは体調の回復に努めつつ、ニュートが家で飼育している魔法生物の世話を手伝うことで、彼の活動を支えている。さっきも書いたけど、ニュートはかなりの多忙なのだ。
まあ、それもそうだろう。
ニュート・スキャマンダーは、戦いの最前線にいるのだから。
マグルの世界でも、ノルマンディー上陸作戦が実行された。
アメリカとの連合軍は、着実とベルリンに向かって進軍している。
日刊預言者新聞を読む限り、魔法界でも似たような作戦が実行され、イギリス・アメリカの連合軍がグリンデルバルドを着実に追い詰めていっているようなのだ。
……いや、本当……トムが巻き込まれなくて良かった。
ダンブルドアのことだから、トムを大きな作戦に率先して参加させないか不安だったんだよ……。無論、そのようなことはしないと前々から約束はしているけど、万が一ってことがあるからね。
戦争が終わるまで、あと1年。
ドイツが降伏するまでだとすれば、とっくに1年をきっている。
たぶんだけど、もうじき――……ダンブルドアとグリンデルバルドの世紀の決闘が始まる。原作では、ダンブルドアが勝利し、グリンデルバルドは自身の作り出した監獄に収監される。そのときが、刻一刻と迫ってきている。どのような形で、いつどこで行われているのかまでは知らないけど、こればかりは原作通りに進むことを祈るばかりだ。
……駄目だ。
考えが脱線しすぎている。
ごちゃごちゃに絡まって、話がまるで纏まらない。前からたまにあったけど、最近は特に顕著だ。ここ数日分の日記は、二度と読み返したくないほどに酷い。
疲れているのかな。
それとも……いや、考えないようにしよう。
いまの自分がするべきことは、4人の健康を保つことだ。私の家にいる間くらいは、せめて庇護されるべき存在として……のびのびと過ごすことができますように。
●1944年 7月×日
トムたちは、音楽活動に明け暮れている。
防音の魔法のおかげで、部屋のなかで彼らがなにをしているのか盗み聞きすることができない。けれども、ジョナサンたちの反応からして、「死喰い人」の活動に励んでいることは間違いない。
それにしても、ヴォルデモートか……
トムが考案した新たな名前には、いまでも慣れない。
いまでも、トムの興奮した顔は瞼の裏に焼き付いている。
「vol de mortって書いて、死の飛翔って読むらしいんだ。僕たちの友情は、死も飛び越える……かっこいいよね」
トムは得意げに杖を取り出すと、空中に文字を綴り始めた。火花を散らしながら、空に「Thom Marvolo Riddle」と書き上げると、楽しそうに杖を振った。すると、映画「秘密の部屋」さながら文字がひとりでに動き出し、I am Lord Voldehmortと並びを変える。
「Hが余計かもしれないけど、この位置なら発音しないからね。まったくもって問題ない」
「そ、そう……」
私はそれしか返せなかった。
死をも飛び越える友情が名前の由来なら、素敵な気もするけど……でも、ヴォルデモートだからな。あまりにもロックすぎる。ロックのない時代にロックすぎて、時代を先取りしすぎている。魔法界って、百年くらい価値観や文化が古いイメージがあるのだけど、トムたちの音楽やネーミングセンスは受け入れられているのだろうか……?
いや、トムたちが満足しているならいい。
だけど、やっぱり「ヴォルデモート」という名前を聞くと、びくっとしてしまう。心がけていても、身体が緊張してしまうのだ。
トムもうすうす察しているらしく、私の前でこの呼称を使わないように心がけている。
ごめん、トム……でも、私には受け入れがたい呼称なんだ。
トムのことを「ヴォルデモート」と呼びたくないんだよ……。
私にとっては、いくつになっても「Thomのトム」なのだから。
このまま音楽の道に進んでも、他の道を選んでも。
永遠に。
次回は5月17日に投稿する予定です。