トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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フェンリール視点です。


◎フェンリール・リドルの並列

 

 レンガの壁をすり抜けると、そこには白煙のホームが広がっていた。

 紅色の特急が吐き出す煙のせいで、周囲がやや霞んでいるのである。煙の隙間から、眩しいくらい紅色の車体が見え隠れしていた。

 

「ホグワーツ特急……」

 

 フェンリールは汽車を見つめ、小さく呟いていた。

 今日は9月1日――義兄を見送るため、母と一緒にキングズ・クロス駅を訪れていた。すでに義姉のラシェルはマグルのホームから旅立ったあとなので、この場にはいない。それでも、このホームには新入生を含む生徒全員と見送りの保護者が集っている。出発まで20分はあるというのに、すでに人で溢れかえっていた。

 

「フェンリール、はぐれないようにね」

 

 アイリスがぎゅっと手を握ってくる。

 フェンリールは大袈裟にため息をついた。

 

「……あのさ、母さん。オレ、大丈夫だって」

「私が不安なのよ」

 

 そう言われてしまうと、フェンリールは従うしかない。抗議を示すように、わざとぷいっと顔を背けた。

 とはいえ、「本当に嫌か」と聞かれると首を縦に振れない。自分のものより大きな手に包まれる温かさは、不思議と心地が良いものなのだ。ましてや、いま周囲は白煙に覆われ、自分が手を繋いでいることを視認できる者はおらず、自分の知人もほぼ皆無。ならば、手を繋ぐことに躊躇う必要性はなかった。

 

「トム? トムはどこ?」

「ここだよ、アイリス」

 

 トムが数歩先を歩きながら、ひらひらと手を振った。

 他の生徒はトランクやらフクロウの籠やらを詰め込んだカートを重そうに押しているが、トムだけは旅行鞄ひとつだけ。そのなかに、すべての物が詰まっている。おかげさまで、ラシェルを送りに行った時も、マグルたちからじろじろと不審な目で見られることはなかった。

 

「僕、別に見送りなんていらないのにさ」

「トムは最後でしょ。だからこそ、見送りたいの」

「ふーん……」

 

 トムは素っ気なく返していた。

 一方、フェンリールは嬉しさで胸がいっぱいになっていた。

 

(『トムは』ってことは、母さん……やっぱり、オレもホグワーツに行けるって思っているんだ!)

 

 にんまりと口角が緩むのが抑えきれず、フェンリールは必死に奥歯を強く噛み締めた。

 

 実のところ、ホグワーツ特急の見送りは嫌いだった。

 アイリスは「フェンリールもホグワーツへ入学できる」と信じて疑っていなかったが、フェンリール的には「ほぼ不可能だ」と諦めていた。自分は狼人間。魔法界で最も嫌われる存在である。月に一度、狼になるというだけで、同じ魔法族として扱われない。いくら魔法が使えても、ホグワーツに入学できるはずがないのだ。

 

 しかし、事態は大きく動いた。

 

 トムが開発した「脱狼薬」をちゃんと服用すれば、比較的理性を保った無害な狼でいられる。あとは満月のたびに隔離さえしてもらえれば、人を傷つける心配がないのだ。無論、世間一般の狼人間に対する偏見は消えない。だが、あの薬は現状を脱却する大きな一歩であることに違いなかった。

 

(ニュートも『これなら、いくつか措置をとるだけで入学は可能だろう』って言ってたしさ。数年後、オレはここに新入生としていられるかもしれないんだ……!)

 

 そう考えると、周囲を覆いつくす白煙さえ輝いて見えてきた。

 友だちと再会する生徒たちの賑やかな声も、期待に胸を膨らませる希望に満ちた顔も、なにもかもがキラキラとしたものに思えてくるのだ。

 そのなかでも、最も注目を浴びているのは――まぎれもない義兄だった。

 友だちにあっという間に囲まれ、汽車のなかからも外からも、ずいぶんと多くの顔がトムを振り向くように見ている。

 トムは友だちとの会話を楽しんでいるようだったが、ふと思い出したようにこちらへ戻ってくる。

 

「それじゃあ、アイリス。行ってくるよ」

「身体に気を付けてね。どんなに忙しくても、しっかり食べて、ちゃんと7時間から8時間は寝るのよ。それから――」

「アイリスは心配性だな」

 

 トムは呆れたように笑っていた。そのままの表情で、こちらを見下ろしてくる。

 

「フェンリール。アイリスを頼んだぞ」

「わかってるって、アニキ」

 

 そう返すと、トムは軽く頭をなでてきた。

 

「オレ、ガキじゃねぇんだけど」

 

 義兄に頼られるのは嬉しいが、これはこれで恥ずかしい。フェンリールが少し頬を赤らめながら言うと、トムはきょとんとした顔をした。フェンリールに乗せていた右手を宙に浮かし、まじまじと見つめている。その反応を見るに、どうやら無意識による行動だったようだ。

 

「母さんの真似かー?」

 

 そうやって揶揄すれば、トムは苦笑いを浮かべた。

 

「……まだ、ホグワーツに入学してないだろ?」

「そーゆーことにしておくぜ」

 

 フェンリールがにやついたが、トムはそれ以上何も言わなかった。視線をわずかに上げ、アイリスの方を見つめた。

 

「アイリス、クリスマス休暇には帰って来るよ」

「いってらっしゃい」

 

 アイリスはトムを抱きしめる。彼女の左手はフェンリールを握っているので、右手だけ背中に回していた。それでも、精いっぱい力強く抱きしめていた。

 一方、トムは「はいはい」と抱きしめ返すと、そそくさと離れてしまった。

 

「あのさ、クリスマスには帰るんだから。大袈裟なんだよ」

 

 トムはそう言いながら、汽車に飛び乗ってしまう。こちらに手を振る姿が見えたのも束の間、たちまち通路の方へと消えてしまった。

 

「……私、子離れができてないのかしら」

 

 アイリスが少し寂しそうに呟いたので、フェンリールはますます笑みを深めた。

 

「けっ、アニキも正直になればいいのにさ。母さん、アニキの耳、真っ赤だったぜ? 普段はクールに振舞ってるけど、実は照れくさ――……」

「フェンリール!」

 

 瞬間、トムの声が耳元で響き、フェンリールは飛び跳ねた。自身の頭一つ分離れたところに、赤い紙が浮かんでいたのだ。

 

「なっ!? って、吼えメール!?」

「声の調整ができる吼えメールだよ。よからぬことを話している予感がしたからね。く・れ・ぐ・れも、自分の言動には慎重に」

 

 吼えメールは宣言通り、声の量を一気に落とした。それでも、吼えメール越しにトムの静かな怒りが伝わってくる。

 

「いいかい?」

「……わーったよ、いや、わかりました」

 

 フェンリールがそう返すと、吠えメールは役目を終えたように塵になって消えた。

 

(……いや、吼えメールって言ってたけど、本当にそうだったのか、あれ!?)

 

 フェンリールは背筋が寒くなった。

 あまり詳しくないが、吼えメールとは事前に声を吹き込む仕組みだったはずだ。しかし、いまのは会話が成立していた。遠くからこちらを見て、その場で声を届けていたかのように思えてならない。

 アイリスも同意見らしいが、彼女は感心したように目を丸くしている。

 

「遠隔操作かしら……トム、凄いわね」

「凄いっつーか、天才だろ……」

 

 さて、天才学生は最後に一度――少し離れた車窓から顔を出した。しかし、すぐに車内に顔を引っ込めてしまう。

 

「いたわ、あそこね!」

 

 アイリスはフェンリールを連れて、車窓の下まで行った。

 ちょうど汽車が動き出し、ゆっくりと進み始める。

 

「いってらっしゃい! トム、気を付けてね!」

 

 アイリスは右手を思いっきり振った。

 多くの生徒たちが車窓から身を乗り出すなか、トムだけは顔を出さない。それでも、トムがこちらを気にしていることだけは伝わってくる。

 アイリスはいつまでも手を振っていた。

 汽車が角を曲がり、蒸気の最後の名残が秋の空に消えても、いつまでも、いつまでも。

 

「行こうぜ、母さん」

「……そうね」

 

 フェンリールが促し、ようやく帰路に着けた。

 

「母さん、夕食はどうする?」

「そうね……お肉が少しあまってるから、ちょっと贅沢にミートパイを作ろうかしら。ミートパイ、好きでしょ?」

「ああ!」

 

 フェンリールは大きく頷いた。

 

(そうだ。これで、また2人っきりだ!)

 

 トムとラシェルには悪いが、いまだけはアイリスを独占できる。

 もちろん、アイリスは三人の子どもたちに同等の愛情を注いでくれているし、それに不満はない。それでも、彼らがいない大部分の期間、フェンリールはアイリスを独占できる分、休暇中は物足りなさを感じていたのだ。

 

「なあ、母さん――っ!?」

 

 フェンリールが握られた手をぶんぶん振りながら、ちょっとした我がままを言おうかなーと思ったときのことだった。首の後ろに刺すような視線を感じたのである。弾かれたように振り返ると、一人の男がこちらを睨んでいた。帽子を深く被っているが、殺気を隠すことができていない。おまけに、手には杖が握りしめられていた。

 

(ヤバい! あいつ、ヤバい!)

 

 フェンリールは即座に警戒心を上げ、義母に危険を促そうとした。

 ところが、こちらが口を開く前に、アイリスはこんなことを言った。

 

「せっかくだから、ちょっと街を散策してから帰りましょ!」

 

 彼女はそう言うと、ぐいっと手を引っ張って走り出したのである。

 

「っ、ま、待ってよ、母さん! いまは、そんなことしてる場合じゃ……っ!」

「せっかくのロンドンだもの。ちょっと散策しても良いはずよ」

 

 アイリスは聞く耳も持たず、ぐいぐいっと引っ張るように走っていた。人混みに突っ込み、軽やかに踊るように走っていく。散策というわりには周りの店を見て回ることもなく、人の波に逆らうことを楽しんでいるようだった。いつのまにか、フェンリールは自分がどこを走っているのか分からなくなっていた。

 

「あ……れ?」

 

 そして気が付くと、自宅の前に立っていた。

 

「さあ、なかに入りましょ。鍵は……あった!」

 

 アイリスは楽しそうに鍵を取り出すと、悠々とした足取りで中へと入っていく。

 まだ手を繋いだままなので、フェンリールも連られて家に入った。玄関が閉まる前、フェンリールは後ろを振り返る。通りには殺風景すぎるほど誰もおらず、例の男の姿も見当たらなかった。

 

「……変な奴がいたこと、気づいてたんじゃねぇの?」

 

 フェンリールは彼女から手を離すと、訝しそうに見上げた。

 

「母さん、散策なんて嘘だろ。あいつ、まこうとしたんじゃねぇの?」

 

 アイリスは能天気そうに鍵をくるくる回しながら、いつもと変わらぬ明るい声を出した。

 

「そう? 全然わからなかったわ」

「マジかよ……」

 

 フェンリールはうげっとあからさまに嫌そうな顔をした。

 

「いつも思うけど、母さんって本当に楽観的だよなー。そんなんでさ、よく生きてこられたよな。ちょっと尊敬するぜ」

「ちょっと、皮肉はやめてよ。私、それなりに警戒心は強いのよ」

「……」

 

 今度こそ、フェンリールは黙り込んだ。

 警戒心を高め、じろじろと義母を睨みつける。

 さすがに、アイリスもフェンリールの様子の変化に気づいたのだろう。ちょっと戸惑ったような目線を向けてくる。

 

「どうしたの?」

「……あんた、何者だ?」

 

 フェンリールは腰を落としながら、ゆっくりと義母から後ずさる。

 

「何者って……私は、アイリス。あなたのお母さんよ?」

「オレの母さんはさ、皮肉には『お褒めの言葉として受け取っておくわ』って返すんだよ」

 

 フェンリールは指摘した。

 男から逃げるときもそうだ。あれは、間違いなく撒こうとしての行動だった。自分の知るアイリスも同じような行動をとっただろうが、あんなに軽やかに逃げられるはずがない。楽観的なのはそうだが、恐怖心を完全に殺せるような人ではなかった。

 

「母さんをどこへやった?」

「……それを言うなら『いつ、入れ替わった?』でしょ?」

 

 アイリスは鍵をくるくる回しながら、にたっと笑った。

 

「ッ、てめぇ!」

 

 疑念が完全に確信へと変わり、フェンリールは飛びかかろうとした。

 しかし、彼の爪はアイリスには届かなかった。

 

動くな(イモビラス)

 

 アイリスが宣言すると、フェンリールの身体は宙で停止した。前へ進もうにも手は宙をかくばかりで、足をばたつかせても地面につくこともできない。

 

「なっ……!?」

「確かに、私はアイリスではないわ。遠い未来から、運命を変えるために来た――いまは、それで十分でしょう」

「それなら、母さんはどうしたんだよ!? どこへやった!?」

 

 フェンリールは噛みつくように叫んだ。

 すると、彼女は鍵を弄ぶのを止めた。

 

「アイリスは眠っているわ。私のなかで。……貴方も気づいたのでしょ? だって、アイリスはずっと貴方と手を繋いでいた。人の身体ごと入れ替わる隙なんてなかった、って」

 

 フェンリールは頭のなかが真っ白になりかけていた。

 意味がまったく分からない。

 それでも、いま目の前にいるのは正真正銘アイリス・リドルであって、そうではないということだけは理解できた。彼女が言う通り、家を出たときから、フェンリールはずっと手を繋いでいた。その時点で何者かと入れ替わっていたのであれば、トムが勘づくはずである。そうなると、彼女の中身だけが、途中で入れ替わっていたと推測がついた。恐らく、例の殺気を放った男が近づいたときに――と、そこまで考えたとき、嫌な予感が胸を過った。

 

「服従の呪文ではないわよ」

 

 けれども、それを口にする前に、彼女はさらっと否定する。

 

「アイリスのなかに眠っていた、もう一人の人格。そう言った方が分かりやすいかもね。一つの肉体のなかに並列して存在している……例えるなら、普段の彼女が『表のアイリス』で、私は『闇のアイリス』ってところかしら」

「……ますます意味わかんねぇよ。つーか、表の反対は裏だろうが」

「分からなくて結構」

 

 彼女はそう言い切ると、冷たい目でフェンリールを見据えた。

 

「それより、『アイリス・リドル』の寿命は、残りわずかだってことはご存じ?」

「はっ? なにを……」

「彼女、最近変だったでしょ? いつにも増して疲れていたり、幻聴を聞いていたり……覚えがないとは言わせないわ」

 

 フェンリールは否定しようとしたが、何も言い返せなかった。

 最近のアイリスは、確かに様子がおかしかった。

 朝、起きてくる時間が少し遅かったり、日中も酷く疲れたような顔をしている姿が見られた。目の下にクマができて、トムに「アイリス、ちゃんと寝た?」と心配されるような日もあった。空襲に対するストレスだろうと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。

 

「母さんが……死ぬってこと?」

「私が一時的に余命を伸ばしているの。私が出てこないことが一番良いのだけど、そんな悠長なことを言ってられる状況ではなくてね」

 

 彼女は一度、ため息をついた。やれやれと首を振り、すうっと腕を持ち上げた。

 

「そこで、お前に命じる。『運命の日』を探せ」

 

 細い指先は、まっすぐフェンリールを差している。

 

「運命の日?」

 

 フェンリールは聞き返した。

 

「なんだよ、それ」

「アイリスが書いている日記があるわ。そのなかから『運命の日』を探すのよ。そうすれば、アイリスを救う一手になるわ――たぶんね」

「はぁ!? たぶんってなんだよ!? もっと確実な方法を――っ!?」

落ちろ(ディセンド)

 

 彼女は指をひょいっと下に向ける。フェンリールの身体は呼応するように、床に叩きつけられた。

 

「ッ、てめ……」

「コッツウォルズの家に帰ったら、すぐに探すこと。日記はアイリスの部屋にあるわ」

「……だったら、お前が探せばいいじゃん」

 

 フェンリールは痛みにうめきながら、忌々しそうに彼女を見上げた。

 

「私は何度も入れ替われない。時間がないの」

 

 彼女はそう言うと、わざとらしいほど大きな欠伸をした。

 

「トム・リドルには、このことを話さないこと。彼に知られたが最後、事態がややこしくなるから絶対に言わないように」

 

 以上、と彼女は宣言すると同時に、ふらりと座り込んだ。

 それと同時に、フェンリールの身体を縛っていた魔法も解ける。

 

「っ、おい! まだ、聞きてぇことは残ってるんだ!? 起きろよ!」

 

 フェンリールは彼女の肩をつかみ、ぶんぶんと揺する。数秒ほど乱雑に揺すれば、彼女は青い目を億劫そうに開けた。

 

「ん……フェンリール……? どうしたの?」

「あ? ……母さん?」

 

 ぼんやりとこちらを見上げる目は、自分のよく知るアイリスの眼差しだった。

 

「あれ? 私……いつのまに家に帰って……?」

「……疲れてるんだろ? 帰ってきたら、すぐに寝ちまったんだ」

「……ごめんなさいね、少し休ませてもらうわ」

 

 アイリスは戸惑いながらも、そう言って笑った。

 フェンリールは笑えなかった。アイリスの目の奥には疲労の色が強く滲んでいた。動きも緩やかで、背中から気怠さを感じさせる。

 

(……あいつの正体はわかんねぇけど、母さんの寿命が短いってのは本当なのかもしれない)

 

 フェンリールは拳を強く握りしめた。

 

 その後、アイリスの様子に変化はなかった。

 なるべく母から目を逸らさないように心がけていたが、いつも通りの彼女だった。その分、彼女が昔よりも動作が鈍り、疲れやすくなっているところまで目に入ってしまう。

 

(運命の日とやらを探してみるか)

 

 フェンリールがそう考えるまでに、そう時間はかからなかった。

 

(だいたい日記を探すだけだろ。んなもの、ガキの遊びより簡単だっての)

 

 実際、アイリスの部屋には簡単に入れた。

 アイリスが配給を取りに行っている間、容易に部屋へ侵入することができた。アイリスの部屋には物が少なく、棚も必要最低限しかない。棚を順番に開けていけば、大量にノートが入っている個所を見つけることができた。確かに冊数は多いが、そこから運命の日とやらを見つけるのは想像よりも容易に思えた。少なくとも、あと数回繰り返せば、全部読むことは可能だろう。

 

「さてと、なんて書いてあるのかな」

 

 母の日記を盗み見ている背徳感と好奇心に押され、フェンリールは一番古い日記をめくってみた。

 

「『1915nen 5gatu Tanpure ni nikki wo moratta!』」

 

 声に出してみて、フェンリールは固まった。

 英語で表記されていると思ったら、まるで意味の分からない文字が連なっていたのだ。唯一理解できるのは、1915や5という数字しかない。

 

「な、なんで、暗号で書いてあるんだよ!?」

 

 フェンリールは苦悩の叫びをあげながら、他のページもめくってみる。

 しかし、どれもこれも似たようなものだった。

 

「Zense demo kaitetasi,wasurenaiyouni kaiteokou……駄目だ、まったくわかんねぇよ! アニキに聞くしか……」

 

 日記を放り出すように倒れ、義兄へ助けを求めようとする。しかし、例の女が言っていたことも気がかりだった。

 

(母さんが日記を暗号で書いてるってことを知ってたんだ。解読するには、時間がかかる。だから、短時間の入れ替わりだと解決できねぇって……で、そいつが、アニキに知らせるなって言うんだ。きっと、知らせたらマズイ事情ってのがあるんだろう)

 

 フェンリールは天井を睨みながら思案する。

 そうは言っても、自分はたいして頭が良くはない。暗号を解いている間に、アイリスが寿命を終えてしまう可能性だってある。だが、学校の友だちはそこまで頭が良いともいえない。マグルなこともあり、協力を仰ぐこともできないだろう。

 そこまで思考を巡らせたとき、まっさきに浮かんだのは一人の少女の顔だった。

 

「……ミネルバ……! 猫の妖精(ケット・シー)だ!」

 

 フェンリールは跳ね起きた。

 自分より頭の良い人物は、彼女しか思いつかない。そうと決まれば、彼女に手紙を書くまでだ。手紙のやりとりはいつものことなので、アイリスに不審に思われることはないだろう。

 

 

 フェンリールは日記を大事に抱えると、自分の部屋へ駆け込むのだった。

 

 

 

 

 

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