トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1944年9月~11月 指の隙間から落ちる砂のように

●1944年 9月6日

 

 戦争が終わる足音が聞こえる気がする!

 今日、新聞に「ブラックアウトの緩和」に関する記事が載っていた。夜は灯火管制が敷かれていたんだけど、月明かり程度の薄明かりであれば許可されることになったのだ。

 

 いや、夜は出歩かないから問題ないのだけど、黒いカーテンの隙間から灯りが漏れないようにするのは大変だったのだ。

 とはいえ、いまは9月。

 日本がポツダム宣言を受諾するまで、1年を切っている。

 ヨーロッパ戦線は5月には終わるはずだから、灯火管制が和らぐのも不思議な話ではない。

 

「戦争が終わりそうで良かった!」

 

 嬉しさのあまり、私はフェンリールに話しかけた。

 

「配給も緩和されるといいわね。適切なお金を出したら、食べ物が買えるようになって欲しいわ!」

 

 ただ、フェンリールの反応は少し違ったものだった。

 どこか探るような眼で私を見ながら、こう尋ねてきたのだ。

 

「ふーん。じゃ、一番は? 一番、買いたい食べ物は?」

「一番……そうね……」

 

 私は腕を組みながら、うーんと考えた。

 一番は日本食なのだが、配給が撤廃されたところで国内で食べられるわけがない。だから、早々に日本食材は却下。そうなると悩んでしまう。焼けたトーストにたっぷりバターを塗って食べたいし、ちゃんとしたお肉も食べたい。砂糖の残りやご近所の目を気にせずにお菓子を楽しみたい。私自身が食べたい物も指の数では足りないほどあるけど、それ以上に、フェンリールたちが食材の残りなんて気にせずに大量の料理を平らげるところも見たかった。

 

「……あー、母さん。そんなになやむか?」

「悩むわよ……私が食べたい物も多いけど、フェンリールたちに食べて欲しい物も多過ぎるんだもの」

 

 果てしなく悩んでいれば、フェンリールは安心したように笑った。

 

「やっぱ、母さんはそうだよなー」

「……?」

「オレは肉! 腹いっぱいの肉!」

「それなら、戦争が終わったら、うんとお肉を買いましょう!」

 

 あまりにも楽しそうに宣言するものだから、私はくすくすっと笑った。

 

 それにしても、最近……フェンリールの様子がおかしい。

 なんというか、私を見る目が変わったような……?

 気のせいかもしれないけど、ときどき変な感じがするのだ。さっきの配給の話のときも、どこか探るような目つきをしていたし……

 

 気のせいかな?

 ちょっと様子を見守ることにする。

 

 

 

 

●1944年 9月×日

 

 

 最近、フェンリールが部屋にこもることが多くなった。

 

「掃除は自分でするから、母さんは入るんじゃねーぞ!」

 

 って、言われたけど……なにをしているのか気になる!

 

 トムは整理整頓はお手の物……というか、掃除のために部屋へ入っても、埃ひとつ落ちていない。幼少期は魔法で部屋を「ここ新築ですか!?」ってくらい綺麗にしていたし、ホグワーツ入学後は部屋ですることは寝ることくらいで、ほとんどトランクのなかで過ごしているような子だった。

 それに比べると、フェンリールは大雑把で掃除のやりがいがあった。

 彼なりに整理整頓に心がけていることは分かるけど、雑誌が読みかけのまま広げてあったり、もう少し幼い頃はオモチャの類が出しっぱなしになっていたりした。もちろん、埃や髪の毛も普通に落ちている。まあ、早い話、普通の男の子の部屋である。

 

 だから、いずれはそういう時期が来るのではないかって思っていた。

 思ってはいたけど、ちょっと早くない!?

 思春期って、ミドルスクールに入る頃から始まるんじゃないの? フェンリール、まだ9歳だよ!? 9歳! いや、たしかに私の学生時代も「さすがはヨーロッパ、みんな成長が早いなー」って思ったことも多かった。小学校の時点で「昨日から、〇〇君と××さんが付き合ってるの」って話を聞いたし、校舎裏でキスしてるのも目撃してしまったことがある。でも、それにしたって……9歳は早過ぎるでしょ!?

 

 まさか、最近……妙に距離を感じるときがあるのは、すでに反抗期が始まっているから!?

 

 ということで、フェンリールが学校に行っている間、こっそり入ることにした。

 入るといっても、フェンリールは鼻が利く。だから、入り口から覗く程度に留めた。

 案の定、ちょっと部屋は埃っぽい。

 机の周りなんて、くしゃくしゃに丸まった用紙が幾枚も落ちている。彼にしては珍しいことに、何冊もの本が積み上がり、なかには開きっぱなしになっているものまであった。

 

「こ、これは……?」

「奥様? なにをされているのです?」

 

 そんなとき、後ろから声をかけられた。

 自分なりに隠密行動をとっていたので、相手が誰だか分かっていても飛び上がってしまう。

 

「ディーク!? フェンリール、ちゃんと片付けてるか見たかっただけで……その……!」

 

 別にたいしてやましいことはしていないのに、あたふたと慌ててしまう。

 そんな私を見て、ディークは少しばかり楽しそうに笑った。そして、「ここだけの話ですよ」と耳打ちしてくれる。

 

「奥様。フェンリール坊ちゃんは、ご友人と暗号ゲームをしているみたいですよ。ディークはよく手紙を託されます。なんでも、マグルの郵便は遅すぎるとか」

「友人って、ミネルバ・マクゴナガルさん?」 

 

 私もつい声を潜めて尋ね返すと、ディークはにこやかに頷いた。

 

「な、なるほど……」

 

 私は納得すると、部屋のドアを閉めた。

 トムもジョナサンと暗号を出し合っていた時期があったし、イギリスの男の子ってそういうことをする時期があるのかもしれない。ミネルバさんは男の子ではないけど、とても知的だし……!

 

 もしかして、女の子と文通することを恥ずかしいって思っているのかな?

 ちょっと早過ぎるけど、多感な時期になりつつあるようだから、そういうことも気にしてそうだ。

 

 もし、暗号の解読に困っているようなら、一緒に考えてあげよう。

 解けるかどうか自信はないけど……ミネルバ・マクゴナガルが作る暗号は気になるもの!

 

 

 

●1944年 9月●日

 

 

 うーん……最近、ちょっとぼんやりすることが多い。

 疲れがたまっているのかな?

 そこまで仕事もたくさん入れてないはずなんだけど……?

 こうして日記を書こうと座っても、ペンがまったく動かないのだ。

 

 いや、今日はルクレティアさんが訪ねてきたって大きなイベントがあったはずだ。

 彼女はホグワーツを卒業したあと、母と一緒に奉仕活動に精を出しているらしい。

 

「今日も社交の一環として来ましたのよ」

 

 ルクレティアはお茶の香りを楽しみながら言った。

 お茶もお菓子も持参したもので、我が家のリビングは高級レストランみたいに早変わりしていた。こんなご時世だというのに、三段重ねのティーセットには新鮮なキュウリを挟んだサンドイッチが鎮座している。スコーンの隣には、未開封のジャムが三種類も置かれていた。

 

「なんというか……すみません。ルクレティアさんがお客様なのに」

「あらあら、お気になさらず」

 

 彼女は涼しい顔をしていた。

 魔法使いらしい古風なドレスを纏っていたが、時代を感じさせない美しさをかもしだしていた。

 

「今日はトムのお母様にお願いがありましたのよ」

「願い……とは?」

「私とトムの結婚はほぼ決まりましたが、ブラック家の――……頭の固いお方は渋っておりましてね」

 

 聞けば、正式に婚約を結ぶともなれば、両家の合意が必要となってくる。まずは、両家の家長同士が決めるということになってくるのだが、そうなると問題になってくるのは、私――アイリスの存在である。

 

「リドル家の家長は、お母様……すなわち、マグルということが認められませんの」

「それは……」

 

 私がトムの結婚の足かせになっている。その事実に、重たい心がずんっと沈んだ。

 

「どうすれば……?」

「そこで、提案がありましてね」

 

 ルクレティアはほくそ笑むと、扇子を広げた。

 

「お母様、スラグホーン教授の養子になりません?」

「はぁ…………はい!?」

 

 最初、ルクレティアが何を言っているのか分からなかった。でも、その言葉が胸に落ちたとき、私は年甲斐もなく叫んでしまっていた。

 

「い、いやいや、どういうことですか!?」

「驚くことではありませんわ。トムの育ての親がマグルではなく、純血の末裔であれば良いのです」

 

 ルクレティアは扇子で口元を隠していたが、その裏で愉快そうに笑っているような気がした。

 

「スラグホーン家であれば家柄的にも申し分ありませんし、教授であれば事情を察してくださりますわ。愛弟子のトムが孫になるのだとすれば、喜んで協力していただけることでしょう」

「でも、私がマグルであることに変わりは……」

「スクイブということにすれば良いのです。大事なのは家柄なのですから」

 

 そういうものなのか?

 それでいいのか、ブラック家!?

 私が口をパクパクさせていると、ルクレティアは扇子をパシッと閉じた。

 

「いいですね、お母様」

「え……」

「よろしくって?」

「あ……スラグホーン先生さえよければ……でも、そうなったとき、私はアイリス・スラグホーンになるってことですか?」

 

 トムもフェンリールもラシェルも、スラグホーンになってしまう。

 それはそれで響きというか、なんというか……と迷っていれば、ルクレティアは「それは違いますわ」と断言してくれた。

 

「リドルでいいのです。お母様は、マグルのリドルさんと結婚されたのでしょう? それまでは、スラグホーンでしたが、結婚してリドルになったとすれば良いのです。再三申し上げますが、きちんとした家系図さえあれば良いのですから」

 

 それを聞きながら、つまり戦国大名みたいなものかと思った。

 徳川家康が源氏の末裔ってのも、どこまで本当か分からない。たぶん、どこかで家系図を書き加えたのだろう。まあ、でも、今回のは秀吉が天皇のご落胤くらい無理がある改竄なのではないだろうか? いや、今回の場合は秀吉が関白になるために近衛家に養子入りしたイメージに近い、のか? いや、養子じゃなくて、別の言い方があったような気もするけど……それは思い出せない。

 

「お母様、ずいぶんと渋い顔をされますね」

「こうも無理な改竄をして、あとが怖いような気がしまして……」

 

 つい、秀吉亡き後の豊臣家の末路を想ってしまった。

 

「私たちは良くても、そのあとの世代が……どう思うのかと」

「それこそ問題はありませんわ。そうならないように、手は打ちますもの」

 

 ルクレティアは今日一番の笑みを浮かべた。

 輝くばかりの白貌は、美しさや気品と同じくらい底知れぬ恐ろしさを感じさせる。

 

「……トムが幸せであれば、私はそれで良いのです」

 

 トムも納得しての婚約だと思うので、これで良いのだろうけど……トムが尻に敷かれそうな未来が視えた気がした。

 

 

 今日は、そんな昼下がりだった。

 スラグホーンなら説明すれば受け入れてくれる可能性があるし、なんなら喜んで手続きをしてくれるような感じもする。最愛の教え子であるトムに「ブラック家の長女を嫁に迎えた」なんて箔がつくためなら、そのくらい協力してくれそうだ。

 

 ……うーん、でも、私の一存では難しい。

 やっぱり、ダンブルドアに聞かなくちゃ!

 来月、鏡越しに話すときに相談するとしよう。

 

 

 

●1944年 10月31日

 

 今宵はハロウィン!

 とはいっても、仮装大会とは程遠い。

 カボチャじゃなくて、カブをくり貫いたランタンだし、子どもたちの興味もプレゼントがもらえるクリスマスに向けられている。

 それに、いまは戦時中。

 いろいろ緩和されたとはいえ、まだ戦争は続いているのだ。

 

 ……。

 それにしても、久しぶりの日記。

 一か月以上もなにも書かなかったのは、人生初のような気がする。いま、前に書いた分を確認したら、9月の末だった。ルクレティアが来てくれた日のことが綴られている。

 

 せっかくだから、現在進行中の後日談を書くことにする。

 スラグホーンとの話し合いは続いている。

 具体的には、私と養子縁組を結ぶか、トムの後見人になるか。

 どちらかといえば、スラグホーンがトムの後見人になる方向で話が進んでいる。私もそれで良いと思う。わざわざ戸籍を偽造する必要はない。

 

 あとは……特別変わった話はない。

 いつも通りの日常が風のように過ぎていった、それだけである。

 

 そう……しいてあげるなら、モーリスとフェンリールの距離が少し縮まったかなってことかも。

 うちの子たちは、モーリスに厳しい。

 まあ、彼の性格もあるのだろうけど、トムもフェンリールも――ラシェルでさえ、ちょっと警戒している。

 

 それなのに、フェンリールとモーリスがこそこそ話すようになったのだ。

 

「どうしたの?」

 

 と、聞いても、モーリスは「男の話をしている」って……どういうこと?

 モーリスは子どもの頃からの付き合いだけど、たまに良く分からない行動をとる。いや、それは相手から見た私もそうなのだろうけど……長く知り合っているからといって、相手のすべてを知っているわけではない。その最たる例なのかもしれない。

 

 あとは本当に何もない。

 でも、どうしてかな。

 なにか、忘れている気がする。

 指の隙間から砂が落ちていくように、とても大事なことを忘れているような……?

 

 最近、忘れっぽくて困る。

 気が付くと、ソファーで寝落ちしていたり、ベッドで倒れていたり、ひどいときには庭でしゃがみこんでいたこともあった。はたして、これは本当に疲労からくるものなのだろうか?

 

 ……駄目、私の頭では何も考えられない。

 やっぱり、ダンブルドアに聞かなくちゃ!

 

 

 

●1944年 11月1日

 

 昨夜はうなされてしまった。

 

「母さん! しっかりしろって!」

 

 フェンリールの声で目が覚めた。

 背中は水で濡れたみたいに、汗をびっしょりかいていた。身体中を何かが這ったような嫌なねっとりとした感覚が、肌に薄ら残っている。

 

「大丈夫……大丈夫よ」

 

 私はそう言って笑ったけど、フェンリールの顔は苦しそうに歪むばかりだった。

 

「なんか、変なこと言ってたぞ? わからない言葉で、ぶつぶつって」

「……どんな言葉?」

 

 私が問い返すと、フェンリールは少し悩んでからこう言った。

 

「ヤメテって繰り返してた。ワタシガチギレル……イタイヨゥって」

「……そう」

 

 ヤメテ……は止めてだろう。

 ワタシガチギレル、イタイヨゥ……は、私が千切れる、痛いようかな?

 言語的に理解できるが、なんのことかさっぱりである。

 どっちにしろ、日本語が漏れてたみたい。普段は思考以外、日本語を出すことはないのだけど、さすがに寝言までは制御できない。

 

「……奥様、お水でございます」

 

 ディークが水を持ってきてくれた。

 冷たい水が喉を潤すと、覚えていない悪夢まで流れた気がする。

 

「落ち着いたわ、ありがとう。フェンリールも寝なさい」

 

 フェンリールの頭を軽くなで、私は心配ないと笑った。

 彼は不安そうにしていたけど、私が眠ったものと思って部屋から出て行った。まあ、正直なところ、まったく眠れないのでこうしてペンをとっているのである。

 

 覚えていない悪夢のせいで眠れないのは、本当に最悪だ。

 私が千切れるって、中国かどこかの処刑ではあるまいし……嫌な夢を見ていたものだ。

 

 でも、こうしてペンで綴っていると落ち着いてきた。

 夜明けまで時間がある。

 それまで、もうひと眠りをすることにする。

 

 おやすみ、私。

 次は良い夢を見れますように。

 

 

 

 




次回更新は6月28日(日)を予定しています。
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