トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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トム視点です。


●トム・マールヴォロ・リドルの驚愕(上)

 

「トム! 婚約おめでとう」

 

 スラグホーンから祝いの言葉を受け取った時、トムは表情が固まってしまった。

 ここは「スラグ・クラブ」。

 1年生から在籍しているだけあり、ここで繰り広げられる会話はある程度予想できたし、「くだらない」と思いつつも、スラグホーンが欲しがっている正解の返答をすることができた。しかし、今回の言葉はあまりにも予想外過ぎて、思考が一瞬停止してしまう。

 

「……失礼、先生。誰と誰が婚約したと?」

 

 それでも、なんとか笑顔だけは保ったまま聞き返した。

 しかし、スラグホーンには冗談だととられてしまったらしい。彼は愉快そうに微笑みながら、確かにこう言ったのだった。

 

「君とルクレティア・ブラックの婚約だよ。いやー、まさか教え子同士が結婚することになるとは!」

「……それは、どなたから聞いた情報でしょうか?」

「君の母上からだよ」

 

 スラグホーンは蜂蜜酒の杯を軽く掲げた。

 

「ブラック家に嫁ぐ者は、家系がなによりも重視される。そのための相談を持ち掛けてきたんだ。息子の結婚が少しでも上手くいくように、と」

 

 善い母親だ、とスラグホーンは褒めたたえる。

 トムは口元をやや引きつらせながら、視界の端でオリオン・ブラックを見た。

 オリオンも同級生のシグナス・ブラックも動じた様子はなく、静かに座っている。次期ブラック家当主であるオリオンがまったく驚いていないところから察するに、この話は既にかなり進んでいるのだろう。

 

「アルファード」

 

 トムは友人の名前を口にする。

 

「君はどう思う?」

 

 ことさらニッコリと、それは素晴らしいほど完璧な笑みを友人に向ける。

 

「僕の事情は誰にも話していなかったんだ。知っていたのかい?」

 

 アルファードはやや青ざめ、追及を避けるようにそっぽを向いた。

 

「いやー、知っていたといえば知っていたし、知らなかったといえば、知らなかったな」

「まるで、なぞかけのような答えだな。答えを教えてくれないかい?」

「あー、どうだろう。謎かけだから、自分で考えてみるっていうのも――……」

「君と僕の仲じゃないか、アルファード」

 

 スラグホーンの手前、あまり荒事は避けたい。なので、あえて表面的には情に訴えかけるような口調で言った。だが、アルファードなら気づいたことだろう。トム・リドルが猛烈に怒っていることを――……。

 

「わかった! わかったって! ルクレティアから聞いていたんだよ。でも、時期が来るまでは黙ってなさいって。いまの時点で、我が親愛なるお姉様の耳にぴくりとでも入ろうものなら、ちょっと、その、面倒なことになるからさ!」

 

 アルファードは懇願するような上目遣いで言い切った。「頼む、許せ!」という心の声が聴こえてきそうな勢いの言葉に、トムは小さく息を吐くと、席を立った。

 

「……先生、すみません。急用を思い出しましたので、今日はこれで」

「おや、もう帰るのかい?」

 

 スラグホーンはきょとんとした顔をした。

 

「まだ始まったばかりじゃないか」

「先生」

 

 トムはスラグホーンに歩み寄ると、耳元でこそっと囁いた。

 

「僕のために、母が一肌脱ごうとしていると知ったら、いてもたってもいられず……すみません」

「いや、いいんだよ。お母上によろしく」

 

 スラグホーンの許可が出たので、トムは優雅に部屋を出た。そのまま軽快な足取りで廊下を進んでいたが、角を曲がったところで徐々に速度を上げる。スリザリンの寮がある地下ではなく、彼はまっすぐ7階へと向かっていた。「バカのバーナバス」の絵がかかっている廊下で足を止めると、その場を回るように往復し始める。

 

(誰の邪魔も入らない場所。密談できる場所が欲しい)

 

 そう念じながら三往復すると、なにもない石壁が扉へと変形していく。

 トムはドアノブが現れると同時に手を伸ばし、迷いなく足を踏み入れた。実に殺風景な部屋の中央にはテーブルと椅子が二脚あるだけだった。ホグワーツだというのに、壁には肖像画どころか絵画一枚もかかっていない。トムは部屋の状態を一瞥すると、手近な壁に向かってこう言った。

 

「暖炉」

 

 トムが呟くと、なにもなかった壁から煉瓦造りの暖炉が出現した。轟々と赤い炎が燃え上がり、ご丁寧に暖炉の前には煙突飛行粉の壺が置かれている。トムは躊躇うことなく粉を握りしめると、暖炉に向かって放り投げた。

 

「ルクレティア・ブラック!!」

 

 やや怒声を帯びた声が部屋に木霊し、赤い炎は緑へと変化する。

 

「……あらあら、ずいぶんと荒々しいご招待だこと」

 

 炎のなかから、涼しげな顔で美少女が姿を現した。

 

「久方ぶりね、トム。6月以来かしら」

「僕としては、光栄ですね。まさか、これほど早く顔を合わせることになるとは思ってもいませんでしたよ」

 

 トムは自分としては丁寧な言い回しを心がけたつもりだったが、言葉の節々に棘があることに気づいた。

 それに気づかないほど、ルクレティアは愚かではない。

 

「そこまで怒らないでくださいな」

「怒ってはいません」

 

 トムは努めて静かに言った。

 

「事前に説明が欲しかった。まずは、そこです」

「説明しても理解してもらえて?」

「理解はしましたよ、納得しないと思いますが」

 

 トムはそう言いながら、彼女に椅子を勧める仕草をした。

 

「ブラック家と縁談など、僕には重すぎます」

「ご謙遜を」

 

 ルクレティアは極めて無駄のない動きで腰を下ろすと、いつもの扇子を広げた。

 

「あなたならこの程度の重荷、糖蜜パイを食べるより簡単でしょう?」

「買い被りすぎですよ」

 

 トムは椅子に座ろうとせず、彼女の隣に並ぶように立った。そのまま目を細め、やや睨むように見下ろした。

 

「ですが、困るんですよ。まさか、アイリスまで巻き込むとは」

「そこが唯一の弱点でしょう、小さなエンジェルさん」

 

 ルクレティアも口元を貞淑に隠したまま、冷たい視線を向けてくる。

 

「城を落とすのであれば、まずは包囲すること。それが鉄則でしてよ」

 

 味方を一人ひとり落とし、気が付いたときにはもう遅い。

 すっかり包囲され、あとは白旗を上げるのを待つばかり――ようは、そのような状況に持ち込みたいのだろう。そして、それは概ね上手くいってしまっている。

 トムは唇を嚙みたくなった。舌打ちをしたいのをすんでのところで堪えると、あえて柔らかな笑みを浮かべた。

 

「それでしたら、なおのこと忠告を――アイリスを利用すると、痛い目を見ますよ」

「それは、あなたの逆鱗に触れるということかしら?」

「いいえ」

 

 トムは晴れやかに言い切った。

 ここで、ようやくルクレティアの目に微かな警戒が浮かぶ。

 

「では、どういうことかしら?」

「例えるなら、ボウトラックルですね。穏やかな魔法生物だからと油断して近づいたら、指で目を攻撃されるということですよ。つまり、彼女をただのマグルだと甘く見ない方がいいとのことです」

 

 トムはそこまで言うと、ようやく椅子に腰を掛けた。悠然と足を組み、テーブルに頬杖をついてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「あなたは、なにをそこまで焦っているのです」

「なにも焦ってなどおりませんわ」

「そこです」

 

 トムはぴしゃりと指摘する。

 

「僕の指摘に噛みついてきたことが証拠ですよ。いつもの貴方でしたら、もっと優雅に物事を運ぶでしょう?」

 

 ルクティア・ブラックはお淑やかで控えめだが、根は策略家だ。

 普段の彼女であれば、まだ水面下で話を進めていたことだろう。少なくとも、スラグホーンの口から露見するような真似はしないはずだ。ましてや、アイリスを巻き込むなど愚の骨頂である。婚約が正式に決まってない以上、トムに逃げられてしまいかねない。現に、トムは婚約のことを知ってしまい、こうして話しながら同時に「どうすれば、婚約を未然に防ぐことができるか」と思考を巡らせていた。

 

「そこまでして、早々に結婚したい理由はなんです?」

 

 トムが尋ねると、ルクレティアは一瞬、本当に一瞬だけ口を真一文字に結んだ。しかし、すぐに普段の不敵な笑みを浮かべた。

 

「深い理由はありませんのよ。ただ、私には夢がありますの」

「夢?」

「夢をかなえるため、最短距離を通ろうと考えたまでのこと――いまは、それで十分でしょう」

 

 ルクレティアは扇子を音を立て閉じると、その先端をトムへ向けた。

 

「それで? 私と結婚するつもりはありまして?」

「できれば、お断りを」

 

 だが、噂は広まってしまっている。

 スラグホーンの軽い口からどこまで広まっていることだろうか。それを考えるだけでも、いまから否定して回るのは骨が折れる。ルクレティアに「トムよりも良い相手が見つかった」ともなれば流れは変わるだろうが、現時点で――自惚れではないが、ブラック家のお眼鏡にかなうような自分以上の優良物件は、イギリス魔法界に存在しないだろう。

 トムが他に断る口実について考えを巡らせていると、ルクレティアはこう言った。

 

「トム。あなた、異性から求婚されることが多いのではなくて?」

「ええ、まあ」

 

 トムは正直に答える。

 週に2度はラブレターを貰うし、月に2回は告白をされる。面識のある人物のこともあったが、名前すら知らない顔もあまり見たことがない女子から告白されることもあった。誤ってヤドリギの下を通ろうものなら、女学生集団が我先にと殺到してくる。

 正直なところ、鬱陶しいことこの上ない。

 体面があるので、一人ひとりに誠実な対応をしようとするが、相手を余計にのぼせ上がらせてしまう。一番良いのは、誰かと付き合うことなのだろうが、さほど恋愛に興味を持てず、かといって適当な誰かを選ぶのも大変だ。どの女子生徒も、申し訳ないがどんぐりの背比べなのだ。

 

「……トム、私を風除けにしません?」

 

 そんなことを考えていると、ルクレティアがこんな提案をしてきた。

 

「婚約だけして、数年後『お互いに他に想う人ができた』という名目で別れたら良いのですわ。もちろん、慰謝料の類は互いに請求しないと取り決めたうえで、ですけど」

「それでいいのか? 君にメリットはないだろう?」

「私も求婚の申し込みが多くて……婚約者という壁が欲しいのですわ」

 

 彼女は再び扇子で口元を隠した。

 

「いかが? 紳士的な契約ではなくって?」

「……」

 

 本当なら「一晩考えさせてくれ」と言いたかった。

 だが、一晩なんて時間があれば、ルクレティアにも考える時間を与えてしまう。トムは諦めたように小さく息を吐いた。

 

「……婚約の方向で考えていきましょう。決定ではなく、仮決定ということで。それから、ひとつだけ確約してください」

 

 トムは一呼吸おいてから、再び口を開いた。

 

「アイリスを巻き込まないこと。ひとまず、それで」

「交渉成立ですわ!」

 

 ルクレティアは頬を緩ませ、声を弾ませた。

 

「これからよろしくお願いしますわ、旦那様!」

「仮だよ、ルクレティア」

 

 トムは微笑みながら返したが、席を立とうとはしなかった。

 

「……トム?」

「ひとつだけ、気になることがあるんだ」

 

 トムはわずかに迷ったが、とあることを質問することにする。

 これから話すことは、すでにアルファードたちには相談したことだったが、知見は多い方が良い。特に、ルクレティア・ブラックともなれば、魔法界の知識に精通している。相談相手にはちょうど良いだろう。トムは肘をつくのをやめると、まっすぐルクレティアと向き合った。

 

「後天的に蛇語を身につけることは可能だろうか?」

「ハグリッドをお忘れ?」

「あれは別だ」

 

 トムは即座に否定する。

 

「あそこまで熱心に動物と向き合えるのだから、蛇と話せても不思議じゃない」

「では、どういうこと?」

 

 ルクレティアがわずかに首を傾げる。

 なので、トムはもう少し嚙み砕いて言った。

 

「マグルの主婦が、蛇語を身につけることができる可能性だよ」

 

 

 

 




次回更新は2週間後の7月12日を予定しております。
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